« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »

2015年12月27日 (日)

2015年末、今、思うこと

今年も残りわずかです。今回が2015年の最後の記事となります。毎年、元旦に年賀状バージョンの記事を投稿しているため、この記事をトップページに掲げるのは大晦日までの予定です。ここ数年、年末には「年末の話、インデックスⅡ」「言葉の力、言葉の難しさ 2014年末」という記事を投稿していました。1年を締めくくるような内容になるのかどうか分かりませんが、今年も年末を意識した記事の投稿に努めてみます。

さて、人によって成否に対する評価が大きく分かれていますが、2015年最大のトピックは安保関連法案が可決成立したことではないでしょうか。あるサイトのコラムで「(法案が成立した後、)実際にどうですか? 国民生活、何にも変わっていないでしょう?」とフリーアナウンサーの長谷川豊さんが指摘されていました。しかしながら消費税の引き上げなどと異なり、すぐ私たちの身の回りに大きな変化を及ぼすような法律ではありません。

そもそも安保関連法は9月19日に成立し、9月30日に公布され、2016年3月末までに施行される運びとなっています。つまり現時点では法律の効力が一般的、現実的に発動し、作用する施行という段階に至っていません。安保関連法に反対した勢力や一部マスコミを揶揄する意図で「何にも変わっていないでしょう?」と発言しているようであれば、ミスリードに近い指摘だと思っています。

これから年月が積み重なり、安保関連法成立の評価が定まっていくはずです。これまでと比べて大きな変化がなかった場合、もしくは安保関連法が肯定的に評価される場面に接した場合、あの時の反対騒ぎが何だったのかというような声も耳にできるのかも知れません。逆に海外で自衛隊員が人を傷付け、あるいは自衛隊員の血が流れ、よりいっそう国際テロの標的にされるリスクや近隣国との緊張が高まっていた場合、安保関連法の成立が悔やまれていくのかも知れません。

当然、前者であって欲しいと強く願っています。さらに後者の例示は安保関連法の成否に関わらず、あり得るリスクだという指摘もあろうかと思います。このあたりの評価の仕方も人によって分かれ、どのような事態に遭遇しても安保関連法の成立を理由にしない方々、ネガティブな事態は安保関連法に結び付けて「やはり2015年9月19日が分岐点だった」と批判のボルテージを高める方々、そのように枝分かれしていくのではないでしょうか。

もともと私自身、最も大事な点は安保関連法が国民にとって望ましいものだったのかどうかだろうと考えています。「安保関連法案の論点」「安保関連法案に絡む問題意識」「憲法の平和主義と安保法制」などを通し、私なりの言葉で様々な問題点を訴えてきました。ただ戦争を未然に防ぐための法案だと考えている方々も多い中、戦争に巻き込まれる、戦争に繋がる法改正だという決め付けた言い方は控えてきました。

私自身の考えを示した言葉としては「これまでより日本が戦争に関わる可能性は高まる」というように表現してきました。違憲かどうかに関しても、違憲の疑いが高い、もしくは憲法学者の圧倒多数が「違憲である」という懸念を示している、このような言葉使いに心がけてきました。以上のような言葉の使い分けについて、あまり意味がないことだと思われる方も多いのかも知れません。些末なことにとらわれ過ぎると本質的な議論の障害になる、このように考える方もいるはずです。

それでも多様な意見や考え方を認め合い、感情的な応酬を避けるためにも、言葉の使い方一つ一つを大切にすべきものと思っています。結論や正しさを押し付けるような言葉だった場合、異なる「答え」を持っている方々の心に響きづらくなります。今年最後の記事の中で、これまで繰り返し述べてきた自分なりの心構えを改めて紹介させていただきました。そのような意味合いで池上彰さんの語り口は、いわゆる左や右の立場に関わらず受け入れやすく、学ぶべき点が多々あるものと思っています。

