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2016年10月22日 (土)

心が折れる職場

前々回記事は「パワハラ防止に向けて」で、前回記事は「電通社員が過労自殺」でした。それぞれの記事に関連し、最近読み終えた『心が折れる職場』の内容に繋げようと考えていました。ようやく今回、その著書を中心にした新規記事を書き進めてみます。著者の見波利幸さんはエディフィストラーニングの主席研究員で、日本メンタルヘルス講師認定協会の代表理事を務めています。通勤帰りによく立ち寄る書店で、たまたま書籍のタイトルに目が行き、そのままレジに運んでいました。いつものとおり著作権はもちろん、ネタバレに注意した内容紹介を心がけるためにも書籍を宣伝する下記の言葉を最初に掲げさせていただきます。

飲み会なし、雑談なしは危険信号。なぜ、うちの職場には冷えきった空気が充満するのか。なぜ、あの部署では不調者が多発するのか。上司が「アドバイス上手」、「頭のいい人」が周囲にそろっている、「ホウ・レン・ソウ」や論理的思考が重視される、個人に大きな責任が与えられる、無駄口をきかず効率優先……こんな職場こそ、実は心が折れやすい?パワハラや長時間労働だけが原因ではない。社員の心を蝕み、不調者を多発させる職場の実態について、数々の事例を知るプロのカウンセラーがひもとき、本当に働きやすい職場とは何かを考える。

このブログで機会を見て取り上げようと考えながら手にした書籍だった場合、読み進めている最中、注目した箇所に付箋を貼るようにしています。『心が折れる職場』もその一つだったため、付箋をいくつか貼ったまま手元に置いてあります。そのうちの一つには次のような内容が記されています。部下を厳しく怒鳴りつけ、高圧的に見える上司のもとで部下が楽しく働いているケースもあります。一方で、常に穏やかな態度で部下に接している上司が職場での評判は最悪であるケースもあります。

この違いの根元には、パワハラというのはセクハラと同じように、部下の側が上司の言動をどのように感じているのか、その違いによって決まってくる面があることを見波さんは説明しています。このあたりは比較的知られているハラスメントの特性だと思いますが、見波さんの著書の中では具体例が示されながら詳しく解説されています。周囲から高圧的に見える上司であっても、最終的に部下に手を差し伸べるタイプであれば、部下に対して心理的ストレスを与えないことがあると記しています。

日頃から「何やってんだ、バカヤロー」と怒鳴りっぱなしであっても、部下が仕事に困った状況に追い込まれた時に「しょうがねぇなあ、やってやるから、今度からちゃんとやるんだぞ」と救ってくれる、これは部下にとってありがたいものです。一方で、決して怒鳴りつける訳ではないものの、冷酷な口調で言いぱなし、仕事を放りぱなしの上司は、部下にメンタル面で負担をかける可能性が大きいと見波さんは述べられています。

課長、課長代理とメンタル不調が続いた某企業の事例です。課長が長期休職となり、不慣れな課長職の仕事を任された課長代理は部長に「この件は、どうすればいいのでしょう」と相談します。すると「それは、あなたが考えることでしょう」と部長から具体的な指示は得られません。部長の冷淡な態度に途方に暮れながらも、自分なりに考え抜いたプランを部長の承認を求めたところ「それはダメですね。考え直してください」と突き返されてしまいました。

困った課長代理は「それでは、どうすれば…」と再び尋ねると「それを考えるのが、あなたの仕事です」ととりつく島もなく、このようなやり取りが繰り返されました。課長代理の悩みは行き場がなくなり、1人で背負いこみ、課長に続き、後を任された課長代理もメンタル不調に至ってしまったそうです。課長と課長代理のメンタルが弱かったと断じてしまうのは簡単ですが、問題の根源を追究しなければ同じ仕事を引き継ぐ人の心が折れてしまうリスクは変わらないと見波さんは説かれています。

その部長なりの部下に対する指導方法だったのかも知れません。しかし、見波さんは部長の部下への接し方に問題があり、改善すべき点があることを指摘されていました。このように上司の言動は部下の健康を維持する上で、たいへん重要な意味を持ちます。上司が、ほんの軽口のつもり、あるいは少し奮起を促すつもりで発した、ささいな一言によって心理的にダウンし、ネガティブな感情が頭から離れないことがあります。

あるプロジェクトに失敗した社員二人の話です。それぞれ30代前半ぐらいの社員ですが、まったく別なプロジェクトで上司も別な事案となります。1人はメンタルが不調となり、もう一人は普段通りに仕事を続けられたばかりか、以前にもまして汚名を返上しようと努力を重ねるようになっていました。見波さんが様々な角度からカウンセリング、ヒアリングをしていくと、2人には置かれた状況にささいな違いがあったことを把握しました。

