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2014年11月 9日 (日)

政治改革の熱狂と崩壊

土曜日、連合東京推薦自治体議員懇談会の総会が中野サンプラザで開かれました。地区協で議長代行を務めていますが、文字通り議長の代わりに出席していました。日頃の議長や事務局長の負担に比べ、いろいろ配慮いただいています。そのため、このような時のピンチヒッターは日程の都合がつく限り、なるべく引き受けるようにしています。出席の返事をした後、送られてきた総会の案内文書を目にし、基調講演の講師が民主党顧問の藤井裕久元財務大臣であることを知りました。

少し前に藤井さんの著書『政治改革の熱狂と崩壊』を拝読していました。編者は日本テレビの政治記者の菊池正史さんです。その著書名と同じ演題だったため、義務感からの代理出席だったつもりでしたが、思いがけない楽しみが加わっていました。いつも立ち寄る書店でタイトルに興味をひかれ、購入した後、数日間で読み終えていました。内容の面白さや分かりやすさ、「なるほど」とうなづきながら共感する箇所が随所にあふれていました。そのため、機会があればブログでも取り上げたいものと考えていました。

もちろん藤井さんの考え方と私自身の考え方がすべて一致している訳ではありません。そもそも財務大臣を務められた方と比べること自体、たいへん失礼な物言いなのかも知れません。そのような僭越さを踏まえながらも、著書全体を通して伝わってくる基本的な視点や考え方に共感を覚えていました。このように共感した内容をインターネット上で「拡散」することの大切さも感じているため、これまで読み終えた書籍や出席した講演を題材にしたブログ記事を多数投稿しています。

今回、土曜日の講演内容を中心に著書の記述内容も適宜加えながら藤井さんの言葉を紹介していきますが、人によっては強く反発される箇所も多いのだろうと考えています。それはそれで当たり前なことであり、多面的な情報の一つを提供するサイトとしてご理解願えれば幸いです。まず藤井さんは82歳で戦争経験者です。小平市に学童疎開していた時、撃墜されたB29の現場で見た光景、原形をとどめない兵士たちの遺体、飛び散った断片の中に女性兵士の赤いマニキュアをした手があったことを著書の中で記されています。

東京大空襲で熱風を吸い込みながら火傷で亡くなった多くの遺体も目にしていました。日本人でも、アメリカ人でも、戦争で死んでいくことの悲惨さ、残酷な現実を小学生の時に藤井さんは目に焼き付けられていました。戦争というものを実体験し、肌にすりこまれた感覚として理解する日本人が少なくなった、まして政治家に戦争経験者がいなくなり、戦争を「外交の手段」という理屈に支配されがちな現状を藤井さんは強く憂えています。そのため、講演の冒頭で政治への熱狂の最たるものは戦争であると述べられていました。

当時、7千万人の日本人が戦争に熱狂する中、冷静に日本の行く末を案じた人物の名前を藤井さんは紹介されました。一人は夏目漱石、『三四郎』の中で日露戦争の後に日本は駄目になると登場人物に語らせていたことを紹介しています。もう一人は石橋湛山、「小日本主義」のもと満蒙からの引き上げを訴えていたことを紹介し、藤井さんが最も尊敬する首相経験者であるという話も伺いました。さらにシンガポールが陥落した2か月後に行なわれた翼賛選挙においても、反翼賛の候補者が85人も当選していたことを紹介されていました。

このように時代の空気に迎合せず、熱狂することもなく、戦前戦中にも自らの「正しさ」を主張した人物が数多くいたことを講演の冒頭に藤井さんは語られました。その上で、現在の政治状況の話に繋げられていきました。藤井さんは講演の途中、何度も「安倍首相のことを語るとよく批判されるけど…」という言葉を繰り返されていました。それほど安倍首相を支持されている方、安倍首相と同じ考え方を持たれている方が多い証しだろうと思っています。そのような批判や反発にひるむような藤井さんではないため、いつも、どこでも安倍首相の考え方や政策について辛口な言葉を投げ続けられているようです。

藤井さんは安倍首相の歴史観の偏りを指摘し、首都南京を陥落し、広東まで攻めていながら「侵略だったかどうか分からない、学者が決める」という言い分を問題視されています。著書の中で「自分の国を思うナショナリズムは大切だ」としながらも「自分たちが全て正しいし、正しかったという価値観は、偏狭であり、不寛容となり、諸外国との対立しか生まない」と記されています。講演の中でも大正から昭和初期の時代も含め、日本の正当性を主張するようでは偏狭なナショナリズムだと言わざるを得ないと説かれていました。