つい最近、タイトルが目を引き『日本は本当に戦争する国になるのか?』という池上さんの新著を購入しました。数日で読み終えましたが、思っていたとおり分かりやすい著書でした。ただ戦争する国になるのかどうかで言えば、結論付けた言葉はありませんでした。抑止力を高めることで戦争のリスクを減らすという政府の説明を紹介する一方、「いつでも戦争できるんだぞという態度を見せびらかすと、かえって周辺の国々を刺激して、緊張が高まるという反対論もある」と両論を併記されています。

この手法はテレビ番組の解説でも同様であり、立場に関わらず池上さんの説明が受け入れやすくなる持ち味だろうと見ています。これまでの安全保障に関わる経緯や事実関係を解説した内容に対しては「なるほど、そうだったんだ」という新たな発見もありました。政府からの安保関連法案の説明に関しては、私自身が抱いた問題意識と同じように池上さんも数多くの疑問を抱えられていたことを確かめられました。

日本人母子を乗せて退避中のアメリカ軍艦船を自衛隊が守るケース、中東のホルムズ海峡が機雷で封鎖されたケースなどは現実的には想定できないことを説明されています。11本の法案を一括審議にしたことの無謀さをはじめ、PKO活動中に駆けつけ警護を可能にすることに対しては「自衛隊員のリスクが高まらないなんて詭弁です」と率直に批判されていました。また、安保関連法によって尖閣諸島がアメリカ軍に守られるという見方の誤りなども池上さんは指摘されています。

他にも安保関連法案を報道する新聞の論調が二分されたこと、「アーミテージ・ナイ報告書」の対日要求など興味深い内容が盛りだくさんでした。ところで今回のブログ記事のタイトルは「今、思うこと」であり、もっと幅広い内容を書き込むことも考えていました。結局、池上さんの著書の紹介も含め、ここまで安保関連法を中心にした内容にとどまっています。書き残した内容は来年に送り、2015年最後の記事のまとめとして、池上さんの著書の「おわりに」に書かれている言葉をそのまま掲げさせていただきます。

民主主義とは何か。2015年の夏は、そんなことを私たちに教えてくれたような気がします。この機会に民主主義を考える本のフェアを企画した書店は、その内容が「偏向している」という批判を受け、軌道修正に追い込まれました。しかし、フェアで展示された書籍名のリストを見ると、「偏向している」と批判した人の思想こそ「偏向している」と感じてしまいます。憲法を、そして民主主義を考える絶好のチャンスを、2015年夏は私たちに与えてくれました。自由闊達に議論し、議論することが批判されることのない社会。それこそが民主主義社会だと思うのです。

最後に、この一年間、多くの皆さんに当ブログを訪れていただき、たくさんのコメントも頂戴しました。本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。なお、次回の更新は例年通り元旦を予定しているため、変則な日程となります。ぜひ、お時間が許されるようであれば、早々にご覧いただければ誠に幸いです。それでは少し早いようですが、良いお年をお迎えください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年12月19日 (土)

保育や介護現場の実情

10月に投稿した記事「集団心理のデメリット」の冒頭で、連合三多摩主催「政策・制度討論集会」の分科会「子ども・子育て支援新制度スタート~保育の質の確保・向上~」で座長を務めたことを記していました。その分科会の最後に座長のまとめとして、直前に耳にしていた下記の事件について触れていました。

入居高齢者3人が昨年相次いで転落死した川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で、入居者の頭をたたくなど虐待したとして、神奈川県警は9日までに、暴行などの容疑で男性職員3人を近く書類送検する方針を固めた。3人とも容疑を認めているという。県警や川崎市によると、入居していた80代の女性が虐待の被害を訴え、親族が居室にビデオを設置。

今年6月、複数の職員が女性の頭をたたいたり、暴言を吐いたりする様子が映像で確認された。さらに、職員はナースコールを取り外して使用できなくしていたなどとされる。この老人ホームでは昨年11~12月、86~96歳の男女3人が4階と6階のベランダから転落して死亡。県警が転落の経緯を調べている。【時事通信2015年12月9日

