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2015年1月25日 (日)

地域手当を巡る問題点

「イスラム国」による日本人の人質事件、土曜の夜、新たな画像がインターネット上に公開されました。真偽は確認中であり、事実ではないことを願いながら二人が無事生還できることを祈っています。卑劣なテロ、「イスラム国」の暴力的な行為を絶対許すことができません。「イスラム国」の言い分に右往左往し、日本政府の責任を問う話などはテロの暴力に屈したことになるという指摘があり、その通りだろうと思っています。一方で、この事件が発覚した以降、ネット上を中心に様々な情報を得てきましたが、いろいろ書き残しておきたい論点も頭の中で駆け巡っています。

機会を見て、そのような情報や論点について当ブログの記事本文を通して綴りたいものと考えています。今回の記事は労働組合の役割として最も重視すべき賃金水準に関する話となります。昨年「給与制度の総合的見直し」「7年ぶりに引き上げ、人事院勧告」という記事を投稿していました。その中で給与制度の総合的見直しによって、基本給2%削減という痛みが直撃する見通しについて記してきました。昨年11月の賃金交渉で決着をはかれず、労使交渉は越年しています。大詰めの局面を迎える中、これまでの経緯や問題点について書き進めてみます。

人事院は2006年から実施してきた給与構造改革について、2010年の人事院報告で「地域ごとの民間賃金との較差は収れん」「地域別の較差は縮小し、安定的に推移」と評価し、地域民間賃金の反映は所期の目的を達成したという見解を示していました。それにもかかわらず、中立であるべき人事院は政権与党の意向に沿って見直しが必要という立場に変わっていました。地域給が導入された前回同様、基本給を一律に削減し、地域手当による給与原資の配分変更の検討を進めてきました。

現行の地域手当の率は0%から18%ですが、上限の率を20%とし、見直しを強いられた場合、中央省庁の職員以外、大半の公務員の給与が純減される制度設計となっています。疲弊した地方経済に大きな影響を与え、ますます地域間の格差を広げる制度見直しだと言えます。自治労が結集する公務員連絡会の反対を押し切り、人事院は昨年8月7日、給与制度の総合的見直しを来年度から3年かけて行なうよう勧告しました。全体の給与水準を平均2%引き下げ、その原資を再配分することで地域の民間給与水準を踏まえた見直しなどを求めています。

その際、私どもの市の支給地域は3級地から4級地に下げられ、現行の支給率12%が据え置かれる勧告内容でした。そのため、勧告通りに従えば基本給2%削減の痛みが直撃する見通しとなっています。組合は組合員の生活を守る立場から交渉を重ね、地域手当12%のままでは問題であるという認識を市側から引き出しています。その上で3月議会の条例改定に間に合う解決をめざすことも確認しています。自治労都本部が2月6日に統一行動を配置したため、その日までに全力で組合員の痛みを回避した決着をめざしています。

今回、記事タイトルに掲げたとおり地域手当を巡る問題点について掘り下げてみます。地域手当は給料の月額に支給率を乗じて算定されます。人事院勧告では市町村ごとの地場賃金を調査し、0%から20%までの地域手当の率を示しています。この基準に沿った支給を国は各自治体に求めていますが、最終的な判断は当該の自治体に委ねられます。そのため、これまで三多摩地区では8自治体が国の基準を超えた率で地域手当を支給しています。

昨年10月31日、読売新聞の地方版に「地域手当8市町村 基準超」という見出しが付けられ、紙面が大きく割かれていました。幸いなことに単なる批判記事ではなく、現行制度の問題点や各自治体担当者の説明なども掲げた内容となっていました。さすがに地方版の記事をネット上では見つけられず、そっくり引用できないため、手元に置いた新聞紙面から注目すべき箇所だけ抜き出しながら紹介させていただきます。

総務省令は、国の基準を上回る支給率としている自治体には、特別地方交付税を減額すると定められています。特別地方交付税は災害復旧など臨時的な支出のほか、過疎対策などの独自事業にも充当できます。減額措置によって、本来なら行政サービスに活用できた財源が減ったことが問題視されています。ただ8市町村のうち地方交付税そのものが不交付団体である三鷹市は「減額の影響を受けていない」と回答しています。

