ヒューマンエラーの防ぎ方
今年も新入職員の皆さんが入所された4月1日の昼休み、研修会場に組合として挨拶に伺いました。入所当日の夜、組合の説明を兼ねた歓迎会を催している自治体職員組合が多いことも聞いていましたが、さすがに当日の開催はどうだろうかとためらいがありました。ただ今回、1週間の研修期間中、4月1日が唯一の金曜日だったため、私どもの組合も入所日当日、新人歓迎オリエンテーションを催すことにしました。急な誘いに新人の皆さんがどれだけ出席してもらえるのか心配しましたが、研修参加者全員に会場まで足を運んでいただきました。
昼と夜、組合を代表した私からの挨拶は配布した資料の中に歓迎の言葉を添えていたため、簡潔に短めな内容に努めました。会の出席者全員が自己紹介する時間もあり、その際はブログ「公務員のためいき」のことにも触れ、新規記事のタイトルは「ヒューマンエラーの防ぎ方」と予告していました。新人の皆さんが訪れてくださることも少し意識し、久しぶりにブログの題材をガラッと変え、仕事の進め方について考えてみます。
最近、元ANA(全日本空輸株式会社)の整備士だった田口昭彦さんの『ANAが大切にしている習慣』という新書を読み終えました。「TEAM ANA」について実例を多く紹介しながら、全員が共有できる具体的な目標を立てることの大切さ、望ましいリーダーのあり方など幅広い内容が綴られています。今回、この新書の中の「ヒューマンエラーを防ぐ」や他のサイトの記事などを参考にしながら、主にダブルチェックの問題を掘り下げてみるつもりです。
「ヒューマンエラーは人間が行動すれば必ず起こるもの」という見方を田口さんは示されています。ヒューマンエラーの多くはヒヤリハットです。事故は起こらなかったけれど「ヒヤリとした」「ハッとした」という経験で済むことがほとんどで、大事に至らなかっため記憶には残りません。怪我や事故が1件あれば、その裏には300件の「ヒヤリ」があると言われています。ハインリッヒの法則と呼ばれるものですが、ヒヤリハットが起きたら、なぜ起きたのか、なぜ重大な事故にならずに済んだのかを検証することが欠かせません。
このヒヤリハットを振り返ることで、自分自身の行動を変える切っかけになり、事故を防ぐことができると田口さんは述べられています。 人は“人”であるが故にヒューマンエラーを起こします。しかし、事故や不具合を防ぐのも“人”です。当たり前のことをしっかり行なう習慣があれば、連鎖したヒューマンエラーのチェーンをどこかで切ることができ、事故は防止できる、このように田口さんは説かれています。
犯しやすい間違いや勘違い、ミス、エラーにはいくつかの要因に分けられます。航空業界にはSHELモデルという事故や事象の要因分析の手法があるそうです。 ソフトウェア(Software)、ハードウェア(Hardware) 、環境(Environment)、個人的要素 (Liveware)、 それぞれの頭文字をとっています。新書には時刻表を見て駅に行ったけれど、乗ろうと考えた列車は出発した後だったという事象が例示されています。
時刻表の文字が小さくて見間違えたとすればハードウェア、その時刻表が改正前のものであればソフトウェア、周囲の照明が暗くて見間違えたとすれば環境の問題だと分析できます。このような事象を防ぐため、文字の大きさが問題であればルーペを使うか、大きな文字の時刻表を使えば良いことになります。ダイヤ改正の問題であれば最新版の時刻表から確認すれば良く、周囲が暗かったら明るい所で読めば良いということになります。
エラーを引き起こす要因は多種多様に絡み合っていきますが、何が要因となってエラーが発生したのかを分析し、次に生かすようにしていけばヒューマンエラーによる事故や不具合は少なくなることを田口さんの新書には記されています。作業者の確認不足や失念、ルールを守らなかったことによってトラブルが発生します。田口さんはルールの意味を認識させることを重視しています。
