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2016年7月30日 (土)

米大統領選と都知事選の違い

たいへん痛ましい事件が起きました。相模原市緑区の知的障害者福祉施設の入所者19人が元職員によって刺殺され、26人が重軽傷を負いました。容疑者は「声をかけて返事がない寝たきりの人を狙った」と供述し、重度の障害者を狙い撃ちにした犯行でした。木曜夜の『NEWS23』の中で、知的障害のある息子を持つ岡部耕典教授は「個人の属性に原因を求めるのではなく、それを含めた社会の構造に原因を求めるアプローチが必要」と話されていました。

福祉施設や措置入院のあり方など行政や政治の課題として問われる側面がある一方、岡部教授が示したような問題意識も留意しなければならない事件だったものと見ています。容疑者は措置入院中に「ヒトラーの思想が降りてきた」と診察した医師に語り、「ずっと車椅子で縛られ暮らすことが幸せなのか。障害者がいることが周りを不幸にする」と主張するなど障害者に対して歪んた価値観を持っていたようです。

圧倒多数の方々は、このような考え方が広まり、障害者が排除されがちな社会に繋がることを危惧しているはずです。さらに誰もがヒトラーの描いた優生思想を肯定せず、自分自身のことを差別主義者だと称する方もいないはずです。ごくごく稀に今回の事件を起こした容疑者のようにヒトラーの思想を肯定する人物が現われてしまいます。しかしながら普通に考えれば、ヒトラーの言動を容認する者が極めて少数であることは間違いありません。

ただ自覚がないまま、差別の芽を心の中に育てている場合があることにも注意しなければなりません。この事件に際し、ネット上で「容疑者は在日」という書き込みがありました。そのような書き込みに対し、LITERAの編集部は「自分たちの内部にひそむ排除思想のヤバさに気づくべきではないのか」と提起した記事を発信していました。この記事自体も「ネトウヨ」という言葉が使われ、ある面で差別的だという批判を受けてしまうのかも知れません。

今、日本に限らず排外主義やレイシズムの問題が取り沙汰されています。アメリカの大統領選、ドナルド・トランプ候補が共和党の正式な候補者に決まりました。トランプ候補の「メキシコ国境に壁を建設する」など過激な発言は排外主義という批判を受けています。とは言え、泡沫候補だと見られていたトランプ候補が共和党の代表に選ばれたという結果は、その過激な発言や考え方に共感するアメリカ国民が多いことの表われだと言えます。

対峙する民主党も党大会を終え、ヒラリー・クリントン候補が党候補者の指名を受諾しました。それぞれの副大統領候補も決まり、今後、11月8日の本選に向けてアメリカ大統領選は本格化していきます。今回の記事タイトルは「米大統領選と都知事選の違い」としていますが、各候補者の政策面についての論評ではなく、主に選挙の仕組みやあり方について掘り下げてみます。そのことを通し、前回の記事「都知事選、真っ只中」の中で書き切れなかった点などを付け加えてみるつもりです。

アメリカ大統領の任期は4年です。第2次世界大戦後、慣例だった最長2期8年の任期が合衆国憲法に明記され、大統領職は9年以上務められないようになっています。大きな権力を掌握できる大統領職の任期について、アメリカ以外にも多くの国で多選を制限する規定を採用しています。日本の自治体の首長には基本的に多選を制限する規定はなく、都知事では最長4期、他の道府県知事では8期まで務めたことがありました。ちなみに首長全体では13期42年間、村長職を務めた記録が最長です。

多選が即ワンマンな行政経営に繋がり、マンネリ化や腐敗を招くという負のイメージだけで語ることは拙速なのかも知れません。ただ明らかに多選の弊害が出ていても、新人候補が現職首長を選挙で破ることは非常に難しい現状だと言えます。地域や各種団体の集まりに顔を出すことが首長の日常的な仕事の一つであり、ある意味で任期4年間、知名度を高めるための活動に勤しめることになります。

都知事選の話に戻れば、3代続けて現職知事が任期途中で辞任し、3回連続で新人同士の選挙戦となっています。1回あたり約50億円かかり、余計な出費や労力の負担を強いられています。アメリカ大統領選は4で割り切れる年、閏年でもある夏季五輪が開催される年に必ず行なわれています。ケネディ大統領は任期途中で暗殺されていますが、残任期間はジョンソン副大統領が大統領に昇格し、選挙は行なわれていません。

任期途中で大統領が死亡や辞任した場合、副大統領が大統領に昇格して残りの任期を引き継ぐ制度となっています。副大統領の次は下院議長、国務長官の順番に大統領継承権があります。このような制度であるため、大統領選に当たって副大統領が誰なのかという点も有権者にとって重要な判断材料になっているようです。ここ数年、短期間での選挙を強いられている東京都民の一人として、アメリカ大統領職のような仕組みも一考の余地があるように感じています。

都知事選をはじめとする日本の選挙とアメリカ大統領選との大きな違いがあります。候補者の政策や資質などを有権者が吟味できる期間の長さの違いです。アメリカ大統領選は選挙の年、1月から州ごとに政党内の候補者を決める争いが始まります。その結果をもとに全国党大会の中で大統領選の正式な党の候補者を決めます。今年で言えば、共和党がトランプ候補、民主党がクリントン候補を指名し、11月の本選に向けて激しい論戦やメディア戦略などが繰り広げられていきます。

