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2016年3月12日 (土)

安倍首相の改憲発言

新年度からの職員配置増減の課題での労使交渉、前の週の木曜は深夜3時に及んでも解決できず、週を越えて協議を継続していました。昨日金曜は翌土曜の明け方まで労使交渉を重ねました。金曜夜に催された定年退職を迎えられる方の送別会を残念ながら欠席することになり、徹夜を辞さない労使交渉に集中しました。

空が明るくなった頃、最後は市側の交渉責任者である副市長と私との1対1の折衝を持ち、最低限、押し通すべき組合側の主張を認めさせることができました。職場によっては組合員の皆さんの思いや要求に充分応えることができず、徒労感や安堵感が交錯した交渉結果であり、寝不足の心身へのダメージを決して和らげられるものではありませんでした。

木曜の夕方は交渉が入らなかったため、三多摩平和運動センターが呼びかけた駅頭宣伝行動に参加しました。戦争をさせない1000人委員会が取り組んでいる「戦争法廃止を求める統一署名」の宣伝活動でした。私にもマイクを持つ順番が回り、このブログに綴っているような内容を中心に駅頭を行き交う方々に訴えさせていただきました。

「安倍首相が戦争をしたがっているとは考えていませんが、昨年9月に成立した安保法制には様々な問題点があるのではないでしょうか」という他のメンバーの訴え方とは少し異色な論点提起だったかも知れません。持ち時間に余裕があると思って話し続けていたところ司会の方から「そろそろ」という合図を受けてしまい、あわてて話を切り上げることになりました。

マイクを持っていない時間はチラシを配っていました。昨年、安保法案の成立に多くの皆さんが反対していたことは間違いありません。しかし、今回の駅頭でのチラシの受け取りは極めて芳しくありません。もともとティッシュペーパーの配布と異なり、チラシだけの受け取りは芳しいものではありません。それでも安保法制に対する関心の低さやチラシを配る私たちが浮いた存在になっているような現状を感じ取る機会に繋がっていました。

さて、前回記事「精神的自由と経済的自由」のコメント欄では日本国憲法を巡る意見や情報提供が数多く寄せられました。私自身のとらえ方は前々回記事「セトモノとセトモノ、そして、D案」に綴ったとおりですが、憲法9条さえ護れば平和が維持できるとは思っていません。専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義を重視し、その平和主義の効用こそ強調すべきものと考えています。

集団的自衛権が行使できない「特別な国」 だったからこそ、アメリカ軍と一緒に自衛隊が戦場に立つことはなく、日本の平和主義の効用とも言えるブランドイメージを培ってきたことも確かだろうと思っています。このように端的に書いてしまうと真意が正確に伝わらない恐れもありますが、これまで数多くの記事を通して平和の築き方安全保障のあり方について自分なりの「答え」を綴ってきたつもりです。

さらに改正条項の96条があるのですから大多数の国民から賛同を得られた場合、憲法9条が改められる可能性を残していることも覚悟しています。改めた後、今まで通りで何も変わらないのか、有益だったのか、致命的な間違いだったことに気付くのか、改めた先にどのような未来が待っているのか分かりませんが、すべて国民一人ひとりの責任と判断だろうと考えています。

ただ改憲の是非に対する論点が隠されたり、もしくは曖昧なまま国政選挙が行なわれるような事態は決して望ましいものではありません。国会の勢力図が変わった後、国民投票という直接的な是非を問う場面があることも承知しています。それでも初めて改憲という重要な局面を迎えるかどうかについては、与野党問わず各政党が真正面から争点にすべきものと思っています。

安倍晋三首相は2日の参院予算委員会で、憲法改正について「私の在任中に成し遂げたい」と明言した。首相の自民党総裁任期は2018年9月まで。夏の参院選で自民、公明両党に一部野党も加えた勢力で改憲発議に必要な3分の2以上の議席を確保することに強い意欲を表明。首相は衆参同日選も視野に、参院での改憲勢力の拡大を目指す考えだ。

首相は「自民党は立党当初から党是として憲法改正を掲げており、私は党の総裁だ。先の衆院選でも訴えているわけであり、それを目指していく」と強調した。そのうえで「自民党だけで3分の2以上を獲得することは、ほぼ不可能に近いだろう」と指摘。「与党、さらには他党の協力も得なければ難しい」と述べた。民主党の大塚耕平氏への答弁。

国会が憲法改正を発議するには衆参両院で3分の2以上の賛成が必要で、衆院では既に自民、公明両党で3分の2以上を確保している。参院でも与党だけで確保するには夏の参院選(改選数121)で86議席の確保が必要だが、これは大勝した13年の前回選挙(76議席を獲得)を上回る必要がある。

このため、首相は1日の衆院予算委で「おおさか維新も(改憲案を)一部示している」と指摘。憲法改正に前向きなおおさか維新の会などに呼びかけ、野党も加えた改憲勢力の結集を進めていく考えだ。首相は年明けから憲法改正に踏み込んだ発言を繰り返してきた。1月21日の参院決算委員会では「いよいよ、どの条項を改正すべきかという現実的な段階に移ってきた」と述べた。

2日の参院予算委では具体的な改憲項目に関する言及は見送ったものの、首相は最初の改憲項目として、大規模災害などを想定した「緊急事態条項」を創設することが念頭にある。自民党は党則で総裁任期を連続2期6年までと規定している。首相は既に再選を果たしているが、党内には中曽根康弘元首相以来となる任期の延長を支持する声もある。

