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2014年3月29日 (土)

65歳までの雇用確立の第一歩

この4月に消費税が5%から8%に引き上げられます。同時に石油石炭税(温暖化対策税)も1リットル当たり0.25円増えます。3月末、ダブルでの値上がりを前にし、ガソリンスタンドに並ぶ車が目立っています。他にもあまり話題になっていませんが、住民税の均等割も引き上げられます。東日本大震災後、自治体の防災・減災事業に対する財源確保のため、2014年度から10年間、個人住民税均等割の標準税率が500円加算されます。私どもの市の場合、これまで市民税3千円、都民税千円でしたが、それぞれ500円増えて5千円となります。

以前「消費税引き上げの問題」という記事を投稿していました。その記事の中で、私が消費税引き上げについて「反対ではない」と表明していました。するとコメント欄でnagiさんが「反対ではない」と「賛成です」の違いを指摘されました。前回の記事「平和の話、インデックスⅡ」でもnagiさんから「否定するものではありません」という私の言い回しに対し、「いろいろと解釈できて結局は賛成か反対かわからない」という指摘を受けました。私にとって「反対や否定するものではない」という言葉は文字通り理解いただきたいものであり、それほど分かりづらい表現という自覚がありません。

消費税の引き上げで言えば、積極的な賛成ではなく、「やむを得ない」というニュアンスから発している言葉でした。このあたりの言葉の使い方一つ取っても、的確な意思疎通の障害になることを改めて感じる機会となっています。シロかクロかを明確化させながら論理的に物事を考えていくデジタル思考派なのか、シロかクロか簡単に結論を決め付けられず「グレー」も認めていくアナログ思考派なのか、そのタイプの違いから生じる分かりづらさも多いのだろうと思っています。私自身は後者に位置付けられるはずですが、それぞれのタイプの優劣を問うつもりがないことも一言添えさせていただきます。

さて、2年前に「高齢者雇用の課題」という記事を投稿していました。老齢厚生年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられています。定額部分が2013年度に65歳となり、報酬比例部分も2013年度から段階的に65歳まで引き上げられていきます。そのため、定年後に「無年金・無収入」とならないための対策が社会的な課題となっていました。2014年4月1日以降、無年金期間が発生することから雇用と年金の接続に向け、これまで私どもの市においても再任用制度の見直しについて労使協議を重ねてきました。

その結果、定年退職後、希望者は全員65歳まで再任用で雇用することなど基本とした労使確認に至り、今年3月末の定年退職者から適用されます。労使協議を進める中で、本人の事情によって短時間再任用を認める合意内容となりました。当初、市当局は定数管理上の問題を考慮し、週5日(フルタイム)勤務の再任用を希望した場合でも、職の数や業務経験によって短時間再任用や再雇用での雇用となる場合があるという考え方を示していました。それに対し、組合は「年金と雇用の接続」という趣旨を踏まえた際、到底受け入れられない旨を訴え、本人の事情によって選択できる制度に改めた経緯もあります。

この4月以降、65歳までの雇用確立に向けた新たな一歩を踏み出します。労使確認事項の一番目には「再任用の職務は正規職員と同様とする」としています。人生の大きな節目である定年を迎え、いったんリタイアしたという意識が働きがちとなります。退職時の給与額から比べれば大幅な減収となり、それまでと同等な役割と責任を負っていくことの悩ましさもあるはずです。現職側としては元上司や先輩を指示する立場となり、いろいろやりにくさも生じるのかも知れません。これまでも同様な話が取り沙汰されがちでしたが、今回の再任用制度の見直しに伴い、いっそうリタイアという一区切りから距離を置いていかなければなりません。

しばらくは再任用の方も現職の皆さんも手探りで制度を育んでいくことになろうかと思います。さらに昨年末には、いったん見送られていた公務員の定年延長を改めて具体化する国の動きが見られていました。2016年度までに定年を段階的に65歳まで延長することを自民、公明、民主の三党が合意したというものです。2016年度までに法改正されれば、段階的に定年年齢が延長され、1961年4月2日以降に生まれた方から65歳定年となる見通しです。このような動きも踏まえ、60歳が定年という大きな節目、一つのゴールでもありましたが、今後、ますます65歳まで「現役」という意識改革が求められていきます。

したがって、誰もが65歳まで健康で活き活きと働き続けられる職場をめざし、よりいっそう組合としての力を発揮できればと考えています。なお、このような制度変更にあたり、定年を迎えられる皆さん一人ひとりに改めて「組合員継続について」の案内を出させていただいています。ちなみに管理職の皆さんに対しても「組合再加入のお願い」を送らせていただいていました。これまでも管理職だった方が再任用となり、組合に再加入したケースが複数あります。ぜひ、この機会に多くの方が再加入されていく流れに繋がれば幸いなことだと考えています。

最後に、「高齢者雇用の課題」の中でも触れた問題意識を付け加えさせていただきます。かつては社会的な週休2日制の実現に向け、公務員側が先行し、全体的な底上げをはかる役割を果たしていました。そのような情勢ではないことを認識していますが、官民お互いが前に進めず、望ましい社会的なゴールから遠ざかっていくのも好ましくないものと感じています。定年制に直接関われない非正規雇用の問題、高齢雇用の延長によって一時的に減少する新卒者の問題などを軽視するつもりもありません。しかし、高齢者雇用は民間も公務員も問わず、勤労者にとって切実な課題であることを押さえていかなければなりません。

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2014年3月23日 (日)

