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2014年10月26日 (日)

組合役員の改選期、インデックス

カテゴリー別に検索できる機能を使うことなく、これまでブログの記事を積み重ねてきました。そのため、時々「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べています。その発展形として「○○の話、インデックス」を始め、「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」「春闘の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅡ」という記事が続いていました。

ちなみに「○○の話、インデックス」記事の冒頭に上記のような説明をなるべく掲げるようにしています。そのことでインデックス記事のインデックス代わりになるため、過去の記事を探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方となっています。今回、新たなカテゴリーとして「組合役員の改選期」という題材で以前の記事を整理してみようと考えました。毎年、秋に私どもの組合の定期大会があり、大会から大会までの1年間が組合役員の任期となっています。そのため、「定期大会の話、インデックスⅡ」と重複する記事が大半を占めてしまいましたが、「組合役員の改選期」に絞ったインデックスとしてご理解ください。

インデックス記事を投稿した際も必ずその時々の近況や思うことを書き足しています。今回も同様に「組合役員の改選期」に絡んだ内容をもう少し書き進めてみます。組合役員の担い手不足という悩ましい問題が恒常化し、紹介した上記の記事の中で様々な思いを綴ってきています。今年も11月12日に定期大会を控え、役員選挙の立候補が先週木曜日に締め切られました。いろいろ現職役員が努力しましたが、やはり執行委員の定数は満たせませんでした。来週火曜から信任投票が始まり、選挙広報が回覧されます。私自身の選挙広報に掲げた原稿の内容は下記のとおりです。

組合役員を長く続ける中で「組合は大事」という思いを強めてきました。経営者側の思惑だけで働き方が決められていった場合、昨今取沙汰されている「ブラック企業」の話につながりかねません。働く側の視点や声が反映された労働条件の維持向上が欠かせず、そのために様々な労働法制が整えられ、労働組合の役割が重視されています。

このような問題意識を踏まえ、組合組織の活性化や役員の担い手の問題に向き合ってきています。役員の担い手に関しては今年も様々な事情を乗り越え、改めて留任を決意された方、新たに手をあげてくださった方がいます。本当に心強く受けとめながら、今後、飛躍するための態勢をつなげられたものと考えています。新たな一年、様々な難題に対し、引き続き組合運動の先頭に立ち、全力を尽くす決意ですので、よろしくお願いします。

◎ 毎週1回更新しているブログ『公務員のためいき』の最新記事は「組合役員の改選期、インデックス」です。あわせてご覧いただければ幸いです。

毎年、限られた字数の中で組合員の皆さんに伝えたいことを端的に綴っています。言い尽くせない様々な思いや問題意識は週1回更新しているブログに託していますので、あわせて「公務員のためいき」を紹介する機会につなげていました。今回、最新記事のタイトルも掲げ、より注目いただけるような試みに努めてみました。選挙広報の原稿を提出した後、週末にブログ投稿のために自宅のパソコンに向かったところ、これまで「○○の話、インデックス」というタイトルの付け方だったことに気付きました。

選挙広報とは少し違う「組合役員の改選期の話、インデックス」というタイトルにすべきかどうか迷いましたが、前例にこだわらず選挙広報と同じ「組合役員の改選期、インデックス」のほうを選んでいました。閲覧されている多くの皆さんにとってマイナーでローカルな題材の中、さらにどうでも良い話にまで触れてしまい申し訳ありません。不特定多数の方々が訪れるインターネット上ですので言葉や表現方法をはじめ、いつもブログでの発言の重さを強く留意しながら投稿しています。

その結果、「分かりにくい」「まどろこしい」などという指摘を受ける時がありました。このあたりは「コメント欄の話、インデックス」に記しているような問題意識のもとに私なりの価値判断で当ブログを運営しているところです。それでも話題やテーマの選び方、他愛のない話を気ままに書き込む自由さがあるため、週1回定期的に更新することに対して義務感や負担感があまり生じず、このブログを長く続けられているものと思っています。このように「雑談放談」に流れがちな点が当ブログの特徴であり、ご理解ご容赦いただければ幸いです。

さて、前述したとおり今回も執行委員の定数は満たせませんでした。それでも退任者よりも新たな立候補者の数が上回り、何とか執行部全体の数は1名増やすことができました。その中で、先月開いたフリー懇談会の参加者の一人が新たに立候補します。私からの要請に対し、たいへん真摯に耳を傾けてくださり、立候補する決意を固めていただけたことに深く感謝しています。今後、「執行委員になってみたけどガッカリした」と言われないような執行部の運営に向け、よりいっそう気配りに努めていきたいものと考えています。

