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2015年9月27日 (日)

主催者と警察発表の落差

シルバーウイークの最終日、代々木公園で開かれた「さようなら原発 さようなら戦争 全国集会」に参加しました。午後1時30分から始まった2時間近くの集会の後、明治公園まで3キロほどのデモ行進もありました。4年前の5万人集会に参加した時のような密集感はありませんでしたが、自治労の隊列はデモ行進の出発順が後のほうだったため、今回も会場の外に出るまで1時間ぐらい待たされました。

主催者発表で参加者は約2万5千人でした。最近、その落差が取り沙汰されがちな警察発表の数字は目にしていません。そもそも「警視庁ではイベント・デモ・集会などの形態にかかわらず、参加者数については一切発表していない」とのことです。よく報道で見かける警察発表又は警視庁発表は、あくまでも警察担当の記者が警備や広報の担当官から個別に取材して聞き出している数字だそうです。

そのため、「警察関係者によると」という前置きが正確な伝え方だと言えます。このように警察からは参加者数が公表されていないため、最近のメディアの傾向は主催者から正式に発表された数字だけを記事に掲載しているようです。それにもかかわらず、安保関連法案に反対した8月30日の国会包囲行動に関しては参加者数を約3万3千人と警察発表していました。

一方で、主催者側は参加者数を約12万人と発表していました。この4倍ほどの開きに対し、ネット上で様々な意見を目にしていました。特徴的な点として、安保関連法案に賛成する側は警察発表をそのまま信じ、12万人は主催者側の極端な水増しによる数字だと批判していました。そのことから主催者や参加者自体の「胡散臭さ」を強調し、反対運動そのものをネガティブに論じる声を数多く見かけていました。

この件では青山繁晴さんが古巣の共同通信の報道の仕方に激怒されていました。YouTubeの動画「卑怯でおそろしい世論工作が行われている!反安保集会の参加者数の嘘を青山繁晴さんが激怒!」のとおりですが、ここでも12万人のほうを嘘と決め付けた主張が展開されていました。もちろんメディアが世論工作の片棒を担ぐようでは確かに大きな問題です。ただ今さらのような話ですが、以前の記事「二極化する報道」のとおり主要なメディアの立ち位置はそれぞれ明らかになっています。

8月31日の朝刊の紙面で、朝日と毎日は一面に国会包囲行動のことを載せていましたが、読売は社会面でのベタ記事扱いでした。反原発集会の翌朝、その集会のことを朝日と毎日は一面に載せていました。それに対し、私の見落としではないはずですが、読売はまったく取り上げていませんでした。各社の編集権の範囲内の話だろうと理解していますが、それぞれの購読者の得られる情報には大きな差が生じていくことになります。

したがって、このような傾向があることを前提にマスメディアと接していかなければ、より望ましい判断や評価は下しづらくなるものと考えています。論点が少し広がってしまったかも知れませんが、共同通信は12万人のほうが正しいという結論に繋げるような配信記事をまとめていました。青山さんからすれば12万人が嘘だと思っているため、その取材方法なども含めて共同通信に噛み付いていました。

前述したとおり報道の仕方に濃淡があっても仕方ありません。ただ当たり前なことですが、嘘を事実のように決め付けた報道の仕方は絶対認められません。12万人という数字が極端な誇張や偽りであれば、青山さんが憤られるように主催者の嘘を擁護するような記事は論外だと言えます。しかし、今回の件では青山さんのほうが大きなミスを犯していました。緻密で精力的な取材ぶりに定評のある青山さんも安保関連法案の成立に肩入れ過ぎたためか、次のような事実関係を見落とされていたようです。

8月30日に国会周辺で行われた安全保障関連法案に反対するデモの参加者をめぐり、主催者発表では12万人、警察関係者の話では3万3000人という人数が報じられた。この両者の人数がかけ離れていたことから、ネットでは議論を呼んでいたが、9月10日、警察庁・斉藤実審議官が国会で警察庁による人数把握についての説明を行った。

