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2017年5月 6日 (土)

憲法施行70年、安倍首相の改憲発言

前回記事「幅広い情報を得ることの大切さ」に対し、下っ端さんから「管理人さんは、安倍首相のことが、どうしても認められないのですか?まるで、内容どうこうは関係ない、とにかく安倍首相だけは認めないと言う、某朝○新聞のように」という指摘を受けました。少し前の「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」という記事の中で、適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その言動や判断は正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要だろうと記しているため、たいへん残念な見られ方でした。

昨年9月に「『総理』を読み終えて」という記事があり、その中では次のような趣旨の言葉を残しています。このブログでは安倍首相に対する批判記事が結果的に多くなっています。それでも「批判ありき」ではなく、具体的な言動に対して私自身の意見や感想を綴ってきているつもりです。安倍首相を嫌っている方々からすれば「甘い見方だ」とお叱りを受けるのかも知れませんが、私自身は安倍首相が「国民を豊かにするため」「平和を守るため」という信念のもとに様々な政策判断を重ねているものと信じています。

『総理』を読み終えて Part2」の中では具体的な事例も紹介していました。2013年8月、「シリア国内で化学兵器が使用され、子どもを含む多数の一般市民が犠牲になった」と説明し、アメリカのオバマ大統領(当時)はシリアへの軍事攻撃を行なうことを表明しました。国際社会に支持と協力を訴え、日本に対しても様々な外交ルートを通じて「空爆に着手したら即座に支持を表明して欲しい」と要請していました。オバマ大統領は安倍首相に直接電話をかけ、「アサド側が化学兵器を使った明確な証拠がある」と伝えて支持を求めました。

それでも安倍首相は「化学兵器を使用した明確な証拠の開示が必要」という対応を貫き、オバマ大統領からの要請を拒んでいました。大量破壊兵器を所有していると決め付けてサダム・フセイン政権を攻撃したイラク戦争、そのアメリカを即座に支持した小泉元首相の轍を踏みたくなかったからでした。武力によって容易に平和が築けないこともイラク戦争の大きな教訓の一つだったものと考えています。そのため、オバマ大統領の要請に対し、毅然とした対応をはかった安倍首相の判断は筋が通ったものであり、「『総理』を読み終えて Part2」の中で率直に評価していました。

しかしながら先月、アメリカがシリアを軍事攻撃した際、安倍首相は即座に支持を表明しました。国連決議などの国際法上の手続きを経ない先制攻撃であり、化学兵器を使用した明確な証拠も示されない中での支持表明でした。4年前と比べ、日本をとりまく情勢の変化が理由に上げられるのかも知れません。ただ当時の情勢や日米同盟強化の必要性にそれほど変わりはないはずであり、大きな違いは首脳同士の信頼関係だと言えます。

オバマ前大統領と安倍首相はケミストリーが合わなかったと見られていました。それに比べ、トランプ大統領との相性は良く、親密な関係を築けているようです。首脳同士のパイプの太さはメリットも多いのかも知れませんが、疑念を拭えないまま「支持ありき」に至るケースも生じかねません。適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その判断は正しかったのか、安倍首相とトランプ大統領との関係性から思いを巡らす機会につながっていました。

今回の記事で取り上げる改憲発言も同様ですが、安倍首相の判断や選んだ「答え」が正しいと思えるのであれば、あえて批判的な内容を綴るつもりはありません。政治家ですから支持率を意識した判断であろうと、自分自身のレガシーのために「答え」を選んでいようとも、より望ましい結果につながっていくのであれば率直に支持していくことになります。繰り返し述べているとおり何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、「誰が」に重きを置かない熟考を重ねているつもりです。

さて、日本国憲法が施行されてから70年、5月3日の憲法記念日には護憲もしくは改憲を訴える団体が全国各地で集会を開いていました。有明防災公園では「施行70年 いいね!日本国憲法 5.3憲法集会」が開かれ、5万人以上の参加者を集めていました。日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが主催した改憲派集会「公開憲法フォーラム」には1,150人ほど集まり、安倍首相から下記の内容のビデオメッセージが寄せられていました。

