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2016年10月16日 (日)

電通社員が過労自殺

前回記事「パワハラ防止に向けて」の最後のほうで『心が折れる職場』という著書の内容に繋げる予定だったことを書き残していました。今回の題材もその著書の内容に関わる側面があるため、最初、新規記事のタイトルは「心が折れる職場」でした。しかしながら電通の新入社員だった高橋まつりさんの過労自殺は数多くの論点や深刻に受けとめるべき警鐘が内在している問題であり、書き始めた直後に記事タイトルを「電通社員が過労自殺」に変え、この問題に絞って書き進めていくことにしました。

女手一つで2人の子どもを育てた母親に高橋さんは「一流企業に就職し、お母さんを楽にしてあげたい」と語り、東京大学文学部を卒業した後、昨年4月、電通に入社しました。半年間の試用期間を終えた高橋さんは10月からインターネットの広告部門に配属されました。業務増と人員不足による過酷な職場であり、心身ともに追い込まれた高橋さんは昨年末、クリスマスの夜、社員寮の4階から身を投げました。その高橋さんの自殺は今年9月末日、下記のとおり長時間労働による精神障害が原因と労災認定されました。

広告大手の電通に勤務していた女性新入社員(当時24)が昨年末に自殺したのは、長時間の過重労働が原因だったとして労災が認められた。遺族と代理人弁護士が7日、記者会見して明らかにした。電通では1991年にも入社2年目の男性社員が長時間労働が原因で自殺し、遺族が起こした裁判で最高裁が会社側の責任を認定。過労自殺で会社の責任を認める司法判断の流れをつくった。その電通で、若手社員の過労自殺が繰り返された。亡くなったのは、入社1年目だった高橋まつりさん。三田労働基準監督署(東京)が労災認定した。認定は9月30日付。

高橋さんは東大文学部を卒業後、昨年4月に電通に入社。インターネット広告を担当するデジタル・アカウント部に配属された。代理人弁護士によると、10月以降に業務が大幅に増え、労基署が認定した高橋さんの1カ月(10月9日~11月7日)の時間外労働は約105時間にのぼった。高橋さんは昨年12月25日、住んでいた都内の電通の女子寮で自殺。その前から、SNSで「死にたい」などのメッセージを同僚・友人らに送っていた。三田労基署は「仕事量が著しく増加し、時間外労働も大幅に増える状況になった」と認定し、心理的負荷による精神障害で過労自殺に至ったと結論づけた。

電通は先月、インターネット広告業務で不正な取引があり、広告主に代金の過大請求を繰り返していたと発表した。担当部署が恒常的な人手不足に陥っていたと説明し、「現場を理解して人員配置すべきだった」として経営に責任があるとしていた。高橋さんが所属していたのも、ネット広告業務を扱う部署だった。電通は00年の最高裁判決以降、社員の出退勤時間の管理を徹底するなどとしていたが、過労自殺の再発を防げなかった。代理人弁護士によると、電通は労基署に届け出た時間外労働の上限を超えないように、「勤務状況報告書」を作成するよう社員に指導していたという。電通は「社員の自殺については厳粛に受け止めている。労災認定については内容を把握していないので、コメントは差し控える」としている。【朝日新聞2016年10月8日

10月14日には東京労働局過重労働撲滅特別対策班と三田労働基準監督署が電通の本社を抜き打ちによる強制立ち入り調査に入りました。立ち入り調査は同日、関西支社など三つある支社すべてに対しても行なわれました。社会保険労務士の榊裕葵さんのサイト「電通への強制捜査、その真意を読み解く4つのポイントとは?」の中で、「一罰百戒」の意味を持つ国策捜査であったという一面も指摘しています。

「国策捜査が良いか悪いかの議論はここではしないが、国が過重労働の取り締まりにどれだけ本気であるかを国民に知らしめたという点においても、今回の立ち入り調査は重要な意義があったと考えられる」とし、長時間労働を美徳と考えたり、美徳とまでは言わずとも「必要悪」だと考える経営者や管理職はまだまだ少なくないので、そのような価値観を打ち壊すきっかけになってほしいものであると主張され、さらに次のような見解を示されています。

私の肌感覚ではあるが、広告代理店、テレビ局、総合商社のように、激務であるが給与水準が高い会社に関しては、これまで「十分な待遇が保証されているから、激務も容認される」というような暗黙のトレードオフが存在していたのではないかと感じる。だが、今回の電通への立ち入り調査をひとつのきっかけとして、そのようなトレードオフは正当化して良いものではなく、過重労働が発生していれば、どのような企業であっても取り締まられるべき、という社会的風潮の形成が進むのではないかと私は思う。

国策捜査かどうかは分かりませんが、菅官房長官も「過重労働防止に厳しく対応する」とコメントしているとおり行政側に過重労働を許さないという意志が高まっていることは確かだろうと思っています。このような動きは歓迎すべきことであり、紹介した上記の榊さんの見方や主張の大半に強く共感しています。とりわけ電通の場合、1991年にも入社2年目の男性社員(当時24歳)が過労自殺していました。遺族が起こした損害賠償請求訴訟は最高裁まで争われました。