このデモ参加者をめぐっては、デモを支持する人たちからは警察が少なく見積もっているとし、警察による情報操作を疑う声があがっていた。反対に、支持しない人たちからは「参加者の水増しだ」とする意見があり議論を呼んでいた。こうした事態から、ネットでは国会前でのデモの様子を写した空撮写真や、国会前の道路幅からデモ参加者数を試算する人や、国会前の面積から試算する人も現れ、産経新聞も人数を予想するなどした。

議員からもこのデモ参加者数を疑問に思う声があがり、民主党の藤田幸久参議院議員は9月10日の参院外交防衛委員会で「その3万3000人の根拠。どういう方法で3万3000人と判断したのか」と質疑。これに対し斉藤審議官は「警察としては全体の参加者の数を発表する立場にはございません」とし、「あくまでも警察活動に必要な範囲で特定のエリアの一時点における人数の把握に努めている」と回答した。

この答弁を受け民主党の徳永エリ参議院議員はFacebookで「メディアを使った国家権力による情報操作。この国はどうなっているのだ!」と異議。元外交官の孫崎享氏も「過小報道したNHK等報道関係の罪大」「特定地域、特定時間だけの警察発表をあたかも全体如く報道し、かつその意義について社説も書けない大手マスコミが言論・報道のリーダーの様な顔をしてる」と批判している。【アメーバニュース2015年9月11日

実際、その日に国会周辺を訪れた一人として補足します。国会正門前の人数は空撮写真のとおり3万人ほどだったはずです。もともと国会包囲行動であり、私たち組合関係者は議員会館前に集まるように指示されていました。地下鉄の駅を出るところから行列となり、国会周辺の歩道は人で埋め尽くされていました。集会開催中は身動きするのにも気を使う満員電車内と同じような状態でした。そのため、主催者発表約12万人は実数に近いものと判断していました。

それにもかかわらず、あまりにも警察発表3万3千人を鵜呑みにした批判がネット上で散見されていたため、このブログを通して事実関係を伝えようと機会を見計らっていました。より望ましい判断や評価を個々人が下していくためには多様な情報を得ることはもちろん、正しい事実関係を把握していくことが重要です。このあたりは「マイナーな情報を提供する場として」という記事の中で触れたとおりの問題意識を持っています。

実は今回も「主催者と警察発表の落差」という記事タイトルは後から付けています。この話題から論点を広げていくつもりでしたが、長くなっていますので一区切り付けることにしました。それでも最後に、もう一つ民主党側が猛省すべき問題を紹介します。参院特別委員会で安保関連法案が強行採決された時、民主党の津田弥太郎参院議員が自民党の大沼瑞穂参院議員に暴行を加えていました。経緯や事実関係が曖昧だった場合、不特定多数の方々に発信するブログ上では扱い方に注意しなければなりません。

しかし、YouTubeの動画を視聴した際、津田議員が大沼議員を引きずり倒している場面をしっかり確認できるため、そのような心配は無用のようです。与党の不意打ちから緊迫し、委員会室全体が騒然とした中だったとは言え、津田議員に非があり、大沼議員が被害者であることは明らかです。津田議員は「自分が前に行こうとしたところ、大沼氏が妨害していたので、それをよけようと思ったら、大沼氏が倒れた」と釈明しています。暴行を加えようとする意思がなく、気が動転し、津田議員は過剰な行為に及んでしまったのかも知れません。

それでも繰り返しになりますが、動画から判断できる事実関係は津田議員が明白な加害者です。その犯した行為に相応した事後の対応が欠かせないはずです。津田議員から大沼議員に対する真摯な謝罪、津田議員の責任の処し方、それぞれ現時点では不充分なままにとどまっているようです。この問題を民主党としても重く受けとめ、毅然と津田議員に処分を科す姿勢が求められているものと思っています。このような問題での対応を誤っていくと、ますます民主党への信頼感は失墜していくのだろうと憂慮しています。

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2015年9月20日 (日)

