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2014年4月26日 (土)

池田香代子さんの過激な発言

ゴールデンウイーク初日の土曜日、連合主催のメーデー中央大会に自民党の首相が13年ぶりに出席し、いつもよりマスコミからの注目が高まっています。同じ日、連合三多摩主催のメーデーも行なわれ、そちらに私どもの組合は参加していました。メーデーの会場内で、ある組合の委員長と挨拶を交わした際、「ブログ、見ていますよ」と声をかけていただきました。このような言葉を実生活の場面で伺えると、このブログを続けている大きな励みとなっています。

さて、前々回の記事「コメント投稿数が1万件突破」のコメント欄で、常連コメンティターのnagiさんから次のような見出しのニュース『「ソフィーの世界」翻訳者が「あ べ し ね」ツイートで炎上 反省口にした後も「くたばっちまえ アーベ」』が紹介されました。この後にシグ忘れさん、でりしゃすぱんださんのコメントが続いていましたが、機会があれば記事本文を通して私なりの感想を添えるつもりでした。前回の記事「自治労は討論しない?」ではそこまで触れられず、今回の記事で取り上げることにしましたが、まずニュースの全文を紹介します。

「ソフィーの世界」などの翻訳で知られるドイツ文学翻訳家の池田香代子さんが2014年4月15日、「あ べ し ね」という安倍晋三首相を批判するツイートを投稿した。該当ツイートを削除した後も「くたばっちまえ アーベ」と投稿するなど、全く「ぶれない」姿勢を貫いている。平和運動家としても活動している池田さんの過激な発言には驚きの声が上がり、ツイッターには批判的な意見も数多く寄せられている。

池田さんは15日夜、「あ べ し ね」との4文字を投稿した。すぐにフォロワーから「い、池田さんッ…!」「池田さんらしくない」「乗っ取られているのかな?と思いました」などとコメントが寄せられたが、池田さんは「はい、なんでしょう?」「私が怒りに乗っ取られてます。で、平常運転です」などと全く動じない。

つぶやいた理由については、「『安倍死ね』と言う人とお友達だなんて、如何なものか、と言われたので、『違います、ほんとは私が言うんです』と、まんまと挑発に乗って言ってしまった」と説明した。事前に誰かとのやりとりがあったようだ。もちろん、ここで言う安倍とは安倍首相のことで、全国のあべさんに言っているのか、という質問には「こんな事言われるのにふさわしいあべさんだけに言ってます」と答えた。

ツイートは時間とともに波紋を広げ、池田さんのアカウントには「これはアウトでしょう・・・」「『死ね!』っていうのは一番短いヘイトスピーチ。その言葉を使ったことであなたは安倍と同類」「『平然と人にしねというような人権軽視のクズに講演なんてさせるな』って主催者に抗議しないといけませんね」「池田さん、語るに落ちましたね。あなたを心から軽蔑します。最低です」などの批判的なコメントが相次ぎ、炎上状態になった。

すると池田さんは間もなくして、該当ツイートを削除した。それでも意見は曲げず、17日には「おはようございます。反省してます。これからは甘党を目指し、シュガーの『ウエディングベル』で行きます。♪くたばっちまえ アーベ」と、シュガーの「ウェディング・ベル」の歌詞にある「くたばっちまえ アーメン」をもじって再び安倍首相をけなしてみせた。

これが批判していた人たちのさらなる怒りを買ったようで、一連の発言は2ちゃんねるにも取り上げられた。ここでも「『死ね』とか『くばっちまえ』とか言う平和活動家w」「平和運動家という名のテロリスト予備軍」「公に言うとか狂ってるな」「ネトウヨのヘイトとなんもかわらんな」などと非難を浴びている。

今回、池田さんが安倍首相を批判した理由の一つには、安倍政権が進める集団的自衛権の行使に向けた憲法解釈見直しがあるようだ。問題のツイートを投稿する直前、池田さんはNHK「クローズアップ現代」で放送された「イラク派遣 10年の真実」について言及していた。フォロワーから、今後は自衛隊もイラク戦争での米軍と同様に、実際に手を下すことになるかもしれない、との趣旨の意見が寄せられると「だめです」と答えていた。

なお一連の炎上については、本人は好意的にとらえているようで、18日には「おかげで私と意見を事にする人がいっぱいフォローして下さったので、はりきってTWすることにしました。だって、意見の同じ人なら、聞いてもらっても『そうだね、それで?』でしょ?意見の違う人が私の意見を聞いてくれるって、たいへんありがたい事です」(原文ママ)とつぶやいている。【J-CASTニュース2014年4月18日

いつも記事本文が長すぎる、回りくどい表現が多く、分かりづらいという不評を買いがちです。そのため、最初に結論的な感想を述べさせていただきます。「しね」という発言は問題です。「くたばっちまえ」も同様です。どのような文脈の中であろうとも、あるいは批判する相手が一般人ではなく権力者だったとしても使うべき言葉ではありません。まぎれもないヘイトスピーチであり、テロを容認するような語意にとらえかれません。