「国立感染症研究所村山庁舎の支給率に合わせている」とする武蔵村山市は、総務省令に「市内に国の機関がある場合、その機関の支給率に準じていれば減額の対象にならない」との特例があり、減額措置を受けていないことをその新聞記事を通して知る機会となっていました。基準を超す手当を支給している理由については、ほぼ全ての自治体が読売新聞の取材に対し、「近隣自治体との均衡を考慮した」と回答しています。

「(支給率の高い)区部に隣接しているのに、基準が大きく違うと人材確保に支障が出る」「周辺自治体と職員の生活圏や事務量が同じであることを考えれば、基準に差があるのは不公平」という声も示されていました。地方自治に詳しい中央大学の佐々木信夫教授(行政学)は「国の基準は各自治体の業務量まで考慮しておらず、絶対的なものではないかも知れない」と指摘されています。

一方で、佐々木教授は「交付税の減額で市民サービスがカットされかねない以上、自治体は労使交渉の場だけで方向性を決めるのではなく、基準を上乗せする根拠を市民に示す必要がある」と話され、読売新聞の記事はその言葉でまとめられていました。組合役員の立場からは労使交渉で決めるべき事項であることを強調しなければなりませんが、住民の皆さんからまったく理解を得られない話であれば、議会で否決されるような事態も想定しています。

このような問題意識もあり、不特定多数の方々が閲覧できるブログの場でも地域手当の問題点について取り上げています。読売新聞の取材に対し、自治体担当者が答えた内容に尽きますが、同じ生活圏に暮らし、同じ職務に励みながら地域手当の支給率が極端に異なる現状は非常に理不尽なものです。そのことによって人材確保の面で支障が生じていくことも明らかです。そもそも支給率を市町村ごとに決めていく手法も疑問です。極端な例かも知れませんが、小さな自治体の中に一つだけ超優良企業の事業所があれば、その自治体の支給率は高くなります。

支給率や基準割合などを決める際、どこかで線を引かなければならないことも分かります。それが都道府県単位だった場合でも、県境の自治体では隣り合っているのに数字が大きく異なる事例も生じてしまいます。ある程度の割り切り方が求められていくのでしょうが、この地域手当の支給率だけは様々な疑問の声が示されていました。「規模が同じと見られている隣り合った市で、なぜ、5%も違うのか?」「なぜ、あの市が15%で、こちらは6%なのか?」

あまりにも不合理な格差が目立ち、納得感が乏しい基準でした。地方分権の推進が唱えられる中、自治労は制度自体の廃止を求めています。せめて見直す際は、もう少し納得感が高まる線引きを望んでいました。しかし、昨年8月の人事院勧告で明らかになった支給地域の見直しは、これまでの矛盾を拡大し、さらに違和感を高める内容でした。その中で、私どもの自治体は3級地から4級地に格下げされる事態となりました。勧告が示された直後、この問題で市長と直接話す機会を持ちました。

市長も「おかしい」という疑問を強められ、その後、9月の決算特別委員会の中では次のように発言されていました。私どもの市のほうが「誰がどう見ても大型都市であるし、行政需要もそれだけ多いだろう、物価もそれなりに高いだろう」と思っているのにもかかわらず、そのような点が反映されない算定基準の矛盾について訴えられていました。労使交渉は副市長と重ねていますが、市長自身もこのような問題意識を抱えられていることを非常に心強く感じています。

しかしながら総務省との関係や住民の皆さんからの理解の必要性などを踏まえた場合、国が示した地域手当の支給基準を超え、独自な率に決めていくことが容易な話ではないことも確かです。前述したとおり「12%のままでは問題である」という抽象的な認識を引き出している現状に過ぎません。大きな山場となる2月6日に向け、精力的に交渉を重ねながら何としても組合員の皆さんの痛みを回避する決着をめざしていきます。そして、このような生活に直結する課題で結果を出していくことが組合への結集力を高めていくものと考えています。

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2015年1月17日 (土)

民主党の代表選

フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」が襲撃され、多くの犠牲者を出しました。卑劣なテロは絶対許すことができません。一方で、表現の自由の問題を巡って、いろいろな声も聞こえてきています。また、NHK紅白歌合戦でサザンオールスターズが演奏した「ピースとハイライト」の歌詞や桑田佳祐さんのライブ中の振る舞いに対し、ネット上で「反日」「在日」という書き込みが目立っていました。さらにサザンの所属事務所「アミューズ」前では横断幕や国旗を持った人々が「桑田佳祐の不敬発言を糾すぞ」という抗議行動まで行なわれていました。