なぜ、そのルールがあるのか、そのルールを守らなかった場合、どのような影響や危険なことが起こり得るのか、チーム全員が納得し、守らなかった時のリスクを想像できれば人はルールを守るようになります。特定の組織が決めたルールには時代の流れや社会の変化によって、現実にそぐわなくなっているものがあります。そのため、一部の現場だけに通用する「裏ルール」が作られるケースもあります。
しかし、「裏ルール」や「裏マニュアル」は楽をしたいために自分たちで勝手なルールをどんどん作っていきがちになり、事故や不具合を起こす要因になることが指摘されています。現状にそぐわなくなっているルールやマニュアルは、実際に使う人の意見を反映させ、ブラッシュアップさせていくことの必要性を田口さんは訴えています。さらにマニュアルは分からない時や忘れた時に引っ張り出して見るものではなく、「繰り返し行なううちに、そうするのが当たり前」というように習慣化するまで徹底させることが大切だと記しています。
もちろん習慣化される前に「分かっているつもり」という思い込みや勘違いが厳禁であることは言うまでもありません。その新書には事故に繋がりやすいハリーアップ症候群を防ぐため、「あと何分かかるんだ」「早くしろ」という言葉をリーダーは慎み、「焦って5分や10分縮めても仕方ないから落ち着いてやれ」 と言うほうが望ましいことや、時間に余裕を持たせたタイムマネジメントの習慣を身につける必要性など、ヒューマンエラー対策に関する興味深い内容が報告されています。
前述したとおり今回の記事は田口さんの新書の内容にとどめず、ネット上で見つけたサイトの記事も紹介しながら話を進めていきます。続いて「実務担当者のためのヒューマンエラーを防ぐポイントと対策事例」を紹介します。このサイトをご覧になれば、視覚的に分かりやすく整理されているため、当ブログの長々とした記事内容を読む必要がないのかも知れません。とは言え、リンク先まで参照されない方が多いものと思われますので、「ヒューマンエラーを防ぐためのポイント」の箇所だけはそのまま掲げさせていただきます。
- ヒューマンエラーを防ぐ心構えとして、まず重要なのは「自分の仕事は完璧ではない」と認識することです。自分が作ったものに対して、間違いがあるという前提に立って、必ず確認を行ないましょう。
- 次に、手作業はなるべく軽減するようにしましょう。人間による手作業が介在するとミスが起こる可能性が高くなります。例えば集計作業を行なうのであれば電卓で1つ1つ計算するよりも、Excelを使ったほうが間違いも少ないですし、業務効率の改善にも繋がります。
- 最後に、ダブルチェックを行なうことです。作業を行なった人だけでなく、第三者に確認してもらうことが大切です。自分で作業をしていると思い込みや考え違い、見落としが発生します。冷静な第三者の目が入ることにより、自分では気付かなかったミスを発見することが出来るのです。
実は昨年の11月に今回のような記事内容をブログで取り上げてみようと考えていました。プリントアウトしていた参考資料に印刷日「2015/11/09」が入っていたため、それから半年近く経っていることに気付いていました。私が所属している収納課では住民あての催告書や通知書等の誤送を防ぐため、第三者の目によるダブルチェックの徹底化がはかられています。個人情報の取り扱いは万全を期し、取り違えた書類を送ることなどあってはなりません。
そのような事態を未然に防ぐため、担当が取り扱った封筒を閉める前に別な職員に中を確認してもらう、このようなダブルチェックが日常化されています。上記「ヒューマンエラーを防ぐためのポイント」の3点目にあるとおりダブルチェックの有用性は疑っていません。ただ正直なところ煩瑣な職務に新たな負荷をかける方法に少し違和感があったため、印刷日の11月9日にネット上でダブルチェックの問題について調べてみました。その時、印刷したサイトの資料は2件あり、「ダブルチェック再考」と「仕組みに逃げるな」でした。