池田香代子さんには私どもの組合の講演会の講師をお願いしたことがあります。このブログでも「世界がもし100人の村だったら」という記事を投稿していました。当日は市民の方も含め、150人ほど集まり、興味深いお話を聞かせていただきました。決して攻撃的な性格の方ではなく、穏やかな話しぶりだった印象が残っています。そのため、「あ べ し ね」という過激な発言とのギャップが大きく、意外な気持ちを強めています。

一方で、このような発言が許されないものだったとしても、だから「平和活動家には遵法意識もマナーも品位もない」と十把ひとからげに決め付けた指摘にも違和感があります。立場が左であろうと右であろうと問題発言を行なう方はいます。具体的な固有名詞を示すと、また論点が拡散しそうですので抽象的な言い方にとどめますが、問題視すべき発言がNGであることは衆目の一致するところとなります。

NG発言がその方の資質を表したものとして、その方に対する今後の評価に大きな影響を与えていくのだろうと思います。ただし、問題発言を行なった方に対する批判が人格否定や誹謗中傷など行き過ぎたものであれば、その批判自体がNGになる場合もあり得ます。そもそも三段論法から導き出した批判が的外れだった場合、発した本人の意図とは反するものとなりがちですが、誹謗中傷の類いになる恐れもあります。

さらに今後の対応策などが必要な時、ミスリードした論理となりかねません。このような問題意識は過去の記事(断定調の批判に対する「お願い」など)の中で再三訴えさせていただいていました。犠牲者が多数出ている韓国の旅客船セウォル号の沈没事故はたいへん傷ましく、いち早く脱出した船長らの行動は厳しく批判されるべきものです。しかし、韓国の国民性まで問題視した批判の声を耳にすると、やはり強い違和感が拭えません。

池田香代子さんの発言から話を広げてしまいましたが、このような例示は頭の中で数多く思い浮かんでいます。いずれにしても池田さんの過激な発言は批判されて然るべきです。ただ池田さんの他の言動まで全否定するような性急さは避けるべきであり、 まして木を見て森全体を語るような属性批判は論外だと考えています。 念のため、繰り返しますが、 左、右、立場がどうであろうと求められていく心構えだろうと思っています。

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2014年4月20日 (日)

自治労は討論しない?

前回記事「コメント投稿数が1万件突破」の中で、コメント投稿される際は名前欄の記載を改めてお願いしていました。実は名前欄の入力は次のような機能が使えるメリットもあります。右サイドバーの「最近のコメント」に並んだ名前をクリックすると、そのコメントに一気に飛ぶことができます。逆に名前がない場合、当該記事を開いてから投稿順に並んだコメントをスクロールし、ようやくたどり着くことになります。古い記事でコメント数が多い場合、かかる手間は随分違います。このような点からも名前欄の記載についてご理解ご協力いただければ幸いです。

さて、このブログは週に1回の更新を定着させていますが、ありがたいことに毎日500人以上の方に訪れていただき、千件近くのアクセスを得られています。ヤフーのトップページに掲げられた時、1日のアクセス数23,278件、訪問者数18,393人という突出した記録もありますが、普段は前述したとおりの幅で推移しています。なお、このブログを訪れてくださった皆さんが必ずしもコメント欄まで閲覧されるとは限りません。そのため、コメント欄に寄せられた投稿内容をもとに記事本文を書き込む際、なるべく原文をそのまま紹介するように努めています。

2年ほど前からコメント欄での「一問一答」から離れ、記事本文を通してじっくりお答えするようになっているため、寄せられたコメントを記事本文に掲げる機会が増えています。その場合、「さらし者」「吊るされている」というネガティブな見方をされる方もいますが、そのような意図は微塵もありません。もちろん当該記事のリンクもはりますが、そのコメント欄まで皆さんが目を通さないことを考えれば、原文を新規記事の本文に掲げる必要性についてご理解いただけるものと思っています。

付け加えれば、インターネット上にコメント投稿するという行為は広く不特定多数の方々に自分の意見を発信するというものであり、そもそも「さらし者」という言い方には違和感がありました。一人でも多くの方に自分の意見を聞いて欲しい、そのように考えた時、マイナーなブログの範囲とは言え、記事本文に取り上げられることで数倍の数の方々から注目されることになります。したがって、記事本文に紹介されることで「吊るされた」と思われた方は、ご自身のコメント内容に何か後ろめたさをお持ちだったのでしょうか。