一気に組合役員の担い手を広げることはできませんでしたが、選挙広報に綴ったとおり「今後、飛躍するための態勢」は維持できたものと思っています。さらに減少するという「ジリ貧」状態だけは避けられ、来年以降、まだまだ働きかけによっては幅広い職場から多様な人材の担い手を見つけられる可能性があるという期待感を残せました。新たに立候補を決意された皆さん、いろいろな事情を抱えながらも引き続き立候補された皆さん、本当にありがとうございます。

また、今期で退任される皆さん、たいへんお疲れ様でした。いろいろお世話になりました。退任後も組合活動へのご理解ご協力よろしくお願いします。内向きな題材が、ますます内向きな話となり、たいへん恐縮です。上記のような言葉は実生活の場面で、それぞれ直接お伝えするものであることは言うまでもありません。ただ今までも当該の皆さんが当ブログを訪れてくださることも想定し、この場でも伝えたい感謝の言葉などは適宜添えてきています。

そして、申し遅れましたが、私自身、引き続き執行委員長に立候補します。選挙広報に託したとおり組合は大事、つぶしてはいけない、そのためには担い手が必要、ここ数年、そのような思いを強めながら委員長を続けています。本来、同じポストに同じ人物が長く務めることは好ましい話ではありません。きっと私が退任すれば、後任の新委員長を中心に組織はしっかり回っていくのだろうと思っています。大切な「バトン」を引き継ぐために努力しているつもりですが、ある面では割り切ることも必要な場合があるのかも知れません。

それでも今、退任することは責任ある対応に至らず、周囲からもそのように見られていることも理解しています。そのため、引き続き組織の基盤を底上げすることに全力を注ぎ、沈まずに大西洋を横断できるタイタニック号に整えた上で、次走者に安心して「バトン」を渡せるよういっそう努力していくつもりです。念のため、委員長職に何か特別な魅力があり、長年居座り続けているような見方をされた場合、それだけは即答で否定できることだけは付け加えさせていただきます。

一方で、現在の私自身が委員長の職責を100%担えているのかどうか、自信を持って肯定できない点があります。先日開かれた自治労三多摩の交流会の席で、私どもの組合の前委員長から「ためいきばかりついていないで、このような場に委員長にも出てきて欲しい」と話しかけられたことを副委員長から聞きました。職務との両立に全力を尽くしていくことは言うまでもありませんが、個人的な家庭介護の負担もあるため、夜間や休日の行動に一定の制約があります。

8月末の記事「リベラルじゃダメですか?」の冒頭にも記しましたが、決して自治労と距離を置こうと考えている訳ではありません。私どもの組合内の役割分担や私自身に制約がある中での優先順位から、運営側に回りがちな連合の取り組みに比べ、自治労の催しには顔を出せない場合が多くなっています。重要な場に参加できないこともあり、たいへん申し訳なく思っています。そのよう事情を抱えていますが、このブログ「公務員のためいき」は自宅で書き込めるため、無理なく毎週続けることができています。前委員長の冗談めかした言葉だったのかも知れませんが、気になりましたので一言添えさせていただきました。

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2014年10月19日 (日)

原発事故後の福島

東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故後、初めての福島県知事選挙が10月9日に告示され、10月26日に投票日を迎えます。地元のメディア以外、選挙戦を取り上げる報道が少なく、全国的な関心の度合いはあまり高まっていません。このあたりは滋賀県知事選挙の時と少し様相が異なっていますが、民主党と社民党が支援する候補に自民党と公明党も相乗りしてきた構図から予想されたことでした。今回、自民党本部が負けないことを優先し、県連の独自候補を強引に断念させた経緯がありました。

自民党も支援する候補者は現職の佐藤雄平知事の後継候補であり、政策会見では「県内原発全基廃炉」を訴えています。そもそも福島県は「脱原発」を宣言していましたので、自民党が佐藤知事の後継候補を支援することに違和感もあります。しかし、自民党からの支援を受けた結果だろうと思いますが、全国の原発再稼働の是非については触れることなく、他の候補者との違いも見られています。いずれにしても無所属6名で争われている選挙戦は「与野党対決」「脱原発の是非」という論点が成り立たず、マスメディアにとって力を入れにくい構図になっているようです。

