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2016年1月31日 (日)

北朝鮮の核実験

年明け早々、北朝鮮の「水爆実験成功」という報道が駆け巡りました。水爆だったのかどうか断定できませんが、4回目の核実験に成功したことは間違いないようです。このブログの新年の記事「2016年、三猿の真逆な心構えで」のコメント欄では、nagiさん、す33さん、でりしゃすぱんださんから北朝鮮の核実験を受けたご意見をお寄せいただいていました。

それに対し、私からは「このような論点について機会を見て記事本文で改めて取り上げたいものと考えています」とお答えしていました。今回、北朝鮮の核実験に絡む私なりの問題意識や現状認識を綴ることで、遅くなりましたが当該コメント欄でのレスに繋がればと考えています。まず平和フォーラムと緊密な協力関係があり、平和フォーラムのホームページでも紹介された原水爆禁止日本国民会議声明を紹介させていただきます。

朝鮮民主主義人民共和国の「水爆実験」に強く抗議するとともに、国際的対話を求める(声明)

本日(1月6日)午前10時半、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が「水爆実験」を実施したと朝鮮中央テレビが報じました。2006年10月 9日の最初の核実験から数えて4回目、2013年2月に行われて以来3年ぶりとなる核実験です。東北アジア地域の緊張をさらに高め、世界平和の脅威となるもので決して許されるものではありません。

原水爆禁止日本国民会議(原水禁)は、ヒロシマ・ナガサキの悲惨な現実と向き合い、核兵器廃絶のとりくみをすすめてきたものとして、北朝鮮政府に対して強く抗議します。北朝鮮政府は「最初の水爆実験が成功裏に実施された」と発表し、高度な核技術を保持したと誇示しています。核兵器の非人道性を省みず、核兵器能力の向上をはかる北朝鮮政府の姿勢は、国際社会の強い非難をあびるものです。

原水禁は、北朝鮮政府に対して直ちに核兵器開発を放棄し「並進政策」を見直すよう強く求めます。日本政府は、「我が国の平和に対する重大な脅威であり、国際的な核不拡散のとりくみに対する重大な挑戦である」として、北朝鮮政府をきびしく非難しています。しかし、日本政府が米国の核の傘に依存し続けていることも事実です。原水禁は、日本政府自らが核抑止や武力による安全保障政策を放棄し、東北アジアの非核化に向けた被爆国としての真摯なとりくみに着手することを強く求めます。

また、米国政府及び国際社会は、北朝鮮に対する制裁措置を強化することなく、昨年10月1日に国連総会で行った北朝鮮の李洙墉(リ・スヨン)外相の 「朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換するよう米国にあらためて要求する」とした一般討論演説に対して真摯に対応し、その実現に向けた対話を開始すべきです。1953年7月27日の休戦協定によって、朝鮮戦争における武力衝突は一旦終結したものの、北朝鮮と米国は停戦状態のまま不正常な関係を続けてきました。

そのことが国際社会から北朝鮮を国際社会から孤立させることにつながり、東アジアの平和への大きな脅威をつくりあげています。解決の道筋が何処にあるかは明確です。原水禁は、北朝鮮に対して核政策の放棄を求めるとともに、米国政府に対して北朝鮮政府の主張に真摯に耳を傾け、二国間及び六か国間の国際的対話をつくりだす努力を強く求めます。

nagiさん、す33さんの最初のコメントが寄せられた後、私から参考までに上記の声明のリンク先URLを紹介していました。リンク先をご覧になったす33さんの感想は「やっぱりね、左翼の集まりですね。紙切れ1枚で終わりですか。平和フォーラムは中国か北朝鮮の団体ですか?(笑) 中国の尖閣侵略・軍拡、北朝鮮の核実験・拉致、韓国の竹島にはまったくデモ、抗議集会やってないじゃないですか。デモの相手は日本政府、アメリカばかり。70年代~80年代の左翼活動とまったく変わってないですね。これでよく平和とか言えたものですね(笑)」というものでした。

nagiさんも「やはり予想どおりですね」と述べていますので、同じような感想を持たれたものと思っています。さらに「中東の対立、共和国の核実験や軍事行動。それらに対してどう行動するのか、平和団体及び平和活動する人々は、ものすごく注目されていますよ。頑張ってほしいですね」というシニカルなエールも付け加えられていました。

このエールに対し、でりしゃすぱんださんからは「平和運動をする人々が注目されている旨のnagiさんの指摘は私もそう思います」「日本国憲法は国内法であり、国外の愚連隊には通用しないばかりか、国内に愚連隊ができて破られた場合にも憲法が何もかも守ってくれる実力阻止できるものではありません。御名御璽を経たただの紙切れです。紙切れが実力行使を抑止するわけはありません。現場と一体となってはじめて抑止ができるのですから」というコメントが寄せられていました。

以上のコメントに対する私自身の受けとめ方や考え方は次のとおりです。「紙切れ一枚の抗議文を出して終わり」という見られ方ですが、いわゆる左に位置付けられる平和フォーラムなどの団体も北朝鮮の核実験に強く反対する立場です。その際、デモや抗議集会に取り組まないことについて、これまでも同様な趣旨の指摘を当ブログのコメント欄に寄せられる時がありました。

以前の記事「自治労の話、2012年夏」の中でも触れてきましたが、中国や韓国の大使館前で抗議集会に取り組まないから「中国か北朝鮮の団体ですか?」という論法には違和感を覚えています。核兵器廃絶を求める立場であれば、いかなる国の核実験に対しても強く抗議していかなければなりません。一方で平和フォーラムは四六時中、デモや抗議集会に取り組んでいる訳ではなく、確立している方針に基づき運動の大きさや山場などの時期に必要に応じて提起している現状です。

いずれにしても北朝鮮の核実験だから抗議声明にとどめているという見方は正しいものではありません。共産圏の武力は「善」、アメリカなど西側の武力は「悪」という偏った思想の方々が現存しているのかどうか分かりませんが、そのような見方を仮に意識されていた場合、かみ合った議論に繋がりにくくなるものと考えています。このブログを通して繰り返し議論してきていますが、平和の築き方安全保障のあり方がどうあるべきかという論点こそ、最も重視されていかなければならないはずです。