さらに意訳や恣意的に編集されるよりも、コメント内容の原文をそのまま掲げるほうがフェアであるように理解しています。そのため、誤字や脱字があった場合も手を加えずに紹介しています。ただレイアウト上の関係から改行に関しては当ブログのスタイルに揃えさせていただいています。ぜひ、このような考え方についてご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。前置きが長くなりましたが、「平和の話、インデックスⅡ」のコメント欄で、たまさんから寄せられたコメントを青字、それに対する私からのレスを赤字、関連したnagiさんからのコメントを緑字で紹介させていただきます。

時間かかりました。大まかですが全部目を通しました。ですが、同じ質問を繰り返したいくらいです。不毛なのでやりませんが。そもそもリンク先のコメントにもきつい質問には答えないと書かれてるじゃないですか、それも何度も(笑 大体どの記事でもサヨク的な記事を載せる→コメントらんで噛みつかれる→管理人『じゃ、また来週!』もしくは『人生いろいろ、思想もいろいろ』でうやむやの繰り返しじゃないですか。

まぁ常連さんのnagiさんが聞いてる時点で過去の記事見ても分かるはずないだろうなぁとは思っていましたが。とはいえ、あの質問には答えられないのは分かっていましたよ。自治労の教義を守りつつ、かつ自分が攻撃されない回答は無理だと確信してましたからね。意地の悪いコメントでした。なぜなら、自治労の大会という名の洗脳集会に何度も行ったことがありますからね、私も。自治労の仲間(笑)として…。

せっかく一通り見させてもらったのでひとつ感想を。どの記事かの、mobileSEさん?だったかな、の自治労を強烈にこきおろしたコメントが一番印象的でしたね。言い方はキツいですが、内部から見てる私からすれば、まさに的確な表現だと思いましたよ。ここでもそうですが、自治労は討論をしませんもんね。まず結論、自治労の教義が頭にあり、その中で話をするだけですからね。まぁ組織として当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが。

なんていうか、異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね。自分の思想を垂れ流すだけ。つまり、本気で日本の将来について責任をもって考えていない。あ、いや、日本という国のことはどうでもいいんでしたっけ?愛国心とか、押し付けになりますもんね、思想の。税金を給料として貰っている公務員が例えプライベートだろうが愛国心押し付けんなって、結構ふざけた主張のように思いますけどね、ワタシの感覚では。【投稿: たま | 2014年4月 6日 (日) 10時45分】

たまさん、コメントありがとうございます。答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について痛感してきました。このような言葉も、たまさんからすれば不誠実な「答え」に映るのだろうと推測しています。私も多くを繰り返しませんが、「自治労は討論をしませんもんね」などいくつか首をかしげざる得ない見方を持たれているようです。私自身も自治労大会には数多く参加していますので、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。しかし、だから「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などは決め付けや偏見の類いであるように感じています。【投稿: OTSU | 2014年4月 6日 (日) 21時56分】

たま氏とOTSU氏のやりとりが興味深いですが、>答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について痛感してきました。この文には私も疑問があります。質問者が考える正解と回答者が考える正解が不一致だから「答えていない」という指摘ではないと理解しています。私が以前、OTSU氏に申し上げたのは「答えを受け取ることができない」あるいはOTSU氏が言うところの「答えが理解できない」場合です。

単純な例えで言うと、ある日本人が日本語で質問し、日本語を理解できるエジプト人がアラビア語で回答した。しかし日本人はアラビア語を理解できないので回答されたのか質問されたのか、あるいは他のことを言ったのか理解できない。このような状況であると以前申し上げました。多くの質問者が言ってることは、上記のような意味だと私は解釈しています。

その点を踏まえて、たま氏からの発言に対してOTSU氏が示した文で、>私自身も自治労大会には数多く参加していますので、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。しかし、だから「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などは決め付けや偏見の類いであるように感じています。OTSU氏より、「きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。」と事象を確認しています。

その事象に対して、OTSU氏の考えが示されていますが、考えを示すより、OTSU氏が知る、反証となる事実を提示し、「このような方法で異なる意見を闘わせ良くしていこうとしている」と示されるほうが有効であると思います。そうでないと、なぜ決め付けなのか、なぜ偏見なのか、他の者には理解できないからです。長々と書きましたが、興味深いやりとりでしたので発言しました。これはOTSU氏に対しての批判ではありませんので、よろしくお願いします。【投稿: nagi | 2014年4月 8日 (火) 11時58分】

Σ(゜□゜) チンタラ書くこと考えてたらnagiさんにうまい事まとめて先に書かれちゃった!ともあれ、管理人さん回答ありがとうございます。○ひとつめ コメントの回答についてnagiさんが書いてくれたとおりなので省きます。○ふたつめ 組合の平和活動について書き方が悪かったかもしれません。少なくとも私の所属する組合・単組では、これまで一度たりとも平和に関する、なんていうか議論の場があったことはないのですよ。東京の方では違うのかもしれませんが。

