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2014年6月 8日 (日)

市議選まであとわずか

前回の記事「言葉の力、言葉の難しさ」のコメント欄では多面的な視点からのやり取りを拝見でき、たいへん貴重な機会となっていました。投稿者同士の意見交換、いわゆる掲示板的な使われ方を歓迎しています。一方で、私自身に対する直接的な問いかけもいくつか寄せられていました。ただ誠に恐縮ながら「コメント投稿数が1万件突破」「コメント欄の話、インデックス」などで再三説明してきていますが、私自身、コメント欄とは一定の距離を置くようになっています。

このブログを開設してから長い間、1日に1回以上、コメント投稿を続けていました。私自身への問いかけに対しては、できる限り素早く「一問一答」に努めていました。もともと日常生活に過度な負担をかけないよう当ブログの更新は週に1回とし、その作業も土曜か日曜に限っています。コメント欄への関わり方も、そのような点を意識し、2年前から徐々に距離を置くようになっていました。現在では記事更新のサイクルと同様、土曜か日曜のみに関わるようになっています。コメント欄には一切関わらないという方針であれば、それはそれで分かりやすい線引きなのかも知れません。

しかし、一方通行とならない相互に交流できる機能の貴重さを感じているため、まったく関わらないという方針は今のところ自分の頭の中にはありません。とは言え、このようなサイクルでは「一問一答」というきめ細かさからは離れがちとなり、特に難しい問いかけに対しては記事本文を通してお答えするように努めているため、たいへん残念なことに「都合の悪いことはいつも通りスルーですかね」と見られてしまう時があります。このような見られ方を意識しながら、土曜夜に投稿した私からのコメントでは「これから遅くとも日曜夜までに投稿する新規記事を通し、最近のコメント欄に寄せられていた内容のいくつかで私自身から補足すべき点などを綴らせていただくつもりです」と記していました。

前々回記事「市議選まであと1か月」のコメント欄に寄せられていた問いかけも含め、市議選に関わるものが複数目に付いていましたので、今回の記事タイトルのとおり告示日を来週日曜に控えた今、いろいろ思うことを書き進めさせていただきます。ある意味で一般論に繋がる問いかけが多く、直接的な質疑応答の形式とはせず、私自身の考え方や問題意識を添えていく内容とします。したがって、質問者のハンドルネームも示しませんが、このようなスタイルとなることをご理解ご容赦ください。

まず労働組合が選挙の取り組みを方針化している点についてですが、労使交渉を中心とした企業内の活動だけでは労働者の利益や地位向上に繋げられない場合があることを留意しなければなりません。そのため、歴史的にも国際的にも労働組合同士が手を取り合い、社会的・政治的な活動にも力を注いでいる経緯があります。その一つに最もストレートな活動として選挙に関わる取り組みが上げられます。「利益代表」という言葉はネガティブな印象を与えがちですが、「私たち働く者の代表を議会へ」というフレーズは頻繁に使っています。

このような位置付けは公務員組合も例外ではないものと考えています。一方で、今のような社会情勢の中で、政治的な活動を進めることで自分たちの待遇改善が大幅に進むとは思っていません。理不尽な改悪の動きが示される場合などに対し、最低限、毅然と当事者の声を届けられる政治的なパイプの必要性だけは常に意識しています。時には旗色を鮮明にすることでのマイナスも承知していますが、それ以上のプラスや意義を受けとめているところです。このような問題意識は国政でも、地方議会でも同様であり、とりわけ私たち市職員にとって最も身近で大事な選挙が6月22日に投票日を迎える市議会議員選挙となっています。

続いて、市議選に「脱原発依存」や「平和主義」という話題が出ることの違和感について補足させていただきます。言うまでもありませんか、私どもの組合が推薦している市議の掲げる政策は市政に関わる内容を柱としています。福祉や子育て支援策の充実を真っ先に訴える中で、理念的な立場も表明しています。「将来的には原発に依存しない社会をめざし、自然エネルギーを中心とした再生可能エネルギーの普及に努めます」「憲法の平和主義を発信していく市政をめざします」という記述も政策リーフレットに掲げています。

具体的な施策としては、太陽光発電システム設置時の補助金制度や砂川闘争資料コーナーの拡充などを市側に提言しています。ちなみに直接的には国政に関わる問題について、どのように考えているのか、他の候補者も同じように表明しているケースが多いようです。私自身、例え地方自治体の選挙だったとしても有権者の判断材料や選択肢の幅を広げていくため、各候補者は積極的に政治的な立場を明らかにしていくほうが望ましいように考えています。

