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2016年5月14日 (土)

憲法9条についての補足 Part2

5月に入ってから体調を崩し、現在も微熱状態が続いています。これまであまり風邪をひくこともなく、ひいても数日で回復していました。これほど長引く風邪は珍しく、仕事中はずっとマスクをしていました。完調には至っていませんが、先週土曜日の頃に比べれば随分楽になっています。体調不良を言い訳にしたくはありませんが、前回の記事「憲法9条についての補足」の内容はまとまりに欠けていたことを反省しています。

記述した内容そのものは熟考した上、私なりの責任を持った文章に心がけているつもりです。体調不良でまったくブログに手を付けられないような状態だった場合、そのような説明を付し、通常とは異なる短い文章の新規記事に変えていたはずです。そこまでの状態だった訳ではなく、いつもと同じようなスタイルでの投稿に至っていました。

前々回記事「改めて安保関連法に対する問題意識」に寄せられたコメントを意識し、前回「憲法9条についての補足」という記事タイトルを付けていました。あっしまった! さんから早々にコメントをいただき、やはり書き損ねている内容が多くあることに思いを巡らしていました。新規記事の本文を通し、「補足の補足(coldsweats01)」について書き足すことをお伝えし、今回「Part2」を付けた記事タイトルに繋がっています。

まず当ブログの記述内容一つ一つに対し、読まれた方一人ひとりの評価が分かれていくことを覚悟しています。私自身の問題意識や主張が絶対正しいとは言い切れないことも常に念頭に置いています。特に前回の記事内容に対しては反論や批判が立て続き、持論の正しさを振り返る機会になっていました。いずれにしてもコメント欄常連の皆さんからはいろいろな「答え」を認め合った場としての理解を得られ、理性的な書き込みが主流になっていることをたいへん感謝しています。

今回の内容も大きな隔たりが顕著になるだけで、劇的に「溝」が埋まるようなことはないのだろうと見ています。それでも多面的な情報の一つとして、私なりの考え方を綴らせていただきます。前回の記事で書き損ねた一つとして、憲法学者の7割以上は「自衛隊の存在自体が違憲(9条違反)」だと考えているという調査結果の問題がありました。その調査は朝日新聞が昨年7月に実施していましたが、今年2月の衆院予算委員会で次のように取り上げられていました。

安倍晋三首相は三日の衆院予算委員会で、戦力の不保持を規定した憲法九条二項に直接言及して改憲の必要性を訴えた。「憲法学者の七割が九条一項、二項を読む中で、自衛隊の存在自体に憲法違反の恐れがあると判断している」と指摘。その上で「憲法学者が自衛隊に疑いを持っている状況をなくすべきだという考え方もある」と述べた。予算委では、自民党の稲田朋美政調会長が、憲法学者の七割が自衛隊の違憲性を指摘しているとの見方を示した。その上で「現実に合わなくなっている九条二項をこのままにしておくことこそが立憲主義の空洞化だ」と訴えた。

これに対し、首相は自衛隊は合憲だとする政府の見解を説明。他国を武力で守る集団的自衛権の容認を柱とする安全保障関連法が憲法学者に違憲と指摘されたことを念頭に「自衛隊の存在、自衛権の行使そのものが憲法違反だと解釈している以上、当然、集団的自衛権も憲法違反になるんだろう」と述べた。ただ、優先して見直す条項は「国会や国民の議論と理解の深まりの中で、おのずと定まってくる」と述べるにとどめた。

九条改憲による集団的自衛権の行使容認や国防軍創設を明記した自民党改憲草案については「党として将来あるべき憲法の姿を示した。私たちの手で憲法を変えていくべきだという考えで発表した」と強調。草案は二〇一二年四月に野党だった自民党がまとめた。首相は昨年の安保法審議で、九条改憲について「現状では改正せよという状況になっていない」と将来的な課題に位置付けた。安保法をめぐっては、昨年夏に本紙が行った憲法学者アンケートで、回答した二百四人のうち九割が「違憲」と指摘。安倍政権は市民の間に違憲との声が広がる中、九月に安保法を成立させた。【東京新聞2016年2月4日