今回の記事の投稿にあたり、川崎市の老人ホームでの虐待事件に関するニュースをインターネット検索したところ上記のとおり職員3人が書類送検されていました。10月の時点で入居者に対し、暴力や暴言が加えられていた映像がニュースで流されていましたので疑いようのない残念な事例として私から紹介していました。

この事件を紹介した後、どのような言葉で分科会をまとめていたのか、もったいぶる訳ではありませんが、まず分科会の内容を少し報告した上で後ほど改めて掲げさせていただきます。分科会には3人の講師を招いていました。労働経済ジャーナリストの小林美希さん、西東京市の子育て支援部長、保育士である自治労社会福祉評議会副部会長、それぞれの立場から貴重なお話を伺いました。

分科会のタイトルに掲げたとおり「保育の質の確保・向上」を共通のテーマとし、保育現場の実情、行政や労働組合の役割、現行制度の問題点などがパネルディスカッションされました。待機児解消のため、保育士配置基準や面積基準が緩和されています。その結果、保育士の負担が増え、きめ細かい保育から遠ざかりがちです。加えて、保育に関わる予算の少なさがあり、たいへんさに見合った処遇に至らず、人材不足の深刻さが指摘されています。

ちなみに2015年度の国家予算に対する保育運営の予算は、わずか0.2%です。現在、保育所で働いている保育士は約40万人ですが、保育士の免許を持ちながら保育士として働いていない「潜在保育士」は約60万人にも上るそうです。その大半の方は仕事に対する賃金が見合わない、業務が多すぎることを理由に辞めているとのことです。「保育士の給料はなぜ上がらないのか~低賃金の実態と背景~」というサイトも参考までに紹介します。

東邦大学医学部の多田裕名誉教授(新生児科)は「1歳半までの発達は取り返しのつかないことが多い。どの保育園に入ったかで、その子の一生が決まると言っても過言ではない。ただ母親を働かせるだけ、ただ子どもを預かるだけの保育園では本末転倒。子どもに合わせた発達を見てくれることが大事。劣った環境のなかで、子どもが大人になったらどうなるか考えて欲しい」と語っています。

多田名誉教授の言葉も分科会の中で、講師の小林さんが紹介したものです。小林さんは今年4月に『ルポ 保育崩壊』(岩波新書)という著書を出されています。「問題は待機児童だけじゃない。問われるべきは、『保育の質』では?」という言葉が添えられた小林さんの著書のリンク先には次のような「著者からのメッセージ」が掲げられています。分科会の中でも報告された事例であり、冒頭の一部をそのまま紹介します。

「ここに子どもを預けていて、大丈夫なのだろうか」 待機児童が多い中で狭き門をくぐりぬけて保育所が決まっても、自分の子どもが通う保育所に不安を覚え、一安心とはいかない現実がある。それもそのはずだ。ふと保育の現場に目を向ければ、親と別れて泣いている子どもが放置され、あやしてももらえないでいる。食事の時にはただの作業のように「はい、はい」と、口いっぱいにご飯を詰め込まれ、時間内に食べ終わるのが至上主義のように「早く食べて」と睨まれる。楽しいはずの公園に出かける時は「早く、早く」と急かされる。

室内で遊んでいても、「そっちに行かないで」と柵の中で囲われ、狭いところでしか遊ばせてもらえない。「背中ぺったん」「壁にぺったん」と、聞こえは可愛いが、まるで軍隊のように規律に従わされる子どもたち。いつしか、表情は乏しくなり、大人から注意を受けたと思うと、機械的に「ごめんなさい」と口にするようになっていく――。ここに子どもの人権は存在するのか。当然、子どもの表情は乏しくなっていく。その異変に気付いた親は、眉根を寄せて考えるしかない。特に母親ほど「この子のために、仕事を辞めた方がいいのではないか」と切迫した気持ちになる。

小林さんは、株式会社の参入が保育の質を著しく低下させたのではないかという問題意識も示されています。保育の公共性の高さから社会福祉法人が民間保育を担っていましたが、2000年に株式会社の参入が解禁されていました。今年度、2015年度からは子ども・子育て支援新制度が始まりましたが、本当に利用者や働く側に立った制度なのか、小林さんは疑問視されています。

