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2017年2月26日 (日)

非常勤職員制度見直しの動き

より望ましい「答え」を見出すためにはマスメディアやSNSの特性や難点を的確に理解した上、一つの経路からの情報だけを鵜呑みせず、意識的に幅広く多面的な情報に触れていくことが欠かせません。このあたりは昨年末に投稿した「SNSが普及した結果… Part2」などの記事を通して訴えてきています。先日、読売新聞の見出し「正社員と非正規の賃金差、過去最少に…男女差も」に目が留まりました。

厚生労働省は2016年の賃金構造基本統計調査で、正社員の賃金は32万1700円(前年比0・2%増)、フルタイムで働く非正規労働者は21万1800円(同3・3%増)だったと発表した。正社員の月額賃金を100にした場合、非正規労働者の賃金は65・8(同1・9ポイント増)となり、統計を始めた05年以降、格差が最少になった。男性の賃金は33万5200円(増減なし)だったのに対し、女性は24万4600円(前年比1・1%増)で、男女間の格差も過去最少だった。【読売新聞2017年2月23日

新聞に限らず、見出しの言葉によって接した情報に対する印象が変わりがちです。「過去最少に」は文字通り格差是正が進んでいる印象を受けました。この調査の結果自体は肯定的にとらえるべきものですが、ちなみに朝日新聞の見出しは「非正規と正規の賃金格差が最小に 水準6割は変わらず」でした。「水準6割は変わらず」と付けることで、まだまだ格差の問題は深刻であるという印象を与えています。

今回の報道に関しては考えすぎなのかも知れませんが、新聞各社の政権との距離感によって見出しの付け方も変わってくるようです。報道の力の入れ具合も極端に変わるようであり、国有地の売却額が問題視されている森友学園に関する記事を読売新聞の紙面で探すことは難しい現況です。今回のブログ記事で直接取り上げる題材ではありませんので、参考までにブックマークし、定期的に訪問している澤藤統一郎さんのブログ「憲法日記」の最新記事や『日刊ゲンダイ』の巻頭特集の紹介にとどめさせていただきます。

さて、1年前に投稿した記事「春闘期、非正規雇用の課題」の中で綴ったとおり私どもの組合は「嘱託職員に関する独自要求書」を市側に提出し、①嘱託職員の報酬に報酬表を導入し勤務年数によって引き上げること、②嘱託職員に一時金を導入すること、③全嘱託職員に代休制度を導入すること、④嘱託職員の休暇制度を充実させること、以上4点を中心に労使協議を進めてきています。現在、国全体の動きとして「働き方改革の行方」という記事を通して伝えているとおり「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」が大きな政治課題となっています。

その記事「働き方改革の行方」に対しては、一生非正規さんから多くのコメントをお寄せいただいていました。私からのレスの一つに「今後、正規への登用など課題によってハードルの高さが異なっていくものと思います。その中で、地方公務員の非常勤職員制度では下記報道のような追い風も吹き始めています。このような追い風を活かし、私どもの組合では嘱託職員に関する要求を2017年度から一つでも実現できるよう頑張っていくつもりです」というものがありました。

総務省の有識者会議「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」は27日、非常勤の地方公務員にボーナスを支給できるよう制度改正を求める報告書を高市早苗総務相に提出した。正社員と非正規社員の賃金格差を是正する民間の「同一労働同一賃金」と歩調を合わせる。総務省は地方公務員法の改正も視野に検討する方針だ。地方公務員の臨時・非常勤職員は2016年で64.5万人。事務補助のほか教員や保育士、給食調理員、図書館職員など分野も幅広い。

現行制度では国家公務員の非常勤職員にはボーナスを支給できるが地方公務員の非常勤には支給できない。報告書では地方公務員法に一般職非常勤職員の採用方法などが明記されていないことも問題視し、制度改正を求めた。自治体によっては、本来専門性の高い弁護士や医師らを想定する「特別職」として事務補助職員を採用するケースもみられる。特別職は育児休業の取得が認められず、出産後に退職を余儀なくされる例が目立つという。【日本経済新聞2016年12月27日

「非常勤の地方公務員にボーナス支給を 総務省研が報告書」という見出しの報道を紹介しましたが、追い風ばかりではない憂慮すべき動きも見受けられています。一生非正規さんから参考サイトの紹介とともに「働き方改革で特別職の嘱託は単なる事務補助員ということで雇い止めされそうです 助けて下さい」という悲痛なコメントも届いていました。昨年12月27日に提出された「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」の報告書を受け、紹介されたサイトの参院議員は次のように語られていました。

地方団体では、厳しい地方財政の中、多様化する行政ニーズに対応するために臨時・非常勤職員及び任期付職員などの多様な任用・勤務形態が活用され、その数は毎年増大しています。地方団体によっては、事務補助職員も特別職で採用するなど、制度の趣旨にそぐわない任用も行われています。そのため、この研究会では、臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用の在り方を検討していました。