稲田政調会長と同じように「現実に合わなくなっている9条2項をこのままにしておくことこそが立憲主義の空洞化だ」と主張される方が増えています。あっしまった! さん、いまさらですがさんらも同様な問題意識を抱えているものと理解しています。確かに条文と現状との乖離は認めざるを得ません。しかし、これまで繰り返し述べてきたことですが、個別的自衛権までを認めるという解釈に至った憲法9条を私自身は違憲視していません。

とは言え、国民の中に見直すべきという機運が高まり、憲法96条に沿って改正されるのであれば「何が何でも反対だ」と言い続ける立場ではありません。一方で長年、集団的自衛権は認められないとしてきた解釈を変え、憲法学者の圧倒多数が違憲の疑いを示している安保関連法を通した与党幹部の国会質問に対しては指摘したいことが多くあります。 安保関連法の成立に際し、政府与党は憲法学者らの声を軽視していたのにも関わらず、今さら「7割が」という調査結果を掲げ、尊重しなければという態度には違和感がありました。

現状に合わなくなっているから憲法の条文のほうを変えるべきという主張も、憲法99条で憲法を尊重して擁護する義務を負っている政治家の発する言葉として適切なのかどうか疑問です。このように記すと政治家は改憲に向けた議論を一切できないのではないかと言われがちです。ちなみに池上彰さんの『超訳 日本国憲法』の中では「国務大臣や国会議員は、現在の憲法に反する法律を意図的に作ったり、憲法違反の行政を行ったりしないように努める義務があるということですが、その一方で、個人としては言論の自由があるわけですから、憲法改正を主張できるのです」と解説されています。

改憲論議の総論的な見方は以前の記事(『「憲法改正」の真実』を読み終えて)の中で紹介した次の言葉のとおりだろうと考えています。東京大学・東北大学名誉教授の樋口陽一さんと慶應義塾大学名誉教授の小林節さん、二人が一致した見解「そもそも憲法の改正を議論する際には順番があり、どのような必要があって、どのような政治勢力が何をしたいのか、国内的・国際条件のもとで、どこをどう変えたいのか、それによって賛成反対も分かれる、 これが憲法問題の本来あるべき議論の仕方だ」という言葉です。

参院選挙に向けて注目を集めている小林さんは、もともと憲法9条の改正派です。9条に「個別的自衛権を行使する」「自衛軍を保有する」と明記すべきと以前から主張していたため、改憲派の重鎮と呼ばれ、自民党のブレーンという立場でした。『AERA』最新号に寄稿された文章の中にも「誰が読んでも裏口入学できないような読み間違えのない明解な憲法を望んでいます」とし、ただ「安倍政権のように時の権力によってどう運用されるか分からない今」、憲法改正を論じることはできないと訴えられています。

もう一つ、前回の記事内容の補足として、在日米軍が撤退した後の考え方について触れていきます。たろうさんから「平成27年版防衛白書」をご紹介いただきました。そこに記されている事実認識にそれほど差異はないはずです。ただ周辺国の軍事的脅威に対する温度差は時間軸の問題でもありません。寓話『カエルの楽園』に登場するカエルたちのように情勢を楽観視している訳ではありませんが、「いきなり周辺国が本格的に攻め入ってくるような事態は想定していません」「防衛費の大幅増をはじめ、核武装の検討は論外だと思っています」という認識に変わりありません。

もちろん在日米軍のプレゼンスを軽視している訳でもありません。仮に在日米軍が撤退した後も、軍事力ランキングで世界第4位の自衛隊が存在しているという事実を重視した上での見方です。当然、米軍が駐留していた時に比べれば、軍事的抑止力の大幅な低下は免れません。少なくとも在日米軍駐留費に充てていた予算、年平均1893億円、周辺対策費等5778億円は防衛費に充てるべきなのかも知れません。

ただ軍事力に依拠した抑止力重視の路線は際限のない軍拡競争に陥ります。それこそ北朝鮮の言い分のように核兵器保有の問題に繋がりかねません。つまり防衛費の大幅増を必須とするのかどうかは、仮想敵国と見なしがちな中国と対等に渡り合えるような軍事大国化路線をめざしていくのかどうかという問題に繋がるものと考えています。そのような発想に対し、私自身は懐疑的に見ているため、前回記事のような言葉に繋がっていました。

bareさんからは「冷静さが欠かせない」と言いつつ、防衛費の大幅増は「論外」だと非常に感情的に否定するという批判を受けました。他の方からも「想定していません」という言葉の使い方について強い疑念の声が示されていました。「想定外」の自然災害の影響を受けた原発事故に対する言葉使いと同列視されてしまったようですが、どちらも私自身の主観的な文章であり、あくまでも私自身の見方を示した言葉であることをご容赦ください。