先ほど紹介した小林さんの「著者からのメッセージ」は「どの保育所であっても、教育を受けて現場でも経験を積み、プロとしての保育を実践できなければ、運・不運で親子の一生が左右されかねない。その状況を変えるためにも、今、保育所で起こっている問題を直視し、周囲の大人に何ができるかを考えたい。保育士も親子も笑顔で過ごすことができるように。」という言葉で結ばれています。

このような保育現場の実情や問題点を3人の講師から伝えていただきました。座長として分科会の最後をまとめるにあたり、今回記事の冒頭に紹介した川崎市の老人ホームでの痛ましい事件のことが思い浮かびました。介護職員の「質」以前の問題として、川崎市の老人ホームでの出来事は言語道断な犯罪行為であり、介護の現場で懸命に働く方々を一括りにした見方が不適切であることをあらかじめ一言添えました。

それでも長時間勤務や不規則な勤務時間等、非常に厳しい職場環境でありながら、その負担や責任の重さに見合った処遇に至っていない現状は介護現場に共通した問題です。福祉という公共性があるため、国の予算額によって運営費や人件費が左右される点は保育と同様です。財源不足から予算が限られ、充分な報酬額を示せず、人材確保や定員不足に苦慮している構図も保育現場と同様だろうと見ています。

保育園は保育士免許を持った有資格者が中心に子どもと接しています。まず保育士の資格取得者の中に「子どもが嫌い」という方はいないのではないでしょうか。介護現場でも介護福祉士等の有資格者が多いものと思われますが、資格の有無に関わらずスタッフの確保が欠かせない現状であるはずです。そのため、中には定職に就くことを優先し、「介護という仕事が嫌い」という介護職員も少なくないのかも知れません。

さらに厳しい職場環境に見合った待遇ではないため、ますます仕事に対する意欲が低下し、川崎市の老人ホームのような虐待事件に繋がっているのではないか、このような要旨の発言を分科会の最後に私から参加者の皆さんにお伝えしていました。保育も介護も「質」の確保・向上のためには担い手の問題が直結することを提起し、これからも労働組合の役割として保育や介護の現場で働く者の待遇改善に向けて努力していく必要性を訴えさせていただきました。

このような問題から消費税や3万円の臨時給付金など国の予算に関わる話まで広げたい考えもありました。 ただ際限なく長く続きそうなため、ここで今回の記事は一区切り付けさせていただきます。最後に一言、アベノミクス「新三本の矢」の中に「介護離職ゼロ」が掲げられました。家庭介護のために仕事を辞めなくてはならない人をゼロにするという目標ですが、介護の現場で働き続けたくても待遇の悪さから離職せざるを得ない人をゼロにすることも重要(参考サイト「介護離職ゼロ」のために優先すべきは介護スタッフの待遇改善)だろうと考えています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年12月13日 (日)

人事評価と複線型人事制度

全職員対象の人事評価制度を来年度から本格実施するため、労使協議が大詰めの局面を迎えています。これまでの経緯や労使協議のポイントなどを少し前の記事「人事評価の話、インデックス」の中で綴っていました。その時の記事内容と重複する記述が多くなるかも知れませんが、公務員に対する人事評価制度の変遷から現状の課題まで改めて整理してみます。

「職員の給与は、その官職の職務と責任に応じてこれをなす」とし、長年、公務員給与は職務給の原則を根本基準としていました。成績主義の原則もありましたが、競争試験によって選抜されたことをもって能力は一律とみなされました。年齢や学歴区分等に応じた初任給格付けがあり、それ以降、長期間病気などで休まない限り、1年ごとに定期昇給できることが基本でした。

給料表は、部長、課長、係長などの職層に応じた等級に分かれ、昇任することで給与の額が枝分かれしていく仕組みでした。採用された後の個々人の能力の差はあまり問われず、係長としての職務はこの水準、課長はこの水準と定めた給料が支給されました。このような仕組みは「頑張っても頑張らなくても同じ給料」という不本意な見られ方に繋がりがちで、公務員制度改革の論議の中で「能力及び実績に基づく人事管理」の考え方が強く打ち出されていきました。