では、平和に関する主張がうちの組合ではないのか?と言われればNO なんでか知らぬ間に反戦・平和だと謳っています。私の感覚では、広い視野で見れば、言い方は悪いですが公務員の勤務環境なんぞより規模の大きな主張であると思います。にもかかわらず、管理人さんも言われているとおりきめ細かい討論の場がないのに、なぜ結論だけは作られていくのですかねぇ、不思議でなりません。あと、私の決め付けとやらについてですが、決めつけなどではなく今まで在籍した中での私の感想です。そういう決め付けは勘弁してもらいたいです。まぁこれは言葉遊びです。

上にも書きましたが議論を闘わせたことは、少なくとも私の経験の中には微塵もありません。そういうテーマに触れたときは「自衛隊は必要だ」「憲法改正は必要だ」と私はことあるごとに自治労の協議に反する発言してきました。結果どうなったか・・・、黙殺。大会でそんな発言自体がなかったことになりました。私だけじゃなかったこともあったんですけどね。で、大会では反戦・平和へのタタカイの必要性を確認できた!僕たちの戦いは続いていく!!ですわ。笑えます。数の暴力による言論弾圧って怖いですね。【投稿: たま | 2014年4月 8日 (火) 22時12分】 

nagiさん、たまさん、コメントありがとうございました。いろいろ申し上げたいこと、申し上げなければならない点があるようですが、新規記事が「コメント」に関わる内容を予定しています。直接的なレスとはならないかも知れませんが、その中でいろいろ思うことを綴らせていただくつもりです。基本的にコメント欄からは距離を置き、記事本文に集中するスタイルに改めていますのでご理解ご容赦くださるようお願いします。【投稿: OTSU | 2014年4月12日 (土) 20時56分】

5件分のコメントをそのまま紹介しましたので、たいへん長い記事になってしまい恐縮です。前回の記事で上記のやり取りについて触れられなかったため、今回の記事本文を通し、いろいろ申し上げたいことを綴らせていただくつもりです。まず多くの論点が含まれていますので、絞り込んでいかなければなりません。私自身の平和や安全保障に関する考え方は「平和の話、インデックスⅡ」で示した数々の記事のとおりです。答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について、たいへん申し訳ありませんが、偽らない私自身の心証です。

確かに「○」か「×」で問われた際、「○でも×でもない」という答えを行なっている場合もあります。しかし、最近の記事の冒頭でも触れたとおり私自身はシロかクロか簡単に結論を決め付けず「グレー」も認めていくアナログ思考派だと思っていますので、特異な話であるような認識もありません。さらに言葉や表現を選ぶ時が多いため、人によっては非常に分かりづらく感じてしまうのかも知れません。もちろん今後も、どなたにも理解いただけるような言葉や表現方法に努力していきますが、「分かり合えなくても」という思いに至っていることも否めないようです。

「自治労は討論をしませんもんね」などに関してですが、たまさんから自治労大会の事例が示されていましたので討論スタイルのあり方を指摘させていただきました。その上で、たまさんのコメントから決め付けや偏見の類いであるように感じたことは間違いなく、たいへん失礼致しました。なお、nagiさんからは事実を提示することの必要性をご指摘いただきました。まさしく批判する側、反証する側それぞれに求められている心構えであり、今回の記事本文を通して補足させていただくことになりました。

自治労の話、2012年夏」「鹿児島で自治労大会」など自治労大会に関しては当ブログの中で何回か取り上げています。「熱い討議で自治労方針確立」に記されているとおり討論の結果、委員長人事が土壇場で変更された時もありました。このようにシナリオのない展開も決して珍しくありませんが、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは次のような理由からでした。千人規模の代議員による会議であるため、方針案全体の幅広いテーマに対し、何人かが順番に会場のマイクで発言し、一定の人数で区切り、檀上の執行部側が一括で答弁するスタイルとなっています。

答弁に納得できない場合、さらに質問や反論する機会も認められていますが、全体的な流れは発言と答弁、それぞれ片道の討論が大半です。このようなやり取りを尽くした上、最終的に多数決による採決の結果、執行部原案が確認されていきます。時々、前述したとおり波乱な結果もあり得ますが、専ら大会前の原案を決める時点が幅のある討論の機会となっています。したがって、たまさんが自治労大会だけ見て判断されているように見受けられたため、それだけで決め付けてもらいたくないものと考えたところでした。

続いて、平和の問題に限らず、基本的な方向性や方針に関しては継続性、要するに従前の内容を踏襲するようになっています。一定の規模の組織であれば同様であり、毎回、方針案を白紙の状態から積み上げることはないはずです。たまさんの組合や自治労の中で平和の問題が四六時中議論されていない事情はこのような背景から生じています。その上で、どこの組織も大きな方向性の範囲内で個別各論の議論や討論が尽くされているはずです。自治労も大会以外の場で、テーマ別に討論する機会が数多く催されています。