報告書によると、地方公務員法が適用されない特別職として全国で22万人もの非常勤職員が採用されていました。本来、特別職とは首長や委員等の専門性の高い職であり、地方公務員法が適用されないために守秘義務や政治的行為の制限などの制約が課されません。このような特別職に、単なる事務補助職員を任用するのは問題があります。しかも、特別職は、採用方法が明確に決まってないために地方団体にとっては任用しやすく、一般職非常勤職員の任用が進まないという現状があります。

一生非正規さんからの「助けて下さい」というコメントを受け、私からは「本来、非正規の方々の待遇改善を目的にした法改正等の動きの中で、ご指摘のような問題が生じかねないことを憂慮しています。一生非正規さんに対し、直接的な手助けは難しい関係ですが、私自身ができること、すべきことに力を注がせていただきます。まず何よりも私どもの自治体に雇用され、組合加入されている嘱託の方々の一方的な雇い止めを許さないこと、このような法改正等の動きについて当ブログを通して情報発信や問題提起していくことなどがあります」とお答えしていました。

「一生非正規さんからの切実な訴えに呼応できず、たいへん申し訳ありませんがご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします」とも書き添えていましたが、これまで特別職非常勤職員という法的な位置付けで雇用し、制度が変わったから雇い止めにするような話は非常に理不尽なことです。ちなみに今後、地方自治法及び地方公務員法の改正によって手当支給を可能とする一般職非常勤職員に関しても任期は従前通り「最長1年」にとどまり、雇用不安が解消されない見通しです。

以前の記事「改正労働契約法の活用」の中で、無期労働契約への転換「有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えた時は、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できる」というルールを紹介していました。さらに「労働契約法第18条に定め、2013年4月1日に施行されています。5年のカウントは2013年4月1日以降となり、申込みの方式に制限はなく、口頭でも問題ありません」という説明を加えていました。

しかしながら地方公務員については、労働契約法第22条1項で労働契約法の適用がない旨を明記し、同法第18条の適用外となっています。地方公務員の採用は相手方の同意を要する行政行為(任用)と解され、労働契約ではないと考えられています。したがって、非常勤職員が5年以上雇用されても、労働契約法による任期の定めのない職員として任用する義務が発生しないという法的な位置付けにとどまっています。

今後、地方公務員の非常勤職員制度が実情に合わせて整備されていく動きは評価すべきことです。しかし、その動きの中で一生非正規さんのような方々が本人の意に反し、雇止めされていく事態は大きな問題です。働き方改革実現会議の中での議論の柱としている「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」が最も重要な目的であるはずであり、その目的に沿った非常勤職員制度見直しの動きが強く求められているのではないでしょうか。最後に、自治労のホームページに掲げられている直近の取り組みを紹介させていいただきます。

非正規労働者の組織化推進のため、「2017非正規労働者組織化経験交流集会」を東京・大阪・福岡で開催。全国の組織化担当者らが参加し、非正規労働者の組織化にむけ経験交流をした。2月11日の東京会場には16県本部と社保労連から88人が参加した。 冒頭、主催者あいさつに立った杣谷副委員長は「非正規労働者は自ら声をあげようとしても立ち上がれない。すべての単組でこちらから声をかけ、処遇改善にむけて組織化を進めていこう」と述べた。

本部提起では、自治体の臨時・非常勤の比率は3割に上り、多くが年間賃金200万円の低い水準にあることを紹介した上で、「非正規の労働条件を改善しなければ、全体の改善にはつながらない。任用・雇用形態の違いによって対立していては、不満が使用者に向かわず、働く者同士で対立してしまう」と雇用形態に関わりなく、全ての職員が団結することの必要性を訴えた。

また、職場にこれだけ非正規が増えたことについて、「労働組合は責任をとらなくてはいけない」とし、責任を持って非正規労働者の組織化と処遇改善に努める、という本部の方針を示した。その後参加者は、①基本的な組織化のすすめ方、②未加入者へのアプローチのしかた、の2つの分科会に分かれ、それぞれ参加型で学んだ。参加者からは「組合用語を使わないようにしなくては」「保育や看護など専門職のところに行く際には、同じ職種の役員と一緒に行ったり想定問答集を事前に作る必要があると思った」「何度も足を運んで納得頂けるまで話すことが大事」などの感想があげられた。

12日の大阪会場には74人、18日の福岡会場には250人が集まり、参加者総数は全国で412人にのぼった。 教材として使用した「臨時・非常勤等職員組織化マニュアル(2017年2月改訂版)」では、なぜ臨・非の問題に取り組むのか、その理由の解説から、実際の組織化に向けて「執行部の意思統一」から「組織化後の活動準備」までの6段階ごとに分けて具体的な解説をしている。またアンケートや規約などのひな型も収録。自治労ではじちろうネットでは、このほかにも非正規の仲間づくりに使える資料が多数掲載されている。非正規労働者の処遇改善のため、10万人の組織化達成にむけ活用してほしい。

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2017年2月18日 (土)