2007年に国家公務員法の一部が改正され、能力及び実績に基づく人事管理が徹底化されました。2014年には地方公務員法の一部が改正され、2016年度から地方自治体においても人事評価制度の施行(本格実施)が迫られています。私どもの市では賃金水準に直結する人事や給与の制度面の問題は労使協議の対象としています。その労使協議の中で、これまで公務の中で個々人の業績評価は取り入れにくい点などを訴え、組合は人事評価制度の導入に慎重な立場を示してきました。

2001年に課長職から人事評価制度の試行を始め、目標管理を中心とする人事考課を係長、主任、主事と段階的に広げてきました。2014年の法改正に伴い、2016年度から全職員を対象にした本格実施に対応しなければならず、正式に提案を受けた今年6月以降、労使協議を精力的に重ねています。提案内容は2016年度の結果を2017年度の勤勉手当に反映させ、2018年度から査定昇給も実施するという計画です。

地方公務員法の改正内容に合わせ、職務遂行にあたって発揮した能力を評価する「能力評価」、あげた業績を評価する「業績評価」で構成し、「業績評価」結果は勤勉手当の成績率に反映し、「能力評価」結果は査定昇給に反映させます。これまでの試行の方式と同様、相対評価ではなく、絶対評価を基本とします。ちなみに課長級の本格実施や係長以下の試行における結果は上位又は中位の評価を受けた職員が大半を占めていました。

人事評価制度の労使協議を進めるにあたり、職場委員会や定期大会の議案を通し、次のような組合としての考え方を明らかにしています。前述したとおり組合は公務において評価制度を取り入れることの難しさを受けとめています。このような見方について「人事評価の話、インデックス」の中で紹介した人事教育研究所という会社のサイトでも、公務員と民間企業を峻別した人事評価制度の必要性を説いています。

人事評価制度の本格的な導入によって、多くの職員の士気を低下させるようであれば本末転倒な話です。組合は一人ひとりのやる気を高め、組織そのものが活性化するような制度の構築をめざしています。そのためにも自治労が掲げる「公平・公正、透明性、客観性、納得性」の4原則、「労働組合の関与、苦情解決制度の構築」という2要件の確保を基本とし、懸念する組合員からの声を受けとめながら労使協議を進めてきました。

評価結果に基づく処遇への反映が大きければ大きいほど、よりいっそう働く意欲が高まるという考え方もあります。一方で、本格実施後に不合理な点が生じた場合、見直しを容易にするため、著しい差が出ない制度設計で始めるという考え方も重要であり、組合は後者の立場で労使協議に臨んでいます。その上で、これまで試行してきた人事考課制度のあり方や運用について問題点の有無等を検証し、より望ましい評価制度のあり方を協議してきました。

勤勉手当への処遇反映の率等の妥当性や苦情処理委員会のあり方についても協議してきました。細部にわたる事項も含め、労使協議会の中で労使それぞれの意見や考え方を突き合わせていました。市当局側も人材育成を目的にした評価制度であることを強調しています。それでも本格実施後の懸念に対する温度差があることも確かです。いずれにしても組合は本格実施後に様々な問題点が浮き彫りになるという見方を強めています。

10月末に開いた団体交渉の中では、組合から「本格実施後に不合理な点が生じた場合、見直しを容易にできる制度設計で始めることの必要性」を申し入れ、生涯賃金に影響する査定昇給の実施時期は慎重に判断していく必要性を訴えていました。このような労使協議を重ねた結果、来年度からの本格実施を合意するにあたり、組合は主に次の2点を市当局と確認する運びとしています。

  1. 本格実施後も労使協議を継続し、目標管理のあり方や苦情処理の対応など必要に応じて見直しをはかる。
  2. 業績評価による勤勉手当への反映について来年度から実施することを合意し、能力評価による査定昇給に関しては引き続き協議を重ねていく。