安保関連法案が可決成立

前回の記事「無投票で再選された安倍首相」 を書き始めた時、記事タイトルは付けていませんでした。書き込みたい題材や論点を絞ってからブログの入力画面に向かう時、漠然と書き込みたい内容を頭の中に浮かべながら書き始める時、その時々で入り方に違いがあります。前回の記事は後者でした。もう少し論点を広げるつもりでしたが、安倍首相のことを書き進めるうちに相当な長さになっていました、そのため、無投票だった自民党総裁選に絡む話題で一区切り付け、その時点で新規記事のタイトルを決めていました。

今回の記事は迷うことなく、書き始める前に記事タイトルを付けています。ただ前回の記事で書き切れなかったことをはじめ、書き込みたい内容が数多く頭に浮かんでいます。記事タイトルを最初に決めましたが、特に書き込む内容を事前に整理しないままパソコンのキーボードを叩き始めています。そのため、論点が広がりすぎて散漫な内容になってしまうかも知れませんがご容赦ください。

9月19日未明の参院本会議で安保関連法案が可決成立しました。今回から「案」を外して表記していくべきなのかも知れませんが、この記事では文脈上の納まり方を考え、安保関連法案という言葉を使っていくつもりです。ここ数か月、安保関連法案に関するブログ記事を多数投稿していました。直接的な記事タイトルではない時も、この問題に繋げている場合も多くありました。法案に対する賛否や評価、個々人で大きく分かれています。

それでも今後の日本の行方を左右する非常に重要な法案であるという認識は共通なものだったはずです。国会での審議が大詰めを迎えた時期、私の周りにも国会前へ頻繁に足を運んでいた方がいます。私自身、8月30日の反対行動には参加しましたが、特に平日、それほど国会まで足を運べるものではありません。以前の記事「運動のあり方、雑談放談」に記したとおり個人の責任による運営ですが、このブログは自分なりの「運動」の一つとして続けています。

そのため、誰彼から指示や依頼があった訳ではなく、自分自身ができる等身大の「運動」として安保関連法案に関する記事の投稿を重ねてきました。その際、安保関連法案に賛成している方々にも届くような言葉を意識してきました。このブログを通して発している私自身の主張は、いわゆる左や右でとらえれば左寄りだと見られがちです。自治労に所属している組合役員の主張というだけで、これまでコメント欄で条件反射的な批判を受ける時がありました。

ブログに書き込んでいる内容に対し、辛辣な批判や評価を受けることがあっても仕方ありません。それが文意を深読み、もしくは妄想気味に判断され、「組合員のことを考えていない」「ある別な目的を持ってブログを続けている」などという批判を受けてしまうと、たいへん残念なことでした。また、中学生の痛ましい自殺事件があった際、「日教組の責任だ」という決め付けた批判意見が寄せられた時もありました。

自治労の政治活動に関しても「再び、地公法第36条と政治活動」などを通し、法的に許される範囲内で活動していることを再三説明していながら「違法な活動だ」と断定的な批判を受ける場合もありました。それぞれ「日教組にも責任があるのかも知れない」「違法な活動だと思う」という言葉に置き換えることで、ご自身の考え方の表明となり、批判された側の受けとめ方も随分違ってくることを説明してきました。

つまり批判意見と誹謗中傷の違いについて当ブログを通した意見交換の際、できる限り意識していただくようお願いしています。前言通り話が広がってしまい恐縮です。安保関連法案の話に戻しますが、このように皆さんにお願いしている手前、私自身も人によって見方が分かれがちな事象に対しては言葉を選ぶようにしています。戦争を未然に防ぐための法案だと考えている方々も多い中、戦争に巻き込まれる、戦争に繋がる法改正だという決め付けた言い方は控えてきました。

私自身の考えを示した言葉としては「これまでより日本が戦争に関わる可能性は高まる」というように表現してきました。違憲かどうかに関しても、違憲の疑いが高い、もしくは憲法学者の圧倒多数が「違憲である」という懸念を示している、このような言葉使いに心がけてきました。以上のような言葉の使い分けについて、あまり意味がないことだと思われる方も多いのかも知れません。些末なことにとらわれ過ぎると本質的な議論の障害になる、このように考える方もいるはずです。

