共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪
このブログに向き合うことで言葉を磨く鍛錬を続けられています。自分自身の問題意識をどのような言葉に託せば不特定多数の方々にも届くのだろうか、いつも頭を悩ましています。最近、頻繁に使っている言葉として、次のような趣旨の記述があります。その時々で少し言い回しが異なっていますが、提起したい論点はいつも同じです。直近の記事「李下に冠を正さず」の本文とコメント欄に記した言葉を改めて掲げさせていただきます。
物事を適切に評価していくためには、より正確な情報に触れていくことが欠かせません。誤った情報にしか触れていなかった場合は適切な評価を導き出せません。また、情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません。最近、特に幅広い情報に触れていくことの大切さを痛感し、何が正しいのか、その判断は正しいのか、「誰が」や「どの政党が」に重きを置かない思考に努めたいものと考えています。
今回、上記の論点を次のような言葉に置き換えてみます。安倍政権を批判、もしくは擁護する場合も、より正しく、より多面的な情報をもとに判断すべきものと考えています。昨年11月に投稿した記事「自衛隊の新たな任務、駆けつけ警護」の冒頭で、想定外の値段だった菓子パンの話を取り上げました。475円という値段を知った上で買うか買わないかを決める、つまり駆けつけ警護とはどういうものなのか、南スーダンの情勢はどういうものなのか、できる限り理解した上で自衛隊の新任務の是非を判断する、このような情報把握の必要性を例え話として挿入していました。
今年3月には「テロ等準備罪、賛否の論点」という記事を投稿していました。以上のような問題意識があるため、「反対ありき」の内容とせず、この法律が必要であるという自民党の河野太郎衆院議員の主張なども紹介していました。ちなみに3月の時点ではテロ等準備罪と呼称してブログ記事をまとめていました。最近、テレビから共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪という長い呼称が耳に残るようになっています。改めて調べてみると3月の段階で、この法案の呼称を巡って各メディアの立ち位置が分かれていたようです。
21日にも閣議決定される組織犯罪処罰法改正案について、報道機関ごとに表記や説明が分かれている。毎日新聞は「『共謀罪』の成立要件を絞り込み『テロ等準備罪』を新設する組織犯罪処罰法改正案」と書き、見出しはかぎかっこ付きで「共謀罪」と表記している。一方で政府の説明通りに見出しを「テロ等準備罪」などとする報道機関もある。
与党の法案審議を報じた今月中旬の在京紙を比較すると、見出しを「共謀罪」とするのは毎日を含め4紙、読売は「テロ準備罪法案」、産経は「テロ等準備罪」だった。また、NHKもテロップに「テロ等準備罪」と表記した。法案の説明でも2000年代に3回廃案になった共謀罪との関係についての評価は各社ごとにそれぞれ差があった。説明の違いは、各報道機関の世論調査の結果にも表れるようになった。
毎日の11、12日の世論調査では「政府は、組織的な犯罪集団が犯罪を計画した段階で処罰する法案を今の国会に提出する方針です。対象になる犯罪を当初予定していた700弱から半分以下に減らしましたが、一般の人も捜査対象になるとの指摘があります」と問い、「反対」41%、「賛成」30%だった。一方「政府が、組織的なテロや犯罪を防ぐため、犯罪の実行前の段階でも処罰できるよう、『共謀罪』の構成要件を厳しくして『テロ等準備罪』を新設する法案」と説明するNHKの10~12日の世論調査では、法整備が「必要だ」45%、「必要でない」11%、「どちらとも言えない」32%となった。【毎日新聞2017年3月20日】
数日前、イギリスのマンチェスターでコンサート会場を狙ったテロ事件が起きました。無差別に多くの方々を死傷させる卑劣なテロ行為は絶対許されません。このようなテロを未然に防ぐための手立てを全力で構築するという考え方は誰も否定できないはずです。上記の世論調査結果のとおりテロを防ぐための法案が必要かどうか尋ねられれば「必要だ」と答える方が多くなることは必然です。
組織犯罪処罰法改正案、共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪、いわゆる共謀罪、いろいろな呼び方ができますが、引き続き当ブログではテロ等準備罪と記していきます。印象を大きく左右する呼び方は非常に重要ですが、それ以上に法案の中身の是非が最も重要だろうと考えているためです。これまでも安保関連法を「戦争法」と呼ばず、安保関連法と記してきました。さすがに正式な法律名の略称かも知れませんが、頭に「平和」を付けることには抵抗感があります。
安倍首相は野党の質問に対し、たびたび「印象操作は良くない」と切り返しています。一方で法案の名称等は政府与党側が決める訳であり、テロ等準備罪一つ取っても国民から受け入れやすいように「印象操作」を行なっているように思えてなりません。そもそも2月の段階で「テロ」という用語が一切入っていない法案を準備していました。この点を指摘された後、3月になって「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」という用語を付け加えていました。