そのような論点を議論する際、誤った先入観や誤解があった場合、より望ましい「答え」を見出しにくくなります。これから書き進めることも「絶対正しい」と押し付けるものではなく、このような見方や認識のもとに平和を希求する者も多いという前提をご理解ください。ご自身が正しいと信じている「答え」からかけ離れているからと言って、「やっぱり左翼」というように決め付けず目を通していただければ幸いです。

まず「左翼」の象徴と目されそうな「戦争をさせない1000人委員会」の事務局長を務めている弁護士の内田雅敏さんの問題意識を紹介させていただきます。昨年末、三多摩平和運動センターが「不戦を誓う三多摩集会」を催した際、内田さんの「この夏を忘れまい!安保法制を巡る日本市民運動の展開と今後の展望」という講演がありました。いろいろ興味深い話を伺える機会となっていましたが、今回の記事に絡む論点に絞って内田さんの講演内容の一部をお伝えします。

「憲法が何もかも守ってくれる」という認識ではなく、現実的な視点に基づく提起を内田さんから受けています。安全保障は「抑止」と「安心供与」の両輪によって成立し、日本の場合の「抑止」は自衛隊と日米安保だと述べられていました。「安心供与」は憲法9条であり、集団的自衛権を認めない専守防衛だという説明を内田さんは付け加えています。「安心供与」の判断材料は、その国の品格や国柄であり、信頼できる国かどうかだそうです。

当日の講演では日中関係に関する内容が多く語られていました。ネットを検索したところ「隣国すべてが友人になるためにー戦後70年、米戦略と安保法制、そして平和を考える」という同様な内容の講演を報告したサイトを見つけることができました。たいへん長い記事になりつつありますが、せっかくの機会ですので「日中関係の改善を図るにはどうしたらよいか。キーワードは、平和、反省、寛容である」という箇所をそのまま掲げさせていただきます。ちなみに意外なほど自民党政権時代の外交実績を高く評価されていたことが印象に残っています。

(1) 平和 すなわち武力衝突は絶対に避ける手立てを講じることである。

後述するように、日中間には四つの基本文書がある。その内もっとも新しいのが2008年の戦略的互恵関係を推進するための日中共同声明(福田康夫・胡錦濤)である。同声明4 項は「双方は、互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならないことを確認した。双方は互いの平和的な発展を支持することを改めて表明し、①日本側は、中国の改革開放以来の発展が日本を含む国際社会に大きな好機をもたらしていることを積極的に評価し、②中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段によって世界の平和、安定に貢献してきていることを積極的に評価し、エールの交換をした。それからわずか7年、日中関係は激変した。2012年の石原都知事(当時)の挑発による尖閣諸島国有化問題、2013年12月の安倍首相による靖國神社参拝が原因である。石原や安倍の挑発に、《待ってました》とばかりに乗った中国の軍拡主義者の問題もある。尖閣での局地的な武力衝突を歓迎する軍事冒険者たちが日中にいる、米国も、日中に武力衝突に至らない程度に緊張関係があることが沖縄の米軍基地を維持するうえで好ましい。

(2) 反省 即ち過去の歴史に向き合うことである。

日中間には日中共同声明(1972年)、日中平和友好条約(78年)、日中共同宣言(98年)、戦略的互恵関係を推進するための日中共同声明(2008年)の四つの基本文書がある。日中の関係改善を図るためには、この四つの基本文書、とりわけ根本たる日中共同声明の精神に立ち返るべきである。同声明5項は「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために日本国に対する戦争賠償請求の放棄を宣言する」としているが、これは前文の「日本側は過去において、日本国が戦争を通じて、中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」を受けてのものである。同6項は「紛争の平和的解決」を、同7項は、互いに覇権国家にならないという「反覇権主義」を謳っている。

(3) 寛容

欧州共同体(EU)の根幹をなすのは仏・独の和解である。歴史的に仏・独は、日・中以上に何度も戦争をくり返してきた。その仏・独が和解を成立させることが出来たのは、メルケル独首相が言うように仏の寛容な態度があった。仏の寛容を得るために独は真摯に歴史に向き合ってきた。2001年、独国防軍改革委員会報告書は「ドイツは歴史上初めて隣国すべてが友人となった」と記している。日本が中国、韓国らアジア諸国からの寛容を得るためには何を為すべきか。集団的自衛権行使容認をして、米軍と一体化することではないことは明らかである。

この講演を受け、私自身と内田さんの考え方は基本的に同じであることを確かめられました。個別的自衛権の必要性は認識した上で、集団的自衛権行使まで踏み出すことの不適切さを同じように考えています。中国と対話できる過去の積み重ねがありながら抑止力の強化を優先することで、ますます強硬な姿勢に転じさせる口実を相手に与えてしまうジレンマに注意しなければなりません。

水曜日、読売新聞朝刊の政治面に福田康夫元首相の「語る 外交に注文」というインタビュー記事が掲げられ、「日中 まずは信頼関係」という見出しが付いていました。「問題をお互いに言いつのるだけではなく、懸案をお互いに信頼して話し合える雰囲気が欲しい。安倍首相も習近平国家主席も、強調して良い関係を作りたいという気持ちを持っているはずだ。けんか腰ではなく、まずは互いに信頼醸成の努力をすべきだ」と福田元首相も語られています。

その上で、戦後70年談話や慰安婦問題での安倍首相の対応を福田元首相は一定評価されていました。確かに安倍首相が対話を軽視しているとは言い切れません。しかしながら集団的自衛権行使の問題は、安全保障の両輪の一つ「安心供与」や日本の国柄を棄損する判断だったものと考えています。さらに安倍首相が外交や安全保障に関わる場面で、必要以上に強い言葉で語りがちな点を懸念しています。

北朝鮮の核実験の問題から話が広がり、たいへん恐縮です。そもそも北朝鮮の核兵器開発も「自存自衛のため」という相手側の言い分があります。だから仕方ないと決して認めるものではなく、抑止力のジレンマの問題としてとらえなければなりません。そして、北朝鮮の核兵器開発や拉致問題を解決する道筋として、圧力一辺倒では難しく、やはり対話に向けた努力の必要性も認識すべきものと考えています。

それこそ「窮鼠、猫を噛む」状態に追い込み、一発のミサイルで多くの犠牲者を出すような事態だけは絶対避けなければなりません。北朝鮮が人的被害を及ぼす地域に核ミサイルを発射するようであれば全面的な報復を受け、自らの政権の崩壊に直結することは充分認識しているはずです。万が一に備えることも欠かせませんが、必要以上に脅威を高め、敵愾心をあおり過ぎることにも注意を払うべきではないでしょうか。

