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2015年9月20日 (日)

安保関連法案が可決成立

前回の記事「無投票で再選された安倍首相」 を書き始めた時、記事タイトルは付けていませんでした。書き込みたい題材や論点を絞ってからブログの入力画面に向かう時、漠然と書き込みたい内容を頭の中に浮かべながら書き始める時、その時々で入り方に違いがあります。前回の記事は後者でした。もう少し論点を広げるつもりでしたが、安倍首相のことを書き進めるうちに相当な長さになっていました、そのため、無投票だった自民党総裁選に絡む話題で一区切り付け、その時点で新規記事のタイトルを決めていました。

今回の記事は迷うことなく、書き始める前に記事タイトルを付けています。ただ前回の記事で書き切れなかったことをはじめ、書き込みたい内容が数多く頭に浮かんでいます。記事タイトルを最初に決めましたが、特に書き込む内容を事前に整理しないままパソコンのキーボードを叩き始めています。そのため、論点が広がりすぎて散漫な内容になってしまうかも知れませんがご容赦ください。

9月19日未明の参院本会議で安保関連法案が可決成立しました。今回から「案」を外して表記していくべきなのかも知れませんが、この記事では文脈上の納まり方を考え、安保関連法案という言葉を使っていくつもりです。ここ数か月、安保関連法案に関するブログ記事を多数投稿していました。直接的な記事タイトルではない時も、この問題に繋げている場合も多くありました。法案に対する賛否や評価、個々人で大きく分かれています。

それでも今後の日本の行方を左右する非常に重要な法案であるという認識は共通なものだったはずです。国会での審議が大詰めを迎えた時期、私の周りにも国会前へ頻繁に足を運んでいた方がいます。私自身、8月30日の反対行動には参加しましたが、特に平日、それほど国会まで足を運べるものではありません。以前の記事「運動のあり方、雑談放談」に記したとおり個人の責任による運営ですが、このブログは自分なりの「運動」の一つとして続けています。

そのため、誰彼から指示や依頼があった訳ではなく、自分自身ができる等身大の「運動」として安保関連法案に関する記事の投稿を重ねてきました。その際、安保関連法案に賛成している方々にも届くような言葉を意識してきました。このブログを通して発している私自身の主張は、いわゆる左や右でとらえれば左寄りだと見られがちです。自治労に所属している組合役員の主張というだけで、これまでコメント欄で条件反射的な批判を受ける時がありました。

ブログに書き込んでいる内容に対し、辛辣な批判や評価を受けることがあっても仕方ありません。それが文意を深読み、もしくは妄想気味に判断され、「組合員のことを考えていない」「ある別な目的を持ってブログを続けている」などという批判を受けてしまうと、たいへん残念なことでした。また、中学生の痛ましい自殺事件があった際、「日教組の責任だ」という決め付けた批判意見が寄せられた時もありました。

自治労の政治活動に関しても「再び、地公法第36条と政治活動」などを通し、法的に許される範囲内で活動していることを再三説明していながら「違法な活動だ」と断定的な批判を受ける場合もありました。それぞれ「日教組にも責任があるのかも知れない」「違法な活動だと思う」という言葉に置き換えることで、ご自身の考え方の表明となり、批判された側の受けとめ方も随分違ってくることを説明してきました。

つまり批判意見と誹謗中傷の違いについて当ブログを通した意見交換の際、できる限り意識していただくようお願いしています。前言通り話が広がってしまい恐縮です。安保関連法案の話に戻しますが、このように皆さんにお願いしている手前、私自身も人によって見方が分かれがちな事象に対しては言葉を選ぶようにしています。戦争を未然に防ぐための法案だと考えている方々も多い中、戦争に巻き込まれる、戦争に繋がる法改正だという決め付けた言い方は控えてきました。

私自身の考えを示した言葉としては「これまでより日本が戦争に関わる可能性は高まる」というように表現してきました。違憲かどうかに関しても、違憲の疑いが高い、もしくは憲法学者の圧倒多数が「違憲である」という懸念を示している、このような言葉使いに心がけてきました。以上のような言葉の使い分けについて、あまり意味がないことだと思われる方も多いのかも知れません。些末なことにとらわれ過ぎると本質的な議論の障害になる、このように考える方もいるはずです。