すると私自身の違和感を表わした言葉として、1件目の「本当に忙しいときはダブルチェックができなくなります。忙しいほどエラーが起きやすいと思うのですが、とくに慣れた業務ですと意図しなくとも、形式的なチェックになります。目で見てはいるのだけれども見ていない」であり、2件目の「仕組みをつくることは、ただただ仕事を増やし、残業を増やし、生産性を低くしていくのです」が目に留まっていました。
このような言葉を並べると単に「面倒くさい」「忙しくなるから嫌だ」というように受けとめられてしまう場合もあり、たいへん悩ましい話となります。誤解されないように強調しなければなりませんが、個人情報の取り扱いをはじめ、市役所の仕事においてヒューマンエラーを防ぐために労力を惜しむつもりは毛頭ありません。違和感や問題意識として、封入した通知書等のダブルチェックを他の職員に依頼することの適否に考えを巡らしています。
ここで田口さんの新書に戻ります。エラーコントロールには相互チェックも大事ですが、人間には相互依存したがる性質があり、甘えの気持ちが出てチェック漏れの出る可能性を田口さんは触れています。これを回避するため、「TEAM ANA」では下記のようなセルフインスペクションという制度を取り入れているそうです。作業の担当者本人が自覚と責任をもって作業を最後まで終わらせる仕組みです。作業の節目において、次の行動に移る前に直前の作業に間違いないか確認する方法で、ストップルックと呼ばれています。
ヒューマンエラーが絶対にあってはならないような作業に対して、一般的には「ダブルチェック」や「トリプルチェック」が行われる。一人ではなく、二人、三人と多重でチェックをすることで、見落としを防ごうとするものである。これに対して、ANAグループの整備部門では、作業をした整備担当者本人が確認作業も行う「セルフインスペクション」という原則をとっている。
理由はシンプルで、本人で行うほうが「自分の仕事」という自覚が高まり、結果としてチェックの精度も高まると判断したからである。「セルフインスペクション」には、「人を信じて任せる」というANAの思想が込められている。そのうえで、個人には「自ら責任をもってやり遂げなければならない」という責任感も求められる。チームで力を合わせるためには、個人個人の能力の向上と、それを基本としたお互いの信頼関係が重要だ。
通知書等を送付する際のダブルチェックの話が出た時、セルフインスペクションのことは知りませんでしたが、私自身は「セルフダブルチェック」の徹底化のほうが望ましいのではないかという意見を示していました。ただ一人ひとりに確かめていませんが、他の職員は提案されたダブルチェックの方法に違和感がなく、逆に安心感に繋がるような受けとめ方でした。そのため、あまり個人的な意見には固執せず、提案された方法に従ってきています。
年間を通して全体的に多忙な職場になっているため、忙しくしている職員にダブルチェックをお願いすることをためらう時も少なくありません。それでも今ではダブルチェックも定着し、日常の風景に溶け込んでいるようです。ちなみにダブルチェックの結果、「取り違えています」というヒヤリとした指摘を受けたことも、指摘したこともなく、半年近くが過ぎようとしています。
いずれにしてもルーチンワークにおけるヒューマンエラーを防ぐための第一義的な責任と役割は担当者本人にあり、相互依存からのエラーは避けなければなりません。その上で第三者によるダブルチェックは、自覚を促す啓発やチームとしてのコミュニケーションをとる一つのツールに繋がっている側面があることも見直し始めています。
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コメント
私は公務員ではないのですが
今の時代に公務員に入る方ってのは
やっぱり「安定」が目的なんでしょうかね?
