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2017年10月 8日 (日)

衆院選公示前、今、思うこと

前回の記事は「衆院解散、対立軸の明確化を切望」でした。衆議院が解散され、すでに選挙戦に突入しているようなムードです。本来、公示又は告示日以降が選挙期間であり、事前運動は禁止されています。それまでの政策チラシ配布や街頭演説などは日常的な政治活動の延長線上に位置付けられています。ちなみに公示は国事行為の一つとして衆院と参院選挙のみに使い、地方自治体の首長や議員選挙は各選挙管理委員会の告示とされています。なお、国政選挙でも補欠選挙は告示になるそうです。

公示前と公示後、できること、できないことの峻別に注意を払わなければなりません。インターネット選挙解禁も4年前のことでしたが、ますます各政党や候補者の主張を詳しく知り得るツールとしてSNSの役割は高まっています。民進党の事実上の解党に至った舞台裏も前衆院議員の篠原孝さんのブログ『篠原が無所属出馬を決意した理由』などから垣間見ることができます。立憲民主党を立ち上げた後、街頭で演説した枝野代表が訴えた内容全文もネット上で確認できるようになっています。

私たちの社会は、ルールによって規律をされています。みんながルールを守ることで成り立っています。権力といえども、自由に権力を使って統治をしていいわけではありません。憲法というルールに基づいて権力は使わなければならない。ところがどうでしょう。憲法によって縛られているはずの内閣が、自ら積み重ねてきた解釈を勝手に変えた。論理的に整合性のない形で勝手に変えた。それに基づいて、自衛隊は日本の領土や領海を守るけれども、外国に出て行って戦争はしないんだという第二次世界大戦の教訓を踏まえた、先人たちが積み重ねてきた私たちの国是が、変えられてしまっている。これが安保法制です。憲法に違反した法律は、一日も早く変えなければならない。

民主主義というのは、選挙で多数決で選んで、選ばれた議員が多数決でものを決める、これが民主主義だと思っているから間違えているんです。みんなで話し合って、できるだけみんなが納得できるようにものを決めましょう、それが民主主義なんです。どうしても決められないときがあります。どうしても意見が食い違うときがあります。そのときに、ここまでみんなで話し合って、それでも一致しないならば、多数決で決めれば、少数の意見の人も、仕方がないですねと納得できる。この納得のプロセスが多数決なんです。残念ながら、今まで国会で多数を持っている人たちに、この本質が分かっているんでしょうか。選ばれたから勝手に決めていい、数を持っているから勝手に決めていい、こうした上からの民主主義は民主主義ではありません。

右か左かなんていうイデオロギーの時代じゃないんです。上からか、草の根からか。これが21世紀の本当の対立軸なんです。保守とリベラルがなんで対立するんですか。保守とリベラルは対立概念ではありません。私は人それぞれの多様な生き方を認め合う。困った人がいればここに寄り添って支えていく。お互い様に支え合う社会。リベラル、そのことによって、おそらくここにお集まりいただいている多くの皆さんが育ってきた時代、日本が輝いていたと言われていた時代の、あの一億総中流と言われていた時代の、社会がこんなにぎすぎすしていなかった時代の、みんなが安心して暮らせていた時代の、日本社会を取り戻す。私はリベラルであり、保守であります。

上記は枝野代表の演説の中で、特に印象深かった箇所を抜粋して紹介させていただいています。ぜひ、興味を持たれた方はリンク先をご参照ください。このブログ「公務員のためいき」もSNSの片隅に加わり、政治的な話題の紹介や自分自身の意見を発信しています。ただ以前の記事「再び、地公法第36条と政治活動」に綴ったとおり、できること、できないことに細心の注意を払いながら当ブログを運営してきています。今回の記事もネット上で知り得た情報の紹介であり、あくまでも私自身の意見の書き込みという位置付けになります。

言うまでもありませんが、特定の政党や候補者への支持を呼びかけるような目的で投稿していません。もちろん無味乾燥な中立的な内容ではないため、このブログを閲覧されている皆さんからは共感や反発など様々な評価を受けるのだろうと思っています。一つの運動として当ブログを長く続けていますが、幅広く多様な意見に触れられる貴重さをいつも感じ取っています。そのため、日本の今後を大きく左右するかも知れない衆院選投票日を2週間後に控えた今、個人的に思うことを書き進めさせていただくことも無意味な試みではないものと考えています。

まず枝野代表の演説の一部を紹介しましたが、私自身も共感する点が多々あるからでした。安保関連法の是非が焦点化されがちです。日本国憲法の平和主義の「特別さ」をどのように評価するのかどうかという根幹的な論点につながっている問題だろうと認識しています。前々回記事「安全保障を強い言葉で語ることの是非」に記したとおり広義の国防であり、究極の安心供与の安全保障である専守防衛の是非を巡る論点だと言えます。

改憲の動きに思うこと」をはじめ、集団的自衛権の行使を可能とした安保関連法の問題性を数多く訴えてきています。2年前に成立した安保関連法は限定的とは言え、枝野代表が指摘しているとおり、いったんリセットしなければならないはずです。その際、アメリカとの信頼関係にも留意した丁寧な手順を踏んだ見直しが求められます。日米関係に限らず「このような公約を掲げ、政権交代したので従前の約束は白紙に戻ります」という理屈は許されません。

民主党が政権交代を果たした後、いくつか混乱した事例が思い浮かびます。鳩山政権の時に投稿した「約束を踏まえた先に広がる可能性」という記事の中で「基本的に約束は守ることが必要、しかし、守れなくなった場合、約束を踏まえた上で相手方と話し合っていくことが求められています。様々な約束を無視し、一方的な判断で物事を押し進めていった場合、根深い不信や軋轢が生じかねません。一時的なスピード感はあるのかも知れませんが、対立や混乱が続いた場合、結果として大きな遠回りになるのではないでしょうか」と書き残していました。

