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2015年4月12日 (日)

南京虐殺の問題から思うこと

3年前まで毎日最低1回はコメント欄に関わるように心がけていました。「コメント欄雑感、2012年春」を投稿した頃から徐々にコメント欄から距離を置くようになりました。記事本文の更新が土曜か日曜であり、寄せられたコメントへのレスも含め、現在、このブログに関わるのは休日に限るようにしています。その上で、コメント欄に寄せられた難しい問いかけに対しては、なるべく記事本文を通してお答えするように努めています。

それだけが理由ではないのかも知れませんが、以前に比べればコメント投稿数は大幅に減っています。管理人が週1回しか関わらない手応えの薄いブログでありながら、それでも時々、貴重なコメントをお寄せいただいているため、たいへん感謝しています。最近の記事「戦後70年談話について」に対しても一堂零さんからコメントをお寄せいただいていました。南京大虐殺の問題を中心に前々回記事改めて言葉の重さ Part2」のコメント欄にわたり、一堂零さんと私とのやり取りがありました。

やり取りの最後のほうで「諸説があることを理解していますが、まったくなかったと結論付けることはできないものと考えています」とお答えしたところ、一堂零さんから「あったものと考えているのであれば、OTSUさんの信じるところを述べていただきたいと思っていたのですが、その意思はないようですね。残念です」という言葉が返されていました。その言葉を受け、私から「今回のような論点については機会を見て改めて記事本文でお答えさせていただければと考えています」とレスしていました。

「機会を見て」と述べながら時間を置きすぎると、その機会を逸してしまう場合があります。そのような場合、答えたくない、答えられない難しい問いかけに対し、結果的にその場だけ取り繕った不誠実な言葉だと受け取られてしまう恐れがあります。そのため、今回の記事を通し、一堂零さんからの問いかけに対し、私自身が思うことを改めて書き進めてみるつもりです。長い記事になりそうですが、閲覧されている皆さんに論点をご理解いただくためにも、私と一堂零さんとの主なやり取りを再掲します。赤字が私の文章、青字が一堂零さんの文章となります。

「南京で大虐殺はなかった」という言葉を耳にします。以前、そのような言葉を耳にした場合、愚かな歴史修正主義者の発言だと決め付けていました。今はそのように考える方々の理由も分かるようになり、その方々が信じている歴史も、ある一面での事実だったものと認めるようになっています。例えば、30万人という数字は事実ではないのかも知れません。伝わっている残虐な場面で誇張や偽りも数多く含まれているのかも知れません。人道面でのモラルの高い日本兵が多かったことも事実だったろうと思います。

しかし、現時点で「南京大虐殺はなかった」と言い切れるほどの確証はないはずであり、単に「大虐殺はなかった」と規模の問題にすり替えるような姿勢であれば、あえて加害者側の立場である日本人が積極的に口にすべき言葉ではないように考えています。侵略についても同様です。「自衛のための戦争だった」「当時の国際法に則った併合や建国であり、インフラ整備などで日本人は尽くしてきた」という見方があります。ある面での事実だったかも知れませんが、やはり加害と被害という関係性が明確な中、日本人の側から強調すべき言葉ではないはずです。【「戦後70年談話について」の本文から】

「南京大虐殺」があったと言われる期間、南京にいたジョン=ラーベら15名の外国人で組織された南京安全区国際委員会は、日本大使館に宛てた書簡の中で、避難民への食糧の供与を依頼しました。その中で、当初20万人としていた避難民が、1か月後の書簡では「25~30万人」に増えています。南京は総面積35㎢の城塞都市ですが、国際委員会が定めた安全区は3.85㎢に過ぎません。そのような区域に、国際委員会の指示のもと、南京市民は避難していたのです。規模の大小を問わず、住民の虐殺が行なわれていた場所で、万単位で人口が増えるものでしょうか?たったこれだけのことで、「南京大虐殺はなかった」と言えると考えます。もちろん、便衣兵(ゲリラ)の処刑などはありました。【「戦後70年談話について」のコメント欄から】

OTSUさんの言う「いろいろな見方や考え方がある」ということを否定するつもりはありません。しかし、真実は一つであり、それを歪曲するような物言いには、それに反論したくなるのが人情というものです。例えば、広島・長崎への原爆投下についても、意見が分かれるものの一つです。ある人は『原爆を投下した者も悪いが、原爆を投下されるようなことをした者も悪い』と考えるでしょうし、ある人は『原爆を投下したことによって、終戦が早まった』と考えるでしょう。私は、広島・長崎への原爆投下は「人類史上稀にみる非人道的な大量虐殺」であると考えていますので、上記のどちらの考え方にも賛同することはできませんが、それも「いろいろな見方や考え方がある」の一例と言えます。しかし、「広島・長崎への原爆投下はなかった」と言う意見があったとしたらどうでしょうか?さすがにOTSUさんも憤りを禁じ得ないのではありませんか?「南京大虐殺」はこれと真逆ですが、「なかった」ものを「あった」とするのは、「いろいろな見方や考え方がある」というレベルではなく、イデオロギーのそれです。【改めて言葉の重さ Part2」のコメント欄から】

