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2015年11月 1日 (日)

憲法の平和主義と安保法制

最近の記事「集団心理のデメリット」のコメント欄の中で、nagiさんから「憲法の平和主義を踏みにじる」って具体的にどの行為を指すんでしょうか、という問いかけがありました。端的な質問でしたが、いろいろ論点を広げて展開できそうな貴重な問いかけだと考えていました。そのため、機会を見て記事本文を通し、じっくりお答えすることを約束していました。記事本文の冒頭では連合地区協議会の「議員団懇談会」が開かれ、衆院議員の長島昭久さんと直接意見を交わす機会があったことを報告していました。

やはり長島さんと懇談した話は機会を見て、次回以降の記事の中で改めて報告したい旨を記していました。さらに前々回の記事「秋、あれから10年2か月」のコメント欄ではnagiさんからの問いかけに答える形で、長島さんとの懇談内容を報告しながら私なりの問題意識を改めて綴ってみようと考えています、とお伝えしていました。前置きが長くなりましたが、今回、その機会に位置付け、新規記事の投稿画面に向かっています。

今回の記事投稿にあたり、nagiさんから寄せられたコメントを改めて読み返しました。端的な問いかけの後にnagiさん自身の問題意識が付け加えられているため、当該のコメントの全文を紹介しないとフェアなやり取りに至らない恐れもあります。レイアウト上、そのままとなりませんが「よく理解できないので教えていただければ幸いですが」で始まるnagiさんのコメントは「>立憲主義や憲法の平和主義を踏みにじろうとしている安倍首相に対し」の後に次のように続いていました。

この「憲法の平和主義を踏みにじる」って具体的にどの行為を指すんでしょうか。日本は個別的自衛権は有していて、攻め込まれた場合、相手を殺すことも戦争行為であるとOTSU氏も言及していました。つまり、個別的自衛権は良い戦争であるから平和主義で集団的自衛権は悪い戦争だから戦争主義と考えてるのですか? それとも、個別的自衛権は最低限の防衛する権利を有するので、平和主義に反しない戦争であると考えるのでしょうか?私にはどう平和主義を踏みにじってるのかよくわかりません。もともと憲法制定時には、個別的自衛権も否定してたのに、解釈を変えて個別的自衛権を認め、自衛隊も認めたわけですが、この段階では「憲法の平和主義」は踏みにじってないのでしょうか。ただただよくわからない。それだけです。

まず本論から少し離れますが、当ブログで強くこだわっている言葉使いの問題から説明させていただきます。nagiさんから指摘を受けた当該の記事に書き残した文章は「立憲主義や憲法の平和主義を踏みにじろうとしている安倍首相に対し、強い憤りを持って集まっている参加者の思いを代弁するように…」であり、二つの意味で断定調の批判を避けています。「踏みにじる」ではなく、「踏みにじろうとしている」であり、安保関連法案の反対集会に集まる方々がそのように見ているという「事実」を示した文脈での言葉の使い方です。

私自身も「踏みにじろうとしている」という見方を持つ一人ですが、「安倍首相は平和主義を踏みにじっている」と言い切ってしまった場合、そのように見ていない方々との「溝」が浮き彫りになるだけだと思っています。「私はこのように考えますが、皆さんはどのようにお考えですか?」というスタンスを重視しています。分かりづらく、大差のない言葉使いなのかも知れませんが、姿勢や心構えの問題でもあり、断定調の批判は他者の異質な意見の全否定に繋がりがちです。

決め付けた批判のやり取りは感情的な応酬に至る場合が多く、ハナから「この人とは話し合っても無駄」だと思われ、分かり合える機会さえ逸してしまう恐れもあります。このような考え方自体「絶対正しい」と言い切るつもりはなく、あくまでも私自身のこだわりであり、このブログを通して再三訴えてきた心構えです。本論に近付けていきますが、つまり安倍首相自身「平和主義を踏みにじる」意図がなく、これからも「踏みにじる」結果に繋がらないものと考えているのかも知れません。

nagiさんをはじめ、そのようにお考えの皆さんも多いのだろうと見ています。しかし、意図がないことはその通りなのかも知れませんが、強引に成立させた法律の中味には様々な問題点が指摘されています。権力を縛るという立憲主義の観点から手続き的な問題が適切だったのかどうか、憲法9条のもと集団的自衛権は認められないと長年解釈されてきたにもかかわらず行使できるようにしたことの是非、このような論点に照らした結果、意図せず「踏みにじってしまった」という責任が問われる可能性は否定できないはずです。