平和の話、インデックスⅡ

このブログは過去の記事の積み重ね、さらに今後も続けていくという連続性の中に位置付けています。要するに単発なものではなく、週刊誌の連載記事を担っているような意識で毎週更新しています。それでも以前の記事(「一期一会」と改めて当ブログについて)に記したとおり初めて当ブログを訪れてくださった方々からも、ご理解いただけるような記事の投稿にも極力努めています。なるべく1回ごとに完結した内容であることを基本とし、関連した内容の説明には以前投稿した記事のリンクをはるようにしています。

とは言え、閲覧者の大半はリンクをはった記事を読まれることがなく、当該の記事に書かれている内容自体が評価されていくものと考えています。また、常連の皆さんが以前の記事に綴っていた内容すべてを把握されているとは限らない現状にも留意しています。したがって、ますます「一期一会」の心得の大切さを念頭に置きながら、毎回、新規記事の投稿に向かい合っているつもりです。しかし、どうしても説明不足な点が残り、意図が充分伝わらない場合も多く、ネット上での意思疎通の難しさをも感じていました。

前回の記事「反知性主義とは?」は他のサイトの内容の紹介が中心となり、私自身の直接的な言葉は多くありませんでした。これまでも著作権の問題を押さえた上、他のサイトの内容を紹介する時が多々あり、前回の記事だけ特異な扱いだった訳ではありません。反知性主義について具体的なイメージを膨らませる一助として、自分の言葉に置き換えるよりも手っ取り早く他のサイトの内容をそのまま紹介したに過ぎません。批判の仕方に一部問題があることも指摘した上で、多面的な情報を提供する機会の一つとして紹介しながら、評価は読み手の皆さん一人ひとりに委ねさせていただいていました。

その中で、私自身が語った言葉「事実を繋ぎ合わせた内容であることも確かであり」に対し、メディアは「事実の間に装飾ほどこして都合のよい解釈にしている」「前後の文脈をぶった切って切り貼りすることもある」という批判意見が示されていました。まず私自身の「事実」という言葉は「捏造」「誤認」「誤報」と一線を画して使っています。例えばコップの中に水が半分あります。これは「事実」です。「半分しか残っていない」「まだ半分もある」という記述の仕方ができますが、それぞれの表現から受け取る印象は変わってきます。

このような記述の使い分けは、メディアや筆者の立ち位置によって意図的に行なわれているはずです。加えて、発言の一部が切り取られることに不本意さを訴えられる場合も多いようですが、発した言葉自体が「事実」であれば、その言葉自体に責任を負わなければなりません。「全体の趣旨から理解して欲しい」「行間を読み取って欲しい」という言い分は簡単に通用しなくなる現実は誰彼の区別なしに受けとめざるを得ないものと考えています。このような点は前述したとおり当ブログを続けている中でも頻繁に感じる発信側と受け手側との関係性だと言えました。

特に政治家や政府の要人という責任の重い方々はご自身の言葉が与える影響の大きさを充分理解され、「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という関係性を踏まえて欲しい、そのような問題意識を託したのが前回記事の趣旨でした。それにもかかわらず「自分の発言には問題なく、受け取る側に問題がある」とし、他者の視点や立場に思いをはせられず、独りよがりに陥りがちな事例の多さを憂慮し、自分自身にも省みながら反知性主義について掘り下げていたつもりです。

ここまで前回記事に寄せられたコメントを意識しながら書き進めています。私自身への問いかけに対し、すでに半分以上答えているのか、「論点ずらし」と見られてしまうのか、受け手側の印象はいろいろ分かれていくのではないでしょうか。やはり緊迫したウクライナの情勢を踏まえ、平和や安全保障面の問題などがコメント欄で意見交換されていましたので、核心的な問いかけには何も答えていないという見られ方に繋がってしまうのかも知れません。

たまさんの「この類いの質問に対する答えで真正面からの回答を聞いたことがありません」という指摘は非常に残念な見られ方ですが、「受け取る側に問題がある」という反知性主義に陥らないためにも今回の記事投稿に力を注いでみるつもりです。その一環として、新規記事を「平和の話、インデックス」の第二弾に位置付けてみました。すべて目を通していただけるとは到底考えていませんが、これまで難解な問いかけに対しても自分なりの言葉を尽くし、対応してきている一つの証しとしてご理解願えれば幸いなことです。

ちなみに前回の「インデックス」記事の投稿が2012年8月でしたが、それ以降、平和を題材にした記事が急増していることに少し驚いていました。いずれにしても「一期一会」の心得から、ここで今回の記事を終えるようでは不親切の極みとなります。以前の記事の内容を焼き直し、長々と説明を加えても「OTSU氏流の表現は私には難解なのでもう少し判りやすい内容」という声に繋がるようでは意味がありません。そのため、今回も箇条書きとし、なるべく分かりやすい言葉で前回記事のコメント欄に寄せられた意見を意識した内容の記述に努めてみます。