それでも多様な意見や考え方を認め合い、感情的な応酬を避けるためにも、言葉の使い方一つ一つを大切にすべきものと思っています。結論や正しさを押し付けるような言葉だった場合、異なる「答え」を持っている方々の心に響きづらくなります。念のため、私自身も含め、自分自身の正しいと信じている「答え」が他者の意見で簡単に変わるものではありません。しかしながら「もしかしたら間違っているかも知れない」という謙虚さも、なるべく忘れないように努めています。

知識や情報が豊富で知的発達している人の中にも、白か黒か「これしかない」と決め付け、しばしば周囲とぶつかる人がいます。そのような人は専門用語で認知的に成熟していないと呼ばれ、俗に言えばオトナ気ない人のことです。認知的成熟度の低い人は、相手を敵か味方かのどちらかに分けてしまう傾向があり、いったん敵と見なしてしまうと、その人が何を言っても反対や無視してしまうようです。心理学に「曖昧さ耐性」という言葉があり、曖昧さにどれだけ耐えられるかどうかが認知的成熟度の大きな指標になってくるそうです。

少し前の記事「『感情的にならない本』から思うこと」の中で上記のような話を残していました。さらに「○○でなければならない」「○○すべきだ」という決め付ける考え方を「should思考」と呼び、「曖昧さ耐性」の低さが原因であることも記していました。今回の安保関連法案の賛否を巡り、「曖昧さ耐性」の必要性を痛感していました。賛成派にも反対派にも見られた傾向ですが、自分自身の「答え」が唯一絶対正しく、相手側の考え方を上から目線で見下していることの多さを憂慮しています。

挙句の果て人格否定に繋がるような言葉や誹謗中傷の類いとなる批判意見が特にネット上で目立ちました。私自身はネット上をはじめ、反対集会の中でも安倍首相を呼び捨てにするような批判の仕方は慎むべきものと考えています。そのことで安倍首相を支持している方々の気持ちを逆撫でさせ、ますます意見の相違による敵愾心を高めさせてしまうものと懸念しているからです。安保関連法案の問題に限らず、人それぞれの賛否や評価があって当たり前なことです。

その違いによってお互い対立し合っていくことのほうが大きな問題だと考えています。考え方や立場が異なり、激しい議論を交わしても相手を全否定せず、いがみ合わない関係性を維持していくことが最も大事な心構えだろうと思っています。そもそも安保関連法案の中にも賛成できる点、これは改めるべき点などがあったはずです。本来、オールorナッシングではない議論が必要だったのではないでしょうか。そのためにも違憲の疑いのある箇所を与党側には早期に譲歩する姿勢を持って欲しかったものと願っていました。

ここまで長々と書き進めてきましたが、まだまだ書きしるしたいことが頭に浮かんでいます。特に法案の成立を阻止するために徹底抗戦した野党の最終盤の対応についても論評を加えなければなりません。どのような場面でも決められたルールを守ることは当然であり、まして暴力を振るうことが許される訳はありません。そのことを前提に「支持率が上がらない民主党」の中で綴ったような問題意識を今も抱えています。最後に、その記事の中の一文を改めて紹介し、支持率の劇的な上昇が期待できそうにない民主党へのエールに代えさせていただきます。

立憲主義や平和主義を尊重する政党かどうか、基本的な理念や方向性で自民党との対抗軸を打ち出していくことが重要です。その上で一度政権を担った経験や教訓を生かし、より望ましい現実的な政策判断を積み重ねていける政党として国民からの信頼感を得られるのかどうか、このような関係性が大きな鍵になっていくように考えています。そのような信頼感が高まるようであれば、おのずと民主党に対する支持率も上がっていくのではないでしょうか。

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コメント

平和安全法制から外れます。

与党とすれば、次は経済対策です。平和安全法制は、調達、政省令・内規準備するまで時間がかかるうえ、予算執行をこれから立案しますから、すぐにどうこうということは起きないでしょう。

また、安倍首相が、国内世論を考え、自分が首相である限り、この法を使うことはあまり考えられないことです。

まもなく、12月末の政府予算案作成に向けて、自治体は地方版創生戦略の仕上げに入っています。だいたいの自治体は10月末メドです。

自治体によっては、地方議会無視でどんどんと進めている事態になっており、産官学金労言の委員をそろえたのはいいのですが、やっていないか、あるいは形式だけで、各自治体とも目玉施策がまったくなく各自治体とも無難な金太郎飴状態です。

