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2016年9月 3日 (土)

『総理』を読み終えて

全国各地で台風の猛威による被害が続いています。これまでの常識が通用しない台風の進路や暴風雨に襲われ、尊い人命が奪われる事態に至っています。私どもの自治体では市内各地域の避難所の開設をはじめ、日常の職務や職域を越えた要請のもとに多くの職員が昼夜を問わず対応にあたっていました。私自身も被害状況の調査のため、浸水した住民の自宅を訪ねる役割を担いました。

以前の記事「激減する自治体職員と災害対応」に綴ったとおり自治体職員の責任や役割として、ひとたび大きな災害が発生した際、24時間態勢で自治体の仕事に従事していくことが求められています。そのような自覚は職員全体で共有化しているため、業務命令に近い緊急な要請に対して整然と対応しています。ただ通常の職務以外での業務負担に際し、従事した職員への負荷はもちろん、本来業務の職員態勢が手薄になることなどの問題点は組合としても目配りしていかなければなりません。

さて、興味を持った書籍でも千円を超えるハードカバーの本は買うのを少しためらっています。通勤の帰りに時々立ち寄るBOOK・OFFで、そのような優先順位の書籍だった『総理』を見つけました。著者はTBSの報道局に長年在籍し、現在フリージャーナリストの山口敬之さんです。6月に発売されたばかりですので、あまりオフされた値段ではありませんでしたが、装丁もきれいだったため、すぐレジに運んでいました。

そのとき安倍は、麻生は、菅は――綿密な取材で生々しく再現されるそれぞれの決断。迫真のリアリティで描く、政権中枢の人間ドラマ。「本当の敵は身内にいる」――第一次安倍内閣から安倍を支え続ける麻生太郎。「絶対に安倍を復活させる」――重要局面で目の前で票読みをし安倍の背中を押した菅義偉。「世にいうところの緊急事態かもしらん」――誰よりも早く安倍の異変を察知した与謝野馨。「麻生さんが決めたなら、私も」――谷垣支持から安倍支持に転じた高村正彦。「そういう事実は一切ありません」――宏池会会長として野田聖子支持を完全に否定した岸田文雄。

いつものとおり著作権はもちろん、ネタバレに注意した内容紹介を心がけるためにも書籍を宣伝する上記の言葉を最初に掲げさせていただきました。Amazonカスタマーレビューでは星5つが星4つ以下を圧倒しています。「臨場感たっぷりに描かれる物語は、ノンフィクションであり、本来こういう記事を書くべきマスコミがすっかり忘れてしまった矜持を思い出させてくれました」「ここまで書いて大丈夫かと思うほど安倍総理の決断の裏側をつぶさに書いてあり、下手な小説より数段面白い」と絶賛する声が並んでいます。

確かに読み物として面白く、政権中枢の生々しい「事実」を知り得る意味合いでの面白さがあり、手にしてから数日で読み終えていました。一方で「政治家の懐深くまで踏み込んだ方が、その政治家のことを、果たして、どこまで中立性を保って書けているのか疑問は残ります。また、各章で出てくる関係者について、都合の悪いことはあえて触れずに、良いことだけ書かれているとの印象を受けました」というレビューの声もあります。

「これ、あさって議院を解散する時の会見原稿なんだけどさ、ちょっと聞いてみてよ」 安倍は本番さながらに、私に向かって語りかけた――。目の前で、現職の総理が解散を宣言している。私はまるで自分が、官邸1階の記者会見室にいるような錯覚にとらわれた。

2014年末、衆院解散を決意した安倍総理が、書き上げたばかりの演説草稿を読み聞かせるほど著者の山口さんに信頼を寄せていました。2012年に安倍総理が自民党総裁に返り咲いた際は菅義偉官房長官から「山口君の電話がなければ、今日という日はなかった」と言わしめていました。第1次政権の内閣改造時には麻生外務相(当時)直筆の「人事案」を山口さんが安倍総理のもとに届けることもあった、と著書『総理』の中で明かされています。