このようにアメリカ大統領選の候補者の場合、1年以上にわたって国民から注目されることになります。新人候補だったとしても詳細な経歴や人柄などが明らかになり、ネガティブな情報も含め、大統領としての適格性を判断できる材料が揃えられていきます。前述したトランプ候補の排外主義にも賛否があり、共和党内では支持が上回ったという民意の表われだったものと理解しています。クリントン候補には国務長官時代のメール問題が指摘されていましたが、そのような減点材料を踏まえながらも民主党の候補に選ばれた構図になっています。

一方で今回の都知事選、あまりにも各候補者の長所や短所を知るためには時間が不足しています。時間の問題ではないのかも知れません。インターネット上で検索を重ねれば、各候補者の詳しい主張や過去の言動なども詳しく調べられます。通常、そこまで手間暇をかける方は少ないはずであり、専らマスメディアからの情報をもとに各候補者を評価しているのではないでしょうか。そのマスメディアも選挙期間中は踏み込んだ報道を控えているように感じています。

選挙が終わった途端、週刊誌が報じているような「政治とカネ」や資質に絡む問題を一斉に取り上げてくるのかも知れません。誰が当選しても同様な可能性を残しているため、都知事の任期途中の辞任連鎖が絶ち切れるのかどうか危惧しています。このような危惧が杞憂となることを願っていますが、やはり各候補者の都知事としての適格性を判断するための情報提供のあり方に難点があるように思えます。

知名度だけで判断するのではなく、劇場型のイメージ戦略に流されることなく、プラス面とともにマイナス面の情報も踏まえて一票を投じられるアメリカ大統領選のような仕組みの必要性に思いを巡らしています。今回の都知事選には21人が立候補していますが、各テレビ局は有力3候補に絞った報道に努めていました。3候補以外は不公平感を強めていたはずですが、21人を平等に扱った場合、それはそれで新たな都知事を選ぶための情報の提供のあり方として不充分さが際立ってしまったのではないでしょうか。

このあたりは誰もが自由に立候補できることの意義に対し、安易な立候補や乱立を防ぐ手立てのバランスの取り方が非常に悩ましいものと考えています。脳科学者の茂木健一郎さんの問題提起「都知事選挙の候補者ポスターは、なぜ一部しか貼られていないのか」などを切り口に日本の選挙制度全般について、いろいろ思うことを書き進めてみるつもりでした。いつものことですが、たいへん長い記事になっています。今回はここで一区切り付け、選挙ポスターや供託金の問題などは機会を見て取り上げさせていただきます。

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2016年7月24日 (日)

都知事選、真っ只中

前回の記事は「参院選が終わり、次は都知事選」でした。都知事選も選挙期間が長く、告示後、2回目の週末を迎えています。今回も最初に「都知事選、真っ只中」という漠然とした記事タイトルを付け、パソコンに向かっています。このブログの管理人である私自身、選挙運動に一定の制約がある立場であり、公示や告示日以降、誤解を招かないためにも具体的な候補者名は掲げないように心がけています。

ただ今回の記事を書き進めるにあたって、具体的な候補者名を掲げないのも不自然な内容に至るような気がしています。そのため、今回の記事の中に候補者の名前を掲げていきますが、メディアやネット上で目にしている話題の紹介をはじめ、選挙運動だと誤解されないような事実関係を中心に記していくつもりです。そのことを通し、私自身の問題意識を少し触れていくことになりますが、あくまでも個人の責任による記述であることも申し添えさせていただきます。

さて、来週日曜に投開票日を迎える都知事選は21名が立候補しています。その中で、元防衛相の小池百合子候補、元総務相の増田寛也候補、ジャーナリストの鳥越俊太郎候補が有力候補と目されています。今朝配達された読売新聞一面の見出しは「小池・増田氏 競り合い」とし、鳥越候補が追う展開という情勢を伝えています。序盤の調査ではメディアの大半が増田候補を3番手にしていたため、鳥越候補が失速しているという分析を加えなければなりません。

自民党が分裂選挙となり、野党統一候補として知名度の高い鳥越候補の優位な選挙戦が期待されていました。まだ選挙戦は真っ只中の段階であり、読売新聞の情勢分析のまま投票箱のフタが閉じられるとは限りません。それでも週刊文春の「淫行疑惑報道」が鳥越候補に対し、たいへん大きなダメージを与えていることは間違いないようです。なお、鳥越候補側は事実無根とし、発売日の前日、週刊文春あてに抗議文を送っています。

発売された木曜日には弁護団が公選法違反(選挙妨害)及び名誉棄損の疑いで、東京地検に告訴状を提出しています。週刊文春編集部は「記事には充分自信を持っています」というコメントを発表していますが、週刊現代の編集長だった元木昌彦さんは「やっぱり選挙妨害じゃないかなあ・・・タイトルも行き過ぎ」という見方を示しています。ただ週刊文春は続報も準備しているようであり、ますます鳥越候補は苦境に立たされる懸念が拭えません。

そもそも舛添前知事は資質の問題を問われ、疑惑が指摘された以降の対処の仕方も強いを批判を受けました。それらのことを反面教師にするのであれば、鳥越候補のリスクマネジメントやダメージコントロールが試されている局面だと言えます。どちらの選択が適切だったのかどうか分かりませんが、やはりジャーナリストである鳥越候補は速やかに記者会見を開き、週刊文春の疑惑報道に対する事実関係を自らの言葉で明らかにして欲しかったものと思っています。