続いて、複線型人事制度の問題について触れていきます。「節目の第70回定期大会」の中で、大会質疑で組合員から発言された問題であり、機会を見て当ブログの題材として掘り下げることを記していました。図書館を巡る労使交渉を通し、専門職である司書職確保の重要性を組合は訴えていました。この時の交渉を契機に毎年、当局に提出している次年度に向けた「人員確保及び職場改善要求書」の一項目として「業務の専門性の確保に向け、複線型人事制度の具体的導入をはかること」を掲げていました。

それに対し、当局からの直近の回答は「複線型人事制度については、検討の結果、本市の規模では導入メリットが低いと判断し、来年度から実施する人材育成基本方針から削除した。専門性の確保については、人事異動によって確保していきたい」という組合要求の趣旨を真っ向から否定するものでした。議案書の中に当局の回答内容を掲載していたため、組合員から「この回答で組合も納得しているのか」という問いかけがありました。

団体交渉の中で即座に組合として反論していること、今後も複線型人事制度の必要性について要求していくことなどを説明し、質問された方に理解を求めていました。複線型人事制度とは、事務系の職員の人事異動がゼネラリストの養成に重きを置きがちな現状に対し、本人の意向や適材適所を勘案したスペシャリストの道も選択できるような制度設計を想定しています。確かに制度をスタートさせ、うまく運用できていないという自治体の話も耳にしています。

一方で、昨年4月から武蔵野市では「エキスパート職員配置制度」とし、複線型人事制度を本格的に始めています。定期大会の質疑の中で、このことを東京自治研究センターの事務局長を務めている特別執行委員から紹介いただいていました。その後、『地方自治職員研修』に寄稿された武蔵野市総務部人事課の「創造型行革のすすめ 職員の高い専門性と意欲を配置に活かす ~エキスパート職員配置制度~」についても情報提供いただきました。

福祉、税務、債権管理を専任分野とし、係長職を対象に申込を受け、選考に基づきエキスパート職員として認定された場合、同一部署に7年間配置されます。7年間を超えて配置を希望する場合、所定の選考を改めて経ることで同一部署での長期配置を可能にしています。人事課の寄稿文には実際にエキスパート職員となった二人の方の声が紹介されていました。二人ともご自身の強みを市政の課題解決のために役立てたいという意欲を示され、プレッシャーを感じつつも前向きな感想を寄せられています。

武蔵野市では今後、各部におけるエキスパート職員配置の需要を把握し、必要に応じて専任分野の拡大等をはかっていくそうです。寄稿文の最後は「将来的には専門管理職制度などの議論につながっていけば、本当の意味での複線型人事制度が実現できるのではないかと期待しています」という言葉で結ばれています。導入メリットが低いと判断した私どもの市と同じような規模ですので、たいへん参考になる事例だと思っています。

人事評価の話、インデックス」に掲げた以前の記事のとおり人事制度に対し、なかなかベストは見出せないものと認識しています。ベターをめざす中で組合員の声を的確に集約し、組合として指摘すべき点は率直に指摘し、より望ましい制度が築けるよう今後も力を注いでいくつもりです。そして、最も重要な点は、どのような役職や職種の職員も職務に対する誇りと責任を自覚でき、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせないものと考えています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年12月 6日 (日)

年金積立金は誰のもの?

金曜の夜、連合地区協として年金積立金の運用見直しに関する労働講座を開きました。今年10月まで厚労省の社会保障審議会年金部会臨時委員を務められていた方をはじめ、連合本部総合政策局から二人の部長を講師にお招きし、たいへん中味の濃い講座を催すことができました。定員100人の会議室がほぼ満杯になる出席者の数でした。いみじくも下記のニュースが、この講座への関心を高めていたはずです。