参院予算委ではまた、中谷元防衛相が自民党の憲法改正草案で自衛隊を「国防軍」と位置付ける規定について「一定規模の人口の国家で軍隊を保持していないのは日本だけだ。独立国家が独立と平和を保ち、国民の安全を確保するため軍隊を保有するのは世界の常識だ」と説明した。【毎日新聞2016年3月2日

最近の国会質疑の中で、上記の報道のとおり憲法に絡む安倍首相の大胆な発言が目立っています。 安倍首相は具体的な改憲項目に関する言及を避けたようですが、中谷防衛相は自衛隊を軍隊に変える必要性を明言していました。そもそも安倍首相も先月の衆院予算委員会の中では下記の報道のとおり「戦力の不保持」を宣言した憲法9条を問題視し、現行憲法について「占領時代につくられ、時代にそぐわないものもある」と発言しています。

衆院予算委員会は3日、安倍晋三首相と全閣僚が出席して平成28年度予算案に関する基本的質疑を行い、実質審議入りした。首相は戦力の不保持を宣言した憲法9条2項について「7割の憲法学者が自衛隊について憲法違反の疑いを持っている状況をなくすべきではないか、という考え方もある」と述べ、改正の必要性に言及した。自衛隊については「60年以上にわたり国内外で活動を積み重ね、いまや国民の支持は揺るぎない」と強調した。

さらに、現行憲法について「占領時代につくられ、時代にそぐわないものもある」と指摘。その上で「私たちの手で変えていくべきだとの考えの下で自民党の憲法改正草案を発表した。国会は発議するだけで、決めるのは国民だ。国会が国民に決めてもらうことすらしないのは責任の放棄ではないのか」と述べ、改めて憲法改正に前向きな姿勢を示した。具体的な改正内容については「国民の理解が不可欠だ。国会や国民的な議論と理解の深まりのなかで、おのずと定まってくる」と述べた。【産経新聞2016年2月3日】 

安倍首相の紛れもない本音であり、このような本音を発しても現在の選挙戦の構図においては「絶対負けない」という驕りがある表われなのかも知れません。この発言に対して「九条の会」は緊急アピールし、「9条の意義を正面から否定する考えの持ち主」と批判していました。一方で、安倍首相の改憲発言を真っ当なものと受けとめ、諸手をあげて賛意を示される方々も多いのだろうと見ています。

いずれにしても精神的自由の実効性を確保するためには、このような一連の発言をメディアがもっと大きく取り上げ、論点を明確化していく必要があります。憲法9条を改め、日本国憲法の「特別さ」を否定し、「普通の国」になることの是非を国民全体で考えていくためにはメディア等から多面的な情報の提供が欠かせないはずです。最後に、自民党の山東元参院副議長は下記のとおり発言していますが、ぜひ、争点隠しに繋がるような姑息なことは謹んで欲しいものと願っています。

自民党の山東昭子元参院副議長は4日の党役員連絡会で、安倍首相が首相在任中の憲法改正に意欲を示したことについて「首相の思いは分かるが、参院選を前にして不適切だ」と批判した。参院選で憲法改正が争点になれば、自民党に不利に働くとの懸念を示したものだ。山東氏は「子育て支援策など、自民党の良い取り組みの効果が全部消えてしまう。選挙はますます厳しくなる」とも語った。これに対し、同じ会合に出席した同党の谷垣幹事長は「今までの選挙でも憲法改正を公約に掲げている」と取りなし、首相の姿勢に理解を求めた。首相は2日の参院予算委員会で「(憲法改正を)在任中に成し遂げたい」と述べた。【読売新聞2016年3月4日

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コメント

・戦争をさせない1000人委員会
・戦争法廃止を求める統一署名
・九条の会
ブログ主様には本当に申し訳ないのですが
私の大っ嫌いな組織ばかりですね。
特に戦争法廃止を求める統一署名
私は署名なんて、絶対にしませんね。
そもそも戦争法なんて法は、この国にはありません。
国民を愚弄するのもいい加減にしろといいたい。

こういう団体が政治勢力化しても
良い事なんて一つもないと私は思っています。

反対の為の反対や
部分的な問題に固執し
権力者のイメージを貶める目的しか持たない団体は
結局、その他大勢の国民の
嫌悪感を買う事になるのは、目に見えています。

在任中の改憲を叫ぶ安倍さんの想いは
私は評価します。
というか、権力者としてはとても健全です。

憲法と権力者は相反作用です。
国民はそれを監視する役割であり
憲法に対して暴走すれば、裁判所に止めさせて
国民に対して暴走すれば、選挙で落ちる。

暴走しているかどうかを監視する側が
「戦争法案」なんて言葉を使って
自ら暴走するのは、醜い以上の何物でもないし
単なる扇動集団です。
宗教団体と言ってもいい。

どうして自民党の反対勢力として
まっとうな団体が出てこないのか?