仮に隠したい事実があったとしても、そのことも含めて明らかにした上で、鳥越候補は都民の評価を受ける立場だと言えます。万が一、疑惑がより事実に近く、鳥越候補の資質が問われる事態に至ったとしても、それ以上に都政に対する熱意や政策を語ることで窮状を乗り越えられる可能性もあるはずです。いずれにしても本来、都知事選は各候補者の見識や具体的な政策がどのように評価されていくのかどうかで競い合うべきものです。

たいへん残念ながら今回の都知事選も、そのような競い合いになっていません。知名度やイメージ戦略が先行した選挙戦にとどまっているように見ています。参院選挙から間隔がなく、都知事選に突入したため、国政選挙の延長線上としての「野党共闘」が重視されました。時機的な面から仕方のないことかも知れませんが、都政の顔として誰が最も相応しいのかどうかという視点が後回しにされていたように感じています。

都政新報の報道によれば、都知事選の有力候補の会見で「都は裕福」という発言があり、都税収入が増加傾向にある一面だけをとらえた見方に都庁内では不安視する声も上がっているようです。2016年度の都の予算では、歳入に占める都税収入が地方全体より30ポイント近く高い74.3%です。そのうち法人2税の割合は34.8%と高く、景気変動に左右されやすい税収構造となっています。リーマンショックの後、1年間で1兆円の減収になった時もありました。

消費税引き上げを再延期し、子育てや社会保障の充実に充てる国の財源が見当たらず、地方に負担が転嫁される恐れも高くなっています。地方交付税の不交付団体の都は、社会保障充実分の財源負担をそのまま強いられることになります。高齢化の進展などにより、都の福祉予算が毎年300億円ずつ増えていく中で、消費税引き上げ再延期による財源負担が重なることに都の担当者は危機感を募らせています。

そのような中、有力候補それぞれ都財政に対する危機意識が薄く、都職員側との認識の隔たりが目立っています。皮肉にも増田候補は総務相時代、東京の財源を吸い上げて地方に配分する地方法人特別税を打ち出していました。小池候補の政策では「待機児童対策推進、規制見直し」と「介護士、保育士の待遇改善」が並べられています。保育や介護現場の実情を正確に把握しているのであれば、単純に並べることの難しさに思いを巡らせられるようになるものと思っています。

このように記していくと、いろいろ注文したいことが浮かんできます。候補者それぞれから東京の自治の特殊性に対する認識をはじめ、掲げた政策の具体的な中味を知るためには時間や提供されている情報が決定的に不足しているように感じています。それでも知り得た情報をもとに都民一人ひとりが最適な選択をしていかなければなりません。その際の判断材料として、候補者の見識、政策、資質はもちろん、選挙結果が国政全体に与えていく影響を重視したいという考え方もあろうかと思います。

最後に、不特定多数の方々が閲覧できるブログですが、私どもの組合員の皆さんを意識した記事内容の発信にも努めています。そのため、今回の都知事選に向けた組合の考え方も付け加えさせていただきます。連合東京は「各候補の政策や主張を検証する時間がなかった」とし、自主投票としました。自治労都本部は鳥越候補と「自治体で働く非正規職員の待遇改善」「職員団体との良好な労使関係を築き、積極的な意思疎通を図る」など7点を確認し、政策協定を結び、産別としての推薦を決めました。

この自治労都本部の決定を受け、私どもの組合の執行委員会で取扱いを議論しました。政策本位の選挙戦に至っていないという意見がある一方、鳥越候補の勝利は欠かせないという主張も示されました。結論として自治労都本部が政策協定を結んだ上、鳥越候補を推薦している事実関係を組合ニュースで周知していくことを決めました。期日前投票が多くなっている中、組合ニュースの臨時発行も検討しましたが、予定通りの日程での周知となることをご理解ご容赦ください。

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2016年7月16日 (土)

参院選が終わり、次は都知事選

このブログの新規記事を投稿するため、パソコンに向かった際、記事タイトルを決めてから書き進めるほうが少ないようです。仮のタイトルを付け、書き進めている途中で正式なタイトルに改める場合や、書き終わった後に迷いながら決める場合のほうが多くなっています。今回、書き記したい内容が雑然と頭の中に広がっています。一つのタイトルに括るのは難しそうな広がり方でした。

そのため、最初から「参院選が終わり、次は都知事選」という漠然としたタイトルを付け、今、思うことを気ままに書き進めていくつもりです。もともとブログのサブタイトルに「雑談放談」を付けているため、今回に限った話ではありませんがご容赦ください。と言う訳で、まず少し前の記事「サミット、広島、そして沖縄」のコメント欄で「機会を見て詳しく補足できれば」とお伝えしていた点について取り上げさせていただきます。

その記事「サミット、広島、そして沖縄」に対し、bareさんから「米軍人ではなく米軍属が起こした個人的犯罪でも、米軍の所為だとして批判することは当然という思想ですか 驚きました 基地反対運動は結構ですが、私は事件と基地を結び付けるような人種差別に繋がりかねない思想には絶対に反対します」というコメントが寄せられました。bareさんのような見方があることも受けとめた上、沖縄の歴史や現状を軽視せず、今回の事件に対応していく必要性があることを記事本文で綴っていました。

そのような問題意識や見方に対する評価も個々人で差異があるものと思っています。ただbareさんのコメントの中では「人種差別に繋がりかねない思想」という批判までされていたため、「私の思いすごしや勘違いでしたら謝らなければなりませんが、これまでも記事本文をよく読んでいただけていないようなコメントが多いように感じています。しっかり読まれた上での批判や指摘だった場合、たいへん失礼な言葉であり、深くお詫び申し上げます」という言葉も書き添えていました。

