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2015年7月25日 (土)

8月9日に市長選と市議補選

前回の記事「安保関連法案が衆院通過」にKEIさん、あっしまった!さん、とーる2号さん、たろうさん、ハルチャンドさんからコメントをお寄せいただきました。皆さん、このブログのコメント欄では馴染み深い方々であり、いつもそれぞれの立場や視点から貴重な指摘や意見を示していただいています。たいへん恐縮ながら私自身、土曜と日曜に限ってブログに関わるようにしています。

そのため、せっかくの問いかけもコメント欄では充分に対応できないまま失礼しがちです。そのような現状を補うため、コメント欄に寄せられた論点に対し、機会を見ながら新規記事の本文を通して私なりの考え方を掘り下げていました。今回、そのような流れの中で新規記事に向かうことも考えましたが、日程的な事情から記事タイトルに示したとおり8月9日に投票される私どもの自治体の市長選と市議補選について取り上げさせていただきます。

8年前には「市長選に向けた組合の対応」という記事を投稿していました。その記事の直前のコメント欄では、私どもの組合員から「最も身近な市長選挙まで1ヶ月を切ってしまっている現在、この話題について全く取り上げられないのが解せない。組合の委員長としては、あくまでも国政が重点項目なのであって、地元の市長選挙などは関係ないということなのか」という少し辛口な指摘を受けていました。

時々、指摘を受けがちな悩ましい話の一例だったと言えます。このブログで取り上げない場合、その問題を軽視している、もしくは意図的にスルーしているという指摘を受ける時がありました。週1回の投稿であるため、取り上げる題材は限られてきます。それでも記事タイトルに直接関連しない話に触れる時も多いため、そのような見られ方に繋がりがちなのかも知れません。

正確なデータを把握している訳ではありませんが、このブログの閲覧者は私どもの市役所の職員よりも外部の方のほうが多いものと思っています。そのため、なるべくローカルな話題は控える意識が働き、広く知られた時事や政治の話が多くなっています。特に政治的な話題を取り上げる時がたいへん多くなっているため、前々回記事「人事評価の話、インデックス」の冒頭のような一言も添えさせていただいていました。

4年前には「過ぎ去る夏に市長選」という記事を投稿しています。私たち市職員にとって最も身近で大事な首長選挙であり、今回も必ず市長選について取り上げようと考えていました。告示日が来週の日曜、8月2日に迫っているため、このタイミングでの投稿が適しているものと判断しました。組合員の皆さんに対しては先週木曜に職場委員会を開き、市長選と市議補選に臨む組合の考え方を示しています。

選挙日程から絞り込めば、私の所属している自治体がどこなのか少し調べればお分かりになるはずです。それでも一般的なインターネット上のルールにそって、今回もブログ上では実名を出さないように努めていきますのでご理解ください。現職のS市長が三選目をめざし、共産党地区委員会のO委員長が挑む選挙戦となる見通しです。もう一人、選挙管理委員会の事前説明会に顔を出された方が告示日に立候補の届を出すことも見込まれています。

S市長は無所属ですが、自民党からの推薦を受けています。現時点で公明党から推薦を受けたという話は耳にしていません。これまで8年間、市議会において自民、公明、民主系の会派が与党的な立場でした。しかしながら今回の市長選に際し、民主党からの支持は受けないという話を耳にしています。自民党市議団の中から「受けるべきではない」という強い意見が示されたそうです。

1名欠員だった市議の補欠選挙は5名前後の立候補が見込まれる激戦です。自民党と民主党も候補者を擁立し、1議席を巡って対立しています。自民党の市議候補者はS市長と一緒の決起集会等を予定しています。そのような絡みがあり、今回、S市長に対する民主党からの支援を断っているのかも知れません。さらに国政での対立も影響し、民主党と距離を置こうとしていることも考えられます。

連合三多摩はS市長を推薦し、日常的な協力関係を築いています。そのため、今回の市長選に向けても早々に政策協定を交わしていました。先日、連合三多摩の事務局長から私に電話があり、S市長側の動きを懸念されていました。政策協定の項目の一つには党派に偏らないという記述もありました。その項目に照らし、今回のS市長側の判断に違和感を示されていました。