ご来場の皆様、こんにちは。自民党総裁の安倍晋三です。憲法施行70年の節目の年に「第19回公開憲法フォーラム」が盛大に開催されましたことに、まずもってお喜び申し上げます。憲法改正の早期実現に向けて、それぞれのお立場で精力的に活動されている皆様に心から敬意を表します。憲法改正は、自民党の立党以来の党是です。自民党結党者の悲願であり、歴代の総裁が受け継いでまいりました。私が総理・総裁であった10年前、施行60年の年に国民投票法が成立し、改正に向けての一歩を踏み出すことができましたが、憲法はたった一字も変わることなく、施行70年の節目を迎えるに至りました。

憲法を改正するか否かは、最終的には国民投票によって国民が決めるものですが、その発議は国会にしかできません。私たち国会議員は、その大きな責任をかみしめるべきであると思います。次なる70年に向かって日本がどういう国をめざすのか。今を生きる私たちは少子高齢化、人口減少、経済再生、安全保障環境の悪化など、わが国が直面する困難な課題に対し、真正面から立ち向かい、未来への責任を果たさなければなりません。憲法は、国の未来、理想の姿を語るものです。私たち国会議員は、この国の未来像について、憲法改正の発議案を国民に提示するための「具体的な議論」を始めなければならない、その時期に来ていると思います。

わが党、自民党は、未来に、国民に責任を持つ政党として、憲法審査会における「具体的な議論」をリードし、その歴史的使命を果たしてまいりたいと思います。例えば憲法9条です。今日、災害救助を含め命がけで、24時間365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が今なお存在しています。「自衛隊は、違憲かも知れないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。

私は、少なくとも私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、「自衛隊が違憲かも知れない」などの議論が生まれる余地をなくすべきであると考えます。 もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。教育の問題。子どもたちこそ、わが国の未来であり、憲法において国の未来の姿を議論する際、教育は極めて重要なテーマだと思います。誰もが生きがいを持って、その能力を存分に発揮できる「1億総活躍社会」を実現する上で、教育が果たすべき役割は極めて大きい。

世代を超えた貧困の連鎖を断ち切り、経済状況にもかかわらず、子どもたちがそれぞれの夢に向かって頑張ることができる、そうした日本でありたいと思っています。70年前、現行憲法の下で制度化された小中学校9年間の義務教育制度、普通教育の無償化は、まさに戦後の発展の大きな原動力となりました。70年の時を経て、社会も経済も大きく変化した現在、子どもたちがそれぞれの夢を追いかけるためには、高等教育についても全ての国民に真に開かれたものとしなければならないと思います。これは個人の問題にとどまりません。人材を育てることは、社会、経済の発展に確実につながっていくものであります。

これらの議論の他にも、この国の未来を見据えて議論していくべき課題は多々あるでしょう。私はかねがね、半世紀ぶりに夏季のオリンピック、パラリンピックが開催される2020年を、未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだと申し上げてきました。かつて、1964年の東京五輪をめざして、日本は大きく生まれ変わりました。その際に得た自信が、その後、先進国へと急成長を遂げる原動力となりました。2020年もまた、日本人共通の大きな目標となっています。新しく生まれ変わった日本がしっかりと動きだす年、2020年を、新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っています。私は、こうした形で国の未来を切り開いていきたいと考えています。

本日は自民党総裁として、憲法改正に向けた基本的な考え方を述べました。これを契機に、国民的な議論が深まっていくことを切に願います。自民党としても、その歴史的使命をしっかりと果たしていく決意であることを改めて申し上げます。最後になりましたが、国民的な議論と理解を深めていくためには、皆様方、「民間憲法臨調」「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のこうした取り組みが不可欠であり、大変心強く感じております。憲法改正に向けて、ともに頑張りましょう。

今回も長い記事になりつつありますが、安倍首相の発言の全文を掲げてみました。このビデオメッセージでの安倍首相の改憲発言は大きな波紋を呼んでいます。これまで国会の議論を見守る姿勢だった安倍首相が突然、2020年という施行時期や具体的な改憲項目に言及したため、与党内にも困惑が広がっているようです。国会の憲法審査会での議論を軽視し、自民党の憲法改正草案を無視する形となっていますが、今のところ自民党内から表立って反発する声は聞こえてきません。

5月1日に開かれた超党派の国会議員による新憲法制定議員同盟の集まりでは、安倍首相から「機は熟した。求められているのは具体的な提案で、改憲か護憲かといった不毛な議論から卒業しなければならない」という発言が示されていました。改憲発議できる3分の2以上という国会における勢力図を念頭に置かれ、「機は熟した」と考えられているのだろうと見ています。しかし、メディアの世論調査の大半は改憲の必要性について賛否が割れている現状です。