このような訴えが「北朝鮮のため」と見られるようであれば、残念ながら理性的な議論から離れがちとなります。実は今回、もっと書き足したい内容がありました。たいへん長い記事になっていますので、ここで一区切り付けさせていただきます。書き足したかった内容は改めて綴らせていただくつもりですが、最後に北朝鮮の核実験に関連した報道を紹介します。このような非人道的な強制収容所の問題も絶対看過できず、一刻も早い解決を強く強く願っています。

北朝鮮が核開発を継続する中、核実験の過程で、深刻な人権侵害が行われていることが明るみに出つつある。実は、核実験施設があるとされている豊渓里(プンゲリ)近くには、悪名高き政治犯収容所「16号管理所」(化城強制収容所)が存在する。ここに収容された政治犯が、核実験施設で防護服なし、すなわち放射能に被曝しながら強制労働させられているというのだ。北朝鮮当局は、国民の反発を抑えるため「見せしめ」の公開処刑をおこなっているが、核施設での極めて危険な強制労働も、隠れた人権侵害の一つと言える。 【デイリーNKジャパン2016年1月30日

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2016年1月23日 (土)

旗びらきの話、インデックスⅡ

カテゴリー別に検索できる機能を使いこなせず、これまで「自治労の話、2012年夏」 のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めています。その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめています。

これまで投稿したインデックス記事は「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」「春闘の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅡ」「組合役員の改選期、インデックス」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」となっています。 

今回、「旗びらきの話、インデックスⅡ」としましたが、前回の「 旗びらきの話、インデックス」以降、特に追加で並べられるような記事がありませんでした。それでも冒頭にお伝えした役割もあるため、そのまま書き進めることにしました。新年会、旗びらき、新春の集いなど、この時期は毎年、いくつもの会が予定されています。主催者、来賓、一参加者、会によって立場は異なりますが、これまで旗びらきに絡んだ内容をいくつか投稿していました。その数は思ったより少なく、関連したバックナンバーは次のとおりです。 

バックナンバーの紹介だけでは面白みに欠けた新規記事ですので、いつものとおり直近の話題も付け加えさせていただきます。金曜の夜、私どもの組合の2016年新春旗びらきが催されました。主催者を代表して会の冒頭、私から出席された皆さんにご挨拶申し上げています。今回の記事はその時に訴えさせていただいた内容を中心に綴ってみるつもりです。最近、このブログを通して頻繁に訴えている論点を旗びらきの挨拶の中でも触れています。

もともとブログに取り上げた自分の主張や問題意識は、必要に応じて実際の場面の会議や懇談の場でも訴えています。当たり前なことかも知れませんが、ネット上で「言いたいことを言うだけ」にとどめない、さらにブログでの主張と実際の場面で主張する内容が異なる、いわゆるダブルスタンダードとならないように心がけています。また、不特定多数の方々に発信できない内向きな主張であれば、広く支持を得ることが難しい論点にとどまっていくのだろうと受けとめています。

ただ第70回定期大会自治労都本部大会の時の発言のように旗びらきの場合、挨拶原稿は用意していません。ある程度、話す内容を事前に整理して臨んでいますが、記憶を頼りに書き起こすことになります。データを貼り付けるという労力的な負担を減らす機会にも繋がらず、言い回しや組み立てが実際の挨拶とは少し異なっていくこともご容赦ください。発言した要旨が変わることはありませんが、ついでに言葉や説明が不足していた箇所は加筆しながら書き進めてみます。

木曜日に発売された『週刊文春』、甘利経済再生担当大臣に「賄賂1200万円を渡した」という実名による告発記事が掲載されています。このスクープが事実だった場合、あっせん利得処罰法や政治資金規正法違反の疑いとなります。甘利大臣は安倍内閣の主要閣僚であり、真相や責任が徹底的に追及されていくことになるはずです。この問題が報道された際、自民党山東派の山東昭子会長の発言に驚きました。

政治家自身も身を正さなければならないが、(『週刊文春』に)告発した事業者のあり方も「ゲスの極み」、まさに「両成敗」という感じで正さなければならない、と述べていました。「両成敗」という言葉に耳を疑いました。実名の告発者は自分自身も不利益を被ることを承知しながら真実を話すことを決意したと『週刊文春』には書かれています。まず問題視されるのは甘利大臣側であり、そのような決意の告発者を「ゲスの極み」と同列に批判する自民党の体質の問題さを垣間見た気がしました。

元旦にお届けした機関誌の挨拶の中でも触れていますが、私自身、言うべきことは言う、そのような心構えの大切さをよりいっそう強めています。問題がある場合は疑問や反対意見を言えることが重要です。そのため、今回の告発を「両成敗」と批判した山東会長の感覚には驚きました。あらゆる場面で言うべきことが言える関係性は重要であり、職場においても同様です。進め方などに問題があった場合、上司に対しても率直に発言できる関係性が、より良い職場に繋がっていくものと考えています。

仮にハラスメントがあった場合も同様で、もし個人的に言えない時は、ぜひ、組合に相談してください。一人の力は弱くても、組合の役割のもと使用者側に対しても毅然とモノを申すことができるようになっています。政治の場面でも同様であり、異論を唱えられることの大切さは言うまでもありません。安保法制や原発、年金積立金の運用の問題などに対し、国民の中に反対や疑問視する声が多くあります。

年金積立金155兆円のうち133兆円が運用されています。それが経済成長を目的とし、リスクの高い資産割合に変えられています。年明け、株価は続落しています。私たちの大事な年金積立金が兆単位で減っています。短期的な上げ下げに一喜一憂すべきではないという指摘もあります。しかし、長期的な結果として、年金積立金が大きく棄損した場合、取り返しの付かない事態に至ってしまいます。

安倍首相に対する見方が甘いと叱られる時もありますが、安倍首相が国民の生活を悪くしようと思って様々な政策判断を下しているとは考えていません。しかし、その政策判断が本当に正しいのかどうか、多様な声に耳を傾けながら、より望ましい方向性を見出して欲しいものと願っています。ただ残念ながら今の政府与党には幅広い声に耳を傾ける謙虚さが決定的に不足しているものと思っています。