南京虐殺に関し、私自身の認識は前回の記事本文の中で簡単に触れたとおりです。諸説があることを理解していますが、まったくなかったと結論付けることはできないものと考えています。【改めて言葉の重さ Part2」のコメント欄から】

「南京大虐殺」について、「諸説があることを理解していますが、まったくなかったと結論付けることはできないものと考えています。」 つまり、「あったものと考えている」のであれば、OTSUさんの信じるところを述べていただきたいと思っていたのですが、その意思はないようですね。残念です。なお、私は「南京大虐殺」について、「規模の問題」にすり替えているのではなく、「南京大虐殺」と呼べるようなことは「なかった」と考えています。その理由はいろいろ挙げられますが、端的には前回記事のコメントに記したように、「国際委員会の目がある中で、虐殺があったとされる期間、南京市内の非難民は5万~10万人の単位で増えていた」ということです。【改めて言葉の重さ Part2」のコメント欄から】

レイアウト上、段落替えは原文のままではありませんが、文字の使い方等はそのまま掲げています。他の方のコメントも含め、それぞれのコメント欄の内容をそっくり転載できませんので、より正確なやり取りを知りたい場合はリンク先の記事をご覧いただければ幸いです。まず論点を整理します。一堂零さんは南京で虐殺そのものがなかった、そのように主張されています。私自身は前述したとおりで、まったくなかったと結論付けることはできないものと考えています。ただ30万人という数字の信憑性や民間人への組織的な殺戮などに対し、大きな疑問があることも確かですので、今回の記事タイトルでは「南京虐殺の問題」という言葉を使っています。

一堂零さんが説明しているような理由によって、南京虐殺は虚構や捏造だったという見方が強まっているようです。ネット上から詳しく説明しているサイトを数多く見つけることができます。そのようなサイト『「南京大虐殺」は捏造だった』からの情報は、軍服を脱ぎ捨て民間人に装った便衣兵に対する殺戮のみで、一般市民に対する日本兵の振る舞いは人道的だったことが強調されています。逃げ遅れた南京市民から日本軍の入城は歓迎されていたこと、虐殺を直接見たという証言はなかったという話などが掲げられています。

そのような内容の中にも誤認や捏造の類いが含まれているのかも知れませんが、大半は事実だったものと思います。一方で、不特定多数の方が自由に加筆修正できるウィキペディアでは、もう少し多面的な見方や情報があることも紹介しています。また、南京虐殺はなかったという説に反証するサイト「南京事件の真実」などもネット上で見つけることができます。今年2月には産経新聞が紙面のトップを使い、4回にわたって南京虐殺を全面的に否定する記事を連載していました。

産経新聞の記事で、南京陥落後に入城した現在98歳の元日本兵の方が「虐殺を見ていない」と語っていることを伝えています。しかし、南京城に入る門はいくつかあり、国際安全区のあった南側の中華門から入った日本軍が虐殺に接していないことはよく知られている話だそうです。そもそもJR山手線が囲む面積の3分の2程度の南京城内で、等しく虐殺があった訳ではないようです。そのため、産経新聞は今回、意図的に中華門から入った元日本兵にだけ「都合のいい事実」を語らせているという疑惑の声が寄せられています。

週刊金曜日』最新号では『「産経」流「南京虐殺否定」のあきれた荒唐無稽』という記事が掲載されています。やはり一部の証言だけで「なかった」と全否定することの問題性を指摘しています。逆に『週刊金曜日』の誌面では虐殺があったことの証言として、第6師団歩兵第23連隊の「一上等兵の従軍日記」の中に「今日、逃げ場を失ったチャンコロ約2千名ゾロゾロ白旗を掲げて降参せる一隊に会う。…処置なきまま夫れ夫れ色々の方法で殺して仕舞ったらしい」と捕虜虐殺を示唆した記述が残されていた話などを紹介していました。

産経新聞では「軍紀は守られていた」という証言を伝えています。それに対し、第16師団の中島今朝吾師団長の日記では「(兵士が)何か目につけば直ちにかっぱらって行く」と記され、南京陥落半月後に南京を視察した阿南惟幾大将(当時)が「強姦、略奪たえず、現に厳重に取り締まりに努力しつつあるも部下の掌握不十分」と嘆かれていたことなどを指摘し、「意図的に都合のいい証人だけ登場させて虐殺全体を否定する」産経新聞の報道姿勢を批判していました。