政治的な立場の問題として、地元選出の衆院議員の長島昭久さんとの関係性を問うコメントが寄せられていました。少し意外だったことは最近の記事「もう少し集団的自衛権の話」「市議選まであと1か月」の中で、すでに集団的自衛権の問題に絡む長島さんの動きについて取り上げていました。残念ながら目にしていただけていないのか、目を通されていてもご自身の「答え」からかけ離れているため、私の説明では「答えていない」という見方に繋がってしまうのかも知れません。後者だった場合、平行線となる恐れがありますが、改めて私自身の考え方を説明させていただきます。

もともと私どもの組合の方針と長島さんの安全保障に関する考え方がすべて一致している訳ではありません。現在のような社会政治情勢の中、組合方針の大半が一致できる推薦議員は極めて限られ、大きな方向性が合致した上で、基本的な信頼関係が築けるかどうかが大事な時代になっているものと思っています。その上で、長島さんからは当ブログへ非常に丁寧なコメントをお寄せいただき、先日、直接お話を伺う機会もありました。ちょうど組合ニュース最新号で、長島さんとの関係性について組合員の皆さんにお伝えするタイミングでしたので、その内容を参考までに掲げさせていただきます。

推薦市議の政策ビジョン「いつまでも安心」では下記のような内容を掲げています。その中では「平和主義」「脱原発依存」の重要性を前面に出しています。日本国憲法の「平和主義」を大切にしたいという総論は同じでも、そのための手法や各論において個々人での考え方は枝分かれしがちです。地元選出の衆院議員の長島昭久さんとは集団的自衛権の問題で、各論に対する違いが生じています。長島さんは「個別的自衛権、集団的自衛権の別を問わず、自衛権は合理的に必要な範囲内(必要最小限度の範囲内)で行使すべき」とし、「解釈改憲ではなく自衛権の再定義」だととらえています。その上で行政解釈ではなく、国民の議論、理解を得ながら国会で徹底した議論を尽くし、立法を通した規定の必要性を訴えられています。

一方で、推薦市議は集団的自衛権に踏み出すことの問題性を強く認識している立場です。ただ原発の問題も同様ですが、各論の違いが生じた際、お互い自説の「正しさ」を声高に主張するだけでは溝が広がるだけだろうと考えています。違いは違いとして認め合って、信頼関係を維持した中で議論できる関係性が重要であるはずです。推薦市議と長島さんとの間でも率直な意見を交わし合える信頼関係があり、その信頼関係のもとにお二人それぞれが、より望ましい平和な社会をめざしているものと認識しています。ぜひ、このような関係性の重要さについてもご理解いただき、推薦市議に対するご支援ご協力をよろしくお願いします。

組合ニュースの原稿をそのまま引用していますが、市議の固有名詞だけは「推薦市議」に置き換えています。このあたりは「市議選まであと1か月」の中で触れたとおりの心構えからの線引きでした。いずれにしても上記の説明では納得できない方もいらっしゃるかも知れません。しかし、自分自身の信じている「答え」の正しさについて、立場や視点の異なる方々に対しても理解を広げていけるのかどうかが大事なことだろうと認識しています。この話の流れの中で、集団的自衛権の問題についても補足していくことを考えていました。

ただあまりにも長い記事となり、記事タイトルからも離れていきがちとなるため、そろそろ今回の記事は終わらせていただきます。したがって、安全保障の問題での問いかけに関しては、この記事ですべてカバーできませんでした。意図的にスルーしている訳ではなく、中途半端に触れないほうが望ましいものと判断しています。ちなみに前回記事のコメント欄で触れていましたが、半田滋さんの新著『日本は戦争をするのか-集団的自衛権と自衛隊』を読み進めていました。時機に合った内容が多く、機会があれば次回以降の記事の中で紹介しながら、積み残した問いかけにも対応していければと考えています。

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コメント

市政の中身や企画に関することは、市役所の中の人は、市役所の各部門を使えばいいのであって、市長部局や教育委員会などに属する職員が、労組を作って、市議を応援する実態は好ましいものとは思えません。

普通地方公共団体においては、当選ラインが極めて小さい。
国政においては、公務員労組が推しても、たかが知れているんです。
しかし、職員≒組合員であるということならば、自分たちの推し進めたい施策を、公職選挙に持ち込むのはいかがなものかと思っています。

