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2014年3月23日 (日)

平和の話、インデックスⅡ

このブログは過去の記事の積み重ね、さらに今後も続けていくという連続性の中に位置付けています。要するに単発なものではなく、週刊誌の連載記事を担っているような意識で毎週更新しています。それでも以前の記事(「一期一会」と改めて当ブログについて)に記したとおり初めて当ブログを訪れてくださった方々からも、ご理解いただけるような記事の投稿にも極力努めています。なるべく1回ごとに完結した内容であることを基本とし、関連した内容の説明には以前投稿した記事のリンクをはるようにしています。

とは言え、閲覧者の大半はリンクをはった記事を読まれることがなく、当該の記事に書かれている内容自体が評価されていくものと考えています。また、常連の皆さんが以前の記事に綴っていた内容すべてを把握されているとは限らない現状にも留意しています。したがって、ますます「一期一会」の心得の大切さを念頭に置きながら、毎回、新規記事の投稿に向かい合っているつもりです。しかし、どうしても説明不足な点が残り、意図が充分伝わらない場合も多く、ネット上での意思疎通の難しさをも感じていました。

前回の記事「反知性主義とは?」は他のサイトの内容の紹介が中心となり、私自身の直接的な言葉は多くありませんでした。これまでも著作権の問題を押さえた上、他のサイトの内容を紹介する時が多々あり、前回の記事だけ特異な扱いだった訳ではありません。反知性主義について具体的なイメージを膨らませる一助として、自分の言葉に置き換えるよりも手っ取り早く他のサイトの内容をそのまま紹介したに過ぎません。批判の仕方に一部問題があることも指摘した上で、多面的な情報を提供する機会の一つとして紹介しながら、評価は読み手の皆さん一人ひとりに委ねさせていただいていました。

その中で、私自身が語った言葉「事実を繋ぎ合わせた内容であることも確かであり」に対し、メディアは「事実の間に装飾ほどこして都合のよい解釈にしている」「前後の文脈をぶった切って切り貼りすることもある」という批判意見が示されていました。まず私自身の「事実」という言葉は「捏造」「誤認」「誤報」と一線を画して使っています。例えばコップの中に水が半分あります。これは「事実」です。「半分しか残っていない」「まだ半分もある」という記述の仕方ができますが、それぞれの表現から受け取る印象は変わってきます。

このような記述の使い分けは、メディアや筆者の立ち位置によって意図的に行なわれているはずです。加えて、発言の一部が切り取られることに不本意さを訴えられる場合も多いようですが、発した言葉自体が「事実」であれば、その言葉自体に責任を負わなければなりません。「全体の趣旨から理解して欲しい」「行間を読み取って欲しい」という言い分は簡単に通用しなくなる現実は誰彼の区別なしに受けとめざるを得ないものと考えています。このような点は前述したとおり当ブログを続けている中でも頻繁に感じる発信側と受け手側との関係性だと言えました。

特に政治家や政府の要人という責任の重い方々はご自身の言葉が与える影響の大きさを充分理解され、「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という関係性を踏まえて欲しい、そのような問題意識を託したのが前回記事の趣旨でした。それにもかかわらず「自分の発言には問題なく、受け取る側に問題がある」とし、他者の視点や立場に思いをはせられず、独りよがりに陥りがちな事例の多さを憂慮し、自分自身にも省みながら反知性主義について掘り下げていたつもりです。

ここまで前回記事に寄せられたコメントを意識しながら書き進めています。私自身への問いかけに対し、すでに半分以上答えているのか、「論点ずらし」と見られてしまうのか、受け手側の印象はいろいろ分かれていくのではないでしょうか。やはり緊迫したウクライナの情勢を踏まえ、平和や安全保障面の問題などがコメント欄で意見交換されていましたので、核心的な問いかけには何も答えていないという見られ方に繋がってしまうのかも知れません。

たまさんの「この類いの質問に対する答えで真正面からの回答を聞いたことがありません」という指摘は非常に残念な見られ方ですが、「受け取る側に問題がある」という反知性主義に陥らないためにも今回の記事投稿に力を注いでみるつもりです。その一環として、新規記事を「平和の話、インデックス」の第二弾に位置付けてみました。すべて目を通していただけるとは到底考えていませんが、これまで難解な問いかけに対しても自分なりの言葉を尽くし、対応してきている一つの証しとしてご理解願えれば幸いなことです。