この時期に合わせた訳ではありませんが、先々週の金曜夜、私どもの組合員対象の学習会「原発事故から3年、フクシマの子ども達は今~美味しんぼの鼻血論争の真実は?~」を開きました。ふくしま共同診療所の医師である杉井吉彦先生を講師にお招きし、福島の現状や甲状腺がんの問題についてお話いただきました。人気漫画『美味しんぼ』の鼻血論争を副題にしていましたが、そのくだりはサラッと触れただけでした。副題に興味を持って参加した方にとっては少し物足りなさを残したかも知れませんが、それ以上に福島の現状をはじめ、いろいろ貴重なお話を聞かせていただきました。

杉井先生のお話の要旨を書き進めてみますが、福島県民は約200万人、そのうち今も13万人が避難生活を送っています。300万円の弔慰金支給が認定された関連死は1700人を数え、さらに増え続けているという話でした。年間の被ばく線量20ミリシーベルト以下は帰れるようになっていますが、帰れば半年で補助金は打ち切られます。帰っても食料品などが近くで購入できない地域であり、そもそもチェルノブイリ原発事故後、10ミリシーベルト以上は強制避難区域になっていたそうです。帰りたいが、帰れないという葛藤があり、県民の中に「キズとミゾ」が深まっているとのことです。

除染で出た汚染残土を集める中間貯蔵施設を福島県内に建設する計画があります。30年間という期間限定ですが、国は私有地を買い取ろうとしています。ただ売ってしまえば完全に帰れなくなる、国が30年間という約束を守らなくなってしまう恐れも心配し、そのような複雑な思いが絡まり、売却することをためらう地権者が多いそうです。福島第一原発の4号機はむき出しで、1号機、2号機、3号機に1日200トンの水を流し込む作業が続いているだけで、ようやく来年になって原子炉の取り出しに入れるかどうかとのことでした。

事故直後、放射能がどれだけ出たのか、チェルノブイリに比べて情報が圧倒的に少ないそうです。情報が少ないのに放出された放射線量は「チェルノブイリより少ない」と話し、福島県内の子どもたち30万人のうち104人が甲状腺がんの疑いがあり、58人が手術したという事実も「原発事故の影響とは考えにくい」と言い切る専門家への不信感を杉井先生は訴えられています。福島医大の流れ作業のような検査方法や情報開示の問題に関しても疑義を示されていました。

ちなみにチェルノブイリの時は5年後から甲状腺がんの増加が認められたため、今回の原発事故が影響だとすれば「早すぎる」という声もあります。しかし、チェルノブイリ原発の事故直後にはエコー検査できる設備がなく、正確な統計資料として残っているものが5年後以降という話を伺いました。広島と長崎への原爆投下後、放射線による内部被ばくはDNAに影響を与え、被爆2世に繋がることを「私たちは知らなかった」という説明を杉井先生は付け加えられています。

極めて情報が乏しい中、子どもたちの甲状腺がんの原因が「原発事故の影響とは考えにくい」と決め付けてしまうことの問題性を繰り返し話されていました。安倍首相が東京オリンピックを招致するための演説の際、福島の原発事故を「アンダーコントロール」と強調していたことに対しても杉井先生は強い疑念を示されていました。甲状腺がんが多発しているという事実と向き合い、低線量内部被ばくの継続に対し、「避難・保養・治療」の原則のもとに長期の診療・健康増進に医師の一人として尽力したいという決意を杉井先生は語られていました。

なお、『美味しんぼ』の鼻血のくだりは次のとおりでした。「鼻血は生命に影響ない」とし、「事実は鼻血がいっぱい出ていた。ただ統計がない」というアッサリしたものでした。後日、一瞬だけ居眠りしてしまったという参加者から私に「鼻血の話はありました?」という問いかけがあったほど、杉井先生の立場からすれば「鼻血論争」は枝葉な話だと見られていたようです。その上で、とにかく「福島は安全だ」と強調したい人たちが多いことも補足されていました。

