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2014年7月19日 (土)

組合活動への疑問や批判

コメント欄から距離を置くようになり、詳しい説明が必要な問いかけに対しては記事本文を通してお答えするように努めています。きめ細かく対応できている訳ではなく、たいへん恐縮ですが、これまで寄せられた一つのコメントを題材にした記事本文の投稿も少なくありませんでした。ようやく今回、一緒にされて迷惑さんから以前の記事「自治労と当ブログについて」のコメント欄に寄せられた問いかけにお答えする形で新規記事を書き進めさせていただきます。

一緒にされて迷惑さんが抱いているような組合員意識の多様化を踏まえながら、このブログを長く続けています。そのため、一緒にされて迷惑さんから寄せられたコメントを通し、自治労に所属する職員組合の活動への疑問や批判にお答えしていくことは、多くの皆さんにも理解を求めていくべき論点だと考えています。ちなみに直近のコメント投稿であれば、右サイドバーの名前をクリックすることで当該のページへ一気に飛ぶことができます。その機能も使えないため、原文(青字)をそのまま紹介しながら私の考え方や説明を順次加えていきます。

東京のある地方公務員で、組合員です。民間3年からのジョブチェンジを経て現在、花の20代です。特定の宗教、思想に囚われることなくアーバン生活を満喫しています(笑) 唯一残念なことが、職労が特定の思想を押し付けてくることです。ノーマルな同期や先輩方(職員の大多数)は、マジであなた方に辟易していますよ。お忘れなく!あなたたち職労の活動が、職場におけるストレスの上位にランクインしている事実、これは職労に意見せねば!労働条件を改善してもらわねば!と思い、意見します。

うちの職労も自治労よろしく、日々脱原発だの憲法9条改正反対だので、闘争(自称)しています。はっきり申し上げましょう、自治労しかり、左傾化していますね。自治労新聞も職場で配布されていますが、しんぶん赤旗と話題、主張は何ら変わりがなく(まあ、共産党員の集いですし)、見事なまでの協調路線ですね。これで共産党員とは違うといって納得する人は、職労の執行委員くらいでしょう(笑)

後述された内容から一緒にされて迷惑さんが区職労の組合員であることが分かりました。確かに自治労は脱原発や集団的自衛権の問題での活動にも力を注いでいます。そのあたりは当ブログの記事を通して数多く取り上げています。いわゆる右か、左かで言えば、左に位置することも間違いありません。ただ「左傾化」イコール批判の対象という図式は控えるべき見方であり、個々人の価値観が多様化する中で、どのように組織が対応するかどうかの問題だと思っています。

なお、『しんぶん赤旗』と話題や主張が同じかどうかと問われれば少し疑問が残ります。共産党員の集いという見方は、もっと疑問が大きくなります。ちなみに自治労は連合系で支持協力関係が緊密な政党は民主党です。もしくは社民党という関係となっています。区職労の中には自治労連に加盟している組合があり、自治労連は共産党との支持協力関係が強い全労連に所属しています。自治労と自治労連、どちらにも加盟しない中立の区職労もあり、中には自治労に加盟しながら執行部内での路線対立が激しい組合があることも耳にしています。

「だから何だ」という突っ込みが入りそうですが、一口に「職労に意見せねば」と言われても自治労に所属する組合だけでも一つ一つ色合いや活動ぶりが違うことを理解いただければと考えています。もちろん改めて足元を見直すための貴重な提言は今後の私どもの組合活動の中で活かしていくつもりです。さらに一緒にされて迷惑さんや周囲の皆さんがストレスを感じられていることは事実でしょうから、組合の役員を務めている者として「どうすべきなのか」自問自答する機会に繋げていかなければなりません。

まず、あなたに言いたいことは、全体の奉仕者とは、何ぞやということです。特定の思想に偏った人間が社会奉仕をするとどうなりますか?その方向への誘導活動になるのが自明では?実際、今の職労は有無を言わせず「平和活動」という名のもと、脱原発、9条改正反対への職場署名、街頭署名と勤しんでいます。脱原発反対の者、9条改正賛成の者が職場、ひいては役所の中にもいるのにもかかわらず、一概に「平和活動」を展開しています。逆の立場の意見など、聞いても聞いていません(笑)

余談ですが、先日、労働環境改善のための職場陳情会が催されまして、「本来の労働組合の目的(雇用主との労働条件向上の交渉等)」を外れた「平和活動」は特定の政治団体の思想(共産党)と同様で、そのプロパガンダの以外何物でもないので、純粋に本来の目的に専念すべきと意見したところ、自治労の活動目的に反しないので何ら問題がない、との回答を得ました。まあ、役人らしい回答だこと。私の指摘に何も答えていないってのがミソね(笑)

話を元に戻します。全体の奉仕者に求められる資質としては、個人の信条、思想等を業務上では出さず、右傾化、左傾化を排した「中立の立場」をとれることです。それがプロというものでしょう。(公務員のプロといえばおかしな響きですが)うちの部の上層部は軒並み公明党の支持母体となる方々ですが、誰一人として、その思想を口にはしません。仕事中はもちろん、仕事の後の飲み会でも一切個人的な思想を主張したり、押しつけたりすることはありません。そして、べろんべろんに酔っぱらった時におっしゃられたことですが、政治と宗教、そして思想の話題は、職務関係者の間では絶対にしてはいけない、してしまえば業務上、人間関係が原因でこじれが生じ、後にフラットになることは決してないということです。若輩者として、プロたる者はこうあるべきと感銘を受けたところです。

このブログを開設した頃の記事の中で「国家公務員も地方公務員も、使用者であるトップは基本的に政治家が務めています。クルクル変わる省庁の大臣、4年ごとに選挙がある首長、それぞれのトップの意向を公務員は当然受けとめて職務に従事します。しかし、そのトップが公務員のクビを簡単に切れる権限を持っていたら、トップが変わるたびに公務員は自分の雇用を心配するようになってしまいます。さらに公務員は首長のために仕事をするのではなく、全体の奉仕者として行政の継続性や安定した市民サービスを大事にしなければなりません」と綴っていました。

特定の政治的立場に職員自身は影響を受けず、加えて、どのような政治的な立場の住民の方と接する場合でも公平公正な職務の遂行が求められています。このように「全体の奉仕者」という意味合いを理解しています。その上で「再び、地公法第36条と政治活動」の中でも記していますが、組合役員を担っていたとしても政治的な中立性は個々の職務の中で貫かれているはずです。住民の皆さんと接する中で、政治的な立場をかもし出す職員が存在するような話を耳にしたことはありません。

仮に、このような峻別をわきまえられない職員が存在した場合、即刻免職の対象となってしまうのではないでしょうか。一緒にされて迷惑さんが指摘されている職場署名などは、あくまでも労働組合の活動の中で許された範疇だと判断しています。もちろん職務を通して住民の皆さんに署名協力を求めていた場合は論外な話ですが、そのような場面が横行しているとは到底想像できません。さらに公務員も一定の範囲内において政治活動の自由が保障されている点は法的にも国際的にもスタンダードな姿であることも付け加えさせていただきます。

公明党の支持母体に関わる上層部の方々の話が紹介されていますが、比べる事例としては少し論点がずれていくように思っています。職務上の話で言えば上記のとおりの峻別が職員全体に欠かせず、繰り返しになりますが、組合役員も逸脱していないはずです。その上で組織として決定している活動方針を組合員に周知し、理解を求めていく試みは必要な取り組みだろうと考えています。その試みが押し付けという印象を与えてしまうのかどうかは私どもの組合にも引き付け、手法や丁寧さなどを改めて考えていく機会としています。