これまで「思想信条の自由と問題発言」「思想信条の自由と問題発言 Part2」などを通し、言論や表現の自由について自分なりの問題意識を綴ってきています。最近の出来事を受け、その延長線上に連なる内容を取り上げたい考えもありました。ただ当ブログの位置付けや過去の経緯を踏まえ、明日日曜に結果が分かる民主党の代表選について新規記事のタイトルとして選んでいました。あわせて昨年末の記事「進むべき道を選ぶ師走、雑談放談 Part2」のコメント欄でsさんから寄せられた疑問に答える機会にも繋げていくつもりです。

まず当ブログは自治労に所属する市職員労働組合の活動や方針に関する記述を数多く残しています。労働組合の最も重要な役割は組合員の雇用や生活を守ることであり、労働条件の問題は使用者側と労使交渉を通して決めていきます。その一方で、労使交渉だけでは解決できない社会的・政治的な課題に対し、多くの組合が集まって影響力を高めながら組合員の利益に繋がるように努めています。

その一環として、労働組合が一定の政治方針を持ち、具体的な政党や候補者を支援する取り組みがあります。決して特定の政党や政治家のために労働組合が活動しているのではなく、組合員の皆さんの利益に繋がることを目的としながら様々な政治的な活動にも関わっています。ただ政治方針に対しては、組合員の皆さんの中に幅広い見方があることも受けとめています。特定の政党や候補者を支持することで組合への結集力の低下を招きかねないことも懸念しています。

このような現状を危惧しているため、政治的な活動の必要性や意義に関しては、よりいっそう丁寧に情報発信しながら理解を求めていくように心がけています。そのため、このブログでも政治の話題が多くなり、これまで衆議院選挙や民主党代表選などの機会に関連した記事を投稿してきました。昨年末には「衆議院解散、民主党に願うこと」「衆議院解散、民主党に願うこと Part2」があり、遡れば「民主党に期待したいこと」「海江田代表に願うこと」「民主党との距離感、2013年春」「どじょうの政治に期待」「新政権への期待と要望」「鳩山新代表に願うこと」「民主党を応援する理由」などがあります。

それぞれの記事内容に対し、「なるほど」と思われた方、逆に反発や批判を強められた方がいるはずです。「政治的な話は避けるべき」という忠告を受けたこともありましたが、前述したような考え方に重きを置き、意識的に政治の話題も多く取り上げてきています。前置きが長くなりましたが、sさんから「個人的には、きちんと政治的に中立な立場の労組が再構成されて政治的な権力争いではなく、きちんと労働問題に向き合う労組の組織率があがって欲しいものだと思います」というコメントが寄せられていました。

この指摘に対し、私から「労働組合に限らず構成員のために一定の政治的な方針を持つことは社会的に普遍化されている話です」とお答えしました。するとsさんから「誰が、普遍化されていると評価しているのかが疑問です。 仮に過去に普遍化されていたものだとしても、今でもそうなのでしょうか?構成員になっても、距離を置いて関わらない者が増えているのは何故でしょうか? つまり、現代では普遍化しているとは言えないのではないでしょうか?」という問いかけが続いていました。

その問いかけに対しては、私から「労働組合に限らず、医師や歯科医師などの団体なども一定の政治方針を持っています。そのような事実関係を指したもので評価の問題として表現していません」と取り急ぎお答えしていました。その際、 「構成員になっても、距離を置いて関わらない者が増えている」という現状認識はその通りなのかも知れませんが、別な論点の問題意識として受けとめていることも一言添えていました。この時のやり取りが気になっていたため、前述したような組合の政治方針と組合員との関係性について補足させていただきました。

普遍化した話の補足として、アメリカの民主党は一般的に中道からリベラルの立場の議員が所属し、労働組合が応援している政党です。イギリスの労働党は文字通り労働組合が支持基盤となっています。このような事例からも、政党が労働組合との関係性を決して負の側面だととらえず、逆に強みとし、そこを起点にした理念や政策が構築されていくことを願っています。連合と支持協力関係がある民主党やその代表に対し、このブログの記事を通して以上のような思いを数多く綴ってきています。

記事タイトルを「民主党の代表選」としましたが、ここまで代表選に関わる具体的な内容に触れないまま長い記事になりつつあります。もう少し書き進めさせていただきますが、労働組合が民主党を支援することで「距離を置いて関わらない者が増えている」という構図を否定できません。民主党が働く者の声を代弁できる政党として、組合員の多数が心から信頼できる政党になって欲しいものと考えています。今回の代表選がその一つの転機になり得ることを期待しています。