NHKの調査では今年「必要」が43%ですが、2002年には「必要」が58%であり、改憲に向けた機運は低下している結果を示しています。5月1日の同じ集まりで、中曽根元首相は「国民的合意なくして改憲をしてはいけない」と訴えていたようですが、もしかしたら安倍首相の気負いを諫言するような意図があったのかも知れません。このような話を書き進めていくと、また「とにかく安倍首相だけは認めない」という見られ方につながりがちです。

決して「批判ありき」の記述ではなく、「このような見方があります」という情報や論点を提起しています。その上で、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下すのは閲覧されている皆さん一人ひとりであり、「答え」を押し付けるような書き方にだけはならないように留意しています。さらに今回の安倍首相の発言は、たいへん緻密に練られたものだと受けとめています。改憲という結果を出すための戦略が際立った論点提起だと言えます。

憲法の平和主義の理念を堅持し、第9条に自衛隊の位置付けを加える提案です。これは加憲を推奨している公明党を意識したものだろうと思います。高等教育までの教育無償化の提案は日本維新の会との連携を想定していることも容易に読み取れます。特に前者は国民の多数も賛成できる考え方だろうと見ています。昨年5月には「憲法9条についての補足」という記事を投稿し、現憲法を本当に改める必要に迫られているのであれば憲法96条のもとに国民の意思を問うべきものと記しています。

そして、何よりも大事にすべきことは日本国憲法の平和主義であり、専守防衛を厳格した「特別さ」だと考えています。前述したとおり安倍首相の動機や本心はともかく、より望ましい結果につながっていくのであれば率直に支持していくことになります。今回、安倍首相は憲法9条の理念はそのままで自衛隊が違憲かどうかの議論は終わらせたいと説明しています。このような提案であれば私自身も含め、護憲派の集会に参加するような国民も反対できないのではないかという見方があります。

平和主義の効用を維持でき、自衛隊を追認する改憲だった場合、確かに国民の大半は賛成票を投じるはずです。しかし、集団的自衛権の問題など解釈の変更で平和憲法の「特別さ」を削ぎながら改憲発議の中味は「憲法9条をそのまま」と説明されても理解に苦しみます。それこそ善し悪しは別にして「国防軍」を明記した自民党の改憲草案のほうが明解な選択肢であり、誠実な政治姿勢だろうと思っています。また、どのような条文を安倍首相が想定しているのか分かりませんが、新たな矛盾や論争の芽を残す恐れもあります。

『朝まで生テレビ!』の中で司会の田原総一朗さんが、かなり前に安倍首相と会話した際に伝えられた次のような話を紹介していました。「首相は憲法改正に関心がなくなったらしい。改正は集団的自衛権の容認が趣旨だったが、これは米国の再三にわたる要請に基づいていた。ところが、容認の閣議決定以降、米国側は沈黙。喫緊に改正する理由がなくなってしまったそうだ」という話でした。ますます今回の改憲発言が切実な必要性よりも、改憲そのものを目的化した動きだと指摘せざるを得ません。

自衛隊を違憲とする議論があることも確かですが、そもそも国民の大半は自衛隊を違憲視していないはずです。大きな論点は自衛隊の役割であり、問われているのは日本国憲法が定めている平和主義のあり方や国際社会の中での実践ではないでしょうか。前回記事の最後に記したとおり北朝鮮情勢に絡んだ私自身の意見や思いを綴ろうと考えています。今回の記事にこそ追記すべき流れだったのかも知れませんが、たいへん長い記事になっていますので中途半端な触れ方は避け、次回以降の記事に自分自身の「答え」を改めて綴らせていただくつもりです。

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コメント

少し誤解があるようですね。

単純に考えられませんか?
解釈で認められるとか、そういうあいまいなことは整理すべきかと。

不戦の誓いや、武力による侵略を永遠に放棄することを憲法に明記した上で、自衛のためだけに限定して軍隊を保持することを追記すればいいのでは?