一方で、ぜひ、一緒にされて迷惑さんにも考えていただきたい大事な点があります。所属されている区職労への批判は、すべてご自身の「答え」が正しく、区職労や自治労の活動方針はすべて間違っていることを前提にしているという点です。当然、これまでの自治労の活動方針が完璧で、見直すべき問題点は一切ないと言い切るつもりもありません。それぞれの「答え」の正しさを主張し合い、より望ましい「答え」に近付けていくことが本当に大切な試みだろうと考えています。

確かに平和や政治活動よりも労働組合の本務である労働条件の問題に力を注ぐべきという声は私自身も頻繁に耳にしています。それに対し「労使交渉だけでは解決できない問題があるため、多くの組合が自治労や連合に結集し、政治的な活動にも関わっています。このような意義を踏まえ、今後も主客逆転しない範囲で政治的な活動にも対応していくつもりです」とお答えしています。加えて、組合の活動方針一つ一つが組織的な手続きを経て決まっている点を説明する場合もあります。

個々の組合員の意識が多様化している中、その活動方針が組合員全員から支持されているのかどうか、残念ながらそのようになっていないことも感じ取っています。力強い組合活動を展開するためには、組合員全体の支持や理解が欠かせません。全員が賛成しない課題には取り組まないという手法もあり得るのかも知れませんが、通常、組織の活動方針は構成員多数の意思によって決められていきます。言うまでもありませんが、組合の活動方針を支持しない組合員が増えていくことは深刻な問題だと受けとめています。

一緒にされて迷惑さんが所属している区職労の役員の皆さんも、このような点について説明されたのではないでしょうか。ただ一緒にされて迷惑さんにとって納得できない回答であり、このブログのコメント欄にも疑問や批判を加えられたものと理解しています。そもそもオープン・ショップ制であり、活動方針等が気に入らなければ組合を脱退するというカードもあり得ます。しかし、そのような点を一緒にされて迷惑さんは一切示唆せず、いろいろ提案されていました。そのように力の入ったコメントだったため、機会を見て必ず記事本文でお答えしようと考えていました。

さて、以上をふまえ、自治労、そしてその下部団体の現状はいかがなものでしょう。職労の執行委員の方々が口々に語る「我々は共産党員ではない、あくあで平和のために云々」という主張は、私をはじめ、若年層に言わせると、「いやいや、左傾化した共産党員以外のなにものでもないんですが(笑)どうか、私に関わらないでね!」としかいえません。社会においての評価は、第三者がするものです。自己評価など自慰行為に等しく、何の生産性もありません。上記の場合、評価者は組合員となります。

あなたには以上で述べた若輩者の意見が理解できないと思うので、一つ提案があります。若年層にYES/NO形式アンケートを取ってみましょう。若年層の後継者不足でお困りでしょう?ならば、若年層の心のうちを知ることが肝要です。項目があまり長いと若者は今の職労に対し、さらに倦厭、忌避するきらいがあるので、5項目くらいがよろしいのではないかと。以下、ご参考までに。

1 職労は本来の労働条件の向上のみに専念すべきである。
2 現在の職労の活動目的は特定の思想に偏って中立とは言えないと思う。
3 メーデーの街頭行進や「平和活動」への執着・主張は異常だと思う。
3 組合活動には関わりたくない。
4 組合には半ば強制的に入らされたうえ、組合費が高い
5 活動目的決定の際、周知や多数決をとらないのはおかしい。

最後に、今後、職労が評価されるであろうこと(望みは極めて薄い)を書いて寝ます。それは、人事院勧告を当然のごとくはねのけ、さらに、職員の給与アップを実現することです。これは、職員の待遇向上に直結することなので、極めて高い評価を得られること間違いなしです。まあ、無理でしょうが。少し考えればわかることですが、公務員になる者は様々な理由で公務員になっています。

・教授の口利きで簡単になれたから(バブル世代談)
・公務員の仕事に魅力を感じたから(生真面目公務員談)
・身分保障のためと余暇が民間より圧倒的にあるから(私はじめ転職組)→仕事は必要十分にして自分の時間最優先!組合活動なんてあほらしい、薄給だからそんな時間あったら副業で経済投資するわ!
・総合的に見て、自分の時間をしっかりとれそうだから(いわゆるゆとり世代談)

おそらく、区職労が今後勧誘するなかで一番手こずるのは、いわゆるゆとり世代、その下の悟り世代でしょう。名門大学卒の者が多く、当然ながら賢く、中立的なものが多い。純粋であると同時に、異質なものにはとても敏感で、表向きはおとなしいが、ぶれない芯があります。その芯をあなたたち職労の執行委員は見透かすことはできないでしょう。おとなしさ、従順っぽさ、はあくまでポーズなのですよ。職労の目的や活動に対する思いをぶつけるだけではだめなんですよ。

ひいてみて、彼らが今職労に対してどう思っているのかを聞いてみましょう。もちろん、賢いゆとり君たちは、口を割らないでしょう。だって、職労のあなた方を見透かしているのですから。だからこそ、アンケートが有効と思うんですよ。職労の母体である組合員が今、職労に対してどう思っているのか、その意見をくみとり、変わっていかない限り、次の世代なんて育ちもしないですよ(笑)

以上が一緒にされて迷惑さんから寄せられたコメントの全文です。レイアウト上、段落は整理していますが、これまでも誤字等に気付いても手を加えず、そのまま原文を掲げるようにしています。組合活動や組合役員に対する評価は、第三者ではありませんが、組合員が下すという見方はその通りだと思っています。その上で具体的なアンケートの実施まで提案いただきました。ただ「あなたには若輩者の意見が理解できない」と決め付けられてしまいましたが、アンケートの大半の項目でどのような傾向の「答え」が返るのか予想できるつもりです。

一緒にされて迷惑さんと私自身の予想は、きっと大きな開きがないはずです。要するにアンケートを取らなくても、私どもの組合をはじめ、自治労に所属する多くの職労が置かれた現状は非常に厳しいものと見ています。一方で、昨年秋に「若手組合員との懇談会」を開いた際、「組合のことがよく分からない」という言葉が最も印象に残る結果となっていました。そのため、よりいっそう組合の活動や方針の伝え方の工夫に努めることや、フェース・ツー・フェースの場をいかに多く持てるかを課題として認識していました。

気になった点として、上記のアンケート項目に「活動目的決定の際、周知や多数決をとらないのはおかしい」という設問がありますが、通常、そのような組織運営は考えられません。拍手での承認が「多数決をとらない」と見られている可能性もありますが、以前の記事「自治労は討論しない?」に綴ったような認識の齟齬が生じているのかも知れません。「平和の問題に限らず、基本的な方向性や方針に関しては継続性、要するに従前の内容を踏襲するようになっています。一定の規模の組織であれば同様であり、毎回、方針案を白紙の状態から積み上げることはないはずです」という現状認識に対する行き違いを推察しています。

人事院勧告に関しては給与制度の総合的見直しの問題を提起されているものと思います。圧倒多数の公務員の賃金水準が引き下げられる理不尽な地域給強化などに自治労は総力を上げて反対行動に取り組んでいます。8月の勧告を直前に控え、力及ばず人事院に押し切られてしまうのかどうか正念場を迎えています。その時々の情勢や相手方との力関係などによって、組合の要求が通る場合と断念しなければならない時があります。今回、どのような結果に至るのか、残念ながら現時点では見通せません。ただ国家公務員に準じた平均7.8%もの地方公務員の給与削減問題に際し、3割以上の自治体が「削減なし」で乗り切れたのは組合があり、自治労があったからこそです。ぜひ、このような成果を残していることも留意いただければ幸いです。