今回の民主党代表選は、長妻昭元厚労相、細野豪志元幹事長、岡田克也代表代行の三つ巴の戦いとなっています。長妻候補が党内リベラル派のメンバーに推された意外さもありましたが、それぞれの候補者の決意や抱負を耳にすることで安堵感を強めています。具体的な選択肢に対しての温度差は伝わってきますが、経済政策のトリクルダウンの問題点や戦後70年歩んできた日本の平和主義の大切さなどは各候補者の共通した認識です。新代表にどなたが選出されても、安倍政権との明確な対抗軸を打ち出していく姿勢が確認できています。

同じ党内の候補者同士の選挙戦ですので当たり前なことかも知れません。それでも極端に考え方が異なっていた場合、代表選後の結束を心配していました。そもそも基本的な理念が異なっているようであれば「民主党の中はバラバラな寄り合い所帯だ」という批判を高め、同じ政党で行動を共にすることの正当性を疑われてしまったはずです。代表選の序盤で、維新の党との合併に絡む内輪の話が暴露され、物議を醸していました。ネガティブな批判合戦は歓迎できる話ではありませんが、維新の党との合併に積極的だった細野候補も「(橋下徹最高顧問率いる)関西(の議員)を切り離す」必要性を認めていたことを知る機会に繋がっていました。

進むべき道を選ぶ師走、雑談放談 Part2」に記したとおり私自身も橋下市長のカラーが前面に出た維新の党との合併には懐疑的です。そのため、3人の候補が揃って労働組合を敵視している維新の党とは安易に合併しないことが分かり、心強く感じています。日頃から連合や自治労本部が民主党との連携を深め、信頼関係を築いている証しだと受けとめています。この点も含め、前述したとおり3人の候補どなたが代表になられても、これまでと同様の組合方針を維持できるものと考えているところです。最後に、次のような発言を耳にすると、維新の党の江田代表も「切り離し」議論に応じる気持ちを強めていくのかも知れません。

維新の党最高顧問の橋下徹大阪市長は15日の記者会見で、安倍晋三首相が「大阪都構想」について「意義がある」と一定の理解を示したことに対し、「大変ありがたい。うれしくてしようがない」と述べた。首相が維新に協力を期待した憲法改正についても「憲法改正は絶対に必要だ。安倍首相にしかできない。できることは何でもしたい」と語り、全面的に協力する考えを示した。【産経ニュース2015年1月15日

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2015年1月11日 (日)

東京ブラックアウト

年末年始は暦通り9連休だったため、ゆっくり過ごせました。以前、休日診療を所管する健康課という職場に在籍した時、当番で年末に出勤したことがありました。1月から住民記録システムを大幅に更新した際、稼働直前の年末年始休暇中に出勤したこともありました。それ以外、ほぼ毎年、暦通りに休める年末年始を過ごせています。年末年始も働いていた方々には恐縮なところですが、長い休みの間、部屋の中に積み上がっていた書籍の大半を読み終えることができました。

その中で原発関連の書籍が3冊含まれていました。1冊は昨年12月10日に発売された『美味しんぼ』第111集でした。昨年10月に「原発事故後の福島」という記事を投稿し、「福島の真実」の上巻にあたる『美味しんぼ』第110集に触れていました。そのような経緯もあり、第111集の発売を待ち望んでいました。当初予定された時期から大幅に延期され、ようやく昨年末の発売に至っていました。すぐに購入していましたが、書店の袋から出したのは年末休みに入ってからでした。

鼻血論争の影響から発売が延期されていたようですが、連載時のセリフの一部を「原発内での外部被ばくが原因ではありませんね」という表現に変えるなど風評被害に配慮した出版となっています。一方で、主人公らが福島の取材後に鼻血を出した記述はそのまま残した上、福島第一原発周辺の地元住民の健康調査報告などを巻末の資料に掲げるような対応を加えています。つまり客観的な事実や数字を淡々と示しながら、読み手がどのように判断するのかどうかという作者や出版社側の姿勢を感じ取ることができました。