長島さんの話に行き着く前に長い記事になりつつあります。ここからはnagiさんから問いかけられた平和主義に絞って書き進めていきます。これまでの記事に綴ってきたことですが、国際社会の中で原則として戦争は認められていません。例外の一つに自衛のための戦争があります。集団的自衛権もその名の通り自衛のための戦争に位置付けられます。国連加盟国は侵略戦争を放棄しているため、建前上は日本と同様、すべて「平和主義」を希求している国だろうと思っています。

そもそも「平和主義」に対比した「戦争主義」という言葉が成り立つのでしょうか。良い戦争、悪い戦争という峻別も疑問であり、できれば誰もが「戦争は避けたい」と考えているはずです。戦争を防ぐため、平和を守るため、抑止力を高めることが大事だと考え、今回のような安保法制に繋がっていることを理解しています。一方で、自国や自分たちの「正義」を武力によって押し通そうとする場面が後を絶たず、残念ながら世界のどこかで戦火が上がり続けています。

数多くの戦争への痛切な反省を踏まえ、同じような時期に崇高な理想を掲げ、国連憲章と日本国憲法は制定されていました。しかし、それらの理念と国際情勢の現実とのギャップは埋められないまま、現在に至っていることを否定できません。nagiさんの指摘の通り憲法9条は草案の段階では、自衛権も認められないと解釈されていました。国会での草案審議を通し、自衛権までは禁止されず、自衛のための「必要最小限度の実力」を保有することは憲法9条に違反しないと解釈されるようになりました。

この解釈があり、1950年の朝鮮戦争勃発という事態を受け、警察予備隊が発足し、保安隊から自衛隊に改組されていきました。その上で歴代自民党政権をはじめ、内閣法制局は「必要最小限度」の中に集団的自衛権の行使は認められないと明言してきました。いずれにしても「平和主義」は日本だけが標榜するものではありませんが、憲法9条のもと国際社会の中で日本は際立った「平和国家」だと認められてきたことも確かです。

このような憲法9条の抑制的な「特別さ」は誇るべきものと考えた際、集団的自衛権の行使に道を開き、いつでもどこでも同盟国と一緒に戦争をできる国に変えようとしている安倍首相は「平和主義を踏みにじろうとしている」という批判を受けるべき対象になってしまいます。前述した通り安倍首相に対する批判や評価は人によって分かれていくのかも知れませんが、最も大事な点は今回の法整備が国民にとって望ましいものだったのかどうかだろうと考えています。

たいへん長い記事になっていますが、長島さんとの懇談内容も少しだけ報告させていただきます。長島さんからの時局講演は「子どもの貧困」問題も柱の一つでしたが、今回、安保法制に絡んだ内容の報告にとどまることをご容赦ください。安保法制が成立した国会に対する長島さんの思いや問題意識はご自身の直近のブログ記事に綴られています。近くは現実的、遠くは抑制的な安全保障政策の必要性を長島さんは強調されています。

人道援助も積極的な立場であり、10本もの法案を一括りにした政府側の姿勢を批判されていました。法案の内容によって必要な点も認めていたため、きめ細かい審議を尽くせず、領域警備法案以外の対案も示せなかったことなどを反省されていました。政府が示した安保関連法案に対し、周辺事態という地理的な制約を外すという自衛権行使を巡る「歯止め」の曖昧さをはじめ、国民に対する立法事実の説明不足など具体的な事例を掲げた上、問題の多い法案だったことを説かれていました。

一方で、憲法9条が認める「必要最小限度」の自衛力に関し、時代情勢の変化の中で解釈を変えることの必要性についても長島さんは認識されていました。軍事技術の急速な進歩、特にミサイル技術の進歩による脅威に備えるため、これまで想定していなかった事態への対応も欠かせないという問題意識を持たれていました。全体を通して1時間ほどの講演でしたが、たいへん分かりやすい説明の数々でした。

少し前の記事「長島昭久さんとの関係」に綴っている通り長島さんと意見を交わせる機会があれば必ず問いかけや要望を示させていただいています。長島さんや周囲の皆さんからも、そのような関係が当たり前のように見られています。今回も質疑の時間、下記のような発言をさせていただきました。前回の記事のように原稿を用意していませんので、簡単なメモと記憶をもとに書き起こしています。最後に、その内容を掲げ、たいへん長くなった記事をまとめさせていただきます。

今回の分かりやすい説明を伺い、民主党の中に長島さんは改めて欠かせない人材だと思っています。安保関連法案に対し、私自身のスタンスとすべて一致している訳ではありませんが、問題が多い法案だったという認識を共有でき、たいへん心強くしています。ただ対案を出すことを長島さんは重視されていましたが、あまりにも違憲の疑いが高いため、国会の最終盤、岡田代表らの廃案に絞った判断を私自身は支持していました。圧倒的な与党の数の前に対案を出すことで法案成立を後押しするような見られ方があったことも間違いないようです。