私自身の表現力の問題もあるのかも知れませんが、しっかりお読みいただければ「人種差別」という批判には繋がらないものと考え、たいへん失礼ながら余計な一言を添えてしまいました。これまでもbareさんのコメントで、いくつか気になった時がありました。自衛隊創設前、朝鮮戦争の際に海上保安庁の日本特別掃海隊が機雷除去に携わりました。このような歴史を踏まえながらも、憲法9条という歯止めが自衛隊を最前線に立たせていない「特別さ」や効用があることを私自身は提起しているつもりです。

それに対し、bareさんは「日本特別掃海隊は朝鮮戦争に直接参加した事例です」と指摘し、憲法9条を神聖化したいがために日本特別掃海隊に言及しながらもあくまで直接参加していないとするのは、やはり歴史に対する冒涜です、という批判に繋げていました。日本特別掃海隊が朝鮮戦争に後方支援として参加していることを認めた上で、憲法9条の役割について記しているのにも関わらず、「歴史に対する冒涜」とまで批判されてしまうことに違和感がありました。

他にも「報道の自由度、日本は72位」の中で取り上げた「言論の自由に対する重大な挑戦であり、民主主義の否定です」というbareさんからの批判も、しっかりお読みいただければ…、という思いが残った一例でした。そもそも私自身、数多くのブログ等をブックマークし、定期的に訪問しています。しかし、記事本文の内容を必ず熟読している訳ではありません。サラッと目を通し、何が書いてあるのか分かったつもりになっていることも珍しくありません。

誤解を受けないためにも念のため、このブログにコメント投稿する際、記事本文を熟読くださるよう要請するものではありません。記事本文とは無関係な内容の投稿をはじめ、個々の意見表明や知り得た情報提供の場として活用いただくことも歓迎しています。もちろん直接的な批判コメントはその意図や趣旨を斟酌し、自分自身の考えが正しいのかどうか思いを巡らす機会に繋げています。ただbareさんのコメントの場合、なぜ、そのような見方になってしまうのか驚く時が多かったため、たいへん恐縮ながら前述したような一言を添えてしまっていました。

実はbareさんに限らず、私自身の提起している問題意識や論点が適切に伝えられないまま、不本意な批判を受けてしまう時は頻繁にあります。以前、「議論の3要素」や「願望」という調味料の話を取り上げたことがあります。事実(データや根拠)があって、人それぞれの推論があり、人それぞれの主張に繋がります。事実の一例として、このブログの記述内容があります。ブログの管理人は自治労に所属する組合の委員長です。自治労はいわゆる左に位置する団体だと見られがちです。ここまでは事実であり、理解のされ方に差異はあまり生じないはずです。しかし、推論の仕方は人それぞれ枝分かれしていきます。

自治労のような運動を進める団体に嫌悪感を持たれている方にとって、このブログに綴られている内容はハナから批判の対象になりがちで「憲法9条を神聖化したいのだろう」という推論が働き、「歴史に対する冒涜」という主張に繋がってしまうのかも知れません。このような記述も私自身の推論から導き出しているため、絶対正しいと主張するつもりは毛頭ありません。さらに自分の立ち位置に好都合な解釈を付与させがちになることを「願望」という調味料と表現しています。要するに人それぞれの主張に隔たりが生じる原因は推論の相違だと言えます。

先週日曜に投開票された参院選挙は与党側の圧勝という見方が大勢を占めています。一方で、3年前の獲得議席と比べれば、野党側の一人区での健闘、民進党の巻き返しという見方も成り立ちます。事実は基本的に一つですが、個々人の推論や願望が加わることで導き出す主張や見方も変化していくようです。以前の記事「改めて言葉の重さ」の中で人によってドレスの色が変わるという話を紹介しました。その際、安倍首相に対する評価や見方も人によって本当に大きく変わることを記していました。

参院選挙の開票を伝える各局のテレビ番組に安倍首相が出演しました。LITERAの記事「改憲はもうイエスかノーかの段階じゃない」が詳述していますが、「自民党はそもそも憲法改正しようということをずっと言っている党でありますから、自民党はそういう人たちが集まっている党であります。ですから自民党で出ている以上、党の基本的な考え方、政権公約のなかにも入っていますから、当然、それを前提に票は入れていただいているんだと思います」と安倍首相は発言していました。

このような安倍首相の発言に対し、選挙戦で争点にしなかった点などについて疑問の声を投げかけたアナウンサーも少なくありません。それに対し、ネット上では「安倍総理に論破されてムッとするTBS竹内明アナ」などアナウンサーらを非難する声が上がる一方、次のような辛辣な見方も示されていました。精神科医の片田珠美さんは「安倍首相の歓喜にあふれ、高揚した顔を見て傲慢症候群が一層悪化するのではないかと危惧せずにはいられなかった」と話しています。

参院選挙の3日後、日本会議の田久保忠衛議長は日本外国特派員協会で会見し、安倍首相を「普通の国」実現に着手した、たった一人の政治家だと絶賛していました。このように事実は基本的に一つですが、導き出す評価や結論が人によって大きく分かれがちです。特に安倍首相の言動に対する評価は本当に人によって大きく分かれることを改めて実感する機会に繋がっていました。