ちなみに前回の「インデックス」記事の投稿が2012年8月でしたが、それ以降、平和を題材にした記事が急増していることに少し驚いていました。いずれにしても「一期一会」の心得から、ここで今回の記事を終えるようでは不親切の極みとなります。以前の記事の内容を焼き直し、長々と説明を加えても「OTSU氏流の表現は私には難解なのでもう少し判りやすい内容」という声に繋がるようでは意味がありません。そのため、今回も箇条書きとし、なるべく分かりやすい言葉で前回記事のコメント欄に寄せられた意見を意識した内容の記述に努めてみます。

  • 確かに公務員労組はヒマではありません。これまで「自治労は平和運動から一切手を引くべき」という意見も寄せられていました。それ対し、労働組合の本務と主客逆転することなく、無理のない範囲で取り組むという私自身の「答え」があります。そして、取り組むのであれば、組合員の皆さんをはじめ、不特定多数の方々に向けた主張の発信も欠かせないものと考えています。たいへんデリケートな問題をネット上に掲げるリスクも承知していますが、そもそも狭い範囲でしか理解を得られないような内向きな運動方針に過ぎないのであれば、即刻見直しが必要だろうと思っています。
  • いわゆる左と右など、私自身は物事を一面的に見ないように心がけています。ただ相対的な比較の中で、右翼的、左翼的という見方があることも否定していません。このブログを通し、その主張内容から私自身は「サヨク」と見られていますが、推薦議員の長島昭久さんとの関係などから右に傾いているという批判を受ける時もありました。さらに相対的な意味で言えば、自治労の中では右に位置付けられるのかも知れませんが、あまり気にしていません。
  • 日本国憲法の平和主義をどのように評価するかどうかで、様々な各論の選択肢が枝分かれしていくように感じています。私自身、憲法第9条の範囲として専守防衛の役割を理解し、災害時における自衛隊の皆さんの献身的な働きには心から感謝しています。これまでと同様、日本は他国と異なり、「普通に戦争ができない」特別な憲法のもとに進むのかどうかが重要な論点になっているものと考えています。
  • 誰もが戦争を忌み嫌っているはずです。自民党の石破幹事長の「戦争をしないために軍隊を持つ」という言葉の真意にも偽りはないのだろうと見ています。私自身も安全保障面でのリアリズムは無視できず、日本だけ「丸腰」になるような発想も持っていません。しかし、外交カードの延長線上として「武力行使も辞さず」と考えるのか、普通の国と同じような集団的自衛権の行使に踏み出すのかどうか、慎重な議論が求められているものと思っています。
  • 歴史認識の問題では「侵略戦争ではなかった」「軍に強制された慰安婦はいなかった」という見方も頭から否定していません。一方で、このような見方がある意味で正しくても、傷付けられた側が同じ認識に立てない関係性も重く受けとめた上、すべて「日本は正しかった」と聞こえるような主張の仕方には注意しなければならないはずです。それこそ反知性主義に陥らない懐深さのもと「永遠に土下座」という発想ではなく、広い視野での「国益」を重視した近隣諸国との付き合い方が欠かせないものと考えています。

以上の私なりの「答え」に対し、いろいろ疑問や批判が多く寄せられるのかも知れません。いつもお願いしていることの繰り返しで恐縮ですが、ぜひ、いろいろな「答え」を認め合った場として個々人の「答え」の正しさをそれぞれの言葉で競い合えることを願っています。自分自身の「答え」の正しさを前提に他者を蔑むような批判の仕方は控え、立場や視点、考え方の違いがあっても、いがみ合わないことの大切さも繰り返し訴えさせていただいています。このような思いは現実の場面や国際社会の中でも同様であり、ウクライナの問題でも武力衝突という最悪な事態だけは避けた解決策が見出せることを強く願っているところです。

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コメント

コピペします。前後をぶった切るので、このコメントだけを読んだ方は、OTSUさんの本文をお読みください。
議会の質問投げのようなことをしますが、真意が理解できないので、更問のようなことをしたいと思います。