長島さんは「今の民主党では政権交代できない、誰もがそう思っているはず」と話されています。私自身もその通りだと思っています。ただ単なる看板の付け替えや数合わせの野党の再編だった場合も同様だろうと思います。民主党政権の失敗は広げ過ぎた公約の問題であり、党内のまとまりのなさが原因だったように見ています。そのため、大事なことは立憲主義や平和主義、国民の生活重視など大きな理念で一致し、自民党との違いを明確に示した軸のもとの結集が欠かせないのではないでしょうか。

野党になった自民党が、わずか数年でここまで復活することを誰も想像できなかったはずです。民主党も同じように立ち直せる可能性があるはずです。再び政権交代をめざすためには理念や目標を高く掲げる一方、具体的な政策の実現に向けては現状から一歩一歩踏み出す手順を重視することの必要性を感じています。国民受けする政策や約束を広げ過ぎず、政権を担った時の経験や教訓を踏まえた政党としての信頼感が高まるよう努力して欲しいものと願っています。

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コメント

> 歴代自民党政権をはじめ、内閣法制局は
そもそも現行憲法下では、内閣法制局は所詮内閣の一部たる行政組織(内閣の補助機関)ですから、歴代内閣(=自民党等の政権)と内閣法制局の見解が一致しないことの方が問題(両者は同格ではない)で、しかし、敢えて「歴代自民党政権と内閣法制局が並列で記される」のが一般的なのは、ある意味日本的慣行の現れなのでしょうか。
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> 「必要最小限度」の中に集団的自衛権の行使は認められないと明言
この「必要最小限度」という文言が登場するのは、1981年5月の鈴木内閣の解釈ですので、一連の流れの中では比較的新しい解釈かと思います。それまでの解釈ではこういう言い回しは出てきませんので。
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きわめて日本的なのは「戦力の不保持」ですね。現在でも「平和主義」を謳っている国は世界中に多くあります。
というか、第2次大戦前から(締結国は限られていましたけど)「戰爭抛棄ニ關スル條約(所謂パリ不戦条約)」というものがあって、そのころから「平和主義」は国際的には謳われていましたので。
今の憲法第9条もGHQによる英語の原文は、この「戰爭抛棄ニ關スル條約」に由来する言い回しです。

そんな訳でワタクシは、「平和主義を踏みにじろうとしている」という言い方は違和感を感じていまして、「憲法第9条を踏みにじろうとしている」という言い方が腑に落ちるという印象です。
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そもそも集団的自衛権は、鳩山内閣の頃から内閣で検討されていましたし、政権交代前には小沢一郎氏はISAF(ドイツが死傷者を出したあのPKF活動です)に参加するとまで仰ってました。
政権交代前は小泉政権の頃から、むしろ民主党さんの方が、従来の自民党政権での憲法解釈に対して批判的で、集団的自衛権については積極的でした。
それが、今回のありようですので、「自民党が批判できればそれで良い、たんなる反与党・政府運動集団(形式的・外形的には 野党という衣=政党という衣 をまとっているけど、実質的には国政政党になりきれてない、ただの運動体)」という印象がつよまりました。
政党(とりわけ野党第一党)に求められるものは、単なる反政府運動体に求められるものと等値ではないのですけどね。
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> 自民党が、わずか数年でここまで復活すると
う~ん。予想可能だったと思います。
あれだけのトンデモない政権与党ぶりを見せられたら、民主党政権の後をついだ政権(自民党政権であっても、なくても)が、多少無茶をしても「アレ(民主党政権)よりはまし」だという印象が生じて、結果として安定するのは当然ではなかろうかと。
当の民主党さんやその積極的支持者層の方々が、民主党政権当時に「トンデモない政権与党ぶりであること」に気づくことができなかった(というより、今でも気づいてなさそうに見える)ことが、致命的な問題だったと思います。

投稿: あっしまった! | 2015年11月 1日 (日) 18時55分

あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

いろいろご指摘いただき、たいへん恐縮です。特に最後は「野党になった直後の自民党が」にすべきだったものと省みています。

投稿: OTSU | 2015年11月 1日 (日) 21時43分

きょっ、恐縮です。m(__)m

従来より申し上げているように、ワタクシは(今の)自民党の一強状態が継続することには、強い危惧を抱いておりまして、「まともな野党」を切望しています。
それ故に、野党第一党である民主党さんには、「政権を担った実績を踏まえて、まともな野党に脱皮して欲しい」と強く願っていますから、現状の同党に対する評価は厳しくなり、結果として若干強い文体でモノを申しておる自覚があります。