メンタル不調になったほうの上司は「なぜこうなるまで、失敗に気がつかなかったのか。今までかけた時間はどうする。どうやって責任をとるつもりなんだ?」と部下を叱責しました。もう一人のほうの上司は失敗を厳しく叱った後に「この仕事を成功させようと今まで頑張っている姿を私は見ていた。残業もしていたし、わからないところは先輩にも聞いていたよな」という言葉も添えていました。この言葉をかけてもらったことで「自分の努力を見てくれていた」と理解でき、自らの失敗に正面から向き合うことができたそうです。

続いて、『部下の心を痛める「言うだけ上司」「聞くだけ上司」』という見出しのある頁に付箋を残しています。前述したとおり上司の対応や言葉一つで部下の心は折れてしまいます。見波さんは部下のサポートには下記のような「4つ基本」が必要であると説いています。多くの上司は得意なサポート手法に偏りがちですが、見波さんは目の前にいる部下が、今どういう状況にあって、何を求めているのか、4つのサポートをバランスを考えて提供することが大切だと訴えています。

  • 情報面のサポート … 知識や情報収集をベースにコンサルテーション的に解決法を示すこと
  • 情緒面のサポート … 共感したり、努力に気づいてあげたり、見守ったりして、これを本人に伝えることで精神的な支えになる働き
  • 道具的なサポート … いよいよ部下がたいへんになった場面で必要になる上司自ら手を差し伸べる「直接的な手助け」
  • 評価面のサポート … 上司が部下に、業績の結果のみならず、しっかりプロセスを含めて、フィードバックを伝えていくこと

付箋の数は絞っていましたが、見波さんの著書には『“打ち合わせのような飲み会"に潜む罠』『ほとんどの人が「泣かない」のは、危険なシグナル』『異動や担当替えが多い会社は、心が折れやすい』『SEが心に問題を抱える意外な理由』『キレ者上司の「アドバイス」は何が問題か』『なぜスピード出世の上司のもとでは部下の心は折れるのか』『「仕事だけ人間」が抱えがちな心の弱さ』など興味深い見出しの付いた箇所が数多くあります。すべて紹介することは難しいため、最後に『労働時間と心の健康の関係は薄い』に触れてみます。

誤解されないよう強調しなければなりませんが、見波さんも「労働時間の長短と身体的な影響とは明らかに関係があります」と述べています。しかし、多くのメンタル不調者の方々と話してきた経験から、長時間労働自体はメンタル不調の「1つの要因」にすぎないと確信するようになったそうです。長時間労働イコール不調の原因ではなく、その根底にある「仕事との向き合い方」「仕事に対する意識のあり方」の重要さを見波さんは指摘されています。好きな仕事で「楽しい、完成度を上げたい」という意識が強かった場合、長時間労働も心理面ではさほど苦痛になりません。

一方で、望まない嫌な仕事で「やらされ感」が強かった場合、とてつもなく時間が長く感じます。同じ長時間労働でも、どのような心の状態で向かっているかによって、メンタル面に与える影響は大きく違ってきます。もちろん極端な長時間労働をはじめ、過剰なノルマや限度を超えた仕事量がメンタル不調の大きな要因であり、すぐに是正しなければなりません。その上で仕事量だけを減らせばメンタル不調者が出なくなる訳ではなく、社員が仕事にやりがいを感じていないという状況を是正しない限り、メンタル面の不調者が出続けてしまうことを見波さんは指摘されていました。

前回記事「電通社員が過労自殺」の最後のほうで、過酷な時間外勤務が高橋さんを追いつめたことには変わりありませんが、せめて「心が折れる職場」でなければ最悪な事態は避けられたかも知れないと思うと残念でなりません、と記していました。パワハラやセクハラに類する言葉が投げかけられなければ、前述したような上司の適切なサポートがあれば、「やらされ感」の強い仕事でなければ、高橋さんは24歳の若さで社員寮の4階から身を投げることもなかったのではないか、今回の記事を書き進める中でそのような思いを強めていました。

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コメント

現在、沖縄に動員されている公務員の方々はまさに心が折れそうになる職場ですよね。心から同情します。

プロ市民や職業平和活動家によるえげつない発言はスルーする沖縄の2大紙はこれでもかたよってないという。実に立派だなあと思いますね。

民進党の村田蓮舫代表は以前、2位じゃだめなんですか?との名言を言ってましたが、今回の衆議院補欠選挙で見事に2位だったのでさぞかし満足でしょうね。w

投稿: nagi | 2016年10月26日 (水) 13時50分

nagiさん、コメントありがとうございました。

このようなコメントに対し、本来、すみやかにブログの管理人自身の考え方をお答えすることが望ましい関係性だろうと思っています。ただ今夜もしくは明日投稿する新規記事の冒頭で改めて説明させていただく予定ですが、2012年春頃から難しい題材であればあるほど言葉が不足しがちなコメント欄ではなく、じっくり腰を落ち着けて臨める記事本文で対応するように心がけています。ぜひ、このような関係性に至っている点について、引き続きご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年10月29日 (土) 07時47分

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