『週刊金曜日』側の記事に対しても異論や反証が生じるのかも知れません。例えば一堂零さんも便衣兵の処刑があったことを認められていますが、国際法上、捕虜に当たらない便衣兵の殺戮は「仕方なかった」というような論調があることも承知しています。明らかな民間人の殺戮、略奪や強姦などが組織的な命令のもとに行なわれた訳ではないこともその通りだろうと思っています。ただ南京に向かうまでの進軍の途中、各所で日本兵の非人道的な行為や「現地調達」があり、その都度必ずしも咎められてこなかったという見方も否定できません。

蒋介石以下各級指揮官の大半が逃げて中国軍は総崩れとなり、散り散りバラバラ、残された中国兵が便衣兵になるなどのゲリラ戦を展開したため、日本兵は疑心暗鬼のまま無差別攻撃をせざるを得なかったという事情も承知しています。私自身、以上のような見方や事情を認識した上、一定規模の殺戮行為があり、南京虐殺と称されてもやむを得ない事実があったものと理解しています。あくまでも便衣兵の掃討を中心した殺戮行為で、軍紀上、略奪や強姦が認められていなかったことも事実だったものと理解しています。

さらに民間人には危害を加えられないことが広まったため、日本軍が入城後、南京市内の人口が増えていったものと見ています。このような事実認識を一致させながらも「虐殺はなかった」と主張される方が少なくなく、「虐殺」という言葉の使い方などをはじめ、私自身の問題意識と枝分かれしていく場合があるのかも知れません。いわゆる「南京大虐殺」の伝わり方には虚偽や捏造が多く、とんでもない濡れ衣を着せられ、日本の尊厳が著しく貶められていると憤られている方が多いことも受けとめています。

誤りは誤りとして指摘し、正しい事実認識を広めていこうとする努力を否定する立場ではありません。しかし、「虐殺は一切なかった」「日本は悪くなかった」というような極端な主張に繋がることには強い違和感を持っています。中国との戦争において加害側は日本であり、被害を受けた方、その親族の方たちにとっての傷跡や怨恨が語り継がれていることにも思いをはせなければなりません。それこそ国際社会の中で、ネガティブな意味合いでの歴史修正主義の動きととらえられていく懸念が付きまとうことになります。このような思いを胸に「戦後70年談話について改めて言葉の重さ Part2」などの記事を綴っていました。

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コメント

OTSUさん、早々に記事を上げていただいたにも関わらず、コメントが遅れ失礼しました。

まず、私は「南京大虐殺」に限らず、大東亜戦争や日清・日露戦争等において、日本が無謬であったなどというつもりはありません。
文中、私が「極端な主張」をしているように書かれているように読めますが、そうではないことを表明しておきます。

さて、「南京大虐殺」についてですが、私が信じるところでは、『「南京事件」の総括』(小学館文庫・田中正明著)に依拠しています。
文庫化される前の本(謙光社刊・1987年発行)が、私の住む自治体の図書館に配架されていますので、OTSUさんも機会があれば、探して読んでいただきたいと思います。

ここでは、その本で挙げられている「15の論拠」の要点を紹介したいと思います。

第一の論拠 当時の南京の人口
 昭和12年12月、日本軍が南京を攻略したとき、南京城内には約20万人しかいませんでした。
 馬超俊南京市長が12月1日、全市民に対して「南京安全区国際委員会」が管理する安全区(難民区)に避難するよう命令を出しました(その後、馬市長は、先に逃亡した蒋介石らを追って南京を脱出)。
 この国際委員会は、日本軍が入城した12月13日から翌2月9日までの間に、日本大使館及び米・英・独大使館宛に61通もの文書を発しており、その中で3回にわたり、安全区内の難民の総人口は20万人であると記しています(一部、米・独の記者は、15万人程度と見ていました)。
 20万人前後しかいなかった南京城内で、どのようにすれば30万人もの人々を殺害することができるのでしょうか。

第二の論拠 難民帰還で人口は急速に増加
 国際委員会が日・米・英・独大使館宛に発した61通もの文書の中で、人口問題に触れています。国際委員会として、難民への食糧供与をするためには、人口の掌握が不可欠です。
 12月17日・21日・27日には、それぞれ「20万人」と記載されていたものが、1月14日になると「25~30万人」に増加します。以後、2月10日までは「25万人」とされています。これは、南京を脱出していた市民が戻ってきたことを意味しますが、日本軍による南京占領後、6週間にも渡って繰り広げられた、虐殺・暴行・略奪・強姦などといった「悪魔の狂宴」の最中、城外に避難していた市民が戻って来るものでしょうか。