何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか Part2

前々回記事「改めて平和フォーラムについて」を通し、ある報道番組で知った興味深い話を紹介しようと思っていました。前回の記事を「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」というタイトルにしたのは、その話まで繋げる意図があったからでした。それが毎度のことですが、たいへん長い記事になっていたため、結局、その話の紹介は2回続けて見送ることになりました。

私自身にとっては非常に印象深く、いろいろな論点が思い浮かぶ話ですので今回の記事では必ず取り上げてみるつもりです。その上で今回、前回の記事内容の続きとして「Part2」を付けてみました。「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」というタイトルは話題を際限なく広げられます。そのため、もったいぶる訳ではありませんが、まず最近気になった話題をいくつか取り上げさせていただきます。

民進党最大の支持団体・連合の組織内議員が9日、国会内で野田佳彦幹事長と面会し、次期衆院選公約で「2030年原発ゼロ」を掲げようとしている党執行部に、慎重に判断するよう申し入れた。早期の「原発ゼロ」を打ち出したい蓮舫代表に対し、党内の原発再稼働容認派が異議を唱えた格好で、党内の温度差が浮き彫りとなった。申し入れたのは「連合組織内議員懇談会」の代表世話人である小林正夫参院議員(電力総連)ら。

民進党は3月の党大会で、これまで掲げた「2030年代原発ゼロ」から「2030年原発ゼロ」に修正し、目標時期を明示する方向で調整。党エネルギー環境調査会(玄葉光一郎会長)で具体的な工程表作りを進めている。野田氏への申し入れ書には「結論ありきで考え方の柱を見直すならば、党内の混乱を生む」と懸念を示し、「(見直しを)拙速に進めても、離れた民心を取り戻すには至らず、党勢回復には到底つながらない」と批判している。【産経新聞2017年2月9日

上記の報道内容に接し、たいへん残念な気持ちを抱きました。このブログで「原発の話、インデックス」「原発ホワイトアウト」「東京ブラックアウト」などを投稿している通り私自身、将来的には原発をゼロにすべきものと考えています。そのため、連合組織内議員が異議を唱えたことを残念に思ったように誤解されてしまうかも知れません。しかしながら今回、そのような申し入れがあったということよりも、民進党執行部の判断をたいへん残念に思っています。

そもそも「2030年代原発ゼロ」から「2030年原発ゼロ」という公約に変える意味合いがどれほど大きなものなのか分かりません。2030年代という目標であれば、2030年に達成という工程表の範囲内です。このような中味の公約変更に際し、党内に波風を立てるような進め方に残念な気持ちを抱きました。さらに何が正しいのか、どの選択肢が正しいのかという視点でとらえた場合、次のような問題意識も抱いています。

大切な目的は将来的には原発に依存しない社会の実現です。その目標に向かって、これまで「2030年代原発ゼロ」という公約を掲げてきたのであれば、まず何よりも優先すべきことは掲げた公約に対する取り組み状況の検証です。即時に原発はなくせないという党内の意見や国民の声もあるため、「2030年代原発ゼロ」という公約に至ったものと理解しています。最低限、党内の意見が一致したのであれば工程表の前倒しや見直しも意義深いものだったのかも知れませんが、逆に党内の足並みの乱れを露見させる格好となっています。

私自身の問題意識として、理想とすべきゴールを描きながらも、物事を実際に改めていくためには現状からスタートする地道な一歩一歩の積み重ねが大事だと考えています。したがって、原発を即時廃止と訴えた場合、原発は必要だと考えている方々との議論がかみ合わなくなる懸念を抱えています。本当に原発ゼロを実現するのであれば、原発を必要と考えられている方々との対話が欠かせないものと認識しています。

そのような意味合いで考えた時、連合や民進党の中では両者の立場からの意見交換を行なうことができます。それぞれの「答え」の正しさを主張し合った議論を経て、連合よりも先に民進党内で「原発ゼロ」を加速させる方向性が定まったのであれば、それはそれで評価できる動きだったと言えます。しかし、残念ながら議論そのものが不充分なままの民進党幹部の勇み足であり、党エネルギー環境調査会の会合の中で不満の声が噴出し、連合会長からも強い反発を受けているようです。

小泉元首相の「野党が一本化して原発ゼロを争点にしたら与党は負ける」という発言を耳にしていますが、政党が選挙を勝ち抜くための公約を掲げるという関係性自体は否定できません。そのような関係性を踏まえ、即時廃止と言えない中での「2030年原発ゼロ」も選挙目当ての見直しであろうことは容易に推測できます。しかし、選挙を意識しすぎたマニフェストで政権交代を果たし、その結果、たいへん苦労し、迷走した経験を民進党は決して忘れてはならないはずです。

民進党は1日、国会内で次期衆院選の公約づくりの検討会を開き、経済政策の原案をまとめた。子どもや若者、女性に重点を置いた「人への投資」を経済政策として位置付け、幼稚園などの就学前教育から大学まで授業料などを免除する「教育の無償化」を柱とした。教育無償化は旧民主党政権が進めた高校授業料の無償化に加え、小・中学校の給食費や大学の無償化、無利子奨学金の拡充などを掲げた。