学習会の副題だった「美味しんぼの鼻血論争の真実は?」、上記のような端的な答えでした。福島の皆さんの中に事実誤認、誇張、捏造という見方をされている方が少なくなく、風評被害を心配された方々が多いことも承知しています。今回のブログ記事に向かう際、「福島の真実」の上巻にあたる『美味しんぼ』第110集を購入しました。残念ながら下巻となる第111集の発売時期は延期され、いつ発刊されるか未定となっています。そのため、肝心の鼻血の場面はネット上のサイトから一部を目にしただけです。

それでも第111集を読み終えた印象は、しっかりした取材をもとに淡々と事実を描写しているというものでした。したがって、鼻血の場面だけ捏造や誇張するような必然性が考えられません。杉井先生のお話も含め、「鼻血、医学的根拠ある」というサイトも見つけることができています。その中には福島県内の母親が「漫画全体を読み、福島への愛情を感じた。子どもに鼻血が出ても、話を聞く前から因果関係を否定するような人たちに私たちは本当のことは言わない。国の責任で鼻血を含めた健康調査をしてほしい」と訴えている記述も掲げられています。

私自身も『美味しんぼ』第111集を読み、「福島への愛情」という言葉に大きくうなづくことができています。「鼻血」ばかりクローズアップされ、連載当時、短絡的な風評被害に対する批判が強まっていたように記憶しています。しかし、前述した母親のように『美味しんぼ』の「福島の真実」を通読されていた方は真逆の思いを抱かれていたのではないでしょうか。ある場面での地元の方と主人公の父親である海原雄山、主人公の山岡士郎との次のような会話が、そのことを的確に表しているものと感じました。

地元 私たちのとこの放射線量は安全なのに、福島でひとくくりにされて怖がられるから、郷土料理もどうかなあ。

海原 安全なものは安全、危険なものは危険、きちんと見極めをつけることが福島の食材には必要なのです。消費者に真実を伝えなければいけない。それはわれわれの役目です。

山岡 安全なものと危険なものを見極めるためにも、福島の真実を知ることが必要なんです。

まさしく上記の言葉に尽きるものと思っています。万が一、危険なものを「安全」と見なしてしまった場合、取り返しのつかない事態に繋がります。加えて、情報に対する信頼が失墜し、それこそ福島の食材は危険だとひとくくりに敬遠されてしまいます。だからこそ真実を的確に把握していくことが重要であり、同時に伝え方の信頼性を高めていくことが、結果的に風評被害をなくす近道であるように考えています。

学習会の冒頭、委員長として挨拶した言葉の中に「目をそむけたい事実だったとしても、的確な判断や対応をはかるためには、しっかり見ていかなければなりません。本日、杉井先生から放射線の被ばくなど福島の現状を伝えていただくことで、原発再稼働の問題などに向けた判断材料の一つに繋がっていくものと考えています」と添えていました。原発の「安全神話」は崩壊したと言われていましたが、福島の原発事故の教訓が徐々に薄れてきているようにも感じています。

杉井先生の話では川内原発の再稼働に際し、周辺住民1万3千人にヨウ素剤を配布するとのことです。絶対安全なのであればヨウ素剤は必要ないはずであり、絶対安全だと自信を持てないからだろうと話されていました。いずれにしてもヨウ素剤を使うような事態が再び起これば、日本は二度と立ち直れないのではないでしょうか。今回、原発事故後の福島の現状を綴ってきましたが、最後に「アンダーコントロール」されていると言われている福島第一原発の現況を紹介させていただきます。

東京電力は14日、福島第1原発2号機東側にある井戸で13日に採取された地下水から、セシウムが1リットル当たり25万1000ベクレル検出されたと発表した。前回採取した9日と比べて3.7倍に上昇し、同原発護岸に設置された観測用井戸で採取された地下水のセシウム濃度としては、過去最高となった。東電によると、この井戸の地下水からは、セシウム134が同6万1000ベクレル、137が同19万ベクレル検出された。東電が放射性物質を含む水を敷地内に散水する際に定めた濃度基準値は、セシウム134が同15ベクレル未満、137が同25ベクレル未満。

また、ストロンチウム90などのベータ線を出す放射性物質も同780万ベクレル含まれており、9日と比べて3.7倍に上昇。ガンマ線を出すコバルト60やマンガン54の濃度も、護岸の観測用井戸の地下水で過去最高だった。この井戸の近くには、同原発事故直後の2011年4月に高濃度汚染水が海に漏れたトレンチ(ケーブルなどの地下管路)があるという。東電の白井功原子力・立地本部長代理は記者会見で「台風18号などで地下水位が上昇して、(トレンチから周辺に漏れた)過去の汚染水などに触れて、高い濃度が検出された可能性が高い」と述べた。【時事ドットコム2014年10月14日