第三の論拠 累々たる死体など見た者はいない
 南京城内は「累々たる死体の山」で埋まり、「道路には二条の血の川が流れ」「流血は膝を没し」「死体を積み上げ、その上を自動車が走っていた」といった凄惨な陳述が「東京裁判」でなされましたが、南京に入城した幾万もの将兵や百数十名の新聞記者やカメラマンばかりでなく、15人の国際委員会の委員や5人の外国人記者、その他第三国人の誰一人としてこのような状況を見ていません。

第四の論拠 国際委員会の日軍犯罪統計
 国際委員会が発した61通もの文書は、日本軍の南京占領後の状況を伝聞や噂話、憶測をも交えて報告しています。
 事実かどうか検証されず、委員会事務局に寄せられた「日本軍の非行」は合計425件に上りました。その中には、「非行」でもなんでもない事件も含まれますが、仮にこれらを全て「クロ」だとして分類しても、殺人49件・傷害44件・強姦361件・連行390件・略奪その他170件に過ぎません。
なお、この国際委員会を構成する15人の第三国人はいずれも日本にとっては「敵性国人」であり、日本の中国進攻に憎悪と敵意を抱き、中国に軍事援助をはじめ、物心両面の支援をしている国の国民でした。

第五の論拠 難民区は安泰、感謝の書簡
 避難民は安全区(難民区)に避難していた訳ですが、国際委員会のジョン=ラーベ委員長(「南京の真実」いわゆる「ラーベの日記」の著者)は、日本軍に対して次のような書簡を送っています。
「私どもは貴下の砲兵隊が安全地区を攻撃されなかったという美挙に対して、また同地区における中国民間人の援護に対する将来の計画につき、貴下と連絡を取り得るようになりましたことに対して感謝の意を表するものであります」
 その他、マギー牧師(国際委員会委員)やスミス博士(国際委員会委員。金陵大学社会学科教授)といった第三国人からも「安全区は、難民たちの“天国”だったかも知れない」「難民区内には火災もなく平穏であった」との評がありました。

第六の論拠 架空の捕虜大量殺害説
 著者である田中氏も「当時の日本軍は、全般的に国際法に関する研究不足というか、指揮官にその観念が薄く、そのため南京において、意外に多数の捕虜に遭遇してその処置に窮し、その取り扱いに若干問題があったことも事実であろう」としています。
 しかし、「現地釈放」の例もあり、捕虜を即座に殺害することが、必ずしも日本軍全般で行なわれていた訳ではないことも記しています。
 なお、この項では、本田勝一の取材に対して語った内容(中国側の主張する30万・40万の虐殺という虚数に腹を立て、これに反論する形で語ったもの)をつまみ食いされ、自分の意思とは全く逆に「計画的・組織的に捕虜を殺害した」との報道をされたことに抗議した栗原利一氏のことが記されています。

第七の論拠 崇善堂の十一万埋葬のウソ
 「東京裁判」に出された資料の中、崇善堂という団体が計11万もの死体を埋葬したとされていますが、1日あたり2600体もの死体を埋葬したとの記載があります。ブルドーザーもパワーショベルもない時代に、どのようにして2600体もの死体を埋葬することができたのでしょうか。なお、このような埋葬隊の活動を見た日本人は1人もいません。

第八の論拠 スミス博士の「戦争被害調査」
 スミス博士(国際委員会委員。金陵大学社会学科教授)は、2月10日に国際委員会の任務を終えた後、3月から4月にかけて、南京市民の受けた戦争の被害状況を調査しました。
 その結果、日本軍による占領期間中に兵士の暴行で死亡した者の数を2400と推計しています。また拉致された者の数を4200と推計し、「日本軍によって殺された者の数をかなり増加させるに違いない」としています。
 合計しても6600人としかならず、とても30万には遠く及びません。

第九の論拠 何應欽上将の軍事報告
 何應欽という人物は、国民党軍の軍事委員会委員長を務めていた人物です。その人物がまとめた軍事報告の中で、上海・南京戦における国民党軍の戦死者数を、合計33000人としています。蒋介石は「南京防衛戦における死傷者は6000人を超えた」としていますが、いずれにしても、南京に万を超す大虐殺があったというような記録は、中国側の第一級の公式史料の中にすら発見されません。
 なお、「東京裁判」あたりを期に発表された資料では、その数が激増します。不思議なことに、日本と戦った当の相手である中華民国筋の刊行物がおしなべて10万人余であるのに対し、中国共産党筋の発表は、30万以上から40万→数十万まであり、その数は時代とともに膨らんでいます。

第十の論拠 中国共産党の記録にもない
 このような、後に「南京大虐殺」と呼ばれる蛮行があったならば、中国共産党がこれを抗日宣伝に利用しないはずがありません。ところが、共産党は南京失陥について、国民党のだらしなさを避難しているだけで、「南京大虐殺」のことなど、どこにも触れられていません。