その理由の一つが、こうした団体の活動にあると
私は思っています。

投稿: いまさらですが | 2016年3月12日 (土) 21時40分

憲法の解釈や
集団的自衛権の行使容認に対する見解として
彼らの主張には正論が確かに存在します。

私も「その通り!」と頷くことは多々あります。
しかし、決定的な間違いが、いつもある。
それは「将来のビジョン」と「反対する真意」です。
具体的に書くと
もう何千字にもなりますので省略しますが
「どこが間違っているのか」
「どう修正すれば、次のステージに進むのか」
「どういう道を歩むのか」
その目的があるから
国民は支持の意思を持つんです。
この根本原理をまるで分かっていないばかりか
安保関連法を侮蔑する略称を使い
戦争と直結するような不安感を煽るばかり。

いっそのこと、私は安倍さんにこう言ってほしい。

「私の憲法改正案が否決されたら自衛隊を解散します」

そこで初めて
「武力で国を守るのかどうか」について
国民が真に責任と覚悟を持った上で
重大な結論を導くものと思います。
ま、これは極論ですけどね。

投稿: いまさらですが | 2016年3月12日 (土) 22時05分

>集団的自衛権が行使できない「特別な国」 だったからこそ、アメリカ軍と一緒に自衛隊が戦場に立つことはなく、

日本は憲法9条が既にあった朝鮮戦争当時、日本特別掃海隊を派遣して最前線で米軍・国連軍のために機雷掃海任務という危険な任務を行っています
事実上参戦し、アメリカ軍と一緒に戦場に立っています
吉田首相も、隣国の大戦争という厳しい現実の前に、憲法違反という認識を持ちながらあえて参戦しています

憲法9条がありながらも日本は参戦したというのが歴史的事実であり、護憲勢力が「平和憲法(この名称も護憲勢力の自称に過ぎませんが)のお蔭で戦後日本は戦争せずに済んだ」という美名を使いたいために、朝鮮戦争参戦という都合の悪い事実を意図的に無視する姿勢は歴史に対する冒涜です

そのような歴史の改竄をするような勢力を、私は厳しい言い方ですが軽蔑します

>日本の平和主義の効用とも言えるブランドイメージを培ってきたことも確かだろうと思っています。

日本の仮想敵国
ロシア・中国・北朝鮮(と韓国)は日本を平和主義国なんて一度も思ったことは無いでしょう
朝鮮戦争では在日米軍基地が最前線の補給基地として重要な軍事拠点でしたし、ベトナム戦争・湾岸戦争・イラク戦争でも日本から爆撃機・攻撃機が飛び立ち、爆撃しています

仮に今朝鮮戦争が勃発した場合、北朝鮮から見たら日本は完全な敵国であり、米国と同罪です
日本の在日米軍基地から強襲揚陸艦や攻撃機、米海兵隊などが派遣されているのに「自衛隊は参戦していないから平和主義国家」などというふざけた理論が通用する訳がありません

投稿: bare | 2016年3月13日 (日) 02時54分

>bare 様
貴殿のご主張は、とてもよく理解できます。
でも、米軍と一緒に参戦した歴史的事実は
憲法に対する冒涜です。

私たち国民は、こうした権力者の暴走を
憲法という道具で、監視するのが役目です。
参戦事実を称賛するなら
憲法を変えなければなりません。

ブログ主様は
歴史を改竄する意図はないと思いますけどね。

ちなみに
日本を平和主義国と思っていない国に対しても
その国に、必ずいるであろう
平和を愛する諸国民を信じて
自分たちの安全と生存を保持しようと
決意している旨を訴えていくのが
日本国民の務めですよ。
憲法にはそう書いてあるのですから。
そして憲法は私たちのものなんですから。

こう書くと
「現実離れした脳内お花畑」とか言って
批判されるんでしょうねw

投稿: いまさらですが | 2016年3月13日 (日) 11時16分

こんにちは。
管理人さん
岡田克也・民主党代表が
”憲法を改正して海外での武力行使を可能にすべきだ”
と、発言したことがあるのをお忘れか?

投稿: す33 | 2016年3月13日 (日) 12時45分

今回の署名活動について、管理人様をはじめ、活動に関与された方に訊いてみたい(というより、自問自答してみて欲しい)質問が2つあります。

<1> 今回のような解釈の余地を潰してしまうため、戦力不保持 or 個別的自衛権only を確実なものにするため、融通無碍な解釈の余地を潰してしまう方向での憲法改正(第9条の改正)を訴える運動をしようという発想はありませんか?手段としては、法律反対を求めるよりも強固な形ですよ。

<2> 「戦争法」という名前あるいは略称の法律は、現行法制の中に存在しません。署名を政府に届けたとき、「存在しない法律は廃止することができない」と応答されたらどうしますか?「戦争法という法律が実存すると信じて署名した方の心情」を粗末にしたことになりませんか?そうした心情に責任を持てますか?

実は、ワタクシが出資者として組合員になっている生活協同組合さんが、この署名活動をされていました。その場で通りかかったワタクシに声を掛けてくださった方に、「生協の一組合員の意見として、この活動を指揮している生協幹部に伝えて欲しい」と前置きをして、上記2つの質問を直接しました。
末端で活動している方には意地悪な質問だったかも知れませんが、応答は要領を得ていないように感じましたし、多分上層部にも具申や報告はされないでしょう。

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 15時19分

<1>に関して。
今回の平安法制に反対される方・集団的自衛権の超限定行使に反対される方・平安法制を戦争法と呼称される方は、多くの場合、憲法改正に反対です。
でも、「憲法改正 = 軍隊の保持」だけではありません。「憲法改正 = 戦力不保持の徹底。変な解釈の余地を潰す」という途もあります。
仮に今回の平安法制を廃止して元に戻せたとしても、また「融通無碍な解釈で、似たような法律を制定しようとする動きが出てくるかも」知れません。
であれば、「集団的自衛権の行使反対・戦争反対」という目的を達するため、「今の憲法の理念をより強固にするため、変な解釈の余地を潰してしまうため、その方向で憲法を変えてしまう」方が、手段としては強固かつ適切ではないでしょうか。
融通無碍な解釈で法律を作るより、憲法を変える方が遙かにハードルは高いです。だから「憲法改正 = 戦力不保持の徹底。変な解釈の余地を潰す」方がより安心できるではないですか。

