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2016年6月18日 (土)

舛添都知事を反面教師に

投票できる年齢が18歳に引き下げられる参院選挙の公示日は6月22日です。公示日以降が選挙期間となり、公職選挙法で事前運動は禁止されています。前回の記事「江崎孝さんを再び国会へ」のコメント欄で、でりしゃすぱんださんから「事前活動で指摘を受けないか、ちと心配です」「七つ道具を渡されたあと、このブログでどうとうと、されたほうがよろしいかと。老婆心ながら」というアドバイスをお寄せいただきました。

このブログを始めた頃に「選挙運動とインターネット」という記事があり、3年前には「インターネット選挙解禁」という記事を投稿していました。確かにインターネットを通し、選挙運動ができるようになっているため、事前運動という誤解を招かないような峻別は必要です。ただ一方で私自身、選挙運動に対しては一定の制約があります。このあたりは以前の記事「再び、地公法第36条と政治活動」に記していました。

一定の制約があることを重く受けとめ、これまで選挙期間中に特定の候補者の名前は掲げないように心がけています。「選挙運動とインターネット」という記事の中で触れているとおり公示日前は選挙運動ではなく、あくまでも日常的な政治活動に位置付けられます。国会が閉じた後、安倍首相をはじめ、知名度の高い政治家は立候補予定者の応援のために各地に出向いています。

街頭で演説を行なっている模様をメディアが伝えていますが、参院選挙に向けた直接的な応援演説だった場合、事前運動にあたってしまいます。政治家の皆さんはそのような線引きをわきまえているはずであり、あくまでも日常的な政治活動の一環として立候補予定者の功績や人柄をほめたたえる演説に繋げているのではないでしょうか。このブログでもそのような線引きをわきまえ、選挙期間中かどうかを強く意識してきています。

都合の良い線引きであり、実質的な選挙運動ではないかと違和感を持たれる方も多いのかも知れません。それでも現行の法解釈では合法とされた線引きであり、その一線を越えないように誰もが注意しています。前回の記事にも記したとおり今後、法改正や裁判で新たな判断が示され、これまで合法だと言われていた解釈が変わってしまった場合、当然、新たな線引きのもとに活動を見直していくことになります。

いまさらですがさんからのコメントを受け、誤解されないように改めて強調したいことがあります。これまでのブログ記事の中で「合法なら、何をやってもいい」という趣旨の記述は一切ないはずであり、そのような考えは私自身、微塵もありません。法的に「できること」を大前提に組織的な議論を経た適切な活動に向き合っている、このような記述から「合法なら、何をやってもいい」という見方を導き出されているとしたら非常に不本意なことであり、真意の伝わらなさに悩ましさが倍加しています。

不適切かどうかの問題に対しても一言触れさせていただきます。私自身が適切だと確信している事例でも、人によっては不適切だと思われる場合があることを認識しています。しかし、公務員組合の政治活動はすべて不適切だと決め付け、さらに別な組合の事例を引き合いに出し、「適切かどうかの評価は人それぞれ」ですって!?ふざけないでほしい、と怒られてしまいましたが、正直なところ違和感があります。

「不適切かどうかは個々人の評価に関わる問題であり、外部からの声にも率直に耳を傾けた上、当該組織の活動方針を転換すべきかどうかは構成員の議論と意思によって判断していくものとなります」という記述が、そのような批判に繋がったものと理解しています。なぜ、裏返しにして見ていただけないのか残念でなりません。公務員組合の政治活動は適切で、必要なことだと考えている方々からすれば、いまさらですがさんの意見は逆に批判を受ける関係性になります。

念のため、繰り返し述べていることですが、いまさらですがさんのように公務員組合の政治活動を批判的に見ている方々が多いことを知り得る場はたいへん貴重な機会だと考えています。この考え方は「外部からの声にも率直に耳を傾けた上」という記述に繋がっています。公務員組合の政治活動が四面楚歌となり、圧倒多数の方々から不適切だと批判を受けるようであれば致命的な問題があることを認め、法改正云々の前に自ら改めていく姿勢が欠かせないはずです。