それでも多様な意見や考え方を認め合い、感情的な応酬を避けるためにも、言葉の使い方一つ一つを大切にすべきものと思っています。結論や正しさを押し付けるような言葉だった場合、異なる「答え」を持っている方々の心に響きづらくなります。念のため、私自身も含め、自分自身の正しいと信じている「答え」が他者の意見で簡単に変わるものではありません。しかしながら「もしかしたら間違っているかも知れない」という謙虚さも、なるべく忘れないように努めています。

知識や情報が豊富で知的発達している人の中にも、白か黒か「これしかない」と決め付け、しばしば周囲とぶつかる人がいます。そのような人は専門用語で認知的に成熟していないと呼ばれ、俗に言えばオトナ気ない人のことです。認知的成熟度の低い人は、相手を敵か味方かのどちらかに分けてしまう傾向があり、いったん敵と見なしてしまうと、その人が何を言っても反対や無視してしまうようです。心理学に「曖昧さ耐性」という言葉があり、曖昧さにどれだけ耐えられるかどうかが認知的成熟度の大きな指標になってくるそうです。

少し前の記事「『感情的にならない本』から思うこと」の中で上記のような話を残していました。さらに「○○でなければならない」「○○すべきだ」という決め付ける考え方を「should思考」と呼び、「曖昧さ耐性」の低さが原因であることも記していました。今回の安保関連法案の賛否を巡り、「曖昧さ耐性」の必要性を痛感していました。賛成派にも反対派にも見られた傾向ですが、自分自身の「答え」が唯一絶対正しく、相手側の考え方を上から目線で見下していることの多さを憂慮しています。

挙句の果て人格否定に繋がるような言葉や誹謗中傷の類いとなる批判意見が特にネット上で目立ちました。私自身はネット上をはじめ、反対集会の中でも安倍首相を呼び捨てにするような批判の仕方は慎むべきものと考えています。そのことで安倍首相を支持している方々の気持ちを逆撫でさせ、ますます意見の相違による敵愾心を高めさせてしまうものと懸念しているからです。安保関連法案の問題に限らず、人それぞれの賛否や評価があって当たり前なことです。

その違いによってお互い対立し合っていくことのほうが大きな問題だと考えています。考え方や立場が異なり、激しい議論を交わしても相手を全否定せず、いがみ合わない関係性を維持していくことが最も大事な心構えだろうと思っています。そもそも安保関連法案の中にも賛成できる点、これは改めるべき点などがあったはずです。本来、オールorナッシングではない議論が必要だったのではないでしょうか。そのためにも違憲の疑いのある箇所を与党側には早期に譲歩する姿勢を持って欲しかったものと願っていました。

ここまで長々と書き進めてきましたが、まだまだ書きしるしたいことが頭に浮かんでいます。特に法案の成立を阻止するために徹底抗戦した野党の最終盤の対応についても論評を加えなければなりません。どのような場面でも決められたルールを守ることは当然であり、まして暴力を振るうことが許される訳はありません。そのことを前提に「支持率が上がらない民主党」の中で綴ったような問題意識を今も抱えています。最後に、その記事の中の一文を改めて紹介し、支持率の劇的な上昇が期待できそうにない民主党へのエールに代えさせていただきます。

立憲主義や平和主義を尊重する政党かどうか、基本的な理念や方向性で自民党との対抗軸を打ち出していくことが重要です。その上で一度政権を担った経験や教訓を生かし、より望ましい現実的な政策判断を積み重ねていける政党として国民からの信頼感を得られるのかどうか、このような関係性が大きな鍵になっていくように考えています。そのような信頼感が高まるようであれば、おのずと民主党に対する支持率も上がっていくのではないでしょうか。

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2015年9月13日 (日)