冒頭に記したとおり今回の記事はまとまりがなく、思うことを気ままに書き進めています。記事タイトルのとおり参院選挙が終わり、すでに東京都知事選挙が木曜日に告示されています。この話題こそ、事実は一つでも見方や感想は人によって大きく分かれていくような気がしています。気ままに書き進めながらも、たいへん長い記事になっています。都知事選に対しても、いろいろ思うことが頭の中に広がっていますが、今回の記事はここで一区切り付けさせていただきます。

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2016年7月 9日 (土)

平和主義の効用

バングラデシュの首都ダッカで凄惨なテロ事件が起こり、日本人7名の方が犠牲になりました。バングラデシュに貢献するために赴いていた日本人犠牲者7名の方々の無念さを思うと本当に心が痛みます。そして、いかなる理由を強弁しようとも武力で人命を奪う卑劣なテロは許されず、あらゆる場所でテロがなくなることを強く願っています。

前回の記事が「憲法の話、インデックス」だった訳ですが、その翌週にも再び憲法の話を取り上げることにしました。実は前回記事の中でバングラデシュのテロ事件について触れようかどうか迷いました。やはり不本意な誤解を招く心配があり、前回の記事を通してテロ事件に触れることは望ましくないものと判断しました。その後、下記のようなニュースの記事をネット上で目にしたため、まず当該サイトの全文を紹介させていただきます。

バングラデシュ襲撃事件の現場となったレストランで、ある日本人男性は武装組織メンバーに向かってこう叫んだという。「I'm Japanese. Don't Shoot.(私は日本人です、撃たないで)」――。複数の大手紙が目撃談を報じている。事件をめぐっては、過激派組織IS(イスラム国)が犯行声明を出 した。ISが標的としているのは、ISと敵対する「十字軍連合」と呼ぶ国々であり、日本もその1つに数えられている。ISによる犯行と確定したわけではないが、日本人7人の命が奪われたことで、改めてその事実を想起した人もいたようだ。

事件は2016年7月1日夜(日本時間2日未明)、首都ダッカにあるレストランで発生した。武装組織が店内に侵入し、日本人8人を含む30余人を人質に立てこもった。翌朝に治安部隊が突入し、日本人男性1人を含む13人が救出されたが、人質20人が命を落とした。うち、7人が日本人だった。現場の目撃談を報じた、読売新聞などの記事によれば、ある日本人男性は武装組織のメンバーに対し、自身が日本人であることを繰り返し英語で強調したという。「撃たないで」とも懇願したが、店内に連れ込まれたそうだ。

日本人では唯一、男性1人が救出されている。それが叫んでいた人物なのかどうかは現在(3日夕)のところ定かではない。ただ、仮に助かった人物だとしても、「日本人」だと主張しても人質の対象からは逃れられなかった形だ。ISが標的とする「十字軍」は、 アメリカやイギリスなど主にキリスト教中心の欧米諸国を指している。一方で、非キリスト教国である日本も十字軍の一員とみなされている。ISは2015年1月、湯川遥菜さんと後藤健二さんが捕えられた日本人人質事件の際に公開したビデオの中で「日本は十字軍に参加した」との表現を使っていた。

2015年2月には英字版機関誌「ダビク」の中で、日本のアフガニスタン支援に言及。 「キリスト教という異教徒でもなく、『平和主義』憲法があり、非常にアフガニスタンから離れているにも関わらず、日本は十字軍に参加した」と非難した。また、安倍晋三首相の中東支援について触れて「すべての日本人が標的」とも主張した。

つい最近も、日本人が標的にされたとして注目を集める出来事があった。16年6月、ISを名乗る組織が世界各国4000人以上の個人情報を書いた名簿をネット上で公開し、名前の書かれた人々を直ちに殺害するよう支持者に呼びかけた。報道によれば、その中には約70人分の日本人の情報が含まれていた。名簿には間違いも多く、信憑性に欠けるものではあったそうだが、それでも「日本人は例外」――ではない、という事がうかがえる。

今回、「日本人です」と口にした男性が、どんな効果を期待して主張したのかは分からないが、もし「非キリスト教国で平和憲法を持つ国だから」という意味だったとすれば、それはもはや通用しない、ということなのかもしれない。バングラデシュは親日的な国と して知られており、そうした関係性を念頭に置いていた可能性もある。日本のネットユーザーの間でも反響が広がっており、「今後は海外では日本人を強調しない方が良いかも」「『私は日本人だ』は『私は異教徒だ』と同義」との声が上がっている。

元外交官で評論家の孫崎享さんは7月2日深夜のツイッターで、「残念ながら日本人なら無害は過去の話」と指摘。ISが後藤さんを殺害した際に、安倍首相に対して「おまえの無謀な決断でこのナイフは(後藤)ケンジを殺すだけでなく、おまえの国民を場所を問わずに殺戮する」と警告した話を挙げた。一方、ISの警告と安倍首相の外交対応を関連付けて安倍政権を批判することに対しては、「(過激派の)思うつぼだ」との逆批判も以前からある。

菅義偉官房長官は7月3日午前の記者会見で、死亡した日本人男女7人について、男性4人は80代、60代、50代、40代、30代、女性2人は40代と20代と明かした。今後の対応について、「バングラデシュについては一層の注意を改めて呼びかける」 「全在外公館に邦人の安全確保に万全を期すよう指示した」と述べた。また、日本時間3日夕になって、AFPはバングラデシュの内相が、犯行は国内の過激派 組織のメンバーで、ISの信奉者ではない、との見方を示したと報じた。【J-CASTニュース2016年7月3日

