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2017年3月25日 (土)

テロ等準備罪、賛否の論点

最近のブログ記事の中で、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要という言葉を頻繁に使っています。この言葉を踏まえて考えた時、安倍政権が提出する法案だから反対するという「条件反射」的な対応は控えていかなければなりません。その意味で賛否の大きく分かれる注視すべき法案が先週火曜日、安倍首相外遊中に閣議決定され、衆院に提出されました。過去3回廃案となった共謀罪に連なるテロ等準備罪です。

政府は21日、組織的な重大犯罪を計画・準備段階で処罰する「組織犯罪処罰法改正案」(テロ準備罪法案)を閣議決定し、衆院に提出した。過去に3回廃案となった「共謀罪」の成立要件を厳格化した「テロ等準備罪」の創設が柱だ。政府は2020年東京五輪・パラリンピックに向けたテロ対策の強化と位置付け、今国会での成立を目指す。

菅官房長官は21日の記者会見で、「3年後の五輪・パラリンピック開催に向け、テロを含む組織犯罪を未然に防止するため、万全の体制を整える必要がある。かつての共謀罪とは明らかに違う別物だ」と述べ、早期成立に意欲を示した。テロ等準備罪は、日本も2000年に署名した国際組織犯罪防止条約の批准に必要となる。

政府は、同条約を締結すれば、組織犯罪に関する国際的な捜査や犯罪人引き渡しなどで諸外国の協力を得やすくなるとしている。日本を除く経済協力開発機構(OECD)の全加盟国など187の国・地域が締結済みだ。【読売新聞2017年3月21日

過去にも当ブログを通し、共謀罪を取り上げたことがあります。「とんでもない法律、共謀罪」というタイトルの記事でした。このブログを開設し、1年ほどは週に複数回更新しています。当時、1回あたりの文字数も短く、現在のような長文ブログではありませんでした。2006年4月27日木曜日に投稿した当該の記事もコンパクトなものであり、その記事を通して訴えたかった要旨は概ね下記のとおり書き出すことができます。

現在、開会中の国会で、とんでもない法律が作られようとしています。共謀罪法案です。実際、犯罪に手を下していなくても数人で集まって「犯罪」の話をしただけで罪に問われる法案です。もともとは2000年11月、国連総会で「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」が採択され、日本も署名したことから話が始まりました。これを受けて国内法の整備のために提案されたのが共謀罪です。

多くの人たちが「国際的な犯罪組織が対象で、自分たちには関係ない」と思われているかも知れませんが、労働組合、宗教団体、職場のサークルなど組織の形態は問われていません。また、仲間同士の冗談話でも逮捕される恐れがあります。与党側は「非常識な運用はされない」と説明しているようですが、ひとたび法律ができてしまえば、その運用の幅は警察や裁判所の判断に委ねられてしまいます。

まず事実関係として指摘したい点があります。そもそも安倍首相は2013年9月のIOC総会で2020年開催のオリンピック・パラリンピックの招致を求めた際、「東京は世界有数の安全な都市」と強調していました。それが今さら「国内法を整備し、国際組織犯罪防止条約を締結できなければ東京オリンピックを開けない」と訴えていることに大きな矛盾を感じています。このあたりは前回記事「再び、言葉の重さ」で綴った問題意識に繋がりますが、安倍首相の言葉の選び方や資質が問われる一例だろうと考えています。

続いて、国際組織犯罪防止条約に批准するための欠かせない法整備であるかどうかという点です。テロを含む組織犯罪を未然に防ぐための国際協力を可能にするための条約はTOC条約、もしくはパレルモ条約とも呼ばれています。自民党の河野太郎衆院議員のサイトでTOC条約に加入することのメリットや今回の法整備の必要性が説明されています。この条約に加入することで、組織犯罪の捜査に必要な証拠が外国にある場合、迅速な共助を可能にします。

この条約に未加入で相手国と2国間条約もない場合、その都度外交ルートを通さなくてはならず、協力を得られるかどうかも分かりません。組織犯罪の容疑者らが外国に逃亡した場合、TOC条約に加入していれば、相手国との二国間条約がなくても引き渡しの請求ができます。未加入で2国間条約もない場合、引き渡しを拒否する国が多くあるそうです。ちなみに日本が2国間条約を結んでいるのはアメリカと韓国の2か国のみです。

国連加盟国の中でTOC条約に加入していないのは日本、イラン、ブータン、パラオ、ソロモン諸島、ツバル、フィジー、パプア・ニューギニア、ソマリア、コンゴ共和国、南スーダンの11か国のみとなっています。このようなメリットや事情があるため、日本政府がTOC条約の加入をめざすこと自体、拒むような話ではありません。そして、TOC条約に加入するためには、その前提条件として重大な犯罪の合意又は組織的な犯罪集団の活動への参加を犯罪とする法整備が必要とされています。