第十一の論拠 国際連盟も議題にせず
 昭和13年1月26日から第100回国際連盟理事会が開かれましたが、「南京大虐殺」のことなど、議題に上がっていません。また、同5月9日から第101回国際連盟理事会が開かれますが、「日本軍の南京空爆の避難」や「山東における毒ガス使用」の非難決議が可決されましたが、やはりここでも「南京大虐殺」のことなど、議題にすら上がっていません。

第十二の論拠 米・英・仏等からの抗議もなし
 昭和12年9月22日、米・英・仏の3国による、日本の南京空爆(被害者数は600人と推定)に対する抗議が寄せられました。それ以外には抗議はされていません。「南京大虐殺」のような事件があったなら、抗議だけでは済まされないと考えます。

第十三の論拠 米英のマスコミ殆ど取り上げず
 わずかにティンパーリー(マンチェスター・ガーディアン記者)とダーディン(NYタイムズ記者)の記事がありますが、ティンパーリーの記事は伝聞によるものであり、ダーディンの記事は、日本軍への非難もありますが、多くは、中国軍による焼き払いの狂宴ぶりや、敗残兵が便衣に着替えて難民区に潜入したことなどを非難しています。
 日本軍占領後も南京に残っていた外国人記者は、NYタイムズのダーディン、AP通信のマクダニエル、シカゴ・デイリーニュースのスティール、ロイター通信のスミス、パラマウント・ニュース映画のメンケンの5人がいました。
 評論家・阿羅健一氏が「NYタイムズ」の1937年12月1日から38年1月末までの、毎日の記事の目次抜萃、同じくアメリカの代表的な雑誌である「タイム」の記事、イギリスの「ザ・タイムズ」の目次を抜萃するといった大変な作業に取り組みましたが、結果、「南京大虐殺」が記事や社説に取り上げられたというようなことはありませんでした。

第十四の論拠 箝口令など布かれていない
 著者である田中氏は、参戦した将兵への取材の際、次のような質問をしていたそうです。
「南京事件に関して、喋ってはいけない、書いてはならぬ、といった箝口令のようなものが上官からありましたか?」
 答は一様に「とんでもない、何もありませんよ」という返事だったとのことです。
 同じようなことを従軍記者にも聞いてみたそうです。やはり、同様に「全然ありません。ただし、自主規制はしていましたがね。これは報道にたずさわる者の常識です」と異口同音に答が返ってきたとのことです。

第十五の論拠 目撃者のいない“大虐殺”
 約120人もの日本の新聞記者やカメラマンが、日本軍の南京城内への入城とともに取材にあたりながら、一人として婦女子の虐殺や一般市民及び捕虜の大量虐殺などは見ていません。当時、「朝日」「東日」「読売」「日経」など全国紙の各支局をはじめ、地方紙や通信社も、南京に特派員を派遣していました。これらのプレスマンが異口同音に言うことは「東京裁判であのような大事件があったと聞いて驚いた」とのことです。

 以上の15の論拠に挙げられたように、「南京大虐殺」と呼べるような事実はなかったとする証言や客観的事実は数多くあります。
 意図的に都合のいい証言などをつまみ食いし、「南京大虐殺はあった」とする姿勢も批判されるべきではないでしょうか。OTSUさんは「週刊金曜日」の記事を例に挙げましたが、編集委員の一人である本田勝一が「中国の旅」などを執筆したことから、歴史観について信用ならない人物であるので、参考にとどめさせていただきます。
 なお、OTSUさんも「南京に向かうまでの進軍の途中(以下略)」と記されていますが、「南京大虐殺」は、『6週間にも渡って繰り広げられた、虐殺・暴行・略奪・強姦などといった「悪魔の狂宴」により30万もの人々が殺害された』ものとして中国共産党(南京戦の当事者ではない)が政治的に決定したものです。そこには、「南京への進軍途中の犠牲者も含まれる」とか「30万人は大袈裟」といった議論は、中国側には通用しないことを付け加えておきます。

投稿: 一堂零 | 2015年4月19日 (日) 23時25分

一堂零さん
ここでどれほど素晴らしい意見を述べても無意味ですよ
トピ主さんには何も響きません。さらにトピ主さんはご自分の答え以外は
認めることはありません。
以前はたくさんの素晴らしい意見がコメントされてましたが、
トピ主さんにより全部排除されてしまいました。もちろんこんな発言をすれば
全力で否定されますが、現在のコメント欄がすべてを表しています。
訪問者の数は変わらないと言われてるので そうゆうことです。