>狭い範囲でしか理解を得られないような内向きな運動方針に過ぎない
とは、OTSUさんの関わる活動でどのような活動をさすのでしょうか?思い当たる活動をされているのであれば、おっしゃるとおり、即刻、変えていくことが肝要だと思いますが、どのように変えたらよいと思われますか。

>推薦議員の長島昭久さんとの関係などから右に傾いているという批判を受ける時もありました。
地方公務員として、特定政治団体に所属する議員を推していることを公言するのは法的にはばかられると思いますが、組合活動と地方公務員としての立場をどのように分けていらっしゃいますか。

>特別な憲法のもとに進むのかどうかが重要な論点になっている
特別な憲法とは硬性憲法のことをさすと推察しますが、憲法は必ずしも改正できないものではなく、将来の議論のために、改憲規定があると考えます。
そこで、硬性憲法であることを前提に頑なに平和主義を主張される団体があるのはいかがなものかと思いますが、見解如何。

>反知性主義に陥らない懐深さのもと
OTSUさんにおける反知性主義の定義がよく理解できません。反知性主義をどのようにお考えなのか見解如何。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年3月23日 (日) 22時08分

でりしゃすぱんださん、さっそくコメントありがとうございます。順次、番号を振った上で取り急ぎお答えします。これ以降、次の週末までレスできないものと思いますが何卒ご理解ご容赦ください。

①反戦平和に関わる活動方針を指していますが、私自身、基本的な方向性を否定する立場ではありません。したがって、即刻変えるような考え方を今のところ持っていません。

②組合が特定の候補者を推薦する行為は法的に問題ありません。地方公務員の政治活動も一定の制約がありますが、それを踏まえて組合役員を担っています。詳しくは過去の記事もご参照いただければ幸いです。

2012年12月9日 再び、地公法第36条と政治活動
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2012/12/post-922c.html

③私自身の問題意識はインデックスに掲げた「改憲の動きに一言二言」の中で記したとおり現行の第96条の要件「3分の2以上」のもとに改憲されるのであれば、それはそれで国民の判断だと思っています。「硬性憲法であることを前提に頑なに平和主義を主張される団体」に対してのお尋ねですが、平和憲法を絶対守るという意味での姿勢の一つとして必ずしも否定するものではありません。

④前回記事と今回記事の中で再三触れているとおり「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という問題意識を重視しています。その上で、反知性主義の定義は他者の視点や立場に思いをはせられず、独りよがりに陥ることだと考えています。

投稿: OTSU | 2014年3月23日 (日) 22時44分

OTSUさん、こんばんは
各地で春一番が吹いたようで、ようやく春が近づいているのだなと思います。
年度末なのでお忙しいとは思いますが、どうぞお身体にはご自愛ください。

今日は平和の話ですね。
私は、以前の記事を全部読んでいるわけでもなく、最近の記事も斜め読みの時も多いので、もしかしたら的外れなコメントをするかもしれませんがご容赦ください。

以前もコメントしましたが、私自身は労働組合が平和活動を行うことに違和感を感じています。
ただ、労組が、公務員労組が、平和活動などすべきではないとは思いません。あくまでも、自分が加入する労組での違和感です。
もっとも、民間労組と公務員労組を分けて考える必要はないのでしょうしね。(もちろん、ストライキなどの争議権については、区別が必要でしょうけど)