主人公の「安全なものと危険なものを見極めるためにも、福島の真実を知ることが必要なんです」という言葉に尽きますが、万が一、危険なものを「安全」と見なしてしまった場合、取り返しのつかない事態に繋がります。加えて、情報に対する信頼が失墜し、それこそ福島の食材は危険だとひとくくりに敬遠されてしまいます。だからこそ真実を的確に把握していくことが重要であり、同時に伝え方の信頼性を高めていくことが、結果的に風評被害をなくす近道であるように考えています。

そのような意味合いから続いて紹介する『いちえふ』も福島の現状を淡々と知ることができるコミックスでした。「いちえふ(1F)」とは福島第一原子力発電所の通称で、現場の作業員や地元の皆さんは「フクイチ」ではなく「いちえふ」と呼んでいるそうです。その「いちえふ」で働く作業員が描いたルポルタージュであり、作者がその目で見てきた福島第一原発の日常を垣間見ることができます。脚色や誇張もなく、それこそ淡々と「いちえふ」の現実が描かれていました。作者が初めて「いちえふ」で働いた日の印象は「普通じゃん」というものでした。

全面マスクや防護服の装備に毎回着替えなくてはならず、たいへんな危険と隣り合わせで夏の暑さも含めて過酷な労働環境ですが、「普通の男達が普通に笑い合いながら働いている」職場に驚かれたそうです。外からの想像とのギャップに気付かされ、いかに悪いイメージが先行しているかという見方を示されています。多層下請けの雇用であり、寮費や食費が天引きされるため、手取り月額14,560円という話も描かれていました。そのようなエピソードも含め、あまり悲観的な書かれ方はしていません。告発型のルポではなく、あくまでも福島第一原発で働いていた時の日常を淡々と書き残されていました。

最後に紹介する3冊目の書籍は今回の記事タイトルに掲げた『東京ブラックアウト』です。前作の『原発ホワイトアウト』に続き、霞が関の現役キャリア官僚である「若杉冽」というペンネームの作者が現状を憂い、小説という形で政府や電力会社などを告発した内容です。やはり当ブログで以前「原発ホワイトアウト」という記事を投稿していたため、『東京ブラックアウト』も発売した直後に購入していました。読み始めると止まらなくなる恐れがあったため、この本は意識的に年末年始の休みまで袋から出さずに取っておきました。

案の定、前作と同様、ストーリーも含めて非常に面白く、ほぼ一気に読み終えていました。各章の最初に新聞報道の記事内容を掲げ、現実に起こっている出来事を対比させながら物語を進行させています。筑紫電力の仙内原発や大泉総一郎元首相など実在する団体や人物が容易に想像できるため、今回もフィクションと現実との境目を判断することが難しい小説だと言えます。仮に小説の体裁を取っているだけで書かれている内容の大半が真実だった場合、暗澹たる思いに陥ることになります。この書籍は原発を必要だと思われている方にこそ、一度、読んで欲しいものと願いながら、あまり「ネタばれ」にならないよう印象に残った点を中心に紹介させていただきます。

福島第一原発の事故以降、原発の「安全神話」は崩れています。今後、原発を稼働させるためには厳格な安全基準をクリアしていかなければなりません。その小説に描かれている話は原発を巡る「利権構造」を維持するため、万全な安全対策や避難計画が確立できなくても「再稼働ありき」で突き進む関係者たちの理不尽な姿です。避難計画を巡って、ある登場人物は「いくらシナリオをつくったって、絶対に現実はその通りにはならない…とすれば、所詮、シナリオづくりは再稼働の言い訳であり、納得感を醸成するためのプロセスに過ぎないっ」と本音を漏らしています。

前作『原発ホワイトアウト』の「終章」では、雪が舞う中、新崎原発でメルトダウンが進行します。続編となる『東京ブラックアウト』はその影響によって壊滅した関東平野、遷都を余儀なくされた東京の風景まで描かれています。もちろんフィクションであり、作者の想像で描かれた世界ですが、再び重大な原発事故が発生した場合、絵空事だとは切り捨てられない緻密な記述の仕方でした。新崎原発から3キロの特別養護老人ホームには避難指示から24時間たっても迎えのバスもスタッフも現れず、要支援者避難計画が機能しない混乱ぶりなども描かれていました。

最も気になった記述があります。福島の原発事故を話題にした会話の場面があり、関東平野に高濃度の放射性プルームが到達した3月15日、「あのときに東京に雨が降っていたならば、東京も飯舘村と同じように帰還困難区域となり、住民が退避せざるを得なくなっていたはずだ。なんという幸運だろうか…。」という記述が目を引きました。たいへんな苦難を強いられている福島の皆さんには申し訳ない言葉かも知れませんが、気象条件の「幸運」に救われていた話は決してフィクションではないことを思い返す機会となっていました。