2000年に「会社は社員の心身の健康に注意義務を負う」と判断され、電通側が「事件を反省し、不幸な出来事が起こらないよう努力する」と謝罪し、遺族側と和解していました。それにもかかわらず、悲劇が繰り返される、たいへん残念で憤るべき企業体質だと言えます。和解後、電通は「ノー残業デー」を設定し、部署ごとに適正な勤務管理のための方針を定めるなど、長時間労働を抑制する取り組みを行なってきたと説明しています。しかし、下記新聞記事が伝えるとおり電通の体質は何も変わっていなかったようです。

電通に受け継がれる「鬼十則」 遺族の弁護士側が、高橋さんの入退館記録を元に集計した残業は、10月が130時間、11月が99時間となっていた。休日や深夜の勤務も連続していた。これに対し、武蔵野大学の教授が「残業100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」などとインターネット上に投稿していたことが批判を呼ぶ。厚生労働省が過労死リスクが高まる「過労死ライン」として示している時間は、残業80時間だ。

電通では平成3年にも、社員が過労自殺している。損害賠償請求で最高裁までもつれ、12年に「会社は社員の心身の健康に注意義務を負う」と判断された。弁護士側は、電通の過労体質を指摘した上で、第4代吉田秀雄社長の遺訓とされる「鬼十則」を明らかにした。電通の社員手帳に掲げられているという十則の一部を紹介する。

  • 取り組んだら「放すな」、殺されても放すな、目的完遂までは。
  • 仕事とは、先手先手と「働き掛け」で行くことで、受け身でやるものではない。
  • 頭は常に「全回転」、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそういうものだ。

高橋さんのメッセージからは、上司から「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「女子力がない」と言われるなどのパワハラをうかがわせる内容もあった。東京労働局の過重労働撲滅特別対策班などは14日、労働時間管理の実態を調べるため、労働基準法に基づき、電通に立ち入り調査。まつりさんのほかにも問題ある働き方がなかったか、全社的な状況を調べている。【産経新聞一部抜粋2016年10月15日

半世紀前になる第4代社長だった吉田秀雄社長の遺訓「鬼十則」は男性社員の自殺後、新入社員らの研修の教本からは外されていました。しかし、社員手帳には掲載されたままだったそうです。さらに驚くべき事実が遺族側の弁護士によって明らかにされています。高橋さんは上司からの指示で「勤務時間報告書」に実際の時間外勤務よりも少ない69.5~69.9時間と入力していた疑いが持たれています。

電通は月の時間外勤務の上限を月70時間とする36協定(サブロク協定)を労使で結んでいます。そのため、「勤務時間報告書」には70時間にギリギリ及ばない69.5 ~ 69.9という数字の入力を強いられたものと見込まれています。このような違法な工作は論外であり、社員手帳に「鬼十則」を残していたことなどをはじめ、男性社員を過労自殺に追い込んだ教訓がまったく生かされていなかったと言わざるを得ません。和解が成立した際、再発防止を誓った時の言葉が空しく、お二人のご遺族の悲しみを倍加させているはずです。

労働基準法第36条に基づく36協定については機会を見て詳述したいものと考えていますが、労使で締結した36協定の労基署への届出がなく、時間外勤務をさせると違法となります。かつてワタミは過労死ラインの1.5倍にあたる月120時間を上限とする36協定を締結していたようですが、結びさえすれば合法という解釈も極端な話だろうと思っています。ちなみに安全衛生法では月100時間を超えた場合、産業医との面接を必要としています。

いずれにしても電通の事例を「他山の石」とし、すべての事業所が過労死を防ぐための対策に全力で取り組まなければなりません。特に36協定を結ぶ一方の当事者である労働組合が前面に出て、過労自殺や過労死を撲滅させる影響力を発揮していかなければならないはずです。言うまでもなく、私どもの組合、私自身への戒めの言葉としてかみしめています。その一助として前回記事でも紹介した「人員確保・職場改善要求アンケート」に毎年取り組み、各職場の時間外勤務の実態把握に努めながら必要な部署に必要な人員配置を市側に求めてきています。

最後に、電通の隠蔽工作などを疑うLITERAの記事や産経新聞の上記報道によると、高橋さんは上司から「君の残業時間は会社にとって無駄」「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「女子力がない」などとパワハラ、セクハラとも思える言葉を投げつけられていたようです。過酷な時間外勤務が高橋さんを追いつめたことには変わりありませんが、せめて「心が折れる職場」でなければ最悪な事態は避けられたかも知れないと思うと残念でなりません。

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コメント

OTSU氏がLITERAの記事をリンクしてますが、OTSU氏が引用
するサイトとしては、ここはあまりにも偏りが酷いと思い
ますね。まあU-1速報と同レベルと思うほどです。