その上での感想になります。

・労組が行う活動は、組合員の同意があり、また国民・住民からの強い反対がないのであれば、別に何をしようが構わないと思っています。その点、労組活動が内外に理解を得られるべきものとのOTSUさんの意見は理解できます。
・右と左については、すみませんが興味がありません。他人が付けるレッテルに過ぎないと思っていますので。
・憲法の平和主義については、特に9条2項の戦力不保持が他の国ではないのだろうと、その点で特別なものと言われていると思いますが、現実には自衛隊がある訳で、私は自衛隊は戦力であり憲法違反だと思っています。しかし、今の日本においては自衛隊は必要な存在であり、国民も認めていると思っていますので、早く憲法改正が必要だと思っています。
ただ、集団的自衛権については、もっと議論が必要だと思います。これを解釈改憲で行うのは筋違いではと思っています。
・>誰もが戦争を忌み嫌っているはずです。
これは、そうなのかなと思います。もちろん、今の日本人のほとんどはそう思っていると思いますが。
こんな風に思うのは、日本が何故アメリカとの戦争に突入したのかということを最近よく考えていて、その中では、きっと国民の中にも戦争に賛成するものが多かったのではと思うからです。
・歴史認識を含めた「国益」ですが、書きたいことはたくさんあるのですが、端的に言うと、政府は例え国民から罵られようが「真に国益」を図るべきではないかと思っています。

今日もとりとめもないことを書いてしまいました。
明日から、また仕事に頑張りたいと思います。
おやすみなさい

投稿: 地球人 | 2014年3月23日 (日) 23時05分

OTSUさん、早速のお返事ありがとうございました。
私はOTSUさんの立場からして、いろいろご発言に難しいものがあると考えています。
ですから、納得できるところもあり、もう少し真意を確かめたいという思いもあることをご承知願いたいと思います。
行政は、広範囲なことがらを、いろいろなしがらみのなか、行っていくのは重々承知しています。
組合活動も、職員をいち労働者として考えた場合、むちゃくちゃな労働環境を改善するための方便であることも理解しています。
いろいろ、理解できることがあるので、上記のOTSUさんに対する更問はしません。たぶん。
眠剤を飲んでしまったので寝ます。身体を壊しているものですから。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年3月23日 (日) 23時09分

おはようございます

平和の話題が多くなった原因のひとつは私にあるなあと思いますが、
特にOTSU氏に質問するつもりはありません。

私がOTSU氏流で難解だなあと思うのは以下のような文例です。

>反戦平和に関わる活動方針を指していますが、私自身、基本的な方向性を否定する立場ではありません。したがって、即刻変えるような考え方を今のところ持っていません。

>平和憲法を絶対守るという意味での姿勢の一つとして必ずしも否定するものではありません。

この文言がもっとも例示しやすいのですが、質問者がこれは〇〇ですk?と尋ねて
賛成か反対の答えを予測するも、回答は「〇〇は否定するものではない。」とある。
この言い回しは、いろいろと解釈できて結局は賛成か反対かわからない場合が
あります。もちろんどのような言い回しをするかはOTSU氏の自由であり問題は
ありませんが、理解できるか理解できないかの問題は存在します。

上記文例もこのような回答なら簡単に理解できます。

>反戦平和に関わる活動方針を指していますが、私自身、基本的に賛成してます。したがって、即刻変えるような考え方を今のところ持っていません。

このような文書なら判り易いと思うのですがね。

先ほど言及したとおりどのよな言い回しもOTSU氏の自由なので問題は存在しませんが
伝えた伝えてないなどの些細な問題は簡単に回避することが可能だと思います。
あるいは論点ずらし等の指摘は完全に無視するのも簡単かもしれません。

投稿: nagi | 2014年3月24日 (月) 10時59分

三月になってからあまり声明を出さない平和フォーラムを生暖かく
見ていました。ようやく出したと思えば竹富町の教科書問題に関する
内容。世界はウクライナ問題にゆれているのに、さすが「平和」団体は
違うなあと感動しました。

以前から何度もOTSU氏に質問して迷惑をお掛けしましたが、
実はどのような団体であるか簡単に説明ができるのです。

そして活動内容の理由もはっきりしています。
「アメリカが悪い」と結論があっての行動内容です。
この結論に基づいて活動してるので、声明など見てもあのような
内容になります。

だから、シリア問題では声明を出し、ウクライナ問題では声明を
出さない。わずかでもアメリカに利する可能性があることをすべて
だんまりを決める。無視する。スルーする。これが原則なのです。

だから国内の基地問題は熱心に取組む。軍艦にも抗議する。
日本の協力にも抗議する。イラクやアフガニスタン問題にも
熱心になる。一方、北朝鮮、中国、パレスチナ、ウクライナなどに
関してはスルーする。