投稿: はぐれ猫 | 2015年4月20日 (月) 01時30分

はぐれ猫さん、当方の拙文にコメントをいただき、ありがとうございます。
管理者さんには響かなくとも、読んでくださった方のうち、お一人でも「東京裁判史観」に疑問を持ち、近代史の実相に迫ろうとする方がいらっしゃれば幸甚です。

投稿: | 2015年4月20日 (月) 23時36分

失礼しました。
上記のコメントに名前を入れるのを失念してしまいました。
一堂零です。

投稿: 一堂零 | 2015年4月20日 (月) 23時37分

一堂零さん、はぐれ猫さん、コメントありがとうございました。

一堂零さんから詳しくご指摘いただきました。「極端な主張」の幅の問題について若干とらえ方に相違があるのも知れません。ただ一堂零さんのご指摘や論拠されている立場を批判するような意図が一切ないことだけは一言申し上げさせていただきます。その上で私自身の見解は記事本文に綴った通りとなります。

一堂零さんが示されている内容の大半は事実だったものと思います。一方で、もう少し多面的な見方や情報に関しても事実が多く、南京虐殺はなかったと言ってしまうことに抵抗がある立場です。個々の論点に対し、南京虐殺はなかったという説に反証するサイト「南京事件の真実」を紹介したところですが、当初、リンクのはり方を誤っていました。改めて修正していますので参考までにご覧いただければ幸いです。

なお、南京に向かうまで進軍の途中の殺戮、略奪や強姦などを私自身も南京虐殺に含めて考えていません。あくまでも日本兵に対し、厳しい咎めがなかったという見方の一つとして記していました。取り急ぎ気になった点を中心にレスさせていただきました。物足りないレスにとどまりますが何卒ご理解ご容赦ください。

また、一堂零さんが「読んでくださった方のうち、お一人でも」という受けとめ方を記されています。考え方や見方の違いは横に置いた上で、まったくその通りであり、そのような場になり得ることを願いながら当ブログを長く続けています。参考までに過去の記事を紹介させていただきます。ぜひ、これからもよろしくお願いします。

2012年8月5日(日) このコメント欄の限界と可能性
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2012/08/post-2db8.html

投稿: OTSU | 2015年4月25日 (土) 21時42分

【南京に向かうまで進軍の途中の殺戮、略奪や強姦などを私自身も南京虐殺に含めて考えていません。】については、承知しました。
「南京大虐殺はあった」と主張される方の中には、上海から南京へ進軍する際の犠牲者も、30万人の中に含めようとする方もあるようなので、そのように読み取ってしまいました。

さて、これ以上は平行線だと思われますので、この場でのさらなる主張はいたしませんが、2点ばかり申し述べておきたいことがあります。

1点目は、相反する主義主張をする者に対する姿勢についてです。
私もかつては労組の役員をしておりましたが、執行部の中には、私のような歴史認識を持つ者は他におらず、この手の議論をするときは、無勢に多勢状態でした。
そんな中にあっても、私は真摯に自分の信じるところの意見を述べたつもりでおりましたが、他の役員からは「右翼」「歴史を美化している」などとレッテルを貼られ、「こいつらの言う『民主主義』とは、こんなものか(自分たちの信じる意見に反する者を認めない)」と思いました。
OTSUさんが率いる単組では、そのようなことがないように祈ります。

2点目は、戦争被害についてです。
今回の「南京大虐殺」しかり、韓国の「従軍慰安婦」しかり、本来ならば、国家間で国交が回復される際には、「過去のいきさつについては一定の整理をし、今後は持ち出さないことの約束」、つまりは「示談」「手打ち」がなされたものであるはずです。
それをいつまでもほじくり返しているのは、日本ではなく、中国・韓国側です。
こんなことが許されるのであれば、国際条約などなんの意味も持ちません。
こんなことが許されるのであれば、日本もアメリカに対し、原爆投下や東京大空襲をはじめとする戦争被害について、謝罪と賠償を求めるべきと考えますが、OTSUさんの考えをお聞かせ願えますか?

投稿: 一堂零 | 2015年4月26日 (日) 22時54分

はじめまして。

私は、南京虐殺は絶対にあったと思います。
この手のやりとりには、たいがいうんざりしているのですが、最終的には、同国人を例外扱いにしない私の人間観と現実観からすると「無かったはずがない」。

日本軍兵士本人による、敵国民間人への虐殺・強姦・放火といった証言は現にあり、そういう人が一人いたら、同じことをやった人は百人はいたでしょう。
南京においても、同じようなことをした兵士は当然それなりにいたでしょう。それで何人殺せたかまではわからないにしても。

そもそも何人、民間人を殺したら「虐殺」なのか? 一人でも「虐殺」でしょうが、まあ5人ほどは間違って殺したかも、というほど少なくもないでしょう。
では「大虐殺」とは、何人殺したら「大虐殺」なのか?