やはり政治の場面で適切なチェック機能を働かせるためには巨大与党に対抗できる野党の奮起に期待しなければなりません。そのためにも今年7月の参院選挙の行方が重視されていきます。野党再編の動きは見通せませんが、私どもの組合は自治労組織内参院議員の江崎孝さんの推薦を決めています。江崎さんとは何回か意見を交わしたことがありますが、これからも必要に応じて率直に意見を伝えられる信頼関係がある方です。ぜひ、組合員の皆さんから引き続きご理解いただけるようよろしくお願いします。

時候の挨拶等は省き、旗びらきで発言した内容の要旨を改めてまとめてみました。実際の言葉使いと異なる箇所が思った以上に多くなっていますが、要旨そのものは変わっていないはずです。旗びらきが終わる前、お忙しい中、来賓の一人だった衆院議員の長島昭久さんにも駆け付けていただきました。ご挨拶の中で、このブログのことも触れていただき、以前の記事「このコメント欄の限界と可能性」に記した可能性のほうを強められる機会になっていました。

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2016年1月17日 (日)

イライラ答弁が目立つ安倍首相

多様な考え方や情報に触れることで、より望ましい「答え」に近付ける、このような思いを強めています。このブログを通し、多様な見方やマイナーな情報に触れる機会の一つになっていただければ幸いなことだと考えています。ただ自分自身が正しいと信じている「答え」から極端に離れた言葉や内容だった場合、人によって非常に不愉快に感じられてしまうのかも知れません。

それでも集団心理のデメリットに陥らないためには日頃から幅広く、多様な情報に接していくことが欠かせないものと私自身は省みています。そのような趣旨のもと今回の記事はメディア報道の紹介を中心に書き進めてみるつもりです。それぞれの報道内容や私からの論評に対し、お読みいただいた方、一人ひとりの受けとめ方や評価は枝分かれしていくはずですが、多面的な情報の一つとしてご理解くださるようよろしくお願いします。

さて、記事タイトルに掲げたとおり最近の安倍首相の答弁を中心に綴るつもりですが、初めに1点だけ別の話題を紹介しなければなりません。前回記事のコメント欄でnagiさんから「時々記事に名前のでてくる江崎参議院議員ですが、8日の本会議に出席せず、福岡市内の会合に出席していたと記事を読みました。今年たしか改選ですよね。じゃあしかたないですねえ。国会開いても出席しないのなら、開けと騒いでもしかたないと思うのですがね」という指摘を受けていました。

民主党の江崎孝参院議員(比例)が8日の参院本会議を欠席し、福岡市内で開かれた部落解放同盟福岡県連の会合に出席した。江崎氏は産経新聞の取材に「本会議に出ないのは悪いとは思ったが、(会合の主催者側から)求められたので出席した」と説明した。江崎氏は当選1回で、夏の参院選で改選を迎える。【産経ニュース2016年1月8日

上記の報道に接したnagiさんからのコメントでした。江崎さんについては新年の記事「2016年、三猿の真逆な心構え」の中でも触れましたが、自治労組織内の参院議員で私どもの組合も推薦しています。6年前には「参院選は、えさきたかしさん」という記事も投稿していました。直接お会いして何回か意見を交わしたこともあります。今回、与野党の計30人が欠席していました。内訳は自民16人、民主11人、共産2人、維新・元気の会1人で、このうち22人が今年7月に改選を迎える議員でした。

全員が欠席届などを提出して「無断欠席」はなかったようですが、病気や怪我など「やむを得ない」と見られるような理由ではない限り、国会議員の本会議欠席は批判が免れないものと思っています。その一人に江崎さんの名前が連なってしまったことは本当に残念であり、江崎さん自身が猛省しなければなりません。この件をもって推薦関係に影響を及ぼす事態にはならないものと見ていますが、今後、このような批判を受ける行動は慎まれるよう強く願っています。

安倍首相に絡む事実関係を伝える際、私自身にとって不都合な事実には触れないという批判を避けるためにも、まず江崎さんに関する報道内容から入らせていただきました。続いて、本題となる安倍首相の国会答弁に関する報道内容や関連サイトを紹介しながらトップリーダーの資質について考えてみます。1月14日の読売新聞朝刊、政治面に「イライラ答弁 目立つ首相」という大きな見出しが掲げられていました。声荒らげ「間違いなら議員を辞める」とも報じられていました。

「あなたがこういう質問をすること自体が、本当に残念」「一人の方の本で誹謗中傷するのは無責任だ」。12日の衆院予算委員会では、民主党の緒方林太郎氏が拉致被害者蓮池薫さんの兄、透氏の著書を根拠に安倍晋三首相が拉致問題を政治利用したのではないかと追及したのに対し、首相が猛反発する場面があった。緒方氏は、透氏の著書「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」を引用しながら、首相が官房副長官だった2002年当時、帰国した薫さんら5人の北朝鮮への再入国に当初は反対していなかったなどと指摘した。

首相は「当時は北朝鮮に戻す流れだったが、私は断固として反対した。私が言ってることが真実だと(国会議員)バッジを懸けて申し上げる」と色をなし、「私の言っていることが違っていたら、国会議員を辞める」と言い切った。緒方氏は「首相は拉致問題を使ってのし上がったのか」とも挑発。首相は「大切なことは、全ての拉致被害者を奪還するために全力を尽くすことだ。そういう質問をすること自体がこの問題を政治利用している」と「逆批判」を展開した。【時事通信2016年1月12日

読売新聞の当該記事がネット上では見つかりませんでしたので、安倍首相をイライラさせた国会質問を伝えた内容を紹介します。その一つが上記の拉致問題に関わる事実関係です。質問で取り上げられた書籍『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』は昨年末に購入し、すぐ読み終えていました。あえて注目を集める書籍名にしたという話を耳にしていますが、全体を通して読み終えた印象は安倍首相の批判を目的にした内容ではありませんでした。

そのような中味を期待していた場合、少し肩透かしされた形になるほどです。北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の事務局長を務めた蓮池透さんが見聞きした事実関係を淡々と綴られた書籍だと言えます。感情的に特定の人物を批判されている箇所は皆無であり、安倍首相をはじめとした政治家が何をして、何をしなかったのかという事実関係が書き残されています。ただ蓮池さんが見てきた範囲内の記述であり、蓮池さんには把握できなかった事実関係も多かったはずであり、すべて「真実」だと言い切れないことも確かです。