寄せられたコメント全文を紹介しながら綴ってきましたので、たいへん長い記事となりました。せっかくの提案でしたが、今のところアンケートの実施は考えていません。実は、それよりも一歩踏み込んだ試みを直近の執行委員会で確認しています。参考までに今回の記事の最後に、組合ニュースの最新号に掲載する内容をそのまま紹介させていただきます。匿名の場ではありませんので、どれだけの参加を得られ、どこまで本音の意見を伺えるのかどうか分かりませんが、組合方針の「結論ありき」ではない場として多様な声に触れ合えることを願っています。

「なぜ、組合は集団的自衛権に反対しているの?」「もっと給料を上げて欲しい」等々、組合活動への疑問や意見に答える「フリー懇談会」を9月10日(水)午後6時から303会議室で開きます。テーマはフリー、参加もフリー、ぜひ、お気軽に顔を出してください。ちなみに組合方針を説明するための場ではなく、組合員の皆さんの中に幅広く多様な声や見方があることを受けとめる機会として考えています。食事を用意しますので、参加希望者は事前に組合事務所までご連絡ください。

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コメント

今日は、私の住んでいる市の市民会議があったので参加してきました。
それぞれの、考え方、問題意識の持ち方にかなり差があり、ちょっと、ぶちかましてきましたけど、「あんたクロウトだね?」とばれてしまい(笑)、まぁ、それはそれでよかったのかと。
小一時間ほど、国税の法令解釈について、会議とは別件で尋ねられましたけどね。ま、公務員も人の子だし、血も通っていますよということで、納得してもらいました。OBがいう話ではないんですけどね。

労組のお話ですね。公務員組合は基本的にオープンドなわけなので、加入している組合が嫌ならば、別の組合を選んだり単組にはいったりしてもいいんですよね。無理に付き合わなくてもいい。
ただね、組合にお金を出すことについて、無意味だとは思ってほしくないところがあります。
組合上層部は労働環境を改善し、賃金や現業だと36だの24だのの交渉をします。
組合活動時間は、ビラまきの時間でさえ「無給」が原則なので、活動をしている人たちに、賃金保障しなくてはなりません。

ところが、今の若年層では、これが、組合上層部への「特権」に見えるらしい。それと、組合構成員の意識の多様化をまとめ切れていない、労組の現状があります。

もっとも、私個人の思いからいえば、給与体系では、地方公共団体がラスパイレス指数にこだわる必要はあまりないんじゃないのかなとも思うんです。必要な優秀な人材はどんどん確保していくべきだし、人材にはカネかけなくちゃ、いい人材は採れないんでね。
とんでもない職員がいることも確かなんで、考課システムの中で吸収していく問題なのかなと。

私なんかは、所属する組合からの、政党への投票行動への組合員への干渉は、脇に置いておいて、執行委員に分煙室の利用徹底を団交に絡めてほしいとか、いろいろチエをつけては、組合を利用してました。それで職場環境が変わることがおうおうにしてあります。
場合によっては、庶務通すより、それの方が早いんですね。

たぶん、今は、それでいいと思うんです。行進にかり出されることは、本省職員だったのでありませんでしたけど。どっちかっていうと、職場にビラ持って入ると、それだけで「アウト!」になるような職場でしたからね。

労組は自分のいいように使うことです、クレバーで現実的なのは。個々人に必要なことは、ちがうことはちがうというという、自分の信念を曲げないことだと思うし、それは、組合上層部においても、昔みたいに教育だ情宣だという時代ではなくなっていると思うからです(今もそういうところはあるとは思いますけどね。)。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月19日 (土) 21時00分

でりしゃすぱんださん、さっそくコメントありがとうございます。市民会議、お疲れ様でした。

ご指摘のとおり組合員一人ひとり、それぞれ組合の機能を気軽に利用して欲しいものと思っています。そもそも組合は組合員一人ひとりのものであり、意識の多様化の結果、多数の組合員が既存の活動方針に異論を唱えるようであれば改めていかなければならない民主的な組織だと考えています。このような問題意識をいつも抱えながら日常の活動に臨み、いろいろな思いをブログでも発信しているつもりです。でりしゃすぱんださんのように国家公務員の組合や管理職の経験がある方からのコメントはたいへん貴重ですので、ぜひ、これからもお時間や体調にも留意されながら当ブログをご注目いただければ幸いです。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2014年7月19日 (土) 21時18分

OTSUさん。
ぜひ、組合員には組合事務室を利用してほしいと思いますね。これは、意見の差こそあれ、組合上層部においては事務室利用はウェルカムなわけですから。いろんな違った意見を聞くということは、私は悪くないと思います。
私は、組合に助けられたこともあるし、組合に捨てられた過去もあります。しかし、組合の必要性は感じているし、組合のない職場では職員代表なのでしょうが、親睦会くらいには顔を出してほしいなぁと思います。
意見を出してくれという正式な機会があるのに、出さないで、ぐじゅぐじゅ文句言っているのは、私は好きではありません。どんどん利用することがよいことです。ましてお金を出しているならなおさらなんです。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月19日 (土) 21時31分

でりしゃすぱんださん、コメントありがとうございます。

ご指摘のとおり組合事務室に多くの組合員の皆さんが気軽に立ち寄れることも大切です。いずれにしても普段から多くの方と懇談や雑談できることが必要であり、今後、いろいろ試行錯誤していくつもりです。

投稿: OTSU | 2014年7月20日 (日) 07時12分

なつかしい本文の引用ですね。その翌週の記事のコメント欄に初投稿したのが
私の始まりですね。たしか沖縄での基地反対運動の記事だったと思います。

引用されてる本文でのコメント欄のやりとりを見ていて、今も当時も何ら
かわりませんね。OTSU氏の返答もかわりません。
①組合の必要性は当然のもの

ここは意見が一致します。

②組合の運動は労働環境や待遇改善以外行うべきではない。

ここが一致しません。

私は無記名のアンケートをして、本音を知ることも大事だと思いますよ
それがどれほど予想できたとしても。虐め問題で職員室に来て下さいと
言っても意見はあつまらない。だから無記名のアンケートをするわけです。

主客逆転しない範囲でといつも言われていますが、内側にいる人から
逆転してるとの声が多いのではないでしょうか。ならば執行部の認識を
伝え広めるより、内側の声を吸収して変化していくことが大事なんだろうと
思うのですがね。あくまでも外から見た感じにすぎませんが。

投稿: nagi | 2014年7月20日 (日) 11時55分

nagiさん、コメントありがとうございました。

私自身も匿名でのアンケートの貴重さを否定していません。ただ私どもの組合では日常的に匿名での声を組合員から受け取れる門戸を開いています。組合事務所あてのメールや投書を歓迎し、その案内を行なっています。もちろんメールだった場合、IPアドレス等から投稿者を探し当てるような考えはありません。また、年に1回行なう職場アンケートでは匿名に近い立場から率直な意見が寄せられています。付け加えれば、このブログのコメント投稿でも匿名の声として伺える機会となっています。

もちろん世論調査的な意味合いで、具体的な項目ごとの傾向を把握することも前述したとおり大事だろうと思います。また、決して執行部にとって不都合な結果が予想されるからアンケートの実施に消極的な訳ではありません。いずれにしても今回の記事本文で記したとおりアンケートの実施よりも一歩踏み込んだ「フリー懇談会」を企画してみました。確かに匿名の場ではありませんので、どれだけの参加を得られ、どこまで本音の意見を伺えるのかどうか分かりませんが、組合方針の「結論ありき」ではない場として多様な声に触れ合えることを願っています。