ベトナム戦争の「ソンミ村事件」だったかな、あれは何人くらい殺したんでしたっけ? あれは「ソンミ村大虐殺」と呼んだら、アメリカ人は「大虐殺というほどの人数は殺していない」と抗弁したんでしょうか?

こないだ、フィリピンで通算一万人以上の少女買春をした元校長さんが捕まってましたが、彼も日頃は真面目な規律を重んじる人だったのでしょう。しかし、外国に行き、日常の自分から解放されると、ああなれてしまう。
戦後、日本人が東南アジアへ買春ツアーに行ったというのは公然たる歴史的事実ですが、いったい日本人は東南アジアで通算何億人の少女を買ったのでしょうね?

もちろん、こんなことをやったのは日本人だけではないでしょう。

従軍慰安婦は、日本も含めて大半の国であった問題でしょう。
ですが、日本人が恥じなければならないのは、日本人が行った従軍慰安婦の問題です。

従軍慰安婦はどこの国でもあったことだとか言った橋下大阪市長に、私はTwitterで「橋下さんも若い時には、ソープで買春くらいしてますよね?」と尋ねましたが、回答はありませんでした。
まあ、いくら率直さや本音主義を売りにしてても、立場のある人は、自分個人に関しては、本当にまずい話は語らないのが当然なんでしょう。

学校の先生や、僧侶、警官、政治家、あるいは裁判官なんかでも、百人のうち何人かは確実に買春をし、確実に犯罪を犯している。
まして、職業倫理に縛られない普通の人が、戦時、外国で、個性なき一兵卒として、混乱した戦場において、みんながみんな、規律どおりの行動なんて、したはずがありません。
日本には「旅の恥は、かき捨て」という言葉もありますしね。

そんなこんなで、私は「南京虐殺」は絶対にあったと思っています。
動かぬ証拠を個人的に持っているわけではありませんが、それは私が、見たこともない電子の存在を信じている程度には、確かなことだと思っています。

投稿: アレクセイ | 2015年5月 2日 (土) 03時51分

一堂零さん、アレクセイさん、コメントありがとうございました。

一堂零さんから私自身への直接的な問いかけが示されていました。1点目に関し、私どもの組合では多様な意見を認め合った上で真摯な議論ができるように日頃から心がけています。とりわけ会議の議長役を担う時が多いため、異質な少数意見でも頭から否定されないような舵取りに注意しています。

2点目に関し、講和条約や平和条約などで賠償問題がそれぞれ区切りを付けられてきていることを承知しています。日本がアメリカに対し、賠償を求められない経緯や現状についても理解しています。しかし、そのことと50年談話に込められている思いを率直に表すのかどうかは次元の異なる誠意や友好関係の問題だと考えています。また、50年談話以降、個人による訴訟はいくつか起こされていますが、国家間での賠償問題が蒸し返されているようにも見ていませんので、記事本文に綴っているような認識や問題意識に至っています。

アレクセイさんの何人殺したら「大虐殺」なのか? このような論点、私自身のブログ記事を通した問題提起に繋がるものです。いずれにしても、いろいろなご意見を伺えることは貴重な機会だと思っていますので、ぜひ、これからもお時間等が許される際、コメントをお寄せいただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2015年5月 2日 (土) 21時13分

アレクセイさんのコメントに違和感を持ったので
詭弁のガイドライン(全15条)に照らしてみると

1 事実に対して仮定を持ち出す
 例:「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」
2 ごくまれな反例をとりあげる
 例:「だが、尻尾が2本ある犬が生まれることもある」
4 主観で決め付ける
 例:「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」
5 資料を示さず持論が支持されていると思わせる
 例:「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」
6 一見、関係がありそうで関係のない話を始める
 例:「ところで、カモノハシは卵を産むのを知っているか?」
9 自分の見解を述べずに人格批判をする
 例:「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」
15 新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
 例:「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない」

と、好意的にみても7つほど該当しますねぇ。

記述を一定程度、検証できる一堂零さんのコメントに対する意見としては、
あまりに釣り合わないコメントだと言わざるを得ません。

こういうものにコメントするときは、
思い込みだけの記述は避けて、ある程度でも検証できるようなもので
あって欲しいと思います。

投稿: s | 2015年5月 3日 (日) 09時45分

追記となりますが、
この問題については、私は以下のサイトを参考しています。

ttp://www.geocities.jp/yu77799/

投稿: s | 2015年5月 3日 (日) 09時55分

Sさま

いかにもなご意見、ありがとうございます。

ところで、貴方は買春を何度くらいしたことがありますか?