それでも明らかに偽りだと分かるような内容を挑発的なタイトルの書籍に書きしるすのかどうか、そのような無謀な行為は控えるのではないでしょうか。2002年の拉致被害者帰国の際に「安倍首相は拉致被害者が北朝鮮に帰るのを一度も止めようとしなかった」という記述は、拉致被害者である蓮池薫さんの兄であり、家族会の事務局長だった蓮池透さんの立場から充分把握できる事実関係だったように見受けられます。

このような事実関係の指摘に対し、安倍首相は「私は断固として反対した。私が言っていることが真実だ。違っていたら、国会議員を辞めますよ」と言い切り、国会答弁で怒りをあらわにしていました。この安倍首相の答弁があった翌日、リテラというサイトが蓮池透さんに緊急インタビューを行なっていました。その全文は長い内容ですのでリンク先をご参照いただき、要旨となる箇所を下記に掲げます。

私が『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』に書いた内容はこれまで自分で体験し見聞きしてきたことです。Twitterにも書きましたが決してウソなど書いていません。それにしても、一国の最高権力者である総理大臣がですよ、私のような一介の市民が書いた本で批判されたからといって、本気で対決姿勢を示すというのはいかがなものかと思いました。最後にはキレ気味でしたからね。そうではなくさらりと流したほうが総理としての器を示せたのではないかと思います。

安倍さんが、拉致問題で総理大臣になったのは事実です。そして総理に返り咲いてからもまだ拉致問題を利用している。私は決して安倍さんを批判するために本を書いたのではありません。拉致問題の恩恵を受けて総理になったのであれば、恩返しという意味でも拉致問題の解決に向けきちんとやってください、そういう思いを込めたつもりです。しかし今回の発言を聞くと本当に残念です。

2002年の小泉訪朝から13年もの長い時間が経っているのに何も変わらない。だから一石を投じるつもりでこの本を書いたのです。弟家族が帰国できたのだから黙っていたほうが楽だろうとも言われます。しかし、こんな状態で黙っていることはできない。弟はまだ帰ってこない被害者の人々のことが頭にこびりついているんです。肉体的には解放されたけど、精神的にはまったく解放されていないんです。心身ともに自由に暮らせるようなってもらいたい。そんな思いもあって私は声をあげている。だから“批判のための批判”みたいに捉えられるとすごく嫌ですね。

安倍さんには、あなたがいつ説得などしたのか?と訊きたくなりましたよ。本にも書きましたが、弟を説得したのは私であって、安倍さんじゃない。実際に電話のひとつもなかったんですから。当時、政府は5人のスケジュールをびっちりと埋めて作っていましたし、「一時帰国」を変更不可能なものとして進めていたのです。家族たちの間では「帰りのチャーター便はどうするのか?」と、北朝鮮に戻すことを前提に具体的な話し合いまでもたれていたのです。

また、政府はこうも言っていました。「今回は一時帰国だけど、次回は子どもも含めて全員が帰ってきますよ」と。安倍さんも一貫して、5人を北朝鮮に戻すことを既定路線として主張していた。でも、弟と話し合うなかで「ああ、これは2回目などないな」と確信を持ったのです。だから必死で止めた。慌てていたというより「そうですか」って感じでしたね。ようするに、弟たちの日本に留まるという強い意志が覆らないのを見て、しぶしぶ方針を変えただけなんですよ。にもかかわらず、安倍さんは相変わらず「決断したのは自分だ」というようなことを言う。大人の答弁だとは思えないですね。

安倍首相と蓮池透さんの言い分、どちらを信じるのかどうか人によって分かれていくのかも知れません。きっと北朝鮮に戻さないという方針が浮上した以降、既定方針通りに戻すことを主張する面々に対し、安倍首相が「戻すべきではない」と断固反対された構図は間違いないものと思われます。もしくは水面下で安倍首相は当初から「戻すべきではない」と画策し、その素振りを蓮池さんらには察知させないように振る舞っていたことも考えられます。

このように考えた場合は両者とも事実を述べていることになります。いずれにしても蓮池さんの「さらりと流したほうが総理としての器を示せたのではないか」という言葉に大きくうなづいてしまいます。「違っていたら国会議員を辞める」と言い切られていましたが、この問題で今後の展開があるのかどうか注目しています。続いて、安倍首相のイライラ答弁に繋がった問題として次のような報道がありました。

衆議院予算委員会で、民主党は、13日も安倍首相の経済観念をただした。「一般的なパートの妻の月収はいくらか?」という話だった。 民主党の山尾衆議院議員は、「(安倍首相の)妻25万(円)という発言が、パートの実態がわかっていないんじゃないか」、「相当、感覚がずれているのではないかと」とただした。先週の国会で、安倍首相が、月収25万円の妻を例え話として出したところ、民主党は、「パートの女性の平均給料はもっと低く、実態がわかっていない」とかみついた。 安倍首相が、「妻がパートで働き始めたらと言ってはいないじゃないですか」、「こうしたことばかりやっているようでは、民主党も支持率は上がらないのではないか」と述べると、山尾衆院議員は、「総理に支持率のことは心配してもらわなくて結構です」と述べた。【FNN2016年1月13日

安倍首相の「パートで25万円」の発言は海外のメディアでも取り上げられ、ネット上でも話題になっていました。この発言は庶民感覚の欠如という批判に繋がっていたため、安倍首相は「言ってはいない」と発言そのものを否定しました。問題視された発言は「パートで働く人が増えれば、一人当たりの平均賃金が低く出ることになる訳であります。私と妻、妻は働いていなかったけど、景気が上向いてきたから働こうかということで働き始めたら(月収で)私が50万円、妻が25万円であったとしたら、75万円に増える訳でございますが、2人で働いている訳ですから2で割って平均は下がる」というものです。

この文脈であれば、例示した妻の25万円はパートでの収入だと理解してしまいます。確かに後者の例示の妻の前には「パートで働き始めた」と説明されていませんので、「パートで25万円」とは言っていないと本人が主張されればその通りなのかも知れません。しかし、誤解を招いた発言であることも間違いないのですから、感情的な言葉で答弁するよりも誤解を与えたことを謙虚に認める姿勢が必要だったように思っています。

このような質問に対し、安倍首相は「枝葉末節な議論だ」と切り捨てています。枝葉末節なのかどうかは国会でのやり取りを見聞きした国民一人ひとりが判断する話だろうと考えています。ちなみに民主党議員の資質や質問内容を見下し、安倍首相の対応を支持する声をネット上で散見できます。一方で、安倍首相の資質を疑う声もネット上やメディアの一部では見受けられます。

