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2013年8月31日 (土)

大阪市で自治労大会

8月26日から28日にかけて、大阪市で自治労の定期大会が開かれました。私自身、事情があって宿泊を伴う出張は極力控えているため、今年も連泊となる自治労大会の参加は見合わせていました。大事な会議の場に足を運べず、たいへん心苦しく思っているところですが、決して自治労から距離を置こうと考えている訳ではありませんので、念のため(coldsweats01)、申し添えさせていただきます。

自分自身がその場にいないのにもかかわらず、このブログで自治労大会について語るのもどうかと考え、これまで直接的な題材として取り上げた年は数えるほどでした。今回、久しぶりにブログの記事本文で取り上げますが、こちらも久しぶりに全国紙の政治面で大きく自治労大会のことが報道されていました。そのことも後押しし、伝聞調の記事内容となってしまいますが、主に政治方針にかかわる話に触れていきます。

民主党の海江田万里代表は26日午前、大阪市で開かれた自治労定期大会でのあいさつで、野党再編に関し「大きな野党をつくるために数合わせの再編をしても大きな成果は生まない」と述べ、慎重な姿勢を示した。同時に「政策の一致が最低限必要だ。どういう点で日本維新の会などと一致がみられるのかを一つ一つ詰めなければならない」と語り、政策を巡る政党間協議の必要性を強調した。【産経新聞2013年8月26日

自宅に届く読売新聞の紙面では「民主、労組重視を強調 自治労大会 維新と連携に否定的」という見出しで、もっと踏み込んだ詳しい内容が掲げられていました。その記事をネット上で探しましたが、見当たらずベタ記事にとどまっている産経新聞の内容の紹介に至っていました。リンク先の文章をコピーペーストする省力さから比べれば格段に手間がかかりますが、やはり手元にある読売新聞の当該記事の内容を入力し、皆さんにも紹介させていただきます。

民主党の海江田代表は26日、大阪市で開かれた全日本自治団体労働組合(自治労)の定期大会で、日本維新の会との連携に否定的な考えを示した。自治労などに批判的な維新の会との連携より、最大の支援団体である労組との関係強化優先の姿勢を強調したものだ。海江田氏は、自治労定期大会で「数合わせは大きな成果を生むことにならない。政策の一致が最低限必要で、今の時点で維新の会などと、どの政策で一致が見られるのか、精査しないといけない」と述べた。自治労内に、自治体職員や公立学校の教職員らで組織する「官公労」を批判する維新の会への不信感が強いことに配慮したものとみられる。

江田氏は労組の定期大会に出席するなど、参院選の惨敗の「おわび行脚」を続けている。執行部内では「今は野党再編より、最大の支援組織との関係修復が再優先だ」との声が大勢だ。党運営でも労組出身議員の協力が欠かせない。幹事長を辞任した細野豪志氏の後任に労組出身の大畠章宏氏を起用したほか、今月の参院議員会長選では教職員組合出身の輿石東副議長に近い議員が推した郡司彰氏が勝利した。

一方、労組には民主党と距離を置く動きが広がっている。連合は23日に決めた参院選の総括文書で、「もはや、民主党の組織的な信頼は皆無といっても過言ではない」と厳しく批判した。日教組も、2013~14年度の運動方針で、旧民主党時代の1997年から明記していた「民主党支持」の文言を外し、「政策実現可能な政治勢力と支持協力関係を構築する」と他党との連携の可能性に踏み込んだ。【読売新聞2013年8月27日

このような転載の作業はオリジナルな文章を書き進める時に比べ、頭を使うことはありません。ただ一字一句間違えないように気を使い、原文の資料に目を落としながらパソコンの画面に向かうため、意外と手間隙がかかる作業です。さらに余談ですが、この作業によって細かい言葉使いにも敏感に反応するようになります。産経新聞と読売新聞、それぞれ海江田代表の発言が鍵括弧の中に記されていますが、微妙に言い回しが異なっています。

取材の際、録音もするのでしょうが、記者がその場で聞き取ったメモをもとに原稿を作ることが通例だろうと思っています。今回、海江田代表の発言趣旨はそれぞれ同じように伝わりますので、些末な話かも知れません。それでも言い回し一つで、新聞紙面から伝わる趣旨が大きく異なる場合もあり得ます。そのため、マスメディアから伝わる情報も、記者の主観や会社の方針など一定のフィルターを通したものであることを日頃から意識する必要があります。

