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2017年9月16日 (土)

再び、現実の場面での選択肢として

「敵を欺くにはまず味方から」という諺があります。北朝鮮の挑発を受け、安倍首相は「異次元の制裁を」などという強い言葉で応酬しています。前回記事「再び、北朝鮮情勢から思うこと Part2」の中でも記しましたが、そのような強い言葉や圧力を強化することで危機が回避できるのであれば大歓迎です。しかし、私自身は逆に危機が深まり、一触即発の事態へのリスクを高める対応だろうと懸念しています。

ただ冒頭に紹介した諺のとおり水面下では対話を模索し、いずれかのタイミングで一定の歩み寄りが公けになることも秘かに期待しています。そのようなしたたかな外交交渉を駆使するための強い言葉だったのであれば国民まで欺いていたことについて、ことさら批判しようとは思いません。最悪なのは対話の道を文字通り閉ざしていた結果、武力衝突が避けられず、勝者敗者に関わらず多大な人命を失うような結末を迎えることです。

核兵器を保有する傍若無人な国を許さないためには必要であれば武力行使を辞さず、ある程度の犠牲者が出るのもやむを得ない、このように考える方も多いのでしょうか。その犠牲者の一人に自分や家族が数えられても覚悟しなければならない、このように考える方も多いのでしょうか。しかし、できれば戦争は避けたい、当たり前な考えであり、誰もが共通する願いだろうと思っています。

平和の築き方に向けた総論的な考え方は個々人で差異があります。差異があったとしても直面した選択肢に際し、何らかの「答え」を出さなければなりません。5年前に「現実の場面での選択肢として」という記事を投稿していました。民主党の野田政権の頃でした。最近、その時に投稿したブログ記事のタイトルが頭に浮かんでいました。マイルールに沿って新規記事のタイトルに「再び」を付け、自分自身の問題意識や思うことを改めて書き進めてみます。

「戦争反対!」と唱えているだけで、平和な社会が築けるとは考えていません。平和の問題に限らず、理想的な姿をどのように描くのか、そのめざすべきゴールに向かってどのような判断を地道に重ねていくのか、一つ一つ、現実の場面での選択肢として熟考していくことが欠かせません。このような心構えは政治家だけに委ねるものではなく、私たち一人ひとりにも問われているはずです。このような問題意識は5年前の記事の中で綴った内容の一部です。

当時、現実の場面での選択肢として、尖閣諸島を東京都が所有するという問題がありました。国政に戻ることを表明していた石原元知事は尖閣諸島の問題に際し、「戦争を辞さず」という姿勢を示していました。一方で、防衛庁長官を歴任したことのある自民党の加藤元幹事長は「外交上の問題は存在する」という立場を示すことの重要性を訴えていました。私自身、いがみ合った関係性の解消に向けての一歩を踏み出すためには後者の考え方を支持していますが、このような選択肢に際して個々人の「答え」は大きく分かれていくはずです。

さらに差し迫った選択肢に際し、野田政権の下した判断は尖閣諸島の国有化でした。以前の記事「外交・安全保障のリアリズム」の中でも記していますが、首相補佐官を務めていた長島昭久さんから当時の顛末を耳にしていました。売却するという話が後戻りできない局面の中、都が所有するよりも国有化のほうが中国との関係は悪化しないだろうという見通しを立てたようです。結果的に国有化は中国側から強い反発を招いた訳ですが、長島さんは石原元知事らとの折衝に力を尽くし、日本政府としては粘り強く丁寧に中国政府との話し合いも進めていたそうです。

中国から「暗黙の容認」を引き出せる手応えを直前まで得られながら、空気を一変させたのは中国側の権力闘争が絡み日本叩きにつながったという見方を長島さんは示されていました。しかし、もっと丁寧な外交交渉があり得た、国有化は最悪の選択だった、いろいろ酷評されていることも確かです。一方で都が所有し、漁船の避難港の整備などを進めていた場合、尖閣諸島を巡る情勢はどのように変化していたのでしょうか。日本の実効支配が強まったことによって、幸いにも中国側が矛を収める展開だったとすれば野田政権は余計な手出しをしたことになります。

中国や北朝鮮との対話の必要性を訴えると、日本の国益よりも相手国側の利益を優先するための「工作」活動だと揶揄される方をネット上で時々見かけます。挙句の果て洗脳されたスパイ呼ばわりされるようでは冷静で建設的な議論は成り立ちません。同時に北朝鮮を巡る情勢を受け、安倍政権「批判ありき」の論調だった場合、やはり建設的な議論から離れていきがちなのかも知れません。ブックマークし、いつも訪問しているブログ『澤藤統一郎の憲法日記』で「アベ晋三の高笑い」という記事があります。