紹介した二つの事例、安倍首相が嘘をついていないことを願っていますが、明らかな事実としてのイライラ答弁は控えて欲しいものです。最も冷静で的確な判断を迫られる内閣総理大臣、そのポストに座る方がすぐ感情的になって他者や他党を見下すような答弁を行なうことを非常に憂慮しています。最後に、「主張すべきことは主張する」という問題意識は一貫しているつもりであり、民主党政権の時には「リーダーシップのあり方は?」「上司としての菅首相」という記事などを投稿していたことも一言添えさせていただきます。

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2016年1月10日 (日)

給与法改正案を巡る動き

年頭からサウジアラビアとイランの対立北朝鮮の水爆実験中国株急落の影響から日本株も5日間続落など暗澹たるニュースが続いています。注視すべき時事の話題に追い立てられている中ですが、やはり当ブログでは「公務員」に関わる話を取り上げることにしました。ようやく年明け4日に国家公務員の給与法改正案が閣議決定されました。月給を平均0.36%、一時金の年間支給月数を0.1か月引き上げる内容です。

公務員の労働基本権が制約されているため、その代償措置として人事院による勧告制度があります。毎年、人事院は民間企業と公務員の賃金水準の格差を調査し、例年8月上旬に内閣と国会に対して勧告を行なっています。今年度の人事院勧告は8月6日に示されていました。勧告に基づく給与法改正案は、ほぼ毎年秋から年末にかけて開かれていた臨時国会で可決され、引き上げ分の差額は早期に支給されていました。しかし、今年度は次のような事情から改正案の年内の提出が見送られていました。

政府・与党は15日、例年秋に召集する臨時国会の年内の召集を見送る方針を固めた。安倍晋三首相の外遊日程が立て込んでいることや、大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の国会承認が来年となる事情を考慮した。この時期に臨時国会を召集しないのは平成17年以来10年ぶりで、早期召集を求めている野党の反発は必至だ。

首相は15日、臨時国会をめぐり、自民党の谷垣禎一幹事長と官邸で会談。谷垣氏は会談後、記者団に「(臨時国会が)ないんじゃないかという議論があるが、決め打ちでいいのか精査したい」と述べ、召集見送りに傾いているとの認識を示した。一方、政府高官は「外遊を縫うように国会日程を組んでも審議時間は限られる。年内はやらない」と断言した。

首相は11月下旬までに日中韓首脳会談やアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議など外交日程が続く。これ以降に臨時国会を召集しても、28年度予算案の編成作業が本格化する12月中旬までに十分な審議時間を確保できない。秋の臨時国会では例年、国家公務員の給与法改正案が審議される。しかし、自民党国対幹部は「成立が来年にずれ込んでも、調整分を事後支給すれば問題ない」とも語る。

野党は、今月の内閣改造やTPPなどへの説明を求め早期召集を要求。「衆参いずれかの4分の1の議員の要求があった場合、内閣は召集を決定しなければならない」とする憲法53条に基づき、国会に召集要求書を提出する構えもみせる。ただこの条文には召集期限が書かれておらず、15年と17年には召集が見送られている。15年11月には民主など野党3党が53条に基づく臨時国会召集要求書を提出したが、当時の小泉純一郎政権は召集を見送った。【産経新聞2015年10月16日

確かに小泉政権の時、2003年と2005年、野党の要求にも関わらず臨時国会の召集が見送られていました。しかし、それぞれの年に衆院選挙があり、選挙後に特別国会が開かれていました。国会が年3回になるという理由から見送られていたため、日本国憲法制定後、臨時国会も特別国会も召集されなかった年は今回の安倍政権が初めてだったようです。

野党側は10月21日、憲法53条「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」に基づき4分の1以上の議員の要求を正式に行なっていました。憲法の文章を普通に理解すれば要求があった後、遅くとも1か月ぐらいの間に臨時国会を召集しなければならないはずです。

そもそも自民党の改憲草案の中では「要求があった日から20日以内に臨時国会が召集されなければならない」と具体的な期限を加筆しています。このような点を考えると憲法を都合よく解釈しがちな政権だと批判されても強く反論できないのではないでしょうか。いずれにしても臨時国会が見送られた事態は地方公務員の賃金改定にも大きな影響を与えていました。

国家公務員の2015年度の賃金が年内に決められない見通しが強まっていたため、総務省は「地方公共団体における職員給与改定の実施については、国の給与法改正案の閣議決定に先行して給与改正条例を議会に提出しない、国の給与改正法施行前に給与条例を施行したりするようなことは厳に行なうべきではない」とし、地方自治体に圧力をかけていました。

そのため、現時点までに今年度の賃金改定を決着できていない自治体が多数を占めています。労使合意に至っていても条例案の改正が3月議会に延ばされているため、差額精算の支給が年度末にずれ込んでいる自治体も少なくありません。私どもの市は後者となっています。人事院や人事委員会の勧告内容の範囲内での話にも関わらず、余計な圧力を加える国の姿勢には疑問であり、地方分権や地方主権という言葉が空疎なものであることに気付かされています。

このような巨大与党の横暴に対し、適切なチェック機能が働かせられる役割を野党に期待しています。しかしながら野党間で基本的な立場や理念で足並みを揃えることの難しさが散見しています。昨年末の記事「なぜ、民主党なのか?」に託したとおり「働くことを軸として、安心できる社会を作っていく」という立ち位置を重視した結集を願っていますが、たいへん残念ながら国家公務員の給与法改正案を巡る動きの中で民主党と維新の党での不協和音が聞こえてきています。

18日に衆院の統一会派を組んだ民主党と維新の党の間で、来年の通常国会に政府が提出する国家公務員給与引き上げの給与法改正案をめぐり、早くも足並みの乱れが露呈している。行政改革を党是とする維新では同法案への反対論が根強いが、民主は賛成する方針だ。維新は22日、同法案に関する勉強会を開催したが「厳しい財政状況で給与を引き上げ続ける制度がおかしい」などと批判が相次いだ。維新は大阪側との分裂で存在感が低下しており、反対姿勢を示すことで「次の国会の最大の見せ場」(幹部)としたい狙いもある。