新人のO委員長も無所属ですが、共産党が推薦しています。立候補の意思を正式に表明した時期が先週火曜となっていました。毎回、私どもの組合は市長選の予定候補者全員に質問書をお渡し、回答書を原文のまま組合員の皆さんに公開していました。今回、職場委員会の直前まで顔ぶれが不明瞭だったため、複数の候補者との公開質問の取り組みに至らないことも想定していました。

それでも木曜の段階で、ようやくO委員長側の市議の方と連絡が取れ、週明けに回答いただける運びとなっています。組合員の皆さんには火曜以降、職場回覧できる準備を進めています。たいへんお忙しい中、ご協力いただいた両陣営の方々に改めて感謝申し上げます。なお、予定候補者に回答を依頼した質問内容は下記のとおりですが、7番目に対する考え方が組合として最も関心を寄せている項目です。

  1. 地方分権の進め方や財源問題について考え方をお聞かせください。
  2. 厳しい財政状況の中、私たちも行政改革そのものを否定する立場ではなく、できる限り協力する姿勢で対応しています。一方で、公的責任や市民サービスの低下につながるようなアウトソーシングや職員数削減には懸念を示しています。行政改革の手法や考え方についてお聞かせください。
  3. 全国的には様々な自然災害に見舞われる中、よりいっそう災害に強いまちづくりに向けた考え方をお聞かせください。さらに避難所となる学校職員をはじめ、ひとたび大きな災害が発生した際、市職員は24時間態勢で対応にあたらなければなりません。そのような点も踏まえ、市職員確保に向けたお考えをお聞かせください。
  4. 行政や職場など様々な分野で男女平等参画の推進が欠かせません。今後、いっそう男女平等参画の進めるための手法や考え方をお聞かせください。
  5. 格差社会が問題視される中、労働条件の均等待遇原則の確立が求められています。率先垂範の立場を示すためにも、自治体に働く非常勤職員の待遇改善に向けたお考えをお聞かせください。
  6. 横田基地にオスプレイの配備計画が浮上していますが、市民の安全・安心に向け、横田基地の問題について考え方をお聞かせください。
  7. 市民サービスの維持向上のためにも、安定した労働条件の確保が欠かせません。その上で、労働条件の変更に際しては労使対等な立場で、お互い誠意を尽くした交渉が求められています。ぜひ、労使交渉に臨む基本姿勢についてお聞かせください。

市長選と同じ日程で行なわれる市議補選についても少し書き進めさせていただきます。市長選は前回以上に現職のS市長が優位であるという前評判のもと盛り上がりを欠けたまま投票率の低下が懸念されています。それに対し、1議席を5名前後の候補者で激しく争う市議補選が同時に行なわれるため、投票率の落ち込みに少し歯止めがかかることを期待しています。

民主党が推薦する市議補選の予定候補者は司法書士事務所を市内で営み、5名前後の候補の中で唯一の女性候補となる予定です。維新の党も推薦し、地元選出の長島昭久衆院議員をはじめ、民主党の都議や市議らが連日応援しています。木曜の職場委員会で、私どもの組合も支持することを決めています。基礎票では自民党候補が圧勝する構図ですが、公明党は自主投票になるという話も耳にしています。結果的に市長選が与党会派の相乗りではなくなったため、国政の動きを反映した「世論調査」の一つに繋がりやすくなったような気がしています。

今、動画「【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた」が評判になっています。自民党が制作した本家の動画「教えて!ヒゲの隊長」よりも再生回数は上回っているようです。ローカルな選挙戦ですが、安保関連法案に対する各政党のスタンスも問われる可能性があります。自民対民主&維新という構図の中、圧倒的に劣勢だと見られていた候補が逆転するようであれば、参議院での審議にも少なからず影響を与えていくのではないでしょうか。

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2015年7月18日 (土)

安保関連法案が衆院通過

少し前の記事「問題が多い安保関連法案」で立憲主義や集団的自衛権に絡む疑問を提起していました。憲法学者の圧倒多数が「違憲」とし、国民の多数が反対している法案にもかかわらず、安倍政権は現有議席の多数をもって強引に衆議院を通過させました。そもそも安倍首相自身、「国民の理解は進んでいる状況ではない」と衆院安保特別委員会で答弁した直後、野党の反対を押し切って採決を強行しています。