  • 確かに公務員労組はヒマではありません。これまで「自治労は平和運動から一切手を引くべき」という意見も寄せられていました。それ対し、労働組合の本務と主客逆転することなく、無理のない範囲で取り組むという私自身の「答え」があります。そして、取り組むのであれば、組合員の皆さんをはじめ、不特定多数の方々に向けた主張の発信も欠かせないものと考えています。たいへんデリケートな問題をネット上に掲げるリスクも承知していますが、そもそも狭い範囲でしか理解を得られないような内向きな運動方針に過ぎないのであれば、即刻見直しが必要だろうと思っています。
  • いわゆる左と右など、私自身は物事を一面的に見ないように心がけています。ただ相対的な比較の中で、右翼的、左翼的という見方があることも否定していません。このブログを通し、その主張内容から私自身は「サヨク」と見られていますが、推薦議員の長島昭久さんとの関係などから右に傾いているという批判を受ける時もありました。さらに相対的な意味で言えば、自治労の中では右に位置付けられるのかも知れませんが、あまり気にしていません。
  • 日本国憲法の平和主義をどのように評価するかどうかで、様々な各論の選択肢が枝分かれしていくように感じています。私自身、憲法第9条の範囲として専守防衛の役割を理解し、災害時における自衛隊の皆さんの献身的な働きには心から感謝しています。これまでと同様、日本は他国と異なり、「普通に戦争ができない」特別な憲法のもとに進むのかどうかが重要な論点になっているものと考えています。
  • 誰もが戦争を忌み嫌っているはずです。自民党の石破幹事長の「戦争をしないために軍隊を持つ」という言葉の真意にも偽りはないのだろうと見ています。私自身も安全保障面でのリアリズムは無視できず、日本だけ「丸腰」になるような発想も持っていません。しかし、外交カードの延長線上として「武力行使も辞さず」と考えるのか、普通の国と同じような集団的自衛権の行使に踏み出すのかどうか、慎重な議論が求められているものと思っています。
  • 歴史認識の問題では「侵略戦争ではなかった」「軍に強制された慰安婦はいなかった」という見方も頭から否定していません。一方で、このような見方がある意味で正しくても、傷付けられた側が同じ認識に立てない関係性も重く受けとめた上、すべて「日本は正しかった」と聞こえるような主張の仕方には注意しなければならないはずです。それこそ反知性主義に陥らない懐深さのもと「永遠に土下座」という発想ではなく、広い視野での「国益」を重視した近隣諸国との付き合い方が欠かせないものと考えています。

以上の私なりの「答え」に対し、いろいろ疑問や批判が多く寄せられるのかも知れません。いつもお願いしていることの繰り返しで恐縮ですが、ぜひ、いろいろな「答え」を認め合った場として個々人の「答え」の正しさをそれぞれの言葉で競い合えることを願っています。自分自身の「答え」の正しさを前提に他者を蔑むような批判の仕方は控え、立場や視点、考え方の違いがあっても、いがみ合わないことの大切さも繰り返し訴えさせていただいています。このような思いは現実の場面や国際社会の中でも同様であり、ウクライナの問題でも武力衝突という最悪な事態だけは避けた解決策が見出せることを強く願っているところです。

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2014年3月16日 (日)

反知性主義とは?

3月11日、午後2時46分、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、職場の自席で1分間の黙祷を行ないました。3年前のその瞬間から数え切れない苦しみや悲しみが始まり、いまだ行方の分からない方は2633人、避難者生活を続ける方は26万7千人に及びます。そして、福島第一原発事故によって生じている難問への対応は、これからも引き続き途方もない年月を費やしていかなければなりません。

さて、最近、反知性主義という言葉をよく耳にしています。Wikipediaでは「本来は知識や知識人に対する敵意であるが、そこから転じて国家権力によって意図的に国民が無知蒙昧となるように仕向ける政策のことである。主に独裁国家で行なわれる愚民政策の一種」と記されています。それに対し、最近、手にした新書『知の武装』の中では次のような説明が加えられていました。

反知性主義者とは決して無知蒙昧な人ではなく、実証性や客観性より独りよがりな物語に重きを置く人を指しています。反知性主義者は独特なプリズムを持ち、自らにとって都合の良いことが大きく見え、都合の悪いことは縮小され、視界から消えてしまうという見方が示されていました。外交ジャーナリストの手嶋龍一さんと外交官だった佐藤優さんの対談本で、「反知性主義の政治学」の章に書かれていた言葉です。

いわゆる左と右、それぞれの側に散見する傾向だとも言えます。ちなみに『知の武装』の中では具体的な事例をもとに著名な政治家の名前が上がり、反知性主義について語られています。このブログで固有名詞まで示して引用すると、そのことに論点が集まり、今回の記事を通して訴えたい趣旨から離れていくような心配がありました。そのため、中途半端な紹介の仕方は避け、後ほど、最近ネット上で目にした内容の全文を掲げることで反知性主義について具体的なイメージを膨らませる一助にさせていただくつもりです。

その上で「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という記述が反知性主義の論点でした。最近の記事「おもてなしについて、ある雑誌から」の中で佐藤さんの言葉をいくつか紹介しました。佐藤さんに対する評価は個々人で大きく枝分かれするようですが、私自身にとっては「国家の罠」や「国家の自縛」など興味深い内容の書籍を数多く綴られている著者の一人でした。佐藤さんの主張すべてが私自身の考え方と一致している訳ではなく、あくまでも「なるほど」と感じる言葉が多いという関係性に過ぎません。

私自身、反知性主義の批判を受けないためにも、言葉の一つ一つ、発言内容に注意しています。それでも思いがけない批判を受ける場合もあり、自分自身の至らなさを反省する時がある一方、モノの見方や価値観は本当に個々人によって差異があることを知り得る機会となっています。今回、これから紹介するサイトの内容は、人によって非常に不愉快なものとなるはずです。私自身の言葉に置き換えれば、そのような記述にならない箇所が数多くあります。それでも多面的な情報を提供する機会の一つとしてそのまま紹介し、評価は読み手の皆さん一人ひとりに委ねさせていただきます。

もう少しマトモな側近はいないのか。安倍首相の“身内”の言動が、立て続けに物議を醸している。衛藤晟一首相補佐官が、安倍の靖国参拝をめぐる米国の反応に「むしろわれわれのほうが失望だ」とケンカを売った動画が問題になったが、今度は安倍政権の経済政策ブレーンを務める本田悦朗内閣官房参与の発言が、国際社会に波紋を広げている。19日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)電子版が「戦時中の話を熱く語るナショナリスト」として、本田氏のインタビュー記事を掲載したが、その中身たるや、日本人ものけぞるものなのだ。