投稿: アレクセイ | 2015年5月 3日 (日) 10時10分

sさん、アレクセイさん、コメントありがとうございました。

いろいろな「答え」を認め合った場として、このコメント欄の限界と可能性を閲覧されている皆さんにご理解を求めてきていることを新規記事「2015年初夏、節目の600回」の中で記しています。この場を借りてリンク先の記事の最後のほうの文章を改めて紹介させていただきます。ぜひ、多くの方から下記のような点について、ご理解ご協力いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

>せっかくの機会ですので、多くの方から幅広い意見が伺えれば本当に幸いなことです。その際、いろいろな「答え」を認め合った場として、「なるほど、そのような見方もあったのか」と閲覧されている方々をうならせるような「言葉の競い合い」を切望しています。

投稿: OTSU | 2015年5月 3日 (日) 21時01分

OTSUさま

> せっかくの機会ですので、多くの方から幅広い意見が伺えれば本当に幸いなことです。その際、いろいろな「答え」を認め合った場として、「なるほど、そのような見方もあったのか」と閲覧されている方々をうならせるような「言葉の競い合い」を切望しています。

まったくですねえ。
でも、右であれ左であれ、イデオロギーに凝り固まっている人(自分の生活実感から出発できない人)に、それは期待できないでしょうね。
イデオロギー(虚偽意識)に凝り固まるというのは、要はイデオロギーに依存して、自分個人の「空疎さ」から目を反らしているということですから、自身が奉じているイデオロギーを守ること以外は考えられないんじゃないでしょうか? それが揺らぐと、自分個人のちっっぽけな存在価値まで揺らぐと感じてるから、真理を追究しようなんて危ないことは考えないし、だから人の意見に耳を傾けて参考にしてみようなんて自由さは持ちようがない。まただからこそ、個性のない紋切り型になっちゃうんですよね、あの手の人たちは。

ところで、Sさんは返事してくれないのかなあ。
やっぱり、匿名であっても、自身の醜行を公に語るというのは、普通の人には出来なくて当然ですからね。

投稿: アレクセイ | 2015年5月 3日 (日) 21時50分

アレクセイさんのコメントが、答える価値が微塵も無いものでしたので
無視していただけなのですけどねぇ。これを最後に以後も無視しますが・・。

さて、追加された直前のコメントを
詭弁のガイドライン(全15条)に照らしてみると
11 レッテル貼りをする
 例:「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」
13 勝利宣言をする
 例:「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」

これらが加わりまして、ここまで典型的なものも珍しいと思います。


そして、先ほど紹介したサイトを見れば明らかですが、
私の個人的な考えでは、南京大虐殺といわれる事例又は
言われても仕方のない事例はあったと考えています。
(ttp://www.geocities.jp/yu77799/)

ただ、先のコメントのような思い込みの押し付けがあれば
客観的に見ることが「出来ない」或いは「させない」となるので
結果として、何がどの程度の規模で行われたという事実に
何時までもたどり着けなくなる。これを残念に思っておりました。


そして、直前のコメントに何かつけるとしたら、
↓の一つだけでしょうねぇ。

つ「鏡」

投稿: s | 2015年5月 3日 (日) 23時27分

 Sさま

自分に「不都合な事実」は、価値の無いものだと決めつけて、まるで無かったことにしてしまおうとする(隠蔽する)。その上で、自分の言いたいことだけをオウムのようにくり返すというのが、貴方を含む「自らの醜行」を無かったことにしたいと考える「ごく当たり前の日本人」の、ありがちな姿なのですよね。

でも、貴方のこの応答を読んだ人は、貴方が「買春」したことがないとは、普通は思わないでしょうね。

投稿: アレクセイ | 2015年5月 4日 (月) 00時15分

アレクセイさま

Sさまに対して買春のレッテルを貼った様な、議論の相手の品位を貶める行為は『アレクセイの花園』---あなた様がご自身の責任において運営されている、2ちゃんねる的掲示板サイトの中だけに留めておいた方が宜しいでしょう。

投稿: YOSHIKI | 2015年5月 7日 (木) 13時20分

YOSHIKIさま

私の文章をちゃんと読んで、理解してから発言してくださいね。
貴方は、発言責任の取れない「匿名発言者」なんですから。

「買春」行為を否定的に話題にするのは、言うまでもなく、品位のない行為ではありません。
ですが、「買春」自体は恥ずべき行為ですから、過去に経験があるのなら、隠さずに認めて反省すれば、恥じることはないし、むしろ立派でさえあるでしょう。
それをSさんが、ことさらに隠すから、過去の「買春」を、当然疑われますよ、と忠告したのです。

ところで、品位あるYOSHIKIさんご自身は、「買春」したことはあるのですか?

これは「南京虐殺」を否定したがる人の心理試験みたいなものですから、正直にお答えください。

投稿: アレクセイ | 2015年5月 7日 (木) 13時43分

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