とても判り易い内容ですね。

「アメリカが悪い」この基本原則にしたがって活動する団体と
考えると見事に全てが説明できる。

まあOTSU氏のように真面目に平和活動に取組まれてる方にとって
あまりにもバカにしたような団体だなあと正直思いますね。

投稿: nagi | 2014年3月24日 (月) 18時50分

書かぬといっておきながら、どうも、この辺だけは得心しません。

公務員であるひとの政治活動については、国公法や地公法で定めているとおりです。
一方で個々人の信条の自由も憲法で担保されており、個々人が何を考えていようが、かまうこっちゃないということになっています。

ただし、この問題は法令に対して触法であるのかどうかグレーゾーンであるかどうかではなく、コンプライアンスの問題であると考えています。
コンプラというと「法令遵守」のことと誤解されますが、社会に対する道徳や背反とならないかどうかも含まれています。

公務員にコンプライアンスを説くのは無理があるかもしれませんが、もっと平たく言うと、マナーの問題ともいえると思います。

このブログは、いわば「平場」であって、雑談レベルのものじゃない性格を持っているようです。それはOTSUさんが、そういう場になさっていらっしゃる。

それならば、なぜ長島氏をフルネーム名指しで応援しているようなことを平気でお書きになるのか。
労働組合員の立場であることはもちろん、公務員の立場でもあるわけですから、このあたりのマナーには気を付けていただきたいです。触法してるかどうかなんて、コンプライアンス的な問題としては、関係ないですから。
一般ピープルが考えている、公務員のあるべき姿のイメージと法令違反はあまり関係ないです。

もっとも、このブログを開設しているOTSUさんが、公務員を自称しているだけかもしれないし、確かめようもなく、読み手のリテラシーが高ければ、無視できる内容ではあるのですが。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年3月25日 (火) 09時48分

平和フォーラムの記事で「戦争をさせない1000人委員会」を
立ち上げたらしい、集団的自衛権の行使容認は絶対認めないらしい。

つまり、正しくは「日本が占領・虐殺されてもかまわない1000人委員会」と
いうことだろう。

この時の司会者はなんと、元国立市長も上原公子氏である。
市長時代に無法市制を行い、なんと住民訴訟で損害賠償を命じられた
あの上原公子氏です。

しかしリベラルの方々は日頃三権分立や住民参加を声だかに言うのだが
自分達に不利な判決がでると、なんと裁判長の個人攻撃から罷免運動まで
行なう。住民訴訟ですら否定する。言ってることが矛盾しませんか?

政治家として、無断で最高裁に上訴した説明責任を果たすべきだろう。
自分の行為が信念に基づくなら、説明できるはずだ。

まあ都合の悪いことは見えない聞こえないのだろう。だからこのような
活動は暴力行為へと発展する。あさま山荘事件から何年経過したのか。

投稿: nagi | 2014年3月27日 (木) 09時57分

袴田さんの拘置が停止され、高裁もそれを支持しました。地裁が検察や警察を
非難していたが、判決をくだしたのは裁判所であり、裁判所こそが非難に
値すると私は指摘したい。

素人が見ても矛盾してるような証拠や、再現性を確保してない物証を証拠
採用したり、無意味な拘留を認め続けるのも全て裁判所が疑わしきは被告の
利益の原則に立っていないからおこる。

腐っているのは検察も警察もだろうが、やはり腐りきってるのは裁判所で
間違いないと思う。

もっとも、今回の件で死刑制度と結びつける動きにはうんざりですが。
この件は、量刑の内容ではなく、自白偏重の捜査や検察の証拠の開示など
また証拠採用の問題であり、死刑制度は関係ありません。
死刑廃止派が利用してるにすぎません。
無期懲役で服役してる方々にも、冤罪の可能性が高い方がいるのだが
それらの支援はおざなりのようである。

投稿: nagi | 2014年3月28日 (金) 18時00分

地球人さん、でりしゃすぱんださん、nagiさん、コメントありがとうございました。

でりしゃすぱんださんからは紹介した以前の記事「再び、地公法第36条と政治活動」を読まれた上での更問なのかも知れませんが、「法令に対して触法であるのかどうかグレーゾーンであるかどうかではなく、コンプライアンスの問題である」という指摘を受けてしまいました。たいへん恐縮ながら私の見解はその記事に綴ったとおりのものであり、このコメント欄でも紹介した記事の一部を改めて掲げることで私からの「答え」とさせていただきます。

