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2014年1月19日 (日)

いがみ合わないことの大切さ Part2

このブログを書き込む際、過去の記事内容の積み重ね、さらに単発で終わらないという今後に向けた連続性を常に意識しています。新規記事の本文中に以前投稿した関連記事にすぐ飛べるようリンクを頻繁にはっていることがその一つです。また、書き込もうと考えていた内容まで行き着かなかった場合、その記事はいったん終わらせ、翌週以降に繋げることも珍しくありません。

一区切り付けた題材でも、コメント欄を通して問いかけや指摘が続いた場合、前回記事の内容を補足するための新規記事の投稿も数多くありました。今回、その両面を踏まえ、前回記事「いがみ合わないことの大切さ」の中で言い尽くせなかったことを中心に書き進めていくつもりです。ちなみに連続性を前提としながらも半数近くは初めて訪れた方々であるため、以前の記事に綴ったとおり「一期一会」という言葉も常に意識しています。

それでも毎回、同じ説明を繰り返すことも現実的には難しいため、結果的に言葉が不足し、伝えたい意図が充分伝わらない場合も少なくありません。このように記すと「単に言葉不足の問題ではない」という指摘を受ける時があります。とは言え、言葉を継ぎ足さなければ、私が何を訴えたいのか、どのような点についてお願いしているのか、疑念をお持ちの方々から理解いただける可能性は皆無となります。そのため、改めて「コメント欄の話、インデックス」に託したような問題意識を綴らせていただきます。

まず誤解されがちな点として、このコメント欄の限界と可能性を踏まえ、いろいろな「答え」を認め合った場にしたいという思いがその一つに上げられます。現実の場面では「答え」を一つに絞らなければならない時が日常であることを当然視しています。結論を出す時期を区切り、喧々囂々、時には強い口調でお互い批判し合う議論もあろうかと思います。話し合いを優位に進めるため、「対話と圧力」など様々な手法を交渉の背景に持つこともあるはずです。

私が再三提起していることは、あくまでも当ブログのコメント欄における「お願い」に過ぎません。前回の記事で改めて説明したとおり基本的な立場や視点が異なる方々と分かり合うことの難しさを痛感しています。書かれている言葉の意味合いそのものに対し、共通の理解に至らない場合をはじめ、個々人が正しいと信じている「答え」に照らし、大きな隔たりがあると当然共感できず、お互い分かり合えなくなるようです。分かり合う、イコール考え方や価値観などを共感し合えるという関係性だと言えます。

ネットウヨ、ブサヨというレッテルを貼った言葉があります。ネット上でよく散見していますが、考え方や立場が違う場合、相手側を侮蔑した意見の書き込みが並びます。左と右、その見方について思うところもありますが、一つの傾向として、両者それぞれ自分自身の「答え」が絶対正しく、上から目線で異なる「答え」を持つ方々を強く批判しています。その際、実生活での経験が乏しいため、観念的な考え方に凝り固まる、そのように決め付けた声を両方の側から目にする時もありました。

もちろん上記のような見方が一面的であることも確かです。ただ言えることは、このような両極端な意見がぶつかり合った場合、お互い罵り合い、いがみ合う関係性に繋がっていきます。そうなってしまうと、相手側の言い分の中に共感できる内容が含まれていても全否定する関係になりがちです。このような関係性が憎しみ合いの芽となり、現実の場面で異端者を排除や抹殺するという極端な事例に繋がりかねません。

少し妄想気味という批判を受けるかも知れませんが、平和な日常生活が一転し、普通に付き合っていた隣人を殺戮していった「ルワンダの悲しみ」を頭に浮かべています。その背景には植民地支配の都合上、ツチ族とフツ族、民族を差異化し、対立させてきた歴史がありました。同じ街で隣近所同士、表面的には平穏さを装った日常を過ごしていましたが、心の奥底には根深い敵意が隠されていたため、信じられない悲劇を一気に誘発していました。

心の奥底に自分とは違うという「敵」を作らせないためにも、いがみ合う場面を少なくしていくことが大切だと思っています。相手の言い分を認められない、反論や批判すべき点が多々ある、とても共感できる内容ではない、分かり合うことが難しくても仕方ありません。しかし、いがみ合わない、自分自身の「答え」から大きく離れた「答え」を持つ者を全否定しない、敵視しないことが大切であるはずです。

言うは易く行なうは難し、実生活の中では様々な場面があり、前述したとおり簡単な話ではありません。そのため、せめて当ブログの場では分かり合えなくても、いがみ合わない、そのような関係性を大切にしていけることを願っています。「答え」を一つに絞ることを目的にしていないため、攻撃的な言葉を並べることよりも、対立する意見の相手方に「なるほど」と思わせるような言葉の競い合いを望んでいます。要するにパネルディスカッションのような場を思い描いていただければ幸いです。

いがみ合わない、このキーワードから他の事例に広げることも考えていました。あまりにも論点が拡散しそうな恐れもあるため、今回の記事では触れず、冒頭に申し上げたような「連続性」に委ねさせていただきます。その上で、前回記事のコメント欄に寄せられていた問いかけや意見に対し、できる限りレスに努めてみます。前回記事の中で 「レスを最低1日に1回」というコメント欄との向き合い方を改め、現在、コメント投稿は休日に限っていることをお伝えしました。