もちろん基本的な方向性そのものの議論もタブーではありません。ただ左を向いている組織に対し、逆方向である右に向かせることは物凄いパワーやエネルギーが必要です。その中で、方向性の是非は横に置かせていただきますが、たまさんがご自身の組合の中で機会あるごとに反対意見を表明されている点については敬服すべきお話だと思っています。一方で、黙殺という事実関係については情報が少し不足していますが、たまさんにそのような不満を残させていること自体、組合にとって残念な見られ方だと感じています。

まだまだ申し上げなければならないことが多いのかも知れません。それでも今回の記事は、そろそろ締めさせていただきます。最後に、たまさんのような問題意識を持つ自治労組合員も多いのだろうと見ています。だからこそ率直な声が伺える機会は貴重なことだと考えています。そして、指摘を受け、改めるべき点があれば改め、誤解されている点があれば理解を求めていくことの大切さをいつも感じているところです。

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2014年4月13日 (日)

コメント投稿数が1万件突破

このブログを開設した頃、ほぼ毎日更新していました。しばらくして週に数回となり、1年後ぐらいから週1回の更新ペースとなっています。実生活に過度な負担をかけないペースとして定着し、土曜日か日曜日に更新するようになってから1回も途絶えずに続けることができています。 もし定期的な更新間隔を定めていなければ、日々の多忙さに流され、いわゆる「開店休業」状態が続いていたかも知れません。それでも年月は過ぎていくことになります。

一方で、投稿した記事の数は自分自身の労力を惜しみ出したり、続けていく熱意が冷めてしまった場合、停滞してしまう数字です。そのような意味で、これまで記事の回数が100を刻んだ時をメモリアルな節目に位置付けてきました。直近の節目の記事は「500回という大きな節目」でした。したがって、これまでコメント投稿数について、あまり意識してきませんでした。それでも当ブログの管理ページを見れば、コメント投稿の累計数は一目で分かるようになっています。

ちなみに「コメント欄の話、インデックス」に記したとおり不特定多数の方々との接点を大事にしたいため、このブログのコメント欄は他に比べて制約が少ない部類だろうと思います。投稿されたコメントは即時に反映され、明らかなスパムや極端な商業目的の内容ではない限り、削除することはあり得ません。どのような辛辣な言葉でも、そこに投稿された思いや意味をくみ取ろうと心がけてきました。批判意見も含め、幅広い視点や立場からご意見をいただける貴重さを感じ取ってきました。

長すぎて引いた」という匿名の一言だったとしても、削除することはあり得ず、「2011年10月16日(日)22時36分に投稿された方、ご訪問ありがとうございます。よく長すぎるブログと言われていますが、お時間があり、また気が向いたら閲覧してください」というレスを行なっていました。表現方法に問題があったとしても基本的にそのまま掲げた上、私からのコメントでの注意喚起にとどめていました。ただ前述したとおり商業目的のサイトに誘い込むようなコメントなどは、すみやかに削除していました。

インターネット上に掲げているため、時々、海外からの閲覧もあります。そのため、日本語のコメントではないからと言って簡単に削除しないようにしています。つい最近も英文でのコメントが寄せられました。ブログ作成のレイアウト技術などを掲げたサイトへの誘導を目的にしたコメントであるように読み取れました。それでも私自身の読解力には今一つ自信が持てないため、すぐ削除することには少しためらいました。結局、分からない単語を一つ一つ調べるよりも、手っ取り早く英語に堪能な方に目を通してもらいました。

サラッと読まれた後、その方からすぐ答えが返り、やはり商業目的のコメントであることが確認できました。その結果、寄せられた英文コメントは現在、このブログのコメント欄から削除されています。このようにコメントの削除は極力限定的に行なってきていますが、削除した数も含めれば投稿数1万件は随分前に超えています。今回、記事タイトルを「コメント投稿数が1万件突破」としましたが、削除した数はカウントせず、このブログのコメント欄で閲覧できる現存数の累計を指しています。

2年前まで私自身も毎日最低1回はコメント欄に関わるように心がけてきました。「コメント欄雑感、2012年春」を投稿した頃から徐々にコメント欄から距離を置くようになり、現在、このブログに関わるのは休日に限るようにしています。その上で、コメント欄に寄せられた難しい問いかけに対しては、なるべく記事本文を通してお答えするように努めています。いずれにしてもコメント1万件のうち何割かは私自身が書き込んだものでした。さらに土曜の夜、三つの記事に寄せられたコメントに対し、私から3件連続して投稿したことによってジャスト1万件を迎えていました。