安倍総理や麻生財務相といった政権幹部の生の声を引き出そうと努力するほど、社内外から「山口は安倍政権の太鼓持ちだ」という批判の声が高まっていきます。そのこと自体、気に留めなかったようですが、政治記者が取材対象に深く迫る過程で「外部からの観察者」という立場を越え、自らの動きが政局に影響を及ぼしてしまう、という点について山口さんは「自分は記者の範疇を越えてしまっているのではないか」と思い悩んだそうです。

そのように悩んだ山口さんも永田町では取材対象である政治家に近づくうち、いやでも一定の役回りを担わざるを得なくなることを達観するようになっていきました。「その代わり、自分が永田町で見聞きしたことは、必ずオープンにしなければならない。すぐに公表することができない話であっても、いつか必ず書く。それが記者だと思っています。それが、本書を記した最も大きな理由のひとつです」と話されているインタビュー記事が「だから私はTBSを退社し、この一冊を著した」というサイトに掲げられています。

山口さんは「取材対象に近すぎる」という批判の声があることを自覚しながらも、政治のど真ん中に突っ込まなければ、権力の中枢で何が起きているか見えないのも事実である、そのように著書の「あとがきにかえて」の中で記しています。「私は親しい政治家を称揚するために事実を曲げたり捏造したりしたことは一度もない」と記し、「事実に殉じる」という内なる覚悟を示された上、独善的な視点に陥らないよう自ら戒めながら取材を続けていくつもりである、という言葉で著書『総理』を結んでいます。

その言葉に偽りはないのだろうと思っています。ただ取材対象に近付きすぎた結果、安倍総理や麻生財務相らとの一体感が生じ、客観的な視点が欠けてしまっているように見受けられます。LITERAの記事「幻冬舎が安倍首相と結託してまた政権PR本を出版!」の中では「一応、ドキュメンタリータッチで描かれているんですが、最初から最後まで、批判的な視点は一切なし。安倍首相がいかに素晴らしいか、国家のことを考えているか、ということしか書いていない。右派思想への賞賛や歯の浮くような美辞麗句が散りばめられていて、ただのPR本ですよ」という声が紹介されています。

ただLITERAの記事も全体を通した論調は「批判ありき」という姿勢が目立ちます。「立場の左右を超えて、これほど評価が分かれる首相はほかにはいないだろう。そして、安倍への評価は、ポジテイブなものもネガティブなものも極めて感情的である」という言葉も『総理』の中に記されていますが、このような見方は本当にその通りだと感じています。このブログでも安倍総理に対する批判記事が結果的に多くなっていますが、「批判ありき」ではなく、具体的な言動に対して私自身の意見や感想を綴ってきているつもりです。

安倍総理や麻生財務相らが「国民を豊かにするため」「平和を守るため」という信念のもとに様々な政策判断を重ねているものと信じています。その意味で『総理』の中に描かれている話は「事実」だろうと思っています。この書籍だけで判断すれば素晴らしい総理大臣や政権に恵まれていることになります。多くの国民が安倍政権を支持しているため、実際、その通りなのかも知れません。しかし、安倍総理の判断に危うさを感じている国民も決して少数ではなく、著書『総理』の中では語られていない情報を加味した評価も求められているはずです。

今回、『総理』の書評にとどめず、安倍総理の具体的な政治的な判断について著書の内容に絡めながら繋げてみようと考えていました。もちろん評価すべき点、注文を付けたい点を織り交ぜた「批判ありき」ではない自分なりの「答え」に沿った論評を加えてみるつもりでした。いつものことながら書き進めているうちに思った以上に長くなってしまい、今回の記事では欲張らないようにしました。主に外交面での話ですが、機会があれば次回以降の記事で綴らせていただければと考えています。

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コメント

憲法に関するおもしろい記事を紹介します。

>http://news.yahoo.co.jp/feature/346

どちらの立場でも耳に痛い記事です。

投稿: nagi | 2016年9月 8日 (木) 18時11分

nagiさん、コメントありがとうございました。

ご紹介いただいたサイト、目を通しました。私自身の認識は以前の記事に綴っているとおりですが、憲法に対する認識について様々な見方があることはその通りだと思っています。その上で、お互いの「答え」を認め合いながら、より望ましい「答え」に近付けていく建設的な議論が交わせることを理想視しています。

なお、新規記事は今回の「Part2」としています。ぜひ、またご訪問いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年9月10日 (土) 06時32分

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