民維両党は統一会派結成時に法案対応を一致させる方針を確認している。官公労から支援を受ける民主は維新にも賛成を求める構えだが、維新の今井雅人幹事長は22日の記者会見で「今結論を出しているわけではない」と明言を避けた。給与法改正案は8月の人事院勧告に基づき、国家公務員一般職の平均年間給与を5万9000円引き上げる内容。【毎日新聞2015年12月23日

維新側には「社民党に憲法改正に賛成しろと迫るのと同じくらいの内容だ」という反対意見がある一方、民主党幹部の一人からは「嫌なら統一会派を出ていけということだ」という強気の発言が示されたことも報道されています。民主党の細野政調会長は「人事院勧告制度を尊重するのが一致事項だ」と述べていますので、維新側に譲歩することはないものと思っています。遡れば昨年10月、民主と維新の共通政策の中に「国家公務員給与の2割減」が明記されるという報道も流れていました。

その報道の数日後に自治労の川本委員長は民主党の長妻代表代行の事務所を訪ね、報道の真偽を確かめていました。長妻代行は「そんな事実はない」と即座に否定し、川本委員長からは「民主党政権時代、公約に数字を入れ過ぎて失敗した。あまり数字を入れ過ぎないほうがいい」と申し入れたことが読売新聞の記事に掲げられていました。12月7日に合意した民主党と維新の党の「基本的政策」の中では、国家公務員の賃金について「労働基本権回復まで人事院勧告制度を尊重」と記されています。

その上で、身を切る改革として「議員定数削減を断行。企業団体献金禁止と個人献金促進の法律を制定。職員団体との合意を前提に国家公務員総人件費の2割を目標に削減」と書き込まれていました。このような経緯を踏まえた際、給与法改正案に反対する維新の党の対応は問題があるように見ています。ただ維新の党のような発想の方々が決して少数ではなく、人事院勧告を尊重できないような政党が野党結集のための重要な相手になっている点は非常に残念で悩ましい話だと思っています。

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2016年1月 1日 (金)

2016年、三猿の真逆な心構えで

あけましておめでとうございます。 Saru_9

今年もよろしくお願いします。 

毎年、元旦に年賀状バージョンの記事を投稿しています。いつも文字ばかりの地味なレイアウトであり、 せめてお正月ぐらいはイラストなどを入れ、少しだけカラフルになるように努めています。2005年8月に「公務員のためいき」を開設してから635タイトル目となりますが、必ず毎週土曜又は日曜に更新し、昨年1年間で51点の記事を投稿していました。

2015年1月にココログのアクセス解析の管理機能が大きく変わり、累計数が分からなくなっています。一時期に比べ、1日あたりのアクセス数は減っています。それでも週に1回の更新にも関わらず、毎日500件以上のアクセスがあります。これまで時々、いきなりアクセス数が急増する場合もありました。Yahoo!のトップページに 掲げられた際のアクセス数23,278件、訪問者数18,393人が1日あたりの最高記録となっています。

ことさらアクセスアップにこだわっている訳ではありませんが、やはり多くの人たちにご訪問いただけることは正直嬉しいものです。特に当ブログは不特定多数の方々に公務員やその組合側の言い分を発信する必要性を意識し、個人の判断と責任でインターネット上に開設してきました。したがって、より多くの人たちに閲覧いただき、多くのコメントを頂戴できることを願っているため、毎日、たくさんの方々にご訪問いただき、ブログを続けていく大きな励みとなっています。

一方で、たいへん恐縮ながら2012年の春頃から私自身はコメント欄から距離を置くようになっています。身の丈に合ったペースとして、週に1回、土曜か日曜のみにブログに関わっている現状です。そのことだけが理由ではないようですが、以前に比べるとお寄せいただくコメントの数も減っています。それでも記事内容によっては、貴重なコメントが多数寄せられる時も少なくありません。いずれにしても当ブログをご注目くださっている皆さんにいつも感謝しています。本当にありがとうございます。

さて、今年は申(猿)年です。年賀状には『猿と言えば「見ざる、聞かざる、言わざる」という三猿の言葉が有名です。世の中の悪いことは見たり、聞いたり、言ったりせず、良いものだけを受け入れ、素直な心で成長しなさいという教えだそうです。一方で、都合の悪いことや余計なことは、見ない、聞かない、言わない方が良いという意味でも理解されています。後者の意味であれば、見て、聞いて、言うべきことは言う、その真逆な心構えを大切にしたいものと考えています』と書き添えていました。

人それぞれ正しいと信じている「答え」があります。ただ信じている「答え」が必ずしも絶対的な「正解」とは限らないことに思いを巡らすようになっています。「完璧な人間はいない」「人は過ちを犯す」という見方に繋がる話です。特に物事を判断する際の情報が少なかったり、偏っていた場合、より正確な「答え」を導き出せなくなるはずです。これまで「多面的な情報への思い」「再び、多面的な情報への思い」「多面的な情報への思い、2012年春」 という記事を投稿していました。

同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。クロかシロか、真実は一つなのでしょうが、シロをクロと見誤らないためには多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要です。このような傾向があることを踏まえ、私自身、いわゆる左や右の主張を問わず、なるべく幅広い情報や考え方に接するように努めています。

そして、たいへん便利な時代になっています。インターネットさえ利用できれば、幅広く詳しい情報を手軽に素早くコストをかけずに入手できます。以上のような意義を踏まえ、このブログも多面的な情報の一つとして、インターネット上の片隅に加わり、公務員やその組合側の言い分を発信してきました。とりわけ自治労への手厳しい見方がインターネットを通して散見できますが、せめて思い込みや事実誤認による批判だけは控えて欲しいものと願いながらブログを続けています。

このブログの目的や位置付けは「2009年末、改めて当ブログについて」で詳しくお伝えしていました。とりまく情勢の厳しさが増す中、公務員への風当たりは相変わらずです。そのような中で、公務員やその組合に対する厳しい声を謙虚に受けとめながらも、主張すべきことは主張する目的を掲げながら続けています。さらにコメント欄を通し、様々な立場や視点からのご意見を伺えることも貴重な目的としています。厳しい批判意見があることを把握した上で、日常の活動を進めていく大切さを感じ取っています。

このような問題意識を抱えているため、三猿の真逆な心構えが欠かせないものと考えています。いろいろなことを見て、聞いて、多様な考え方や情報に触れることで、より望ましい判断や「答え」に近付けるはずです。その上で、問題がある場合は疑問や反対意見を言えることが重要です。労働組合も同様であり、幅広い声を集約し、問題点を使用者側に毅然と訴えられる役割が求められています。職員一人ひとりに関しても、職場の中で自由に意見を言い合える雰囲気が大事にされていかなければなりません。