>地方公務員法第36条で、地方公務員は特定の政治的立場に偏らず、中立であることが求められています。ただし、この法律をもって地方公務員の政治活動が一切禁止されている訳ではありません。地位利用による選挙運動の禁止や公務員のままで立候補できない点、さらに当該職員が属する区域での選挙運動などが制限されている程度です。さらに地公法第36条は職員の政治的行為の制限を定めていますが、この規定は労働組合の政治的行為を制限するものではありません。組合が特定の選挙へ向けて、特定の候補者の支持や推薦を決め、組合員へ周知することは組合活動の範囲とされています。

>ただ残念ながら「政治的立場に偏らず、中立であること」のみがクローズアップされ、そのあたりの区分けが充分理解されていない現状であることも痛感しています。ここでも強調しなければなりませんが、法的に問題があるかどうかではなく、公務員が政治活動に関わることに対し、違和感を持たれている方々が少なくないことの認識は持ち合わせているつもりです。それでも「自治労の政治活動は違法の疑いがある」と批判されるようであれば、定められたルールの範囲内で活動し、一定程度必要な活動であることの説明も繰り返さなければなりません。そもそも第36条は条文の最後にあるとおり「職員の利益を保護することを目的」とされている点が見落とされがちです。

>例えば上司であり、政治家である首長の選挙に職員が巻き込まれないような規定だと言えます。このように書くと、職員組合が自分たちの自治体の首長候補を推薦するケースを指摘し、「矛盾している」と批判される方が少なくありません。その点は労働組合の活動の範疇として政治活動が社会的にも法的にも認められ、公務員の組合も例外とされていない現状があります。さらに前述したとおり地公法第36条は労働組合の政治的行為を制限するものではない点から、これまで当たり前な活動の一つとして取り組まれてきました。

>ちなみに自治労の構成員は地方公務員ばかりではありません。離籍した組合役員の専従者、自治労に採用されているプロパー職員、民間会社の労働組合の自治労加入も広がっているため、中央本部や県本部レベルで他の産別と同じような政治活動を展開していたとしても特に批判を受ける話ではありません。もちろん私自身をはじめ、地方公務員の身分を有している組合員は地公法第36条や公職選挙法を順守し、その範囲内での活動にかかわっていくことになります。

>加えて、地方公務員の政治的な中立性の問題ですが、個々の職務の中で貫かれていることは言うまでもありません。住民の皆さんと接する中で、政治的な立場をかもし出す職員は皆無であるはずです。合わせて、この中立性は選挙によって就任する首長との関係性においても求められています。どのような経緯があった選挙結果だったとしても、民意を代表した首長のもと職員一人ひとり、全力で支えていくことが当たり前な話でした。このような大前提のもと、公務員も一定の範囲内において政治活動の自由は保障されるべきであり、そのことが国際的にもスタンダードな姿でした。

>しかしながら、その一定の範囲や線引きについて、人によって様々な見方があることも認識しています。「もっと厳しくすべき」という意見があり、大阪市のように厳格化を強めた条例を制定する動きもありました。特に地方公務員と国家公務員に対して法律が異なっている中、その違いを疑問視されている方も多いようです。「当該職員の属する区域」という側面から両者の枝分かれがあるように理解していますが、国家公務員に対する規制をはじめ、大阪市の「職員の政治的行為の制限に関する条例」の問題性を指摘する声があることも確かです。

以上が私自身の認識であり、コンプライアンスもマナーにも問題があるとは考えていません。でりしゃすぱんださんを充分納得させる「答え」に至っていないかも知れませんがご容赦ください。なお、新規記事は話題がガラッと変わりますが、その記事の冒頭でnagiさんからの「否定する立場ではありません」という言い回しなどの指摘について触れています。特に質問ではないというお話でしたが、ネタの一つとして取り上げたところですのでご容赦ください。