1万件の内訳として、実際に何人の方がコメントを寄せられたかどうかは手作業で数えない限り、正確な数は分かりません。それでも頻繁にコメントをお寄せくださった方々の名前の大半は頭に浮かんでいます。大きな節目の機会ですので、一人ひとりの名前を掲げさせていただき、改めてお礼を述べることも考えました。ただ相当な数に上るため、完璧な紹介に至らない恐れもありました。名前を漏らしてしまうと、かえって失礼なことに当たると思い、具体的な名前の紹介は見送らせていただいています。

前述したとおり多様な意見や情報に触れられるコメント欄を非常に貴重な場だと考えています。それも数多くの方々がご自身の時間を割いて、コメントをお寄せくださるからこその賜物です。そのような意味合いからコメントの内容を問わず、まず投稿された皆さんに感謝の気持ちを表すようにしています。内容で言えば、励みとなるコメントが多い中、辛辣な批判コメントも数多く寄せられていました。手厳しい言葉に対する耐性が高まることはなく、胸が痛む時や不愉快な気分になる時も頻繁にあります。

「ブログを運営していなければ聞かなくて済んだ」という後ろ向きな考え方もありますが、逆に「ブログを運営していなければ聞くことができなかった」と前向きに考えるようにしています。例えば最近、「平和の話、インデックスⅡ」のコメント欄で、たまさんという自治労組合員である方がコメントを重ねていました。「自治労は討論をしませんもんね」「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などに対し、私から手短な反論を加えたところですが、見ている風景が違うのか、見方が違うのか、簡単に共通認識には立てそうにありません。

その違いについて、今回の記事本文で掘り下げることも考えましたが、話が広がりそうですので次回以降に送らせていただくことにしました。いずれにしても私に限らず、自治労の役員関係者は、たまさんのような意見があることを受けとめた上、どのような機関運営に努めるのかどうか意識しなければならないはずです。そのような幅広く率直な声に触れられるアンテナの一つとして、このブログが位置付けられればたいへん幸いなことだと考えています。

前回記事「新入職員の皆さんへ 2014」の中で記したことですが、指摘を受け、明らかに襟を正すべき点があれば襟を正していかなければなりません。一方で、問題のない事例であれば、法的な位置付けや実情などを説明し、内外に理解を求めていくことの大切さを感じています。このブログを続けている目的は一貫し、こちらからの主張や情報の発信とともに様々な声を聞き、また答えるという相互に交流できる関係性を重視しています。そのためにもコメント欄のオープンさが欠かせず、投稿にあたって敷居を高くしないような配慮に心がけています。

以前に比べ、コメント投稿数は減っています。常連投稿者の顔ぶれも変わっています。管理人の私自身がコメント欄から距離を置いている中、多くのコメント投稿を望むのは身勝手な話だろうと思っています。また、この記事の最後に掲げたような私からの「お願い」にご理解いただけず、コメント欄から去られた方もいます。「他人を誹謗しちゃいけません!と、良いながら他人を誹謗し、質問されても。のらりくらりと論点を外しては、他人を見下し続けた結果、流石の論客達も一人減り、二人減り、、、」と述べられ、コメント欄が壊滅したという見方を示したブログを拝見しました。

私からすれば、すべて不本意な見方だと言わざるを得ませんが、そのように見ている方も少なくないのかも知れません。一方で、攻撃的な言葉が並んだコメント欄のギスギス感に嫌気が差され、コメント投稿を手控えるようになった方々も多いようです。このような傾向を懸念し、一時期、コメント欄に関わる記事を再三投稿していました。最近の常連コメンティター、nagiさん、でりしゃすぱんださんらからは下記のような「お願い」にご理解いただき、おかげ様で落ち着いた雰囲気になっています。

ぜひ、出入り自由な場として一度去られた方も、しばらく遠ざかっている方も、一度も投稿されたことがない方も、もちろん常連の方も、お時間があり、気が向かれた際、お気軽にコメント投稿いただければ幸いです。公務員をとりまく情勢、国内外を巡る情勢が日々一刻変化している中、内向きな内容を長々と綴ってしまいました。今後、コメント投稿2万件という節目は訪れることがないものと思いますのでご理解ご容赦ください。それでは最後に、コメント投稿に際しての「お願い」3点を改めて掲げさせていただきます。これからもどうぞよろしくお願いします。

  1. コメント投稿の際、できる限り名前欄の記載を欠かさないようにお願いしています。意見交換をスムースに行なうためですが、匿名での投稿とは言え、その意見内容にある程度責任を持っていただくことも目的としています。したがって、繰り返し投稿される方の場合はハンドルネームを固定されるようお願いしています。
  2. 相反する意見の対立は平行線をたどりがちです。このコメント欄では結論を出すことを目的としていません。いろいろな「答え」を認め合った場として、攻撃的な言葉を並べることよりも対立する意見の相手方に「なるほど」と思わせるような言葉の競い合いができるようお願いしています。
  3. 特定の人物や団体を誹謗中傷するような書き込みは慎むようにお願いしています。特に「あいつ(あの団体)は犯罪者だ」と断定調に発言することを認めることはできません。「罪を犯していると思われる」は許容範囲となりますが、決して言葉使いの問題ではなく、断定調であれば管理人の責任として警告しなければならない発言となります。