とりわけワタクシは、政権交代前後のワタクシのコメントにあるように「民主党さんの政権担当能力の低さ(なさ?)が露呈することが、マトモな野党を生む近道」とまで考えていましたから、自民党さんの復活は政権交代直後からの想定した流れでもありました。
そういうワタクシのコメントだけに、「自民党さんの復活ぶりへの予想可能性」については、バイアスがかかっています。

ただ、想像以上に、自民党さんも民主党さんも状況は厳しいというか。。。

投稿: あっしまった! | 2015年11月 1日 (日) 22時36分

私の言葉の理解が間違っていたことをまずOTSU氏にお詫び申し上げます。

>「踏みにじる」ではなく、「踏みにじろうとしている」

たしかに重要な違いですね。すみません。

本文を読んで、「踏みにじろうとしている」とは、予測であり推測であることを理解しました。天気予報で明日、1年後、10年後を予報するのと同じで正誤は未来においてしか判断できませんね。さらに天気予報より難しい話なので、事象の一点ではなく連続性を評価しなければなりません。つまり今回の法案が50年後ぐらい未来において初めて「踏みにじった」かどうか評価できることになります。

未来を予測し意見を言うことは誰にでも許された行為です。その予測が的中するかどうかは誰にもわかりませんがね。

それと、憲法の理念から考えて、やはり自衛隊が発足した段階で既に「平和主義を踏みにじろうとしている」と思いますね。しかし、60年以上経過して「踏みにじった」か「踏みにじってない」かを考えると安倍総理とは関係なくすでにそのような状況を続けてるにすぎませんね。

集団的自衛権を認めたからその状況になったのではなく、自衛隊を発足させたからこそ「平和主義を踏みにじろうとしている」、憲法の理念が問題ならば、根本の問題を考えるべきでしょう。個別か集団かは、すでに現実世界の問題であり理念を問うべき内容ではありません。

しかし、今更、自衛隊を無くせとの主張は国民に響かないでしょうね。

憲法の平和理念に対する破壊行為を問題視するならば、根本の問題を無視して主張することは、私には歪んだ批判にしか聞こえませんね。

投稿: nagi | 2015年11月 5日 (木) 12時51分

解釈変更による集団的自衛権の問題(安保法制)は、やはり憲法議論を行わなかったことかと。

個人的には集団的自衛権は反対ですが、きちんと憲法議論を行った上で行っていれば、これほど反対(デモ等)も起こらなかったかと。

既に自衛隊がいて、今では多くの国民が「自衛隊」の存在を認めていると思います。
「自衛隊」と「武力の保持」の議論を先延ばししてきたツケが今回の問題につながっていると思います。

やはり、根本の問題を無視しての議論では、正しい答えの方向性が定まらないかと。

投稿: くろ | 2015年11月 6日 (金) 08時22分

あっしまった!さん、nagiさん、くろさん、コメントありがとうございました。

賛否が分かれる問題で絶対「正しい答え」は簡単に見出せない難しさを痛感するようになっています。見出す努力を続けるためには幅広く多面的な情報や考え方に接していくことの大切さを感じ取っています。

この場がそのような機会の一つに繋がることを願いながら、皆さんからお寄せいただくコメントに向き合っているつもりです。ぜひ、これからもお時間等が許される際、貴重なご意見や感想をいただければ幸いですのでよろしくお願いします。

なお、新規記事の内容はガラッと変わる予定です。これまでの記事に関連したコメントを最新記事に投稿されることも特にNGとしていません。制約が多いようで、あまり制約のない比較的自由なコメント欄としていることも改めて案内させていただきます。

投稿: OTSU | 2015年11月 7日 (土) 21時49分

ここまで誠実に私の主張と政治姿勢に向き合ってくださる「公務員のためいき」さんには感謝以外の何物もありません。率直に言って、今の民主党の在り方にも、労働組合との関係にも大いなる疑問と不満はありますが、こういう支援者を裏切ることはできないと心底感じます。感謝。

投稿: 長島昭久 | 2015年12月26日 (土) 19時29分

長島昭久さん、コメントありがとうございました。

そのような評価をいただき、たいへん恐縮しています。実際の場面でも訴えさせていただいていますが、週に1回更新しているブログを通し、いろいろなことに考えを巡らしています。

ちなみに新規記事は今年最後の投稿になる予定であり、そのような考えを改めて整理してみるつもりです。ぜひ、これからもお時間等が許される際、ご覧いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2015年12月26日 (土) 21時18分

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