それが出来ない、認められないのなら、ハッキリと自衛隊は違憲として、解散させましょう。

国民が、違憲視しなければいいのですか?
グレーでもいいのですか?
世界に誇る平和憲法であるならば、グレーは無くすべきと考えます。

安倍さんは提案しました。
さて、民進党はどうするんですかね。
グレーのままにするのか。
自衛隊は解散させるのか。

真の平和憲法を謳うなら、対話による解決こそ平和の唯一の方法であると言うのであれば、9条を厳格に適用し、堂々と自衛隊の解散を主張していただきたいのです。

あとは有権者が決めることではないでしょうか。

投稿: 下っ端 | 2017年5月 6日 (土) 18時50分

世論調査は関係ありますかね?

改憲発議できる3分の2以上の国会議員自体、国民が選んだ民意ではないのでしょうか?
数のおごりという言葉が、何をもってそう言うのか不思議なのです。国民が選んだ3分の2なのに。

そして、最後は有権者の半数以上の同意が必要なのです。
逆に言えば、そこで半数以上の同意が得られるなら、野党の主張は少数の考えとなるのです。

それだけの話ではないのですか?
もちろん、否決されたなら、それも民意として、安倍首相は受け入れなければなりませんが。

投稿: 下っ端 | 2017年5月 6日 (土) 19時04分

下っ端さん、さっそくコメントありがとうございました。

これまで数多くの記事で綴ってきましたが、私自身は個別的自衛権まで現憲法で許容できる範囲だと考えています。そして、その効用に対する考え方も今回の記事本文中のリンク先のとおりです。したがって、特にグレーだったとは思っていません。

解釈を変更し、集団的自衛権の行使まで可能としたのであれば、それに相応した改憲の判断が国民に問われるものと覚悟していました。それが今回の記事本文に記したような動きだったため、強い違和感を抱いています。

ご指摘のとおり3分の2の議席も民意の結果です。しかし、憲法を改めるべきかどうか正面から問われた結果の民意だとは思えません。いずれにしても今後、国民投票で改憲すべきかどうか民意が問われていくことになりますが、前述した違和感があるため、今回のような論点提起につなげています。

下っ端さんの問題意識とかみ合わない点が目立つようですが、これからも私なりの「答え」を当ブログに綴っていくつもりです。それに対する異論や反論を頂戴できることも貴重な機会だと考えていますので、ぜひ、いろいろな「答え」を認め合った場として今後も注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2017年5月 6日 (土) 21時49分

高等教育の無償化は法律の制定で可能ではあるのですが、問題は「私学助成違憲論」との兼ね合いですね。

憲法第26条により、高等教育を無償化すること自体は法律で可能です。
一方で、憲法第89条により、「私立大学の無償化は、すなわち公的支出で私立大学を維持することを意味し、憲法違反である」という論点もあります。今の私学助成の比ではなくなりますから。


高等教育の無償化を憲法改正と結びつけることには、ワタクシ自体も違和感はあるのです。

が、それを批判する人は「無償化は法律で可能」という一点を主張される一方で、「私立大学の無償化は憲法に反する」という論点はまるで忘れ去られてる気がして、そうした反対論にも違和感があります。

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> 専守防衛を厳格した「特別さ」

憲法学者の7割近くが、「自衛隊を違憲」としていることが、例の平安法制の議論の過程で明らかになりました。

そうした理屈から行くと「現憲法は、自衛戦争自体を抛棄しており、専守防衛も否定している」のであって、
「専守防衛を厳格した特別さ」という考え方自体が現憲法の解釈を誤っているということになります。

重ねて申し上げますが、「現憲法は専守防衛も否定しており、自衛隊は違憲である」というのが、憲法学者の3分の2超の見解ですよ。

「おまえたちは憲法違反であり、行政組織として本来存在してはならないのだが、何かあったら率先して命と引き換えに(文字通り命を差出して)働け」というのは、

仮に専守防衛という局面であったとしても、

国家行政組織及びその構成員である(労働者性を憲法上保証されている)公務員への態度として適切か?