私自身、「原発の話、インデックス」のとおり数多く原発に関する記事を投稿する中で、将来的には原発ゼロをめざすべきものと訴えてきています。理想とすべきゴールを描きながらも、物事を実際に改めていくためには現状からスタートする地道な一歩一歩の積み重ねが大事だと考えています。さらに原発を即時廃止と訴えた場合、原発は必要だと考えている方々との議論がかみ合わなくなる懸念も抱いています。また、本当に原発ゼロを実現するのであれば、原発を必要と考えられている方々との対話が欠かせないものと認識しています。

そのような意味合いで考えた時、連合の中では両者の立場からの意見交換を行なうことができます。これまで各産別の立場を尊重し、それぞれの「答え」の正しさを主張し合うような議論が不足してきたものと思っています。今後、もう一歩踏み込んだ意見交換ができるような機会を自分の周囲から少しずつ広げていければと考えています。そもそも『東京ブラックアウト』に登場するような人物はフィクションであり、原発を必要だと考えている大多数の皆さんは利権とは関係なく、純粋にエネルギー問題を憂慮する中から判断されているはずです。最後に、川内原発が再稼働できるかどうかの局面を迎えていますが、決して「再稼働ありき」ではない検証が尽くされていることを強く願っています。

審査の合格を最初に果たした九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)の今年度内の再稼働が困難となったことが10日、原子力規制委員会関係者への取材で分かった。認可手続きに必要な書類の提出が大幅に遅れているためで、再稼働は4月以降になる。合格のめどが立った昨年3月から1年を経過することが確実で、事業者側の新規制基準適合への苦悩が浮き彫りになった。2基で約4万ページに上る認可書類の膨大な量がネックとなっている。規制委関係者によると、原子力規制庁と九電の約100人がほぼ毎日、朝から晩まで資料を付き合わせて非公開の会合を重ねており、会議終了は午後11時を回ることもあるという。規制委関係者は「1つを直すと関係箇所を全て直さなくてはならず、なかなか完成しない」と話す。

川内原発は平成25年7月から始まった新基準の適合性審査で、大きな課題となっていた基準地震動と基準津波をいち早くクリア。昨年3月には審査を集中的に行う「優先原発」に選ばれ、合格のめどが立った。事実上の合格証となる「審査書」は昨年9月に確定している。その後、機器の詳細な設計図などを確認する「工事計画」と運転管理体制を確認する「保安規定変更」の認可審査に移行したが、この認可書類の作成に九電は手間取っている。九電は当初、同月末までの補正申請を目標にしていたが、規制庁の指摘や訂正が相次いでいるため、昨年末までの提出目標も断念した。工事計画などが認可されれば、機器の設置状況や性能を規制委が現場で確認する「使用前検査」を実施するが、1~2カ月かかる見通しだ。

規制委の田中俊一委員長は昨年12月末に川内原発を視察した際、「(安全対策に)前向きに取り組んでいる。安全のレベルは極めて高くなっていると思う」と述べ、規制委の審査に自信を見せている。ただ、認可審査の遅れが地元の情勢に微妙な変化を与える。4月12日には鹿児島県議会議員選挙が控えており、再稼働の是非が選挙で争点となってくる。地元住民らが川内原発の再稼働差し止めを求めた仮処分申請についても、鹿児島地裁が近く決定を出すとみられ、司法の判断が再稼働に影響する可能性も否定できない。(原子力取材班)【産経新聞2015年1月1日

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2015年1月 1日 (木)

岐路亡羊、2015年

あけましておめでとうございます。 Hituzi

今年もよろしくお願いします。 

毎年、元旦に年賀状バージョンの記事を投稿しています。いつも文字ばかりの地味なレイアウトであり、せめてお正月ぐらいはイラストなどを入れ、少しだけカラフルになるように努めています。2005年8月に「公務員のためいき」を開設してから583タイトル目となりますが、必ず毎週土曜又は日曜に更新し、昨年1年間で52点の記事を投稿していました。