このように国民多数の声を無視できる背景として、安倍首相らには次のような見方があるからだと思われます。国連平和維持活動(PKO)協力法の成立が取り沙汰されていた時、「憲法学者の8割を超える方が反対だったが、今日では約9割の国民からPKOに理解をいただいている」という国民意識の変化を指摘しています。要するに憲法学者や多くの国民は先見の明がなく、大局的な見方もできないと決め付けているような話です。

国民の生命や財産を守るため、この法案の成立は絶対欠かせないため、国民は私たち政治家の判断に従えという「上から目線」での発想が強いのだろうと見ています。さらに内閣支持率が下がっていますが、危険水域と言われる30%を切ることはなく、また回復できるとタカをくくっていることも考えられます。特に政党支持率には大きな変化が見られないため、来年夏の参議院選挙に向けた危機感も薄いのだろうと思っています。

いずれにしても安倍首相が集団的自衛権の行使に道を開く法案を成立させることで「抑止力が高まり、戦争を防げる」と信じていることは間違いないようです。しかし、本当にその通りなのか、国民にとって望ましい法整備なのかどうか、簡単に結論は導き出せないものと考えています。安倍首相はアメリカの戦争に巻き込まれることは絶対にあり得ないと言い切っています。

一方で、アメリカの上下両院合同会議の演説では「この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、よりいっそう堅固になります」と強調していました。「問題が多い安保関連法案」の中でも触れましたが、アメリカ側には「これから日本も一緒に戦ってくれる」という誤ったメッセージを発信してしまっているようです。意図的な使い分けなのか、思慮不足からの行き違いなのか分かりませんが、国内向けの「専守防衛という考え方はまったく変わりがありません」という国会答弁との落差が大きいように感じています。

地球の裏側まで自衛隊を派遣でき、加えて重要影響事態や存立危機事態の概念も曖昧であるため、安倍首相の「巻き込まれないことを確信しています」という説明には説得力や信頼感が乏しくなってしまいます。とりわけ集団的自衛権を行使するかどうかの線引きについて、あえて曖昧にすることで「抑止力が高まる」という説明も加えられています。一理もない考え方だとは決め付けませんが、結局、今回の法案が成立した後、集団的自衛権の行使について政府側にフリーハンドを与えるような話だと言えます。

中央公聴会では自民党推薦の外交評論家である岡本行夫氏が集団的自衛権の必要性を訴えています。海外での自衛隊の活動は一定の制約があり、岡本氏が指摘されるような矛盾や問題はあるのだろうと思います。したがって、そのような具体的な事例一つ一つを検証し、憲法の範囲内で解決できるのかどうか徹底的に議論するのであれば、その議論自体を批判される方は少なかったのではないでしょうか。

そもそも衆院安保特別委員会の浜田靖一委員長は法案を採決した後に「もう少し分かりやすくするためにも、(現行法の改正案を)10本まとめたこと自体はいかがなものかと思う」と苦言を呈していました。特別委員会での審議時間116時間も新法の国際平和支援法を加えれば1本あたり10時間程度となります。日本の行方を左右する非常に重要で多岐にわたる法案が、違憲かどうかをはじめ、いろいろ曖昧さを残したまま参議院に送られたことは本当に残念な話です。

昨年末の総選挙で多数を得た与党ですが、集団的自衛権の是非がどこまで認識されていたのかどうか甚だ疑問です。このような法案を意識しながら自民党に一票を投じた方は少ないはずであり、現時点での民意は明らかに各メディアの世論調査の結果が示すとおりです。多くの国民からの批判を受け、新国立競技場の建設計画を白紙にできるのであれば、この法案に対しても謙虚に耳を傾けて欲しいものです。

議会制民主主義は多数決で物事を決定していくシステムですが、意外にも日本の法律の大半は多数決ではなく「全会一致」で成立しているそうです。与野党がしっかり議論し、必要であれば修正を加えた上、各党が共通して支持する法案のほうが圧倒的に多いようです。また、与野党で法案に対して部分的に賛否が分かれた場合でも、そのほとんどは審議を打ち切ることについての与野党の合意があった上で採決していました。