公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は30日、2015年7~9月期の運用損益が7兆8899億円の赤字に転落したと発表した。赤字は6四半期ぶりで、四半期の赤字額としては過去最大となった。8月以降、中国経済の減速懸念を背景に国内外の株価が急落したことで、保有する株式の評価額が大きく下落した。昨年10月に公表した資産構成の見直しにより、株式投資比率の目標を従来の約2倍の25%に引き上げたことも裏目に出た。

6月末に比べ円高が進行したことで、外国株や外国債券の円換算での赤字拡大につながった。運用実績を示す収益率はマイナス5.59%(4~6月期はプラス1.92%)に悪化した。記者会見したGPIFの三石博之審議役は「10月以降の市場環境は回復しており、今年度の直近までの収益額はプラスに転じる基調だ」と強調した。【時事通信2015年11月30日

8兆円近くの損失、GPIF側は一時的なものだと説明しています。そうであって欲しいと願わざるを得ませんが、連合は数年前から年金積立の運用見直しに対し、強い疑念の声を上げてきました。今回、四半期における過去最大の赤字額が明らかになったことにより、連合の懸念が裏打ちされていく動きに繋がっています。金曜の労働講座では、年金制度の現状や連合の問題意識を3人の講師の方から詳しく説明いただきました。

冒頭、連合が制作したにDVD『年金積立金はだれのもの?』が映されました。漫画家のやくみつるさんが描いた10分ほどのアニメを通し、連合の提起している問題点が分かりやすく理解できるようになっています。リンク先のサイトで閲覧できますので、お時間等が許される際、ぜひ、ご覧になってください。あわせて連合のホームページからのサイト「どうなってるの!年金保険料」「私たちの年金積立金が危ない!!」「私たちの年金積立金が危ない!! Season2」も参考までに紹介させていただきます。

続いて、講師から説明を受けた主な内容を書き進めてみます。公的年金制度は防貧機能として、加齢や障害などによる稼得能力の減退・喪失に備えるための社会保険です。2004年の法改正で将来にわたって制度を持続できるように年金財政のフレームワークを導入しています。少子高齢化が進行しても財源の範囲内で給付費を賄えるように年金額の価値を自動調整する仕組み(マクロ経済スライド)の導入です。

2014年度の予算ベースで年金給付額約54兆円に対し、保険料収入約34兆円、国庫負担約12兆円、不足分約8兆円を年金積立金の運用収益で賄っています。年金積立金は約155兆円あり、そのうちの約133兆円を厚労大臣から寄託を受け、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が管理・運用しています。その収益を国庫に納付することで年金事業の運営の安定に資することを目的とし、GPIFは長期的に維持すべき資産構成割合(ポートフォリオ)を定め、安全かつ効率的な運用に努めなければなりません。

自主運用を開始した2001年度から2013年度までの累積収益額は35兆4415億円です。講師の方は「この額の何が問題なのか」と疑問を示されています。安全かつ確実な運用によってリーマン・ショックの時でも9兆3千億円の損失で済んでいました。GPIFは2014年10年に基本ポートフォリオを変更し、これまで安全資産とされてきた国内債券(主に国債)の比率を大幅に引き下げる一方、国内外の株式の比率を大幅に引き上げるなどリスク性資産割合を高めています。

この割合でリーマン・ショック並の痛手を被った場合、30兆円に及ぶ損失になるという試算があります。損失に対する責任や補償をGPIFや政府が担う訳ではなく、結局は被保険者・受給者に取り返しのつかない痛みが直撃することになります。そもそも基本ポートフォリオの見直しが「日本再興戦略」の中で経済成長を目的にした発想から生じています。厚生年金保険法等で運用は「専ら被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行う」と定められています。

積立金が被保険者から徴収された保険料の一部でありながら、経済成長のために運用の見直しを掲げていることが大きな問題であることを講師の方は強調されていました。加えて、国民に対する説明が不充分なまま押し進めている政府の姿勢にも強く憤られていました。また、GPIFには「運用委員会」が設置されていますが、委員は法的にはあくまでも「経済又は金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験を有する者」であり、ステークホルダーとして参画できる形態とはなっていません。

