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2016年6月12日 (日)

江崎孝さんを再び国会へ

前回の記事「新しい判断で消費増税再延期」の冒頭で、このブログを通して意識的に組合の政治活動について数多く取り上げていることをお伝えしました。ただ地方公務員の立場を明らかにした者が政治的な話を積極的に取り上げることに対し、違和感や不信感を持たれる方が多いことを自覚しています。さらに誰もが閲覧できるブログにそのような話を掲げることについて、懸念される方も少なくないのも知れません。

もちろん不特定多数の方々が閲覧できるインターネット上であることを常に意識しています。それでも決してコソコソ隠すような内容は皆無だと考えているため、あえて政治的な話を取り上げ続けています。批判的に見られている方々に対して「暖簾に腕押し」のような関係性になって誠に恐縮ですが、逆にネット上に発信できないような組合活動だった場合、そのこと自体が問題です。即刻、その活動自体を改めていかなければなりません。

前回記事のコメント欄で、いまさらですがさんからは「公務員の加盟する労働組合は政治的な活動は一切慎むべき」「不適法な事例もあって、その上に不適切」という認識が示されていました。そのように見ている方々が多い、その事実は重く受けとめていかなければなりません。自治労組合員の中にも同様な見方をされている方々が多いのだろうという認識も持たなければならないはずです。このような問題意識を強めていたため、昨年10月の自治労都本部大会での発言に至っていました。

しかし、不適切かどうかは個々人の評価に関わる問題であり、外部からの声にも率直に耳を傾けた上、当該組織の活動方針を転換すべきかどうかは構成員の議論と意思によって判断していくものとなります。私自身、組合として関わるべき政治的な活動について、法的に「できること」を大前提に組織的な議論を経た適切な活動に向き合っているつもりです。その上で、組合執行部と組合員の皆さんとの問題意識を共有化していくための一つのツールとして、このブログを活用してきている経緯があります。

不適法かどうかは告訴もしくは告発された場合、最終的には裁判所が判断していくことになります。したがって、以前の記事「再び、地公法第36条と政治活動」に記しているとおり現状において違法性が問われるような組合活動は一切行なっていないつもりです。 私自身がそのように認識していても、今後、法改正や裁判で新たな判断が示され、これまで合法だと言われていた解釈が変わってしまった場合、当然、新たな解釈に沿って組合活動の範囲を見直していくことになります。

このような考え方のもとに参院選挙の直前、これまで「自治労の思い、あいはらくみこさんへ」「参院選は、えさきたかしさん」「参院選公示前、今、思うこと」という記事を投稿してきました。インターネット選挙解禁となっても、このブログでは選挙期間中は候補者の固有名詞を控えるなど一定の制約を課しています。今回の記事タイトルも「江崎孝さんを再び国会へ」だったため、公務員の政治活動を批判的に見られている方々の思いに対し、火に油を注ぐような印象を与えてしまったかも知れません。

ぜひ、ご理解願いたいのはそのような批判や異論があることをしっかり受けとめ、どのようにお答えすべきか悩んでいるという点です。しかし、直ちに受け入れられない異論だった場合、曖昧な答えではなく、私自身の考え方を詳述することのほうが望ましい関係性だと判断し、今回のような記事内容の投稿に至っています。とは言え、これからも閲覧されている皆さん一人ひとりからは様々な評価や批判を受けるのかも知れません。ぜひ、改めていろいろな「答え」を認め合った場としてご理解いただけるようよろしくお願いします。

前置きのような話が長くなっていますが、いまさらですがさんのコメントに答えることを今回の記事本文の主な内容と考えていました。そのため、決して前置きではない文章を綴っているつもりであり、もう一つ、江崎孝さんの話にたどり着く前に触れるべきことがあります。前々回記事「サミット、広島、そして沖縄」のコメント欄に「理想は理想として高く掲げた上、現実的な政策判断の積み重ねによって、その理想に現実をいかに近付けていけるかどうかという姿勢」は自分自身にも心がけようと考えている点です、このような言葉を残していました。