たいへん恐縮ながら日曜の深夜にコメントが寄せられても、1週間ほど管理人からのレスがない現状となっています。平日夜がコメント欄にまったく関われないような忙しさに追われている訳ではありません。実生活に過度な負担をかけないため、このブログに集中するのは休日に限るというメリハリの問題でした。労力面の負担軽減と合わせ、トゲのあるコメントが寄せられた際、時間を置くことで冷静になることができ、客観的な視点で対応をはかれるという利点もありました。

以前であれば、寄せられた問いかけに対し、その夜のうちに一問一答を繰り返していました。私のレスに対し、コメント投稿者が納得できなければ、また翌日質問があり、私が答える、そのようなパターンが日常でした。このブログを開設した目的からすれば、その労力を惜しむものではなく、貴重な機会を得られているものと考えていました。ただ試行錯誤を重ねた末、現在は前述したような割り切った思いに至っていました。

nagiさんからの数多い問いかけに対し、最初の頃はコメント欄を通し、最近は記事本文を中心に私なりの言葉を尽くしてお答えしてきました。その私からの「答え」に対し、nagiさんは納得できない、そのような関係性だろうと思っています。nagiさん自身の様々な疑問をこの場を通して氷解させたいという気持ちを拒むつもりはありません。ただ前述したような経緯や当ブログのコメント欄の限界と可能性を踏まえながら、ある時期からnagiさんのペースに合わせることが困難であることをお伝えし、「十問一答」の関係性にとどまることについてご理解を求めてきました。

コメント欄に一切関わらない訳ではなく、かえって分かりづらくしていたため、前回の記事で改めてそのような位置付けを説明させていただきました。それに対し、カラスの色やニンジンの例え話が示されてしまい、戸惑いながら私自身も徒労感というループを感じていたところです。冷却期間を置き、今回の記事の内容に至っている訳ですが、確かに一問一答ではなく、さらに回りくどい表現も多いため、的確なレスになり切れない側面についても反省しています。

たろうさんからの問いかけに対し、ここまでの記述である程度お答えしたつもりです。回りくどい表現は、いがみ合わないためにも意識的に行なっている場合があります。誹謗中傷に関して指摘する点については「コメント欄の話、インデックス」で記したとおり管理人としての最低限の責務だと考えているからでした。中国や韓国との関係性については機会を見て今後の記事本文の中で展開していくつもりです。「答えになっていない過去記事」という指摘も、たろうさんらからは納得いただけない内容という関係性ではないでしょうか。

でりしゃすぱんださんからは、このブログ自体に対して手厳しい評価をいただきました。このような言い方は失礼にあたるのかも知れませんが、でりしゃすぱんださんが求めている「答え」があり、そのレベルから当ブログの内容が程遠いため、「労働者の権利は主張するけど、仕事の義務は発生しないのですか?」というような意見に繋げられてしまうように感じています。最初のほうから過去の記事に目を通され、そのような印象を与えてしまったことについても同様です。

スーパー公務員」や職務の話なども取り上げてきましたが、でりしゃすぱんださんが期待しているような題材の記事が少ないことも確かです。ただ当ブログは、主に組合役員の立場からの記事内容を背伸びせず、等身大の日常を発信するように努めています。その内容に対し、本当にいろいろな評価を受けてきましたが、批判一辺倒ではなく、励ましや期待する声も数多く寄せられていました。突き放した言い方に聞こえてしまった場合、本意ではありませんが、このような方針を大きく変える考えがないため、率直な思いをお答えさせていただいています。

文章ばかり長く、稚拙な内容だと三下り半を突き付けられ、二度と訪れていただけない方々が多いことも想像しています。とは言え、八方美人となり、好感度を高めるため、上辺だけ取り繕うような粉飾した内容の投稿はあり得ないものと考えています。いずれにしても当ブログのコメント欄は出入り自由な場として、少しでも興味を持たれた方が、いつでも気軽に投稿いただけることを願っています。今回の記事も気ままに書き進めた結果、予定した以上に長い内容となっています。それでも言い残したことが多々あるかも知れませんが、「連続性」という点についてご理解を求めながら、このあたりで一区切り付けさせていただきます。

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コメント

私のコメントが、伝わりにくいものだったかと思います。
しかしながら、OTSUさんの言葉は、OTSUさんから発せられたプライベートな等身大の言葉であったとしても、世間のみなさんは、「公務員一般の言葉」として受け止めるということです。
まず、ここだけは分かってください。

ですから、公務員がたとえプライベートで発信しても、返される言葉は、キツイものになりがちです。
「公務員ごときが、ロクな仕事もしないで、組合活動やってやがって、権利の主張ばかりしていやがる!」となりがちなのは、ある意味当然なのです。
ですから、対案として、「いち公務員として」発信してはどうか?この際、労組は脇においてはいかがか?と申し上げたつもりです。対案を示さないのはひきょうですのでね。

ブログがどんな内容であるにせよ、書いた本人に文責があるのは当然ですし、どんなことを書いていても構わない。
しかしです。いつまでも煮えきらない態度を示していては、スキだらけで、つっこみどころ満載なのです。
いがみあわないなんて、このブログの性格からして無理です。
ひとの言葉の成熟の程度は違います。モジヅラがそのひとのすべてではない。
ひとといがみあうことが、避けられたらいいと思うのはそのとおりだと思います。しかし、そのことに構って、2週連続でそのことに触れられては、なんのための「公務員のためいき」なのか、そもそものところを疑ってしまうのです。
議論のあり方について、なんども記事がアップされていますが、議論のための議論であるように感じます。だから、ニンジンだのカラスだの言われてしまう。
1か月の半分をこのことについやしている。世の中はずいぶんと進んでいる。秒進分歩の世の中、公務員一般がノロマであると思われるのではないか?そんな危機感を覚えるのです。