集団的自衛権の問題では明確に反対だと言い切られています。一国平和主義では持たないが、2、3か国間の集団的自衛権は必ず仮想敵国を作るため、戦争に巻き込まれやすくなると危惧されています。第一次世界大戦も複数の国の軍事同盟が絡み合い、オーストリアの皇太子暗殺事件が世界大戦に繋がったことを説明されていました。その反省のもとに国際連盟ができ、現在の国連に至り、多国間の安全保障体制こそ、極めて重要であることを藤井さんは強調されていました。

経済政策については「金をばらまけば良くなる」という傾向が強すぎることに疑問を呈されています。歴代の総理大臣の中で安倍首相ほど株価を意識しているのは異例であることを指摘し、持てる人をより持てるようにする政治の方向性を危惧されていました。そもそも中央銀行の役割は物価と通貨の安定に努めることであり、最近の日銀の動きについても藤井さんは不安視されていました。物価インフレよりも資産インフレが進み、円安の加速に強い危機感を持たれています。

藤井さんは実体経済を重視される方であり、貨幣・金融面での政策を先行させているアベノミクスを厳しく見られているようです。なお、ここまでお読みくださった方の中には「それでは民主党政権の時、どうだったのか」という疑念を持たれる方も少なくないはずです。民主党政権の進めた様々な政策が評価されず、2年前の総選挙で惨敗したことも確かです。一方で、安倍政権に代わり、経済が上向き始めたことも事実であり、批判のための批判は控えなければなりません。

ただ医療で例えた際、副作用の心配がありながらも治療を続け、結果的に取り返しの付かない事態に至った場合、その責任が免れるものではありません。私自身も安倍首相の打ち出す政策の効果が一時的なものではなく、日本全体を活性化させ、国民全体を豊かにしていくのであれば積極的に支持したいものと考えています。しかし、どうしてもGPIF改革をはじめ、アベノミクスの第三の矢や株価を意識すぎるあまり、大きなリスクを矮小化しているように思えてなりません。

よく「反対するなら対案を示せ」という言葉を耳にします。それに対して「問題があるから現行のままで」という選択肢も一つの「答え」だと思っています。第一の矢、第二の矢も本当に正解だったのかどうかは数年先に明らかになるはずです。アベノミクスが失敗ではなかったことを祈りながらも、私自身は藤井さんの実体経済重視の姿勢に強く共感しているところです。いずれにしても藤井さんは社会保障の充実や非正規の課題を中心に雇用の安定をはかり、内需を高めていくことのほうが大事であることを訴えられています。

財源の問題として、藤井さんは60年前から消費税の必要性を説かれてきています。これほど公平で公正な税金はないと述べられ、所得税は現役世代の負担が重くなりがちで、すべての消費に対して広く課税していく消費税は、世代間や業態間での公平公正さが保てる税制だと説明されています。その上で、消費税の引き上げは社会保障の充実のためであること、国会議員の定数削減が安倍首相と野田前首相との約束だったことを強調されていました。

他にも書き留めたメモの内容が残っていますが、たいへん長い記事になっていますので、このあたりでまとめに入らせていただきます。藤井さんは海江田代表に奇をてらったことを言わず、雇用、社会保障、平和の問題で頑張るように助言されているそうです。この中野サンプラザの会場に足を運んだ自治体議員の皆さんに対しては「普通の人を相手にしてほしい」と話され、経済団体など特定の利益集団のトップとばかり付き合っていると偏ってしまうというアドバイスでした。

経済団体を労働団体に置き換えると「ここに参加している人ばかりと付き合うな」と聞こえてしまいますが、藤井さんの素振りからそのような意図はなかったようです。それでも一般論としてその通りの話であり、私自身をはじめ、普通の組合員一人ひとりの声を代弁できなければ「偏ってしまう」という言葉を重く受けとめることになります。最後に、藤井さんは国会の現状を意識されたものと思いますが、「ネガティブキャンペーンはやめよう、自分に戻ってくる、政策でやっつけてほしい」という言葉で締めくくられていました。