誤解を受けないよう強調しますが、強く非難すべき対象はテロの実行犯や首謀者たちです。昨年2月に投稿した「人質テロ事件から思うこと」の中でも記したことですが、テロ事件に便乗し、安倍政権を攻撃するような手法や発想は慎むべき点だと考えています。そのような国内的な混乱を生じさせることもテロの目的であり、テロの暴力に屈したことになるという見方もその通りだろうと思っています。

ただ事実は事実として的確に把握し、多様で多面的な情報や視点に触れていくことによって、より望ましい判断や評価に繋げていけるものと考えています。テロ事件で銃声が響く中、「アイム・ジャパニーズ、ドント・シュート(私は日本人です、撃たないで)」と懇願する男性の声が聞こえ、その懇願は武装組織のメンバーに受け入れられなかったことは事実です。ISから日本も「十字軍の一員」と見なされ、テロの標的にされていることも事実です。

昨年1月、安倍首相がエジプトでの演説の中で「イスラム国と戦う周辺諸国に2億ドルの支援」という言葉を発したため、「キリスト教という異教徒でもなく、『平和主義』憲法があり、非常にアフガニスタンから離れているにも関わらず、日本は十字軍に参加した」と非難されたことは事実です。しかし、その安倍首相の発言がなければ、ISから日本は敵視されることがなかったのかどうかは分かりません。

「憲法9条のおかげで日本は平和だ」「9条を守れば戦争は起きない」という言い方をよく耳にします。護憲派を揶揄する際、そのような言い方がされがちですが、短絡的な表現だと思っています。中には本気で「9条を守れば戦争は起きない」と考えている方がいるのかも知れません。しかし、憲法9条を大切にすべきと主張している方の大多数は個別的自衛権の必要性を認めた上での論理を組み立てているはずです。

憲法9条があったため、ベトナム戦争やイラク戦争などの際、直接戦闘に参加しない国であり続けたことは事実です。9条を守れば戦争が起きないのではなく、専守防衛という平和主義を守ることで、海外での戦争に関わる可能性の低い国であり続けられたことが事実だと言えます。事実関係が曲解されて認識されていた場合、かみ合った議論に至らないため、「憲法9条のおかげで日本は平和だ」などという言い方は誤解を生む表現だと思っています。

これまで当ブログで「改めて安保関連法に対する問題意識」や「セトモノとセトモノ、そして、D案」をはじめ、数多くの記事を通して平和の築き方安全保障のあり方について自分なりの「答え」を綴ってきました。私自身、憲法9条さえ守れば平和が維持できるとは思っていません。重視すべきは専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義であり、その平和主義の効用こそ大切にすべきものと考えています。

今回、平和主義の効用について掘り下げてみます。そもそも国際社会の中で戦争は原則禁止されています。そのため、自衛隊を国際的なスタンダードとなる組織や役割を担う国防軍に改編すべきという自民党の憲法草案からすれば、参院選挙における自民党の政権公約(マニフェスト)の「平和主義は継承しつつ、自衛権の発動を妨げないこと、国防軍を保持することを明記」の平和主義という言葉は誤解を与えがちです。

自民党は自衛隊を国防軍という軍隊に改編し、フルスペックの集団的自衛権の行使をめざしています。つまり国際社会で許された戦争を普通に行使できる国になることを謳った政権公約です、したがって、国際社会の中で「特別さ」をアピールできた日本国憲法の平和主義の旗を下ろす意味合いの説明も必要な気がしています。いずれにしても自民党のめざす改憲が実現した場合、日本は国際標準の平和主義の国にとどまるため、日本国憲法を「平和憲法」とは呼べなくなるはずです。

これまで平和主義の効用の話を取り上げた際、アフガニスタンのDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)で活躍された伊勢崎賢治さんの言葉を紹介しています。平和国家である日本のイメージは良く、「軍事的下心がない」と認識され、「憲法9条によるイメージブランディングが失われたら日本の国益の損失だ」と伊勢崎さんは語られています。今回、伊勢崎さんの著書『戦場からの集団的自衛権入門』の内容が掲げられたサイトの中から平和主義の効用に関わる箇所を抜粋して紹介させていただきます。

「日本に言われちゃ、しょうがない」 あの時、軍閥やその配下の司令官たちは、我々が武装解除に向かった先々で、例外なくこう言い、武装解除に従いました。また、武装解除が終わった後、ノルウェーにも、ドイツにも、「あの武装解除は、地上部隊を出していない日本にしかできない役割だった。アフガンに地上部隊を出していた我々にはできない仕事だった」と言われました。

私たちの活動とは別に、イラクでは、日本の自衛隊が(基地にロケット弾が着弾しながらも)銃撃戦を一度も経験せずに任務を完了しました。なぜこれが可能だったかと言えば、地元のイスラム指導者が、「自衛隊を攻撃することは反イスラム」であるというおふれを出したからです。日本は、イスラム圏において、それほどまでに良いイメージを持たれていたのです。

ぜか?そのルーツの一つは、日露戦争にあるようです。私もよくアフガンの軍閥に言われたものです。「ジャパンはスゲーよな。俺らも勝ったけど」と。また、アメリカにヒドイ目に合わされた経験があるイスラムの民は、日本に「勇猛な被害者」という印象も持つようです。日本は経済大国でありながら、彼らの痛みが分かる唯一の国だと、彼らは考えているようです。