<本田氏は、「アベノミクス」の背後にナショナリスト的な目標があることを隠そうとしない。日本が力強い経済を必要としているのは、賃金上昇と生活向上のほかに、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだと語った><神風特攻隊が米空母に体当たりするさまを頭の高さに上げた左手を落として表現した。「日本の平和と繁栄は彼らの犠牲の上にある」と、目を真っ赤にさせながら言い、「だから安倍首相は靖国へ行かなければならなかったのだ」と語った>

経済担当のブレーンが、「中国と対峙するため」とはブッタマゲだ。NHKの籾井勝人会長といい、経営委員の百田尚樹氏や長谷川三千子氏といい、安倍の周りは、そろいもそろって、こんな連中ばかりなのだ。「これでは日本が極右の国と思われてしまう。世界中が驚き、眉をひそめていると思います。欧米先進国から危険視され、価値観を共有できない国だと遠ざけられることは外交上の大きなマイナスです」(元外交官の天木直人氏) 本田氏は「発言趣旨と違う」「アベノミクスが軍事目的とは言っていない」と反論しているが、一方で、「<靖国神社とはそういうものだ>ということをオフレコでざっくばらんに説明しようと思った」とも話している。ここに、この問題の核心がある。

今や全世界からこの国の知的程度が笑われている 「どんな思想信条を持とうと自由ですが、国際社会は安倍首相が戦後レジームをひっくり返すつもりなのかと危惧している。ナチス・ヒトラーと同類と見ているのです。そこに側近の物騒な発言が続けば、<やっぱりそうか>と思われる。衛藤氏も籾井会長も発言を撤回しましたが、立場のある人間が好き勝手に発言しておいて、それが問題になると<個人的見解だ>というのは国際社会に通用しません。ましてや、<偏向報道だ>とメディアに責任転嫁するのは大間違いです。発言が個人的な見解であろうと、こういう歴史観の持ち主が集まった政権だということ自体を世界は不安視しているのです」(政治評論家・森田実氏)

事実、WSJも<安倍首相は周囲に率直な物言いの側近を集めており、その多くは日本政治の右派だ。彼らは重要な問題について首相の考えを知る手がかりを提供している>と書いていた。側近の発言は、そのまま安倍の考えと受け取られる。当然のことだ。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は19日の朝日新聞で、安倍側近の問題発言の背景にあるのは「反知性主義」だと言っていた。自分の主義信条というか、狂信的とも思える極右思想にコリ固まり、異なる考えを排除し、物事を客観的に見ることができない。

佐藤氏は<自分が理解したいように世界を理解する「反知性主義のプリズム」が働いているせいで、「不適切な発言をした」という自覚ができず、聞く側の受け止め方に問題があるとしか認識できない>と分析する。正鵠を射た指摘だろう。取り巻きがこれだから、トップのオツムの程度も知れる。というか、首相がバカだから同じレベルの人間を集めてしまう。かくて、知性のカケラもなく、合理的な判断能力もない連中が、国の舵取りを担うことになる。ゾッとすると同時に、国民として情けなくなる。【日刊ゲンダイ2014年2月21日

上記はいつも政権批判を前面に出しているタブロイド紙の記事内容であり、その発信元を知るだけで眉に唾を付ける方も多いのかも知れません。しかし、表現が過激だったとしても事実を繋ぎ合わせた内容であることも確かであり、「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という論点について考えるべき事例が含まれているものと思っています。続いて、神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんのブログからの転載となります。

3月5日の毎日新聞朝刊にインタビューが載りました。お読みでないかたのためにオリジナル原稿をアップしておきます。ちょっと紙面とは文言が変わっているかも知れませんが大意はそのままです。

ー中国、韓国との関係改善が進まず、米国も懸念しています。

内田 長い歴史がある隣国であり、これからも100年、200年にわたってつきあっていかなければならないという発想が欠けている。安倍政権は外交を市場における競合他社とのシェア争いと同じように考えているのではないか。韓国や中国との「領土の取り合い」と経済競争における「シェアの取り合い」は次元の違う話だということを理解できていないように見える。昨年12月の靖国神社の参拝も、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移転先の名護市辺野古への埋め立てについて沖縄県知事との話し合いがついた直後に行われた。米国に「貸し」を作ったので、今度は米国が厭がることをする「権利」が発生したと考えたのだ。本人はクールな取引をしているつもりだろうが、米国は同盟国としての信頼を深く傷つけられた。安倍政権はアメリカを「パートナー」ではなく、市場における「取引相手」だとみなしている。その「実のなさ」が米国を不安にさせ、苛立たせている。

ーなぜ短期的な発想になるのですか。

内田 民主主義は政策決定にむやみに時間がかかる政体である。時間がかかるかわりに集団成員の全員が決定したことに責任を引き受けなければならない。「そんな決定に私は与っていない」という権利が誰にもない。政策決定が失敗した場合でも、誰かに責任を転嫁することができない、それが民主制の唯一のメリットだということをたぶん首相は理解していない。民主制が政策決定の遅さと効率の悪さに首相は苛立っている。たぶん彼は株式会社と同じように、経営者に権限も情報も集約して、経営者の即断即決ですばやくものごとが決まる仕組みを政体の理想としているのだろう。会社経営の失敗はせいぜい倒産で済むが、国家の失政は国土を失い、国民が死ぬことさえある。その違いを理解していないのだと思う。そのような「楽観的な」政権運営を可能にしているのは国民的規模での反知性主義の広がりがある。教養とは一言で言えば、「他者」の内側に入り込み、「他者」として考え、感じ、生きる経験を積むことである。死者や異邦人や未来の人間たち、今ここにいる自分とは世界観も価値観も生活のしかたも違う「他者」の内側に入り込んで、そこから世界を眺め、世界を生きる想像力こそが教養の本質である。そのような能力を評価する文化が今の日本社会にはない。