投稿: OTSU | 2014年3月29日 (土) 20時30分

OTSUさん。
コンプライアンスを公務員に説くのは、無理かもしれないと、ひとこと添えたはずです。

コンプライアンスの「基準」を決めるのは、組織内部の人たちではありません。組織内部のマニュアルや常識では計ることができないのが「コンプライアンス」です。

周りの人々が「それって変だよおかしいよ」といっていることに、真摯に耳を傾けること、それも「コンプライアンス」です。

何も、OTSUさんの過去に掲載された自己解説など聞いてはいません。それは、組織の中の人の自己満足に過ぎないからです。「公務員労組は触法していませんということ=免罪符」にはならないということであるし、そもそも法令というものは、時代の要請によって変わるのです。

あらためて、引用するあたり、ますます、変な印象を与えてしまうと思います。

コピペはコピペで、また、物議を醸している件がありますね。
ご自分の、今の素直な気持ちを書いてみてはいかがと思いますね。生の声じゃないな。これでは。自己弁護だな。コピペじゃね。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年3月30日 (日) 16時40分

でりしゃすぱんださん、コメントありがとうございました。

指摘を受け、明らかに襟を正すべき点であれば襟を正していかなければなりません。そうでないのであれば、こちらの考え方の理解を求めていく努力を重ねています。そのような関係性が当ブログを続けている目的の一つでもあります。ただ残念ながら分かり合うことの難しさを知り得る機会にも繋がっていました。

なお、でりしゃすぱんださんの期待している「生の声」のレベルが私自身にはよく理解できていませんが、あえてギスギスした場にしないために言葉や表現を選んでいることも確かです。そのような点が分かりにくさや物足りなさを醸し出しているのかも知れませんが、自分自身にとって背伸びしない「素直な気持ち」を綴っているつもりです。そのような場であることを改めてご理解願えれば幸いです。

投稿: OTSU | 2014年3月30日 (日) 21時59分

時間かかりました。大まかですが全部目を通しました。
ですが、同じ質問を繰り返したいくらいです。不毛なのでやりませんが。
そもそもリンク先のコメントにもきつい質問には答えないと書かれてるじゃないですか、それも何度も(笑

大体どの記事でも

サヨク的な記事を載せる

コメントらんで噛みつかれる

管理人『じゃ、また来週!』もしくは
『人生いろいろ、思想もいろいろ』

でうやむや
の繰り返しじゃないですか。

まぁ常連さんのnagiさんが聞いてる時点で過去の記事見ても分かるはずないだろうなぁとは思っていましたが。

とはいえ、あの質問には答えられないのは分かっていましたよ。自治労の教義を守りつつ、かつ自分が攻撃されない回答は無理だと確信してましたからね。意地の悪いコメントでした。

なぜなら、自治労の大会という名の洗脳集会に何度も行ったことがありますからね、私も。自治労の仲間(笑)として…。

せっかく一通り見させてもらったのでひとつ感想を。
どの記事かの、mobileSEさん?だったかな、の自治労を強烈にこきおろしたコメントが一番印象的でしたね。
言い方はキツいですが、内部から見てる私からすれば、まさに的確な表現だと思いましたよ。

ここでもそうですが、自治労は討論をしませんもんね。まず結論、自治労の教義が頭にあり、その中で話をするだけですからね。まぁ組織として当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが。

なんていうか、異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね。
自分の思想を垂れ流すだけ。
つまり、本気で日本の将来について責任をもって考えていない。あ、いや、日本という国のことはどうでもいいんでしたっけ?愛国心とか、押し付けになりますもんね、思想の。
税金を給料として貰っている公務員が例えプライベートだろうが愛国心押し付けんなって、結構ふざけた主張のように思いますけどね、ワタシの感覚では。

投稿: たま | 2014年4月 6日 (日) 10時45分

たまさん、コメントありがとうございます。

答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について痛感してきました。このような言葉も、たまさんからすれば不誠実な「答え」に映るのだろうと推測しています。私も多くを繰り返しませんが、「自治労は討論をしませんもんね」などいくつか首をかしげざる得ない見方を持たれているようです。私自身も自治労大会には数多く参加していますので、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。しかし、だから「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などは決め付けや偏見の類いであるように感じています。