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2014年10月11日 (土)

子ども・子育て支援新制度について

前回記事「年功賃金の問題」の冒頭、火曜日に連合三多摩ブロック地域協議会主催の政策・制度討論集会が予定され、分科会「子ども・子育て支援新制度について」の座長を務めることをお伝えしていました。討論集会の当日、全体の参加者260名ほどで、私が座長を務めた第2分科会は100名を超える皆さんに参加いただき、おかげ様で充実した内容のもと割り当てられた時間の中で滞りなく終わらせることができました。

全体会の基調講演はワーク・ライフバランス、第1分科会は防災ネットワークのあり方をテーマとして催しました。第2分科会は来年4月から本格実施される子ども・子育て支援新制度について、3人の講師の方からそれぞれの立場からの報告や問題提起を受けました。皆さん、パワーポイントを使い、20分程度という短い時間の中で中味の濃い話をお聞かせいただきました。今回の記事では、講師の皆さんのお話に沿いながら子ども・子育て支援新制度について書き進めてみます。

初めに連合の生活福祉局長から子ども・子育て新制度の概要や連合の取り組みなどの報告がありました。社会保障・税一体改革による消費税の5%引き上げのうち0.7兆円が子ども・子育て支援の新制度に充てられる試算です。現行の社会保障給費を維持するための財源の大半に年金、医療、介護が充てられる中、子ども・子育て支援新制度は数少ない社会保障制度の充実に繋がります。

連合は子ども・子育てを社会全体で支える理念の実現に向け、0.7兆円でも不充分であり、1兆円程度の財源確保を訴えています。一方で、消費税10%への引き上げの是非が取り沙汰され、景気条項に照らし、8%に据え置きという可能性もあり得る現況です。景気が大きく後退するような事態を避けることは非常に重要ですが、社会保障制度の維持・充実のための消費税引き上げという出発点の考え方が薄れがちな点を個人的には憂慮しています。

制度の利用対象を「保育に欠ける」から「保育を必要とする」に改め、親の働き方に関わらず、すべての子どもに良好な養育環境を保障することを新制度の基本としています。市町村が支援法に基づき1号から3号までの認定を行ない、その結果によって幼稚園や保育所を選べるようになります。地域型保育給付の対象となる小規模保育や事業所内保育、施設型保育の対象となる認定こども園の拡充などを通し、待機児ゼロをめざしています。

すべて公費補助の対象となるため、市町村が運営情報や事故発生時の対応などを把握できるようになり、全体的な質の向上や安全性の確保が期待されています。このような新制度の特徴を連合の局長から説明を受け、国の会議の中で「質の確保」という視点が欠けがちな点を補ってきたことなども伺いました。特に連合の立場から「より良い幼児教育・保育のため、幼稚園教諭・保育士等の労働条件と職場環境の改善をはかる」という基本的な考え方を強調していることが報告されました。

続いて、八王子市子ども家庭部子どものしあわせ課長から新制度に向けた基礎自治体の取り組みや課題について報告を受けました。パワーポイントの最初の画面に『「今後の子ども子育て支援について」~ビジョン すくすく☆はちおうじ』の文字が映し出されました。この「☆」は「キラッと」と読むそうです。ちなみに「子どものしあわせ」というユニークな組織名称の由来も説明いただきました。子ども議会を開いた際、この名称の要望があり、当時の市長が即決して「子どものしあわせ課」の誕生に至ったそうです。他の部課の名称はオーソドックスなものが多いそうですので、キラッと光った印象深い課の名前だと言えます。

中核市に移行するため、都道府県レベルにおける必要な条例改正も求められている特殊事情をはじめ、保育士の配置基準などすべて法定基準を上回る内容で条例化していくことの説明を受けました。さらに会場からの質疑応答を通し、保育料の引き上げなど現行制度より利用者の負担が増えないような移行に努めていることも語っていただきました。すでに教育と子育ての連携を進め、中学校の授業の中で赤ちゃんや妊婦とのふれあいを実施していることなどの報告も受けました。