以前書いたことと繰り返しになりますが、当選後の議員に近づくのは、これは構わないことだと思っています。
「代表」となられた方に、行政体の職員が近づいても、別にどうこういうことではないのです。
しかし、選挙は違います。票を持っている職員≒組合員を動かすわけです。これは、法では許された行為ですが、コンプライアンス的にはどうなのか、よく、議論したほうがよいと思います。

法に定めていないからやるというのでは、それこそ集団的自衛権の議論のような話になるのではないでしょうか。
こういうことを、コメント欄の諸氏が述べられていることに対し、まったくといっていいほど、何も答えになっていないと感じます。

このブログが、事実上の組合の情宣活動であるならば、コメント欄など要らないと思います。

これは、何かの罰ゲームのようにしか思えません。ふざけすぎています。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年6月 8日 (日) 12時23分

呆れましたねえ、相変わらず詭弁とはぐらかしの繰り返しですか・・・ため息をつきたくなるのはこっちの方ですよ。
長島議員の書き込みは当然読んでますし、新聞報道等で発言もフォローしてます。
「限定的な行使」「自衛権の再定義」いろいろお為ごかしを並べてるけども彼の結論は「集団的自衛権は必要」ということに変わりはない。
もっといえば彼は「創憲」を掲げる民主党内の改憲勢力の代表的な存在でもある。
護憲と反戦と平和主義に反する人物を組合挙げて支援して国会に送り込むのは重大な背信行為ではないのか。

それから原発の問題ですけど、東京電力武蔵野支社の労働組合代表の市議さんをご存じですよね?
たしかOTSUさんとこの市職員OBの市議さんと同じ民主党会派で連合推薦です。
で、例の東電議員は民主党会派の議運委員長でしょう?
市議会で脱原発の意見書採択を実現すべく執行部や他会派と折衝しようにも、身内の交渉責任者が原子力ムラの住人そのものじゃどうにもならないじゃないか。
現に過去にも民主党の会派に東電の議員がいるために脱原発関連の意見書を議員提出議案で上げようとしても、その議員の反対(民主党会派の反対)で不採択になってる。
何が「違いは違いとして認め合って」だ。
妥協を重ねて憲法を護ることも原発に依存しない社会を実現することも大切な理念を捨て去って
何を手にしようというんだ。
私にはあなたが保身のためにポジショントークを書き連ねてるとしかみえない。

投稿: 立川市民 | 2014年6月 8日 (日) 13時45分

でりしゃすぱんださん、立川市民さん、コメントありがとうございました。

これまでのブログ記事でも綴っているとおり推薦議員が、イコール組合に関する課題すべての利害代表ではありません。また、一組合だけが推薦したからと言って、地方議会でも必ず議席を得られるような状況ではありません。そのような関係性を踏まえながらも一定の意義を見出しているため、できることを、できる範囲で取り組んでいるところです。でりしゃすぱんださんの問題意識やご指摘について、そのように見られる方々がいらっしゃるという点は留意していかなければなりません。しかし、「法に定めていないからやる」という見方や「事実上の組合の情宣活動であるならば、コメント欄など要らない」という言葉には違和感があり、「何かの罰ゲームのようにしか思えません。ふざけすぎています」という言葉に至っては正直なところ意味が理解できません。

立川市民さんからの問いかけが後者だったことが分かりました。このブログの記事を継続的にご覧くださっているようですので、私自身の考え方や立ち位置もご理解いただけているものと思っています。今回の記事本文や組合員に伝えるニュースの内容は特に飾らず、偽りのない言葉となっています。原発のことも同様な問題意識があるため、あえて触れています。私自身の立場、つまりポジションからのトークであることに間違いありませんが、「保身のため」というご指摘は的外れな見方だと言わざるを得ません。いずれにしても推薦市議と長島さんとの関係性について、組合員の皆さんや市民の皆さんからどのように評価されるのか、判断を委ねるしかないものと考えています。

このレスに対し、お二人から反論や再度の問いかけがあるのかも知れませんが、いつもお伝えしているとおり週末まで対応できないことをご容赦ください。手応えのない、レスポンスの遅いブログで恐縮です。そのように述べながら勝手な話ですが、それぞれの立場や視点から「私自身はこのように考える」というスタイルでのご意見や主張を伺えれば幸いなことだと願っています。