物事に対する評価は一つではありません。それでも様々な経緯や妥当性を判断し、現時点の約束や仕組みに至っているはずです。選挙で示された民意は重視されなければなりませんが、それまでの経緯や評価を軽視し、強引に変えていく手法は慎むべきものと思っています。枝野代表が訴えているとおり「選ばれたから勝手に決めていい」というものではなく、「納得のプロセス」を重視していく政治の実現を強く願っています。

小池都知事は「しがらみ」批判を繰り返しています。確かに「しがらみ」という言葉にはネガティブな響きがあります。当たり前な話ですが、「しがらみ」が優先されて不合理な政治判断に至るようでは大きな問題です。しかし、「しがらみ」は対人関係の深さを示す言葉でもあります。政治家は選挙で当選しなくてはなりません。当選するためには人と人との関係性の広がりが必要です。そのように広がった対人関係も「しがらみ」だと言えます。

「しがらみ」を絶つということは支持者の声にも一切耳を傾けない、そのような冷たい関係性であるように感じています。このブログを通し、連合と民進党との関係もネガティブな「しがらみ」だととらえず、民進党側には働く者の声をしっかり受けとめられることを強みにして欲しいと訴えてきています。残念ながら小池都知事の「しがらみ」批判は他者からの多様な意見に耳を傾けず、物事の是非はすべて自分一人で決めるという響きを感じています。一方でネット上では『小池都知事の手法は「しがらみ政治そのもの」ではないか』という記事も目にしています。

保守とリベラルが対立概念ではない点も同感です。以前「リベラルじゃダメですか?」という記事を投稿し、リベラルとは特殊な主義信条や政治的理念ではなく、「個人の自由を大切に、でもなるべく平等、公平に」というマイルドな考え方や姿勢の意味であることを説明していました。参考までに労働研究者の濱口桂一郎さんの『自民党は今でもリベラルと名乗っている唯一の政党である件について』と漫画家の小林よしのりさんの『リベラルは左翼ではない、自由である』という記事も紹介させていただきます。

衆院選の公示を間近に控え、まだまだ思うことがあります。消費税の問題にも触れるつもりでしたが、過去の記事へのリンクをはることにとどめます。最後に、改憲の問題です。改正条項の第96条を持つ憲法ですので議論自体をタブー視することはできません。そのため、護憲か改憲かという論点提起は言葉や説明が決定的に不足しているように思っています。前述したとおり日本国憲法の平和主義の「特別さ」を守るのか、集団的自衛権を行使できる「普通の国」に転換するのか、どちらの選択肢が国際社会の平和に寄与できるのかどうか、このような論点が明確化された中で一票一票が託されて欲しいものと切望しています。

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コメント

そういえば立憲民主の枝野さんも以前に改憲論を主張して
いたんですよねえ

>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-09-10/2013091002_02_1.html

再びOTSU氏が言及された

>広義の国防であり、究極の安心供与の安全保障である専守防衛

この部分は相変わらず私の理解の範疇を超えています。
過去の記事を読んでも理解が深まりません。
私には安全装備を外した車に乗って安全運転に勤めて
事故を起こさなければ安心ですと言ってるようにしか
思えません。もう少しこの部分を理解できるようにほり
下げていただければありがたいですね。
個人的な願望にすぎませんが。

投稿: nagi | 2017年10月10日 (火) 16時55分

国会議員であれば「選挙で選ばれたという”しがらみ”」から、政党に所属していれば「政党から公認を受けたという”しがらみ”」からは逃れらないんだよなぁ、誰であっても。

「しがらみのない政治」も「アベ政治を打倒する」も、これは”政策なんだろうか?”という疑念は拭えない。スローガンではあるんだけど。

あと、「立憲主義」には多義的な用語だけど、大まかには2つの意味があって、主張の含意からすると、できれば「立憲政治」の方がしっくりくるんだけどなぁ。
伊藤博文氏の言葉を借りて「憲法政治」とかさ。

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基本的に野党の皆さんは、
「折々の自民党と反対のことを言う」のが仕事です!!
から、個々の政策案件について発言の一貫性や主義主張の一貫性を期待するのもなぁ。

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日本国憲法の平和主義は特別でも何でもないんだけどなぁ。武装拒否・武装放棄は特色だけど。

「専守防衛が究極の安心供与である」が - 真 - だとすると、すなわち「専守防衛が究極の危険受任である」も - 真 - でしょうね。

「共産圏は平和勢力という主観主義からくる、一方的な片思い外交」に繋がる、一方的な自己満足・自己陶酔なのかなぁ。

投稿: あっしまった! | 2017年10月10日 (火) 18時06分

こうゆうのを見たり聞いたりするたびにめんどくさいと
思ってしまう

>https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171013-00000044-asahi-soci

投稿: nagi | 2017年10月13日 (金) 17時34分

選挙ということでいきり立っているのか、困った人たちが湧いてきているようですね。

<https://twitter.com/TomoMachi/status/918706416352862208>

投稿: 対人手当 | 2017年10月13日 (金) 18時34分

こんばんは。
まぁ枝野代表も民主党政権時代に散々強行採決やってきたくせに、よく言えたものだな。

投稿: す33 | 2017年10月13日 (金) 21時28分

nagiさん、あっしまった!さん、対人手当さん、す33さん、コメントありがとうございました。

広義の国防であり、究極の安心供与の安全保障である専守防衛について、言葉や説明不足という問題ではないのかも知れませんが、新規記事を通して改めて掘り下げてみます。ぜひ、引き続きご注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2017年10月14日 (土) 07時41分

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