最後に「保育園を考える親の会」の曽山恵理子さんが「保護者の視点から考える新制度の問題点」を提起されました。ところで、このブログはプロフィール欄に記しているとおり匿名での発信を基本とし、一定の線引きのもとに実名で紹介させていただいています。もともと曽山さんはご自身のツイッターを実名で発信されています。さらに日経デュアル『「保育園一揆の仕掛け人」の素顔はフツーのママ』というサイトで紹介されているとおりたいへん有名な方です。

待機児童の保護者が保育園増設を求めて自治体に異議申し立てをする、いわゆる「保育園一揆」を全国に先駆けて杉並区で行った曽山恵理子さん(37歳)。曽山さんは、いわば働く親のフロントランナーと言えます。「ジャンヌ・ダルク」のように崇められたり、「すご過ぎる」と敬遠されることも多いそうですが、実際に会って話をしてみると曽山さんはフツーの「働くお母さん」。彼女が大事にしていたのは、社会を変えるとか、日本を変えるといった「大きな物語」ではなく、可愛い子どもと共に暮らしながら仕事をしたいという、ごくごく当たり前の希望をかなえるための「地道な行動」でした。

上記は日経デュアルのリードの文章ですが、保育園増設に向けた曽山さんの奮闘を耳にされた方は多いのではないでしょうか。と言う訳で、ご本人からの了解を得た上、曽山さんだけ実名での紹介となっています。実は分科会の前に講師の方とお会いした際、曽山さんから「ブログ、やってらっしゃいませんか」と声をかけられました。事前に渡された資料で私の名前を知り、ネット検索されたところ前回記事「年功賃金の問題」を見つけ、討論集会の座長のことが書かれていたため、間違いないと思ったそうです。

私自身も3人の講師の方を詳しく知るため、事前にネット検索で予備知識を得ていたことを伝え、曽山さんの活躍ぶりなどを話題にしていました。このような話題の延長線上から今週の新規記事は分科会のタイトルでもあった「子ども・子育て支援新制度について」と決めていました。本論から少し離れた話が長くなりましたが、「雑談放談」をサブタイトルにしたブログでもあるためご容赦ください。

それでは曽山さんの分科会での話に入りますが、まず「なるほど」と感じた報告がありました。人口減少や少子化が進んでいるため、曽山さんが住む杉並区は就学前人口も長期的には減少していくことを予想していたそうです。しかし、地方には仕事がないため、子どもを持つ夫婦が都会に出ていくことになり、就学前人口は増加傾向をたどっていました。そのような見通しの甘さもあり、待機児童の問題が深刻化していたと曽山さんは説かれていました。

また、曽山さんらの行動はマスコミにも大きく注目されたため、杉並区の待機児童問題が一気に進む契機になったことを報告されていました。このような経験から保護者の声が直接自治体に届けられる仕組みの必要性を曽山さんは訴えられています。さらに片働きモデルの崩壊と子育ての孤立化について提起されながら新制度に向けた期待や要望をお話いただきました。

子どもが他の多くの子ども同士で遊べる場として保育所の大事さ、保護者の立場からは「准保育士」ではなく保育士による保育を望み、保育士が働き続けられる環境の大切さも添えられています。会場からの質疑で「認可神話」や「保育士至上主義」という考え方の是非が問われた際、曽山さんは確かに資格の有無の問題ではないが、質の確保や信頼性のためにも保育士による保育を望み、「保活」に励む保護者の思いについて答えられていました。

質疑応答の時間には3人の参加者から質問が寄せられました。分科会のまとめとして、最後に座長の私から一言述べさせていただきました。昨年、同じテーマの分科会に参加したことにより、支援する対象として子ども自身と子育てする保護者らは別なものであり、「子ども・子育て」と並べて表記することの意味合いを知った話を紹介しました。来年4月の本格実施を間近にしながら新制度に対する認知度の低さがあり、このような催しを連合が取り組む意義などを申し添えました。

講師の皆さんのお話、質疑応答の詳細などを書き進めれば、まだまだ長い記事になります。そもそも精密なメモや録音をもとに書き起こしている内容ではないため、私なりの言葉や解釈で綴らさせていただいています。明らかな誤認はないものと思っていますが、重要な提起や内容を書き漏らしている点などがありましたらご容赦くださるようよろしくお願いします。討論集会当日は本当に貴重なお話を伺えました。改めて講師の皆さん、関係者の皆さん、ありがとうございました。

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2014年10月 4日 (土)