昨年1月にココログのアクセス解析の管理機能が大きく変わり、累計数が分からなくなっています。それでも1日あたりのアクセス数に大きな変化はなく、週に1回の更新ですが、毎日千件前後で推移しています。これまで時々、いきなりアクセス数が急増する場合もありました。Yahoo!のトップページに掲げられた際のアクセス数23,278件、訪問者数18,393人が1日あたりの最高記録となっています。

ことさらアクセスアップにこだわっている訳ではありませんが、やはり多くの人たちにご訪問いただけることは正直嬉しいものです。特に当ブログは不特定多数の方々に公務員やその組合側の言い分を発信する必要性を意識し、個人の判断と責任でインターネット上に開設してきました。したがって、より多くの人たちに閲覧いただき、多くのコメントを頂戴できることを願っているため、毎日、たくさんの方々にご訪問いただき、ブログを続けていく大きな励みとなっています。

一方で、たいへん恐縮ながら2012年の春頃から私自身はコメント欄から距離を置くようになっています。そのことだけが理由ではないようですが、以前に比べるとお寄せいただくコメントの数は減っています。それでも時々、貴重なコメントが寄せられ、おかげ様で完全に閑古鳥が鳴いている訳でもありません。週に1回、土曜か日曜のみに集中しているブログであり、このような現状が身の丈に合ったペースなのだろうとも考えています。いずれにしても当ブログをご注目くださっている皆さんにいつも感謝しています。本当にありがとうございます。

さて、今年は未(羊)年です。年賀状には『「岐路亡羊」という諺があります。一匹の羊を大勢で追いかけながら分かれ道が多く、見失ってしまった話から伝わっています。いくつもの方針があり、どれを選ぶべきか迷ってしまう意味で使われます。この道しかないと決め付けてしまうのも危ういことで、迷いながらも進むべき道は慎重に選び、羊を見つけられることの大切さも感じています』と書き添えていました。

人それぞれ正しいと信じている「答え」があります。ただ信じている「答え」が必ずしも絶対的な「正解」とは限らないことに思いを巡らすようになっています。「完璧な人間はいない」「人は過ちを犯す」という見方に繋がる話です。特に物事を判断する際の情報が少なかったり、偏っていた場合、より正確な「答え」を導き出せなくなるはずです。これまで「多面的な情報への思い」「再び、多面的な情報への思い」「多面的な情報への思い、2012年春」 という記事を投稿していました。

同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。クロかシロか、真実は一つなのでしょうが、シロをクロと見誤らないためには多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要です。このような傾向があることを踏まえ、私自身、いわゆる左や右の主張を問わず、なるべく幅広い情報や考え方に接するように努めています。

そして、たいへん便利な時代になっています。インターネットさえ利用できれば、幅広く詳しい情報を手軽に素早くコストをかけずに入手できます。以上のような意義を踏まえ、このブログも多面的な情報の一つとして、インターネット上の片隅に加わり、公務員やその組合側の言い分を発信してきました。とりわけ自治労への手厳しい見方がインターネットを通して散見できますが、せめて思い込みや事実誤認による批判だけは控えて欲しいものと願いながらブログを続けています。

このブログの目的や位置付けは「2009年末、改めて当ブログについて」で詳しくお伝えしていました。とりまく情勢の厳しさが増す中、公務員への風当たりは相変わらずです。そのような中で、公務員やその組合に対する厳しい声を謙虚に受けとめながらも、主張すべきことは主張する目的を掲げながら続けています。さらにコメント欄を通し、様々な立場や視点からのご意見を伺えることも貴重な目的としています。厳しい批判意見があることを把握した上で、日常の活動を進めていく大切さを感じ取っています。

依然として公務員人件費の削減や権利を制限する方向性を「是」とした立ち位置が脚光を浴びがちです。ますます公務員組合にとって厳しい局面が続いていくものと思っています。一方で、残念ながら広範な支持を得られているかどうかで見れば、公務員組合は圧倒的に出遅れた位置にいます。そのため、「何が批判され、どうすべきなのか」、あるいは「誤解による批判だった場合、どのように理解を求めれば良いのか」という相互に意思疎通できる機会が様々な場面で欠かせないものと考えています。

ただ基本的な視点や立場が異なる方々と分かり合うことの難しさも痛感していますが、そのような機会を持たなければ、意思疎通できる可能性はゼロとなります。たいへんマイナーなサイトですが、一人でも多くの方々と接点を持てることを願いながら、今年も当ブログを続けていくつもりです。当然、公務員組合と一口で申し上げても、私自身がその全体を代表している訳ではありません。あくまでも私どもの組合をはじめ、産別に加わっている関係から自治労運動の中で前述したような問題意識を大事にしていきます。