法案の内容を巡って与野党の主張が真っ向から対立した場合、お互いに妥協の余地がありません。採決に付すだけの充分な議論ができていないとして、少数派である野党は採決そのものを拒否する場合があります。そのような場合、与党側である委員長の職権で与党だけでも採決を行うことができるようになっています。この委員長職権による採決は、慣例上きわめて例外的なものとして位置付けられているため、話し合いを続けることを拒否する非民主的な方法という批判を込めて「強行採決」とネーミングされているそうです。

今回、この重要法案が「強行採決」に至っていました。安倍首相は国会の会期を延長した際、「充分な審議時間を取って徹底的に議論していきたい。最終的には決めるべき時は決める。この議会制民主主義の王道を進んでいく」と述べていました。この「王道」は与党の現有議席の多さを「民意」とし、その「民意」に従った多数決のことを指しているように見受けられます。異論にまったく耳を貸さず、最初から「結論ありき」で多数決を考えているのであれば議論する時間が無駄です。いずれにしても多様な声を認め合うことも民主主義の基本ではないでしょうか。

多数決は議会政治のルールだが、何か引っかかる。その疑問に答えてくれたのが、名古屋大教授の愛敬浩二さん(憲法学)。「多数決はさんざん議論をし尽くした後にやむを得ず行う手段で、それ自体が民主主義の本質ではありません」 では、本質とは何か。「私たちの社会では、異なる意見や価値観を持つ人々が暮らしています。そこで何か一つの方向に進もうとすれば、当然反対意見が出る。だからきちんと議論しなくてはならない。少なくとも、少数派が『議論は十分したので今回はその案を受け入れる』と納得することは必要です。少数意見を尊重するのは、多数派の意見が誤りである可能性があるから。そして多数派には『自分が間違っているかも』という謙虚な態度が不可欠です」

多数派が誤った典型がナチス・ドイツ。国民の圧倒的多数の支持を得た政党が、ユダヤ人迫害などおびただしい罪を犯したのは周知の通りだ。では、国会での安倍首相の姿勢はどう考えるべきなのか。愛敬さんは「野党議員から米国の戦争に巻き込まれる危険性を指摘されると、安倍首相は『あり得ない』と自分の確信で否定するだけで具体的な説明をしない。また、民主党との党首討論で違憲の疑いを指摘されると、労働者派遣法改正案に反対する民主党議員が厚生労働委員長の入室を妨害したことをまず非難しました。これでは質問の答弁になっていません。異なる価値観を持つ人と議論を深めようという態度とはいえません」

一橋大教授の只野雅人さん(憲法学)も手厳しく批判する。民主主義の観点から特に問題視しているのが、安倍首相が、民主党の辻元清美議員に飛ばした「早く質問しろよ!」というやじだ。 「議論を重ねることで法案の不備や新たな論点が浮かび上がってくることが期待されているのに、その重要な役割を担っている野党議員への敬意が全くありません。議論を重視せず、『多数決で決めれば問題ない』という多数派の思い上がりが感じられます」。多数決に至るまでの議会制民主主義のプロセスを損ないかねない発言というのだ。

「自民党のおごり」も批判される。確かに、自民党は前回衆院選で半数を大きく超える議席を獲得した。しかし投票率は52・66%と戦後最低で、自民党の小選挙区の得票率は約48%。つまり、全有権者の約25%の支持しか得ていない。只野さんは「大多数の国民による支持ではなく、かつ支持者も全ての政策を白紙委任したわけではない。それなのに違憲と批判される法案を多数決で成立させることは、民意をくみ取った政治、つまり民主主義の政治とはいえません」 やはり強行採決はもってのほかのようだ。

上記は7月10日の毎日新聞夕刊の記事からの抜粋ですが、多数派には「自分が間違っているかも」という謙虚な態度が不可欠、本当にその通りだと考えています。最後に、TBSが自民党の国会議員402人に対し、安保関連法案に関するアンケート調査を依頼したところ回答者はわずか5人にとどまっていました。山本一太参院議員のブログには「参院がどれほどモメようと(仮に採決出来なかったとしても)、会期末(9月27日)までに衆院が3分の2で再可決するのは間違いない」と記されています。参院議員の立場で60日ルールを最初から肯定するような発言は現在の自民党国会議員の姿を象徴しているように感じています。

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2015年7月11日 (土)