検討会会長の細野豪志代表代行は「育児や教育への投資は、法人税減税や公共事業投資よりもはるかに経済波及効果が高い」と説明した。同党の試算では、教育無償化には約5兆円の予算が必要。財源は子どもに関する施策に使途を限定する「子ども国債」の発行▽専業主婦世帯などの税負担を軽減する配偶者控除の廃止▽消費税率を10%に引き上げた際の1%分の税収充当--などで捻出するとした。農家への戸別所得補償や育児休業手当の100%支給なども盛り込んだ。【毎日新聞2016年12月2日

上記のような選挙公約が「人への投資」であり、子どもや若者に重点を置いた具体的な政策として実現できれば画期的なものです。しかし、やはり財源の問題に照らし合わせた時、本当に実現できるのかどうか大きな疑問が残ります。子ども手当を月額2万6千円支給や高速道路無料化のマニフェストなど国民からの期待を膨らませながら、結局、財源の問題で実現できなかったことを省みなければなりません。

もともと民主党が政権交代を果たす前、あまりにも風呂敷を広げすぎたマニフェストのあり方を懐疑的に見ていました。このブログの記事「『政権交代論』への共感」「新政権への期待と要望」に書き残している通り数値目標を過度に強調することの問題性を訴えていました。その当時の記述を参考までに紹介しますが、たいへん残念ながら民主党政権は迷走し、国民に大きな失望感を与えてしまいました。

民主党が期待されているのは、総論としての国民生活の向上であり、明るい未来を切り開くことだと思っています。党としての面子や体裁にこだわり、各論の実現を優先しすぎた結果、逆に国民を不幸せにするような事態は本末転倒なことです。公約を修正する際など、真正面から誠意を尽くして説明責任を果たしていく限り、国民からの信頼も簡単に失墜しないのではないでしょうか。

民主党から民進党に変わっていますが、政権交代を果たし、わずか3年余りで政権の座を下りることになった反省と経験が充分活かされているようには思えません。国民から支持を得られやすいから「2030年原発ゼロ」や「教育無償化」を公約に掲げるという発想であれば、民主党時代と同じような轍を踏んでしまう危惧があります。これまで「民進党、中味に期待」「民進党に望むこと」という記事を投稿してきましたが、決してポジショントークを繰り返している訳ではありません。

何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、そのような視点や立場から野党第一党である民進党の奮起に期待しているところです。今回も民進党に対して苦言というよりも要望という意味合いで綴っているつもりです。工程表や具体的な数字を明示できるほうが望ましいことは確かですが、政党としての理念や将来的なビジョンの競い合いだけで自民党との対抗軸は充分打ち出せるはずです。

その一つが「2030年代原発ゼロ」であり、原発を必要と考えている方々と議論し、一つ一つ乗り越えるべきハードルを越えて行った先に結果として2030年どころか、すぐ間近に「原発ゼロ」社会が実現できるのかも知れません。「人への投資」も同様です。方向性としての選択肢を示し、現実的な財源確保の問題を見定めた上、政策の優先順位を組み替えながら一歩一歩前に進めていくという約束のほうが信頼を得られやすいのではないでしょうか。

そして、憲法の平和主義の大切さをアピールできる政党であって欲しいものと願っています。自民党も平和主義の大切さを否定しないはずですが、様々な制約のある「特別さ」を誇るべきものと考えるのかどうかが対抗軸になり得るものと見ています。これまで「特別さ」を意識してきたからこそ「軍事的下心がない」と認識され、公平な国だと見られてきた平和主義の効用があったものと考えています。

いずれにしても何が正しいのかという視点を踏まえた際、憲法9条の「特別さ」が平和を築く上で有益なのか、正しい選択肢なのか、私たち国民は改めて問い返す時機に近付いているのかも知れません。民進党が公約に掲げるなど信を問う機会を設け、この「特別さ」が逆に平和を築く上でマイナスに働き、不都合なことだと国民の多くが認識するのであれば憲法96条に沿って、フルスペックの集団的自衛権を認めるような国際標準の平和主義に改めなければならないことも覚悟しています。

「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか Part2」というタイトルを付けて書き進めてきましたが、ここまで民進党への注文が記事内容の大半を占めてしまっています。最初にお伝えした通り今回の記事では、ある報道番組で知った興味深い話を誇るべき日本の「特別さ」を考える事例の一つとして紹介してみます。シリアのアサド大統領が6年に及ぶ内戦状態に陥ってから初めて日本のメディアの単独インタビューに応じていました。1月17日にシリア・ダマスカスで行なわれたものです。

TBS『NEWS23』に映し出されたアサド大統領の「政府の役割は国民をテロリストから解放することです」「もし我々が自国民を殺していたら6年もの間、政府として、軍として、あるいは大統領として持ちこたえることができたと思いますか」「我々がここにいるのは国民の支持があるからです」などという言葉が印象深く、いろいろな思いを巡らす機会となっていました。もちろんアサド大統領の言い分だけで「正しさ」を判断することも慎まなければなりません。その上で最後に、私自身が特に印象深かった日本に向けたアサド大統領の言葉を紹介させていただきます。