という論点はあると思うんですよね。
労組としても、本来は無視できない論点だと思うのですけどね。
※自衛隊は、国家行政組織法上は、”防衛省の特別の機関”であり、紛れもなく国家行政組織の一部です。
※自衛隊員は、特別職の国家公務員ではあるものの、紛れもなく、常勤の国家公務員です。

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なお、ワタクシ個人は「専守防衛」を否定はしません。

が、「専守防衛の持つ過酷さ」について、
すなわち、
1:常に戦闘は自分たちの都合と関係なく”やって来る”ものである。
2:常に戦闘は自らの居住地帯で発生するという苛烈さを内包している。
3:専守防衛の下では国民が巻き込まれない戦闘は存在しない

という3点について、専守防衛派の間で理解が進んでいるとは思えない所が気がかりです。
一般論として専守防衛派は、戦争に”行かない”ことには過剰すぎるほど敏感ですけど、戦争が”来る”ことには鈍感というか無自覚・無知覚に見えます。

少なくとも、専守防衛である限りは、戦争は”来る”ものであり、”来る”ものである限りは政権を責めるだけではどうにもなりません。
”来る”戦争には相手があり、相手の意思を完全にコントロールすることは、誰が政権を担っていてもできません。

目先の朝鮮半島情勢は、日本において戦争とは、
誰が政権を担っていても、安保条約を違憲として破棄しても、自衛隊を違憲として解体しても、平安法制が影も形もなくても、そんなことはお構いなく、”来るときは来る”ということを意味してます。

※日本は、朝鮮戦争の一方当事者である朝鮮国連軍との間に条約を結んでおり、日本国政府には朝鮮国連軍への基地提供義務と日本に滞在する朝鮮国連軍兵士への地位協定が現に存在します。アメリカとの条約とはマッタク別物です。

※安保条約や日米地位協定がなくても、朝鮮国連軍との条約や協定がある限りは、北朝鮮にとっては”日本は朝鮮戦争における主敵の一部”です。
60年前は北朝鮮が日本を直接攻撃する能力を持っていなかったから、(攻撃意思はあったけれども)他人事ですんだけど、今は攻撃意思を具現化する攻撃能力を持ってるのです。

平安法制反対派の言動を見ていると、そういう認識が弱すぎるのが問題だと思います。

投稿: あっしまった! | 2017年5月 6日 (土) 23時54分

あっしまった!さん、おはようございます。いつも拙い記事本文の補足となる詳しい解説、たいへんありがとうございます。

ご指摘のとおり憲法26条は「義務教育は、これを無償とする」としか記されていませんので、教育基本法に定めた義務教育期間の改正で対応可能です。この改正にとどめれば現行でも有償の私立小中学校か、無償の公立かを選択している訳であって「私学助成違憲論」の問題には及ばないのだろうと思っています。一方で、私学も含めて無償化を前提にしているのであれば、あっしまった!さんの問題提起をどのように整理していくのか確かに疑問が残ります。

後段の論点は次回以降の記事で改めて私自身の考え方をまとめてみるつもりです。なお、法学者の解釈はともかく、違憲という認識を持っていた場合、99条の「憲法尊重擁護の義務」を負う公務員の立場として問題だろうと考えています。そのため、今回の記事本文では触れませんでしたが、そのような点からも国務大臣である安倍首相の発言に違和感がありました。

投稿: OTSU | 2017年5月 7日 (日) 06時54分

> 憲法を改めるべきかどうか正面から問われた結果の民意

そもそも、漠然と「改めるか、今のままか?」という問いかけ自体が成立しないので、単に「改めるべきかどうか?という民意」を知る術はないと思います。

具体的な改正案の発議なしで、一般的・抽象的に「改めるか、今のままか?」とと言う問いかけはは、現行憲法の予定する国民投票とは相容れないので。

なので「憲法を改めるべきかどうか正面から問われた結果の民意」を知る術はありません。

「具体的な改正案なしで”憲法を改めるべきかどうか正面から問われた結果の民意”を知ることができない限り、改正の発議はできない」のであれば、改正は永遠にできないということになります。

一方で、為政者が尊重擁護義務を負うべき憲法には「改正手続の規定」が確とあります。従って、何の具体的な改正の発議のないまま、単に(抽象的に)「改正は許されない」というのは、改正規定の存在を否定することになり、却って擁護擁護義務に反することになります。

もし、民意を問うとするなら、改正の発議を行い「改正案(という具体的な改正内容)について、賛成するか?今のままか?」という形でしか問うことはできないでしょう。
そして、それは 憲法改正の国民投票の結果 をもって論じるしかないでしょう。

民意を知り論じるためには、”具体的な改憲案によって、憲法改正の国民投票を行う必要”がある。通常の国会議員選挙では、”政策の束”を選択する形にならざるを得ないので。