政府予算案が上がりましたね。地方に関係あるようなネタバレが次々に中央官庁からバンバン出ています。先週もです。
自民が政権をとると元気に仕事をする霞が関のヤクニンは、たいていは、労組にも加入していて、選挙ではやれ民主だといっておいて、政権が民主になると自民の報復を恐れて仕事をしない。民主の手柄にさせたくない。
でもって、労組のトップを利益代表として議会に送り込んだり、自民ででているヤクショ経験者を合法的に応援していたりする。仕事が回れば、なんでもあり。
労組はもてあそばれている。いいように利用されている。その実態をご存知ですか?ま、このことはオマケですけどね。

投稿: | 2014年1月19日 (日) 09時16分

2014年1月19日(日)09時16分に投稿された方、でりしゃすぱんださんだと話の流れから推測できますが、さっそくコメントありがとうございました。

この間、でりしゃすぱんださんとしての問題意識を持ち、いろいろ助言くださっていることに改めて感謝申し上げます。しかしながら、それに対し、今回の記事本文の最後に記したとおり今のところ「分かりました。そのように努力します」と答えられない自分自身の問題意識もあります。

ご指摘のとおりブログでの発言の重さをいつも忘れずにネット上で発信しています。また、これまでたいへん多くの方々から厳しい意見が数多く寄せられてきましたが、それはそれで貴重な経験だと考えています。私自身の問題意識やネット活用の必要性などを認識し、このようなペースでブログを続けてきました。

その中で、今回のような内容の投稿も決して時間の無駄だと考えていません。一度、不特定多数の方々に発信してみたかった思いを言葉にしています。スキだらけで、つっこみどころ満載なのかも知れませんが、いつまでも煮えきらない態度を示しているつもりもありません。過去に答えていることが数多くあり、今後、答えていくことも多数あるのだろうと思っています。

でりしゃすぱんださんの期待や要望に充分答えられず、たいへん恐縮ですが、これからも私なりの問題意識を託したブログ運営を続けていくつもりです。そのことで公務員一般のイメージを悪くするという言われ方も少し重荷に感じますが、やはり八方美人にはならず、背伸びしない情報発信に努めさせていただきます。このようなレスも、また「駄目だし」を受けるものと思いますが、私自身の「答え」についても一定のご理解を賜れれば幸いですので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2014年1月19日 (日) 21時25分

19日9:16のコメントはでりしゃすぱんだのものです。署名忘れです。お詫びして、追記いたします。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月20日 (月) 00時01分

>たろうさんからの問いかけ

上記は前回記事に対するわたしのコメントについてと思いますが
感想を述べただけで、問いかけたつもりはありませんでしたが・・・

本文に名前が挙がったので今回記事についても感想を述べたいと思います。

まず前回の感想については今回記事を拝見しましたが特に変化はしていません。
また記事の文中についての幾つかの理解できない点がありました。
(理解力不足が多々あり恐縮です。)

>回りくどい表現は、いがみ合わないためにも意識的に
>行なっている場合があります。

回りくどい表現がいがみ合いを防ぐ。逆に、わかりやすい文章
(わたしのいうわかりやすさは以下リンク参照)は、いがみ合いに
つながるということが理解できませんでした。

例)わかりやすい文章
http://www.hitcopy.jp/basics/2.html#3

人によっては質問されたことに論理的な回答ができないと、
怒りの感情を持ってしまうのかもしれませんが一部の人に
限られると考えます。

>両極端な意見がぶつかり合った場合、お互い罵り合い、
>いがみ合う関係性に繋がっていきます。

これも理解できませんでした。
罵り合わないようにコメントするルールをお願いしているのだから、
その上で両極端な意見をぶつけては何故いけないのか理解できませんでした。


誹謗中傷については、そのこと自体よりも問われている内容をスルー(今週も)
しているように感じていますので、前述の通り今後の記事を期待しております。

以上

投稿: たろう | 2014年1月20日 (月) 00時58分

(長文失礼!)

なるほど。確かに私は「スーパー」だったかもしれませんな。

事務が終われば現場に出ていき、毎日のように何か書き物をする。地方事務所の職員の家族が亡くなれば、必ず香典持って顔を出す。お客さまが「住んでいる」特養施設に行き、悩みを聞く。人権問題があればその地域に乗り込む。話を聞いていく。労組の悩みは執行役員に話を聞く。敵対する労組にも話を聞く。職員の懇親会にも顔を出す。

地方局へは公用でも私用でもヒマがあれば顔を出すし、その地元の事務所には必ず顔を出す。議会待ちの時間があれば倉庫に入り、関東大震災や戦災から免れた資料や文書を読みあさる。

なにごとも分からないことは、とことん調べる。調べつくす。場合によっては、調査し分析し、自分で研究してしまう。学校で教わった、統計学や地域論などを駆使してしまう。時間がないから、数時間で終わらせてしまう。そんなのはアタリマエだし。できるんだからやらないのはひきょうだよね。

日曜?土曜?非番日?なにそれ?夜寝て夢で企画して、朝起きてメモにし、デスクで企画書にする。
なんか、デスクでうざったくなったら、休暇とって、ウチで仕事をしてしまう。FAXもPCもデスクで使っているソフトも自宅で完備。席次が下の職員には、熱出そうが風邪ひこうが、FAXとメールと電話さえあれば指示できる。必要なものはFAXしてもらう。病気してようが自宅で資料作って、職場に投げる。もちろん経費は自費。当然、上司の評判はよくない。

業者任せにしない。休暇とって、業者に乗り込んでしまう。デザイン会社、印刷会社、ソフトウェアハウス、障害者施設、外郭団体、テレビのスタジオetc.。現場を知らないと正しい仕事ができない。
業界紙はもちろん女性誌から男性誌までみーんな読む。場合によっては、セケンであふれているチラシやパンフレットを集めにマチに出かける。世の中のトレンド・最先端を作っているのは誰か?来年のはやりの色まで調べてしまう。

嫁さんとは、ヒマができたら遊んであげる。夜、早く帰れれば、ヤキニク行こうぜ!イタメシしようぜ!とかいって、閉店まで楽しむ。ま、早く帰れることなんかないだけれども。

公務員だって仕事です。仕事である以上、目の前の問題に対して「楽しんで」対処しなければ、面白みがない。公務員のいちばんいいところは、自分がアクションを起こしたときに、良くも悪くもセケン様から評価をいただけること。生活が潤ってくれればよし。喜んでくれればよし。

私はね、労組にも加入していましたよ。いいように使って遊びましたけどね。例えば、職場の分煙システムがずさんだったとする。庶務の職員と労組の執行役員どっちにも「告げ口」しておく。で、モノゴトは動く。だいたい1週間以内には、庁舎内すべてのケムリはなくなっている。ヒッキョウセンバンでない手ならなんでもあり。自分が動けば動くほど、周りを動かし、セケンが変わっていく。世の中、快適で便利でGood!ならみんなハッピー!そんなもんです。

極端な意見も聞こうじゃないか!Oh!Yeah!それもひとつの意見だぜ!
ただし、相手の気持ちが分かるまで、その理由を聞きまくる。なにが問題なのか、どうすればいいのか、ただダメだとか「仮定の話はしない」で逃げまくるのは誰だってできるので、対案をソッケツで出す。
その場で作った対案は「案」なので、しかるべき部署や労組に報告する。「案」つきで。自分でできることは、ソッコーで企画に入る。帰りの電車の中で通達作っちゃう。自分の領分でないことは、上げるだけしかできないけれども、相手には「上げる」ことは言う。もう、そこは自分の手には負えないんでね。

ヤクニンを辞めてからね、気楽なもんですよ。身体ぶっ壊して、病院通い。でも、やっぱり気になるヤクショの動き。
自分の住んでいる自治会の区域の江戸時代からの歴史やその辺にある石塔の意味やら、国勢調査を分析したり、今、ヤクショで何がトレンドか調べてる。

その上で、メールで市に意見を上げる。秘書課経由で。ポリティカルなことは脇に置いといて、よいことはよい。悪いのはなぜ悪くて、どのようにすればよいになるのか対案をつける。
そういう市民もいることを知らせることで、市をビビらせる。シヤクショへのメールの2割は私からのメールだそうですので、自分でも笑っちゃう。そのうち何かあるでしょうね。こんなことをしているとね。

脱線。極論と極論をぶつけあうことは、私は良いことだと思います。相手にわかってもらえないから、とんがったことを言う人がいる。でも、なぜ「とんがった」のかは、自問自答&相手に聞いてみなけりゃわからないことです。分かってくれないと怒る人もいます。相手は当然、分かってくれるだろうという思いこみがあります。この「思い」の部分は大切です。公務員に向けられた「思い」は常に「重い」。でも、なんでもかんでもヤクショのせいにしたがるのも人情ですよね。

「公務員のためいき」というタイトルなのですから、OTSUさんはこのブログでも、公務員でなければなりません。公務員は自由がないとお思いになるのはOTSUさんの自由です。でも、公務員に自由などありえないのです。なぜか?「公僕」だからです。「私のクツをおなめ!」と無茶なことを市民は言います。それほどのドMな立場だからです。
プライベートで酔っ払って運転して事故したら、職場と氏名が出ます。ほれ、また公務員だ!と言われてしまう。このブログでも同じことです。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月20日 (月) 13時01分

>OTSU氏

はぐれ猫氏にいつもサプライズを貰えますと言われていましたが
私も本分にサプライズの連続です。
が、いろいと申し上げてもしかたありませんね、徒労感すら感じると
言われたどうしようもありません。

私とOTSU氏は「絶対に分かり合えない」と言うのがOTSU氏のくだした
結論と理解しました。

私は納得できないなどと思ったことはありません。例えるなら
フランス人とアラブ人が会話するように言葉が理解できない。
私にはOTSU氏が示す「答え」の意味が「質問」に対して難解
すぎて理解できません。つまり「質問」に対して「答え」を
受け取れない以上、納得以前の問題です。賛成も反対も提示できない
状態です。だから質問を繰り返すしか方法が存在しません。

どれほど言っても既に無意味ですね。

投稿: nagi | 2014年1月20日 (月) 19時32分

みなさん、さっそく名護市長選が終わり、某似非平和団体が
声明を発表しました。基地がなくれなれば、北朝鮮や中国にとって
脅威が多大に減ります。そのために今回も懸命に運動しました。
その活動が報われて、反対派市長が当選しました。

基地設置によって環境が破壊される可能性はあります。
しかしこの某似非平和団体は、日本周辺国の極めて酷い
環境破壊は全く関心がありません。
ただただ、日本が無力化することに心血を注いでいるのが
よくわかります。

尖閣諸島は昔から豊かな漁場として有名でしたが、現在は漁船が
近づくと中国公船に追い回されると聞きます。日本の利益が実際に
失われています。そして平和を脅かす軍事的脅威を繰り返して
います。空母の外海進出、防空圏設置、そして国際的なプロパンダ
活動。はたして平和を脅かすのは安倍政権でしょうか。
それとも中国政府でしょうか。

靖国神社参拝を取りやめる替わりに日本が空母を保有するのは
文句言わないのかな、この某似非平和団体。

投稿: nagi | 2014年1月20日 (月) 19時44分

平和を訴える団体がそれを訴えるのも自由でしょう。
ただし、言論の自由と、本当の意味の「何か」では、答えはおのずと違ってきます。
日本が言論自由の国でよかったのは確かでしょう。

元公務員のひとこともたぶん重いので、慎重に書きますね。
環境問題は、現在ある環境を破壊しないことを訴えています。
でも、日本に昔からあった森林は、伐採されて田畑にされて、それも潰してまちを作り、さらに工場なんかも作っちゃったりする。
環境保全と開発は本来相容れないものです。
じゃ、基地はどうなのか?軍事基地は作っていいのだろうか?
平和団体は言います。環境を守れ、これ以上軍事基地は必要がない。
また、こうも言います。このまちが、標的にされたら、生活はどうなるんだ!

難しい問題ではあります。
巨視的に見ると、巨大な中華と不安定な朝鮮がある。
ミクロで見ると、ジュゴンの海、地域住民の生活がある。
主張はどちらも正しいでしょう。「その面」でモノゴトを見るならね。

私は地方自治など国の統治システムに限界があるんじゃないかなと思います。
国際問題にいち地方公共団体がNo!といったところで始まらない。
総論賛成各論反対大いに結構。極論出せ出せどんと出せ!
でも、道路を敷くときの地主の嫌がらせのように、権利を主張するのは、どうなのか?
悩ましい。非常に悩ましいが、いささか仕方がない。必要悪のこともありえます。
ヤクニンの横暴であるとひとは言います。
果たしてそれが正しかったのかは後世の歴史家しか知らない。
でも、ただ、巨大中華にやられっぱなしのわけにはいかんのです。それはそうだと言う人は多いでしょう?

話し合い「だけ」で解決できる相手ではない。私はそう思います。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月20日 (月) 20時52分

全くの個人的な思いですが。

住民の近くに色々な施設が作られます。

整備新幹線。家の近くを通すのは反対と言う人が、旅行や仕事で新幹線を使う。
高速やバイパス道路。交通量が増えて騒音もうるさいと建設反対を唱える人が、毎日のように車を利用している。
ゴミ焼却場。町内に立て替えるのは絶対に反対と言う人が、毎日ごみを出している。

いい、悪いの話ではありません。
結局は、誰でも迷惑な施設やインフラは、自分の近くにあって欲しくない。
でも、その迷惑であるけれど欠かせない便利さを、人々は日常的に利用はしている。

人間なんて誰でもそんなもんですよね。

それでも、どうしても作らなきゃいけない時、その決定はどうやって決めればいいのでしょうか。
民意?政治力?多数決?

反対したって、必要なのは間違いない。
賛成したって、迷惑施設なことは変わらない。

辺野古はどうなっていくんでしょうかね。

投稿: 下っ端 | 2014年1月20日 (月) 21時31分

nagiさん、下っ端さん。
本来は、OTSUさんが管理人なので、ここで書くのはおこがましいかもです。

憲法に「公共の福祉」という概念があります。
しかし、為政者は公共の福祉をタテにして、権力を振りまわしてはいけないです。
これは、基本的にご理解いただけると思います。

モノゴトをある一面から見ると正しくて、別の視点でも正しくて、でも、矛盾が生じてしまう。
下っ端さんの新幹線の件しかり。nagiさんの辺野古の問題しかり。

ここは、為政者の調整能力しかない。頼みの綱は。
為政者の影にあるものは公務員。ヤクニン。ここは強調したい。
役人は公選ではない、志願制です。高いモラルとプロ意識が必要。
なんとなく、公務員になったひとは、行政や住民にとって悲劇でしかありません。
だいぢんや首長は忙しい。だから、その意向をくみとり、知恵出しは公務員がやる。

ただし、公務員の労働条件はたいへん劣悪です。だから労組を組んでます。
だからといって、ポリティカルな活動を、公務員の労組が行うことには疑問もあります。ひとそれぞれですから、公務員にもいろんなやからがいます。

公務員の発言は重い。労組であっても国、地方、独法であっても、世間はそんなのかまうこっちゃないのです。

二律背反の問題は実に多い。行政体も民間も同じこと。
悩む公務員は多い。悩んだあげくの答えがこれなのか?と批判も受けます。
これは、真摯に対応していかなければならないです。

なんか、原発反対や特定秘密保護法、普天間の問題で、過激なパフォーマンスでデモやったりしているひとたちがいますが、預金金利が低すぎる!と、デモするひとは少ないてすね。
もう少し自分の生活に直結する問題にも反応してほしいものです。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月20日 (月) 22時56分

話し合いや議論がどうしたら前に進むのか、独り言に近いものですが・・・

陥りやすい:何も前に進まない-完全主義の誤謬
http://www.globis.jp/2733
個人的には安易に先延ばしという思考は避けたいと思っています。


大事なこと:現状の問題認識の構造化
http://blog.livedoor.jp/hardthink/archives/51850110.html

問題構造は複雑であり、それを文章で説明することや説明を受けた側が
正確にその構造を理解することは非常に難しいものだと思います。
因果関係のツリー構造はそうした複雑な問題を表現することでき、その
構造が正しいかどうかということもありますがその前に、記述者がどう
いう思考をしているのかをわかりやすく説明することができる点が有効だと思います。

ちゃんとした図を作るのはかなり大変ですが、効率のよい議論をする
ために思考の視覚化という方法も1案ではないかと思います。

思考を見える化するなんて、
いがみ合いにつながるからダメだ!
といわれればそれまでですが・・・


投稿: たろう | 2014年1月21日 (火) 01時53分

たろうさん。
なるほど。問題解決には、さまざまな手法があると。
ビジュアル化するのも手ですが、さて、コンサル会社ならいざ知らず、公務員が素直に思考のツリー化をするのかどうかはあやしいですよ。
ライブドアのURLを叩きましたが、ちょっと、例は悪意が感じられますね。

霞が関の現場にいると、もっと、世間一般で考えられているよりも難しい問題があるんです。
いきつくところ、三権分立とは何かというポリティカルな問題がたちはだかってしまう。
政治と行政は、一応は距離をおくものとされていますが、実際は労組が左派の議員を送り込み、官僚としては右派の議員を送り込む。ずぶずぶなんです。
一番の問題はこことしか言いようがない。諸悪の根源はここ。

ヤクショのしくみを知らない政治家は、世論に任せて動いてしまう。
ヤクショのしくみを知っている政治家は、ヤクショの手先となってしまう。
与党になるとオイシイ。役所からバンバン情報を入れてくれる。民主にはちょっとしかあげないけど。
良い例が公明でしょ。与党の立場がオイシイ。

私も現役時代は議員会館や、東急ホテルによく通いました。ぺーぺーに毛が生えたころですが。与党のセンセイのところにしか行かない。あるいは、関連労組が推したセンセイかな。
地方公務員はこういう洗脳行為が霞が関発信で行われていることをあまり、ご存知ない。

そういう、制度的な欠陥を日本はもっている。霞が関より永田町が強くなるためには、霞が関より勉強しなければならない。同じことが普通地方公共団体にも言えるんです。
議会が行政から実権をとりもどす!といって、取り戻せたことがない。

東電の問題はさらに悪い。東電が官僚化している。霞が関もよくわかってない。技術の専門家は、こういったパワーバランスの蚊帳の外にいる。
東電が浄化されるしかないのだが、メスを入れる人がいない。自浄できますかね?根本的にはムリだと思います。

カブヌシさんが、動いてくれれば株式会社としては一番良い。しかし、大株主が、東京都などだったりするんだなあ。過半数ではないけど。問題をさらにわかりにくいものとしているんですね。ここでも地方公務員がかかわる。
難しい。とても難しい。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月21日 (火) 05時34分

付け加えます。誤解がでちゃうので。
現在の東電の過半数のカブヌシは、政府の認可法人です。
東京都は「主要」株主ではなく「大株主」。議決権の1%を保有しています。
あと、電力は地域独占事業体で地公体と似ています。選びようがない。
長くなると嫌われるからここまで(笑)

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月21日 (火) 06時58分

>下っ端氏

>辺野古はどうなっていくんでしょうかね。

この問題に関する秀逸な記事をみたので紹介します。私もまったく
同意見です。

>http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140121-00010001-agora-pol&pos=4

それと都知事選挙ですが、かつて郵政選挙と呼ばれた選挙で、小泉元総理が
唱えた「争点は郵政民営化」。これのみを争点にするのはおかしいと大声で
反対していた団体や方々が、今度は「脱原発」の一言に狂気乱舞してる姿は
失笑を超えて哀れみすら感じますね。

投稿: nagi | 2014年1月21日 (火) 20時09分

でしゃばりぱんださん
たろうさん

大変、参考になりました。

「役人は公選ではない、志願制です。高いモラルとプロ意識が必要。」
「なんとなく、公務員になったひとは、行政や住民にとって悲劇でしかありません。」

プロ意識と、貰った報酬に見合った成果を出すよう、努力と結果を形にしていきます。
住民や、ここに来られる皆さんに、発した言葉ではなく、日々の姿によって認めて頂けるように。

投稿: 下っ端 | 2014年1月21日 (火) 20時10分

nagiさん

読んでみた感想です。

「そうだ」と感じてしまう、そういう面は否定できません。
もちろん、遠く離れた場所に住む者ゆえの、外野からの無責任な考え方と言えるかもしれませんが。

ちなみに、後半は思わず笑ってしまいました。
うまいところを突いてきましたね(笑)

投稿: 下っ端 | 2014年1月21日 (火) 20時17分

下っ端さん。

私はいろんなタイプの公務員を見てきましたが、仕事が出る人間でもそうでない人間でも、定員1は1なんですね。
予算ぶった切って、定員減らしたりもしました。自分の組織をね。
こんな時代遅れの組織は要らない!っていってね。

上の人に求められるのは、その定員1に対して、どう仕事をやってもらえるかです。
その段階で、後輩の職員に仕事の意義や世間様の生き様の変化を感じ取らせることも必要なんですね。

採用時点から、みんなが、最初から、そう高い志はもってないです。
私だって最初は「とにかくでかい仕事がしてみたい」といった程度でしたから、最初から、高い志を持っていたかというと疑問符がついちゃいます。
ただ、職員研修所の教官であった時に、新採の職員にキツク言いましたよ。「志は高く腰は低くしていきなさい」と。
「あなたたちのその手で未来は変わるんだから、その手を大事にしなさい」とも。

下っ端さんが、どの程度の年齢の方か、私には分かりません。しかし、然るべきポジションが公務員制度では回ってきます。必ずです。その時、後輩の職員に、あの人はすげーなーと思わせるような職員であってください。

賃金は対労力で考えると安いし、上司の評価がどうもよくない、ロクな仕事もさせてもらえないというときもありますけどね。大げさにアピールすることも大切なんです。場合によっては仕事がなければ、作ればいいんです。前向きにです。いいものはいい。

みなさんへ。
私は家庭で怪我をしてしまったので、OTSUさんの出方をまちますね。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月21日 (火) 21時32分

でりしゃすぱんだ さん

例の図ですが特に悪意があったわけではありません。
内容もわたしの思考というわけではなく、あくまで例です。
ここで原発問題を掘り下げる意図もありません。

よくあるのが在庫削減でもよかったのですが
http://www.mcframe.com/column/inventory/zaiko05.html
(内容的にはこちらのほうが一般的に納得されるものと思います。)

ブログで話題になる題材のほうがとっつきやすいのではないかと
思った次第です。前述の通り、内容が妥当かよりもどのような思考
をしているかを理解することが目的ですので。

>公務員が素直に思考のツリー化をするのかどうかはあやしいですよ。
特にツリー構造にこだわるつもりもありませんが、複雑な問題になれば
なるほど枝葉が生い茂り、幹となる問題構造が見えにくくなるもの
ですから構造の可視化が有効と感じていました。


ただしもし論者が自分の論理矛盾を確信的に隠しておきたい
立場であれば協力は得られないでしょうね。
竹島を国際司法裁判所に提訴しても韓国が応じないのと同じで・・・


ちなみにロジカルシンキングのサイトを見つけました。
ご興味のある方はどうぞ
http://www.ltkensyu.com/logicalthinking2.html#link2403


以上

投稿: たろう | 2014年1月22日 (水) 01時59分

>下っ端氏

私も日米地位協定が理不尽極まりないと認識しています。自衛隊を
国軍にし、軍備増強して米軍基地撤去なら賛成します。

しかし、この基地問題は過去の大阪国際空港問題と同じ臭いを
感じます。

ちなみに地元の伊丹市は

1973年「大阪国際空港撤去都市宣言」
から
2007年「「大阪国際空港と共生する都市宣言」
に変わりました。これは関西国際空港ができ、撤去が現実となると
方針が変わった典型例です。結局、迷惑施設を問題化し金をせびる
構図が存在します。

沖縄基地問題も同様の部分があるのではないでしょうか。

投稿: nagi | 2014年1月22日 (水) 11時40分

たろうさん。
例示のサイトがむむっと思っただけです。サイトへの誘導についてを悪意とは思っていませんよ。論理的な思考や思考の整理は大切なことです。
私も現役時代も今もメモやノートや付箋に関連図などを書き散らすことがよくありました。きちんとした訓練は受けていないですけどね。

nagiさん。
現実味のない極論ながら、尖閣周辺の浅海を埋め立てて、米軍に移ってもらったら、中華ののどもとにヤイバをつきつけるようで面白いかもしれませんね。できるのであればです。
沖縄県民もなっとく…しないでしょうかね。商売あがったりになるかもです。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月22日 (水) 12時16分

リベラルの人は都合が悪いことは見えない聞こえないと指摘した
人がいたが、実例はいろいろあります。まあ菅直人を提示するのは
やめましょう。

元国立市長の上原公子氏、国立市の景観を守るとして事業所が
建設するマンション建設を反対した。
反対するのは良い。しかし議会で違法建築発言などで営業妨害をし
損害賠償請求をされる。高裁判決を議会を受け入れたが市長は
独断で補助参加人から委任状を集め最高裁に上告した。つまり
議会を無視。そして最高裁でも却下され遅延金が加算され損害賠償が
確定した。そして国立市から市長の独断行動で損害が増えたから
賠償するように請求した。しかし拒否。参考人招致されたが
途中で逃げた。

その後、事業者から損害賠償額と同額の寄付があったが、これは
あくまでも教育などに使用してほしいとの一般寄付であり、
上原公子に妨害行為の和解ではない。

しかしこの人物は、自分の不都合は説明せず、相変わらず都合の
良い主張を繰り返している。

まさにリベラルに人は都合の悪いことは見えない聞こえないとの
指摘どおりである。

>OTSU氏
私の意見を申し上げただけであり、他者の答えを否定したり非難する
意志はありませんので、いかなるコメントも不用です。

投稿: nagi | 2014年1月22日 (水) 12時17分

>でりしゃすぱんだ氏

興味深い話をいろいろありがとうございます。一部の沖縄県民の思いと
それを利用する商売人と反動勢力が問題なのでしょう。それらを除去して
から基地問題に取組んでほしいですね

ちなみにこのサイトの管理人であるOTSU氏は、私の心象ですが
政治や労働問題は見識が高く、いろいろと意見を交換できる方ですが
こと平和運動になると、突然、全てが遮断されてしまうようです。
言葉使いは同じですが、相手が入れ替わった印象すらあります。
でりしゃすぱんだ氏にどのようなコメントがあるか私も興味があり
ます。