今の日本は、たまたま偶然が重なって得られてきた「均衡」にささえられて、戦後の平和がたもたれ、それにあぐらをかいて安住することができてきました。
しかし、今後そういう状況が続いていく保証はなくなりつつあります。
つまり、今の戦力不保持や平和国家路線を続けて行くにも、「相応の(犠牲を払う)覚悟がいる」状況になっています。
平和運動体が「憲法改正 による 戦力不保持の徹底」を指向されるなら、結果生じうる犠牲を受忍するだけの覚悟があるのだろうと思います。
でも、「法案反対」かつ「憲法改正反対」だと、偶然の産物である現状の均衡状態に甘えた、「覚悟のないぬるい運動」の域を超えないと考えています。

現状の均衡は、「憲法という文字の羅列が維持している」のではありません。「憲法という文字の羅列に表わされた姿を、現実世界の上で築くために払われている、海保や海自の・あるいは政府の職員さんの無数の努力が維持してる」のです。
日本は、ロシア・中国・朝鮮・アメリカと四方を「核兵器」で囲まれてるんですよ。均衡が保たれているうちは、安息も保たれるでしょうが、「その均衡を保つための何らかの相応な努力の必要性」は、前よりも増すことはあっても、減ることはないでしょう。

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 15時20分

<2>に関して。
総務省行政管理局によれば、今年2月1日時点で、日本国の現行法は1,960本あるそうです。近日中に施行が予定される法律も幾つかあります。
これらの中に、「戦争法」という法律は存在しません。
「存在しないし、施行予定もない法律の廃止を求める署名活動」というのは、何かのギャグですか?それとも大規模に一般住民を巻き込んだ「途方もない規模のドッキリ企画」ですか?

もちろん、判っていますよ。平安法のことを戦争法と呼称しておられるのは。
そう感じ・そう呼称する自由は、保証されるべきだろうし、否定するつもりもありません。

しかし、これは「衆院・参院の両議長、内閣総理大臣」を名宛人とする”署名”なんでしょ、署名用紙にそう書いてるのだから。
だからこそ「正式な名称」を表題に掲げないと拙いのと違いますか。それは「政治的運動や署名活動において最低限守るべきもの」ではないのですか。
「署名を頂いても、存在しない法律はそもそも廃止しようがない。」と切りかえされたらどうするんですか?
「姑息な言い逃れ」だとお怒りになるかも知れませんし、事実「姑息な言い逃れ」かも知れません。でも、「そんな、しょうもない言い逃れの余地を与えたのは、署名運動を行った側の人間」ではないのですか?

ホンキで法律の廃止を求めるなら、騒ぐことが目的でないのなら、「戦争法の廃止を求める」なんて”表題”は直ちに止めて、やり直すべきではないですか、遊んでるんですか。
平安法を戦争法だと認識されているのは判ります。だからこそ廃止させたいのだということも。主張内容への賛否は別です。
そして、「戦争法」というキャッチコピーを附ける方が署名を集めやすいという判断が下されていたとしても、それも一理あるかも知れません。
でも「衆院・参院の両議長、内閣総理大臣」を名宛人とする”署名”なのだから、「平安法の廃止を求める」としたらどうですか。せめて「平安法(いわゆる戦争法)の廃止を求める」とか、「平安法(事実上の戦争法)の廃止を求める」とかでもよいでしょう。「平安法は戦争法だという主張は、本文に書けば足りる」でしょう。

こういう些細なことが、中間層(浮動層・流動層)を引かせてしまって、運動の規模を抑える方向に作用し、結果として為政者を助けるんですよ。

ワタクシは、共産党さんを支持はしませんが、それでも「戦争法(平安法)」というように 順番は逆のような気もするけれど 表題に「(平安法)」という正式名称を用いたポスターを作っておられるだけ、今回の運動体よりはマシだと思ってますよ。

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 15時21分

すいませんね、長文を連投して。

「他人様の庭先でやらないで、自分の blog を作って主張しろ」というご批判は甘受します。

でも、街頭の署名活動を実際に見聞きして、言わずにはおられなかったんですよ。
主義主張はワタクシとは違いますけど、もう少しやり方があるだろうにって思うんですよ。重要な問題なのは事実ですし、真剣に考える必要があることも事実だと思うので。

結構な長文を入力したら、思ったより時間がかかってしまったんで、「議長ォー!トイレ休憩とらせてくださいっ!」と叫びつつ退散します。

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 15時27分

えっと、
近代の立憲主義を前提にすると、憲法前文に書かれていることは、「国民の”務め”」ではありません。

こういう憲法観(憲法を国民の道徳規範とみなす憲法観)は、自民党さんの改憲草案に通ずる部分があると感じますので、賛成はできません。

「現実離れした脳内お花畑」とは思いませんが、「国民の”務め”だとすることは、近代立憲主義に反する」とは思います。

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 15時53分

いまさらですが 様

>憲法という道具で、監視するのが役目です。参戦事実を称賛するなら

私の文章のどこに「参戦を称賛」する部分があるのでしょうか
称賛していないのに、称賛したと勝手に解釈し、それに反論することは詭弁です

>ブログ主様は歴史を改竄する意図はないと思いますけどね。

「ただ朝鮮戦争の際には海上保安庁の日本特別掃海隊が機雷除去に携わり、56名の日本人が命を落とされていました。当時、新憲法が制定されて3年、戦時下の朝鮮水域への掃海艇派遣は憲法9条に抵触する恐れがありました。」