投稿: OTSU | 2014年7月20日 (日) 21時30分

地方公共団体のあり方や、地域コミュニティ、ボランティア団体の役割分担、家庭や職場の男女のあり方、田舎と都会の役割など、ここへきて急にせきを切ったように、問題提起されてきていますね。安保もしかりです。
職員労組のあり方も、これからずいぶんと変わっていくのでしょう。
労組自体の構成率は、官民合わせて17%程度と聞いています。これをどう見るかは、コメント欄諸氏の判断に委ねるわけですが、すでに、赤旗もって、シユプレヒコール!ってやっているのが、果たしていいのかということは言えるんじゃないかと思います。
社会の変革が、知らず知らずのうちに進んでいた、さあ、日本はどうするといったところなんですかね。
数年後には、外国移民の国になっているかもしれない。労組はどのように対応するんでしょうかね。
外国人の公民権はどうする。受け入れ体制は?労働環境は?悩みの種でいっぱいです。

投稿: | 2014年7月21日 (月) 21時26分

上記コメントは、でりしゃすぱんだのものです。失礼しました。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月21日 (月) 21時28分

以前と同じことを申し上げます。

>組合役員を担っていたとしても政治的な中立性は個々の職務の中で貫かれているはずです。住民の皆さんと接する中で、政治的な立場をかもし出す職員が存在するような話を耳にしたことはありません。

どなたであれ、憲法で保障された権利を有するのは当然の前提条件です。

ただ、中立性という議論において、例えばスポーツではどうしてるか。
最近のワールドカップなどでも、試合当事国からの審判は選出しません。
かならず第三国から選出されます。地域すら論議の対象になります。
やはり公平公正と中立性を守るためですね。

OTSU氏がいわれれるとおり、職務上に政治性を見せることなどありえないの
でしょうが、一般市民から見ればまた違った視線が存在するのでしょう。
選挙で、市長と異なる陣営を応援していた組合団体に所属する職員がいる
職場と聞くと、もやもや思うものではないでしょうか。
自然と中立性に疑惑を抱くことも無理な話ではないと思います。

まあ、こればかりは線引きが難しいので、どうにもできませんが。

投稿: nagi | 2014年7月22日 (火) 11時21分

自治労組合員の「一緒にされては迷惑さん」のご意見、個人的意見としては必ずありうる内容ですね。あって当然だと思います。

>全体の奉仕者とは、何ぞやということです。

ですが、このお考えには私は同意できません。

理由は単純です。「全体の奉仕者」というのはあくまでも「勤務」上、「職務の遂行」上の課題であって、それ以外において過度に求められているわけではないし、求められてはならないからです。

地方公務員法第30条 「すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。 」同第31条 「職員は、条例の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。」

逆に言えば「勤務」外、「職務の遂行」外において、自治労組合員として「一緒にされては迷惑さん」のいうような「「平和活動」という名のもと、脱原発、9条改正反対への職場署名、街頭署名と勤しんで」いるとして、なんら問題はないし、問題にすること自体がいかがなものか、と私は思います。

そもそも自治労は多くの地方公務員によって構成する組織(民間労組も結集していますから、純粋な公務員労組ではありません)ではありますが、あくまで一定の利害関係に基づいて結集した私的団体に過ぎません。しかも、厳密には「職員団体」(地公法第52条)であって、争議行為も許されておらず(地公法第37条 )一般的な所謂「労働組合」ではありません。「労働組合」という言い方は、我々が名称として使用しているに過ぎません。いずれにせよ、その本質は組織としての私的利益を追求する法人でしょう。ここにおいて「全体の奉仕者」論を持ち出して自治労の反戦平和運動を非難する根拠はないと思います。あくまでも一定の思想信条や目的指向性を有する私的団体の活動として認められるべき範囲だと思います。

それに、個人的には「戦争は悪」だと私は考えていますから、反対に「反戦平和は善」と呼んで良いのかもしれません。少なくとも、正面きって「戦争は正しい」「戦争大賛成」という方は日本人には多くはいらっしゃらないのではないか、と私は経験的に考えています。だとするなら、「正しいこと」、「善」をなすのに何が問題なのでしょうか?正しいことならば、むしろ積極的に行って当然なのではないでしょうか?

これも私見ですが、反戦平和にしても、憲法9条を守れにしても政治的事柄だとは思いますが、憲法に内蔵された論理だとするなら、むしろその本質は飲酒運転をやめよう、とか交通ルールを守ろう、ということと同じレベルのごく当然の主張にすぎないのではないでしょうか?

自治労が私的団体だとするなら、構成員の意見に多様性があるのは当然で、「一緒にされては迷惑さん」には意見表明をする機会も権利も、一応はある筈です。大会などがそういう場です。ただし、だからといって、「一緒にされては迷惑さん」のご意見が自治労全体としての多数派形成が出来るかは不明、ということでしょう。それに「職員団体」に加入するしないも自由です。とはいえ、「一緒にされては迷惑さん」のご意見が多数派となる可能性もあり得ます。私的組織とはそういうものでしょう。

一方、地方公務員の現場実務では、法や条例の執行において実務担当の一公務員が個人的意見を言う権限はありません。だからこそ、公益を体現するという意味での「全体の奉仕者」という観念が問われています。

ともかく、自治労は私的組織に過ぎませんから、組織内での意見の違いは違いとして受け入れた上で、「「本来の労働組合の目的(雇用主との労働条件向上の交渉等)」を外れた「平和活動」は特定の政治団体の思想(共産党)と同様で、そのプロパガンダの以外何物でもないので、純粋に本来の目的に専念すべきと意見」することは、あくまで個人的意見として言うべきだと思います。もっと言えば、意見が通らなくても、そこは我慢ということでしょう。実際、我慢を重ねているのなら、その点では同情しますが、致し方ないとしか言えないです。

「一緒にされては迷惑さん」によると「メーデーの街頭行進や「平和活動」への執着・主張は異常だと思う」ということですが、平和運動をするからケシカラン、というのは論理の飛躍だと思います。私見では、「平和運動ばかりしていて、賃金闘争はどうなっているんだ!」という意見であるなら、まぁ、バランスが取れているように思います。

まとめると①自治労は私的組織なので「全体の奉仕者」ではない②だから政治的主張を含む主義主張があって当然③組織内において当然個人の意見は尊重されるべきですが、だからと言って個人的意見が全て通ることはまずあり得ない。

さて、OTSUさんの単組では「フリー懇談会」をされるのですね。いいことですね。

私のとこは所謂「競合単組」でして、おそらくOTSUさんの単組や「一緒にされては迷惑さん」の単組より、もっと深刻な事態になっていると思います。結果的に私の勤務する自治体では「非組」が多数派ですから。こうなると、共産党との対峙など無意味です。こういう状況だと、実際、若者たちとの対話というより、日々自分自身が何故組合役員を長年(20年以上)続けているのか、自問することのほうが増えました。もっとも、別に深刻に考えているわけではありません。答えは既に自分で出していますから。