果たして今回のテロ等準備罪法案が欠かせない前提条件であるのかどうか、賛否の論点としてクローズアップされて然るべきものと考えています。法律家の間でも賛否が分かれ、日本弁護士連合会は反対の立場ですが、暴力団などの組織犯罪の対応に取り組む弁護士有志は成立を求める提言書を公表しています。日弁連も一枚岩ではなく、テロ等準備罪が、TOC条約の締結に必要か否かで見解が割れています。

日弁連は「テロ対策は既に充分、国内法上の手当がなされている」と主張し、TOC条約締結に新たな法整備が不要との立場です、しかしながら弁護士有志の提言書は、条約が「重大な犯罪の合意」の犯罪化を義務付けていることを理由に「刑法などに予備罪の規定はあるが、その成立には判例上『実質的に重要な意義を持ち、客観的に相当の危険性が認められる程度の準備』が必要。合意の犯罪化を求めている条約の条件を満たさない」としています。

日弁連が改正案に反対する最大の理由は「捜査機関が乱用する懸念」ですが、提言書は「暴力団対策法や組織犯罪処罰法が制定される際も危険性が指摘されたが、乱用されて市民団体や労働組合に適用されたことはない」と説明しています。弁護士の一人は「改正案の構成要件は相当厳格化されている。条約を締結した場合のメリットは大きく、乱用を防止できる日本の民主主義や司法制度の成熟度を信頼すべきだ」と述べています。

上記の指摘もその通りなのかも知れません。しかしながら国連では「国際組織犯罪」と「テロ」は理論上区別され、「マフィアを取り締まる条約に入るための法案だと聞くのですが、なぜ、それがテロ対策になるのか。(共謀罪を立法するための)便乗ではないか」と疑問視する声も耳にしています。さらに以前は676あった対象犯罪を277まで絞っていますが、「テロの実行」分野は半分以下の110程度です。テロ対策を前面に出すことで国民からの反対の声を緩和する意図が透けて見えがちです。

2001年の米同時多発テロで当時34歳だった長男を亡くした住山一貞さんは、政府が「テロ等準備罪」の呼称を使っていることに違和感を覚えています。住山さんは「殺人や誘拐はともかく、窃盗まで入っている。計画段階で捕まえるというけれど、内部告発でもない限り、どう捜査するのでしょうか。テロを未然に防げるなら捜査の幅を広げて個人の自由をある程度縛ることもやむを得ないと個人的に思うが、家族や友人とも気楽に話せないような社会は恐ろしい。この法案とは別に、実質的なテロ対策を望みたい」と語っています。

法案の名称を変え、テロ防止を前面に出していますが、半分以上はテロとは無関係の犯罪を対象としているため、やはり今回も本質は3回廃案になった共謀罪に変わりないと言わざるを得ません。共謀罪の問題性について赤字で掲げた当ブログの以前の記事で端的に説明していますが、世田谷区長の保坂展人さんが「共謀罪はなぜ過去3回廃案になったのか」というタイトルで詳しく解説されています。お時間等が許される方は、ぜひ、ご参照ください。

自治労は安倍首相と衆参議長に宛てた『「共謀罪」の創設に反対する緊急統一署名』に取り組みます。私どもの組合でも署名用紙を回覧し、組合員の皆さんにご協力をお願いします。ぜひ、趣旨に賛同いただき、一人でも多くの方からご協力願えれば幸いです。最後に、すでに記した内容と重なる点もあるかも知れませんが、自治労のサイトに掲げられた平岡秀夫元法相の「共謀罪は監視社会をもたらす」という主張も参考までに紹介させていただきます。

「共謀罪」が「テロ等準備罪」に名前を変えて登場してきた。安倍総理は「テロ等準備罪は、テロ等の準備行為があって初めて処罰されるもので、これを共謀罪と呼ぶのは全くの間違い」と臆面もなく断言したが、全くのごまかしだ。「テロ等準備罪」も、「共謀」(合意)を処罰するもので「準備行為」を処罰するものではない。また、安倍総理は「国際組織犯罪防止条約(共謀罪創設の根拠条約)を締結できなければ、東京オリンピック等を開けないと言っても過言ではない」と大見得を切った。安倍総理のごまかしや虚言に騙されてはいけない。

共謀罪法案は、2003年に初登場して以来3回国会提出されていずれも廃案となった。そして、2006年6月に実質的に葬り去られるまでの間、「共謀罪」は、初めは「国際組織犯罪防止条約に加盟するために必要な犯罪として国内立法化を図るもの」と説明されていたが、その後、「組織犯罪の防止に有効」が加わり、今や、「テロ対策として必要」と説明が変わり、いや、意図的に説明を変えてきたのである。