ブログ主さんが「セトモノとセトモノ、そして、D案」で書いた文章です
ブログ主さんは日本特別掃海隊による事実上の参戦を知っています

投稿: bare | 2016年3月13日 (日) 16時39分

う~ん。
「特別掃海隊」は、海保の派遣であり軍隊の派遣ではない。
と言う理屈を持ち出すにしても、機雷を敷設した相手方からすれば十分に敵方ですしねぇ。

というか、相手方からすると、国連軍指定基地があるだけで、敵方の拠点ですよ。
今でも、朝鮮戦争は休戦中であって終戦はしておらず、伴って今も国連軍指定基地は日本に数箇所あるので、休戦中の相手方からすると現在進行形の敵方以外の何者でもないでしょうね。

で、「自衛隊は参戦していないから平和主義国家」と言っていればすんだのは、当時の相手方に日本を直接攻撃する手段がなく、敵方の一部としての自覚を持たなくてすんだだけでしょう。当時相手方にその能力があれば、何らかの攻撃は受けたと思います。

今は、直接日本を攻撃する手段を持ってますから、「自衛隊は参戦していないから平和主義国家」なんて言っても、単なる自己満足であって、現実は容赦ないと思いますね。

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 18時38分

いまさらですがさん、 bareさん、す33さん、あっしまった!さん、前回記事も含めコメントありがとうございました。

私自身への問いかけがいくつかありました。数年前まではコメント欄に寄せられた問いかけ一つ一つをコメント欄でお答えしてきました。何回もコメント欄で答えていた同じような内容だったとしても、別な方からの問いかけである場合も多いため、その都度、丁寧に素早く対応していくことが大切な関係性だろうと考えてきました。また、すでに記事本文の中に書き込んでいた内容だったとしても、しっかり伝え切れていないという点などを踏まえて改めてコメント欄を通してお答えしていました。

一つの記事に100件以上コメントが寄せられる時も多く、管理人一人対多数の投稿者という物理的な困難さもありましたが、このブログを開設した目的を考えればそのような関係性も過剰な負担だとは思っていませんでした。とは言え、私自身の「答え」を繰り返しても、その「答え」がご自身の「答え」とかけ離れている場合、「答えていない」もしくは「論点をはぐらかしている」などというお叱りを受ける時が頻繁にありました。

そのため、いろいろ試行錯誤しながら現在は記事本文に集中するスタイルに至っています。その記事本文も土曜か日曜のみに関わるため、コメント欄も土曜か日曜のみに関わるようにしています。今回の投稿のようにコメント欄に長々と書き込む時もありますが、基本は記事本文に集中しています。

このような経緯を時間をかけて説明するのであれば、できる限り問いかけに答えるべきではないかという疑問を持たれてしまうのかも知れません。それでも平日、すみやかな応答を控えていくため、個別の具体的なレスは控えさせていただきました。

その上で、総論的なお答えとして、私自身の「答え」は個別の組織や政党と同一という訳ではありません。今回の記事本文の中にもそのような記述を意識的に織り交ぜているつもりです。いずれにしても毎回、私自身が正しいと信じている「答え」を記事本文に綴り、その「答え」が不特定多数の方々からどのような評価を受けるのかどうかという関係性だろうと考えています。

長々と書きながら、あまり中味のない話で申し訳ありません。ぜひ、このような関係性について改めてご理解ご容赦いただければ幸いですので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年3月13日 (日) 22時43分

管理人様の現在の運営方針は十分承知した上で、好き放題な投稿をさせていただいています。

こうしたワタクシの投稿姿勢について、容認していただいていることについては、感謝申し上げたく存じます。

管理人様の視点・論点について、こういう視点・論点もあるんだよっていうコトが、管理人様や閲覧者各位に伝わればそれで良いだろうと思って、書き散らしています。

実際問題として、これだけの分量をコメント欄に投稿すると、ひととり読んでいただくだけでも結構なお手間を掛けているという恐縮する部分もありますので。
コメントを書く側の労力は、能動的なものですのでアレですけど、読む方の労力はまた別のものがあると思っていますので。異なる見解を延々と読み続けるのはなかなかエネルギーも要りますし、そうした異見を排除されない姿勢は凄いことだと思っています。(汗;;

投稿: あっしまった! | 2016年3月13日 (日) 23時03分

ブログ主様は、私のような迷惑行為は
無視して下さってかまいません。嫌なら、消去下さい。
これはあなたのブログです。
私は主様を良識ある方とお見受けして
議論が深まる事を勝手に期待しているだけですから。

>bare 様
貴殿の「改竄」という言葉に悪意を感じたのです。
改竄とは、書き換える事です。
歴史的事実を取捨選択することとは違います。
ですから、私はあえて「称賛」という言葉を使った。
それだけです。