現時点までは当ブログのコメント欄を通しても四面楚歌ではなく、ベンガルさんのような「欧米諸国を見てみると、労働組合が政治闘争を取り組むのは当然であり、公務員も同様のようです」という声を伺うことができています。実生活の場面も同様であるため、ぜひ、いまさらですがさんの「答え」が絶対正しいということではないことをご理解願えれば幸いです。もちろん一見して不適切な事例もあろうかと思いますが、あくまでも総論としての論点を問うていることも付け加えさせていただきます。

当初、今回の記事では舛添都知事の辞任から参院選挙に関わる話を書き進めていく予定でした。前回記事に寄せられたコメントに対応した内容から書き始めたところ、ここまでで充分長い記事になっています。そのため、予定を変更し、訴えたい論点を絞り込み、途中から記事タイトルを「舛添都知事を反面教師に」としていました。いずれにしても今回の記事内容から異論や批判の声に対し、謙虚に耳を傾けない、そのような誤解を受けないかどうか心配しています。

主張すべきことは主張していくこともモットーとしていますので、いまさらですがさんに対して失礼な物言いになってしまったかも知れません。私自身、誹謗中傷は論外ですが、異論や批判意見を伺えることを本当に貴重な機会だと考えています。感度の良いアンテナを立てることで不適切かどうかなどの問題を早めにキャッチし、改める必要がある点は批判の嵐にさらされる前に自浄能力を発揮していけることが求められています。

たいへん恐縮ながら公務員組合の政治活動に関しては、いまさらですがさんとの評価は分かれていますが、これからも率直で辛口な批判を歓迎している立場であることは強調させていただきます。最後に、舛添都知事の不適切さを反面教師にできるような報道内容を紹介します。「違法ではないが不適切」という事例に対し、四方からの声に耳を傾け、不適切かどうかの判断基準が世間の一般常識から乖離しないように充分注意していかなければなりません。

「別荘の公用車。片道だったでしょう。あれが職員としての、せめてもの抵抗です」 東京都の舛添要一知事を支え続けてきた都幹部は、公用車での別荘通いについて、再三にわたり、舛添氏に“注進”してきた実態を吐露する。「都民に誤解を与えるような使い方はまずい、と。ただ、『自分の車を使って何が悪い』と聞き入れなかった」 舛添氏は4月22日までの1年間に計49回、神奈川県湯河原町の別荘まで公用車で移動し、「公私混同」と批判を集めた。

金曜の午後2、3時台に都庁を出発するケースが多く、週末は別荘で過ごす。都のルール的には公務後の「帰宅」扱いで、舛添氏は「(別荘からの)帰り道は事務所の車を使っている」などと弁明。「ルール通りで問題ない」と主張した。都幹部は「舛添氏は人事権も握っている。それ以上は、強く言えなかった」と悔やみ、「あと1年も発覚しなければ、往復になっていたでしょうね」と語った。こうした実態は、舛添氏が4月28日の会見で語った「(幹部からやめるよう助言を受けたことは)ありません」との説明と食い違う。

「暴走する地方自治」などの著書がある新潟大の田村秀教授(行政学)は「部下とコミュニケーションできないリーダーは失格だ」という。都知事が任命権を持つ知事部局の職員は2万4192人。自らの政策を実現する“手足”に使えるほか、都ではブレーン(頭脳)となる副知事は4人、対外交渉などを代行する特別秘書は2人まで置ける。だが、舛添氏は、外部人材を登用した石原慎太郎元知事や猪瀬直樹前知事らと違い、ファミリー企業の元社員ら事務所関係者2人を特別秘書に任命。「自分の意見に反論しない『イエスマン』で周囲を固め、裸の王様になってしまった」(都幹部)

都知事の権力は絶大だ。1350万都民や企業が生み出す「都内総生産」は約93兆1千億円(平成25年度)で、オランダ(約83兆3千億円)の国内総生産より多い。予算規模はノルウェーやインドネシアの国家予算に匹敵する約13兆6500億円(28年度)。「都知事は『東京国』の大統領といっても過言ではない」と田村氏はいう。都知事は米大統領と同様、有権者の投票で選ばれる。政権与党の代表が就任する首相とは違い、「党内のしがらみもなく、資質によっては、『独裁』状態にもなりかねない」(田村氏)。“暴走”を止めるのは都議会の責務だが、今回は辞職に追い込み、疑惑の解明には至っていない。【産経新聞2016年6月17日