何十年も前に国交を持って以来、日本はシリアなど様々な国々の発展にインフラ支援など、とても重要な役割を果たしてきました。そして、日本は中東の様々な問題について公平でした。常に国際法を重視してきました。ところが今回のシリア危機が始まると日本は初めて慣例を破り、シリアの大統領は辞任すべきだと言ったのです。これは日本の人々の価値観や倫理観に基づいたものだったのでしょうか。絶対に違います。皆、日本の市民がどれだけ道徳を重視するか知っています。

これは国際法にのっとっているのでしょうか。それも違います。我々は主権国家で誰が辞めて、誰が残るべきなどと言う権利は世界の誰にもありません。さらに日本はシリアへの経済制裁に加わりました。かつては支援してくれた日本がです。こうした制裁は日本の人々の利益や価値観、法律や憲法と何か関係しているのでしょうか、私はそうは思いません。日本は在シリア大使館を閉じ、シリアの現状を見ないままで、どう貢献するのでしょう。シリアと関係を絶った他の欧米諸国と同じように日本には何も見えていません。

だから日本は何の役割も果たせません。日本は欧米諸国から情報を得ていますが、これは我々からすれば馬鹿げたものです。シリアの再建と言いますが、経済制裁しながら再建は語れません。一方の手で食べ物を与え、もう一方でそれを取り上げるようなものです。これは日本の政治の問題です。日本は国際法に立ち返らなければならない。我々は主権国家で、日本は常にシリアを尊重してきました。

世界で日本の存在を際立たせていた、その立場に日本が戻ることを期待します。それでこそ日本は必ず和平やシリアの復興に重要な役割を果たし、人々の支援ができるでしょう。難民のほとんどはドイツやフランス、他の国々で「ようこそ」と言ってもらいたい訳ではない。自分の国に帰りたいんです。行った先の国ではなく、シリアで支援して欲しいのです。これこそが我々の考える、この先の日本の役割です。日本が過去の姿に戻ることを期待しています。

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2017年2月11日 (土)

何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか

このブログの記事本文は週に1回、土曜か日曜に更新しています。お寄せいただいたコメントへの返信も土曜か日曜に限って対応しています。時々、週末を待たずにお答えしたほうが良いような気になるコメントが見受けられます。それでも実生活に過度な負担をかけないためのマイ・ルールとは言え、決めたことは守ろうという判断が勝ってしまい、コメント欄に即応できないことを改めてご理解ご容赦ください。

今回の記事も前回記事「改めて平和フォーラムについて」に寄せられたコメントを念頭に置き、時事の話題や具体的な選択肢となり得る事例を紹介しながら私自身の問題意識を補足させていただくつもりです。書き始める際、取り上げたい内容や取り上げなければならない話など、いろいろ頭の中で錯綜しています。論点が広がり過ぎて散漫な内容にしないため、まず記事タイトルを「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」としてみました。

この言葉は前回記事の最後のほうに記した「平和を築くため、誰が正しいのかではなく、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのかという判断を積み重ねていくことの大切さに思いをはせています」という問題意識を表わしたものです。「誰が」は安倍首相、民進党、平和フォーラムなど様々な人物や組織を当てはめることができます。私自身、このような問題意識を強く心がけるように努めています。

昨年9月に「『総理』を読み終えて」という記事を投稿していましたが、その中で次のような趣旨の言葉を残していました。このブログでも安倍首相に対する批判記事が結果的に多くなっていますが、「批判ありき」ではなく、具体的な言動に対して私自身の意見や感想を綴ってきているつもりです。 安倍首相が「国民を豊かにするため」「平和を守るため」という信念のもとに様々な政策判断を重ねているものと信じています。

安倍首相を嫌っている方々からすれば「甘い見方だ」とお叱りを受けるのかも知れませんが、安倍首相の言動すべてを頭から否定していくようでは適切な評価を下しにくくなります。得てして個々人の基本的な考え方や立場性の違いから他者が発している言葉の背景を先入観で推測、もしくは邪推してしまいがちです。やはり適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その言動や判断は正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要だろうと考えています。

最新の時事の話題で言えば安倍首相が訪米し、トランプ大統領と会談しました。テロ阻止を名目にイスラム圏7か国の国民の入国を制限する大統領令について、内外から批判の声が高まっています。内政干渉云々以前の問題として、アメリカの司法も差し止めを認めている通り7か国からの入国を一律に制限する大統領令は問題だと思っています。そのようなタイミングで、日米首脳会談を持ったこと自体に賛否が分かれています。

私自身、大きなリスクが伴う可能性を覚悟した上、日米首脳会談を急いだ安倍首相の判断を批判するつもりはありません。今後、会談したことによる成果や影響は日を追って明らかになっていくはずです。その結果責任は安倍首相が負うことになりますが、首脳同士が信頼関係を高めていくために直接相対する機会を持つこと自体、私自身は肯定的にとらえています。