上記の話は伊勢崎さんが体験し、見聞きしてきた事実です。伊勢崎さんは「このイメージがリセットされてしまったら? もしも、これと同じものをゼロから構築するとしたらどれだけのコストがかかるか? 一度、広告業界に試算してもらえばいいと思うのです。日本の〝国防〞への影響が出ることによるコストも含めて」と語っています。さらに平和国家というブランドイメージを活かした国際貢献の具体例として、伊勢崎さんはノルウェーの取り組みを紹介しています。

ノルウェーはロシアと国境を接し、大戦後、冷戦下で不安な時間を過ごしました。そして大国の紛争に飲み込まれないための国防の力になっているのがノルウェーの「平和外交」です。交渉や介入の腕を磨き、他国の和解に役立つことで、「ノルウェーを敵に回したら、世界を敵に回す」という認識を浸透させているのです。また、ノルウェーは移民が多く集まる国なので、国全体で異文化を受け入れる民力も培われています。例えば、アフガン難民が国際問題化した時には、一つの地方自治体が、率先して町ぐるみで難民を受け入れたぐらいです。

ノーベル平和賞の委員会が設置されていることから、平和はノルウェーのブランドです。そのため、アフガニスタンでアメリカが依存したのは、ノルウェーが発揮する、タリバンやその他の敵対勢力との和平交渉力でした。彼らの国際的なブランディング戦術の一つには、「セーフプレイスの提供」も含まれています。それは、敵対勢力をノルウェーに呼び、攻撃されることのない安全な場所を会議の場として提供することです。1993年、ノルウェーの首都、オスロで行われたイスラエルとパレスチナの会議(オスロ合意)も、その一例です。そうしてノルウェーは、平和の旗手としての立場を確固たるものにしてきたのです。

確かに憲法9条があるからと言って、国際社会の中で戦火が消える訳ではありません。しかし、武力によって憎しみの連鎖は絶ち切れず、集団的自衛権がテロの抑止に繋がらないことも明らかです。それでも平和国家というブランドイメージは、これまで日本人の安全面に寄与し、日本ならではの国際貢献の選択肢を広げていました。このような効用を改めて評価し、日本国憲法の際立った平和主義や「特別さ」を変える必要があるのかどうか、私たち一人ひとりが真剣に考えるべき岐路に差しかかっています。

残念ながら都知事選の候補者選びのほうをメディアは大きく取り上げ、参院選挙に対する注目が高まっていないように感じています。特に最近の選挙戦は事前の予想によるバンドワゴン効果が顕著で、アンダードッグ効果は働かないようになっています。とは言え、争点は数多くあるはずであり、ぜひ、一人でも多くの方が投票所に足を運ばれることを自治体職員の立場からもお願いさせていただきます。初めて18歳から投票できる歴史的な国政選挙であり、少しでも投票率が高くなることを望んでいます。

「平和主義の効用」という記事の最後に、ブックマークしている元外交官の天木直人さんのブログ「外交の根本転換を迫るダッカテロ事件とそれに気づかない日本」の中で目に留まった文章を紹介します。7月5日の東京新聞「こちら特報部」のデスクメモで、田原牧記者が書いた一文です。「リアルに考える。イスラム過激派は根絶できない。政府が米国やイスラエルと距離を置いても日本が狙われない保証はない。だが、余計な恨みを買わずに済む分、狙われる可能性は減る。政治の最優先課題は国民の生命保護であり、結果が全てだ。虚構の抑止力に頼るべきではない」

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2016年7月 3日 (日)

憲法の話、インデックス

カテゴリー別に検索できる機能を使いこなせず、これまで「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めています。その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめています。

これまで投稿したインデックス記事は「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」「春闘の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅡ」「組合役員の改選期、インデックス」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックスⅡ」となっています。 

今回、「憲法の話、インデックス」とし、関連したバックナンバーを探していきました。記事本文中に憲法の平和主義について触れた記事は数多くあるため、記事タイトルに「憲法」と表記したもの、もしくは憲法そのものを記事の題材にしたバックナンバーに絞って選んでみました。そのような目安のもとに絞り込みながらも下記のとおり思っていた以上に多くの記事を並べることができました。加えて、ここ数年で憲法に絡む記事は急増していました。

ここ数年で急増した理由は安倍首相が再び政権の座に戻り、改憲という動きが現実味を帯び、いろいろな意味で憲法が注目を集めているからでした。上記インデックスの一つとして紹介した今年3月の記事「安倍首相の改憲発言」のとおり国会では特に憲法9条を巡り、与野党間で激しいやり取りが交わされていました。それにもかかわらず、7月10日に投開票される参院選挙において憲法の話は大きな争点とされていません。

毎日新聞は22、23両日、第24回参院選の特別世論調査を行い、取材情報を加味して序盤情勢を探った。憲法改正に前向きな自民、公明両党など4党が、非改選も含めて改憲発議に必要な3分の2(162議席)に達する78議席の獲得をうかがう。自民党の獲得議席は58以上になりそうで、非改選の65議席と合わせると27年ぶりの参院単独過半数となる勢いだ。公明党も議席上積みが見込まれ、安倍晋三首相が掲げる自公で改選過半数(61議席)の「勝敗ライン」に達するのは確実だ。民進党は伸び悩み、改選46議席が半減する可能性もある。【毎日新聞2016年6月24日

公示された直後の調査ですが、このような情勢の見方に今のところ大きな変化はないようです。選挙は民主主義の根幹となる仕組みであり、示された選挙結果は私たちの未来に大きな影響を及ぼしていくことに思いをはせなければなりません。上記の報道のとおりの結果に至るようであれば、安倍首相が「この道しかない、この道を前へ」と訴えている経済政策や安全保障政策は追認されたことになります。

それはそれで国民の選択と判断であり、間違っていると思って一票を投じた方々も厳粛な選挙結果として受けとめていかなければなりません。しかし、安倍首相の宿願であるはずの改憲の問題の扱いが小さく、あえて争点化を避けているような与党側の姿勢が非常に気になっています。争点化を避けることが得策だと考え、上記の報道のとおり改憲勢力が3分の2を占めれば真っ先に国会で改憲発議するようなシナリオを目論んでいるとしたら不誠実な姿勢だと言わざるを得ません。

昨夜7時のNHKニュースで、憲法記念日を前にしての世論調査の結果を発表していた。そこでちょっと意外なほど強く出ていたのが、憲法とくにその9条を「変える必要はない」とする意見が増えている傾向だった。過去5回同じ調査をしているとのことだが、憲法改正は「必要ない」とする回答が、今までの最多になっている。さらに、変える必要はないと考える理由として、「憲法9条を守りたい」が70%を占めていた。今の時点でこのような結果が出てきた理由としては、安倍内閣による「改憲ムード」への警戒感が働いたとしか考えられない。上の表をよく見ると、以前には憲法を変える必要があると考える人の方がずっと多かったのだ。それが、安倍政権になってから「変える必要がある」が目に見えて減って、ついに今回で逆転したことがわかる。これは私にとっても、やや意外な事実だった。【志村建世のブログ2016年5月3日抜粋

NHK以外にも同様な世論調査の結果が示されているようです。この事実について当ブログでも紹介しようと考え、ネット上を調べていたところNHKのテレビディレクターだった志村建世さんの上記のブログ記事を見つけました。リンク先には分かりやすいグラフの画像もあり、このような事実を知った時の印象が志村さんと同じだったため、志村さんのブログ記事の内容の一部をそのまま紹介させていただきました。

このような世論調査の結果を踏まえ、ますます改憲の問題を参院選挙の争点から遠ざけようとしているとは考えたくありませんが、最も大きな関心を寄せなければならない憲法の問題が国政選挙の重要な争点に至っていないことを憂慮しています。国会での改憲発議の後、国民投票という直接的な是非を問う場面があることも承知しています。それでも初めて改憲という重要な局面を迎えるかどうかについては、与野党問わず各政党が真正面から参院選挙での争点にすべきものと思っていました。

そもそも憲法の改正を議論する際には順番があり、どのような必要があって、どのような政治勢力が何をしたいのか、国内的・国際条件のもとで、どこをどう変えたいのか、それによって賛成反対も分かれる、  これが憲法問題の本来あるべき議論の仕方だと言われています。改正に反対か、賛成かという単純な問題ではなく、どのように憲法を改める必要性があるのかどうか、多面的な情報のもとに慎重かつ丁寧な国民全体での議論が欠かせないものと考えています。

例えば憲法9条を改める必要があると考えている方々の中にも、大きく2通りに分けられるのではないでしょうか。自衛隊の位置付けを明確化し、基本的に現状を追認するような条文の整備が必要だと考えている方、その一方で国際的なスタンダードとなる組織や役割を担う自衛隊に改編すべきと考えている方も多いようです。後者の考え方であれば専守防衛という国際社会の中で「特別さ」をアピールできた日本国憲法の平和主義の旗を下ろすという極めて重大な選択肢だと言えます。

自民党の政権公約(マニフェスト)の最後に「憲法改正」の項目があり、次のように記されています。「自民党は新しい憲法草案を提示しています。①国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つの原理は継承②わが国は、日本国の元首であり、日本国および日本国民統合の象徴である天皇陛下を戴く国家であることを規定③国旗は日章旗、国歌は君が代とする④平和主義は継承しつつ、自衛権の発動を妨げないこと、国防軍を保持することを明記⑤家族の尊重、環境保全の責務、犯罪被害者への配慮を新設⑥武力攻撃や大規模自然災害に対応した緊急事態条項を新設⑦憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和」

上記のインデックスに掲げた「改憲の動きに一言二言」などの記事を通し、憲法は国民を縛るものではなく、国家権力を管理するための最高法規であるのにも関わらず、自民党の憲法草案は「権力にやさしい憲法」に繋がる箇所が随所に目立っている点を指摘してきています。最近、ある動画を目にしました。4年前のものですが、安倍首相や稲田政調会長ら自民党の政治家が多数出席した創世日本東京研修会の録画でした。長勢元法務相の「国民主権、基本的人権、平和主義をなくさなければ、本当の自主憲法ではないんですよ」など自民党議員の本音の数々が垣間見れる動画でした。

今回、インデックス記事だった訳ですが、時節柄、いろいろ思うことを書き足してきました。それでもネット上から容易に検索できる事実関係の紹介を中心にしているつもりであり、それぞれの事実や記述に対し、閲覧された皆さん一人ひとりの受けとめ方は枝分かれしていくものと思っています。いずれにしても憲法を改めるのかどうかは私たち国民にとって非常に重要な問題であり、必ず投票所に足を運ばれ、参院選挙の一票、比例区を合わせると二票の投票先を決めるための判断材料にすべきものと考えています。

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