コンサル会社が儲かって仕方がないとの噂も耳にします。

石破大臣がお気に召すかどうかは、よくわかりません。これで、予算をぶんどれるのか非常に疑問な戦略素案もあります。あの方が査定するのですから、変なものは出せないはずです。

与党としては、もう、平和安全法制で大騒ぎはしないということだろうと想定します。裁判ぶつならぶってみなさいくらいにしか思っていないでしょう。あまり、実害のない想定の世界で、裁判所もかなり困るのだと思います。

T市さんはいかがですか?産官学金労言に入っているのでしょうから、KPIの設定も含めて、金太郎飴にならないようなものを、市民のみなさんは望んでおられると思います。労組も一枚噛んでいるわけですから、文句は言わせないわけです。

従前の総合計画とあまり変わらないような気もするのですが。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2015年9月20日 (日) 02時55分

でりしゃすぱんださん、おはようございます。コメントありがとうございました。

今回の記事本文に記したとおり最近は安保関連法案に絡む内容の投稿が多くなっていました。まだまだ注視していくべき課題ですが、今後、もう少し題材の選択は広げていくつもりです。

地方創生に関しても確かに様々な切り口から論じる必要があります。特に地方分権や地方主権という言葉が強調されていながら、お仕着せのような自治体への負荷のかけ方について違和感もあります。

ご指摘のような「コンサル会社が儲かって仕方がないとの噂」はその通りなのかも知れません。そのような題材での投稿があった際は、ぜひ、またご訪問いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2015年9月20日 (日) 07時25分

 安保闘争後、旧社会党の江田三郎書記長は1961年1月に
構造改革路線(江田ビジョン)を提唱し、この路線は、経済の高度成長という新しい現実に適応しようとした試みであったが、マルクス主義的思考にしがみつく左派とそれにひきずられ勝ちな中間派によって1962年11月の党大会で反対の決議案が採択され以後社会党は現実適応能力を失って、硬直化した原則論が横行するまま、単なるモラトリアム政党と化してしまい、長期低落コースに入った。外交・防衛政策の見直しも行われず非武装中立が党の基本政策となったが、非武装中立政策の国民の支持は概ね10%以下に止まっていた。
(稲垣武 悪魔祓いの戦後史より)
 今国会での民主党の対応は旧社会党を想起させるものであったと感じています。民主党政権時の現場の混乱を経験した者としては、政権末期に消費税増税で内紛の果てに分裂、野党に転落した一連の流れで、少なくとも私が現役世代でいる間に政権担当する可能性は極めて低いと感じています。(仮に解党しても民主党に所属していた方々の行く末はしっかりと見ていきます。)

投稿: ためいきばかり | 2015年9月20日 (日) 08時26分

ためいきばかりさん、コメントありがとうございました。

民主党に対する評価は辛口なものが多くなることを充分理解しています。私自身の評価や思いはいくつかの記事本文を通して綴っているとおりです。今回の記事本文の最後にも掲げたとおり至らなさを克服し、もう一度、国民の多くから信頼を得られるような政党に脱皮して欲しいものと願っています。

投稿: OTSU | 2015年9月20日 (日) 22時05分

政権交代当時は、民主党さんの政権担当能力の低さを与件として、

民主党さん(議員さん・党員さん)も、その支援者・支持者も、あるいは、有権者全体も、一度政権の交代を体験することによって・現実に直面することによって、「マトモな野党」が生まれる契機になるかも知れない

と思って、「可能な限り(国力に余裕が少してもある)早期に政権交代を」と思ったのです。

ただ、今回の経緯を見る限り、むしろ退行(劣化)したのではないか…?と思わされてですね、真面目に心配になりますよ。
あの、憲法改正草案を産み出す政党しか、政権担当能力のある政治的集団がないという状況が続かざるを得ないのは。

ワタクシは、安保法制の必要性自体には肯定的ですし、(政府案が最善とは思わないものの)今の時期に成立させる必要もあったと考えますが、「あの、憲法改正草案を産み出す思考様式」自体には、全否定に近いくらいに批判的ですので。

今の民主党さんが、政権担当能力を持つことについては限りなく期待できないだろうと、それなりの強度で感じるので、トホホ;;な気分です。

今回の法律は、議論が尽くされていないのは事実ですけど、その原因は「政権与党”だけ”にある訳ではなく、野党第一党”にも”多々ある」と思います。

野党第一党の(発言権を持つ立場の)支援者のみなさんも、マトモな野党を産み出すような方向性で支援して欲しい、以下なる仕儀でも無条件に是認するのではなく、苦言を呈するべきは呈して欲しい。