組合の政治活動に対する私自身の考え方が「ぶれない」「変わらない」という評価を当ブログのコメント欄でよく目にしてきました。ただ驚かれる方も多いのかも知れませんが、このブログを長く続けている間に政治的な活動のあり方の一部を改めてきた事例も少なくありません。基本的な方針や姿勢は変わりませんが、日常的な判断の積み重ねによって少しずつ以前に比べて変わったことをはじめ、あるいは他の組合に比べて独特だと見られるような対応が増えてきています。

最後に、これから紹介する文章は「江崎孝さんを再び国会へ」と見出しを付けた私どもの組合の機関誌に寄稿した記名原稿の内容です。これまで組合のニュースや機関誌という紙媒体にもブログの記事内容を頻繁に転用しています。その逆に紙媒体で扱った内容を後からブログ記事に掲げる時もありました。このことはネット上と実際の場面での主張を使い分けていない証しだと言えます。原稿の内容自体に様々な評価を受けるのかも知れませんが、私どもの組合員の皆さんとの関係性を表わした文章として参考までに全文をそのまま紹介させていただきます。

参院選挙は7月10日に投開票されます。組合は比例代表の候補者として自治労組織内の江崎孝さん(民進党・現職)を推薦しています。労働組合の最も重要な役割は組合員の雇用や生活を守ることです。労働条件の問題は使用者側と労使交渉を通して決めていきます。一方で、組合員の暮らしに大きな影響を及ぼす可能性があったとしても、社会的・政治的な課題は一組合の力だけでは到底関与できない領域となります。

そのため、選挙の取り組みは歴史的にも国際的にも多くの労働組合が関与してきた領域の一つです。ただ個々人の価値観が多様化している中、選挙方針を組合員の皆さんに押し付けるような進め方は慎まなければなりません。あくまでも取り組む意義や重要性を丁寧に訴えることで、ご理解ご協力を求めていくものだと考えています。そのような意味合いのもと今回の誌面でも参院選挙の取り組みについてお伝えする機会としています。

安倍首相を嫌いな方からお叱りを受けがちですが、私自身、安倍首相を全否定するような批判の仕方は避けるようにしています。安保関連法を巡る議論の際も「安倍首相は戦争をしたがっている」というような見方をせず、その法整備が本当に望ましいものなのかどうかという論点を重視してきました。その上で、立憲主義や平和主義をないがしろにするような安保関連法は問題だと考えています。さらに経営者側の視点に偏った経済政策や労働法制の見直しなども強く危惧しています。

安倍首相は「この道しかない」と強弁します。しかし、本当に正しい道なのかどうか、常に多面的な視点からの検証が欠かせないはずです。そのためにも参院選挙では民進党を中心に野党側が議席を伸ばし、国政の場で適切なチェック機能を働かせられるようにすることが極めて重要です。民進党に対する評価も様々なのかも知れません。それでも労働組合、連合と緊密な連携をはかれる意義は非常に大きいものがあります。また、民進党の中で、自治労の代表である江崎孝さんの存在の重要性もはかり知れません。

公共サービスの拡充をはじめ、自治労の声を民進党の中で反映し、引き続き国政に届けるためにも、江崎さんの勝利が不可欠です。江崎さんの政策等は次頁以降に掲げています。参院選挙の比例代表は政党名もしくは候補者名、どちらでも投票できます。しかし、江崎さんを再び国会に送るためには候補者名での投票が重要な点となります。なお、東京都選挙区は小川敏夫さん(民進党・現職)を連合や自治労の重点推薦候補としています。ぜひ、参院選挙を取り組む意義や重要性について、一人でも多くの組合員の皆さんにご理解ご協力いただけますようよろしくお願いします。

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コメント

このエントリだと、投票依頼ぎりぎりの内容で、OTSUさんが、事前活動で指摘を受けないか、ちと心配です。

特定の候補予定者の名前を比例区で書かなければ、上位にならず当選できないしくみの解説としては分かりますが、ネット選挙では、ぎりぎり又はオーバーしているのかなぁと感じます。

投票依頼とも取れる内容は、七つ道具を渡されたあと、このブログでどうとうと、されたほうがよろしいかと。老婆心ながら。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2016年6月12日 (日) 21時52分

このブログを通して
数多の方が公務員の政治的行為について
疑問や批判をされておられ、さらに性懲りもなく
私が話を「ぶり返す」のは、
もしかしたら公務員でもなんでもない民間の愚民が
公務員の労働組合をどう見ているのかを
公務員の方々に認識して頂くのも一定の意味が
あるのではないかという思いがあるからです。

せっかくブログ主様が小生の悪態に
わざわざ向き合って下さったので
いくつかのテーマに分けて詳しく列記します。

まず「不適法な事例もある上に不適切」の言葉。
舛添都知事の政治資金問題は、今の段階で
不適法な行為であるとは断定されていませんよね。
しかし「不適切」だという批判は決定的。
別荘も手放し、給与も減らす等、適切でないと本人も認め
謝罪を繰り返していますがそれでも都民は許していない。

では公務員が加盟する労働組合はどうでしょう?
基準は「適法かどうか」だけですか?
合法なら、何をやってもいいという感覚?
この感覚のズレこそが
組合の不信感に繋がっていると感じています。
「法治国家なので、法を超えた適正化などありえない」と
お書きになっている方もいらっしゃる訳ですから
私としてはそういう感覚をお持ちの方がいる事に
愕然としますし「あぁやっぱりなぁ」と
持論の一定のまっとうさを認識するに至ります。

この件について、ブログ主様は
「不適切かどうかは個々人の評価に関わる問題」と
されています。つまり、人それぞれだと。
しかし、ブログ主様はそういった一定の批判に対し
理解も示されている。
また、丁寧に説明することが大事だとおっしゃている。

だとすれば
「不適切だと思われるかもしれない事例」を
ブログ主様がもっと意識的に取り上げる事が必要で
その事例に対し個人的でも、組織としてでも
どちらでも良いので
一定の評価と説明が必要だと考えます。

そこで、一つの具体的事例を取り上げます。
自治労ですとやりにくいでしょうから
あえて日教組の事例としましょう。
丁度以前、私が添付した北海道の件がありましたね。
それを使ってみましょうか。

投稿: いまさらですが | 2016年6月13日 (月) 00時01分

まず、改めて事案内容を示します。
http://www.sankei.com/life/news/160522/lif1605220013-n1.html
※日教組ではなく道高校教職員組合ですね失礼^^;

この事案、決定的な論点は
組合が「全く問題ない」と反発している点です。
校門前で戦争法廃止の署名活動をすることで
不特定多数の生徒に政治的な行為を組織ぐるみで行えば
問題になるのは当然であるというのが
市民感覚だと私は思っています。
適法かどうかではなく、処分に値するかどうかではなく
「公務員として適切かどうか」。
公務員の資質の問題として間違っていないかどうか。
私の感覚では完全にアウトです。

もし、その感覚が間違っているのであれば
是非、伺いたい。是非とも聞いてみたい。
私の価値観がおかしいのかどうか、確かめたい。

次に、こうした具体的な事例を参考に
自治労を含めた、公務員の組織について総論します。

投稿: いまさらですが | 2016年6月13日 (月) 00時18分

まず、法的な解釈から。
地方行員法第36条や国家公務員の人事院規則等は
一定の政治的行為を禁止しています。
全ての公務員が国家権力に屈して
同じベクトルで政治的行為を実行すれば
犠牲になるのは国民の権利だから。
だからこそ、公務員という権力者は
政治的行為に制限をかけている。

法律の趣旨が上記であれば、
公務員の組織が自ら進んで政治的行為との距離を
詰めようとする事なんて、もっての他でしょう?
さらに、その行為団体は労働組合ですよ。
民間の人間なら
「はぁ?労働組合と戦争法反対に何の関連があるの?」と
思うのが市民感覚。
この感覚が間違っているのなら
是非、伺いたい。
是非とも聞いてみたい。
私の価値観がおかしいのかどうか、確かめたい。

投稿: いまさらですが | 2016年6月13日 (月) 00時40分

ここまで書いて、もう一度ブログ主様がお書きになった
お考えを拝見します。

>不適切かどうかは個々人の評価に関わる問題であり、外部からの声にも率直に耳を傾けた上、当該組織の活動方針を転換すべきかどうかは構成員の議論と意思によって判断していくものとなります。

仮にこの文章が本意であれば
組合員全員に「組合の政治的行為は必要かどうか」を
アンケートすべきです。
仮に、過半数の組合員が「政治的行為は必要だ」という
結果が出ても、組合はさらにすべき事がある。
それは
公務員以外の人間に「なぜ政治的行為が必要か」を
納得のいく形で説明する責務です。
なぜなら、法的なグレーゾーンに
自ら侵入しているのは貴方たち、組合なのですから。

北海道の例のように、公務員の組織が徒党を組んで
教師の権力を暗に利用しながら
自分の子に政治的な扇動をされては
親は、たまらないんですよ。
そんな疑いのあるような公務員の組織を
信じられるわけがない!

それが「適切かどうかの評価は人それぞれ」ですって!?
ふざけないでほしい。

これが私の考えです。

投稿: いまさらですが | 2016年6月13日 (月) 01時01分

(長文です)

公務員であっても、個々人の思想や考えといったところの自由はある…このところが、公務時間外ならば、政治活動、宗教活動に勤しむことはなんの制限もない……と、公務員なりたてのころは教えられていました。

公務員が公務(業務)時間内に、窓口業務や授業など…あからさまに個々人の思想を押し付けるようなこと…政治や宗教など…は、禁止されていると解されていたかと思います。

一方で、公務員は、地域住民や国民の模範であることが求められていますから、法令遵守はもとより、社会の道徳的なことでも、模範でなくてはならないとも、新人研修では教えますし、私も後輩にそう教えてきました。

道徳的な部分は、多分に、論理では説明できない感情論が入ってしまうものです。24時間公務員の立場でなければならないのであれば、法事も投票用紙に何を書くのかも、制限されることになります。しかし、個々人の脳みその中までは、なかなか法令で制限できるものではありません。

公務員は言います。時間外なのだから、思想の自由は担保される。まして、敷地の外であるならばなおさらである。
ただ、この、時間外等々がちとあやしくて、休憩時間や出勤前、職場の敷地の外では、何を話しても、公務員の品位を保つ程度であれば、思想、表現の自由は担保されます。ここは程度問題です。

何を言いたいのかというと、程度問題という、黒ではなく限りなく黒に近いグレーならば、白なんじゃないかといとことがあって、脱法ナントカというシロモノと比べてはいけませんが、考え方は同じようなものです。

程度問題を、域内住民や国民が、どのように感じるかは、その時の世相などでも大きく違うものがあります。
法令はナマモノですが、コンセンサスを得るには時間がかかりますから、自粛からはじまり、条文化という流れにしかなりません。

一方で、非現業の公務員であっても、労働者であるので、職場内組織の構成員で結社することもできます。
職場を分煙化したり、給与増をおねだりするのも、結社…職労の目的だったりします。本来はこちらの範疇のみで活動制限をかけてもよいのですが、憲法というものがあるために、住民、国民にご奉仕する時間外は、基本的に何を考えるのかは自由。

ただ、肩書きは、役人であったり教員であるために、肩書きを捨てれば、ただの人なのですが、社会通念上、立場を利用しない範囲で肩書きを職場の外で使ってはならぬということにはならないものですから、この辺りが、住民、国民の感情としては理解してもらうのはなかなか難しいのだろうと思います。

私が公務員を離れて10年以上経ちますが、田舎に引っ込んでも、まだまだ肩書きが通用してしまうのにはあきれるばかりですが、労組や職場内組織というよりも、個々人のオキュペーションによるくらいしか、その人の信頼基準にならぬというのは、社会全体からして、どんなものなのかなとは思います。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2016年6月13日 (月) 06時43分

余談ですが道高校教職員組合の抗議文を貼っておきます。
http://dokokyoso.jp/site/wp-content/uploads/2016/05/苫小牧の校地外署名についての声明.pdf

私はこれを読んで、愕然としました。
そして、日本において憲法が健全に機能しない理由が
分かった気がします。(以下私の妄想です)
憲法の解釈を捻じ曲げて来たのは
自民党政権だけではなく
こうした公務員の連中だったんだ。
教師が憲法を捻じ曲げているのに
子供たちがきちんとした憲法を学べる訳がない。
憲法は、公務員の政治的行為を
正当化するための道具として使われてきたもので
9条をはじめとするいわるゆる「護憲活動」とは
政治活動の単なる武器だった。
国民のための憲法なんて、最初から眼中にはない。
だからそんな教育する必要もない。
公務員によって都合よく解釈され、利権と金を貪り
邪魔するやつらを跳ね除ける道具とされてきただけ。
虚しいですな。

投稿: いまさらですが | 2016年6月13日 (月) 23時55分

不思議なもので、平和を叫ぶ護憲活動家のほとんどは
共産主義か全体主義に親和性が高い方々ばかりです。
やれ、反戦、人権、ヘイトなどなど声高に言いますが、
実際に国民を虐げる共産主義国家や全体主義国家に対して
何もしません。

おかげで 護憲活動 = うさんくさい という図式が
すっかりできあがりました。もしかすると彼らがああやって
活動することで、反対勢力が盛り上がり憲法改正につなげる
為の策謀かなあと疑ってしまいます。

投稿: nagi | 2016年6月14日 (火) 10時58分

労働組合全体の議論なのか、公務員組合だけのお話なのかよく読み取れませんでしたので、「そんなことはわかっている」とお叱りをうけるかもしれませんが、気になった点について私なりの考え方を述べさせてください。
私が「?」と思ったのは下記のコメントです。

>民間の人間なら
>「はぁ?労働組合と戦争法反対に何の関連があるの?」

私は、民間の労働組合の役員をしていますが、労働組合が政治闘争を行う理由は次のようなことからだと理解しています。

労働組合の定義は労働組合法第2条で「労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体」と規定されています。
法においては、どのような手段によって目的を実現するかは規定されていません。労働条件を改善するために使用者と団体交渉を行い、賃上げや労働条件改善を行うというのが一般的な活動スタイルだと思いますが、「最低賃金を上げる」、「労働時間を短縮する」という法律の制定を働きかけることによって、労働条件を改善させる方法も労働組合の活動範囲だと言えます。
実際問題としてホワイトカラー・エグゼンプションのように法律によって労働条件が激変してしまう場合など、使用者との団交では解決できない問題も多々あり、そういう意味での政治活動を行うことは必然と言えます。
設立目的に照らし合わせれば、地方公務員法による職員団体において同様であると思います。
また、労働者の権利は日本国憲法によって保障されていますが、憲法で保障された権利がなくなれば、労働組合の存立基盤さえ脅かされる。日本では欧米諸国と異なり、労働組合の法的承認は労働者による長い闘争を経て勝ち取ったというよりも、日本国憲法の成立によるところが大きいと言えます。
日本の労働組合が憲法改正などの議論に敏感になるのは当然で、労働組合が護憲運動と結びつくことは自然の成り行きだと思います。
私たちの認識では、公務員も労働者ですから、労働者としての課題については民間の労働者と一緒になって取り組んでいただくことが必要になります。
しかし、政治闘争、特に選挙にかかわる課題については、「地位利用」と思われる可能性を避け、公務員の立場で表に出れない場合などはお互いに配慮しあいながら取り組んでいくというのが一般的な取り組むスタイルではないでしょうか。
公務員の政治活動の制限は、公務員である職員が公権力を政治活動に利用してはならないことと、職員が政治的に利用されず中立性を保つための規定であると思います。
私は単純に思うのですが、一般の職員の方(組合員)においては、強い公権力や政策判断にかかわる方はごくまれだと思います。また、労働組合の政治闘争(選挙)においては、家族と友人の範囲に声をかける程度ですから、公権力を利用しているということはあり得ないと思うのですが…

むしろ首長(橋下前市長など)が就任中に、一政党の選挙活動を堂々とやることは「地位利用」にあたらないのか不思議です。市長や知事があからさまに「誰々をお願いします」と言われれば大きな影響力はありますよね。首長の公権力は絶大ですから。

また、欧米諸国を見てみると、労働組合が政治闘争を取り組むのは当然であり、公務員も同様のようです。
公務員の政治闘争ににおいて共通しているのは、職務中と執務室における活動の制限です。あのアメリカでも、業務内容により
①特別な配慮がなされる職員
②党派的活動に参加できる職員
③追加の制限を受ける職員
に区分され、活動を制限しているようです。
一番厳しい制限の③の職員は、連邦選挙管理委員会、連邦捜査局(FBI)、中央情報局(CIA)、国家安全保障会議、司法省刑事局に属する職員や、上級管理職などであり、まぁ、当然かな?という感じですかね。