ICBMの発射も、核実験も、ホントによいタイミングでやってもらった。しかも核は160キロトン相当の水爆だと言うじゃないか。国民の目は、森友・加計問題から、北朝鮮に完全に移った。共謀罪も、南スーダンPKOでの日報隠しも、閣僚不祥事も、アベチルドレン問題も、すべては忘却の彼方だ。しかも、この北朝鮮によるわが国への支援の恩恵は、内閣支持率アップにとどまらない。

迎撃ミサイルだの、イージスショアだの、自衛の措置が必要ではないかとの理由付けで、防衛予算の増強がとてもやりやすくなった。アメリカの軍需産業も大喜びだ。だから、北朝鮮危機の深刻さは、できるだけ大袈裟に国民に伝えなければならない。Jアラートも国民の危機意識涵養に大成功だった。国民が不安になればなるほど一体感が造成される。時の内閣支持率がアップするのが、世の習いではないか。私も、不愉快そうに深刻な顔つきで記者会見をしなければならないのだが、ついつい腹の中では笑みがこぼれる。

記事の一部を紹介させていただきましたが、安倍首相に批判的な立場の方々からは好意的な評価を得る内容だろうと思っています。ただ安倍首相の言動を支持されている方々からは感情的な反発を招きかねない極端な記述の仕方だろうと心配しています。より望ましい「答え」を見出すためには幅広い考え方や情報をもとに判断していくことが大切です。いろいろな主張の仕方があっても良いのでしょうが、私自身の責任で表現する場合は異なる視点や立場の方々にも届くような言葉を選ぶように努めています。

やはりブックマークし、定期的に訪問している『シジフォス』というブログがあります。たいへん興味深い内容の投稿が多く、共感を覚える問題意識も少なくありません。ただ北朝鮮に対し、称賛が前面に出た記述内容の多さだけは違和感を覚えがちでした。現地に赴かなければ知り得ない事実も多いのかも知れませんが、思い入れが強すぎると評価や批判すべき基準も変動してしまうような危惧を抱きがちです。ちなみに「再び、北朝鮮情勢から思うこと」の最後に「朝鮮の真意をまったく紹介しない異様なメディア」という参考記事を紹介していました。

朝鮮半島の非核化はわが国の国是です。しかし、イラクを見て下さい。もしイラクが核をもっていたら、米国はあのような武力行使はできなかったでしょう。わが国が自主・自立をはかるためには、核保有はやむをえません。今や米国はわが国に対し、単なる敵視政策に止まらず体制転覆を公然と表明しました。もはやわが国の対応にも限度があり、新たな戦争の勃発をおさえ、東アジアの平和を保つために、核兵器は「抑止力」となります。

明白なことは、私たちは平和を望むし、これからも望んでいくということです。しかし、日本は米国の核の傘に入り、核搭載鑑があれだけ入港しているのに、よく非核が国是といえますね。また、核拡散防止といいますが、大国だけが核を独占して、他の国にはもたせないというのは誤った理屈です。核兵器は、今やインドもパキスタンも イスラエルも持っています。なぜ、それは問題視されないのですか。

上記の内容は『シジフォス』の「朝鮮半島の非核化・核兵器廃絶は共和国の国是」という記事から引用した北朝鮮高官の主張です。改めて強調しなければなりませんが、国際社会から強く批判を受けている北朝鮮を必要以上に擁護する意図はありません。しかし、上記のような言い分があることも把握した上、現在の危機を脱し、緊張緩和に向かえるのかどうか、手がかりを探っていくべきなのではないでしょうか。最近、安倍首相は核保有国のインドを訪問しています。

理想的な姿は地球上からすべての核兵器を廃絶することです。しかしながら一足飛びに実現できない難しい現状です。めざすべきゴールに向かってどのような判断を地道に重ねていくのか、一つ一つ、現実の場面での選択肢として熟考していくことになります。絶対欠かせないことは核兵器を実戦使用させない関係性の構築です。そのような意味合いで核保有国のインドを安倍首相が脅威の対象としていないことは明らかです。広義の国防のための対話を重ね、お互い安心供与の安全保障を深めている関係性だと言えます。

言うまでもありませんが、北朝鮮の核保有を公然と認めたくありません。しかし、お互い「自衛以外で攻撃しない」という安心供与が成り立つのであれば「核保有国だから」と言って格段に脅威が高まる訳ではありません。一方で、お互い「先制攻撃されるかも知れない」という疑心暗鬼が、ますます関係性を悪化させていくことになります。疑心暗鬼の要素を取り除くためには圧力一辺倒ではなく、やはり対話の道を模索していくことも非常に重要な選択肢です。