投稿: 勤続20年超 | 2014年7月22日 (火) 23時17分

関連法案に賛成も=集団的自衛権「超党派で支持を」-民主・長島氏

【ワシントン時事】民主党の長島昭久元防衛副大臣は22日、米ワシントンで講演し、来年の通常国会に一括提出される見通しの
集団的自衛権行使を認める安全保障法制の関連法案に関し、「安倍晋三首相の決断を超党派で支持すべきだ。法的枠組みをつくるため、
私は必要とあれば与党に協力するつもりだ」と述べ、賛成する考えを示唆した。 
 同問題をめぐり賛否が割れる党内状況を露呈した格好だ。長島氏は前原誠司元外相ら党内保守系議員と集団的自衛権の行使を
限定的に認める「安全保障基本法案」要綱をまとめるなど容認派。講演では「行使容認は長年の懸案だった。
外交政策や国家安全保障の話に関しては、党派性を差し挟む余地は全くない」と強調した。(2014/07/23-08:20)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014072300120

民主党の長島昭久元防衛副大臣は22日、米シンクタンクがワシントンで開いたシンポジウムに出席し、
安倍政権による集団的自衛権行使容認の閣議決定について「党派を超えて是認されるべきだ」と述べ、支持を明言した。
民主党は、6月にまとめた党見解で行使容認をめぐる判断を先送りしている。
容認に前向きな長島氏が持論を展開したことで、賛否両論がある党内の意見を集約する難しさがあらためて浮き彫りになった。
長島氏は4月にもワシントンで行使容認に関し「民主党議員の多くは前向きに受け止めることができる」と発言し、
「言い過ぎがあった」として訂正した経緯がある。
http://jp.reuters.com/article/kyodoPoliticsNews/idJP2014072301000912

さて、OTSU氏の反応が楽しみだ(どうせ、いつもと同じように、ぐだぐた言い訳にすらならない詭弁を並べるだけだろうが)

投稿: 立川市民 | 2014年7月23日 (水) 18時20分

立川市民さん。みなさん。

なんだかんだ言って、集団的自衛権の「限定行使」についてはキマリです。
たぶん、内閣府で市ヶ谷あたりから職員集めて、かんかんがくがくやっているはずです。
秋の国会に出す!なんてことを、安倍首相がのたまっていましたが、いくらなんでも無理だろうと、スケジュール的にタイト過ぎると思っていたのですが、案の定、年を越して通常国会に持ち込むようですね。
党首討論や特別委員会などはこれから順次されると思うんですが、具体案のペーパーが官僚から出ていないので、あんまり、官邸周辺も動けないはずです。
自分のひとことで、方向性が変わるので、法案作業チームの職員が泣きますからね。あまり、立場をきっかり明確にはできない。
プラン変更による訓練費や物資調達費の変更があるので、市ヶ谷は急いで概算要求の準備をするはずです。

私の見通しでは、8月の月遅れ盆は、ふつう議員先生は仕事をしない&兜町周辺も静かなので、官僚がアポとって動ける8月下旬ころから情報が順次リークされていくと思います。
これは、防衛費だけの問題ではなく、女性、こども、地方の分野で顕著に施策のリークがあると思います。
ま、観測気球なんていうものも上げられたりしますが、それは、今、いろいろとあげられていますね。今週はちょっと見てないです。

ま、民主がどう動こうと、市民団体がなにしようと、憲法が「内閣の判断で解釈を変えることができる」という前例ができてしまったので、どうなんでしょうね。
残るは裁判所の判断ですが、過去「高度な政治的判断」として、裁判所の判断を避けてきた歴史がありますからね。何かの変化は期待はできないですね。

労組の話とはかい離しますが、ご勘弁を。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月24日 (木) 20時17分

勤続20年超さん。

>理由は単純です。「全体の奉仕者」というのはあくまでも「勤務」上、「職務の遂行」上の課題であって、それ以外において過度に求められているわけではないし、求められてはならないからです。

確かに、公務員といえども、個人の信条を持つことは許されているわけです。
しかしながら、「世間の見方」は違うものがあります。
それは、法令上は許されていても、コンプライアンス上は許されないということがありますが、なによりも、なぜ、公務員が公務外で飲酒運転や違法行為をして、公務外の時間帯であっても、分限で処分されなければならないのか?とか。
ここのところあたりが、非常に疑問に残るわけです。
完全に、公務外だからといって、自由ではないのが公務員なんです。

法令上に規定がないから、なんでもありということは、現代においては考えられないわけです。
私は、公務員時代に、公務外であっても、国民の規範となるような行動を取らなければならないと、年中耳にしてきました。
倫理上の問題もありますし、その倫理でさえも、法定されるような世の中になってしまった。公務員を見る目は、20年前とは比較にならないほど厳しいものがあります。

組合活動においても、法令の用語定義上は「職員団体」でしょうが、実態上は公務「従事者」のための団体≒労働組合(Labour Union)であることには変わりがありません。
これを、いや違うものだと、「世間様に対して」は言えるものではないと思います。

要は、世間がヤクショを構成する人間≒権力の内側にいる人間≒統治機構を動かしている人間を厳しく見るようになったということなんだと思います。
ま、古い話ですがノーパンしゃぶしゃぶだの、官製談合だの公務外の時間帯にやってること自体が、公務員とは何なのかという問いかけにはなったんだと思いますけどね。
あえて、これ以上は言及しないわけですが。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月25日 (金) 12時52分

でりしゃすぱんださんへ

>確かに、公務員といえども、個人の信条を持つことは許されているわけです。しかしながら、「世間の見方」は違うものがあります。

「世間の見方」。そうですね。私も20年以上公務員をやってますから、でりしゃすぱんださんのおっしゃっていることは理解しているつもりです。私の職場において、よくある注意喚起というか、職員向け「通知」のケースは、年末になると「忘年会」とか「御用納め」時に、飲酒に伴う違法行為や悪事の厳禁です。

>完全に、公務外だからといって、自由ではないのが公務員なんです。法令上に規定がないから、なんでもありということは、現代においては考えられないわけです。

実際、公務員としての実感では、違法行為やモラルにおいては民間以上にキツイという感じはあります。例えば、飲酒運転や痴漢などの性犯罪では公務員であるが故に、氏名・職業が新聞等において晒されるケースを多々見受けます。それに、例えば贈収賄は公務員が当事者であるケースにしか成立しませんし。公務員であるが故のモラル、倫理におけるハードルは高いと言っていいのかもしれません。

ですが、少なくとも今論議していることは「法令上に規定がないから、なんでもありということは、現代においては考えられないわけです」という論点ではありません。私も、「一緒にされて迷惑」さんも、問題にしているのは「全体の奉仕者とは、何ぞや」という観点における、「平和活動」の是非です。

つまり、公務員においては、社会的に問われる責任は民間のそれより重いということは前提とした上で、では自治労の「平和活動」はどう捉えるべきか、という事です。

私は「全体の奉仕者」という観点から、自治労という私的団体の活動の是非を問うことが論理としてズレている、と指摘しました。この考えが、私は間違いとは思えません。


>公務外であっても、国民の規範となるような行動を取らなければならない

という点は、私も上記のとおり認めます。しかし、では、問題となるのは、自治労の「平和活動」が「国民の規範」に反しているか、職務上における「全体の奉仕者」という規範に反しているか、ということでないといけません。

公務員が民間と比較して問われているのは「職務上」の「全体の奉仕者」という規範や、社会的モラルや特有の違法性規範(贈収賄)における重さでしょう。

ですが、では「平和活動」はモラル・倫理に反していますか?違法行為ですか?問題はそういうことだと思います。そして、答えは「否」です。ここにおいては説明も論争の必要もないと思います。