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コメント

ブログ主さま
大変恐縮ですが、ご教授ください。
私の回答を読んで下さっているはずです。
①私は自分の価値観の幅を広げる為に書いている
②匿名ですから、賛同を得るような書き方をしない
③論点がズレないように、具体的事例を出す

その上で、私はブログ主様のお立場を配慮すべく
自治労ではなく、別の組合の事例を出したのです。

なぜ、北海道高等学校教職員組合連合会の
著名活動に関する
ブログ主さまの評価を頂けないのですか?
これでは、でりしゃすぱんだ様nagi様ベンガル様の
ご意見を遮ってまで、私の主張を書いた意味がなくなってしまい、単にご迷惑をかけただけです。

>公務員組合の政治活動はすべて不適切だと決め付け、さらに別な組合の事例を引き合いに出し、「適切かどうかの評価は人それぞれ」ですって!?ふざけないでほしい、と怒られてしまいましたが、正直なところ違和感があります。

違うのです。
貴殿の評価を理解したいから、具体的な事例を出して
「組合の政治的活動がなぜ適切なのか」を
問うているのです。
教師が校門前で生徒に著名活動を薦める
「政治的行為」はどう適切なのかを聞いているのです。
「適切である」という価値観を、私は認識したいのです。
その価値感が、私には無いから。

なぜ「裏返し」に読まなくてはいけないのですか?
舛添都知事の事は具体的に評価できても
北海道高等学校教職員組合連合会の行為は
評価できないのですか?

ブログ主様以外の方でも構いません。
私は公務員組合に対する知識は殆どありません。
無理な議論をふっかているのかもしれません。
どなたか教えて頂けないでしょうか?

>「違法ではないが不適切」という事例に対し、四方からの声に耳を傾け、不適切かどうかの判断基準が世間の一般常識から乖離しないように充分注意していかなければなりません。

だからこそ「こういう事例は適切」で「こういう事例は適切でない」という議論が必要なのではないですか?
その共通認識を築くことがお互いの「信頼」に繋がると、
私は思っているのですが。

投稿: いまさらですが | 2016年6月19日 (日) 00時37分

いまさらですがさん、さっそくコメントありがとうございました。

ご自身の価値観の幅を広げるため、この場を利用くださることは歓迎しています。以前から述べていることですが、基本的に匿名同士の投稿であるため「誰が」書き込んでいるかは関係なく、そこに書かれた内容自体をそれぞれ評価しあう関係だろうと考えています。

ただ匿名だったとしても、最低限のマナーは守られるようにお願いしてきています。その一つに誹謗中傷は避けることなどです。いまさらですがさんの書き方は節度を持った内容だと受けとめ、「匿名ですから、賛同を得るような書き方をしない」という考え方も一定理解しています。それでも人間には感情がありますから、時々、不快に思う書き方があることも正直な気持ちです。

「論点がズレないように、具体的事例を出す」という考え方も一定理解できますが、場合によって論点が逆にズレていくことや読み手側に誤解を与えることもあります。今回、北海道高校教職員組合の校門前でのビラ配布の件がそのような例に当たっています。A社に不祥事があったことに対し、同じ自動車メーカーという理由からB社の社員が非難されているような感覚でした。

いまさらですがさんの提起されている趣旨を理解しましたので、改めて私自身の評価をお伝えします。私がその分会役員の一員だった場合、「校門前でのビラ配布はやめましょう」という発言を行なったものと考えています。ただ当該の分会側が「正当な組合活動の範囲内で計画したこと」と主張しているようですので現時点で「不適切だった」と断定しないようにします。あえて申し上げれば「不適切な行動だったと思われる」という言葉になります。このような立場であり、今回の記事本文の中で北海道高校教職員組合の件は具体的に触れないようにしていました。

断定しない物言いで申し訳ありませんが、物事一つ一つ、〇か×かだけで論じられないことの多さを私自身は実感しています。このように記すと北海道高校教職員組合の件も「少しは〇だと考えているのか」と誤解されないように注意しなければなりませんが…。舛添都知事の問題についても今回の記事で私なりの視点で掘り下げるつもりでした。記事本文に書いたとおり、そこまで行き着きませんでしたが、機会があれば改めて取り上げられればと考えています。

