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2013年8月10日 (土)

長崎市の平和宣言

先週木曜、人事院は2013年度の国家公務員一般職の月例給と一時金(期末・勤勉手当)の据え置きを決め、国会と内閣に報告しました。月例給と一時金ともに改定しないのは2年連続で、給与改定などの勧告がなく、報告のみとなったのは1960年に現行の官民比較が始まって以来初めてのことです。ちなみに「公務員のためいき」というタイトルのブログですので、これまで人事院勧告について取り上げた記事は数多くあります。昨年の今頃は「退職手当削減と人事院勧告」という記事を投稿していました。

一方で、人事院勧告の時期、必ずしも新規記事のメインの題材として取り上げてきた訳でもありません。週1回の更新ですので、その時々の流れの中で最も広く皆さんに伝えたい内容を選んできました。このあたりのことは前回記事「麻生財務相のナチス発言」の冒頭でも記していました。今年も記事タイトルのとおり長崎市の田上富久市長が読み上げた平和宣言について取り上げながら、少しだけ個人的な感想を添えていくつもりです。

なお、このブログでは他のサイトの内容を紹介する時が頻繁にあります。新聞記事をはじめ、他のブログやホームページの一部を紹介する際は必ずリンク先に飛べるようにしています。事実関係を伝えるのにはマスコミ報道の転載が手っ取り早く、他の方のブログ等の紹介は当該記事の補足的な意味合いを込めています。大半は私自身が基本的に共感している内容の紹介となっているはずですが、たいへん恐縮ながらそこに記された一字一句に責任を負える立場ではありません。

著しく不穏当な言葉が掲げられていた場合を除き、そのまま紹介し、読み手の皆さんの判断や評価に委ねていました。加えて、私自身にとっても違和感のある記述が含まれていたとしても、それはそれで紹介先サイトの筆者や編集者の責任の範疇だろうと認識しています。ネットサーフィンという言葉がありますが、インターネット上のサイトからサイトを巡って様々な情報を得られる方が多いのではないでしょうか。その際も多種多様な情報や内容をどのように評価するかどうかは、あくまでも読み手の皆さん一人ひとりの判断となります。

本題から外れた説明が長くなりましたが、このブログの記事本文をはじめ、紹介したサイトの内容に対し、反発や共感、「なるほど、そんな見方もあったのか」という感想など個々人によって受けとめ方は様々だろうと考えています。多面的な情報への思いを強めている中、このブログを通して今後も様々な問題提起に繋がる題材の投稿を重ねていくつもりです。そのような問題意識のもとに今回、長崎市の平和宣言について広く情報の拡散に努めさせていただきます。

被爆68年となる長崎原爆の日の9日、長崎市で平和祈念式典が開かれた。原爆投下時刻の午前11時2分、参列者は目を閉じて犠牲者を悼んだ。田上富久市長は平和宣言で、政府が核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかったことを「被爆国としての原点に反する」と強く批判。核廃絶にリーダーシップを発揮するよう求めた。

政府は4月、スイス・ジュネーブでの核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかった。田上市長は平和宣言で「世界の期待を裏切った」「核兵器の使用を状況によっては認める姿勢を示した」と指摘。政府に「被爆国としての原点に返ること」を求めた。原発の技術を輸出するため、NPT未加盟のインドと原子力協定の交渉を再開したことも、「NPTを形骸化し、NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与える」と批判した。

一方、世界に1万7千発余りある核弾頭の9割以上が米ロ両国のものだと指摘し、両国の大統領に「大胆な削減」に取り組むよう求めた。そのうえで、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」という憲法前文を引用。そこには国民の決意がこめられているとして、平和を求める原点を忘れないよう、戦争や被爆の体験を語り継ぐことの大切さを訴えた。反核運動を引っ張った長崎の被爆者、山口仙二さんが7月に亡くなったことを挙げ、減り続ける被爆者の平均年齢が78歳を超えたと指摘。「ノーモア・ヒバクシャ」という山口さんの演説を引き、若い世代に「被爆者の声に耳を傾けて」と呼びかけた。

式典に出席した安倍晋三首相は「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶、世界恒久平和の実現に力を惜しまぬことを誓う」とあいさつした。式典には約5800人が参列し、初参加のインドを含め、過去最多に並ぶ44カ国の代表が集まった。米国は昨年に続いてジョン・ルース駐日大使が出席し、2011年の初参列から3年連続で代表が出席した。式典では、この1年間に死亡が確認された3404人の名簿が奉安され、長崎原爆による死者は計16万2083人になった。【朝日新聞2013年8月9日

後ほど長崎市の平和宣言の全文を掲げましたが、直接的な政府批判を避けていた広島市の平和宣言よりも踏み込んだ表現が随所に見られていました。 田上市長は平和宣言の中で、今年4月にジュネーブで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で日本政府が核兵器の非人道性を訴える共同声明の署名を拒否したことを強く批判しました。「人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します」と訴えていました。