そもそも今回紹介した読売新聞の「民主、労組重視」という見出しからは否定的なニュアンスが感じ取れます。民主党の支持率が1桁に低迷する中、読者の大半が「それだから民主党は…」というネガティブな印象をいっそう高める記事内容に繋がっているはずです。民主党側が労組重視を訴えながら、労組側は「民主党離れ」を方針化しているようなギクシャクさを読売新聞の記事では強調しています。しかし、決してそのような冷え込んだ関係性に至っている訳ではありません。

民主党のサイトにも大阪市で開かれた自治労大会のことが掲げられていました。海江田代表は自治労大会の挨拶の中で、報道された上記の内容以外に次のような発言を行なっていたようです。「昨年の衆院選挙後、民主党のバラバラ感を払拭しようと党内の意見を集約した結果、足して2で割ったような政策になり、しっかりとした対抗軸を示せなかったのではと反省している」と述べ、自民党に対抗する民主党としての政策をしっかりと打ち出していくことを訴えています。

さらに「与党に対して早期の国会開催を求め、その中で『生活者・納税者・消費者・働く者』の立場に立ち、共に生きる社会をめざすということを明らかにし、存在感を示していきたい。民主党として後のない戦いになるという危機感を持ち、国民の期待に応えられる政党へ再生していく」と表明されていました。私自身、このブログで「海江田代表に願うこと」という記事を投稿し、維新の会、みんなの党との連携を懐疑的に見ていました。したがって、自治労大会での海江田代表の決意を歓迎しています。

ちなみに自治労の徳永委員長は中央本部を代表した挨拶の中で「自治労はこの間、労働組合として民主党を支持し、応援団としての責任を担うべく是々非々で向き合ってきたが、民主党政権の3年間で失った国民からの信頼回復が容易でないことも事実。民主党などの協力政党を中心に自民党などへの対抗軸となる政治勢力の早急な再構築を行なわねばならない時に来ている」と述べていました。

来賓挨拶に立った連合の古賀会長は「真の民主主義の発展のためには一つの巨大勢力が政権を担うのではなく、切磋琢磨していく『2大政党的』勢力が重要。そんな勢力がないのは日本の政治や民主主義そのものが稚拙であると言われても仕方がない。連合はその一翼を担う政党として民主党を支援してきたし、これからも連携を取るべき重要な政党と考える」と発言しています。

いずれの挨拶内容からも、読売新聞が報道したような「労組には民主党と距離を置く動きが広がっている」という意図は伝わってきません。確かに組合員の中に民主党への失望感が広がっていることは間違いありません。一組合の役員の立場からあまり断定調に語れませんが、それでも組織対組織の関係性の中で見た時、現時点で労組側が「将来性のない政党と運命共同体となり、一緒に沈むのは嫌だ」とし、雨の日に傘を取り上げるような掌返しは考えていないはずです。

連合は23日の中央執行委員会で、7月の参院選の総括文書をまとめた。民主党については「組織的な信頼は皆無といっても過言ではない」と厳しく批判。「党の組織を一から立て直し、中長期を展望した政権構想を練り上げる必要がある」として抜本的な立て直しを求めた。 沖縄県の尖閣諸島を巡る鳩山由紀夫元首相の発言や、党方針に背いて無所属候補を支援した菅直人元首相の行動を念頭に「再び党内対立を印象づけ、国民の不信を増幅させる結果となった」とも指摘した。古賀伸明会長は同日の記者会見で「具体的に党再生をどう描いていくか早急に議論を開始する必要がある」と述べた。【日本経済新聞2013年8月23日

この総括文書の「組織的な信頼は皆無」という記述が、連合と民主党との組織的な信頼関係は皆無となったと読み取られているようです。後段の文脈や自治労大会での古賀会長らの挨拶内容を踏まえて考えれば、これまでの民主党の組織運営の稚拙さなどから民主党という組織に対する一般的な信頼が皆無となった、そのように解釈できます。つまり連合と民主党との信頼関係が消え失せた訳ではなく、よりいっそう危機感を強めて党再生に努めて欲しいという叱咤激励に繋がる記述だったものと見ています。

自治労の運動方針も「民主党への支援・協力を基軸に取り組みます」とされ、その議案をはじめ、すべての執行部提出原案が大阪大会で可決されていました。合わせて、「共生と連帯に基づく持続可能な社会」を実現するため、民主党など協力政党を中心に具体的な政治勢力の再構築をめざすことも方針化しています。その具体的勢力の中には「新自由主義」の傾向が強い維新の会、みんなの党は想定していません。そのような意味合いで、海江田代表のめざす方向性と自治労の方針との間には大きな隔たりがないように思っています。