それにしても日本はあいかわらず命が失われないと何も
改善しないのかと。高収入だから過酷な労働でもかまわない
との意見もありますが、社会には低収入で過酷な労働も
あり、どちらも放置はできません。公務員の世界はもっと
酷いと思いますよ。民間は無能な社員は解雇できますが、
公務員はそれもできず、無能職員や問題職員は腫物扱いで
仕事はほとんどせず、まじめで有能な人ばかりに仕事が
蓄積し、本当に過酷な労働になっています。
このような人が救済されることを心から願っています。

投稿: nagi | 2016年10月17日 (月) 13時02分

私は、公務員の労働と民間の労働を
同レベルで論じるのには抵抗がありますね。
もちろん、「働く事」においては同じですし
個人の尊厳や権利が踏みにじられるのは
どちらも絶対に許されない事ですが。

民間の労働において社員が自殺したり
動労効率が下がる環境になれば
それは会社の損失です。
会社が世間から批判を浴び、損害賠償を払う。
当然取引先が減り、売り上げが下がる危険も伴う。
株価が下がれば株主からの批判も浴び
幹部の人事にも影響する。
会社の責任が全てです。

しかし公務員において言えば
損失を受けるのは税金を徴収されている一般市民です。
公務員の給料から損害金を払う訳ではありません。
ここが民間と公務員の決定的に違う所。
nagiさんがお書きになった
>無能職員や問題職員は腫物扱いで
仕事はほとんどせず、まじめで有能な人ばかりに仕事が
蓄積し、本当に過酷な労働になっています。

これが本当だとしたら
無能職員や問題職員による不利益は
犠牲になった公務員だけでなく市民が被る訳ですよね。
民間企業の話とは性質が異なる訳ですよ。
それを自覚しているのでしょうか?
公務員ってのは。

投稿: いまさらですが | 2016年10月17日 (月) 22時46分

その上で。
>せめて「心が折れる職場」でなければ最悪な事態は避けられたかも知れないと思うと残念でなりません。

この感覚ってとても大事だと思います。
恐らく主様は「労働環境」という側面で
お書きになった文言だと思うのですが
私の捉え方は違います。

同じ労働をさせても「労働者の意思」により
その労働が「苦役」にも「喜び」にもなる事を
知る必要があるのではないかと思うのです。

私は若い頃、1か月100時間程の残業を
2年間続けた事があります。
会社に1週間泊まり込んだ事もあります。
でもその時の経験が今に生きています。
徹夜した朝、机の下で倒れていると
上司が栄養ドリンクを置いてくれたり
同僚に励まされされたり、先輩に助けられたり。
今考えれば、完全な労働基準法違反ですよ。
でも、あれが無かったら
今の自分は無いとさへ思います。
死に物狂いで働いた成果として
会社の売り上げや社会の利益に繋がれば
それは途方もない喜びになります。
一緒に喜んでくれる社員と飲む酒は至高の極みw。
恐らく、高度成長期の日本のサラリーマンは
皆、そうだったのではないでしょうか?

36協定とか、70時間以上の残業とか
そういう事を前提とした働き方を
日本人はしてこなかったような気がしますけどね。

そういう意味で言えば
労働組合なんてのがあるのは
豊かになった証拠なのかなとも思います。

「そんな考えがもう化石なんじゃ!」という人も
いるかもしれませんけど。

投稿: いまさらですが | 2016年10月17日 (月) 23時15分

そういえば沖縄平和センターの方が器物損壊で逮捕された
そうですが、OTSU氏にこんなプログを紹介します。

>http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-5149.html

実際に地元住民が基地反対運動してる連中がかってに検問
を作って妨害したりするため、大変迷惑してると陳情書を
だしたりしてますよね。

自分たちの活動が正しい、だから法律違反しても関係ない
と考え行動するならば、テロリズムとなにが異なるのか
説明できるのでしょうか。

OTSU氏はこのような現状は私が指摘しないでもすでに
よく御存じだと思うのですが、何も発言されないのですか?
あるいは賛成して、もっと行動するべきと考えてるの
でしょうか。

まあ沈黙もゆるやかな賛成とも反対ともいえるのですが
OTSU氏の立場から見ると、沈黙は賛成の証と見えます。

プロ市民と言いますか、職業的平和活動家と呼べば
いいのか、立派なものですね。

投稿: nagi | 2016年10月18日 (火) 12時19分

nagiさん、いまさらですがさん、コメントありがとうございました。

以前のようにコメント欄が一問一答の場であれば即座に解説もしくはお答えすべき点が見受けられます。それでも数年前に方針を変えたとおり誠に恐縮ながら言葉足らずになりがちなコメント欄ではなく、機会を見て記事本文を通して私なりの見方を説明できればと考えています。このような対応についてコメント欄常連のお二人には今さらの話となりますが、ご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年10月22日 (土) 21時26分

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