—ただ、中国も韓国も理解するには難しい国です。

内田 どこの国のリーダーも「立場上」言わなければいけないことを言っているだけで、自分の「本音」は口にできない。その「切ない事情」をお互いに理解し合うリーダー同士の「めくばせ」のようなものが外交の膠着状況を切り開く。外交上の転換はリーダー同士の人間的信頼なしには決してありえない。相手の「切ない事情」に共感するためには、とりあえず一度自分の立場を離れて、中立的な視座から事態を俯瞰して議論することが必要だ。自分の言い分をいったん「かっこに入れて」、先方の言い分にもそれなりの理があるということを相互に認め合うことでしか外交の停滞は終らない。

—外交において相手に譲るのは難しいことです。

内田 外交でも内政でも、敵対する隣国や野党に日頃から「貸し」を作っておいて、「ここ一番」のときにそれを回収できる政治家が「剛腕」と呼ばれる。見通しの遠い政治家は、譲れぬ国益を守り切るためには、譲れるものは譲っておくという平時の気づかいができる。多少筋を曲げても国益が最終的に守れるなら、筋なんか曲げても構わないという腹のくくり方ができる。大きな収穫を回収するためにはまず先に自分から譲ってみせる。そういうリアリズム、計算高さ、本当の意味でのずるさが保守の智恵だったはずが、それがもう失われてしまった。最終的に国益を守り切れるのが「強いリーダー」であり、それは「強がるリーダー」とは別のものである。

この他にも最近、反知性主義という言葉を取り上げた雑誌の記事なども目にしていました。際限なく続きそうですので、全文紹介は上記の2件に絞らせていただきます。いずれにしても上記2件の内容を並べたことで、その内容の是非も含めた強い批判が私自身に対しても寄せられるのかも知れません。繰り返しになりますが、上記の内容すべて私自身の考え方と一致している訳ではありません。「だったら紹介するな」という指摘もあろうかと思いますが、いろいろな見方の「拡散」という趣旨でご理解ご容赦ください。

一つ強調しなければならない点として、首相を呼び捨てにすること自体問題であり、「狂信的とも思える極右思想」や「知性のカケラもない」というような言葉も論外だと思っています。権力者への批判とは言え『日刊ゲンダイ』の記事の中には、このブログで皆さんに控えていただくようお願いしている誹謗中傷や「レッテルはり」の類いとなるような記述が気になっていました。そもそも安倍政権の支持率は高いまま推移していますが、安倍首相への行き過ぎた批判は支持されている多くの皆さんまで愚弄していく構図に繋がりかねません。

それこそ「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という反面教師とすべき事例の一つであるように感じています。前述したとおり立場にかかわらず、反知性主義に陥らないよう常に自省していく心構えが求められているのではないでしょうか。もちろん私自身にも省みている心構えであり、一人でも多くの方が「相手を思いやる心」を大切にしていければ何よりなことです。最後に、浦和レッズのサポーターが掲げた横断幕「JAPANESE ONLY」は反知性主義を映し出した残念な事例だったと言えます。

Jリーグで史上初めて無観客試合開催処分(23日、清水戦)を受けたJ1浦和は、「JAPANESE ONLY」という横断幕を掲げたのは男性3人で、彼らを含むサポーターグループ約20人に対し、浦和戦の無期限入場禁止処分を下したと発表した。他のサポーターについてもホーム、アウェーの試合で横断幕や旗などを掲げることを禁じた。浦和の淵田敬三社長が13日、Jリーグの村井満チェアマンの後に会見した。3人は、クラブの調査に対して「最近、海外からの観光客が増えて応援の統制が取れなくなっている」「(横断幕を掲げた入り口がある)ゴール裏は『聖域』。自分たちが応援してきた場所」と掲出の理由を説明したという。3人は「差別の意図はなく、反省している」とも話したというが、クラブは「総合的にみて差別的行為」と判断したという。【朝日新聞2014年3月14日

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2014年3月 8日 (土)

ウクライナの問題から思うこと

土曜の朝、前回記事「春闘の話、インデックスⅡ」のコメント欄に「平和の築き方、平和への希求の仕方、本当に悩ましく、難しいことを痛感しています。新規記事ではウクライナの情勢等にも少し触れながら、いろいろ思うことを書き進めてみるつもりです」と記していました。夜、パソコンに向かっているところですが、ウクライナの問題について改めてインターネット検索を通して調べてみました。

ちなみに当ブログを続けていることで曖昧な知識や情報を自分の頭の中で整理する機会が増えています。ブログの題材として取り上げる際、不確かな内容のまま投稿することを必ず避けるように努めています。それでも時々、確認の仕方の不充分さや自分自身の思い込みから事実誤認の内容を投稿したこともありました。そのような時、すかさずコメント欄で誤りを指摘いただけることが多く、本当に有難く、貴重な自己啓発の場になっています。

なお、ネット上で調べた結果をもとに自分自身の言葉に置き換えて綴る時、引用したサイトを明らかにした上で当該サイトの文章をそのまま掲げる時、二通りの方法があります。後者は作業面での省力化にも繋がり、これまで多くの記事の中で使っている手法です。ただ前々回の記事「おもてなしについて、ある雑誌から」の中でも添えたことですが、そこに書かれている内容そのものや一字一句に対し、私自身が全責任を負えない側面もありました。例えば私自身の責任で綴るブログ記事本文では、安倍首相を呼び捨てにするようなことは考えられません。このような点に関しては以前の記事「言葉の難しさ、言葉の大切さ」の中で記していました。

他のサイトの内容を紹介する際、自分自身にとって興味深く感じたものが多く、いわゆるネット上での「拡散」という意識が働いていることも確かです。しかし、そこに書かれている内容イコール100%違わない私自身の主張、そのように決め付けられて辛辣に批判されてしまう悩ましさもありました。あくまでも多面的な情報に触れていただく機会の一つとして紹介しながら、読み手の皆さん一人ひとりがどのように受けとめるのかどうか、それぞれの見方や評価は委ねていくという姿勢で臨んでいます。

ついでに言い添えれば、私自身が全責任を負っている当ブログの記事本文も、読み手の皆さんとの関係は同じものでした。私自身が正しいと信じている「答え」だったとしても、皆さんに押し付けるような書き方は極力控えています。当然、自分自身の「答え」の正しさを広く理解いただければと願いながら一言一句に力を注いでいます。それでも異論や反論が示されることも常に覚悟し、できる限り謙虚な姿勢を保つように心がけています。とは言え、完全に感情をコントロールできるほどの域に達していませんので、不愉快なコメントに対しては少し冷静さを欠く対応があることも反省していました。

いつものことですが、主題に入る前の前置きがたいへん長くなっています。機会を見て記したかった内容だったため、ウクライナの問題に入る前に少し話が広がってしまい申し訳ありません。さて、ウクライナの問題がよく分かるサイトとして、マスメディアの記事を二つ紹介します。今回も自分自身の言葉に置き換えない手法を取らせていただきますが、歴史や事実関係を中心とした報道内容であり、マスメディアの場合、非難されるような記述は少ないようです。

大規模衝突により、ウクライナはソ連崩壊後最大の危機を迎えた。親ロシア的な東部・南部と親欧米的な西部で国土と住民が二分されているこの国で、今回の事態が示したのは両者の溝の深さにほかならない。単一国家としての存在に限界が近づいているとの見方すら、現実味を増してきた。ウクライナの政治はこの約10年間、親露派と親欧米派の間で揺れ動いた。2004年の大統領選では親露派のヤヌコビッチ首相(当時)がいったん当選するも、選挙での不正に抗議するデモが数十万人規模に拡大。続く再選挙で親欧米派のユシチェンコ政権が誕生した。この出来事は「オレンジ革命」と称される。

しかし、ユシチェンコ政権は内紛続きで経済も好転せず、10年の大統領選ではヤヌコビッチ氏が僅差で当選。政敵のティモシェンコ元首相は職権乱用罪で投獄された。そして昨年11月、欧州統合路線の棚上げで、親欧米派や民族主義勢力の怒りに火がついたのが今回の事態だ。振り子のような政治の根底には、ソ連崩壊期に独立を得たウクライナが国民統合の理念を打ち出せず、ソ連時代より前の「東西分断」の歴史を克服できていないことがある。長くポーランドやオーストリア領だったウクライナ西部では今も欧州への帰属意識が強く、ロシア領だった東部では親露的な住民が主体だ。

ここに、東方諸国との関係拡大をめざすEUと、旧ソ連諸国の経済統合を課題とするロシアの駆け引きが加わった。国民意識の形成が遅れたまま「東か西か」の対立が深まり、経済も行き詰まったのが現状だ。露専門家の間では、政権も野党勢力も統治能力を欠いているとの悲観的な見方が強まっている。また、過激な民族主義勢力がデモの暴力化をあおっているとみられており、政権と野党の双方が制御不能な状況に陥っているとの指摘もある。プーチン露政権は昨年、巨額の支援約束と引き換えに、ウクライナとEUの連合協定締結を阻止した。だが、当のウクライナが「破綻国家」に近づく事態は想定外だったに違いない。【SankeiBiz2014年2月20日

ロシアのプーチン大統領は1日、ウクライナへの軍事介入を上院に提案し、上院は全会一致で承認した。ウクライナ南部クリミア自治共和国でロシア軍が展開する条件が整ったことで、緊迫が続くウクライナ情勢は重大局面を迎えた。大統領は声明で「ウクライナの非常事態とロシア系住民の生命の脅威に関連し、事態が正常化するまで、ウクライナでロシア軍兵力を使うことを上院に提案した」と表明。軍事介入の方針を決めたプーチン政権の強硬姿勢に、欧米諸国が反発するのは必至だ。ロシア系住民の多いクリミア自治共和国の親ロシア派、アクショノフ首相は1日、全軍と治安部隊を指揮下に置くと宣言するとともに、プーチン大統領に治安回復に向けた支援を要請。

こうした動きを受け、ロシアのマトビエンコ上院議長は、クリミア半島での限定的軍事行動を容認すると表明。ナルイシキン下院議長もロシア系住民保護のため全手段を講じるようプーチン大統領に求めていた。親欧州連合(EU)派のウクライナ新政権のテニュフ国防相は1日、ロシアがクリミア半島に約6000人の兵力を追加派遣したと非難。半島南部フェオドシアで、ウクライナ軍部隊が武装したロシア軍人らを拘束したことを明らかにした。ロシア軍人らはウクライナ海兵隊基地に侵入しようとして捕まったという。また、報道によると、半島西部エフパトリアで、ロシア軍がウクライナ対空防衛施設の襲撃を試みて失敗したもようだ。戦闘や死傷者の有無は不明。

アクショノフ氏は「内務省、非常事態省、陸軍、海軍、税務当局、国境警備隊を掌握する。従わない指揮官はクリミアを去るべきだ」と表明。クリミア自治共和国は事実上の「軍」創設の動きを強めている。アクショノフ氏は、既に重要拠点警備で黒海艦隊と協力していると語った。アクショノフ氏は、自治権拡大の是非を問う住民投票を5月25日から前倒しして3月30日に行うと発表。また、現地のロシア総領事館は、住民へのロシア旅券(国籍)発給を拡大する用意を明らかにした。ロシアは2008年グルジア紛争で「ロシア国籍者」の保護を名目にしていた経緯があり、クリミア半島の「ロシア化」政策の一環とみられる。クリミア半島は1954年の帰属替えまでソ連ロシア領だった。【時事ドットコム2014年3月2日

専門的知識を持ち合わせていない私自身が上記の内容について特に補足することはありません。ただ他のサイトの紹介だけで終わってしまっても味気ないものと思いますので、少しだけ現在の状況や自分なりの見方などを添えさせていただきます。ロシアの軍事介入を受け、アメリカはロシアに対する制裁措置(米国内の資産凍結や入国制限など)を決めています。アメリカはEU(欧州連合)や日本に対しても足並みを揃えた制裁を求めていますが、それぞれロシアとの距離感の違いなどから微妙な温度差が生じているようです。

安倍首相はオバマ大統領との電話会談で「アメリカの対応を支持」にとどめ、制裁措置の発動までの明言は避けています。この間、安倍首相とオバマ大統領との関係性が疎遠となっている一方で、プーチン大統領との親密さが増していました。欧米諸国の首脳がロシアの反同性愛法の問題に抗議し、ソチ五輪の開会式に欠席した中、安倍首相は出席していました。北方領土問題の進展を意識した判断であり、今回の制裁措置の問題も同様な事情を抱えたまま苦慮しているようです。

軍事力を行使し、主権や領土を侵害することは許されません。今回のロシアの行動が国際的なルールに違反していることは明らかです。一方で、クリミアは自治共和国であり、その首相がプーチン大統領に治安回復に向けた支援を要請したことも事実であり、住民投票で「ロシア編入」を決める可能性があることも押さえていかなければなりません。「関係各国が情勢をいっそう緊張させる行動を避け、協力して危機を政治的に解決する方法を探すことを希望する」という声明は中国のものです。

「ロシアと米国との関係は世界の安定と安全のため最も重要であり、個々の問題で相違があるからといって両国関係を犠牲にしてはならない」という言葉はプーチン大統領のものです。それぞれの「国益」を背景に発せられているものですが、頭から否定できない「正論」であるようにも受け取れてしまいます。しかしながら今後、領土に対する覇権主義が強い国に誤ったメッセージを残すような決着も絶対避けるべきものと考えています。

今のところロシアは軍事力で他国に介入していますが、大規模な武力衝突は起こっていないようです。今後の最悪なシナリオは、内戦に発展することやロシアとの全面的な戦争に繋がることです。このままロシアの軍事介入を認められるものではありませんが、武力による解決という選択肢が避けられることを大多数の方々は望んでいるはずです。そのためには段階的な制裁措置を課しながらもロシアが譲歩できる「出口」、つまり必ず条件を示していくことも重要だろうと思います。

さらにロシアとの交渉の窓口は絶対閉ざさず、逆に多方面のチャンネルを築いていくことも欠かせません。安倍首相もプーチン大統領との個人的な信頼関係を駆使し、今回の行動が国際法に違反し、国際社会の中でロシアの孤立化に繋がることなどを直接訴えて欲しいものと願っています。このような思いは様々な組織や個人に対しても同様であり、ロシアとのパイプがある場合、ロシアに自制を促す多種多様な行動を積み重ねていくべきではないでしょうか。

最後に、この問題が生じましたが、ソチでのパラリンピックは予定通り開幕できました。ボイコットが取り沙汰されていたウクライナ代表チームは、たった一人、開会式での入場行進に参加しました。同国パラリンピック委員会は出場することを表明しましたが、今後、軍事介入の進展など「平和を脅かす事態」が生じれば、大会を途中棄権する可能性も示唆しています。そのような事態に至らないことを強く願いながら、五輪が紛れもない「平和の祭典」であり続けることを切望しています。

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2014年3月 1日 (土)

春闘の話、インデックスⅡ

季節は春闘の真っ只中ですので、今回は労働組合の役員が運営しているブログらしい題材を選びました。加えて、毎年『春闘期、情勢や諸課題について』という原稿を私どもの組合機関誌に寄稿しています。その原稿の入稿間際の週末とも重なり、少し省力化をはかった記事内容を考えています。これまで時々、「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。

その発展形として「○○の話、インデックス」を始め、「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」「春闘の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」という記事が続いていました。同じカテゴリーの「インデックス」記事も2巡目となり、昨年のタイトルに「Ⅱ」を付け、今年の春闘に絡んだ話も付け加えさせていただきます。

公務員賃金は春闘期に決まるものではありませんが、私どもの組合も2月19日に市当局へ自治労都本部春闘統一要求書と臨時・非常勤等職員に関わる要求書を提出しています。重点指標は「賃金・労働条件の決定については、事前に協議をし、労使合意をはかる」などです。この時期、春闘要求の前進とともに来年度の職員配置数等に関わる労使協議を精力的に重ねていきます。