一方で、民主党内には様々な動きがあることも伝わってきます。今回の記事ではそこまで触れませんが、機会があれば改めて取り上げてみるつもりです。特に維新の会、みんなの党との連携を模索している民主党議員の一人として、私どもの組合も推薦している長島昭久さんの名前をよく新聞紙面で見かけていました。直接ご本人か、秘書の方とお会いする機会があった際は、いろいろ率直な話が伺えればと考えています。

最後に、今回の自治労大会で徳永委員長が退任され、東京都本部出身の氏家書記長が委員長に就任されました。氏家新委員長は都本部書記長を務められていた方であり、私とも顔見知りの関係です。このブログのこともご存じであるため、また少しだけ「このコメント欄の限界と可能性」を意識できる気がしています。氏家新委員長につきましては、自治労にとって非常に厳しい情勢が続いていますが、ぜひとも、お体には留意しながら頑張っていただけることを心より期待しています。

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2013年8月24日 (土)

漫画が語る戦争

通勤の帰り道によく立ち寄る書店で『漫画が語る戦争 戦場の挽歌』『漫画が語る戦争 焦土の鎮魂歌』という背表紙を目にしました。手に取ってみると帯紙には「ゲーム感覚で戦争をとらえがちな現代の日本人の覚悟を問う警鐘の書。漫画の底力を感じる」「あなたたちが望んでいる戦争とは格好よいものでもなんでもなく、残酷で空しいものでしかない、ということを本書で知ってほしい」と記されていました。

前者は一水会顧問の鈴木邦男さん、後者は作家の宮崎学さんの言葉で、それぞれ巻末に掲載されている二人の対談内容の中から引用されたものでした。2冊で3千円以上の出費となりましたが、その二人の言葉に後押しされ、あまり迷わずレジに持ち込んでいました。出版社のホームページに掲げられている「説明内容」は下記のとおりで、著名な漫画家の作品がズラリと並んでいます。全部で20編の漫画が収録されていましたが、作風をはじめ、それぞれ個性的な作品でした。

平和の尊さを「戦争を知らない若い世代」に伝えるため、戦争をテーマにした短編マンガを集成。「戦場の挽歌」は戦場や軍隊を舞台にしたマンガを集成します。著者自身の戦争体験を描いた水木しげるの『敗走記』、夫を戦場で失った女性の悲劇を描く白土三平の『泣き原』、戦後間もなく東条英機暗殺を企てたテロリストを描くかわぐちかいじの『一人だけの聖戦 (「テロルの系譜」より)など、戦争の恐ろしさや、戦争の愚かさを描いた作品を多数収録します。

「焦土の鎮魂歌」は、銃後の日本を舞台にしたマンガを集成します。機銃掃射の犠牲になった学童たちを描いた手塚治虫の『カノン』、集団疎開していた子どもたちとアメリカ人捕虜の交流を描いた北条司の『少年たちのいた夏』、原爆の悲劇を描いた中沢啓治の『黒い鳩の群れに』、自ら体験した満州引揚者の苦闘を描いたちばてつやの『家路1945~2003』など、戦争の恐ろしさや、戦争の愚かさを描いた作品を多数収録します。

上記の本に関心を持った理由として、漫画『はだしのゲン』の学校図書館での開架問題も頭に浮かんでいました。このブログは週に1回のみの更新のため、時事の話題の新鮮さを追うことはできそうにありません。その分、後追いの報道内容やネット上で入手した情報などをもとに当ブログなりの取り上げ方に努めています。今回も個人的な意見を添えながら「このような見方や論点があります」という問題提起型の記事内容に心がけていくつもりです。

漫画家の故中沢啓治さんが自らの被爆体験を基に描いた漫画「はだしのゲン」について、「描写が過激だ」として松江市教委が昨年12月、市内の全小中学校に 教師の許可なく自由に閲覧できない閉架措置を求め、全校が応じていたことが分かった。児童生徒への貸し出し禁止も要請していた。出版している汐文社(東京都)によると、学校現場でのこうした措置は聞いたことがないという。

ゲンは1973年に連載が始まり、87年に第1部が完結。原爆被害を伝える作品として教育現場で広く活用され、約20カ国語に翻訳されている。松江市では昨年8月、市民の一部から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出された。同12月、不採択とされたが市教委が内容を改めて確認。「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」と判断し、その月の校長会でゲンを閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めた。

現在、市内の小中学校49校のうち39校がゲン全10巻を保有しているが全て閉架措置が取られている。古川康徳・副教育長は「平和教育として非常に重要な教材。教員の指導で読んだり授業で使うのは問題ないが、過激なシーンを判断の付かない小中学生が自由に持ち出して見るのは不適切と判断した」と話す。これに対し、汐文社の政門一芳社長は「原爆の悲惨さを子供に知ってもらいたいと描かれた作品。閉架で風化しないか心配だ。こんな悲しいことはない」と訴えている。