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コメント

最近の話題の中から3点と雑感。

1つめ
アベノミクスはマクロ経済的に庶民を苦労させたかもしれない。世界的なカネ余りのなかと、在庫をなるべく持たないITを利用した生産活動の中、現金だけ増やしても効果は少ないかもしれない。
よって、消費増税が、年末の政府予算案の編成にひびいてくることから、判断しないわけにはいかない。
この時期に政局化すれば、政治停滞発生と予算が組めず、誰も得をする人はいない。
申し訳ないが、公務員労組が経済の啓蒙活動するのは構わないが、本来の職場環境の改善に立ち返るべき。やがて、大きな波が来る。職員を飲み込む。職員が泣きます。準備をした方がいいです。

2つめ
中国との対話は、パフォーマンスであっても内容はどうであれ、地域バランスを少々変えた。今、注目したいのは、これに焦る韓国。韓国を飛ばして中国と話をした。しかも、北朝鮮との接触ができている。中国は冷静さを取り戻しつつあるかもしれないが、依然、注視対象には違いない。

3つめ
ロシアが日本ににじり寄ってきている。インドなど、東南~南アジア諸国が日本になびき始めたのと、EUの対ロシア政策に足並みがそろわず、ロシアがアジアへの外交戦略を、少し重くした感じ。アメリカを含めたパワーバランスにも影響が出る。

その他雑感。
TPPは少々行き過ぎた感があり、もし、TPPが組まれたとして、日本の戦略物資にあたるコメ等はどうなるのか疑問。アメリカから兵糧攻めにされたらおしまい。特に東京は飢える。コメはあってもパンやパスタはなくなる。農産物を質にとられては、なんでもコンパクト化の流れの中で、日本の自立的食糧政策が崩壊してしまう。

現在の政府公表食料自給率はカロリーベースであり、価格ベースではない。いつまでこんな指標を使っているのか?価格ベースでは日本は6~7割の自給率がある。都会のスーパーで、生鮮食料品の半分以上が日本産であることを疑う人はいない。

地方議会が問題。国は統治の意味からはまだ許せる。地方議会は一部を除いて条例案を議員提出できない現状。弱すぎる。首長部局の市民参加は茶番。選挙の洗礼を得ていない人が、なぜ、首長部局の施策を左右できるのか、まったくもって理解不能。地方議会も企画力をつけなければお飾りにしかならない。地方自治(住民自ら治める)の意識醸成が必要。地方公務員は法定辞任事務のしがらみを理解できなくもないが事務屋の原点に帰るべき。

☆このコメント欄に書き込むのを今後控えるようにします。私には知恵をつけたい人たちがいます。身体が壊れることになっても、譲れないものがあります。それだけです。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年11月10日 (月) 05時05分

トップの役割というのは、人材の適材適所への配置、決断、責任を取る、この3点だと思っています。

>副作用の心配がありながらも治療を続け、結果的に取り返しの付かない事態に至った場合、その責任が免れるものではありません
これはそのとおりでありつつも、一方で不作為によって取り返しの付かない事態に至ったとしても、その責任を免れることはできませんよね。

財政政策についてもいろんな意見があるけれど、各国がそれぞれの立場で同時に政策を動かしていく以上、
結果的に正しかった、間違っていた政策というのはあったとしても、絶対に正しいという財政政策というものは存在しないと思います。

現在のトップが目先にとらわれない大局観を持ち、冷静なリーダーであるならば、それは最高のリーダーであるといえるでしょう。
そして、フォロワーの仕事は、その足を引っ張らないことではないか、と思っています。
(黙って従う、という意味ではありません)


TPPについては、あまり考えが纏まらないのですが、日本が勝ってアメリカが負ける、ということでなく、
むしろ多国籍企業が勝って、それぞれの政府は負ける、ということかもしれないと思っています。
うまく言えませんが、それぞれの国家のやりたいことが彼らの利益にならない場合、それらを実現するための政策手段が封じられることになってしまうのではないか、と。

投稿: とーる2号 | 2014年11月10日 (月) 23時33分

でりしゃすぱんださん、とーる2号さん、コメントありがとうございました。

でりしゃすぱんださん、出入り自由な場として、また機会がありましたらよろしくお願いします。
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2013/04/post-2dce.html

とーる2号さん、「不作為によって取り返しの付かない事態に至ったとしても、その責任を免れることはできません」というご指摘も本当にその通りだと思います。その上で、今回の記事本文の中に添えたような個人的な思いも強めているところです。ちなみに新規記事のタイトルは「解散風と定期大会」を予定しています。ぜひ、またご訪問いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2014年11月15日 (土) 20時54分

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