投稿: OTSU | 2014年6月 8日 (日) 21時27分

このブログのあり方について、労組のスポークスマンが書いている印象であることから、労組の情宣活動の延長ではないのか?という疑問を投げかけたつもりです。
つまり、OTSUさんの個人ブログならば、労組からいったん離れて、OTSUさんの問題意識「だけ」を書けばいいのではないかということです。
これは、このブログを私が「発見」してから、何度か指摘してきました。
もちろん、OTSUさんが、ソシキの人間だということは理解したうえなのです。

OTSUさんがコメント欄の意見をぞんざいにしているような雰囲気があります。これは、コメント投稿の諸氏が同じことを考えているだろうと思います。
意見のキャッチボールがまるでできていないのです。
それならば、コメント欄で意見を噴出させておいて、OTSUさんがコメントにきちんとした言及をされていないのであれば、これはコメントした諸氏に対する「ガス抜き」でしかないと思っています。
ガス抜きということは、コメント欄を書く諸氏は、OTSUさんの発言に踊らされているわけなので、コメント欄で意見を開陳するということは、これは、悪く言えば、コメント欄諸氏に恥をかかすだけの「罰ゲーム」のようにしか思えないということです。

なんの反応を示さないわけです。OTSUさんは。ま、ほんの少しは反応してるかもしれない。
高見の見物に見えます。すごく、書き手としては、気分を害します。
高見の見物をしているように見えるOTSUさんは、枝分かれだのなんだのってごまかしているのではないですか?
このことは、過去のコメント欄でもさんざん指摘されていると思います。
だから、「ふざけないでくれ」と言っているのです。労組の立場で本文をお書きになるならば、きちんとした説明責任を果たしてほしいと。
もしくは、ブログ本文の書き込みが不足しているということです。猛省してほしい。

組合の情宣活動の一環ということならば、意見を主張するだけで、反対意見が出そうなコメント欄はなくせばいい。そのほうが、情宣活動としてはいい。
コメント欄で議論しても、OTSUさんの胸に届かないのであれば・・・それも一つの意見だね・・・あ、そう。という態度で臨まれるのであれば、私はコメント欄で議論させる必要はないと考えています。
そもそもOTSUさんのブログなんです。OTSUさんがリーダーシップを取らなければだれが取るのか分かりません。

OTSUさんの胸に届くようにと思って、みなさん、コメント欄で書いている。それが、このブログの特徴でもある。
なんだか、自分の意見を出していって、OTSUさんに無視されるような気がする。書き手の自分がピエロのように思えるんです。
なだめてもすかしても、スルーされる。こんなことならば、コメント欄を閉じた方がいいと思います。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年6月 8日 (日) 23時34分

集団的自衛権で、高村さんの動きが非常に気になります。
やっぱり、各種スケジュールありきで、「やってしまうのではいか」と思います。
既成事実を作り上げて、「ほれ!納得しろ!」と言ってるようにしか見えない。
これではいけない。しかも、各論の議論ばかり進んで、概念だの理念だの倫理観だのまるで見えてこない。
答えありきの議論は、国民を愚弄しているとしか思えない。
メディアには少ししかリークされない。
いわゆる平和主義の人も、集団的自衛権容認派も、この動きはもっと注視すべきだと思う。
議論が必要な時期に、国民の意見醸成を図るようなことをしていない。
何が、議論されているのか、各論ありきで、ぜんぜん分からないのは、憂慮すべきことだと思います。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年6月 8日 (日) 23時46分

ここの管理人さんは人を騙すのが快感なんでしょうか。

「集団的自衛権」という言葉を恣意的に「普通に戦争ができる国」と言い換えている記事で「言葉の力、言葉の難しさ」というタイトルをつけるなんて、狂気の沙汰としか思えません。

「集団的自衛権」という言葉を使ってはいけない理由があるのでしょうか。
「集団的自衛権」の意味する範囲と「普通に戦争ができる国」との意味する範囲は違っており、管理人さんが敢えて「普通の戦争ができる国」と言い換えるのは、言葉の範囲を自分の都合の良いように改ざんし、その上で自分に有利に議論を進めようとする行為そのものです。

そのうえで、もっともらしい理屈をいくらこねても、そんな卑しい行為から発せられる言葉が届くわけないでしょう。

>「普通に戦争ができる国」という言葉は決して思い込みや的外れな表現だとは考えていませ
ん。

あなたがそう思うのは勝手ですが、他人の使う「集団的自衛権」という言葉を「普通に戦争ができる国」という別の意味の言葉にすり替えるのはおやめ下さい。相手の「A」という発言を「B」という別の言葉に改変、ねつ造して批判や議論を行う人が公務員の要職に居座り続けることができるとは、他のまっとうな公務員にとって大きな迷惑です。

