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2015年10月18日 (日)

秋、あれから10年2か月

秋、あれから2か月」というタイトルを付けた以前の記事があります。今、2015年の秋を迎えていますが、その記事の投稿から10年、このブログを始めてからの年月で言えば10年2か月となります。本当に長い年月が過ぎています。毎週末の更新を重ね、投稿した記事の数は600以上となり、寄せられたコメントは1万件を大きく超えています。その10年前の記事には次のような記述が残っています。

多くの組合員に組合の活動などを身近に感じてもらうため、従来の情報宣伝方法に加えてインターネット利用は効果的ではないだろうかと数年前から考えていました。また、一方的な言われ方の公務員バッシングに対して、公務員側の言い分も発信する必要があるのではないだろうかと最近考え始めていました。ただ組合の公式ホームページは不特定多数に発信する困難さや日常的な管理面などの問題が議論となり、すぐに開設できる見込みはありませんでした。

2005年8月、ブログ初心者のまま開設した直後、ネット上に自分の意見を発信できる面白さにはまり、とにかく書き込みたい話を立て続けに投稿していました。開設してから2か月が経ち、改めてブログを始めた理由や経緯を記していました。上記がその記事内容の一部でした。個人の責任で開設し、あくまでも管理人「OTSU」が個人的に運営しているブログですが、組合の公式ホームページの立ち上げが難しく、その代替的な役割をめざしたスタートであることを説明していました。

この開設当初の位置付けのもとに当ブログのことを組合員や知り合いの皆さんらに宣伝してきています。そのため、組合員や知り合いの皆さんらにとって「OTSU」は匿名ではありません。したがって、不特定多数の方々への発信を意識しつつブログでの発言の重さを踏まえながら、私どもの組合の方針や活動を伝える記事内容の投稿に努めています。さらに自分自身ができる等身大の「運動」の一つとしてブログと向き合っているつもりです。

ただ残念ながら『公務員のためいき』の存在さえ知らない組合員も多いようであり、一度も閲覧されていない方々は相当な数に上るものと受けとめています。仮に公式ホームページだったとしても大差のない傾向だったかも知れませんので、あまり一喜一憂せずに淡々と構えています。とは言え、私どもの組合の副委員長らからも「あまり見ていない」と告げられてしまうと非常に寂しく、残念な思いを強めています。

最近、副委員長の一人から「委員長個人のブログなので…」という言葉を耳にし、前述したような経緯や自分なりの問題意識を改めて説明する機会に繋がっていました。決して閲覧を強要する話ではなく、コメント欄に寄せられる意見が貴重であるため、「できれば見て欲しい」という正直な思いを伝えていました。自治労の運動が外部、もしくは自治労組合員からどのように見られがちなのか、ともに問題意識を共有化していかなければならない立場であるため、そのようなやり取りを交わしていました。

副委員長としてはブログに書き込んでいる私自身の主張に対しても腑に落ちない内容があるようでした。私自身のスタンスとして、組合の運動方針の押し付けは絶対避けるように心がけています。特に政治的な活動に関しては、より慎重かつ丁寧に「なぜ、取り組むのか」「なぜ、反対しているのか」という説明に力を注いでいます。その上で、どこまで実践できているのかどうか分かりませんが、最近の記事に託したような「願望」という調味料集団心理のデメリットについて留意するように努めています。

自治労の運動方針を支持している立場ですので、そこから逸脱するような主張はないはずです。それでも自治労の議案書や機関紙の言葉を引用することは皆無に近く、すべて自分なりの問題意識を踏まえた言葉に置き換えてブログ記事の投稿を重ねています。その結果、いわゆる左や右でとらえた時、私自身の主張は「右に傾きがちだ」と見られてしまう場合もあるようです。自治労の機関紙が発する言葉のほうを強く支持している副委員長にとって、そのような意味合いで当ブログの内容は違和感や物足りなさを感じているようでした。

先ほど多くの組合員に組合活動を身近に感じてもらうためにブログを開設したという経緯を記していました。ただ閲覧されている方々が多くないため、組合のニュースや機関誌という紙媒体にもブログの記事内容を頻繁に転用していました。その逆に紙媒体で扱った内容を後からブログ記事に掲げる時もありました。このことはネット上と実際の場面での主張を使い分けていない証しとも言えました。ちなみにネット上に発信した内容が圧倒多数の方々から批判を受けるようであれば、何か大きな問題点があることを認識すべきものと考えています。