投稿: ベンガル | 2016年6月17日 (金) 09時13分

労働組合に所属する人が当然と考えることと
労働組合に所属しない人が当然と考えることの乖離が大きいようですね。

組合に所属する人々が適法であり適切であると考えることをなぜ、違法だ不適切だと言われるのでしょうか。

ここの記事にも取り上げられることを見ると、違法不適切の声を聴く機会が多いのでしょう。

私は適法で不適切と考える立場ですが、組合への加入率低下が労働者の意見を代弁してると思うしだいです。

投稿: nagi | 2016年6月17日 (金) 11時49分

労働組合の組織率低下の原因が政治活動にあるという根拠が何かおありでしょうか?

私は、民間においては下請け化や非正規社員化、公務においては、民営化や民間委託化の影響が大きいと思っていますが。
組合があって入らないという人は以前から比べれば増えているのかもせれませんが、組織率を大きく下げているのは、働く職場の状況でしょう。

投稿: ベンガル | 2016年6月17日 (金) 19時00分

でりしゃすぱんだ さま
貴殿のおっしゃる通り
公務員であっても言論の自由は当然の権利です。
それを否定するつもりは一切ありません。
貴殿も微妙なニュアンスでお書きになっておりますが
私が怒り狂っているのは
「他人の思想的自由を奪ってまで、自分の政治的活動の自由を主張する」公務員(教師)の行為です。
生徒にとって教師とは
勤務時間であろうがなかろうが教師です。
自分の内申書に影響を与える、重要人物です。
教師が署名活動をお願いした時と
見ず知らずの人がお願いした時とでは捉え方が
違う可能性がある事に何故気づかないのでしょう?
教師の薦める戦争法反対の署名活動を断ったら
自分の進路が狭まるかもしれないと思い
自身の思想を曲げてまで署名する生徒の可能性に
何故、気がつかない?
こうした行為を見た時に
公務員に対する信用を失くす市民がいる事に
何故、気がつかない?
「勤務時間外だから問題ない?」「適法だから大丈夫?」
アホかって話です。

更にその上で抗議として主張するのは
憲法が保障する自分の組織の言論の自由と
ビラの所有をめぐる財産権だ?
署名しちゃった生徒のフォローはどうすんの?
校門前の活動を見て不信感を持った市民はどうすんの?
しかもこれ、全国で声を掛け合って
一斉にやっている署名活動ですよね。
同じ活動をやっている労組は、この問題について
無視ですか?何の責任も感じませんか?

こんな事態を招くから、公務員の政治的活動は
基本的には慎むべきだと私は思うのです。

nagiさま
貴殿の意図する考えはよく分かりますが
共産主義的な左翼運動を排斥する目的では
私は書いていないので、何卒ご理解下さい。
論点がボケてしまうのを懸念するという理由です。

ベンガルさま
何か意図的なモノを感じますが
私は民間の労働組合については一切論じていません。
論点がズレてしまうので、何卒ご理解下さいませ。

組合費を給与天引きで毎月支払っている公務員の方
貴方たちのお金は、極端に言えば
生徒の思想の自由を奪う為
不当なビラを配る為
「組合掲示板」と称して学校内の生徒に目につく所で
堂々と名指しで政権批判する掲示物を貼り付ける為に
使われている事を自覚してください。
「払いたくもないお金を払っている」と感じる人だけに
言いたい事があります。
あなたの黙認行為は「いじめ」の理論と同じ事。
傍観者も加害者なんだと私は思います。

投稿: いまさらですが | 2016年6月18日 (土) 01時27分

でりしゃすぱんださん、いまさらですがさん、nagiさん、ベンガルさん、コメントありがとうございました。

でりしゃすぱんださん、ご心配いただき恐縮です。比例区の投票方法の説明、同時に江崎さんを組合が推薦している意義などについて記述しています。それぞれ事実を中心にした組合員への周知であり、問題ないものと判断しています。新規記事では別な側面からも補足しています。ぜひ、またご覧いただければ幸いです。

いまさらですがさんからお寄せいただいた今回のコメントで、いくつか気になった点について新規記事を通して自分なりの考え方を書き進めています。納得いただける「答え」に至らないかも知れませんが、いろいろな「答え」を認め合った場としてご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年6月18日 (土) 21時45分

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