80か国が賛同する中、被爆国である日本が署名を拒否するという事実には驚かされます。日本政府が共同声明を拒んだ理由は、アメリカが提供する「核の傘」への影響、軍事的挑発を続ける北朝鮮への抑止力低下に繋がりかねないというものが上げられていました。日本は昨年秋の国連総会で「核兵器を非合法化する努力」を促した共同声明への賛同に対しても、安全保障政策に合致しないとして拒んでいました。

したがって、安倍政権だからという批判は当たらないようです。いずれにしてもアメリカの核抑止力に依存する北大西洋条約機構(NATO)加盟国のノルウェーやデンマークなどは賛同しているにもかかわらず、被爆国の日本が拒むという構図は非常に残念な話です。 核兵器廃絶を掲げる一方、核抑止力に頼るという矛盾した安全保障政策を貫き、過剰なまでの対米配慮の日本政府に対し、田上市長ら被爆地の憤りや失望ははかり知れません。

長崎の平和宣言でも触れていますが、そもそもオバマ大統領は2009年4月にプラハで「核兵器のない世界」をめざす決意を示し、今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、いっそう核軍縮に取り組むことを明らかにしています。日本政府が「いかなる状況においても核兵器を使うべきではない」という原則的な方向性に対し、賛意を示したとしても決してアメリカから非難されるべきものではないはずです。

安倍首相も式典での挨拶の中で、非核三原則を堅持しつつ核兵器廃絶をめざすことを誓っています。その姿勢は評価できるものであり、ぜひとも、言行不一致とならない努力を尽くしていただければと願っています。核兵器による惨禍は二度と起こしたくないものと誰もが考えているはずです。一方で、「反核平和」を唱えていれば平和な世の中になるものではない、平和を維持するためには武力による抑止力や均衡が必要である、このような見方の是非が人によって大きく枝分かれしていくようです。

場合によって戦争も辞さない、核兵器の使用もやむを得ない、そのように考える方々が決して少数ではないことも感じています。しかし、戦争は起こしたくない、広島や長崎の悲劇は繰り返したくない、このような「出口」は誰もが共有している願いであることも信じています。そのための望ましい「入口」や「道筋」について、情緒的な言い方にとどまってしまいますが、現実の場面で問われていく選択肢の一つ一つの中から探り当てていければと切望しています。

68年前の今日、この街の上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていた街は一瞬で廃虚となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4000人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病や癌発病への不安、そして、深い心の傷を抱え続けています。

このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し、地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。

今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。

インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。

2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。しかし、世界には今も1万7000発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に、核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

核兵器のない世界の実現を国のリーダーだけに任せるのではなく、市民社会を構成する私たちひとりひとりにもできることがあります。「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意が込められています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さないという平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です

若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウオー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか、考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。

地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は、今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとする時は、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われた上、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して、核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

2013年(平成25年)8月9日  長崎市長 田上富久

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コメント

長崎市長の言葉,胸に響きますね。
当事者意識をしっかり持った人の言葉は違います。

核兵器の非人道性を訴える共同声明に署名しなかったのは,
世界中の平和を望む人達への大きな裏切りですね。
唯一の被爆国である日本が訴えることが,最も有効であると
考えているはずです。

そしてその逆は,つまり被爆国である日本が「非人道的と考えない」
ということですから,核保有を望む人達にとって,どれほど
心強いことか。

本当に嘆かわしいことです。

投稿: WontBeLong | 2013年8月11日 (日) 00時33分

Wontbelongさん、おはようございます。さっそくコメントありがとうございました。

長崎市長の言葉などを広く伝えたくて新規記事の題材としましたが、本文の中で綴ったとおり様々な見方が加えられていくものと思っています。それでも同じ「出口」をめざした意見交換に繋がれば幸いなことだと願っているところです。

投稿: OTSU | 2013年8月11日 (日) 07時32分

OTSUさんへ、今回は自分が一番関心がある題材で「情報の拡散」を自分もしたいと思います。
この炎天下のなか、自らの被ばく体験を伝えている方の一人に山川剛さんがいます。
8歳で被ばく、「泥まんじゅうをつくって遊んでいた」。被爆者の山口仙二さん(享年82)をしのび、炎天下、じっと暑さに耐えた。「被爆者にもう時間は残されとらん」。(中略)
 だが、決して希望は捨てていない。(中略)「行動せず無関心なままでは平和は実現しない」。若者に平和のバトンタッチをしようと、汗を流して彼らと向かい合う。
山口さんと行動をともにした谷口稜曄さん(84歳)は現在、西日本新聞、聞き書きシリーズ「原爆を背負って」を連載しています。
 ぜひ、(私自身も含め)被爆者の方々の声に耳を傾けて「核兵器のない世界の実現」に一歩を踏み出せるようにしたいと考えています。

投稿: ためいきばかり | 2013年8月11日 (日) 23時30分

大国の核兵器を廃止しようとの動きは、管理コストの増大が
理由の第一位です。兵器能力の確認実験を行うのも大変で
費用ばかり嵩むので、廃止したいのが本音です。

核廃棄のもっとも近道は、核兵器を無効にする兵器、あるいは
核をはるかに凌駕する兵器が登場すれば、あっさり無くなる
でしょう。核だから駄目、通常兵器だから良いとは思うわけでなく
兵器そのものを廃棄しなければ意味がないでしょう。