公務員に対して税金を納めている身の自分として
言いたいことは山ほどありますが
一番声を大にして言いたいのは
「モチベーションを高める能力を身について欲しい」事。
民間企業と違って、どんなに働いても給料は同じ。
でも、それは安定と引き代えにしたものであって
「働いても無駄」な事では決してない。
公務員の職務にあたって、宣誓したことを
どれだけ自分の中で守れるか。
守れない人は法律違反だという認識を
どれだけ真剣に考えられるか。
公僕としての使命を生きがいにできない人が
公務員には多すぎるような気がします。
因みに、ヒューマンエラーを少なくすることは
とても大事な事で、私の職場でも当然社内対策をします。
自分の失敗は
お客様の迷惑になり
取引先の信用を無くし
職場の皆さんの仕事量を増やし
ひいては、会社の売り上げを阻害する。
その危機感があるから
自発的にダブルチェックをし
チェックのシステム化を図る。
そんな事、民間企業のそれなりの立場の人間なら
わざわざANAの対策を勉強しなくても
皆さん、やり方を経験から導き出していますよ。
そして、もっと大事なのは
失敗した後にどういう対処をするかです。
「ピンチ」を「チャンス」に変えられる人間が
本当の仕事のできる人間だと思っています。
間違えるのは当たり前。人間だもの。
でもその間違いにどう対処するかで
「仕事の価値」が決まるんですよ。
投稿: いまさらですが | 2016年4月 3日 (日) 22時24分
今回の記事とは無関係ですが、こんな記事を紹介します。
>http://agora-web.jp/archives/2018419.html
緊急事態条項に関する記事です。
ご立派な民主主義国家でポピュリズム政党の躍進を嘆くような話も聞くのですが、これも立派な民意だからしかたない。ポピュリズムと軽く扱うのでますます反発して、躍進するのかなあと思います。
民衆は英雄を望み、英雄が不満を無くし、楽園を与えてくれると夢想する。しかし現実に残るのは英雄に見えた独裁者による圧制しかない。歴史は繰り返される。
投稿: nagi | 2016年4月 6日 (水) 17時37分
本題と離れるので、背景事情を省いて結論だけ。
「民進党さんは、相も変わらぬ酷い国会戦術を繰り出してるようなのだけど、税金と時間を無駄にしないで、仕事(審議)をしろ。」って、支持団体は諌言して貰えないだろうか。
議案の重大さ故に、参院選目当てのふざけた国会戦術は止めて、真面目に仕事して欲しい。(平安法制のときと同じ。主張への賛否でなく、手法の絶対的な否定がしたい。)
この調子で、参院選で民進党さんが勝つようなら、後の国政が回復不可能な迷走に陥るのが予見できる。もしそうなら、支持団体と報道機関の責任は大きいな。
主張への賛否じゃない。まともに議論(審議)して欲しいんだよ、重大な議案だからさ。
遅ればせながら、本題について。
エントリ本文のご主旨は何の異議もないのです。
が、人員配置の適正規模や全体としての業務量に鑑みて、
全体の業務量に占める割合は少ないものの過誤があったときの影響が大きい処理に限って、なおさらのこと「そもそも処理の間違いを間違いと気付けるだけの力量を持った(処理担当者以外の)人員がいない」って頭の痛い問題が…。(汗;;
投稿: あっしまった! | 2016年4月 9日 (土) 14時57分
いまさらですがさん、 nagiさん、あっしまった!さん、コメントありがとうございました。
いつも具体的なレスに至らず恐縮ですが、今回、一言だけ補足させていただきます。いまさらですがさんからのコメントで気になったところがあり、記事本文での私の文章が誤解を招いたようです。なお、人事評価制度の話などは以前の記事で綴っていますので、今回はヒューマンエラーに関する記述の補足にとどめるつもりです。
私どもの自治体でも各部署や業務の形態ごとにヒューマンエラーを防ぐため、これまでも多種多様なダブルチェックを行なっています。今回の記事はヒューマンエラーに関する総論的の話から私の職場で提案された新たなダブルチェックの話に繋げたため、不本意な見られ方をされてしまったようです。
いまさらですがさんが示されているような実践や心構えは、まったくその通りだと思っています。わざわざANAの対策を勉強しなくても、もともと心がけている点です。とりわけ個人情報を取り扱っている職責の重さは、ひとたび問題があればメディアでの取り上げられ方も含め、社会的な信用失墜のリスクを強く認識しています。
そのような現状や前提について少し記述が不足していたかも知れません。今回、総論から極めて具体的な各論の話に繋げてしまいましたが、日常的に各担当の判断と責任で送付する郵便物一つ一つまでダブルチェックが必要なのかどうかという提起だったつもりです。その理由と問題意識は記事本文のとおりです。
いまさらですがさんの思い描いている公務員の見方に対し、ますます誤解や偏見を助長させないためにも、この場を通して以上のとおり補足させていただきました。ぜひ、今回の記事本文の趣旨について改めてご理解いただければ幸いですので、よろしくお願いします。
投稿: OTSU | 2016年4月10日 (日) 07時19分