「務め」と書いた表現は確かに正確ではありませんが
私の真意は読み取ってくれていると思います。
国民が憲法を掲げていて
「憲法は守らなくてもいいものだ」と思っていたら
憲法の意味ないですからね。当然責務はあります。
私の嫌いな百地さんも書いてますよね。
http://www.sankei.com/politics/news/130727/plt1307270022-n1.html

投稿: いまさらですが | 2016年3月13日 (日) 23時24分

いまさらですが 様
>改竄とは、書き換える事です。歴史的事実を取捨選択することとは違います。

結果日本は参戦しなかったと歴史を書き換える言動と同じだと思いますが

では訂正しましょう
朝鮮戦争の日本参戦を無かったことにして、「戦後日本は戦争せずに平和だった」と事実と違う事を言うのは歴史のねつ造です

>ですから、私はあえて「称賛」という言葉を使った。それだけです。

私に悪意があったと判断したから、あなたも悪意を持って応えたという事ですね
分かりました
しかし、だからといってあなたが詭弁を弄したことには変わりません
私が参戦を称賛した事実はありません

投稿: bare | 2016年3月14日 (月) 07時25分

>いまさらですが氏

上記にあげた組織は私も嫌悪感しかありませんね。日本の代表的な平和団体の思考が、宗教の原理主義と変わりません。彼らは9条が聖書やコーランと同じく神の言葉に等しく、改変することなど決して許されないのだと思います。だからこそ、活動内容があんな感じになるのでしょう。もちろんOTSU氏のように平和を願って活動してる方が大部分と思うのですがね。

投稿: nagi | 2016年3月14日 (月) 12時16分

>自民党の山東元参院副議長は下記のとおり発言していますが、ぜひ、争点隠しに繋がるような姑息なことは謹んで欲しいものと願っています。

争点隠しと言いますが、民主党をはじめとする野党は憲法についてまっこうから議論したことなどないはずですがね。今の野党がしてることは、単なるレッテル貼りの不毛なヤジばかりですから、争点には最初からなりません。ならない以上争点隠しの心配は不要ですよね。

先日も安倍総理が自衛隊の存在は憲法学者の7割が違憲の疑いが強いと指摘してます。他の方のコメントにも自衛隊の法的根拠の問題が指摘されています。解釈にたよるのではなく、憲法上に明確に定めることが必要ではないでしょうか。そのうえで日本は他国を侵略しないと定めることで平和国家のブランドも保てます。なぜなら現在と実質なにも変わらないからです。

9条を守れ、戦争法を廃止せよと運動してる方々の中で、ある方は自衛隊は合憲だから存在して良いと考え、ある方は自衛隊は違憲だから廃止せよと考えている。この両者にとって守るべき憲法9条ははたして一致してるのでしょうか?私にはよく理解できません。自衛隊を解散すれば、平安法など無意味な法律になりますよね。

しかし、自衛隊については賛否が分かれるから、意見の統合が簡単な「9条を守れ、戦争法を廃止せよ」と運動してるわけでしょうか。しかし何を守って何を廃止したいのか本当のところは運動してる方々も理解してないような印象すらあります。

9条を守れ って何を守ろうとしてるのかどなたか教えて下さい。

投稿: nagi | 2016年3月14日 (月) 17時59分

nagiさん

9条を守るんでしょう(笑)
国を守るとか、アジアの安定を願うとか、世界に平和をなど、もう関係ないのかもしれませんね。

さて改憲ですが、仮に自民党連合が2/3を確保したとします。
国会議員のハードルは超えましたが、その先には国民の審判があるのではないですか?
どんなに自民党が変えたがっても、国民の1/2が賛成しなければ改憲は成しえない。

そこに十分な答えがあるとおもうのですが。
最後に決めるのは、国民であると。

投稿: 下っ端 | 2016年3月14日 (月) 20時00分

自衛隊を肯定する人が7割か8割でしたっけ?内閣府さんの調査で。
で、憲法の改正に反対する人は5割ほどという、どちらかというと護憲寄りの報道機関の世論調査があって。
そして、憲法学者の7割から9割ほどが、「自衛隊は違憲」だと言ってるという世論調査がある。

(矛盾した選択肢が同時に選択されている可能性があると想定しうる状況ですからね。)
かなりねじれて混線してますから、いわゆる「スパゲッティ・コード」ですね。
しかも、無停止の状況をキープしつつ(というか、絶対に停止させてはならない)、改修を要する問題箇所を探し出して、改修の可否の判断を(影響調査も含めて)行わないとならないっていう。

---- いかは、ワタクシの脳内の想像世界

上司さま、こりゃ、ムリですわ。
現状のまま、流れるがままにしないと、どうにもならんのと違いますか。どんでもない状態に行き着くにしても、結果として現状の平穏な稼働状態が維持されるにしても、成るがままに任せて放って置くしかないのとちがいますか。
むちゃくちゃ怖い選択ですけどね。しょうがないですよ。
壊れて止まってから考えましょう、壊れたときに手当てできるヒト・モノ・カネが残ってるかどうかは判らんですけど。

何をどうしたいのか?(どういう状態にすれば、改修が成功したと・目的が達せされたと判断されるのか?)がハッキリしないまま、「とにかく改修する・いいやしない」って、意思決定権を持つひとがアタフタしてる感じになってますもん。