人事評価の話、インデックス

「公務員のためいき」というブログのタイトルですが、政治的な話題を取り上げる時がたいへん多くなっています。そのため、実生活においても四六時中、ブログを通して訴えているようなことを考えているのではないか、そのような誤解を受けてしまう場合もあります。もちろん市職員としての職務に全力を注ぎ、組合としての本務である労働条件の問題に対しても日常的に向き合っています。

誤解される方は少ないものと思っていますが、念のため(coldsweats01)、一言申し添えさせていただきました。そして、今回は久しぶりに公務員全体に関わり、私どもの労使関係に関わる話を書き進めてみるつもりです。あわせて久しぶりに「インデックス」記事としてまとめてみます。カテゴリー別に検索できる機能を使いこなせず、これまで「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。

その発展形として「○○の話、インデックス」を始め、「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」「春闘の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅡ」「組合役員の改選期、インデックス」という記事が続いていました。

なお、「○○の話、インデックス」記事の冒頭に上記のような説明をなるべく掲げるようにしています。そのことでインデックス記事のインデックス代わりになるため、過去の記事を探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方となっています。今回、新たなカテゴリーとして「人事評価」という題材で以前の記事を整理してみようと考えました。これまで人事や評価制度に関する記事をいくつか投稿し、インデックス代わりに並べてみると次のような内容があります。

過去の記事を紹介しただけでは面白味のない新規記事となってしまいます。そのため、私どもの組合ニュースに掲げた内容を中心に少し書き加えさせていただきます。ちなみに公務員に対する人事評価制度は次のような変遷をたどっています。「職員の給与は、その官職の職務と責任に応じてこれをなす」とし、長年、公務員給与は職務給の原則を根本基準としていました。成績主義の原則もありましたが、競争試験によって選抜されたことをもって能力は一律とみなされる仕組みだったと言えます。

年齢や学歴区分等に応じた初任給格付けがあり、それ以降、長期間病気などで休まない限り、1年ごとに定期昇給できることが基本でした。給料表は、部長、課長、係長などの職層に応じた等級に分かれ、昇任することによって支給される給与の額が枝分かれしていく仕組みでした。採用された後の個々人の能力の差はあまり問われず、係長としての職務はこの水準、課長はこの水準と定めた給料が支給されてきました。

このような仕組みは「頑張っても頑張らなくても同じ給料」という不本意な見られ方につながりがちで、公務員制度改革の論議の中で「能力及び実績に基づく人事管理」の考え方が強く打ち出させるようになっていきました。2007年に国家公務員法の一部が改正され、能力及び実績に基づく人事管理が徹底化されました。日常的な職務の遂行にあたり、職員が発揮した能力や業績を評価し、昇給額や一時金(賞与)の額に差がつけられるようになりました。

1年間で1号給の昇給幅だった額が4分割された給料表への変更は査定給制度の導入に対応したものでした。2014年には地方公務員法の一部が改正され、2016年度から地方自治体においても人事評価制度の施行(本格実施)が迫られています。この法改正に伴い、すべての自治体が何らかの形で全職員を対象に来年2016年度からの本格実施に対応しなければならなくなっていました。

労働組合は人事に関与できず、当局側の責任事項です。一方で、賃金水準に直結する人事や給与の制度面の問題は労使協議の対象としています。これまで私どもの組合は公務の中で個々人の業績評価は取り入れにくい点などを訴え、人事評価制度の導入に慎重な立場で労使協議に臨んできました。当市における人事評価制度に関しては2001年に課長職から試行を始め、目標管理を中心とする人事考課を係長、主任、主事と段階的に広げてきました。

開始当初、賃金や一時金に反映させない試行と位置付け、2010年から課長職のみ勤勉手当に反映させる本格実施に至っています。2012年に係長職の本格実施に向けた提案が示されました。係長職の多数から不安視する声が上げられていたため、組合から拙速な導入を避けるように求め、労使合意に至らず、これまで継続協議の扱いとなっていました。

このような経緯の中、先月の団体交渉で人事評価制度の枠組み等については従来通り労使協議事項であることを改めて確認しました。その上で、地方公務員法の一部改正を受け、来年度(2016年度)からの本格実施に向けて労使協議に入ることを合意しました。協議に入った際は、試行してきた人事考課制度の検証や給与等への反映のあり方などが大きな論点になることを当局側に伝えています。