さらに社会全体や政治の場面で、異論を唱えられることの重要性は言うまでもありません。安保法制や原発、労働法制、年金積立金の運用の問題などに対し、国民の中に反対や疑問視する声が多くあります。前述したとおりシロをクロと見誤らないためには多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要であり、今の政府与党にも幅広い声に耳を傾け、改めるべき点があれば率直に改める謙虚さを示して欲しいものと願っています。

この道しかない」という自信は過信や慢心に繋がりかねません。チェック機能を効果的に働かせる仕組みが重要であり、「決められない政治」が批判されていましたが、与党多数の結果、問題点が修正されないまま「決められていく政治」のほうが余程批判を受けるべき話だと思っています。たいへん残念ながら現在の巨大与党に対し、チェック機能を充分働かせられないバラバラな弱小野党という構図になっています。

このような政治の流れを変えるためにも今年7月の参院選挙の行方が重視されていきます。場合によっては衆議院を解散し、ダブル選挙も取り沙汰されています。野党再編の動きは見通せませんが、昨年末の記事「なぜ、民主党なのか?」に託したような「働くことを軸として、安心できる社会を作っていく」という立ち位置を重視した動きが進むことを願っています。特に自治労組合員の一人としては組織内参院議員の江崎孝さんの奮闘に大きな期待を寄せています。

今年も実生活に過度な負担をかけないよう留意しながら、このブログは引き続き週1回、土曜か日曜の更新を基本としていきます。ちなみにお正月のみ少し変則な日程となり、次回の更新は1月9日又は10日を予定しています。きめ細かいコメント欄への対応がはかれずに恐縮ですが、一人でも多くの方にご覧いただければ誠に幸いなことだと思っています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。それでは末筆ながら当ブログを訪れてくださった皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げ、新年早々の記事の結びとさせていただきます。

        ☆新春特別付録☆ 「2015年ブログ記事回想記」 

年賀状バージョンの恒例となっていますが、今回も2015年に投稿した記事をインデックス(索引)代わりに12点ほど並べてみました。改めて皆さんに紹介したい内容を中心に選び、いわゆる「ベスト」ではありません。したがって、12点の並びも投稿日順となっています。それぞれ紹介した記事本文へのリンクをはってありますので、のんびりご覧いただければ幸いです。

  1. 岐路亡羊、2015年 ⇒ 今回と同じ年賀状バージョンです。未(羊)年の年頭に「岐路亡羊」という諺から、この道しかないと決め付けてしまうのも危ういことで、迷いながらも進むべき道は慎重に選ぶことの大切さを書き添えていました。やはり特別付録として「2014年ブログ記事回想記」も掲げました。  
  2. 東京ブラックアウト ⇒ 『原発ホワイトアウト』の続編である『東京ブラックアウト』をはじめ、「福島の真実」の下巻にあたる『美味しんぼ』第111集と『いちえふ』を読んだ感想を綴っていました。  
  3. 後藤健二さんが残した言葉 ⇒ 「イスラム国」の人質にされ、殺害された後藤さんがツイッターに残した言葉を紹介しました。「目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり…」という憎しみの連鎖は武力で断ち切れないという後藤さんの思いが伝わる言葉でした。 
  4. 生活困窮者自立支援法が施行 ⇒  2015年4月に生活困窮者自立支援法が施行され、自分自身の職務である滞納整理の仕事に引き付けた問題意識を綴っています。あわせて『健康で文化的な最低限度の生活』などの書籍が面白かったことを書き添えています。 
  5. 2015年初夏、節目の600回 ⇒  投稿した記事の数は自分自身の労力を惜しみ出したり、続けていく熱意が冷めてしまった場合、停滞してしまう数字です。そのような意味で、これまで記事の回数が100を刻んだ時をメモリアルな節目に位置付け、このブログの位置付けや目的などを改めて書き込んでいました。  
  6. 多様な声を認め合うことの大切さ  ⇒ ブログを開設した直後に背景の色やイラストを一度だけ大きく変えた以降、ずっと同じレイアウトやテンプレートで続けていました。文字が横に広がり過ぎて見づらいという指摘を受け、記事表示列を「可変」から「500ピクセル」に改め、久しぶりにレイアウトを大幅に変更したことを記事の冒頭で伝えていました。 
  7. 『感情的にならない本』から思うこと ⇒ タイトルや本文中の見出しにひかれ、購入した書籍に絡んだ内容を綴っていました。同じようにひかれる方が多いようであり、2015年の売れ筋ランキングの上位に入る書籍でした。そのため、最近、この書籍名のキーワード検索から当ブログを訪れる方々が増えていました。 
  8. 戦後70年、終戦記念日に思うこと ⇒ 戦後70年という節目の年であり、3月に「戦後70年談話について」、4月には「再び、戦後70年談話について」という記事を投稿していました。8月15日を迎え、焦点化されていた安倍首相の談話について個人的な感想を書き添えていました。 
  9. 砂川闘争から60年 ⇒ 最高裁の砂川事件判決が注目を浴びた年でしたが、私が勤務する自治体で繰り広げられた砂川闘争から60年の節目を迎えていました。その闘争について振り返るとともに11月に開かれる集会の案内も行なっていました。 
  10. 安保関連法案が可決成立 ⇒ 「2015年末、今、思うこと」でも触れたとおり2015年最大のトピックであり、このブログを通して私なりの問題意識や主張を数多く発信してきました。「安保関連法案が衆院通過」「安保関連法案の論点8月30日に全国100万人行動」「安保関連法案に絡む問題意識」「憲法の平和主義と安保法制」などがありました。 
  11. 秋、あれから10年2か月 ⇒ このブログを開設し、10年2か月、本当に幅広く様々な意見に触れることができました。コメント欄に寄せられた率直な声を受けとめ、記事本文に向き合ってきた年月は貴重な自己啓発の場に繋がり、多様な「答え」を認め合っていくことの大切さはブログを続けている中で強まっていきました。 
  12. 節目の第70回定期大会 ⇒ 「10」という節目を刻む記事が多い年でした。過去に臨時大会がありましたので70年目ではありませんが、私どもの組合も大きな節目を刻んでいました。私自身の大会での挨拶をそのまま掲げたところコメント欄では様々なご意見をお寄せいただきました。

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