----
っていうデスマーチ・プロジェクトを連想したりして。

投稿: あっしまった! | 2016年3月14日 (月) 23時39分

ワタクシが漠然と思うのは、
著名な護憲派団体の守りたいものって、

『今の憲法という文書の、”1字1字の文字”であり、”現状における文字の配列”』

なのじゃないかな。
憲法という文書にまとめられている、その背景にある意思とか思想、ルールとか仕組みとかそういうものではなくて。
だから、憲法で表わされた「思想とか意思の(ルールとか仕組みの)変更・置き換え」のみならず、「現在込められている思想とか意思(ルールとか仕組み)をより確実に具現化させるための文書表現の変更」でさえも拒絶する。

「憲法を護る(遵守する)」というよりは、「憲法という経典の文字の羅列を守る」って印象。
まさしく「法典」ではなく、「経典」なのだろうなっていう。それは即ち「信仰」であり「宗教」の域に達してるような雰囲気が感じ取れる、そんな気がする。
「教義に疑をもつことは、許されない」っていう。だから、相手方の主張を聴くことさえ拒絶するし、「異なる意見(の持ち主)を邪悪な存在であるかのように喧伝する」のだろうなって。

「統治のルール、統治の仕組みを考える」派と、「経典に書かれた教えを守る」派の争い。着地点を見出すことはおろか、 正面から論じるコト・争点化を持ちかけてくる相手に正面から対して争点として設定すること さえマトモにはできないのでしょう。

投稿: あっしまった! | 2016年3月15日 (火) 06時32分

ただ、改憲派と呼ばれる側にも、
護憲派とは別の意味で、「教義」として扱いたいと思ってると感じ取れる方々もおられるとは思う。

そういう意味では、改憲派の中にも、
「統治のルール、統治の仕組みを考える」派と、「新しい経典を創る」派がいらっしゃるのだろうと思ってはいますよ。

「法」というものを「国民の絶対に遵守べき道徳規範」に置き換えてしまおうっていう雰囲気が感じ取れる部分もあったりして、ワタクシは、「そうした方向での改憲論も、護憲派とはベクトルは違うけど、一つの宗教」な気がして、賛意は示せない。

投稿: あっしまった! | 2016年3月15日 (火) 06時39分

>下っ端氏
>あっしまった!氏

法典ではなく経典とはピッタリな表現ですね。そうすると思考回路はISISと同じになってしまいます。原理主義と言いますかね。何とも怖い話です。かの人たちの語る平和とは何かと考えるのが怖いですね。

そろそろ良い時期なんでしょうね。国民全体が真剣に国のありかたを考え、そして国のありかたに見合った憲法を制定する。

アメリカの大統領選がどのように展開するか不明ですが、トランプ大統領が誕生すれば、平和団体が望むようになりそうですね。彼はモンロー主義を復古しそうな感じですから。日本から遠慮なく米軍を撤退させて基地もなくしてくれるでしょう。日米安保も変わらざるえない。中国とロシアが喜びそうですね。

投稿: nagi | 2016年3月15日 (火) 10時35分

初めてコメントします。

護憲派の最大の問題点は、憲法に対する愛情が足りないことだと思います。

圧倒的多数の国民は、9条のようなイデオロギー対立が非常に激しい問題に関わり合いたくないというのが本音ではないでしょうか?それなのに、護憲派は、団体の名前や護憲運動の名称に「9条」を冠することが多く、この点、非常に無神経です。9条を前面に押し出した護憲運動に支持が集まらなければ、国民が興味を持ちそうな憲法問題を取り上げればよいのに、9条以外の憲法知識が非常に薄いので、それができない。

 逆説的ですが、9条を護りたいのであれば、9条以外の憲法問題にもっと関心を持たなければだめだと思います。そうすることによって、護憲派の主張に厚みが増し、より多くの国民から支持が得られるようになるはずです。

投稿: momogoho | 2016年3月15日 (火) 18時18分

まず最初に断っておきます。
私は、議論の飛躍を好みません。
スパゲッティコードやデスマーチプロジェクトのような
センスのある比喩は大好きですがw

私が「宗教団体」という言葉を使ったが為に
憲法は「経典」になり、ISISが出てきてしまった事。
反省です。
確かに宗教的な部分はあるとは思います。
しかし、憲法は経典でもなく、彼らはISISでもない。

この議論の飛躍こそが、話をややこしくするし
偏見やいらぬ対立を生むのだと思います。

左翼的な団体にも右翼的な思想にも
「なるほど」と思うところがあるし
「はぁ?何言ってんの?」と思うところがあるわけで。
少なくとも私は、ここに書き込む目的として
自分の見識を高めたいと思っている訳で。

憲法の存在意義を、義務教育で
きちんと教育してこなかった日本は
憲法の価値すら、みんなバラバラ。
中学の時に、国民の三大義務って習ったでしょ?
戦争放棄って習ったでしょ?
でもさ、そもそも憲法の役割は
権力者の遵守義務で、国民の義務じゃないし
戦力を持ってる以上、戦争放棄してないじゃん。
でも、
国民の三大義務をかけ!
平和主義を学べ!
って先生どもはのたまっちまう訳ですよ。
「てめぇがわかってねぇし、守ってもいねぇ!」
と中学時代に叫んでガラス割りたかったw

私は、軍隊を持てとか、あるいは、ガンジーになれとか
そういうこと言ってんじゃない。

憲法とは何か?
立憲政治とは何か?

そういう基本的な事を理解すべきで
国ぐるみで「誤魔化」すのはおかしいって言ってる。

姑息な手段で結論を回避し、言葉遊びで誤魔化せば
とりあえず今の課題が後回しになる。
アメリカさんには絶対逆らえないしね。
日本人はそうやって70年生きてきたんでしょ?