>ノーパンしゃぶしゃぶ


この事柄と、そもそも自治労の「平和活動」は違います。味噌糞を一緒にするべきではありません。

この「ノーパンしゃぶしゃぶ」問題は、私も覚えていますが、公務員に禁じられている「贈収賄」事案だったと思います。要は、当時の大手都市銀行の「MOF(大蔵省)担」による、大蔵省(当時)官僚に対する、性風俗を利用した接待と引き換えでの情報リークいう問題だった筈です。要は官民の癒着問題です。これが公務員のモラルや違法性を問われるのは当然の話です。これはそもそも職務権限にからむ違法性の高い、もしくは違法性に関わる行為なのですから、「全体の奉仕者」論も問われて当然であり、そもそも「公務員業界」の倫理においては「論外」の事案です。


さて、こうしてみると、私が気になるのは、公務員=中立というような非現実的な認識です。職務において公務員が中立というか、「全体の奉仕者」であることは当然です。しかし、公務員は一般的に「人として中立であるべき」というような、非現実的な考えを、個々の公務員がよく考えずに受け入れてしまうのだとしたら、それは問題だと思います。例えば、「一緒にされて迷惑」さんは、ご自身の発言が十分に政治的であること、即ち中立的でないことには全く気付いておられない、というような倒錯です。

政治の定義はこんな感じです。「人間が他者をまきこんで一定の社会的目的を実現しようとするとき、政治が生まれる。それは、大きく分ければ、①他者をも含んだ共同の決定の秩序をどのようにつくるかという側面と、②他者をまきこむどのような決定をするかという側面とから成立つといえる。統治や自治の制度や現実についての問題は前者から生まれ、政策や決定の理論や方法についての問題は後者から生まれる。」(有斐閣双書・現代政治学小辞典)

ということなのですから、「一緒にされて迷惑」さんが、「「平和活動」は特定の政治団体の思想(共産党)と同様で、そのプロパガンダの以外何物でもないので、純粋に本来の目的に専念すべきと意見した」時点で、「他者をまきこむどのような決定をするか」という「社会的目的を実現しよう」としているだから、政治的行為なわけです。

要するに、「平和活動」が政治的行為だとしても、それを止めさせようという意見、平和活動がおかしい、異常だ、という意見も十分に政治的だという認識は必要でしょう。だから、私たち公務員は職務外において「政治的中立」は不可能だし、そんなことをとりたてて考える必要もありません。

ですが、職務においては「全体の奉仕者」でなければなりません。そして、それは通常可能です。

因みに、職能団体としての例えば日本医師会にしても、日弁連にしても政治的主張をもっていることは広く知られています。まぁ、当然ですね。職能団体に特有の利害があることは誰でも分かることです。そして、所謂労働組合なのか、職能団体なのか、私は自治労がなんなのか、よくわかりませんが、ともかく自治労としての当然な政治的主張があるべきだし、できるだけ私自身の政治的主張を体現してほしい、と組合員として思っています。

投稿: 勤続20年超 | 2014年7月26日 (土) 01時14分

勤続20年超さん。

ですから、私は、これ以上の言及はしないと申し上げたはずですが。
公務員労組の理想論というか、ブログを読んでいただくとお分かりだと思うのですが、私は、旧全郵政に所属していたわけです。
全郵政は、労使協調路線でしたが、下部組織は大変きつい労組で、郵政は、職場単組としのぎを削っていたりしていました。
ま、その中で、民社党系を主に推していていたわけです。
しかしながら、平和活動については、あまり積極的ではなく、郵産労やユニオン系は積極的で、便宜供与と称し、解放同盟の事務所を局内に設置するなど、むちゃくちゃやっていました。
また、管理者は管理者で、国政選挙で逮捕者を出す始末。
特定局長会は自民や国民の党を公然と推すといった体質で、職場で、特定の議員の後援会に加入させられそうになるといった、殺伐とした組織だったのです。
ですから、クソミソとはおっしゃいますが、地公体によっては、管理者を含めた規律が緩んでいるようなところもあるだろうと。そこが諸悪の根源だろうということなんです。
世間様の目が妙に厳しいというのは、そういうところからもきているだろうし、平和活動については、職員の個人の信条なので、法令的にはしばりがないけれども、霞が関にいて思ったのは、かなり、職場でも政治的なにおいはぷんぷんしているよということです。
ひいては、自民政権にならないと、目玉施策を出せない官僚機構の悪弊や、そういうところも、世間の目は、一緒に見られてしまっているということなんです。
個々の地公体は、個々の地公体の事情があります。職労だって、全部の地公体の職労が、自治労に加盟していないことも承知しています。
問われるべきは、公務員として十把一絡げにされたくないのは分かるのですが、現実問題として、世間の目はクソミソだし、スケープゴートだし、その中で公務員として生きていかなければいけないという厳然たる事実なんです。
郵政は、民営分社化され、株式売却の段階に入りましたが、彼らは今ごろ、堂々と政治や旗降ることにはせいせいしていることでしょう。
実際、先に民営化したNTTの労組は平和活動に熱心ですしね。
私は、民営化の過程のなかで、健康を損ない、結果として、退官という道を選びましたが、地元に帰ってきて、あなたは公務員だったからという文句ひとつで、就職もままならないのです。元職といっても、50社以上受けても、健康問題をクリアしていても、ビルの掃除もさせてもらえない。ガチャガチャの殻割りさえもだめ、それが、公務員だった者への風当たりの現実なのです。市の委員はさせてもらっていますがね。それだって、他の委員からすれば笑い草なわけです。
平和活動。どんどんやってください。それで、公務員への世間の見方と世の中が変わるのであれば。
私は、労組や平和活動について良いとも悪いとも言わないです。現職の公務員全体の体質、品位を問いたいと思います。
もちろん、世間の十把一絡げという意識は、猛然と抗議するわけですが。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月26日 (土) 04時32分

> 公務員は一般的に「人として中立であるべき」というような、
> 非現実的な考えを、個々の公務員がよく考えずに受け入れてしまうのだとしたら、
> それは問題だと思います。

これを非現実的と感じるならば
公務員を辞して、違う職に就けばいいと思っている住民は多い。

公務員個々は、それを理解する必要があるし、
そのような厳しい縛りがあるから、公務員に対して
ある程度の待遇が保障されて良いと住民に感じてもらえることになる。


> ですが、職務においては「全体の奉仕者」でなければなりません。
> そして、それは通常可能です。

何より重要なのは、「全体の奉仕者」たりえているかは
サービスを受ける側の住民が判断することであるということ。

つまり、ここの管理人や貴方が提供するサービスが
そう思われていない、そう感じさせていない、という時点で
既に語る資格は無いということ。これが何時までも理解されていない。


恐らく、ここのブログを迷惑と感じている公務員諸氏は多い。

なぜなら、こういう者の言動が結果としてもたらすのは、
公務員諸氏の待遇や、それこそ将来の職の保障という問題に
絶対的な悪影響しかないのだから。

そのことは、昨今の公務員への風当たりや、
特に、世論による公務員労組への拒否反応と、
拒否反応への肯定的な住民感情が、証明しているといえる。


例えば、来年の統一地方選挙で
「公務員には貧乏になってもらう」
「公務員労組には厳罰をもって臨む」
と単純なフレーズを言うだけで議員に当選できるような状況ではある。

投稿: | 2014年7月26日 (土) 08時52分

テーマとあまり関係ないですが、名無しさんのコメントに。

個人的には、一定以上の優秀な人間は、むしろ民間で活躍してもらって、日本の生産効率を上げてもらう方が日本のためでもある訳なので、
一部を除けばあまり優秀すぎるのも考え物だと思います。失礼な言い方かもしれませんが、「生産部門」でない公務部分は、なるべく効率化することが必要ですから。
基本的には人数は最低限、質もモラルはともかく、適度に整っていれば十分、という見方はできるわけです。財政再建という観点から言えばコスト削減が最大目的
としてもいいんですが、一気に変えてしまうことは反動も大きくて、今の公務員の質を破壊してしまっては何にもならないですからね。