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2014年4月 5日 (土)

新入職員の皆さんへ 2014

日頃、A4判両面の組合ニュースの紙面だけでは、とりまく情勢や詳しい解説などまで触れることができていません。定期大会や職場委員会での私からの挨拶も、なるべく簡潔に行なうように心がけています。そのような現状を補う意味合いから年に数回発行している機関紙『市職労報』を通し、課題や情勢を掘り下げた特集記事を私自身の記名原稿として掲載しています。今年3月に発行した特集「春闘期、情勢や諸課題について」は図表や写真も含め14頁、本文は1万字を超える分量でした。

このブログも組合員の皆さんに対し、そのような補完性を目的に続けています。そのため、時々「公務員のためいき」について組合員の皆さんに宣伝していました。それでも必ずしも皆さんがインターネットから閲覧されるとは限りませんので、紙媒体の『市職労報』にブログで取り上げた内容をそのまま掲げる時も珍しくありません。そのようなストックが豊富にあるため、400字詰め原稿用紙300枚に及ぶ『市職労報』の原稿も、締切まで1週間を切ってから数日で仕上げることができています。

私自身の省力化という面もありますが、やはりブログを通して訴えている内容は組合員の皆さんにも伝えたい、そのような思いからストックを積極的に活用していました。その逆もあり、組合の紙媒体に掲載した内容を後日、このブログに投稿するケースも少なくありません。組合員の皆さんに伝えた内容をネット上にも掲げ、不特定多数の方々にも広く訴えながら理解を求めていきたいという問題意識からでした。例えば「再び、地公法第36条と政治活動」「65歳までの雇用確立の第一歩」などがありました。

選挙にかかわる組合活動に対し、問題視される方がいます。しかし、法律違反やコンプライアンスに触れるようなことは一切行なっていません。指摘を受け、明らかに襟を正すべき点があれば襟を正していかなければなりません。一方で、問題のない事例であれば、法的な位置付けや実情などを説明し、内外に理解を求めていくことの大切さを感じています。さらに組合内に発信している内容とブログでの記事内容を使い分けるようなダブルスタンダードはあり得ず、コンプライアンスを意識した組合活動の実践とその活動に理解を求める試みに努めているつもりです。

さて、この4月に入職された新人の皆さんは11名です。フルタイム再任用制度の本格化、一つの保育園の民営化などの事情が重なり、例年に比べると3分の1程度の採用人数でした。金曜の夜、新人歓迎オリエンテーションと呼んでいる組合説明会を催しましたが、その時点で11名全員の組合加入が確認できました。説明会の冒頭、私から新人の皆さんに挨拶する機会がありました。前述したとおり委員長挨拶は長くても5分以内をいつも心がけているところですが、その会での持ち時間は10分程度割り当てられていました。

このブログで様々な内容の記事を投稿していますので、挨拶する時の題材に困ることがありません。ただ話を広げてしまい、時間オーバーとならないように定期大会などでの挨拶は事前に原稿を用意しています。今回、多少ゆとりがあるため、特に原稿は用意しませんでした。「そろそろ10分近くかな」と腕時計を目にした時点で、すでに2分超過、最後は急いで話をまとめていました。その後、説明に立った書記長も割り当てられた時間を大幅にオーバーしましたが、何とか全体を通して予定した1時間で終わることができました。

挨拶のための原稿は用意しませんでしたが、先ほど紹介した『市職労報』の特集記事の内容を中心に話を進めました。新入職員の皆さんに伝えたいこと、イコール不特定多数の皆さんにも伝えたいこと、これも前述したとおりの思いがあるため、このような記事の投稿に至りました。ブログを開設した翌年の4月に「新入職員の皆さんへ」という記事がありましたので、今回、「2014」を付けた記事タイトルとしました。原稿がなく、録音した訳でもありませんので、そのままの内容となりませんが、説明会で新入職員の皆さんに伝えた要旨を次のとおり青字で紹介させていただきます。

昨年の秋、若手組合員の方と懇談の場を持ちました。その中で最も多く示された言葉は「組合のことがよく分からない」というものでした。組合のことを少しでも分かってもらうため、年に数回、機関紙『市職労報』を発行しているのですが、残念ながら目を通してもらえていない現状でした。紙媒体の限界に留意し、今回発行した『市職労報』の特集記事のトップ見出しに「役に立たない組合はいらない」と掲げてみました。一歩間違うと大きな誤解を招き、組合をつぶそうと考えているような言葉です。