無投票で再選された安倍首相

数十年に一度の大雨に対する特別警報が発せられた東日本の各地で、記録的な豪雨によって甚大な被害が生じています。茨城県常総市では鬼怒川の堤防が決壊し、広範囲な浸水被害による深刻な爪痕が残されました。土曜の早朝には首都圏で最大震度5弱の地震があり、その揺れで目を覚ましていました。私自身の居住する市では震度4、豪雨被害を受けた地域でも震度3が観測されていたようです。

いつも思うことですが、自然災害は人間の手でコントロールできません。「災害は起こる、災害は避けられない」ということを前提に様々な対策を講じる必要性があります。災害が起きた際、いかにダメージを軽減できるか、できる限り犠牲者を出さず、被害を少なくできるかどうかという視点が欠かせません。そのための対策を立て、日頃から準備することが求められているものと考えています。

さて、国会の会期末9月27日が迫っています。先週の金曜日、これまで野党の反対で2回廃案となっていた改正労働者派遣法が衆院本会議で可決成立しました。原則として最長3年だった派遣社員の受け入れ期間の延長が可能となります。この法改正の問題点は6月に投稿した記事「労働者派遣法の曲がり角」の中で綴っていました。野党の主張を39項目の付帯決議に盛り込んだとは言え、連合が訴えてきた「企業のための規制緩和であり、労働者保護が乏しい欠陥法案」であるという懸念は拭えないままです。

安倍首相は「今回の改正案は、派遣就労への固定化を防ぎ、正社員を希望する派遣労働者についてその道が開けるようにするものであり、生涯派遣を増やそうとするものではありません」という答弁を繰り返していました。しかし、安倍首相の説明の根拠としている法案の「派遣先に対し、派遣期間上限の3年を満了する特定有期雇用派遣労働者に対して労働契約の申し込みをすることを求めること」という規定が正社員化を促していくのかどうか懐疑的に見られています。

このブログでも頻繁に取り上げてきましたが、安倍首相の発する言葉の重さにはいつも疑念が生じがちです。認識が不足しているのか、意図的に誇張しているのか、そのような言い切り方をした場合、誤解を与えてしまう場面が数多くあるように見受けられます。安保関連法案の審議の中でも、安倍首相は「後方支援を行なう場合には、部隊の安全が確保できない場所で活動を行なうことはなく、万が一、危険が生じた場合には業務を中止し、あるいは退避すべきことなど明確な仕組みを設けています」と説明していました。

しかし、参院での審議が進む中で、「存立危機事態」での自衛隊の後方支援を定めた法案に隊員の安全確保規定がないことも明らかになっています。この問題に対し、安倍首相は「安全確保の規定がないのは承知していた」とし、その上で「(法案では後方支援を合理的に必要と判断される限度を超えるものであってはならないと)限定があり、隊員の安全確保についても配慮した上で、必要な支援を行なう趣旨を含むものであると我々は解釈をしている」という説明を加えていました。

2年前のIOC総会、最終プレゼンに出席した安倍首相は「(福島第一原発の)状況はコントロールされている」と強調していました。ここまで言い切ることに私自身は強い違和感を覚えていました。このような傾向が改正労働者派遣法や安保関連法案の審議を通しても顕著になっているように感じています。これまで当ブログを通して安保関連法案に対する問題点を数多く指摘してきていますが、その時々の政府の解釈によって変動可能な「幅」の多さも大きな問題だと考えています。

そのような「できる」規定の多さも意図的な作り方であり、将来的にはアメリカの要請に応じ「いつでも、どこへでも、ともに軍事行動できる」法律をめざしているように危惧しています。安倍首相は「国民の命と幸せな暮らしを守るために法案を成立させていただきたい」と訴えています。安保関連法案を成立させることで抑止力が高まり、戦争を避けるために必要な法整備であるという考え方からの発言であり、固い信念に基づいた訴えだと思っています。