投稿: nagi | 2014年1月22日 (水) 12時23分

ん?ここの管理人さんは極論・異論を出させておいて、逃げをかまし、ヒトを陥れる作戦なのかな?
手応えのなさに、悪意さえ感じるキョウこのごろ。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月24日 (金) 12時59分

でりしゃすぱんださん、たろうさん、nagiさん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

私も皆さんから寄せられるコメントの内容を正確に理解できず、かみ合わない対応も多いのだろうと思っています。そのような点についてご容赦くださるようお願いします。なお、でりしゃすぱんださんから「極論・異論を出させておいて、逃げをかまし、ヒトを陥れる作戦なのかな? 手応えのなさに、悪意さえ感じるキョウこのごろ」というコメントをいただきました。コメント欄との関わり方は最近の記事本文を通し、いろいろ説明を加えさせていただいています。「逃げをかまし」などと毛頭考えていませんか、管理人との「一問一答」面では確かに手応えのないブログとなっています。そのような点についても重ねてご理解ご容赦くださるようお願いします。

nagiさんからは「平和運動になると、突然、全てが遮断されてしまうようです。 言葉使いは同じですが、相手が入れ替わった印象すらあります」というコメントをいただきました。たいへん恐縮ですが、まったくそのような意識はありません。簡単に答えづらいテーマであり、これまで記事本文を中心に対応してきています。その上で、平和フォーラムを揶揄するような言葉遣い等が気になることが多く、そのような場合、コメント欄で取り急ぎ指摘し、ご理解ご協力をお願いしてきています。ぜひ、nagiさんからは以前お寄せくださった寛容なお気持ちを平和フォーラムに関してもご留意いただければ誠に幸いです。たいへん勝手ながら2年前に頂戴した本当に有難く感じたnagiさんからのコメントをそのまま掲げさせていただきます。このような勝手さについても重ねてご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

(以下はnagiさんからいただいた以前のコメントです)
結局のところ、このサイトは管理人OTSU氏の個人プログで
あり、ゴルフやグルメやドラマや温泉の話題をしても自由
なのです。

たまたまOTSU氏が自治労の関係者であり、また判る方には
事実上個人特定されてしまう。

そのような状況で御自分の立場などを考慮しながら
我々の疑問点に答えて下さる。

自治労の代表でもなんでもないOTSU氏に不条理な物言いを
したこともあり非常に申し訳なく思っています。

>「自治労は何か別の目的を持った組織」

今年一年もう一度勉強したいと思います。

投稿: nagi | 2012年1月12日 (木) 09時14分

投稿: OTSU | 2014年1月25日 (土) 21時11分

なんか、OTSUさんご自身からしみ出るようなコメントを望んでいましたが、拍子抜けです。
お立場は分りますよ。不用意なことを言えないこともね。
しかし、よそのひとの過去のコメントを引っ張り出してきて、ここは労使交渉の場じゃないんですから、そういうことを求めるのはあまりよいとは思いません。
ふだんから、そういうことに長けたひとであるのは理解します。
コメントが面白いから、このブログがあるっていう記事も読みましたが、どうやらそのようですね。

投稿: でりしゃすぱんだ | 2014年1月25日 (土) 22時41分

でりしゃすぱんださん、コメントありがとうございます。

ご期待にそえず申し訳ありません。背伸びせず、また、特に窮屈に思わず、このブログを続けています。不愉快な印象を与えていることや私自身の力不足についても申し訳ありませんが、ご容赦いただくしかありません。いずれにしても自分自身の等身大の思いをこれからも淡々と発信していくつもりです。新規記事には明日集中し、投稿する予定です。このような基本的なスタイルは変わりませんが、お時間があれば、ぜひ、またご訪問いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2014年1月25日 (土) 22時57分

村山談話しかり河野談話しかり、相手の立場にも配慮して発言をしてみれば、
好き勝手に都合の良いように解釈して、今になって攻め手として使う。

ここの管理人も同様の人物ということだ。

むしろ過去に、自分の立場に配慮して発言していた人が
なぜにこうも変わってしまったのかを考えていない。
管理人は、相手には配慮を求めるが自分は無視の姿勢なのは見事に一貫している。

だから以前から、管理人が誰とコメントを交わしてみても大抵同じ結果になっている。

しかし、管理人自身が相手を変えてしまう要因を作っていることに永遠と気づいていない。
人として何かが欠落しているのは、管理人方だと判断できるだろう。


すくなくとも、この場で礼や配慮を示してしまえば
永遠と好き勝手に解釈されて、都合よく使われることを、皆が自覚する必要がある。

投稿: シグ忘れ | 2014年1月25日 (土) 23時26分

シグ忘れさん、コメントありがとうございます。

シグ忘れさんがそのように受け取られる、そのことを変えられるものではありません。しかしながら「管理人自身が相手を変えてしまう要因を作っていることに永遠と気づいていない」「この場で礼や配慮を示してしまえば永遠と好き勝手に解釈されて、都合よく使われることを、皆が自覚する必要がある」などという指摘はシグ忘れさん自身の見方であり、私自身は私なりの思いを託してブログに向かっています。

そのような差異について、閲覧されている多くの皆さんがどのように感じられるのか、言葉を競い合っていければと考えています。したがって、新規記事の中ではこのような論点について掘り下げる内容を書き進めてみるつもりです。お時間があれば、ぜひ、またご訪問いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2014年1月26日 (日) 07時16分

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