その意味でG7を分断という見られ方に反しながら安倍首相がロシアのプーチン大統領と会談を重ねていることも評価しています。ただ安倍首相は昨年7月のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議において自らの言葉で「法の支配を重視し、力による一方的な現状変更を認めない」と中国の動きを意識した演説を行なっています。それにも関わらず、ウクライナからクリミア半島を強制編入したロシアのプーチン大統領に対し、安倍首相が直接いさめたという話は聞こえてきません。

もちろん北方領土問題の解決に向け、緻密で大局的な思惑があっての対応なのかも知れません。それでは、なぜ、中国との関係では原則的な強硬姿勢のみが際立ってしまうのでしょうか。安倍首相が「地球儀を俯瞰する外交」と称し、世界各国を精力的に外遊し、経済的な支援を広げていく目的も中国を意識したものが目立っています。尖閣諸島の問題など喫緊の脅威があるため、当たり前なことであり、安倍首相の行動を支持される方も多いのだろうと受けとめています。

そのような中国包囲網を大きな目的として、安倍首相は今回の日米首脳会談に臨んでいたはずです。しかしながら安倍首相とトランプ大統領との間で中国に対する思惑は少し異なっていたようです。日米首脳会談の直前、トランプ大統領と習国家主席は電話会談し、米中対立の先鋭化を避けていました。安倍首相は日米が足並を揃えて強硬路線で中国と対峙したいという思惑だったのかも知れませんが、アメリカ側には過度に中国を刺激しないよう日中のバランスを取ろうとした姿勢がうかがえました。

トランプ大統領は「今、中国と良い関係を築く過程にあり、それは日本の利益にもなるだろう」と発言しています。いずれにしても中国の脅威に対し、武力を整えて対抗すべきという考え方があります。しかし、中国を仮想敵国とし、際限のない防衛力強化に走ることの問題性や限界性も留意していかなければなりません。それこそトランプ大統領の発言の通り中国との関係性が融和されていけば安全保障面の脅威も、財政的な負担も、沖縄の基地問題も緩和されていくことになります。

中国との関係で、そのような話は絵空事だと一喝される方も多いのかも知れません。しかし、かつて仮想敵国としたソ連、現在のロシアとは友好的な関係を築きつつあります。将来、同じような関係性を中国と築ける可能性もゼロではないはずです。ロシアの場合、冷戦が終わったからという見方もありますが、北方領土の問題は無人島である尖閣諸島とは比べられないほどの主権や元島民の皆さんの強い思いがありながらも、対話を土台にした外交関係を築いています。

昨年6月に「『ロンドン狂瀾』を読み終えて」という記事を投稿していました。第1次世界大戦の惨禍を教訓化し、国際的な諸問題を武力によってではなく、話し合いで解決しようという機運が高まり、1930年にロンドン海軍軍縮会議が開かれた話を綴っていました。当時の日本の枢密院においては単に兵力による狭義の国防に対し、軍備だけではなく、国交の親善や民力の充実などを含む広義の国防の必要性を説く側との論戦があったことを紹介していました。

単行本で読み続けている『アルキメデスの大戦』第5巻の中で、満州を巡るいくつかのセリフが目に留まっていました。外務省の官僚が「権益を独占せずに他国にも開放し、米英との協調路線に切り替えるべきだ」と発言する場面があり、陸軍中枢部の軍人が関東軍の暴走を批判し、中国と戦争することを最悪の事態だと憂慮する場面が描かれていました。フィクションですが、これらの場面は史実をもとに描かれているものです。

1937年には通州事件があり、中国兵によって日本人居留民が虐殺されました。このような残虐な事件は「横暴で傲慢な支那人」をいっそう憎む国民感情の高まりに繋がっていきました。「満蒙は日本の生命線」という権益や熱狂した国民の声がある中、中国の抵抗や米英の挑発的な求めに対し、後戻りする判断を誰も下せなくなっていきました。その後の悲惨な結末は申し上げるまでもありません。さらに多くの苦難を乗り越え、生命線だった満蒙を失いながら戦後の日本が経済発展を遂げたことも周知の通りです。

中国、米英との先の戦争は「やむを得なかった」という声を耳にすることがありますが、「正しかった」とまで言い切る方は皆無に近いはずです。ロンドン海軍軍縮条約の時代、政治家も、軍人も、国民の多くも自らが正しいと信じている「答え」をもとに行動し、言葉を発しながら、あのように悲惨な戦争の結末を予想していた方は極めて少数だったのではないでしょうか。満蒙の権益の一部を手放すという考えは異端だったかも知れませんが、いくつかの局面で全面戦争を回避する選択肢があったことも確かだろうと思っています。

歴史は変えられませんが、歴史を教訓化し、未来は変えられます。いずれにしても安倍首相が戦争を望んでいるとは毛頭考えていません。軍備による狭義の国防とともに対話を重視した広義の国防も同列に意識しているのかも知れず、安倍首相の選択肢が正しい結果に繋がっていくことを願っています。それでもトランプ大統領やプーチン大統領と信頼関係を築けるのであれば、習国家出席との信頼関係の構築にも緻密な戦略を立てながら力を尽くして欲しいものと考えています。