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もう一つ。憲法のいかなる条項に対してであれ、「現状の解釈が誤っているのであれば、それを正さないことが、却って憲法尊重擁護義務に反することになる」という理屈がなりたちます。

為政者が「違憲である」という判断をもちながら、それを放置するのであれば、それは憲法尊重擁護義務に反するので、「違憲状態を解消すべく憲法を改正する・違憲な法令を廃止したり解釈を改める」ことが必要になります。前者の手法も試みること自体を否定することはできません。
憲法尊重擁護義務の中には、「憲法の改正規定に則った手続で改正を試みることも含まれる」からです。

さて、例の平安法制に関しては、反対意見は「現行の憲法解釈が無条件に正しい」という暗黙の前提が存在しているように見受けられました。
そうでしょうか?今までの解釈が誤っているのであれば正しい解釈に改めるのが、憲法尊重擁護義務に忠実な態度です。

自衛隊を合憲とする今までの解釈が誤っているなら、即刻自衛隊を廃止するか、憲法を改正する必要があります。
集団的自衛権の限定的行為が違憲であるとする今までの解釈が誤っているなら、解釈を改めるか、憲法を改正することこそが正しい行為です。

いずれの立場に於いても「改正を試みること・改憲手続の実施それ自体を否定すること」は、憲法尊重擁護義務に反します。

先述の通り、具体的な改正案で国民投票を行うことでしか、正面から民意を問う方法はありません。
なので、民意を盾に「改正の発議自体を否定すること」にはワタクシは賛成できないという立場です。それは改正案に賛成するかどうか?とは次元の異なる命題だと考えています。

「とんでもない改正案によって発議を行うことは許されない」と野党側が叫んだ所で、「それがとんでもない改正案かどうかを決めるのは国民投票」であり、発議や改正手続を否定する根拠にはならないと考えるからです。発議を行った上でとんでもなさを国民に語るなら別ですけども。

そういう訳で、いまの野党の態度には賛成できない感を強くします。

投稿: あっしまった! | 2017年5月 7日 (日) 20時44分

あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

私自身の考え方もお示しすべきところですが、いつものとおり機会を見ながら記事本文を通して綴らせていただきます。ご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2017年5月 7日 (日) 21時56分

あっしまった!さんに、詳しく解説していただきました。
私の言いたいことは、ほぼ説明して頂いてます。

民意は国民投票で示される。
まさにその通りだと思います。
そして、半数以上の賛成は、かなりハードルの高いものであると言えるのではないでしょうか?

どういう形が正しく、どういう形が真の平和であるか。
その答えは、その高いハードルの先にしか出てこないのです。

民意が、自衛隊の保持を認めないなら、それでいいのです。
民意が、グレーでいいというなら、それでいいのです。
個人的には不安は残りますが、国民が選んだ答えであるなら、それは受け入れるべきです。

憲法改正が戦争を始めるための道を進んでいくみたいに言われることには、どうしても違和感が拭えません。
平和には様々な方法があるはずです。

でも、私は問題意識がかみ合わないとは思っていませんよ。
管理人さんの考え方も、受け入れることは可能です。
民意という結果の後であれば・・・ですが。

投稿: 下っ端 | 2017年5月 7日 (日) 23時03分

現憲法下では「内閣総理大臣=国会議員」であることが求められているので、
「発議権が内閣にはない」と批判したところで、
「国会に発議権がある以上、国会の構成員である国会議員(=内閣総理大臣であっても)が発議を目指す発言をしても違憲性はない」と思うですよ、ワタクシなどは。「内閣が」ではなく「自民党が」という話ですし。

議院内閣制である以上は、最終的に議案が自民党の側から国会に提案されればそれで終る話で。
内閣総理大臣は在任中国会議員の立場を失うのではないし、むしろ、国会議員でないと内閣k総理大臣には就任できないのですから。

引用された安倍晋三氏の発言も、「自民党総裁」の発言な訳ですよ。
おそらくご本人も判っていて「内閣総理大臣」という立場でなく、「自民党総裁(国会議員の一人)」として発言されてる。一貫して「内閣」ではなく「自民党」を主語にしてある。

これは「内閣に発議権がない」と批判しても詮無きことですよ。
「自民党として発議を目指すということであれば、自民党総裁であり、衆議院議員の一人として発議を目指す、それが党の方針だ」と言われたら、それを否定することはできないので。