当局側の考え方(提案内容)は全職員を対象に2016年度から本格実施し、2016年度の結果を2017年度の勤勉手当に反映させ、2018年度から査定昇給も実施するという計画です。地方公務員法の改正内容に合わせ、職務遂行にあたって発揮した能力を評価する「能力評価」、あげた業績を評価する「業績評価」で構成し、これまで実施してきた「意欲・態度評価」は「能力評価」に統合します。「業績評価」結果は勤勉手当の成績率に反映し、「能力評価」結果は査定昇給に反映させる考え方を示しています。

以上の内容を報告した組合ニュース配布後、公正な制度となり得るのかどうか懸念する声も組合に届いていました。組合は制度協議を進める上で「公平・公正性、透明性、客観性、納得性」の4原則、「労働組合の関与、苦情解決制度の構築」という2要件の確保を方針化しています。このような方針を踏まえ、懸念される声を受けとめながら労使協議を精力的に重ねていくつもりです。

人事評価制度の本格的な導入によって、多くの職員の士気を低下させるようであれば本末転倒な話です。組合は一人ひとりのやる気を高め、組織そのものが活性化するような制度の構築をめざしています。上記インデックスで紹介した以前の記事の中で繰り返し提起してきましたが、人事評価制度はベストと言い切れるものを簡単に見出せません。いろいろ試行錯誤を繰り返しながらベターな選択を模索していくことになります。

いずれにしても最も重要な点は、どのような役職や職種の職員も職務に対する誇りと責任を自覚でき、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かないものと考えています。最後に、人事教育研究所という会社のサイトで、公務員と民間企業を峻別した人事評価制度の必要性を説いた次のような記述を目にしています。参考までに内容の一部をそのまま紹介させていただきます。

1.人事評価と処遇(昇給や賞与)と直接的に結びつけない! 職員が頑張ってよい評価を得たからといって、賃金原資が直接的に多くなるとは限らない。(税収が増えるとは限らない。) もちろん、業務の効率化やコストダウンなど、職員の努力により財政はよくなるが、賃金総原資に直接的に大きく連動するわけではない。賃金総原資が増加しないのに、評価のよい職員に昇給や賞与を多くするということは、逆に評価の悪い人の昇給や賞与を低くするということになる。すなわち、決まった賃金総原資を職員で取り合う形になってしまう。これでは、協力意識や組織としての力の発揮という点では逆効果になってしまう。人事評価制度を導入したことで職場の雰囲気が悪くなり、足の引っ張り合いをするということになってしまうと大問題である。

2.民間企業のマネをしない! 民間企業の場合は、社員が頑張ってよい評価を得ることで、会社の業績向上が上がり、それが賃金原資の増加に結びつく。そして、その増加した分を再配分するというように考えることが出来るので、人事評価と処遇を直接的に結びつけることが可能であり、また、やる気の喚起という点でも効果がある。すなわち、人事評価をしっかり行って、評価のよい人は昇給や賞与を多くし、逆に、評価の悪い人は少なくして、やる気を喚起しようということである。拡大の論理、競争の論理から言えば、効果的である。また、その様なことを期待して入社した社員も多い。しかし、役所(市町村)はそうではない。

3.評価と処遇の連動は長期的な観点で! 役所(市町村)では人事評価の結果と昇給や賞与などの処遇と短期的・直接的に結びつけない方がよい。1回や2回の評価で昇給が多くなったり少なくなったり、賞与が多かったり少なかったりということをしない方がよいということである。

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2015年7月 5日 (日)

『感情的にならない本』から思うこと

通勤の帰り道に立ち寄る書店の入口近くに精神科医である和田秀樹さんの著書『感情的にならない本』が平積みにされていました。書籍のタイトルや本文中の見出しにひかれ、購入して数日で読み終えていました。初版は2年前で新著ではありませんでしたが、期待したとおり実生活に役立つ思考法や感情的にならないための技術に触れることができました。

第1章 人には「感情的になるパターン」がある
第2章 「感情コンディション」を整える
第3章 「曖昧さに耐える」思考法
第4章 「パニックに陥らない」技術
第5章 「いつでも気軽に動く」技術
第6章 「小さなことでクヨクヨしない」技術