少なくともルールの執行者というのは権限が強い訳だから、ルールがきちんと理解できる程度の頭が必要で、かつモラルを持っていることが大事だと思うわけです。
一部の人間には、ルールの運用だけでなく、実質的なルール設定も求められている訳で、そこはそれなりではなく、もっと質の高い人材を当てる必要があるのも事実。

で、問題はこれらの質を充当するためにどれくらいのコストを支払うべきなのか、というところ。
基準をどこに置くかというのはよく議論になっているけれど、過激な人が言う「生活保護レベル」の給与でもって募集するのと、相応の給与でもって募集するのでは、採用できる
人材の質にも大きな差が出てくるでしょう。

実際のところ、現在のような一流企業などと比較すれば民間給与の方が高く、小規模零細よりは高い、くらいの水準に収まっていれば、必要な質は確保できるだろうと思います。
まあ、もう少し待遇を落とすことは出来るでしょう。まあ、このあたりは徐々に、徐々にですね。どっちかというと、収入面よりも、公務員たたきが減った方が、優秀な人材の
確保、士気やモラルの維持には有効だと思います。

で、少なくとも普通に「ものを考える頭」を持っていれば、そのあたりはわかってる訳で、バランスが悪いくらいの指摘はしても、過激なコメントはしないんですね。
過激なコメントをする人というのは、悪いけれど「ノイズ」に近い。現実的な落としどころが見えていないから、その意見通りにやっちゃうと大変なことになる。
そんな政権見てきたじゃないですか。いや、だからこそ、変な主張を繰り返す政党を公務員組合が応援することに違和感を感じたりもする訳なんですが、、、

まあ、民主党支援していたのに、政権とったら、見事に裏切られちゃったみたいですし、自民党に公務労働者の待遇改善だけ訴えて彼らが取り合ってくれれば、
共産党・社民党・民主党などと袂を分かってそっちを応援していく方法もとれるんでしょうけど。
少なくとも自民党からすれば労働者側より経営者側の意見を汲み取った方がメリットが大きいのも事実なんで、公務員の労働組合としても苦しいところなんでしょう。
本文にあった民間からの転職組である花の20代の組合員さんは、おそらくそういう「味方が少ない」という苦しい状況がまだ見えてないんでしょう。

「サービスを受ける側の住民が判断する」はそれほど間違っているとは思いません。
一方でそれを現実としてやるためには評価するためには、評価が正しい判断である必要があって、ノイズをどうやって排除するか、つまり制度設計に尽きると思いいます。

投稿: とーる2号 | 2014年7月26日 (土) 14時34分

とーる2号さん。
国民、住民は公務というサービスを受けているわけですが、行政側に求められているのは、究極的には桃源郷やパラダイスだと考えています。
桃源郷やパラダイスは、相当、知恵がないと作れませんから、統治システムにかかわる者は、それ相応の知識、技量、お行儀が必要です。
ある意味では、ずる賢くもなくてはならないわけですが、ずる賢さだけが世間様の目を養っている現状は大変憂うべきことです。

アイドルグループが、握手券をCDに仕込んで、握手する権利を保証するように、国民や地域住民は、行政体からサービスを受ける権利を潜在的に保証されています。行政、司法などなど、統治システムから供給されるサービスはさまざまですが、握手券を配っておいて握手できなかったアイドルファンが怒り狂うのと同じように、統治システムにおいては、公平なサービス提供がなされなければ、それ相応にけなされます。
公務とは、言わずもがなそういうシステムであり、「なかのひと」は、公平性をもった「人物」が動かさなくては、基本的には動かないものです。

現状を言えば、公務員が何かのたびつるし上げを食らったり、公務員のくせにと言われているのは、真面目に企画立案をやってる公務員、実務部門できちんとやっている公務員にとっては、迷惑な話であると思います。
まして、過去、公務員だったひとまで変な目で見られるのは、あまりにも理不尽です。
社会が理不尽なのではありません。公務員のなりふり構わぬ行為で理不尽な事柄が生じているのです。
一部の者だけが、そういうことを生み出している原因だと思いたいです。公務員全体がそういうことになっているとは思わないわけですが。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月26日 (土) 15時42分

>世間様の目が妙に厳しいというのは、そういうところからもきているだろうし、平和活動については、職員の個人の信条なので、法令的にはしばりがないけれども、霞が関にいて思ったのは、かなり、職場でも政治的なにおいはぷんぷんしているよということです。(でりしゃすぱんださん)


国家公務員については、確かに私のような地方公務員よりも厳しい縛りがあることは知っています。そして、地方公務員についても政治活動の制限があります(地公法第36条)。

ですが、今回俎上に上がっていることは地方公務員による「平和活動」の是非であり、さらに言えば「全体の奉仕者」論における「平和活動」の是非です。そこはキチンとわけて考えないと、徒に議論が拡散していくことになります。

最近では最高裁判決においても、社保庁職員による勤務時間外における共産党機関紙配布について国家公務員法違反により起訴された事件に関して、無罪判決が出ています。

2012年の判決において最高裁は言います。禁止される「『政治的行為』とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるもの」である必要がある、と。そして、その判断基準は「当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である」として、さらに「指揮命令や指導監督等を通じて他の職員の職務の遂行に一定の影響を及ぼし得る地位(管理職的地位)の有無、職務の内容や権限における裁量の有無、当該行為につき、勤務時間の内外、国ないし職場の施設の利用の有無、公務員の地位の利用の有無、公務員により組織される団体の活動としての性格の有無、公務員による行為と直接認識され得る態様の有無、行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無等が考慮の対象となるものと解される」としています。


要するに、単に「全体の奉仕者」である、などという抽象的な理由を退けているのです。それに、地方公務員の場合には、自分の勤務している自治体以外では政治活動においては制限はほぼ無いと言ってよいと思います。


>公務員を辞して、違う職に就けばいいと思っている住民は多い。(お名前不明)

「平和活動」に関わるなら、公務員を辞めるべきだと、というご意見は非論理的だし、社会通念にも合致しないと、私は考えます。理由は上記をお読みいただければ、ご理解いただけるものと考えます。どういうわけか、一部の公務員が大事な民主的権利、人権である政治的意思表明について、「全体の奉仕者」などという抽象的で具体的内容の不明な観念に囚われ、自らの権利を放棄しようと主張するなら、私は理解に苦しむというか、不思議でなりません。

公務員であるなら、むしろ合理的論理と理性において「全体の奉仕者」たる職務を遂行するべきでなのであって、社会通念に即していない合理的根拠の不明な自らの感覚であるとか信念に従うべきではないのではないか、私はそのように考えています。


>平和活動。どんどんやってください。それで、公務員への世間の見方と世の中が変わるのであれば。(でりしゃすぱんださん)


おそらく、「公務員への世間の見方」という観点から「平和活動」に取り組む自治労組合員はいないと思います。ただ、戦争反対、ということだけだと思います。そして、自治労の運動が平和な世の中を支え、維持する一助になるなら、喜ばしいことです。


>何より重要なのは、「全体の奉仕者」たりえているかはサービスを受ける側の住民が判断することであるということ。(お名前不明)


しかし、自治労の「平和活動」について、市民から批判があったとか、社会問題となった、という事実を私は全く知りません。事実関係を踏まえた論理的な話にならなければ、個人の感覚的意見の表明に終わってしまいます。勿論、個人の感覚的意見はあっていいですが、他者の行為を制限することを主張するなら、キチンとした論理展開は必要だと思います。

>例えば、来年の統一地方選挙で「公務員には貧乏になってもらう」「公務員労組には厳罰をもって臨む」と単純なフレーズを言うだけで議員に当選できるような状況ではある。


仮にそうだとして、自治労の「平和活動」となんの関係があるのでしょうか?