いまさらですがさんにとって、このようなレスも納得いただけないのかも知れませんが、久しぶりにコメント欄を通してじっくり私なりの考えを示させていただきました。さらに問いかけがあった場合は今夜、もう一度レスさせていただくつもりです。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年6月19日 (日) 07時07分

ブログ主様
ご回答ありがとうございます。
私は断定系の言葉を望んでいる訳ではありません。
私の文章の所々にも「私は思う」「私はそう考えている」という個人的な見解である旨を挟んでいるかと。
それは「自分の考えが正しい」を主張する為に
書いてはいないからです。
自分の正しさをコメント欄で
主張するメリットは私にとってはゼロなので。
同じ理由でブログ主様のご意見をすべて正しいとも
思っておりません。私は仮に断定系で書かれても
それを信じる事はあくまでも書いてある内容次第です。

その上で。
>A社に不祥事があったことに対し、同じ自動車メーカーという理由からB社の社員が非難されているような感覚でした。
そう、私はこの感覚がとても大事だと思うのです。
私の友人に車のディーラーがいます。
三菱やスズキの燃費不正計測問題を受け
当然お客さんから質問されるんです。
「お前の所は大丈夫なの?」と。
それに対し「何言ってんだ!あれは別のメーカーだろ!」
なんて怒ったら、お客さんの信用は台無しです。
友人は実燃費を計測してブログに乗せているユーザーの数値を紹介したり、自分の車の燃費計を実際に見てもらって、カタログ値と実燃費の差を含めて理解してもらっているそうです。具体的に。丁寧に。

そうなんです。不適切な事例が関係する組織に起きれば
なぜ自分たちは適切なのか、どこがどう適切なのかを必死に説明するんです。それがお客さんとの信頼関係を築く事に繋がるのだと私は理解しました。
仮に自分の会社にも不適切な事象が起り得るならば
「わが社も不適切な事例が起きないよう、こういう再発防止策を講じました」と必死に説明するでしょう。
そうしないと、客の信頼は得られないからです。
客に見放されては、会社が存続しないのです。
民間企業は。
政治的な見解においてもそう。
自民党が好きなお得意がいれば、自民党支持に賛同し
次の日に共産党支持のお得意にいけば
赤旗新聞を持っていく。
そうやって民間企業の人間は生きているんです。
勤務時間外でもそうです。
駅で見覚えのあるお得意に会えば、必死でダッシュ。
自分の顔を覚えてもらう為に声をかけ
一通りの会話を負えれば
「プライベートな時間に声をかけてしまいスミマセンでした!でも、とても楽しかったです!」と謝る。

勤務時間外だとか、選挙区以外の土地だとか
色々と理由をつけ、必死に自分の権利だけを主張しても
給料はきちんと貰える公務員は一体何?と思っている
民間企業の戦士たちが必ずいると、私は確信します。

投稿: いまさらですが | 2016年6月19日 (日) 22時52分

スミマセン、脱線しました^^;
何が言いたいのかといいますと

>現時点で「不適切だった」と断定しないようにします。あえて申し上げれば「不適切な行動だったと思われる」という言葉になります。

これでは、何の改善にもならないんじゃないんですか?
という事です。

投稿: いまさらですが | 2016年6月19日 (日) 23時12分

平和フォーラムのサイトを見ているとアメリカのある団体を
思い出す。団体の名称はウエストボロ・バプティスト教会と
言います。

投稿: nagi | 2016年6月20日 (月) 17時22分

いまさらですがさん、nagiさん、コメントありがとうございました。

いまさらですがさんの問題意識は分かりました。ただ私自身から、さらに説明を要する点も見受けられます。新規記事では対応できない予定ですが、機会を見て改めて補足させていただければと考えています。

とは言え、このようなレスの遅さや丁寧さが欠ける点について、また批判を受けてしまうのかも知れません。いろいろな経緯をたどり、コメント欄ではなく、たいへん恐縮ながら記事本文に集中するスタイルになっていました。

nagiさんに対しても同様ですが、このような現状について改めてご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU  | 2016年6月25日 (土) 08時21分

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