今年も実生活に過度な負担をかけないよう留意しながら、このブログは引き続き週1回、土曜か日曜の更新を基本としていきます。ちなみにお正月のみ少し変則な日程となり、次回の更新は1月11日又は12日を予定しています。きめ細かいコメント欄への対応がはかれずに恐縮ですが、一人でも多くの方にご覧いただければ誠に幸いなことだと思っています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。それでは末筆ながら当ブログを訪れてくださった皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げ、新年早々の記事の結びとさせていただきます。

        ☆新春特別付録☆ 「2014年ブログ記事回想記」 

年賀状バージョンの恒例となっていますが、今回も2014年に投稿した記事をインデックス(索引)代わりに12点ほど並べてみました。改めて皆さんへ紹介したい内容を中心に選び、いわゆる「ベスト」ではありません。したがって、12点の並びも投稿日順となっています。それぞれ紹介した記事本文へのリンクをはってありますので、のんびりご覧いただければ幸いです。

  1. 2014年、荒馬の轡は前から ⇒ 今回と同じ年賀状バージョンで、午(うま)年の年頭に困難な問題にも真正面からぶつかる決意や新たな年の抱負を綴りました。やはり特別付録として「2013年ブログ記事回想記」も掲げました。 
  2. いがみ合わないことの大切さ Part3 ⇒ このブログを長く続けている中で、基本的な視点や考え方が異なる場合、分かり合えなくても、いがみ合わないことの大切を感じ取ってきています。そのような問題意識を3週続けて投稿していました。 
  3. 平和フォーラム批判から思うこと ⇒  平和フォーラムという団体に対し、厳しい言葉での批判が頻繁に寄せられていました。誤解や思い込みによる批判も気になっていたため、小見出しを付けながら私自身の見解をまとめていました。
  4. 給与制度の総合的見直し ⇒  2012年の人事院報告で「地域ごとの民間賃金との較差は収れん」としながら、基本給を一律に削減し、地域手当の支給率を見直す動きが浮上していました。その動きに反対する署名を取り上げた記事内容でした。
  5. コメント投稿数が1万件突破 ⇒  これまで記事の投稿回数が100を刻んだ時をメモリアルな節目に位置付けてきました。ブログの管理ページから分かる累計1万件突破という大きな節目に際し、初めてコメント数に関した記事をまとめてみました。 
  6. もう少し集団的自衛権の話 ⇒ 集団的自衛権の解釈変更を巡り、「Part2」にわたって私自身の問題意識を綴っていました。この記事のコメント欄には当ブログでお馴染みの長島昭久元防衛副大臣から直接ご意見をお寄せいただいていました。 
  7. 市議選まであとわずか ⇒ 「市議選まであと1か月」に続き、6月22日投開票の市議会議員選挙直前に投稿した記事でした。労働組合が選挙の取り組みを方針化している背景や意義などについて改めて説明していました。
  8. 普通に戦争ができる国について ⇒ 日本国憲法の「特別さ」は誇るべきものと考えています。そのため、普通の国と同じように集団的自衛権が行使できることの是非をはじめ、理想とすべき国家間の関係について問題提起していました。 
  9. 集団的自衛権を閣議決定 ⇒ 7月1日、憲法第9条の解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が行なわれました。限定的な容認とは言え、憲法で権力を縛るという立憲主義のあり方や平和主義の問題について綴っています。
  10. 7年ぶりに引き上げ、人事院勧告 ⇒ 2014年度の人事院勧告は月例給と一時金を7年ぶりに引き上げる内容でした。一方で、来年度から基本給を一律2%削減し、地域手当の配分変更など給与制度の総合的見直しも求めています。 
  11. フリー懇談会を開催 ⇒ 組合員の皆さんに広く呼びかけ、テーマはフリー、参加もフリー、フリー懇談会と称した場を企画しました。組合役員側からの説明よりも、幅広く多様な声を伺う機会として位置付け、率直な意見交換に繋げていました。 
  12. 衆議院解散、民主党に願うこと Part2 ⇒ 唐突な解散総選挙に際し、自民党との対抗軸について自分なりの問題意識を綴っていました。さらに民主党政権時代の教訓や反省材料を以前のブログ記事を紹介しながら振り返っていました。

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