投稿: あゆ | 2014年6月 9日 (月) 06時20分

あゆさん。
ま、チャリンコで、三多摩周辺の基地巡りをしちゃうようなひとたちなのです。OTSUさん周辺のひとは。
そりゃ、砂川事件とか、自民の有力組織があったりして、なんだかんだいって、T市は政治活動の「聖地」だから。
チャリンコ基地巡りのパンフの中にも、「普通に戦争ができる国」というフレーズが出てくるんです。
少なくとも、5年前にはOTSUさんたちは使っていたらしい。
T市は周辺や内部に基地(特に航空関係)などがあって、非常に、この辺の意識が高い。
だからといって、T市の意識レベルが他地域の意識レベルとは違うことも理解していただきたい。とくにOTSUさんには。
公務員は「公務員」というジャンルでひとくくりされてしまうことをご存じないのですか?
ノーパンしゃぶしゃぶあたりから始まった一連の国家公務員いじめで、すべての公務員が日陰者扱いされてしまっているのは、ご存じでしょう?

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年6月 9日 (月) 08時21分

>コメント欄で議論しても、OTSUさんの胸に届かないのであれば・・・それも一つの意見だね・・・あ、そう。という態度で臨まれるのであれば、私はコメント欄で議論させる必要はないと考えています。

私もそうなんだろうと思っていますね。そして最初からOTSU氏の中で「正しい」事、
あるいは「結果」は決まっているのだろうと思います。だからそれに対していくら
何かを投げかけても、「貴重な意見をいただきました」「これは決まりですから」と
なるのだろうと思います。

集団的自衛権に対する政府の動きをでりしゃすぱんだ氏が指摘されていますが、
これも完全に結果ありきで進んでますね。つまり賛成派も反対派も互いに結果ありきで
活動している。これでは議論になるわけがない。

投稿: nagi | 2014年6月 9日 (月) 09時22分

天木直人氏の記事をたまに見るが、今回は強烈に酷い内容だった。
反吐がでるとはこのことだろうと思う。

>http://bylines.news.yahoo.co.jp/amakinaoto/20140609-00036167/

この人物も平和憲法至上主義で護憲派らしいが、憲法9条ははたして麻薬だろうか
護憲の人の頭の中身はこんなものだろうか。無責任で恥知らずとはこの人物の
ことを言うのだろう。
主義主張が合わないから、批判する攻撃する。それはかまわないだろう。
しかし批判も攻撃もやはり手段は選ぶ必要がある。
批判のために何をしてもよいとは思わない。
しかし、残念ながら、一部のいわゆる平和主義の方々は平気で法律も無視するし
平和の為に暴力や犯罪もする。また、それらを自制する方は平和主義者には
いない。残念なことです。

投稿: nagi | 2014年6月11日 (水) 09時09分

でりしゃすぱんださん、あゆさん、nagiさん、コメントありがとうございました。

このような中味のない一言コメントは、かえって不誠実に映り、余計なこだわりなのかも知れません。いろいろ迷うところですが、新規記事は今夜中に投稿しようと考えています。どれだけコメント欄をフォローできるかどうか分かりませんが、またご訪問いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2014年6月14日 (土) 22時05分

そもそも組合は何のためにあるのか?
本当に必要とされているのか?
最近、特に思うことです。

実態はどうなのか?
組合を居場所とし、仕事から逃げていると見られているようだ。

まるで権力集団ではないのか?
異動に関して自由な発言をする輩までいるぐらいだ。

仲の良い職員のサークル活動の様ではないのか?
目立った実績もなく、「活動」のアピールは限界に来ています。

もう必要ではないのではないのか?
組合活動をすれば職場の友人は少なくなり、最近は幹部とばかり過ごしている。

そんな自問自答を繰り返している。
このようなブログで表現できる活躍をしているOTSU氏がうらやましい。
正直、昔は権力のように感じていた役職も、今は言い訳のように感じています。

さて、あなたの市町村はどうですか?

投稿: パソコン | 2014年6月14日 (土) 23時14分

パソコンさん、コメントありがとうございました。

私自身は長く役員を務めている中から「組合は必要」という思いに至っています。「昔は権力のように感じていた役職」という見方もイメージできます。ただそのような見方を払拭しなければ、組合員との距離が広がりがちになることも感じ取ってきました。あまり参考にならないレスですが、取り急ぎ一言添えさせていただきました。

投稿: OTSU | 2014年6月14日 (土) 23時38分

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