「ゲン」を研究する京都精華大マンガ学部の吉村和真教授の話 作品が海外から注目されている中で市教委の判断は逆行している。ゲンは図書館や学校で初めて手にした人が多い。機会が失われる影響を考えてほしい。代わりにどんな方法で戦争や原爆の記憶を継承していくというのか。

教育評論家の尾木直樹さんの話 ネット社会の子供たちはもっと多くの過激な情報に触れており、市教委の判断は時代錯誤。「過激なシーン」の影響を心配するなら、作品とは関係なく、情報を読み解く能力を教えるべきだ。ゲンは世界に発信され、戦争や平和、原爆について考えさせる作品として、残虐な場面も含め国際的な評価が定着している。【毎日新聞2013年8月16日

このような騒動となり、松江市教育委員会は方針を変えることも含め、改めて検討に入っています。そもそも閲覧制限という判断を下したのは教育長以下、教育委員会事務局だったようです。そのため、木曜日の定例会議では事務局からの聞き取りを中心とし、翌週月曜日に臨時の会議を開き、結論を出すことにしています。その定例会議の中では校長49人に対する事前アンケートの結果も報告され、閲覧制限に賛成したのは約1割の5人だったことが明らかになっています。

市議会で陳情が不採択となったのにもかかわらず、さらに教育委員会にも正式な了承を取り付けず、教育長が独自に判断したという異例な経過をたどっていました。ネット上のサイト「はだしのゲン閲覧制限 問題の論点どこに」などを探ってみると、原爆の凄惨さとは別な側面からのクレームが騒動の出発点だったことを把握できます。次の報道のとおり描写の問題ではなく、歴史認識に対する一市民からの問題提起が発端だったようです。

松江市議会に「はだしのゲン」の撤去を求める陳情をした自営業の男性(35)は21日、朝日新聞の取材に応じた。「市教委は、ぼくが(不採択となった陳情で)訴えた歴史認識の誤りではなく、描写を問題にしており、不満はある」「こんな漫画を義務教育の学校図書館に置くべきでなく、読みたければ自分で買って読めばいい」と持論を述べた。

男性は、昨年10月まで松江市に住み、いまは高知市在住。昨年11月には高知市議会と高知県議会にも「ゲン」撤去を求める陳情をしたという。松江市教委を数回訪れ、「ゲン」撤去を要求して職員と押し問答する様子を撮影した映像を動画投稿サイトにも投稿。自身の活動について「国益を損なう行為が許せない。日本人としてふつうのことをしているだけ」と述べた。【朝日新聞2013年8月22日

松江市教育委員会は制限した理由を「歴史認識の問題ではなく、あくまで過激な描写が子どもにふさわしくない」とし、過激な描写とは原爆被害の部分ではなく、後半部分の中国大陸での旧日本軍の行動を描いたシーンを指していました。中国人の首を切ったり、女性に性的暴行を加えたりする場面が問題視されました。松江市議会に陳情した市民は、このような内容が「自虐史観」に基づくものであり、「国益を損なう行為」だと主張しているようです。

「自虐史観」の問題は、人によって見方が様々に分かれていくはずです。歴史上の真実は一つでも、伝聞による尾ヒレが付いたり、思い違いや事実誤認、中には政治的な意図から捏造されているケースもあるのかも知れません。しかし、南京攻略戦を描いたルポルタージュ『生きている兵隊』が残されているように、旧日本軍が中国大陸で残虐行為にいっさい手を染めなかったと言い切れる方も少ないはずです。戦争という非日常の極限状況において、非人間的な行為に走ってしまいがちなことを古今東西の数多くの史実が語っています。

そのため、「戦争に残虐行為はつきものであり、旧日本軍だけがことさら残虐な行為を行なった訳ではない」「旧日本軍が組織的、計画的に行なったという記録や確かな証拠はない」という見方のもと、『はだしのゲン』の中に出てくるような描写を批判する方々が増えています。そのような見方があることを否定しません。ただ旧日本軍の兵士によって家族や親戚を殺された方にとって、そのような言葉はどう受けとめられるのでしょうか。

閲覧制限の問題に戻りますが、『はだしのゲン』は原爆の悲惨さなどを伝えるために外せない書籍だと考えています。もともと学校の図書館には漫画自体の蔵書が少なく、一定の閲覧制限があっても仕方ありません。しかし、『はだしのゲン』は物語の全体を通して戦争の理不尽さなどを伝えるための題材だと認め、それまで書架に掲げてきたのではないでしょうか。申出なければ手にすることができないのであれば、閲覧する児童生徒の数は激減するはずです。