年功賃金の問題

連合地区協議会では議長代行という役職を担っています。その連合地区協に絡んだ取り組みが続いています。先週日曜には推薦議員との懇談会があり、このブログによく登場いただいている長島昭久衆院議員と意見交換できる機会に恵まれました。好天の土曜には毎年恒例のクリーンキャンペーンが催され、4コースに分かれながら街の美化に努めました。

今週火曜には連合三多摩ブロック地域協議会主催の政策・制度討論集会が予定され、政策プロジェクトの一員として分科会「子ども・子育て支援新制度について」の座長を務めることになっています。座長として予備知識を整理するためにも、開催前に子ども・子育て支援新制度について当ブログで取り上げてみることも考えていました。

また、たいへん意義深かった長島衆院議員との懇談内容も機会を見て報告させていただくつもりです。時事の話題で言えば、土井たか子元衆院議長がお亡くなりになった際、NHK経営委員会の百田尚樹委員が「まさしく売国奴だった」と発言したツイートの問題についても前回前々回記事の流れから関心を寄せていました。そのような中で新規記事の題材に選んだテーマは年功賃金の問題でした。

ちなみに週1回のみ更新しているブログですので、記事本文に取り上げるテーマは限られてきます。個人的な関心の度合いや日常活動における課題の重要性などから判断していることも確かですが、取り上げないから軽視しているという訳ではないことも一言添えなければなりません。今回、下記の報道に接したため、いろいろ頭に浮かんだ題材の中から年功賃金の問題を新規記事のテーマに選んでみました。

政府は29日、経済界、労働界の代表と賃上げや労働環境などについて協議する「政労使会議」を首相官邸で開いた。安倍晋三首相は「子育て世代の処遇を改善するためにも、年功序列の賃金体系を見直し、労働生産性に見合った賃金体系に移行することが大切だ」と述べ、年功序列による賃金体系の見直しを検討するよう求めた。首相は、「賃上げは過去15年で最高水準で、その動きは力強く広がった。労働生産性の向上を図り、企業収益を拡大させ、それを賃金上昇や雇用拡大につなげていくことが重要だ」と強調。年功序列から、労働生産性を重視した賃金体系への見直しに言及した。

一方、連合の古賀伸明会長は会議で「デフレ脱却には個人消費の喚起が不可欠だ。中小企業や非正規労働者の底上げがカギで、物価上昇に国民所得が追いついていない」と語り、賃上げを優先させるべきだと主張。首相が言及した賃金体系の見直しについては、会合後、記者団に「今の賃金体系は賃金や処遇に関し、労使で議論して決めたものだ。年功序列だけを見て、解消すべきだと言うのはちょっと乱暴だ」と反論した。

経団連の榊原定征会長は会議で「足元の経済には変調の兆しがあり、注意が必要だ。当面の課題は企業収益の拡大を図り、来春の期末手当を含め賃上げができる環境づくりをすることだ」と指摘。賃上げの環境を整える必要性を強調した。政労使会議が開かれるのは昨年12月以来。会議では、賃金や労働環境のあり方などに関する合意文書を12月にまとめる方針を確認した。【毎日新聞2014年9月29日

まず年功賃金の体系問題について、政府が踏み込んだ発言を行なうことは労使自治の原則を侵すものだと言えます。古賀会長の「労使で議論して決めたものだ。年功序列だけを見て、解消すべきだと言うのはちょっと乱暴だ」という反論のとおりです。さらに今回の問題に限りませんが、「経済成長のために」という発想で労働法制の是非を語りがちな姿勢にも疑問を抱いています。

このあたりは連合の『日本再興戦略等に対する連合の見解~誰のための「日本再興」なのか~』の中でも、「いわゆる経済的規制と同列に置き、その岩盤を政治力というドリルで破壊することが、経済の新陳代謝を進めることにつながるという考え方は、言語道断である」と批判しています。そもそも年功賃金が日本型雇用制度の柱として、高度経済成長を支えてきた側面があったことも留意しなければなりません。

以前の記事「定期昇給の話」の中で、八代尚宏教授の著書「雇用改革の時代」を紹介しながら日本的雇用慣行の柱である定期昇給などについて「企業が労働者の長期雇用を保障するのは温情ではなく、企業の教育訓練投資の成果である熟練労働者を重視したものであり、年功賃金と退職金制度は熟練労働者を企業に縛りつける仕組みである」ことを説明していました。