我々が家族を連れて不毛地帯を旅するとします。
道中で犯罪者、強盗、狼、野犬、獰猛動物に襲われる危険性が
あります。ならば事前に可能な限りの武装をするでしょう
銃、ナイフ、スタンガン、特殊警棒等を。
あくまでも危険から身を守るために必要なので準備します
道中がお花畑の道ならば必要はありません。しかし現実は
危険が潜む道であることを我々は知っています。

>そのための望ましい「入口」や「道筋」について、情緒的な言い方にとどまってしまいますが、現実の場面で問われていく選択肢の一つ一つの中から探り当てていければと切望しています。

私も是非、現実の場面での解決方法を知りたいです。
日本の終戦記念日に合わせて中国が東シナ海での演習を行うとの
ことですが、抗議はしないのですか?
このようなことを聞くとナショナリズムを刺激するとの答えが返って
くるのですが、なぜ反戦平和運動がナショナリズムを煽るのでしょうか?
それは反戦平和運動ではなく別の思想信条があるからではないのですか?

環境破壊が進む中国の環境問題
人権弾圧や言論弾圧が進む中国の人権問題
軍拡を行い周辺国との軋轢が強い中国の平和問題

上記には一切触れない見ない関心が無く
日本の自民党の発言や選挙結果のみを非難する団体
「フォーラム平和・人権・環境」
名称がおかしいでしょう。
真面目に一生懸命、平和・人権・環境に取り組んでる人や団体に
申し訳ないと思わないのでしょうか。

投稿: nagi | 2013年8月15日 (木) 11時16分

先日の甲子園は暑かったで。こうして野球観戦できんのも、今の日本が平和やからやな。
今現在における日本の平和は、核の傘の下でのもんやん。核兵器も通常兵器も、そら人殺しの道具や。けど仮に今、世界中の兵器が突然無くなったら、平和になるか?なるわけないやん。ならへんから、せっせと武器造って防衛してるんやん。
そうしてつくられた今の平和は、無価値か?まあ、無価値て言われるかも知れんな。けどオレは現時点での最善やと思てる。
理想論を語るんやったら、核兵器を無くすんやのうて、核兵器が不要な社会を作るにはどうすればええか、やと思うけどな。
憲法もしかりよ。9条を殊更に有難がるんやのうて、そんな条文無意味な社会にすればええやん。できるもんならしたらええ。妄想や空想、ロックバンドの歌詞の中で叫ぶんやのうて、やで。

その結論が出るまでは、今の秩序も悪うないで。せやからオレは憲法を見直したい。それが平和への最善の手段やわ。

今日は8月15日。 今日も暑いのう。

投稿: K | 2013年8月15日 (木) 12時47分

追加です。
以前にも紹介しましたが、シジフォスなる御仁のプログがあります。
このサイトでもトラックバックがありました。
この方は純粋な労働運動家であり、またプログ内容も、その手の
話題にあふれています。
8月の内容では、訪朝の内容があり、非常に北朝鮮を称賛しておりました。
この人物にとって北朝鮮は理想の楽園なのでしょう。

これもOTSU氏風に言うとひとつの答えなのでしょう。私も否定は
しません。純粋にそのように見えているのでしょう。
どれほど飢餓で死者があっても、政府に弾圧された受刑者が核実験場で
強制労働させられても。そのようなことは理想郷を創る上での当然の
犠牲なんでしょう。しかし労働運動と矛盾しないのかな?

>OTSU氏
このような人にシンパシーを感じませんか?。
「親中親朝鮮フォーラム」と同じ考えの人ですよね。きっと何らかの
関連はあると思いますよ。
このような考えの人の論理矛盾はいかが思われますか?

投稿: nagi | 2013年8月15日 (木) 13時46分

ためいきばかりさん、nagiさん、Kさん、コメントありがとうございました。

nagiさんが紹介された「シジフォス」というブログは私もブックマークし、いつも閲覧しています。鋭い切り口から綴られる内容について、基本的に共感する点が多かったことも確かです。しかし、訪朝に関する一連の内容に対しては強い違和感を覚えていました。北朝鮮の核武装は自衛の手段として「やむを得ないもの」という論調をはじめ、飢えや弾圧に苦しむ国民の多さ、拉致被害者やその家族の皆さんらの苦しみをまったく配慮していない内容だと感じました。一方で、実際に目にしてきた「事実」も伝えているのだろうと思いますが、偏重した視点や立場性が目立ってしまうため、到底共感できるものではありませんでした。

このような方が現在の平和フォーラムを主導しているのであれば、nagiさんの日頃の指摘や問題意識も的外れとは言い切れなくなります。しかし、現状に対する私自身の認識は以前の記事に綴ってきたとおりであり、「シジフォス」のような極端な見方とは距離があることを訴えさせていただきます。

投稿: OTSU | 2013年8月17日 (土) 19時32分

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