しかし、本当に国民の命と幸せな暮らしを守るための法案であるのかどうか、国民一人ひとりの判断は分かれています。さらに「否」と考えている国民のほうが明らかに多数であり、そのことを安倍首相は真摯に謙虚に受けとめるべきではないでしょうか。最近、安倍首相は国会開会中の平日に大阪まで出向き、読売テレビの『そこまで言って委員会NP』などに出演していました。

金曜夜にはインターネットの『言論テレビ』に生出演していましたが、それぞれ安倍首相を最初から持ち上げる構成の番組でした。もともとの番組の視聴者層を想定した際、安保関連法案に反対している国民を意識した出演ではないことが明らかなようでした。安倍首相の考え方に賛同する出演者に囲まれ、法案の成立に向けて意を強くする機会に繋げていたように見受けられます。

記事タイトルに掲げたとおり自民党の総裁選は無投票で安倍首相が再選されました。詳細は下記のメディア記事のとおりですが、安倍首相の対抗馬に名乗りを上げた野田聖子前総務会長の推薦人が20人集まらなかったことは驚きです。本当に自民党の現役国会議員の圧倒多数は安倍首相の「この道しかない」に賛同しているのでしょうか。幹事長や政調会長などを務めた自民党OBの多くは公然と安保関連法案に反対しています。

同じ政党に所属していながら現役とOBでは物事の見方が大きく違ってくるのでしょうか。現役で安保関連法案に反対しているのは村上誠一郎元国務大臣、ただ一人という現状も含め、国民目線と現在の自民党国会議員の意識が大きく乖離しているように思わざるを得ません。一方で、民主党は個人的な発言を公けにすることが比較的自由な組織です。ただ党内ガバナンスの弱さが課題でもあったため、今の自民党の統制力や結束力を少しだけ見習うことも必要(?)なのかも知れません。

安倍晋三首相(自民党総裁)の任期満了に伴う党総裁選が8日告示され、安倍首相のほかに立候補者はなく、無投票再選が決まった。野田聖子前総務会長もギリギリまで出馬を模索したが、立候補に必要な「党所属国会議員20人」の推薦人を集められなかった。今国会最大の焦点である安全保障関連法案の審議・採決もにらみ、水面下では激しい暗闘が繰り広げられた。「自民党総裁選への立候補を目指してきましたが、力及ばず、本日ただいま、総裁選への挑戦を断念しました」 

野田氏は8日午前8時過ぎ、衆院議員会館で緊急会見を開き、こう語った。その表情には悔しさがにじんでいた。同じころ、安倍首相は官邸近くのホテルで出陣式を開き、「みなさんの支援を力に変えて結果を出すことで、その責任を果たしたい。国民のために全力を尽くす」と語った。無投票で首相が総裁に再選されるのは、2001年の小泉純一郎首相(当時)以来14年ぶり。野田陣営は、各派閥による首相支持の動きを「悪しき自民党への先祖返り」などと批判。安倍政権に批判的な古賀誠元幹事長、山崎拓元副総裁らOBが水面下でバックアップを続けたが、支持は広がらなかった。

政治評論家の浅川博忠氏は「野田氏の弱さは、出馬するための『大義名分』がなかったことだ。『党が活性化するためには無投票はよくない』という抽象的な主張に終始し、何を政策として掲げるかが不明瞭で、パンチ力に欠けた」と分析する。メディアで安保法案への反対姿勢を打ち出していた古賀氏や山崎氏らが動いたことも「マイナスに働いた」(浅川氏)とみられる。民主党の枝野幸男幹事長は否定したが、総裁選が行われた場合、野党が「次期首相が誰になるか分からない状態では審議はできない」として、安保法案の審議を遅らせる可能性があったのだ。

野田氏は「反安保(法案)ではない」と公言していたが、官邸周辺は、古賀、山崎両氏らの動きを「事実上の安保法案潰しだ」「野党と息を合わせているのではないか」と強く警戒していた。このため、激しい切り崩し工作も行われた。首相サイドは今月以降、野田氏の推薦人に浮上した人物と個別に接触して「中国や北朝鮮の軍事的脅威を認識すべきだ」「野党を利する行為になりかねないぞ」などと説得した。数人は野田氏への支援をやめた。