投稿: あっしまった! | 2015年9月20日 (日) 22時19分

事故レスです。
直近のワタクシの投稿の末尾から2行目ですが、

正(意図):如何なる仕儀
誤(投稿):以下なる仕儀

お目汚し・連投、失礼致しました。m(__)m

投稿: あっしまった! | 2015年9月20日 (日) 22時31分

どんな組織でもそうですが、アタマカズが多ければ、企画できる人間も増えます。
比例的ではないことに注意ですが。

現与党の政策担当能力は、霞が関とコミがしっかりできているためです。
民主政権が霞が関をうまく動かせなかったのは、民主党がコミの図り方を知らなかったばかりでなく、民主党政権下にあっても、霞が関は自民党とのコミを持ち続けたことにあります。

先生方とその周辺の人たちだけで、企画ができれば、立法府としては文句はないです。
しかしながら、今回の平和安全法制もそうですが政府立法が多いのです。議員先生は法を作ることについては、立法府でありながら、あまり上手ではありませんし、スタッフが足りません。

企画ができる自公以外の勢力を、みなさんは欲しがっていると思いますが、今のところ、霞が関のような、企画もすれば実施もするようなシンクタンクプラスマンパワーのようなところが、自公とタッグを組んでいるあいだは、他の政党が、それを超える体制を作るのは非常に難しいと思います。

かつて、細川護熙政権から自社さ政権に戻ったとき、自民が高級官僚の更迭を水面下で行ったようなことがあり、自民と政府の関係に関しては、根が深いと思います。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2015年9月23日 (水) 00時05分

※以下は個人の感想です。

「脳内世界の中にある日本という国の実情」と「現実世界の中にある日本という国の実情」とのギャップを懸命に説明して、
「-脳内世界の中にある日本という国の実情-を前提とした政策を実現するには、まず、-現実世界の中にある日本という国の実情-というギャップを埋める方策を考えないと、目指す政策の実現に着手する以前の問題で、どうにもならない」ってどれだけ訴えても、聞く耳を持って貰えないという個人的経験に照らすと、「企画する力」以前の問題だと思ったりしまふ、どこの政党とは言いませんが。

「完成予想図を書いたら、魔法のように現実に完成すると思ってる。設計図も施工図もフィットギャップ分析も、できないというより、その必要性にすら気づいてないかも知れない。」状況では、企画はムリでしょう。
実現させるためのフィットギャップを求めても聞く耳を持ってもらえない(その必要性そのものを全否定する)時点で、それを期待しても無駄でしょう。

でも、法案(閣法)を審議の過程でブラッシュアップすることならできると思うですよ。議論の過程で、0か100を前提に0を狙うのでなく、1でも2でも10でも20でも、自分たちの側に寄せるとか。

とはいえ、
かつて与野党協議で、与党側が野党側の意見を全面的に取り入れて、可決すれば野党側の目指す施策が100%結実する状況になったことがありました。にもかかわらず、肝心の裁決で「野党の意見を丸呑みした与党の案には賛成出来ないって言って反対票を投じた。」という実績を誇ってる政党が、マトモな「政権予備政党」になるためには?と自問すると、いささか、考え込んでしまいますけれども。

投稿: あっしまった! | 2015年9月23日 (水) 21時13分

興味深い記事があったので貼ります。

>http://diamond.jp/articles/-/78878

上下に別れて長い記事ですが、おもしろい内容です。

私の周辺で今回のデモの話を聞いても、誰も参加したいと言わないし、法案にも賛成の人ばかりなんですよね。いろんな世代の人に話しかけたんですがね。サラリーマンなんてこんなものなんですかねえ。

投稿: nagi | 2015年9月24日 (木) 12時03分

あっしまった!さん、でりしゃすぱんださん、nagiさん(以前の記事も含めて)、コメントありがとうございました。

いろいろな視点や立場からのご意見や情報に触れられる機会は貴重なことだと思っています。いつも具体的なレスに至らず恐縮ですが、これからも記事本文を通して私なりの問題意識等を綴っていくつもりです。今後もよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2015年9月26日 (土) 21時25分

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