現在の職場は収納課で、市税や国保料を滞納された方々と接触をはかる仕事です。私自身、今年4月の記事「生活困窮者自立支援法が施行」に記したような問題意識のもと「たいへんだけど、たいへんやりがいのある仕事」だと思って日々の職務に励んでいます。中には恫喝や罵詈雑言を発する滞納者もいるため、担当者によっては自分自身の心を痛め、大きなストレスをためがちとなります。『感情的にならない本』は読み終えた後、そのような同僚職員にも紹介するつもりで手にしていました。

人との関係は「感情関係」といった一面が強いものです。腹がたつ相手には、相手のちょっとした言動で、すぐかっと怒ったり、不満が吹き出したり、つい不機嫌な反応をしてしまいます。とはいえ、すぐに感情的になったり、不機嫌でいたりしては、周りからは幼稚にも見られ、損もします。コミュニケーションも上手くいかず、他の人間関係にも悪い影響があります。「感情」は自分では制御できないものではなく、そうなる「法則」や「感情的になるパターン」があります。そのことを知り、「感情的にならない」コツを押さえれば、穏やかな気持ちを保つこともできます。

上記はリンク先サイトの書籍の内容紹介ですが、この後に「感情的にならない」心の技術と考え方を精神科医の著者が体験的に得た方法や精神医学の立場から紹介しているという説明も付け加えられています。今回、この書籍を読み進めながら所々で「なるほど」とうなづくとともに、普段自分自身の心がけていることが専門家から「お墨付き」を与えられたような思いも強めていました。

著者の和田さんが嫌う考え方として「決め付け」を上げています。和田さんがブログに書いたことを「何も分かっていない」「頭が悪い」「偏見だ」という調子でボロクソにけなされる時もあります。和田さん自身、自分の意見が絶対に正しいとは思わず、あくまでも一つの見方として「私はこう思う」と主張しているだけだと述べられています。そのため、自分の意見が批判されること自体は何とも思わなくても、根拠も論理性もなく、無礼な物言いで決め付けられてしまうと頭にきて、ムシャクシャして仕事が手につかない時もあるそうです。

そもそも最初から「分かっていない」と決め付けられれば議論が成り立たないため、そのような場合、和田さんは反論しないと述べられています。自分が感情的になった時、そのイヤな感情にこだわれば余計イヤな気分になっていきます。神経症の治療法として「感情の法則」と呼ばれるシンプルな考え方があります。「感情は放っておけばだんだん収まってくる」という法則です。

腹が立つ、悔しい、他人を憎いと思うことも、あえて否定せず、どれも感情の仕業ですので、あるがままに放っておけば、そのうち静まっていくという考え方でした。感情に振り回されるというのは、姿かたちのないものに振り回されることであり、考えても答えが出ないものに悩まされることになります。それよりも考えれば答えが出ることや変えられるところから変え、日常業務や習慣から手をつけていけば、イヤな感情も消えていくことが綴られています。

前述した「お墨付き」の話ですが、3年前まで毎日最低1回はコメント欄に関わるように心がけていました。ただ「迷った末の結論」や「コメント欄雑感、2012年春」を投稿した頃から徐々にコメント欄から距離を置くようになっていました。いろいろな「答え」を認め合った場として、このブログを長く続けていくためには必要な判断だったものと考えています。イヤな感情を抱えたままコメント欄に即応していくよりも、冷却期間を置きながらブログに向き合っていくほうが過度な負担をかけない更新ペースとなっています。

『感情的にならない本』の中には具体的なケースでのアドバイスが数多く掲げられています。「話にならない人は放っておく」では①話にならない人は一部だということ、②怒っても状況は変わらないということ、このような説明が加えられています。他に「人の悪感情」とは、まともに付き合わず、人の気持ちは変えられないものと割り切り、悪意を感じた時は聞き流すことを勧めています。挑発に乗らなければ、イヤな感情を大きくさせなくて済むことなどが記されていました。

「小さなことでクヨクヨしない」技術として、受けとめ方一つで感情が変わってくることを紹介しています。降格でも配置転換でも勤めている限り拒めないのであれば、出された結果は「しゃあない」と軽く受けとめ、自分自身を納得させることを勧めています。ショックは受けても、そのことでいつまでもクヨクヨしないことが同じ災難でも感情だけは明るく保ち続けられると説かれています。