8日朝に開いた安倍首相の出陣式は、野田氏を除く全議員に招待状を送り、支持動向のあぶり出しも行ったという。浅川氏が続ける。「自民党内には初入閣待ちの議員が大勢いるため、総裁選後の内閣改造・党役員人事を見据え、『勝ち馬に乗れ』という流れもできた。古賀氏が名誉会長を務める岸田派でもそれは同じで、派閥内では『同じ派閥でもない野田氏をなぜ推さなくてはならないのか』という声が大勢だった」 安倍首相は再選を踏まえ、安保法案を来週にも参院で採決して成立させる方針だ。【ZAKZAK2015年9月8日

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2015年9月 5日 (土)

砂川闘争から60年

最近、最高裁の砂川事件判決が注目を浴びています。後ほど詳述しますが、もともとは米軍の駐留自体を違憲とした伊達判決があり、その舞台として砂川闘争がありました。砂川闘争は私が勤務する自治体で繰り広げられた画期的な歴史の一頁でした。今年は砂川闘争が始まった年から数え、60年の節目を迎えています。

今年5月の記事「横田基地にオスプレイ」の中で機会を見て当ブログの中で砂川闘争についても綴らせていただくつもりです、と記してから投稿のタイミングを見計らっていました。水曜の昼休み、砂川闘争60周年のつどい実行委員会の方々が私どもの組合事務所に来訪されました。11月5日に催す集会への協力要請でした。この機会に砂川闘争の記事を投稿し、その集会に関しても最後に案内させていただこうと考えました。

まず60年前の砂川闘争を振り返ってみます。1955年5月、米軍は日米安全保障条約の附属行政協定に基づき、立川基地の滑走路を拡張するための土地収用について東京調達庁を通じて砂川町役場に通告しました。それに対し、砂川町議会は全会一致で拡張反対を決議し、町長をはじめ各種民主団体の老若男女が一丸となって町ぐるみで反対運動を展開することになりました。

その背景として、「土地は百姓の命」とされていながら戦前から数えて15回も日本政府や米軍に土地を接収されてきました。今までは泣き寝入りのかたちでしたが、これ以上は自分たちの生活権を脅かすことになるという危機感が高まっていました。さらに今回の計画では町の動脈である五日市街道が分断されることになり、行政的にも経済的にも被る打撃がはかり知れませんでした。わずかな補償では到底補い切れない深刻な計画内容だったと言えます。

加えて、この拡張がB52などの原子爆弾搭載のジェット機の発着のためであるという理由が重なり、町中で反対闘争の機運が高まっていきました。9月13日と14日、地元住民らの必死の抵抗も警官隊の出動で破られ、拡張予定地の第一次測量を許してしまいました。その日の報告大会の中で行動隊長だった方から「土地に杭は打たれても心に杭は打たれない」という有名な言葉が発せられました。

翌1956年10月、無抵抗の抵抗でスクラムを組む地元住民に対し、全国から労働組合員や学生らが支援に駆けつけていました。武装警官は狂暴化し、スクラムを組むピケ隊に襲いかかりました。鉄カブトとコン棒に身を固めた警官隊が一方的に無抵抗のピケ隊に暴行を加える姿はマスコミを通して全国に伝えられました。警官の暴状に憤怒した世論は地元支持、政府批判の声に繋がっていきました。

1956年10月14日の夕方、政府は「諸般の状況を考慮して残余の部分についてはこれを後日に期することとし、測量はこれにて打ち切る」と発表しました。砂川闘争が勝利に向かう歴史的な瞬間でした。それ以降も闘争は断続的に続き、1969年に政府と米軍は最終的に立川基地の拡張を断念しました。このように私どもの自治体では地元住民を中心とした反対運動で基地拡張を阻止するという貴重な歴史を刻んでいました。