いずれにしても仮に本格的な侵攻があった際、「蜂の一刺し」にとどまるのかも知れませんが、相手側も一定のリスクを負うという抑止力は現時点でも維持できているものと考えています。「国連による集団安全保障の深化を理想視している」という記述に関しては、国連安保理の常任理事国に拒否権がある現状などを理解した上での問題意識です。現状に問題が多いからと言って見限るのではなく、国連の役割を一定評価しながら、改めるべき点は改めていくという努力を重ねる姿勢も大切なのではないでしょうか。

以上のような考え方について、頭から否定される方も多いのかも知れません。「抽象的すぎて、お花畑すぎて議論の余地がない」という辛辣な批判を受けるのかも知れません。それでも肯定的に受けとめていただける方も少数ではないことを願っています。6月1日衆院解散、7月10日衆参ダブル選挙という日程が現実味を帯びているようです。憲法9条に対する評価をはじめ、これまで以上に私たち一人ひとりの問題意識や考え方に沿う候補者や政党を選ぶ重要な選挙戦だと言えます。

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コメント

>軍事力ランキングで世界第4位の自衛隊が存在しているという事実を重視した上での見方です。

軍事費
米軍=年50~60兆円
中国=年18兆円

日本=年5兆円
2位と4位では格段の差があるのが現実です

>軍事力に依拠した抑止力重視の路線は際限のない軍拡競争に陥ります。

軍事費を上げると主張すると、また感情的に「軍事力に依拠した抑止力重視」とレッテルを貼る
軍事費を増やすことと同時に、外交的にも対話を重視する
どちらも大事なのは言うまでもありません

>「いきなり周辺国が本格的に攻め入ってくるような事態は想定していません」

軍備というものは、本格的に戦力となるまで数年~10年以上かかります
1人前の戦闘機パイロットや潜水艦乗員を育てるのにも、3~5年かかります
危機が起きそうになってから、防衛費を増大しても間に合いません
10年先、20年先にどうなっているかを想定しなければならないのです
そして20年先には中国の軍事費は年30兆円を大きく超えているでしょう

>「核武装の検討は論外だと思っています」という認識に変わりありません。

言論の自由に対する重大な挑戦であり、民主主義の否定です
ブログ主さん個人の認識はもちろん自由ですが、日本の社会で議論さえ封じる世の中になったら、日本の民主主義は終わります

投稿: bare | 2016年5月15日 (日) 05時44分

bareさん、さっそくコメントありがとうございました。

今回の記事本文に記したとおり私自身の問題意識や主張が絶対正しいとは言い切れないことも常に念頭に置いています。bareさんの認識が正しく、このブログを通してミスリードした主張を発信しているのかも知れません。

一つだけ改めて補足し、強調しなければなりませんが、「日本の社会で議論さえ封じる世の中になったら、日本の民主主義は終わります」という認識は私自身もまったく同感です。核武装論をはじめ、議論さえしてはいけないという主張だと理解されているようでしたら大きな誤解です。

私の主張はあくまでも個人的な主張であり、これからもbareさんはbareさんの正しいと信じている「答え」を当ブログを通して披露していただければ誠に幸いです。そのような意見交換を他の閲覧者も目にされ、今回記事の最後に記したように一票という個々の判断に繋がっていくものと考えています。

投稿: OTSU | 2016年5月15日 (日) 06時04分

>OTSU氏

風邪は万病の元とも言います。くれぐれも御養生下さい。風邪に似た症例はたくさんあります。普段と違うと感じる時は病院等で可能な限り検査をうけることをお勧めします。風邪っぽいと言うと大抵薬を出して終わりです。体の症状を一番理解してるのはやはり自分自身であるので、日頃との違いを詳しく説明することが望ましいです。

早期の快復を祈念致します。

投稿: nagi | 2016年5月16日 (月) 13時42分

nagiさん、お気遣いありがとうございます。

おかげ様で仕事をはじめ、普段通りに予定をこなせるようになっています。ほぼ完調と言える状態に戻っています。ブログも普段通り土曜か日曜に更新しますので、ぜひ、これからもよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年5月21日 (土) 07時15分

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