そのため、連合は被保険者の意思を反映できるガバナンス体制を求めています。保険料拠出者である労使代表が参画し、確実に意見反映できるガバナンス体制(労使をはじめとするステークホルダーの参画の下、合議制により意思決定する仕組み)の構築をめざしています。講師の一人は厚労省の年金部会臨時委員であり、「年金積立金の管理運用に係る法人のカバナンスの在り方検討作業班」に関わられていました。その作業班には証券会社の関係者も学識経験者として複数名関わっていたとのことです。

証券会社に近しい立場の委員は、どうしても130兆円は130兆円であり、どのように運用すれば利益を出せるかという発想が強く、被保険者から託されている公的年金保険料の一部だという意識が薄かったそうです。仮に損失が生じても手数料だけは確実に入る証券会社との関係性を疑問視し、利益相反の問題について語られていました。このような問題意識を踏まえ、講師の方は連合推薦委員の立場から作業班での議論の中で次のような主張を残されていました。

「専門家が執行機関等に入るとすれば、企業・団体籍を外す、あるいは一定期間務めあげたら同じ業界に何年間か戻らないようにするなどの措置が必要。また、在任中は出身元企業・団体との取引は禁止すべき」「守秘義務や利益相反の問題を明確にし、罰則も強化すべき」という主張です。連合は年金積立金の運用見直しの「目的」「内容」「進め方」を問題視し、反対の声が広がるよう世論喚起に努力しています。その一環として、地方議会での意見書採択にも取り組んでいます。

私どもの市議会でも連合推薦議員二人に尽力いただき、下記内容の意見書の採択ができるようめざしています。ただ残念ながら全会一致には至りそうにない状況だと聞いています。今回の労働講座を通し、現政権の進めている見直しに大きな問題があることを改めて認識する機会に繋がっていました。最後に、閉会の挨拶として議長代行の私から「誤った方向に進みそうな時、待ったをかけられる政治の場でのチェック機能が欠かせません。そのためにも巨大与党に対抗できる野党の存在が重要です」という要旨の言葉を出席者の皆さんに申し添えたことを紹介させていただきます。

年金積立金の専ら被保険者の利益のための安全かつ確実な運用に関する意見書

 公的年金は高齢者世帯収入の7割を占め、6割の高齢者世帯が年金収入だけで生活しています。特に高齢化率の高い都道府県では県民所得の17%前後、家計の最終消費支出の20%前後を占めているなど、年金は老後の生活保障の柱となっています。そのような中で、政府は、成長戦略である「日本再興戦略(2013年6月14日閣議決定)」などにおいて、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に対し、リスク性資産割合を高める方向での年金積立金の運用の見直しを求めています。

 年金積立金は、厚生年金保険法等の規定にもとづき、専ら被保険者の利益のために、長期的な観点から安全かつ確実な運用を堅持すべきものであり、日本経済への貢献が目的ではありません。まして、GPIFには保険料拠出者である被保険者の意思を反映できるガバナンス体制がなく、被保険者の意思確認がないまま、政府が一方的に見直しの方向性を示すことは問題であると言わざるを得ません。リスク性資産割合を高め、年金積立金が毀損した場合、結局は厚生労働大臣やGPIFが責任をとるわけではなく、被保険者・受給者が被害を受けることになります。

 こうした現状に鑑み、本議会は政府に対し、下記の事項を強く要望します。 

  1. 年金積立金は、厚生年金保険法等の規定にもとづき、専ら被保険者の利益のために、長期的な観点から安全かつ確実な運用を堅持すること。
  2. これまで安全資産とされてきた国内債券中心の運用方法から、株式等のリスク性資産割合を高める方向での急激な変更は、国民の年金制度に対する信頼を損なう可能性があり、また、国民の財産である年金積立金を毀損しかねないため、行わないこと。
  3. GPIFにおいて、保険料拠出者である労使をはじめとするステークホルダーが参画し、確実に意思反映できるガバナンス体制を構築すること。 

 以上、地方自治法第99条の規定にもとづき、意見書を提出します。

| | コメント (19) | トラックバック (0)

« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »