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2014年8月23日 (土)

二極化する報道

高校時代、アルバイトで読売新聞の朝刊を配達していました。そのような絡みもあり、ずっと自宅で契約している新聞は読売です。このことを以前にもブログで触れたことがありましたが、「意外でした」という感想がコメント欄に寄せられていました。いわゆる左か右かの見方からすれば、左だと見られている私が読売新聞を選んでいることについての驚きの声でした。ちなみに組合事務所に届く新聞は、読売、朝日、毎日の3紙です。

そのため、最低3紙に関しては実際の紙面を読み比べることができます。最近の記事「自殺未遂報道から思うこと」の中で「集団的自衛権を巡る新聞各社の報道姿勢には極端な差異があります。ここまで極端に支持する立場か、反対する立場か、旗色を鮮明にした事例はそれほど多くないような気がしています。安倍政権の閣議決定を支持している代表格が読売と産経、反対しているのが朝日、毎日、東京新聞という構図となっています」と記していました。

特に最近、このような思いを強めていたところ『安倍官邸と新聞 「二極化する報道」の危機』という書籍を見かけ、さっそく購入して読み終えていました。著者の徳山喜雄さんは朝日新聞社記事審査室幹事という所属であるため、読まれる前に立ち位置や内容を想像される方が多くなりがちなのかも知れません。それでも下記の宣伝文句のとおり新聞各社の論調の違いなどを具体的に紹介しながら、そのような二項対立的な構図の是非を問うことが著書の主な内容となっています。

憲法改正、集団的自衛権、秘密保護法、靖国参拝、アベノミクス、対中・対米外交……。新聞は、それらをどのように報じた(報じなかった)のか。主要紙は「読売・産経・日経」vs「朝日・毎日・東京」という構図で分断され、相反する主張や論調が日々飛び交うなかで、私たちは何を信じればいいのか?本書では、各紙の報道の”背景”を読みとり、立体的に情報を収集するコツを、実際の記事に即して具体的に解説。また、安倍官邸の巧妙なメディア操作の手法についても分析を加える。この一冊で「新聞の読み方」が変わる!

前回記事「69回目の終戦記念日」も多面的な情報を提供する一つの場として、接しているメディアによって不足しがちな側面を少しでも補えれば幸いだと考えていました。個々人が積み重ねてきた知識や経験から基本的な考え方が培われ、その違いによって物事の見方や評価が大きく分かれがちとなります。加えて、様々な出来事に対する情報が断片的なまま、もしくは必ずしも正確に理解されないまま評価や批判が加えられる場合も少なくありません。

数多くのサイトをインターネット上で閲覧していますが、自分自身が正しいと信じている考え方や価値基準から遠く離れた異質な意見に対し、あきれ果てた気持ちや嫌悪感を前面に出し、他者を見下したり、揶揄した言葉をぶつけている場面をよく見かけます。この傾向は、いわゆる左か右かの立場に限らず、上から目線で「変態サヨクは…」「ネトウヨは…」というレッテルをはった論調になっています。私自身、信じている「答え」が必ずしも絶対的な「正解」とは限らない、このような謙虚さを極力持つように心がけています。

念のため、信じている「答え」の正しさについて、いつも疑心暗鬼を抱いている訳ではありません。異質な考え方や批判意見に接した際、頭から否定せず、その言い分や理屈を吟味し、自分自身の「答え」と照らし合わせるように努めていくという姿勢の問題でした。そのため、ネット上のサイトや書籍を通して多種多様な主張や情報に触れていくことを常に意識しています。そのような意味合いからも、このブログのコメント欄はたいへん貴重な場だと思っています。

いずれにしても偏った情報だけで物事の是非を判断していくことは非常に問題だと考えています。今回、紹介した著書の中でも、そのような論点が提起されています。まず同じデータを使い、同じような分析をしているのにもかかわらず、新聞社によって評価や見解が分かれていくことを次のように説明しています。新聞の論調とは、ファクト(事実)にそれぞれの立ち位置(社論)による解釈が加えられ、独自のコンテクスト(文脈)が形成されてつくられていくと記されています。

安全保障、原子力・エネルギー政策など国政の重要な問題や報道の自由の問題をめぐり、「朝日、毎日、東京新聞」と「読売、産経、日経新聞」の報道ぶりが、あたかも何者かに仕分けられたかのように、くっきり割れることである。さまざまな意見や考え方があることはいいのだが、言論界が「55年体制」のような構図をかたちづくり、単純な二項対立的な論戦をするようなことは避けなければならない。そうなると表面的には議論を戦わせているようにみえても、その実はお互いが自らの意見をいいっぱなしで終えるという不毛な状態にならないだろうか。

上記は著書の中の一節ですが、著者が最も訴えたかった問題意識だと受けとめています。多様な意見を自由に示せる社会は健全なことですが、報道機関が意見を言いっ放しにしていることを憂慮されているようでした。複数の新聞に目を通せる方のほうが圧倒的に少数であるため、新聞各社の立ち位置は否定しないまでも常に賛否両面、多様な見方があることも添えていくべきではないか、そのよう問題提起を主題にした書籍だったものと理解しています。

さらに戦争中の大本営発表のような情報だけでは、国民が正しい判断を下せません。二項対立以前の新聞が求められる原点として、公権力側に立つのではなく、市民目線での取材や報道姿勢の大切さも強調されていました。メディアが権力側にコントロールされるような事態や、おもねって自主規制するようでは問題です。より正しい判断や評価を行なうためにはメディア側に対し、情報は包み隠さず、正確に伝えていく姿勢が求められています。その意味で毎朝毎夕、くまなく紙面に目を通しているつもりの読売新聞の伝え方については少し疑問を持っています。

広島市での土砂災害の際、「ゴルフ切り上げ災害対応」という見出しを掲げ、安倍首相の判断を評価する論調でした。民主党の海江田代表の「深刻な事態と分かっていたはずなのになぜゴルフを強行したのか」というコメントを記事の最後に添えていましたが、「えひめ丸」衝突事故を教訓化したという説明もあり、あくまでも批判を受けないような心遣いが感じられる報道ぶりでした。また、この件で帰京しながら、すぐ別荘に戻って休暇を続けようとした話も特に問題視した記事は目にしていません。

もう一つ、他紙では報道され、読売には載らなかった事例を紹介します。フィギュアスケートの高橋大輔選手に日本スケート連盟会長の橋本聖子参院議員が「キスを強要」したという話です。都議会でのセクハラやじよりも、セクハラ、パワハラの問題として大きく取り上げるべき事例だと考えていますが、読売の紙面では目にすることができていません。高橋選手から「セクハラやパワハラを受けたという認識はありません」という釈明が加えられていますが、それこそ二人の力関係から「ああ言うしかない」という見られ方にも繋がっています。

もちろん紹介した二つの事例、それぞれ政治家の資質を評価する上で影響を受けるような話ではないと考える方も多いものと思います。しかし、そのように評価するかどうかは情報に触れた後の選択肢となります。読売にとって今回の事例に深い意図はないのかも知れませんが、万が一、情報が意図的に操作されたり、隠蔽された場合、政治家の資質や権力側の判断に対し、国民が正しい評価を下しにくくなるはずです。このような問題意識について、二極化した報道の中で私自身も少なからず憂慮しているところです。

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コメント

私も今、読売を読んでいるわけですが。
収入の少なさゆえ、複数紙をとりたいのはやまやまなのですが、消去法で読売にしています。
官庁にいたころは、それこそ新聞雑誌読み放題で、自分で女性向けファッション誌を買って読んでいたほどです。
日経は観測記事が多すぎ、産経は天皇ご一家の記事が目立つのでアレなのですが、読売は最近、おとなしくなりすぎじゃないのかなと思うことがあります。御用新聞じゃないんだからと思うこともしばしばです。
下世話なことも書く大衆紙のイメージがあったのですが、なんだか元気じゃないですね。朝日たたきだけは励んでいる様子。読売さん。
毎日はぱっとしないし、東京はそもそも北関東じゃ売ってないし取材力ないしではね。
朝日さんは、みなさんのご感想におまかせします。政府よりの時代もあったのは縮刷なんかで知ってますけどね。
何が本当で、何がうそか、よくわからない時代ですね。ネットの短文投稿が新聞に取り上げられるようになりましたからね。
昔だと、職場の雑談レベルのことが、ネットにでてしまって、やれ頭を下げろだの、取り消せだの。まるで言葉狩りです。
新聞の発行部数が減っているそうですが、紙面編集をするという新聞の特性は失われないでしょう。
必要な情報を必要なだけというのは、限られた紙資源の中なので、仕方がないです。
新聞社がなにを拾ってくるかが問題で、こういう情報過多な時代ですから、難しいですよね。
大新聞は編集がしっかりしているので、全体のトーンもある程度揃っていて読みやすいです。ネットは雑多過ぎるので、まず、新聞に目を通してからネットの情報を読むようにしてますが、今時、ネットを補助にしている人も少数派なのかもしれませんね。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年8月24日 (日) 07時05分

でりしゃすぱんださん、おはようございます。さっそくコメントありがとうございました。

私も新聞情報を「主」とし、ネット情報を「従」に位置付けています。インターネット利用が高まってからも読書量は落ちていませんので、やはり紙媒体への慣れや安心感が大きいのだろうと思っています。その上で本当に多種多様な情報があふれる中、ご指摘のとおり取捨選択が難しい時代ですね。

投稿: OTSU | 2014年8月24日 (日) 07時22分

どっちがどっちとはいいませんが、論理や理屈が通じる相手であれば話し合いに意味はあります。そうでない人との話し合いなど意味はない、ただそれだけでしょう。
何を言ってもハンタイ、の人、陰謀論の人、精神的アレルギーを抱えている人には、対話の姿勢や、相手に対する尊重の念がないのが問題なのだと思います。

どういう価値観に身を置くかによって意見が分かれるし、それは最終的に価値観の違いで終わることもあると思いますが、お互いへの尊重があるのか、
対話をしようという姿勢があるのか、誠実さがあるのかで全くその後が変わりませんか。

ということは、二極化や多極化が問題なのではなく、その過程に問題があるにすぎないのです。
いろいろ批判もあると思いますが、基本的にはここで落ち着いた雰囲気になるのは皆さんにそういう姿勢があるからだと思います。

慰安婦問題のように、勝てば正義というのは一面において真実でもありますが、主張が先にあり、根拠は後から作り出す、あるいは不都合な真実には目を向けない、
というのは一般人でも遠ざけたい相手です。当然ながらマスコミの姿勢としては極めて問題ではないかと思います。

朝日新聞社にまともな人がいない、とは思いませんが、結果として出てくるものを見ていれば、そこで信用をなくすのは当然だと思いますし、信頼回復をしたいのであれば、
これから大きな努力を払っていかなければいけないのです。信用が失われるのは簡単だけれど、それを回復するのはとてつもなく時間がかかるものなのですから、
少なくとも今後はその努力の片鱗だけでも見せていって欲しいと思います。

投稿: とーる2号 | 2014年8月24日 (日) 08時58分

私は朝日を取ってます。
読売は・・・・・巨人に対して大のアンチなもので(笑)

なので、ネットは読売を中心に読むようにしています。
少なくとも、社説だけは読売、毎日も目を通します。

今、完全に読売と朝日は対極にあるなぁと感じます。
集団自衛権や原発など、モロに正反対の主張ですよね。

で、その正反対もいいのですが、もう少し主張することの説明が欲しいと思います。
要は、自分の主張を述べるだけで、反対する明確な根拠が薄く感じるんです。

読売は国富の流出を防ぐために、原発を再稼働させるべきと言う。
では、貿易収支は赤字でも、貿易外収支は巨額の黒字なのを全く報じない。

この20年で国内の工場が海外に移転してしまった。
イコール、輸出はそれだけ減っているのだから、貿易黒字は縮小の方向性になります。
で、海外の工場で生産した物を売って企業は大きな利益を上げる。
その利益が、貿易外収支として日本に富をもたらしています。

実は、発電の燃料費で貿易赤字になっているのではなく、すでに日本はそういう構造になってしまっている。
ものつくり、輸出といった時代はとうに終わっているそうです。

そういう話を読売は全く報じない。
ただ「貿易赤字だから、国富が流出する。だから原発の再稼働が必要である」
これって、誘導だよなぁ~と感じるのです。

じゃあ、朝日がまともか?といえばそうではないのはご存じの通りですよね。
朝日の記事も誘導だらけだし、そういった内容はここでもよく出てくるので割愛しますが・・・・・

どちらにしても、もう少し多方面から見た公平な記事を元に、読者に「本当にどうするのか、ちゃんと考えさせる」新聞というのを、読んでみたいものです。

投稿: 下っ端 | 2014年8月24日 (日) 19時51分

とーる2号さん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

いつも記事本文を通し、自分なりの問題意識や様々な情報を提供させていただいています。その内容に対し、共感や反発、いろいろな受けとめ方があるのだろうと思っています。それでも最近の記事「多面的な情報の一つとして」に記したとおりの思いのもと今後も週に1回の更新を重ねていくつもりです。ぜひ、お時間等が許される際、これからも貴重なご意見のコメントをお寄せいただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2014年8月24日 (日) 21時53分

公平中立の新聞がもしあったとして、読者になってくれる人がいるのかなあというのが感想です。
政府でさえ、結構曲がったところはあるので、政府の広報誌もないことはないですが、飛ぶように配布されているとは思っていないです。
価値観や統計の取り方ひとつでも、多様性やバイアスのかかったものになっているのは、なにも最近始まったことではないですが、コンセンサスが得にくい時代になったなあとは思います。
それと、ちょっと直情的な軟派な論調もメディアでは、一時期よりも目立ってきているのかなあとも思います。メディアといっても、ネットを含みますけどね。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年8月25日 (月) 08時42分

読売新聞が慰安婦の件で朝日新聞を攻撃し始めましたね。
朝日新聞が週刊誌の広告掲載拒否したことも、個別逐一、報道してます。
読売は目立った社会問題があると、プロジェクトチームを作ってキャンペーンを展開するのが得意で、無茶な取材も敢行することがあり、経営戦略を混ぜたことを容赦なくやるので、この傾向は好きではありません。
朝日の擁護は、特にしないわけですが、国内で叩き合いしている場合なのかと思います。

長くなるので、下記URLをどうぞ。私が書いたものです。

http://blog.yawapan.info/?p=666

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年8月29日 (金) 02時12分

でりしゃすぱんださん、以前の記事への投稿も含め、コメントありがとうございました。

でりしゃすぱんださんのブログ記事「読売の朝日たたき。従軍慰安婦に思うこと」は読ませていただきました。今回の問題で私自身もいろいろ思うことがあります。今週の新規記事では取り上げられそうにありませんが、機会を見て取り上げてみるつもりです。これからもご注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2014年8月30日 (土) 20時46分

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