前回記事のコメント欄に寄せられたような見方が多いことを念頭に置き、私なりの切り口や言葉で新規記事を書き進めてきたつもりですが、充分理解を得られる内容に至っているのかどうか分かりません。ますます「中国の回し者」のような見られ方をされてしまうのかも知れませんが、外交・安全保障のリアリズムを一切否定している立場ではないことも申し添えさせていただきます。最後に、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、それぞれの「答え」の正しさを主張し合い、他者の心に響く言葉で競い合っていけることを切望しています。

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2017年2月 4日 (土)

改めて平和フォーラムについて

前々回記事「配偶者控除や扶養手当の見直し」の冒頭に「このブログは週に1回、土曜か日曜に更新しています。コメント欄も土曜と日曜に限って対応し、難しい問いかけは記事本文を通してお答えするように努めています」と記していました。ただ時間をかけ、長文の記事本文を投稿したとしても、基本的な考え方や立場が異なる方々から理解を得ることの難しさを痛感しています。

それでも言葉を継ぎ足さなければ理解し合える可能性はゼロであり、今回の記事は前回記事「野党共闘のあり方」のコメント欄に寄せられたnagiさん、す33さんからの問いかけを念頭に置いた内容を書き進めてみるつもりです。記事タイトルを「改めて平和フォーラムについて」としていますが、す33さんからは昨年10月に投稿した記事「持続可能な組合組織に向け」のコメント欄で、次のような問いかけがあったことも忘れていません。

OTSUさん、労働組合はどれだけ中国、北朝鮮他、共産・社会主義国の野蛮な行為に抗議しましたか?中国の侵略に対して、中国大使館・朝鮮総連に対してシュプレヒコールを唱和しましたか?はっきり言って左寄りの人たちは自民党政府、米には抗議するが、共産・社会主義国の行為に対してほとんど無反応ではないですか。平和フォーラムだって単なる国内向けのポーズだけ、中国、北朝鮮にはデモすら行わない。だから左翼集会なんですよ。

私からは「す33さんからの問いかけに対しては紹介した以前の記事の焼き直しになるのかも知れませんが、じっくり腰を落ち着けて臨める記事本文で機会があれば対応させていただくつもりです」とお答えしていました。前述したとおり決して忘れていた訳ではありませんが、容易に理解し合えない論点であり、正直なところ腰が重かったことも確かです。加えて「平和フォーラムについて」「もう少し平和フォーラムについて」「再び、平和フォーラムについて」「平和フォーラム批判から思うこと」という記事などを通し、これまで繰り返し説明してきた論点であり、たいへん恐縮ながら優先順位が低くなりやすい題材だったと言えます。

ちなみに「持続可能な組合組織に向け」のコメント欄では、オブ参さんから「す33さんのコメントを読んで要は、俺はリンゴが好きだが、お前がミカンが好きだというのが気に入らん、としか言っていないように思われますね。誰も、中国の人権侵害やら拉致問題が良いことだなんて言ってないですよ」というコメントも寄せられていました。平和フォーラムに絡む一連の記事の中で、私からも同様な主旨の説明を加えていますが、オブ参さんのような端的な説明のほうが理解を得られやすいのかも知れません。

そのため、以前の記事内容を改めて紹介すべきかどうか少し迷いました。それでもリンク先を参照される方は少ないものと思われますので、やはり以前の記事の中からポイントとなる箇所を抜粋し、す33さんらに改めてご理解を求めていくことにしました。なお、私自身は「平和フォーラム>自治労>職員労働組合」という系列の中での一構成員の立場であり、平和フォーラムを代表した説明ではないことをあらかじめ申し添えさせていただきます。

よく揶揄されがちな問題の背景として、かつては社会主義の優位性を信じていた活動家が全国的に多かったことは否定できません。そのような時代には「ソ連や中国、北朝鮮は正しく、アメリカは敵視すべき国」という見方のもとに平和運動に関わっていた方々も多かったはずです。しかしながら現在、そのような思想性を残しながら平和運動に関わる方は皆無に近いものと信じています。

騒音や墜落の危険性が伴う米軍基地に反対する活動は全国各地に広がっています。それらの運動と平和フォーラムは連携し、その中でも沖縄の運動との関係性は深いものとなっています。そのため、米軍基地やオスプレイの配備に反対する具体的な活動が必然的に注目を浴びることになります。だからと言って「反米」が目的ではなく、そこに存在する軍事基地に反対する抗議活動の一つ一つだと認識しています。(以上は「平和フォーラムについて」からの抜粋)

nagiさんの目からすれば、平和フォーラムがめざす「平和」には偏った選別があり、「反米反日」であり、中国、韓国、北朝鮮には親和性が高いように映っているようです。平和フォーラムのホームページから確認できる具体的な運動内容から、そのように判断されてしまうのだろうと理解しています。しかし、平和フォーラムがめざしている「核も戦争もない21世紀」は、ある特定の国の「核の保持は正しい」などという偏った理念ではありません。

