年金改革関連法案を巡る論点
前回の記事「自衛隊の新たな任務、駆けつけ警護」の冒頭にコンビニの菓子パンの話を取り上げました。冒頭に取り上げた訳を最後に「475円と知った上で買った場合、何も問題はありません。駆けつけ警護の問題をはじめ、物事の是非を判断するためには幅広く、より正確な情報を把握していくことの大切さに思いを巡らす機会に繋がっていました」と記していました。改めて読み返してみると、少し言葉や説明が不足していたように感じています。
前回の記事は駆けつけ警護という個別の問題を主題としていましたが、一般論の話として「物事の是非を判断するためには」という論点も提起していたつもりです。475円という値段を知った上で買うか買わないかを決める、つまり駆けつけ警護とはどういうものなのか、南スーダンの情勢はどういうものなのか、できる限り理解した上で自衛隊の新任務の是非を判断する、このような情報把握の必要性に思いを巡らしています。
もちろん私自身をはじめ、国の行く末を左右するような重大な事案に際し、国民自らが様々な情報を把握するように努めなければなりません。同時に政府やマスメディアは国民に分かりやすく、かつ関心を高めるような伝え方に力を注ぐ必要があるはずです。今回の駆けつけ警護の問題に対し、稲田防衛相は「現地邦人のリスク低減に繋がる」と説明していますが、まったく的外れな発言です。このような国民を欺くような説明は論外だろうと思っています。
それこそ値段の表示を分かりづらくしていたコンビニの菓子パンと同じ関係性となります。もともと自衛隊という憲法上の制約のある組織を派遣しているため、建前に建前を重ね、たいへん分かりづらい構図になっているように感じています。今回も「物事の是非を判断するためには」という論点を提起するための重要な題材として、年金改革関連法案を巡る与野党の主張について掘り下げてみます。その法案は昨日、衆院厚生労働委員会で可決されました。
年金支給額を抑制するルールの強化などを盛り込んだ年金制度改革関連法案は、二十五日の衆院厚生労働委員会で自民、公明両党の与党と日本維新の会の賛成多数で可決された。民進、共産両党は審議が尽くされていないと抗議したが、与党は採決を強行した。二十九日の本会議で可決し、参院に送付する構えだ。自公両党の幹事長は二十五日、国会内で会談し、今国会で法案の成立を図るため、三十日までの会期を延長する方針を確認した。二十八日の与党党首会談で延長幅を決める。
民進、共産、自由、社民の野党四党の国対委員長らは、大島理森衆院議長と国会内で会い、委員会での採決は無効だとして、本会議で採決しないよう要請。大島氏は「与野党でよく話し合ってほしい」と述べた。民進党の蓮舫代表は、自民党の丹羽秀樹衆院厚労委員長の解任決議案を提出する考えを記者団に示唆した。安倍晋三首相は二十五日の委員会質疑で法案について、将来世代に財源を回し「世代間の公平を図る」と意義を強調した。民進党の柚木道義氏は「現状でも年金だけで暮らせない人はいっぱいいる。(年金減額は)国民の生き死にがかかっている」と批判した。
法案は、年金支給額を物価や現役世代の賃金に合わせて変動させる「賃金・物価スライド」の新ルールを盛り込んでいる。物価の下げ幅より賃金の下げ幅が大きい場合は、賃金に合わせて年金を減額。物価が上がっても賃金が下がった場合は賃金に合わせ減額し、ともに減額する内容だ。法案には、物価や賃金が上昇した場合、年金支給額の伸びを低く抑える「マクロ経済スライド」の強化も加えた。パート従業員らの厚生年金加入の拡大、国民年金に加入する女性の産前産後の保険料免除、年金積立金を管理運用する独立行政法人(GPIF)の組織改編なども含んでいる。【中日新聞2016年11月26日】
最近、強行採決という言葉そのものが注目されがちです。野党は「強行」を演出していると揶揄する声も耳にします。以前の記事「安保関連法案が衆院通過」の中で記したとおり日本の法律の大半は全会一致で成立しています。与野党がしっかり議論し、必要であれば修正を加えた上、各党が共通して支持する法案のほうが圧倒多数です。与野党で法案に対して部分的に賛否が分かれた場合でも、そのほとんどは審議を打ち切ることについての与野党の合意があった上で採決していました。
委員長職権による採決は慣例上きわめて例外的なものとして位置付けられ、話し合いを続けることを拒否する非民主的な方法という批判を込めて強行採決と呼ばれています。このような背景や経緯はあまり理解されないまま、強行採決という言葉が各人各様のイメージのもとに語られがちです。要するに野党側が委員長席に押しかけなかったとしても、与野党の合意に至らない委員長職権による採決だった場合、強行採決と呼ばれることになります。