決してそうではなく、組合員の皆さんに「何だろう」と関心を持っていただくための見出しの付け方でした。私自身も組合員の皆さんに対し、まったく役に立てない組合であれば「いらない」と思います。しかし、いろいろ力不足な点もあろうかと思いますが、一定の役割を果たしていることを確信しているため、組合は必要という認識を持ち続けています。そもそも組合は、一人ひとりが働き続ける上で困った時に支え合い、皆で助け合うための役割を負っています。いざという時の安心のため、つまり「保険」のような側面があります。

中には組合加入を断る理由として「困ることはない」「困った時は自力で解決する」と話される方もいます。実際、大きな支障がなく、過ごせる場合も多いのかも知れません。それでも昔から「一人は皆のために、皆は一人のために」という組合を語る言葉があるように一人の力には限りがあることも確かです。特に労働条件を決める際は労使対等の原則が働きます。市役所の仕事において、一職員からすれば市長をはじめとした理事者の方々は「雲の上の存在」となります。

それが労使交渉の場では対等に物申すことができ、労使合意がなければ労働条件の問題は当局側の思惑で一方的に変更できないようになっています。このような原則のもとに労使交渉を積み重ね、現在の労働条件が築かれていることを機会あるごとに強調させていただいています。仮に経営者の思惑だけで労働条件が決められていった場合、昨今、問題視されている「ブラック企業」を生み出す土壌に繋がりかねません。直接的なメリットが感じられないからと言って、組合への加入者が激減するようであれば、組合の存続自体が危うくなります。

ぜひ、このような総論的な意味合いでの「組合は必要」という見方について、ご理解いただければ本当に幸いなことです。公務員をとりまく情勢がたいへん厳しい中、直接的なメリット、いわゆるプラスの成果にかかわる話は多くありません。しかし、個別課題においても組合員の皆さんの生活を守るため、いつも全力で労使協議を尽くしています。例えば国に準じた平均7.8%の地方公務員の給与削減問題において、組合の反発や自治体当局の自律的な判断のもとに3割以上の自治体が国からの要請を拒んでいました。

最近の労使交渉の事例として、当初、市当局は定数管理上の問題を考慮し、フルタイム勤務の再任用を希望した場合でも、職の数や業務経験によって短時間再任用となる場合があるという考え方を示していました。それに対し、組合は「年金と雇用の接続」という趣旨を踏まえた際、到底受け入れられない旨を訴え、本人の事情によって選択できる制度に改めさせました。休暇制度の見直し協議においては、リフレッシュ休暇が大幅に後退する提案内容でしたが、最終的に見送らせることができています。

一人の力が小さくても皆で力を合わせるという考え方は、組合間の関係でも当てはまります。職場内の交渉だけでは解決できない社会的・政治的な問題に対し、多くの組合が自治労や連合に結集することで大きな力を発揮しています。そのような目的のもとに連合は民主党との支持協力関係を築くなど、一定の政治活動にも力を注いでいます。そのため、様々な選挙において組合として推薦する候補者を決めることが多々あります。6月には市議会議員選挙があり、昨年11月の定期大会で組合の元委員長の推薦を決めています。

本来、労働組合に限らず組織とその構成員の関係で言えば、組織内の手続きを経て決めた方針には基本的に皆で認め合っていくことが必要です。ただ選挙にかかわる方針は組合員一人ひとりが自主的に判断すべき類いのものと考え、組合方針を押し付けていくような取り組みは極力控えなければなりません。そのため、組合員の皆さんに対し、組合が選挙にかかわる重要性などを丁寧に訴え続けることによって、ご理解やご協力を求めていくべきものと考えています。

選挙の取り組みをはじめ、組合の活動は「すべて組合員のため」を目的に位置付けられています。後ほど説明がありますが、全労済労働金庫の活動も「組合員のため」に進めています。それぞれ労働組合が出資して設立した歴史があり、営利を目的にせず、組合間の相互扶助のための組織となっています。組合の説明会にそれぞれの担当者をお呼びしているのも、このような経緯があることをご理解いただければ幸いです。いずれにしても組合活動は特定の誰かや団体のために行なっているものではなく、組合員全体で方針を決め、その目的は「すべて組合員のため」に繋がっていることをご理解くださるようよろしくお願いします。

1時間の説明会の後、会場を移動し、懇親会を催しました。途中、組合役員から新人の皆さんまで一人ひとり自己紹介を行なう時間があります。改めてマイクを持った際、このブログ「公務員のためいき」についてPRさせていただきました。もし新人の方が当ブログを訪れてくださった時、上記の文章が「あれっ、挨拶の時と少し違う」と思われるかも知れません。もちろん要旨は変わりませんが、やはりネット上であることを考慮し、プロフィール欄に記したような一定の基準のもとに具体的な固有名詞は伏せるようにしています。さらに『市職労報』の原稿などをベースにしているため、言い回しや例示の仕方などが若干異なることもご容赦(coldsweats01)ください。

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