「テロ等準備罪、賛否の論点」の中で様々な矛盾点を紹介しましたが、どうしてもテロ対策を前面に出すことで国民からの反対の声を緩和するという意図を推測してしまいがちです。475円の菓子パンや駆けつけ警護の問題意識と同様、共謀罪そのものが必要であるという説明を真正面から尽くし、その上で国会や国民に対して法案の可否を求める関係性が欠かせないものと強く感じています。さらに国連の国際組織犯罪防止条約に批准するための法整備ですが、国連特別報告者から「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と懸念した書簡が安倍首相あてに送られていました。
19日に衆院法務委員会で可決された「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正について、特定の国の人権状況などを調査・監視・公表する国連特別報告者で、「プライバシー権」担当のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が、「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」として懸念を表明する書簡を安倍晋三首相あてに送った。18日付。書簡は「法案の成立を急いでいるために十分に公の議論がされておらず、人権に有害な影響を及ぼす危険性がある」と立法過程の問題にも言及している。
内容については、①法案の「計画」や「準備行為」が抽象的で恣意的な適用のおそれがある②対象となる犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係のものを含んでいる――などと指摘し、「どんな行為が処罰の対象となるのか不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題がある」。「共謀罪を立証するためには監視を強めることが必要となるが、プライバシーを守るための適切な仕組みを設けることが想定されていない」などと懸念を示した。【朝日新聞2017年5月20日】
この書簡に対し、菅官房長官は「書簡の内容は明らかに不適切だ。直接、説明する機会もなく、一方的な発出だ。外務省を通じ抗議した」と反論していました。しかし、外務省からの抗議文を受け取った国連特別報告者は「内容は本質的な反論になっておらず、プライバシーや他の欠陥など、私が多々あげた懸念に一つも言及がなかった」と指摘し、抗議文で日本側が国際組織犯罪防止条約の締結に法案が必要だと説明した点について「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる説明にはならない」と強く批判しています。
法学者として日本のプライバシー権の性質や歴史について30年にわたって研究を続けてきているため、「日本政府はいったん立ち止まって熟考し、必要な保護措置を導入することで、世界に名だたる民主主義国家として行動する時だ」とまで語られていました。このような国連と日本政府とのやり取りがあったことをメディアによっては取り上げていない場合もあるため、国連特別報告者からの書簡の話を少し詳しく紹介させていただきました。
衆院での審議について「野党は法案の中味よりも政局を重視し、反対のための反対に終始している」というように見ている方も多いのかも知れません。ただ冒頭に記した問題意識のとおり「誰が」や「どの政党が」という前提を外してテロ等準備罪の法案を考えた時、もしかしたら別な角度からの関心や見方も芽生えていくのではないでしょうか。法案審議の舞台は参院に移していますが、衆院での審議は「充分ではなかった」60%に対し、「充分だった」16%という世論調査の結果も示されています。
このような声を踏まえ、今回のような中味のテロ等準備罪が望ましいのかどうか、正確な論点が浮き彫りになった中での国会審議を切望しています。前回の記事「李下に冠を正さず」では安倍首相と加計学園の問題に触れました。その後、『週刊文春』のスクープを皮切りに文科省の前川喜平前事務次官が加計学園に絡む省庁間の議論内容等を明らかにしました。前川前次官の発言に対し、麻生財務相は「退職した人がどう言おうと、私が関わる話ではない」とコメントしています。
しかし、現職ではないからこそ、ここまで覚悟を決めて詳らかにできたはずです。前川前次官のスキャンダルも報道されていますが、それはそれで別な案件として問題があれば処罰されるだけの話です。重要な点は明らかにされた内容が事実なのかどうか、事実だった場合、どのような問題があるのかどうかです。前川前次官は「政府の中でどのように意思決定が行なわれているのかを国民が知ることは民主主義の基本の基本だと思います」と語っています。もし政府が解明に向けて消極的なままであればあるほど疑惑は高まっていくと言わざるを得ません。
最後に、nagiさんから「加計学園問題は、本当に問題なのだろうか」というサイトを紹介いただきました。国家戦略特区という制度を利用した結果、今治市に加計学園の獣医学部が新設される、このことが問題なのだろうかという論評です。このような見方もあるため、真相が解明されるまで善悪は安易に判断できないものと考えています。しかし、特別職公務員だから利害関係者との付き合い方も「特別」で、一般職公務員に課している倫理規程を一切無視して良いという理屈ではないはずです。やはり李下に冠を正さずであり、行政のトップとしての率先垂範が安倍首相には求められていたように思っています。
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