最終的には多数決による決着も必要なのかも知れませんが、今回の年金改革関連法案に関しては審議時間も含め、充分な議論が尽くされたのか疑問です。安倍首相は「私が述べたことをまったく理解していないようでは何時間やっても同じだ」と言い放っています。さらに「年金カット法案」という野党側の批判に対し、安倍首相は「無責任なレッテル貼りをするべきではない」とし、「将来の年金水準確保法案である」と反論しています。
私自身、固有名詞を別な呼び方で揶揄することは控えるようにしています。ただ論点を浮き彫りにし、注目を集める手法として分かりやすい言葉に置き換えるケースがあることを頭から否定していません。もちろん完全な事実誤認や誹謗中傷に繋がる言葉だった場合、許されるものではありません。しかしながら今回の「年金カット法案」という呼び方は、ある面で事実を表わす言葉であり、「無責任なレッテル貼り」という反論で一蹴するのは冷静な対応だとは思えません。
「年金が減額されるケースもあるが、世代間格差を拡大させないためにも必要な仕組みである」という説明をしっかりと尽くすべきものと思っています。このような説明は国会での野党に向けたものであると同時に私たち国民に対して果たすべき説明責任です。物価が上昇していても賃金に合わせて年金額を下げるということは「このようなマイナスやリスクがあります」という側面も政府は強調すべきなのではないでしょうか。そうでなければ年金水準確保法案という呼び方自体、「看板に偽り」という批判を招きかねません。
菓子パンの話に照らせば「475円という値段ですが、どうでしょうか」という誠実な情報の伝え方が政府側には求められています。同時に私たち国民一人ひとりも本質的な論点を把握していく努力が欠かせません。このあたりを把握するための参考サイトとして民進党衆院議員である玉木雄一郎さんのBLOGOSに掲げられた記事『「年金カット法案」で、国民年金は年4万円、厚生年金は年14万円減る?』や東洋経済オンラインの記事『民進党の「年金カット法案批判」は見当違いだ 将来世代の給付底上げへ、冷静に議論すべき』を紹介します。
いずれにしても最終的には財源の問題に行き着くことになります。政権を狙う政党だった場合、その問題を避けながら「年金額のカットはけしからん」という批判だけでは不充分だろうと見ています。とは言え、法案に問題点が見受けられれば批判し、是正を求めていくことも野党としての大事な役割です。そのような意味で萩生田光一官房副長官の「田舎のプロレス、茶番だ」や前述した安倍首相の「何時間やっても同じだ」という発言は巨大与党の謙虚さの不足であり、下記のようなメディアの批判記事に繋がっていることも確かです。
物価が上がって賃金が下がっても年金が減額される――。高齢者イジメの“年金カット法案”が25日、衆院厚生労働委員会で「強行採決」される。しかし、これほどヒドイ法案を強行採決するとはとんでもない話だ。NHKの世論調査によると、この法案に「反対」するのが49%なのに対し、「賛成」はたった10%。国会での審議時間も短い。2004年に成立した年金抑制策「マクロ経済スライド」を導入する関連法は約33時間だったのに、今回はたった15時間程度だ。民進党の試算では、法成立で国民年金は年間約4万円、厚生年金は同14万円も減額するという。
苦しい生活を送る高齢者にとっては死活問題だ。しかも、最近の安倍自民党は、年金法案に限らず、強行採決を事前に“予告”する始末だ。山本有二農相の「強行採決発言」だけでなく、“年金カット法案”の所管大臣である塩崎恭久厚労相も佐藤勉衆院議運委員長のパーティーで、「強行採決だなんて、野党はいろいろと“演出”してくる」と放言。さらに、萩生田光一官房副長官は23日の会合で、TPP関連法案の採決に反対した野党の対応を「田舎のプロレス、茶番だ」と言い放った。
圧倒的多数の国民が反対する重要法案の審議を「プロレス」「茶番」「演出」とは――あまりにも国民をなめている。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏はこう言う。「与党は『最後は数の力で押し切れる』と考えているから、緊張感がなくなっているのです。野党を軽んじるような発言も、全て本音でしょう。気が緩んでいるから、口が軽くなる。メディアも厳しい報道を控えがちなので、内閣支持率が下落することはないとタカをくくっているのでしょう。緊張感なき国会が、政治の劣化を招いています」 野党は“乱闘”してでも抗戦すべきだ。【日刊ゲンダイ2016年11月25日】
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