一方で、立川基地の担ってきた機能は横田基地に移れされていくことになりました。横田基地周辺は常時渋滞しています。「まちのど真ん中に滑走路」であり、まちの発展に対する阻害や経済的な損失などのマイナス面ははかり知れないものと思います。その対比で考えた時、砂川闘争がなければ現在の私どもの自治体の姿は間違いなく変わっていたはずです。三多摩地域の中でもトップクラスと目されている駅前の発展も遂げられなかったかも知れません。

続いて、この砂川闘争に端を発した砂川事件判決について書き進めてみます。1957年7月、デモ隊の一部が基地内に入ったため、25人が逮捕され、このうち7人が日米安全保障条約に基づく行政協定に伴う刑事特別法第2条違反として起訴されました。1959年3月、その7人の無罪が東京地裁で言い渡されました。米軍の駐留自体を憲法違反とし、裁判長の名前を取って伊達判決と呼ばれています。

それに対し、検察側は高裁を飛ばして最高裁の判断を求める「跳躍上告」の手続きを取りました。最高裁は同年12月、一審を破棄し、東京地裁に審理を差し戻した結果、被告全員の有罪(罰金刑)が確定していました。一審判決で駐留米軍が違憲状態となってしまい、混乱を早期決着させたいという政治的な意図が働いた最高裁の判断でした。

安倍首相や自民党幹部は、この時の最高裁判決の「自国の平和と安全を維持し、存立を全うするために必要な自衛の措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」との一文をもって、必要最小限度の集団的自衛権も認めたものだと主張しています。しかし、その理屈が後付けであることは明らかです。

これまで「必要最小限度の自衛権」の中に集団的自衛権が含まれないことは歴代の自民党政権をはじめ、広く認められてきた憲法9条の根幹に関わる解釈でした。それが内閣の意思で解釈を変えてしまった行為は権力を縛るという立憲主義をないがしろにした暴挙だと言わざるを得ません。憲法そのものを変えるためには時間がかかるという理由だとすれば論外な話だと言えます。

金曜の夜、私どもの組合は「憲法はどう壊されようとしているのかー戦争の放棄から戦争ができる国へー」という題名の学習会を開きました。講師に弁護士の古田典子さんをお招きし、たいへん幅広いテーマを歴史や最近の情勢を踏まえながら分かりやすく説明していただきました。その中で砂川事件判決についても触れていただいています。

安保条約は高度の政治性を持ち、違憲、合憲の判断は司法審査になじまないとし、明白に違憲無効と認められない限り、内閣、国会の判断、終局的には主権を持つ国民の政治的な判断に委ねられるという見解を最高裁は示していました。その上で、あくまでも判決の傍論として、必要な自衛の措置は国家固有の権能と述べたにすぎません。このような論理立てから「在日米軍の駐留は一見極めて明白に違憲とまでは言えない」とし、一審の伊達判決を破棄していました。

その後、1972年の政府見解は砂川事件判決を前提に「憲法上許される自衛の措置は無制限ではなく、外国の武力攻撃によって国民の権利が根底から覆される急迫・不正の侵害の事態に対処し、国民の権利を守るためのやむを得ない措置で必要最小限度のもののみ許される。集団的自衛権は憲法上許されない」としていました。同じ判決を根拠にまったく逆の結論を導き出していることに古田さんは強い疑念を示されていました。

時節柄、どうしても安保関連法案の話に繋がりがちです。冒頭で紹介した11月5日の砂川闘争60周年の集会のメインスローガンも「わたしたちに基地も戦争もいらない」とし、「砂川の勝利を辺野古につなげよう 砂川判決は集団的自衛権と関係ない 安保法制合憲論に悪用するな!」というサブスローガンを付けています。

集会は午後6時30分からRISURUホールで開かれ、参加券千円で入場できます。オープニングでは組曲『砂川』を200人で大合唱します。記念講演の講師として評論家の森田実さんを招き、基調報告やパネルディスカッションも予定されています。興味を持たれた方は、ぜひ、直接会場に足をお運びください。私どもの組合員の皆さんへは後日、組合ニュース等を通して改めて案内させていただきます。よろしくお願いします。

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