しかし、共謀罪創設の本質を見失わないでほしい。共謀罪の創設は、「合意」だけで成立する犯罪を大量に作り出すもので、近代日本の刑事法体系を大きく崩すものだ。このことは、我が国刑事法の基本原則を通じて確保されてきた我々の基本的人権を危うくするとともに、盗聴、密告、自白偏重の捜査手法、司法取引等を通じて日本社会を息苦しい監視社会へと変えていくことになる。

安倍総理は衆議院本会議で「一般市民が対象となることはあり得ない」と述べたが、法務省は、「団体の目的が、『重大な犯罪』の実行に一変したと認められる場合には、組織的犯罪集団に当たる」とした。つまり、一般市民も共謀罪の対象になり得ることを示したのだ。このことは、単に、一般市民が「共謀罪」という罪に問われる可能性を示しただけに止まらない。犯罪を起こす可能性があるのなら、しかも、その犯罪が被害や犯罪行為がない犯罪であるのなら、一般市民の生活は捜査当局によって日常的に監視されることになるし、共謀罪の創設は、まさにそのような監視の根拠を与えてしまうのだ。

労働組合を例にとってみよう。普通の労働組合が、団体交渉に向けて「今日は、使用者から満足のいく回答が出るまでは、皆の力で絶対に使用者を帰さないぞ」と合意したり、平和運動の一環で基地建設に抵抗して「工事阻止のために皆で道路に座り込むぞ」と計画したら、それぞれ組織的監禁又は強要罪、組織的威力業務妨害罪の共謀罪に問われる可能性がある。

「労働組合の活動だから共謀罪とは関係ない」とは言えない。労働組合など一般の市民の団体であっても、「重大な犯罪」の実行を合意したら、その時点で、その団体が「組織的犯罪集団」と認定される可能性は否定できないのだ。そして、その認定は、一次的には捜査当局が行うのであるから、捜査の歯止めをかけることも難しい。何としても、共謀罪(テロ等準備罪)の創設を阻止しなければならない。

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コメント

>平岡秀夫元法相

たしか4ヶ月で辞任した方だと記憶しています。

共謀罪、私は必要だと思うのですがね。

>労働組合を例にとってみよう。普通の労働組合が、団体交渉に向けて「今日は、使用者から満足のいく回答が出るまでは、皆の力で絶対に使用者を帰さないぞ」と合意したり、平和運動の一環で基地建設に抵抗して「工事阻止のために皆で道路に座り込むぞ」と計画したら、それぞれ組織的監禁又は強要罪、組織的威力業務妨害罪の共謀罪に問われる可能性がある。

まず、使用者から満足いく回答が出るまで帰さない。なんて
すでに真っ当な交渉ではない。単なる監禁に等しい。交渉は
互いに誠意を持ってするべきでしょう。
また、平和活動なら、法律の範囲内で運動するのが当然であり
現在の沖縄で発生してるようなことは既に平和運動ではない。

このようなことを考えても共謀罪は必要であると私は考えます

>「労働組合の活動だから共謀罪とは関係ない」とは言えない。労働組合など一般の市民の団体であっても、「重大な犯罪」の実行を合意したら、その時点で、その団体が「組織的犯罪集団」と認定される可能性は否定できないのだ。

意味不明な発言ですね。健全な労働組合が重大な犯罪の実行を
合意することなど皆無のはず。もしそのようなことを検討するの
ならば、既に労働組合ではなく犯罪集団でしかない。

投稿: nagi | 2017年3月28日 (火) 12時01分

そう言えば高浜原発の高裁で判決がでましたね
まあ当たり前すぎる判決ですが。

是非、関電は差し止め請求をした住民に損害賠償請求を
してほしいですね。早く電気料金をさげてほしい。

投稿: nagi | 2017年3月28日 (火) 18時50分

日本を代表する平和団体の領土に関しての恐るべき
考えがはっきりする記事です。

>http://www.peace-forum.com/seimei/20170327.html

とくにこの部分

>「尖閣諸島(釣魚群島)や竹島(独島)は日本の領土」と一方的に教えられて、中国や韓国などと一緒にアジアの未来を切り開けるのだろうか。

これは本当に恐ろしいなあ。

投稿: nagi | 2017年3月30日 (木) 15時43分

nagiさん、コメントありがとうございました。

それぞれ私の見方や感想を添えるべきかも知れませんが、機会を見つけながら記事本文の中で触れさせていただきます。これまでと同様、ご理解ご容赦ください。

投稿: OTSU | 2017年4月 1日 (土) 08時17分

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