投稿: 勤続20年超 | 2014年7月26日 (土) 18時02分

勤続20年超さん。

おっしゃりたいことはよく理解できるのですが。
いや、平和活動、おおいにやったらいいんです。戦争反対。暴力反対。大いに結構。
個人の信念まで公務だとは言えない。それはそうでしょう。

しかし、いくらビラまきや機関誌の配布が最高裁判決でOKであっても、あの組織は、もう社保庁ではないんです。
世の中の評判が悪くなれば、なんでもあり。気に入らないものは変えられてしまう。しかも、合法的に。
それが、ひとつの役所であっても、辞めさせたり、解体させられたり。
もうそういう、法の判断はOKだが、世間はNGという理由で、どれだけの公務員が職場を追われているか、職労の役員の方ならご存知でしょう?
場合によっては、3公社や郵政、社保庁のように、組織改革の名のもと、解体されてしまう。

私の住んでいる市の市立病院は、独法化されて、市長部局とは切り離されてしまった。
看護師が仕事をせずに、旗振って頑張っていたからです。それだけではないですが。市民は旗振ってたのは知っていましたよ。
なんだかんだ難癖つけられて、解体だの、職を追い出されだのしている。
それが実態ではないですか?

平和活動に話を限定してはどうかとのことですが、公務員のこうした体質が、公務員自身の首を絞めかねない事態になっている。
さらには、国家公務員10%減員論が出た。人口減なら地方も当然並びで出ます。ライスパイレス指数でたくさんの地方公務員が涙をのんでいるのはご存じでしょう?

みんな、もとの問題構造は同じです。公務員への社会の目が厳しくなっているからという点では同じなのです。
それをどうしていくかということではないのですか?自治労は?他の公務員労組は?「職員の団体」なのですよ?

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月26日 (土) 19時18分

でりしゃすぱんださん、こんばんは。

私あてのコメントのようですが、すみません、ご主旨が正直よくわかりません。

行政側に求められているのは、究極的には桃源郷であり、そのために能力が必要とおっしゃっているところは理解しなくもないですが、
民間にも、究極の製品やサービスを求められている訳です。でも、だからといって、お金に糸目を付けずに作ってそのコストを全部反映させたら、
売れる訳でもないでしょう?行政にも、投入できる経費に制約があるのは同じことではありませんか?

例えば公務をシステム設計と、運用で分ければ、設計には、運用よりも一層高い能力が必要だろうから、その分割高であっても、それなりの人件費は手当する必要があるでしょうし、
逆に言えば、運用については、一段低い能力であっても問題ないわけです。既に活用されていると思いますが、正規職員を雇わずに、その費用で雇えるだけの非正規職員を雇用すれば、
業務内容によっては、同等のパフォーマンスでもコストを下げることは可能でしょう。
情報システム部門など特定の専門分野であれば、むしろ民間委託するとか、あるいは専門分野のエキスパートを雇用する方が、コストは同じでもパフォーマンスがあがることもあるでしょう。
(学生時代の友人で、会計士資格を取り監査法人に勤めていた人間が、退職した後で、財務省の出先機関で期限付き雇用されているといったケースも知っていますので、そういう運用は既にされているものだと思います。)

いずれにしても、費用のことを全く考えないということは出来ない以上、どこまで負担できるかという観点から言えば、雇用できる人間の質がもう少し下がったとしても、コストは下げていく必要があるんじゃないかな、
一方で今みたいな公務員叩き的評価はむしろ人材獲得という観点で言えばマイナスでしかないので、評価は改善しないといけないね、くらいのことを言ったつもりです。

それから、ちょっと失礼だなと思ったのですが、公務に公平性が要求されるのは当然ですが、じゃあ民間では不要なのかというとそんなことは無いわけです。
同じ対価を払っている顧客に対して、同じサービスを提供しなければ、今なら炎上することだって十分ありますから。前のお客に提供していたサービスを自分には提供してくれない
ホテルやレストランをあなたは利用したいと思いますか?

これだけにつきるものではありませんし、対価や評価がすべてだとも思いませんが、労働に見合った金銭的対価を含む評価が無ければ、公務だろうが民間だろうがモラルや士気が落ちていくのは当然のことです。

最初に申し上げたとおり、コメントいただいたご主旨がよく理解できておりませんので、検討違いのことを言っていたとしたら、申しわけありません。

投稿: とーる2号 | 2014年7月26日 (土) 19時38分

とーる2号さん。
出先で書いていたもので、コメントの主旨とは違ったリプライになってしまいました、お赦しください。
公平性は民間部門にも求められるというのは、そうだと思います。
公務上の公平性というと、末端の現象のサービスだけではなく、業者へ仕事を投げる場合などがあります。
入札などの実態の話をしだすときりがないのでやめますが、相当のしばりがありますし、抜け穴もあります。
人的な質については、私は、教官をしていたことがあるので感じるのですが、かなり、属人的なところがあって、単なるマンパワーや相当の労働対価の問題とは、ちょっと違うような気がしています。
自身のブログを運営していて思うのは、公務員は試験さえ受かれば職に与る式の考えを持っている学生が多くいらっしゃるようで、どうやったら公務員試験に受かるのかといったページばかりヒットしているような有り様です。実際は、国家公務員総合職に限れば、試験だけでは通らない、もっと複雑怪奇な仕組みです。
人的コストについては、これは民間と比べるものがあまりありません。労働対価などの積み重ねが、かならずしもサービス対価に反映されていないことが原因ですが、一部の役所では個別具体的な原価計算のようなことが行われています。だからといって、必要な事務、例えば戸籍事務であったりは、これは低廉な価格または無料でサービス提供しなければならないという、公務特有の事情もあります。
発展途上国のような地域では、民生でさえ、公務部門では資金不足などで行うことができないため、非政府組織で行っているような国もあります。ボランティア団体といったほうが早いかもしれません。
日本は、公務のコストが高いのではないかとも言われますが、これは、私自身、はっきりとした答えを持ち合わせていません。しかし、住民、議員の言われるがまま、けっこう至れり尽くせりのところもたぶんにあって、こんなところまで役所が?というのも、探せば結構出てきます。
それがいいかどうかは、民間で言えばマーケットが決めること。公務では国民、住民が決めることになろうかと思います。
たぶん、このリプライも、私の問題意識が強すぎて、噛み合っていないかもしれません。ご容赦を。とーる2号さんのコメントを読んで、自分なりに思いついたことととらえていただくとありがたいです。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年7月26日 (土) 20時56分

でりしゃすぱんださん、nagiさん、勤続20年超さん、立川市民さん、2014年7月26日(土)08時52分に投稿された方、とーる2号さん、コメントありがとうございました。

本来、私からもレスすべき点が多いのかも知れませんが、この場ではロムにとどまることをご容赦ください。ただ一点だけ申し添えなければなりません。立川市民さんの同趣旨の問いかけについて、これまで再三お答えしてきています。もともと長島さんの基本的な立場を理解し、その上での関係性を維持しています。このような「答え」を立川市民さんからは納得いただけていないようですが、ぜひ、「市議選まであとわずか」等の内容を改めてご参照ください。

http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2014/06/post-640e.html

投稿: OTSU | 2014年7月26日 (土) 21時23分

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