日常的な騒音や墜落の危険性の伴う米軍基地に反対する運動が全国各地にあり、確かにオスプレイの配備や原子力空母の母港化に抗議する平和フォーラムの具体的な活動に注目が集まりがちです。一方で、平和フォーラムは尖閣諸島や竹島の問題で、各大使館への抗議行動などを提起していません。この問題で、ことさらナショナリズムを鼓舞するような行動が得策だとは考えていないため、私自身にとっては違和感のない対応でした。

以前、nagiさんにお伝えしていましたが、平和フォーラムという組織の運動方針は構成員による諸手続きによって定められています。今後、構成員の意識の変化によっては、具体的な活動内容が変わることもあり得ます。いずれにしても「反日」や「親中」を目的とした組織ではないことを私自身は確信しています。(以上は「もう少し平和フォーラムについて」からの抜粋)

以上の抜粋で新規記事を終わらせてしまっては言葉を継ぎ足したことになりません。ここからは、よりいっそう個人的な見解や問題意識が強まった内容となるはずです。記事タイトルを「改めて平和フォーラムについて」としましたが、平和フォーラムからは離れ、あくまでも私自身の言葉と責任での文章になることをご容赦ください。結局のところ過去の記事を通して綴ってきた要旨なのかも知れませんが、自分自身の頭の中を整理する意味で《小見出し》を付けながら、なるべく分かりやすい言葉を見つけていければと考えています。

《侵略、虐殺、拉致、人権蹂躙、ダメなものはダメ、言うまでもありません》 具体的な抗議活動をしないから容認している、反対していない、もしくは問題性を軽視しているという見方は論外です。それぞれの組織や個人が、それぞれの優先順位や力を注げる範囲で活動すれば良いのではないでしょうか。なお、このブログでは「避けて通れない拉致問題」「拉致問題を考える」「チベット問題とオリンピック」「ルワンダの悲しみ」という記事なども投稿しています。

《左右それぞれレッテルを貼った見方は慎むべき》 いわゆる左と右、それぞれの側からのレッテルを貼った見方が巷にあふれています。中国を敵視し、韓国を蔑視する方々が増えていますが、そのような立場の方を一括りに「ネトウヨ」と揶揄し、「レイシスト」と決め付けることを慎まなければなりません。同様に憲法の平和主義を重視する方々を一括りに「ブサヨ」と揶揄し、「反日」「親中」と決め付けることも慎まなければなりません。

《事実や史実を多面的な視点で検証していく心構えが重要》 同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報をもとに検証していくことが欠かせません。マスメディアやSNSの特性や難点を的確に理解した上、一つの経路からの情報だけを鵜呑みせず、意識的に幅広い情報に触れていくことが求められています。さらに「願望」という調味料集団心理のデメリットについて留意していくことも大切です。

《誰もが自分の「答え」の正しさを信じています》 誰もが平和を願っているはずです。ただ平和を築くための考え方や具体的な選択肢は人によって大きく分かれがちです。す33さんやnagiさんらが正しいと信じている「答え」に対し、平和フォーラムや私自身が正しいと信じている「答え」は大きく隔たっているのだろうと思っています。大事な点は、それぞれの「答え」の正しさを主張し合い、相手方の心に響く言葉で競い合っていくことだろうと受けとめています。

《分かり合えなくても、それぞれの「答え」を認め合い、いがみ合わないことが最も重要》 このブログを長く続ける中で、分かり合えなくてもいろいろな「答え」を認め合いいがみ合わないことの大切さに思いを巡らすようになっています。価値観が大きく異なる他者に対し、蔑みや敵視する感情が生まれがちです。他者の「答え」や人格そのものを全否定し、いがみ合うことは絶対避けるべき関係性だろうと考えています。極端な結末として、このような関係性が暴力や殺人、果ては戦争やテロにまで行き着いてしまうものと懸念しています。

《誰が正しいのかではなく、何が正しいのか》 上記の見方は、いろいろ誤解を与えがちです。決して激しい議論を否定する考え方ではなく、すべて話し合いで解決できるという理想論を語っている訳でもありません。さらに問答無用の攻撃にさらされる場合もあり得るため、抑止力一切を否定するものではありません。いずれにしても平和を築くため、誰が正しいのかではなく、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのかという判断を積み重ねていくことの大切さに思いをはせています。

最後に、後半の内容は記事タイトル「改めて平和フォーラムについて」から程遠いものとなってしまいました。記事タイトルの差し替えも考えましたが、前半の内容はタイトル通りであり、結局、そのまま更新させていただきました。ちなみに当初、《小見出し》の記述の後、具体的な選択肢となり得る事例を紹介していくつもりでした。ここまでで相当長い記事になっていますので、最近注目していた事例や時事の話題などを取り上げた記事は次回以降に投稿させていただくつもりです。

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