春闘全体の情勢として、5年ぶりに連合がベアを要求したことが話題になっていました。久しぶりのベア要求であり、笑い話ではなく「ベア、熊のこと?」と思い浮かべる方も増えているようです。賃金引き上げのことで、ベースアップの略ですが、「世代交代も進み、ベアの獲得はおろか要求したことすらない組合が多い」という労働組合の話も耳にしています。今春闘では1%以上の賃上げ要求を掲げ、各産別が交渉に臨んでいます。

ちなみに安倍首相が財界に賃上げ要請していたことも注目を集めていました。その一方で、経営者側の声を反映させた解雇ルールの見直しなどが進められているため、安倍首相が労働者本位の発想ではないことも明らかです。あくまでもデフレ脱却、消費マインドを高めるための方策だろうと思いますが、それはそれで各産別組合でベア要求が実現していければ歓迎すべき動きだったものと見ています。

このブログを長く続けている中で、「誰が」よりも「どのような内容を」という中味の重要性を強く意識するようになっています。要するに二項対立の発想で物事の是非を判断しないように心がけています。その上で、この時期に様々な労働法制の見直しが進められていますが、とても歓迎できる動きではありません。結果的に雇用の不安定化を増長させ、内需に支えられた安定した経済成長からは程遠くなってしまうような懸念を抱いています。連合の2013春季生活闘争方針の「はじめに」の冒頭にも次のとおり記されています。

日本社会は雇用労働者とその家族が国民の大勢を占める「雇用社会」と呼ばれ、働く者が安定的な雇用のもとで、安心して働くことが、日本経済・社会の健全な成長の基盤となってきた。しかしながら現状を見れば、雇用労働者の38.2%、2,043万人が非正規労働者であり、給与所得者の実に23.9%、1,100万人近くが年収200万円以下のいわゆるワーキング・プアと呼ばれる状態に置かれている。また、生活保護受給者は約216万人と依然として高止まりしている。これら傷んだ雇用と賃金、労働条件を是正せず、格差の拡大や貧困の問題を放置すれば、社会の不安定化と劣化は一層進むこととなる。すべての働くものの労働条件の改善に向けて、総力を挙げ取り組みを進めていく。

2月初めに開かれた自治労都本部の春闘討論集会では、日本労働弁護団全国常任幹事を務める弁護士の指宿昭一さんの講演を伺う機会がありました。指宿さんは「今までの労働法改悪よりもレベルの違う戦後最悪の改悪」と説明されていました。解雇規制緩和、労働時間規制緩和、派遣規制緩和が同時進行で検討され、「企業が世界で一番活動しやすい国」を作ることが目的化されています。すべてアベノミクスの3本目の矢「成長戦略」のために企図されている動きでした。

第1次安倍政権の時、ホワイトカラーエグゼンプションが世論の反発で導入を断念していました。「残業代ゼロ法案」とワンフレーズで批判されたことなどが敗因だったと当時推進した人たちは分析されていたそうです。その時の苦い経験を反省し、今回の一連の法改正は世間から騒がれないように注意しながら事を運んでいることを指宿さんは話されていました。そのため、指宿さんは講演の最後にアベノミクスの「成長戦略」イコール労働保護ルールの全面的緩和という問題点を広く国民に伝えられるかどうかが重要であると訴えていました。

残念なことに「国際的な競争力を高めるため」と言われ、労働者をコスト面からとらえる悪しき風潮が強まっています。このブログを始めた頃の記事「なぜ、労使対等なのか?」の中で、「国家としても国民の多数を占める労働者が豊かにならなければ、社会や経済の健全な発展ができないことに気付きました」と記しました。要するに数多くある労働法制は決して権力側の「お情け」で与えられているものではありません。それにもかかわらず、労働ダンピングが進み、大手の会社の一部も「ブラック企業」と見なされるような時代となっています。

連合は春闘期、このような労働者の保護ルールの改悪にも断固反対し、様々な取り組みを強めています。連合のホームページの中で動画も駆使し、問題点が分かりやすく説明されています。ますます省力化したブログ記事で恐縮ですが、最後に、そのサイトに掲げられた内容の一部をそのまま紹介し、今回の記事を終わらせていただきます。

いま、政府は、成長戦略の名のもとに、働く者の雇用をおびやかすような労働者保護ルールの改悪(=解雇ルールや労働時間ルールなどの緩和)を行おうとしています。職業を持つ人の9割が雇用労働者である「雇用社会日本」において、働く者の犠牲の上に成長戦略を描くことなど決して許されるものではありません。連合は、労働者保護を後退させ、格差社会を拡大させるこうした動きに、断固反対します!!

  • カネさえ払えばクビ切り自由化【解雇の金銭解決制度の導入】 いま、政府は、不当にクビにされた労働者が、裁判所に訴えて「解雇は無効!」との判決を勝ち取っても、その後会社がお金さえ払えば、結局労働者をクビにできる制度を導入しようとしています。
  • クビにしやすい正社員制度の普及【限定正社員】 いま、政府は、仕事内容や勤務地、労働時間などが限定された正社員、いわゆる「限定正社員」を増やすとともに、それに応じて、解雇ルールを見直そうとしています。
  • カロウシを増大させる懸念のある制度の導入【ホワイトカラー・イグゼンプション】 現在、「1日8時間、1週間40時間」といった労働時間に関するルールが設けられていますが、いま、政府は、一定年収以上の労働者を、その労働時間ルールの対象外にする制度を導入しようとしています。
  • ねらいは正社員ゼロ、“生涯”ハケンで“低賃金”のルール改正【派遣法の改悪】 いま、政府は、労働者派遣法のルールを全面的に見直し、派遣労働者は「“生涯”ハケンで“低賃金”」のままで働き続ける仕組みを導入しようとしています。

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