クヨクヨしてもしなくても結果は同じ、だからと言って「クヨクヨしてはいけない」「怒ってはいけない」「感情的になってはいけない」と自分に言い聞かせすぎることも戒めています。喜怒哀楽は人間の本能的な反応であり、押し殺せばストレスが生まれます。怒りや悲しみは堪えれば堪えるほど噴き出す時に一気に噴き出してしまいます。適当に発散し、感情表現をためらわない人は、突然、感情的になることはありません。「感情的にならない人は、上手に感情的になれる人でもある」と和田さんは述べられていました。

実は前回記事「多様な声を認め合うことの大切さ」の中で『感情的にならない本』の第3章「曖昧さに耐える」思考法について触れるつもりでした。蛇足のような内容であり、たいへん長い記事になっていたため、その時は触れずに今回の記事に至っていました。この書籍で「感情的になる人は自分の思い込みにこだわる人」であると指摘しています。知識や情報が豊富で知的発達している人の中にも、白か黒か「これしかない」と決め付け、しばしば周囲とぶつかる人がいます。

そのような人は専門用語で認知的に成熟していないと呼ばれ、俗に言えばオトナ気ない人のことです。認知的成熟度の低い人は、相手を敵か味方かのどちらかに分けてしまう傾向があり、いったん敵と見なしてしまうと、その人が何を言っても反対や無視してしまうようです。心理学に「曖昧さ耐性」という言葉があり、曖昧さにどれだけ耐えられるかどうかが認知的成熟度の大きな指標になってくるそうです。

自然界には少しなら薬になるけど大量に食べると毒になる植物があります。「ほどほど」という曖昧な量の概念がないため、その植物を動物は毒と判断します。人間の子どもに対しても同様です。飲みすぎたら毒になるような薬を大人は子どもに「危ないから絶対口に入れたらダメよ」と教えます。だんだん成長して認知的にも成長してくると白か黒かだけではなく、その中間があることも分かってきます。

ある植物を見て「これは毒にもなるし薬にもなる」と理解するようになります。しかし、認知的成熟度が低い人は白黒をはっきりさせないと気が済まず、敵でも味方でもないという曖昧さに耐えられないようです。さらに「○○でなければならない」「○○すべきだ」という決め付ける考え方を「should思考」と呼ぶそうですが、やはり「曖昧さ耐性」の低さが原因だと言われています。

以上のような記述を目にした時、前回の記事で取り上げた自民党国会議員の勉強会「文化芸術懇話会」のことを思い浮かべていました。週明け、火曜日には「マスコミを懲らしめろ」発言で物議を醸した自民党の大西英男衆院議員は記者団を前にして同様な発言を繰り返し、党から2度目の厳重注意処分を受けていました。また、自民党内からは下記の報道のような声が上がり、さらに「木原氏を処分するなら衆院憲法審査会で失態を演じた船田氏も処分する必要がある」と党執行部の一人が疑問を呈しているようです。

「報道規制」問題の発端となった自民党有志の勉強会「文化芸術懇話会」を主宰した木原稔氏が「役職停止1年間」の処分を受けたことについて、30日の同党副幹事長会議で、支持する意見が出される一方、「重過ぎる」などと異論を唱える声も相次いだ。出席者の一人は、勉強会で報道機関へ圧力をかけるよう発言した大西英男衆院議員ら3人が厳重注意にとどまったことを念頭に、「なぜ木原氏だけ重い処分になるのか」と指摘。「党内の自由な雰囲気がなくなる」と懸念する意見もあった。出席者によると、賛否は「半々」だったという。【時事ドットコム2015年6月30日

安保関連法案の審議への影響という面では木原氏も船田氏も党内的な処分において「同罪」に近いのかも知れません。しかし、なぜ、これほど批判されているのか、まったく理解されていないような自民党内の声に驚いています。自分たちの考え方が唯一絶対正しいものという前提に立ち、反対するマスコミには報道の自由を認めないような発言の数々に批判を受けていることへの理解が欠けているようです。認知的成熟度が低いと言わざるを得ない国会議員の多さ、それも政権与党の自民党内に目立つ現状を非常に残念なことだと思っています。

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