今年8月6日付で発行した機関誌の特集記事「戦後70年、平和憲法の曲がり角」は私自身の記名原稿でした。最近のブログ記事の最後に全文をそのまま紹介した内容、ブログ記事を転用して機関誌に繋げた内容、先に機関誌の原稿があってブログに加筆補正した内容があります。参考までに機関誌の内容が分かるブログ記事に飛べるリンクをはった上、それぞれの章の見出しを紹介させていただきます。その前後には「はじめに」「なぜ、組合が反戦平和の課題にも取り組むのか」「おわりに」を今回の記事で初めて紹介します。

はじめに 春闘期に発行する機関誌『市職労報』の誌面を使い、毎年、情勢や諸課題に対する様々な思いを綴ってきました。組合ニュースの紙面だけでは情勢などに詳しく触れられないため、そのような点を補う意味合いから『市職労報』を通して様々な情報を発信してきています。そのことによって、少しでも情勢や諸課題に対する認識が組合員の皆さんと共有化できることを願っています。今回、戦後70年という節目にあたり、平和に関する課題を綴る機会を得ています。

いみじくも国会では集団的自衛権の行使を認める法案の行方が大きな焦点となっています。憲法学者の圧倒多数が「違憲」とし、国民の多数が反対している法案にもかかわらず、安倍政権は現有議席の多数をもって強引に成立させようとしています。平和憲法の曲がり角とも言える今、この誌面を通して私なりの問題意識や情勢認識を書き進めていくつもりです。なお、このような反戦平和の課題に関しては一人ひとり様々な見方や考え方をお持ちだろうと思っています。そのため、より望ましい「答え」を導き出すための議論材料の一つとして受けとめていただければ幸いです。

なぜ、組合が反戦平和の課題にも取り組むのか そもそも論とも言える話から改めて入らせていただきます。労働組合の最も重要な役割は組合員の雇用や生活を守ることです。労働条件の問題は使用者側と労使交渉を通して決めていきます。一方で、組合員の暮らしに大きな影響を及ぼす可能性があったとしても、社会的・政治的な課題は一組合の力だけでは到底関与できない領域となります。そのため、社会的・政治的な課題に対し、歴史的にも国際的にも多くの組合が集まって大きな力を発揮できるようにしてきました。そのような中で私どもの組合は自治労や平和運動センターに結集し、平和で暮らしやすい社会をめざしています。具体的な取り組みとして軍事基地や原発の問題などがあり、それぞれ定期大会で活動方針を確認し、できる範囲内で取り組んでいます。

ただ多岐にわたる情報があふれる中、個々人の価値観は多様化しています。そのため、組合の活動方針と組合員の皆さんとの問題意識に溝が生じないように注意していかなければなりません。その溝が広がっていくと組合活動全体に対する結集力の低下に繋がりかねません。そのような事態を避けるためには政治的な活動の必要性や意義について、日頃から丁寧な情報発信に努めていくことが非常に重要です。「なぜ、取り組むのか」という率直な疑問に答えながら相互理解や信頼関係を高める組合運動がよりいっそう求められているものと考えています。「はじめに」にも記したとおり今回の特集記事が、その一助となれば本望なことです。

おわりに 今回の特集で安保関連法案の問題から横田基地、砂川闘争、戦後70年談話まで幅広いテーマを綴らせていただきました。それぞれ冒頭に記したとおり私自身の思いを託した報告や提起となっています。そのことをご理解いただきながら組合員の皆さん一人ひとり、平和の築き方を考えるための議論材料になり得ることを願っています。なお、この特集記事も個人の責任で運営しているブログ『公務員のためいき』に書き込んだ記事内容を数多く引用しています。不特定多数の方々が閲覧できるサイトである一方、やはり一人でも多くの組合員の皆さんにご覧になっていただきたいものと願っています。そのような願いがあるため、インターネット上に限らず、今回のような紙媒体を通して組合員の皆さんに提起する機会を頂戴しています。そのブログは毎週1回週末に更新しています。ぜひ、機会がありましたら、ご覧いただければ幸いです。

前回記事には多くのコメントをお寄せいただきました。nagiさんからは私自身への問いかけがありましたが、たいへん恐縮ながら次回以降の記事でお答えさせていただきます。今回、下っ端さんの「安保法案反対も、護憲の集会も絶対に行きません。本来の組合活動のみ、地道にやるだけです」という言葉が引っかかり、このような記事内容に繋げていました。下っ端さんは自治労の組合員であるようですが、政治的な課題の集会に行くことを強要する組合のほうが極めて少なくなっているように見ています。

いずれにしても私どもの組合員の中にも下っ端さんと同じように考えている方が多いはずです。もちろんネット上の声がすべてではありませんが、匿名だからこそ知り得る本音であることも確かです。そのことを認識し、日常的な組合活動を進めるのかどうか、その大切さは言うまでもありません。「戦争法案に反対しよう!」という呼びかけの前に「なぜ、安保関連法案が問題なのか?」というアプローチが強く求められているものと思っています。そのような目的をもとに8月に発行した機関誌に上記のような特集記事を寄稿していました。