昨夜の『ニュース23』の中で田中均元外務審議官がインタビューを受けていました。15年前の日朝首脳会談を通し、日本と北朝鮮との溝が埋まりかけました。「改憲の動きに思うこと Part2」の中では「日朝平壌宣言が履行されていれば今の核脅威はなかった」という仮説も紹介しています。日朝首脳会談のキーマンだった田中さんはインタビューの最後に「今のね、あたかも雰囲気が圧力・圧力・圧力って、圧力と対話を対比させて、北朝鮮がこうだから圧力をどんどんかけていく図式。間違っているんじゃないかと思う。対話も圧力も外交的な解決をするための手立てなんです」と語っていました。

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コメント

>やはり対話の道を模索していく

OTSU氏は、今まで日本、IAEA、国連等が核開発について交渉したことがない、あるいは北朝鮮に譲歩したことがないと思われているのでしょうか。
また、「北朝鮮が核開発を止める」と明言したことがあるかないか、御存知ですか?

どうも、OTSU氏の記事を読むと、これまでの北朝鮮との交渉過程を理解していないように思えてしまいます。

投稿: とるねこ | 2017年9月17日 (日) 16時38分

考え方は人それぞれです。
私もこれ以上、意見を押し通すつもりはありません。

管理人さんの考え方ですが、もしよければ教えてください。

北の行動で、レッドラインはありますか?
どこまでやったらアウトとなり、対話を諦めざるを得なくなりますか?

投稿: 下っ端 | 2017年9月17日 (日) 20時02分

とるねこさん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

誤解を受けないように国際社会のルールを守れない北朝鮮が批判を受けるべき対象であることを再三強調してきています。約束を守らない北朝鮮との対話は無意味と考えられる方も多いのかも知れませんが、それでも現状の危機をどのように認識し、どうすべきかという個人的な思いを綴ってきているつもりです。

対話を諦めざるを得なくなるレッドラインは危害を目的にし、他国に対してミサイルを発射した時です。攻撃を受けた場合は反撃する、個別的自衛権のもとに戦わざるを得ません。そのような犠牲を出す前に先制攻撃すべきという主張もあろうかと思いますが、国際社会の中で孤立している北朝鮮からすれば圧倒的な軍事力や国力の差があるため、追い込みすぎない限り抑止力は効いているものと考えています。

具体的な選択肢を前にし、ご指摘のとおり人それぞれの「答え」があります。どのような「答え」が正解につながるのか分かりませんが、悲惨な結末に至らないことだけを強く願っています。

投稿: OTSU | 2017年9月17日 (日) 21時43分

70年以上前の大日本帝国は、アメリカを初めとする連合国と
戦い敗北しました。世界は日本の言い分を却下し、軍国主義
を断罪しました。戦後にリベラルの方々は戦前の日本がどれ
ほど間違っていたかと説明を尽くしています。
今、北朝鮮はかつての日本と同じような誤りをおかして
います。世界は再びこのような誤りを許してはならない
でしょう。被害を被るからと対話だけを求めても結局、
それは軍国主義、独裁主義を認めるとの誤ったメッセージを
与えるのではないのでしょうか。
まあ、私も戦争の惨禍はごめんこうむりたいと思っている
のは事実です。

投稿: nagi | 2017年9月19日 (火) 08時19分

急に解散風でさわがしいですが、それを批判してる
リベラル系マスコミが意味不明ですね。元から選挙に
大義など存在しない。さらに、散々安倍政権の退陣を
求めている以上、選挙を歓迎するならともかく批判する
など理解できません。民主主義社会において、選挙が
唯一の政権選択の機会です。朝日新聞などが言うように
安倍政権に対する批判が世に満ちてるなら、選挙で
自民党は敗北し、安倍政権は退陣するでしょう。

もしそうならないのなら、日頃からの報道がおかしいと
しかいえなくなりますね。どちらにしても重要な選挙で
あることは間違いありません。

投稿: nagi | 2017年9月20日 (水) 09時31分

nagiさん、コメントありがとうございました。

前回記事の最後に記したとおり拉致事件や北朝鮮国内の強制収容所の問題なども看過できません。安易に実戦使用できないのだろうと思われる核兵器の問題よりも、現在進行形で苦しんでいる人たちが見込まれる問題の解決のほうこそ優先したい思いがあります。

しかし、多くの人命を失うリスクが伴う武力衝突だけは避けるべきものと考えています。統治体制の変革に際し、やはり望ましい道筋は国民の皆さんが内側から立ち上がることだろうと思っています。過去の悲惨な日本の戦争も同様であり、決して体制変換のために仕方なかった犠牲の数々だったとは絶対考えたくありません。

今週末に投稿する新規記事、衆院解散の見通しを受けた内容を考えています。その中でも北朝鮮の問題に触れることになるはずですが、ぜひ、引き続きご注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2017年9月23日 (土) 08時56分

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