でも、もういいでしょ?

自分の次の世代の人には
結果がどうであれ、立憲主義、法治国家の基盤だけは
作ってあげたいなぁと私は思っているのです。

その為には議論の飛躍に固執するのではなく
なすが儘にもするのではなく
「日本をどうするか」「憲法をどうするか」
7月までに、
個々が見識を高めるべきだと私は思っています。

投稿: いまさらですが | 2016年3月17日 (木) 00時14分

戦後一貫して、護憲派は立憲主義という概念を浸透させることを怠ってきたので、殆どの国民は立憲主義という概念を知りません。最近になって、共産党や社民党は立憲主義という言葉をやたらと多用するようになってきましたが、憲法9条を守れという意味で立憲主義を使っており、無党派層に立憲主義への嫌悪感を与えるのではないかと危惧しています。

参院選までに国民に立憲主義を理解してもらうことは不可能なので、立憲主義を守れと主張している政党には、立憲主義(=憲法で国家権力を制限する)を具体化した制度・政策を提言してもらいたいです。例えば、一定の事項(例えば、議員歳費の額)については国会から立法権を取り上げ、国民が決められるように憲法を改める、憲法に世襲制限条項を入れる、政治家一人一人の立法能力をきちんと吟味する制度を作るなどです。

安保法制という狭い文脈で立憲主義という言葉を使うのは止めてほしいです。支持率が下がりこそすれ、上がることはないと思います。

投稿: momogoho | 2016年3月17日 (木) 18時50分

確かに、「護憲」にしても「改憲」にしても「立憲主義」にしても、すべて「憲法を論じる」でなく「第9条を論じる」になってますからねぇ。

第9条だけが憲法ではないのですし、「第9条さえ守られれば、ほかの条文はどうでも良いし、違反しても構わない」って話ではないですから。

平安法を巡っては、「文民統制」とは「文官統制」であるみたいな、矮小化した話もありましたし。「立憲主義」を「第9条護持・遵守」という文脈に矮小化して欲しくはないですね。

「立憲主義」とか「憲法」について、まともな議論を妨げてしまいますから。

そうした前提の下で、一部護憲派団体の間で「経典化してる」っていう現状も、揶揄でなく、前提となる現状認識の一部としては顧慮しないわけにはいかない気がするんですよね。

投稿: あっしまった! | 2016年3月18日 (金) 14時08分

念のためですが。

もちろん、宗教・信仰・経典という言葉を安易に使うことは、議論の混乱とか焦点の拡散・希釈化・偏見・罵詈雑言等々本筋から離れる危険性があり、そうしたことを臨んでいるわけではありません。揶揄する意図もありませんし。

これは、この件に限らず、汎用的なことだとは思いますが、対立する思想・信条・主張の持ち主に対する態度としては、ラベリングや揶揄は避けるべき手法であろうと思っています。

ただ、憲法はあくまでも「憲法という法典」であり、「立憲主義という統治体制(統治の思想)のツール」であるがゆえに、「経典とか信仰の対象」扱いすること自体には否定的な印象を持っています。

投稿: あっしまった! | 2016年3月18日 (金) 15時12分

あっしまった!さん、いまさらですがさん、 bareさん、 nagiさん、下っ端さん、momogohoさん、前回記事も含めコメントありがとうございました。

多様な視点からのコメントの数々、迷惑だと考えたことは一度もありません。逆に私自身がすみやかにレスできず、その点について申し訳ないものと思っています。

これからも私自身は記事本文を通し、皆さんからのコメントに対して思うことや間延びしがちなレスに努めさせていただきます。引き続きご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年3月19日 (土) 21時38分

護憲派の政治団体は、支持率を下げることを目標として政治活動をしているのでしょうか?あるいは、民主主義国家では、支持率が低い政治団体の主張は軽視されるという原則を知らないのでしょうか?旧態依然とした主張・活動を繰り返し、その都度支持率が下がっていくのを見ると、そのような感想を持たざるを得ません。

もし、民進党(旧民主党)に支持率を上げたいという気持ちがあるのならば、立憲主義政党というポジションは完全に空位になっていると申し上げたいです。自民党は反立憲主義の立場を明らかにしているので、自民党との差別化をすることができますし、無党派層の心をわしづかみにするヒントがたくさん詰まっていると思います。但し、ヒントを具体的な政策に結び付けるには、他の方もおっしゃっているように、憲法はツールであると考えていただく必要があります。

 社民党の考え方=現行憲法を100点満点と考える。論理的に、活動は反対運動にならざるを得ず、創造的な提案がなされる可能性がない。
 自民党の考え方=現行憲法を0点と考える。現行憲法=敗戦のシンボルと感じている。反立憲主義。国民の義務をたくさん盛り込みたい。
 私の考え方=現行憲法を70点と考える。悪くはないが、政治家の知力・モラルを過信しすぎている点が問題。憲法には、政治家の義務をたくさん盛り込みたい。現在この立場に立つ政党はなく、完全に空席になっている。

投稿: momogoho | 2016年3月20日 (日) 11時23分

momogohoさん、コメントありがとうございました。

新規記事は「民進党、中味に期待」としています。直接的なレスに繋がっていないかも知れませんが、私なりの問題意識をまとめてみました。ご覧いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2016年3月20日 (日) 21時56分

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