お読みいただいた方の感想は幸いにも「分かりやすかった」と概ね好意的な評価でした。ただ残念ながら「あれはないよ」と厳しく批判される方の声も耳にしています。その方からすれば私自身が「昔に比べて右寄りになっている」と見なさざるを得ない記事内容だったようです。そのような声があることも謙虚に受けとめていくつもりですが、ブログを閲覧されている常連の皆さんにとって「私が右」という見方は意外に思われるのではないでしょうか。

このブログを開設し、10年2か月、本当に幅広く様々な意見に触れることができました。コメント欄に寄せられた率直な声を受けとめ、記事本文に向き合ってきた年月は貴重な自己啓発の場に繋がっていたものと考えています。私自身、基本的な考え方が変わったという意識はありませんが、多様な「答え」を認め合っていくことの大切さはブログを続けている中で強まっていきました。今回、まとまりのない記事内容になってしまったかも知れませんが、今、思うことを気ままに書き進めさせていただきました。

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コメント

> 常連の皆さんにとって「私が右」という見方は意外

ワタクシが「常連」かどうか?あるいは「左の思考様式、右の思考様式」の確定的・絶対的な尺度は、必ずしも明らかではないところ、しかしながら、個人的印象を申し述べるとするなら。

所謂「総評さんの中核的な思考様式」に立脚される方々からすると、「右より」に見えるという反応も意外ではないと思います。(面識もないので、実際のトコロは判りかねますが。)
もちろん、全体として視るとワタクシよりは左よりに位置されると思いますが、総評さんの流れをくむ政治的集団の中では、その中心よりはある程度右よりに見えるかな?と思います。

そういう印象というのは、多分に、「ワタクシのような思考様式の者が、モノを言える程度には、柔軟というか器がお広い(懐がお深い)からではないかなぁ」と思います。でないと、ワタクシが、ある程度の頻度で出没することもなかったでしょう。
傍目から「見えている」というコトと、実際に「そうである」というコトは、似て非なるモノですが、管理人様が「右寄りに視られる」というコトは、母集団の立ち位置からすると不思議ではないかと。

※以上、直接の面識もなく文字情報を通して感じる、勝手な印象としてご了解いただければ、幸いです。

投稿: あっしまった! | 2015年10月18日 (日) 19時08分

あっしまった!さん、コメントありがとうございました。

好意的な評価をいただき、たいへん恐縮です。ご指摘のとおり相対的な位置関係での見られ方だろうと思っています。記事本文で話題の一つとしていますが、あまり意識せず淡々と受けとめています。

投稿: OTSU | 2015年10月18日 (日) 21時04分

10年も継続することは本当に賞賛に値します。

また、OTSU氏は意見交換も会話も交渉もできる人物です。私とは意見があわないことばかりですが、それでも話ができるということは交渉ができる。交渉ができるということは合意ができるということです。

未来につながるということは、このようなことでしょう。

OTSU氏のプログを右寄りだという副委員長とはおそらく話も交渉もできないでしょう。それでもかまいませんが、そこにあるのは侮蔑と嘲笑と憎悪だけでしょう。そして未来には戦争しかありません。

OTSU氏のように話し合いをし歩み寄る努力をする人は、立場や思想を超えて本当に素晴らしいことです。このような方の活動は本当に平和活動であると私も思います。


特に関係はありませんが、沖縄の自称平和活動家の映像をご覧ください。私にはテロリストにしか見えませんが。

>https://www.youtube.com/watch?v=UL3tf-dGjRE

投稿: nagi | 2015年10月19日 (月) 11時36分

nagiさん、コメントありがとうございました。

過分な評価に恐縮しています。ただnagiさんから、そのように見ていただいていることを伺い心強く思っています。副委員長とは確かに意見が一致しない場合もありますが、お互い支え合って組合活動に力を注いでいます。その上で私自身も含め、短所があれば補い合うようにして努力していることを一言付け加えさせていただきます。

なお、今週投稿する新規記事の中でも、前回記事のコメント欄で寄せられたnagiさんからの問いかけに対応できないかも知れません。しかし、必ず機会を見て「憲法の平和主義を踏みにじる」って具体的にどの行為を指すんでしょうか、という問いかけに答える形での記事本文を投稿するつもりです。その際に長島昭久さんとの懇談内容も報告しながら、私なりの問題意識を改めて綴ってみようと考えています。ぜひ、さらにお時間をいただくことをご理解ご容赦ください。

投稿: OTSU | 2015年10月24日 (土) 06時50分

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