「憲法第96条に定められた手続を遵守して改憲を目指す」のであれば、第99条の尊重擁護義務は果たしてますし。

投稿: あっしまった! | 2017年5月 8日 (月) 13時06分

共産党が主張するように日米同盟を破棄してしまうと
日本の平和憲法は維持しようがないんですよね。

平和憲法を維持する為には、現実問題として先制攻撃
されないよう米軍の抑止力に必要不可欠ですよね。

米軍という抑止力がなくなれば、現実的に専守防衛って
不可能であることは、あっしまった!氏が説明されて
いる通りだと思います。

だからこそ、いわゆる平和主義者の方々は
「もし日本が攻撃されたらどうするか?」
って質問に苦しい答えしかできないことになります。

「攻撃されないよう外交努力をすべきだ」とか
「個別的自衛権は否定してない」とかになります。

これってシートベルトをせず車を走らせて
「事故を起こさないよう安全運転すべきだ」とか
「安全装備は否定しない」って言うのと同じですよね
事故は突然側面や背後から衝突されることもあり
自分が努力するだけではどうにもならないことが
よくあります。

日本が本当に守るべきなのは「平和憲法」ではなく
「平和」であることだと思いますよ。
平和を維持するためにあらゆることを考え想定し
準備したいものです。

投稿: nagi | 2017年5月 8日 (月) 18時03分

下っ端さん、あっしまった!さん、nagiさん、コメントありがとうございました。

nagiさんのご指摘のとおり守るべきものは「平和憲法」ではなく、「平和」であることです。そのためにどのような国のあり方が重要なのか、あらゆることを想定していかなければなりません。その「答え」は個々人で異なるのかも知れませんが、より望ましい判断を下すために多面的な見方をもとにした議論や検討が大切だろうと思っています。

投稿: OTSU | 2017年5月13日 (土) 07時22分

安倍晋三のブレーンから具体的な条文案が出ているようです。
「国の存立を全うし、国民の安全を確保するために、法律の定めるところにより、戦力に至らない実力を備えた組織としての自衛隊を設置する。」

昔は護憲派と言えば非武装中立だったのが(コメント欄でご指摘がありますが、学会では今でも自衛隊違憲説が多数説だと思います。)、なし崩し的に専守防衛に変わってしまったので、それは解釈改憲ではないのかと改憲派から言われてしまうのが、護憲派にとっては痛いところです。実際、護憲派ブログを見ていると、まじめな人ほどかなり悩んでいます。護憲派=自衛隊合憲説に立つなら、自衛隊明記案が発議されれば、反対するのは難しいし、今更自衛隊違憲説を唱えてもバッシングされるだけだろう。どうすればいいのか、ということです。

でも、こういう思考形態そのものが尋常でない野党低迷の原因になっていると思います。つまり、常に安倍晋三がテーマを投げかけて、野党が必死になって批判する、国民には批判があら探しにしか見えないという構図です。

安倍晋三が野党の痛いところをつく憲法改正案を出してきたら、野党は自民党の痛いところをつく憲法改正案は何かを真剣に考えるべきでしょう。自民党にとって痛すぎる案で、かつ国民の支持が大きければ、発議に二の足を踏むはずで、結果的に護憲になります。

安倍晋三の自衛隊明記案について取り合うのであれば、「自衛隊を明記すべきかどうか」をそのまま命題として検討するのでは勝負になりません。護憲派にとって不利な命題は何かと必死に考えて提起したのだから、まともに取り合えば不利な結論しか出てこないのは当然です。だったら、安倍晋三の命題をどのように変形すれば安倍晋三にとって不利な結論が出てきうる命題になるか真剣に考えましょう。「立憲主義の見地から、「戦力」と「実力」という微妙な概念の区別は9条3項以下にきちんと明記すべきで、集団的自衛権行使の可否(核兵器保有の可否、GDP枠、統治行為論の排除、国民投票制の導入など何でもいいです。)で区別するという明文改憲をすべきか」を命題として提出すれば、安倍晋三は結構焦ると思います。

投稿: PALCOM | 2017年5月17日 (水) 21時32分

PALCOMさん、コメントありがとうございました。

いろいろなご意見や情報を得られる場として、たいへん貴重な機会だと考えています。ぜひ、これからもお時間等が許される際、PALCOMさんのご意見を投稿いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2017年5月20日 (土) 06時28分

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