労働組合の立場からは、生活給という位置付けで定期昇給をとらえ、子どもの教育費など人生の支出が増える時期に比例して賃金が上がる年功給を合理的なものだと考えていました。スキルアップと生活の変化に対応しながら、働く側にとっては安心して将来の生活設計を描け、経営側にとっては帰属意識の高い人材の安定的な確保や企業内教育を通じた労働生産性の向上がはかれ、双方のメリットがこのような仕組みを支えてきました。

しかしながら1990年代以降、年功序列的な賃金体系を見直す動きが相次ぎ、定期昇給自体を廃止する大手企業も増えてきました。企業が熾烈な国際的な競争に勝ち抜くため、人件費抑制の一環として年功給が見直され始めたと言えます。さらに成果主義の広がりとともに日本型の雇用慣行を大きく改める企業も急増していました。加えて、年功賃金の枠組みから外れた非正規雇用の広がりも顕著となっています。

このように年功賃金の体系が薄まりつつある中、ダメ押し的に政府が全否定するような発言はいかがなものかと思っています。いずれにしても年功賃金の是非は多面的な情報をもとに判断していくべきものであり、労働条件の問題に直結するため、政府や経営者の目線だけで語るべきものでもなく、見直しが必要であれば労使交渉を通して判断していくべきものだと考えています。

最後に、多面的な情報を補強するためにも「なるほど、そのような見方もあるのか」と感じたサイトの内容を紹介させていただきます。以前『新しい労働社会ー雇用システムの再構築へ』を読み、その著者である濱口桂一郎さんのブログ「EU労働法政策雑記帳」をブックマークし、いつも興味深く拝見しています。やはり前述した政労使会議の動きを受け、直後に投稿した記事で「ジョブなき年功制の廃止とは?」というタイトルです。特に注目した箇所をそのまま紹介し、今回の記事の結びに代えさせていただきます。

日本型雇用システムでは、雇用契約で職務が決まっていないのですから、職務に基づいて賃金を決めることは困難です。もちろん、たまたまその時に従事している職務に応じた賃金を支払うというやり方はあり得ます。しかし、そうすると、労働者は賃金の高い職務につきたがり、賃金の低い職務にはつきたがらなくなるでしょう。また、賃金の高い職務から賃金の低い職務に異動させようとしても、労働者は嫌がるでしょう。これでは、企業にとって必要な人事配置や人事異動ができなくなってしまいます。その結果、職務を異動させることで雇用を維持するという長期雇用制度も難しくなってしまいます。

そのため、日本型雇用システムでは、賃金は職務とは切り離して決めることになります。その際もっとも多く用いられる指標が勤続年数や年齢です。これを年功賃金制度といいます。これと密接に関連しますが、企業組織における地位に着目して、それが主として勤続年数に基づいて決定される仕組みを年功序列制度ということもあります。もっとも、現実の日本の賃金制度は、年功をベースとしながらも、人事査定によってある程度の差がつく仕組みです。そして、職務に基づく賃金制度に比べて、より広範な労働者にこの人事査定が適用されている点が大きな特徴でもあります。

企業側がどんな仕事でもやれと命令する強大な人事権を持っていることを大前提にすると、その下で職務給を採用するということは、企業にいくらでも好きなように賃金を左右する権限を与えることになります。戦後、経営側があれだけ職務給にすべきだと論陣を張っていた時期もあったのに、それが結局尻すぼみになり、どこかへ消えていってしまったのは、無限定な配置転換の権限を失うことだけは絶対にできないという強い反発があったからでしょう。逆に言えば、年功制というセーフティネットがあったからこそ、労働者側もどんな配置転換も素直に受け入れてきたわけです。

では今はどうなのか?企業側は本気で、年功賃金制の前提であった「空白の石版」型雇用契約の自由度を捨てる覚悟があるのでしょうか。欧米流に、一度契約で決めたら、合意がない限り中身を変えられないという「硬直的」な仕組みを受け入れる覚悟はあるのでしょうか。今年初め以来の労働時間規制をめぐるドタバタ劇を見るにつけても、どうもその覚悟を決めたようには全然見えません。しかし、雇用契約は「空白の石版」のままで、そのコロラリーに過ぎない年功賃金制だけ見直そうなんて都合の良いことがどこまで通用するのか、もう一遍じっくりと考えた方がよいように思います。

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