投稿: OTSU | 2014年4月 6日 (日) 21時56分

たま氏とOTSU氏のやりとりが興味深いですが、

>答えていてもご自身の「答え」からかけ離れている場合、「答えていない」という指摘を受けがちな点について痛感してきました。

この文には私も疑問があります。質問者が考える正解と回答者が考える正解が不一致だから
「答えていない」という指摘ではないと理解しています。
私が以前、OTSU氏に申し上げたのは「答えを受け取ることができない」あるいは
OTSU氏が言うところの「答えが理解できない」場合です。

単純な例えで言うと、ある日本人が日本語で質問し、日本語を理解できる
エジプト人がアラビア語で回答した。しかし日本人はアラビア語を理解できないので
回答されたのか質問されたのか、あるいは他のことを言ったのか理解できない。

このような状況であると以前申し上げました。

多くの質問者が言ってることは、上記のような意味だと私は解釈しています。

その点を踏まえて、たま氏からの発言に対してOTSU氏が示した文で、

>私自身も自治労大会には数多く参加していますので、きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。しかし、だから「異なる意見を闘わせてより良くしていこうっていう考えがないんですよね」という指摘などは決め付けや偏見の類いであるように感じています。

OTSU氏より、「きめ細かい討論というスタイルを取っていない場であることは承知しています。」と
事象を確認しています。その事象に対して、OTSU氏の考えが示されていますが、
考えを示すより、OTSU氏が知る、反証となる事実を提示し、「このような方法で異なる意見を
闘わせ良くしていこうとしている」と示されるほうが有効であると思います。

そうでないと、なぜ決め付けなのか、なぜ偏見なのか、他の者には理解できないからです。

長々と書きましたが、興味深いやりとりでしたので発言しました。
これはOTSU氏に対しての批判ではありませんので、よろしくお願いします。

投稿: nagi | 2014年4月 8日 (火) 11時58分

Σ(゜□゜)
チンタラ書くこと考えてたらnagiさんにうまい事まとめて先に書かれちゃった!


ともあれ、管理人さん回答ありがとうございます。

○ひとつめ コメントの回答について
nagiさんが書いてくれたとおりなので省きます。


○ふたつめ 組合の平和活動について
書き方が悪かったかもしれません。
少なくとも私の所属する組合・単組では、これまで一度たりとも平和に関する、なんていうか議論の場があったことはないのですよ。
東京の方では違うのかもしれませんが。

では、平和に関する主張がうちの組合ではないのか?と言われればNO
なんでか知らぬ間に反戦・平和だと謳っています。

私の感覚では、広い視野で見れば、言い方は悪いですが公務員の勤務環境なんぞより規模の大きな主張であると思います。
にもかかわらず、管理人さんも言われているとおりきめ細かい討論の場がないのに、なぜ結論だけは作られていくのですかねぇ、不思議でなりません。

あと、私の決め付けとやらについてですが、決めつけなどではなく今まで在籍した中での私の感想です。
そういう決め付けは勘弁してもらいたいです。まぁこれは言葉遊びです。

上にも書きましたが議論を闘わせたことは、少なくとも私の経験の中には微塵もありません。
そういうテーマに触れたときは「自衛隊は必要だ」「憲法改正は必要だ」と私はことあるごとに自治労の協議に反する発言してきました。
結果どうなったか・・・、黙殺。
大会でそんな発言自体がなかったことになりました。私だけじゃなかったこともあったんですけどね。

で、大会では反戦・平和へのタタカイの必要性を確認できた!僕たちの戦いは続いていく!!
ですわ。笑えます。数の暴力による言論弾圧って怖いですね。

投稿: たま | 2014年4月 8日 (火) 22時12分

nagiさん、たまさん、コメントありがとうございました。

いろいろ申し上げたいこと、申し上げなければならない点があるようですが、新規記事が「コメント」に関わる内容を予定しています。直接的なレスとはならないかも知れませんが、その中でいろいろ思うことを綴らせていただくつもりです。基本的にコメント欄からは距離を置き、記事本文に集中するスタイルに改めていますのでご理解ご容赦くださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2014年4月12日 (土) 20時56分

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