戦争のことを考える時、戦争で実際に起こった事実を知ることが大切です。私自身、『はだしのゲン』の連載が始まる数年前、『ある惑星の悲劇』という漫画に出会っていました。その漫画を通し、初めて原爆のことを知りました。小学校の低学年のことでした。原爆投下後、建物の下敷きになって、生きたまま焼かれていく子どもたちに「熱かったろうな」と感情移入していたことを覚えています。その漫画との出会いが「戦争は嫌だ、戦争は起こしたくない」という思いの原点だったかも知れません。

このような実体験から小学校低学年でも原爆の事実と充分向かい合えるものと思っています。その上で、中国大陸での旧日本軍の行為に対しては、前述したように人によって見方が分かれていますが、決して事実無根の話ではありません。いずれにしても一部の市民からの声に左右され、市議会の意思まで無視しながら『はだしのゲン』の閲覧制限に踏み切っていた松江市教育委員会の判断は誤りだったものと考えています。

たいへん長い記事となっていますが、もう少しだけ続けます。最近の記事「長崎市の平和宣言」の中でも記しましたが、「反核平和」を唱えていれば平和な世の中になるものではない、平和を維持するためには武力による抑止力や均衡が必要である、このような見方の是非が人によって大きく枝分かれしていくことを承知しています。それでも戦争の実相を知った上で「戦争も辞さず」と語るのかどうかが大事な時代になっているように感じています。最後に、『漫画が語る戦争』の解説対談の中で、私自身が最も印象に残った箇所を紹介させていただきます。

宮崎 映画、新聞などのマスコミ・知識人の戦争協力があってのこととはいえ、戦時中ですら、自分の家族や恋人が戦禍に巻き込まれるまで戦争の悲惨な現実など、銃後の国民にそれほどリアリティをもちえなかった。

鈴木 いま、中国や韓国と戦争をやってもいい、やられる前にやってしまえ、と勇ましい論調になびく人たちが少なからずいますが、そういう人ほど軍隊や銃後の悲惨さを知らないわけですね。

宮崎 零戦や軍艦のフォルム、構造美に魅了される人が殺人兵器の殺傷力まで思い至らないのと同じです。

鈴木 戦争が架空のフィクションとしか実感されてなくて、戦争をしかけたら、とくに若者は真っ先に前線に送られるという想像力が及ばない。自分が一体化した国家という巨大ロボットがかわりに戦争をしてくれるような妄想がどこかにあって、自分が戦争で死ぬかもしれない、そうでなくても腕や足を失うかもしれないという「現実」を故意に除外してしまう。

宮崎 ハリウッド映画を観客として消費するように、他人事でしかない。ネット上で勇ましい発言を繰り返す気分としての愛国者の人たちに、あなたたちが望んでいる戦争とは格好よいものでもなんでもなく、残酷で空しいものでしかない、ということを本書で知ってほしいですね。

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2013年8月17日 (土)

私の一冊

このブログ「公務員のためいき」を開設してからコメント欄を通し、幅広く多様な声に接してきました。そして、私自身が正しいと信じている「答え」でも、見方によっては真っ向から否定される対象になってしまうことを感じ取ってきました。その積み重ねの中で「再び、分かり合えなくても」という記事に託したような思いに至っています。決して悲観的な意味ではなく、たいへん貴重な心構えを得られたものと考えています。

このように記すと言葉が足らず、本意が充分伝わらないまま、違和感や空々しさを感じられる方がいらっしゃるかも知れません。今回、実生活での近況を紹介しながら、そのあたりについて少し掘り下げてみます。自治労都本部の機関紙に「私の一冊」というコラムが連載されています。毎号、各組合の委員長が順番に依頼され、感銘を受けた本や面白い本などが紹介されていました。

先日、そのコラムへの依頼を受け、最新号に私の原稿が掲載されました。寄稿した内容は下記のとおりですが、私が紹介した一冊は『ブログでできる簡単ホームページ作り』(小泉茜・著/成美堂出版)でした。文字数は12字52行、「である」調という注文が付いていました。このブログをはじめ、私どもの組合機関紙でも普段「です・ます」調で書いているため、久しぶりに「である」調での記名原稿となっていました。

この欄の依頼を受けた時、本書が頭に浮かんだ。内容はハウツー本であり、ブログに興味のない方にはまったく面白くない書籍である。この欄での紹介が適当かどうか迷ったが、この本との出会いは私自身にとって非常に意義深いものだった。委員長を引き受けた頃から組合員に組合活動などを身近に感じてもらうため、従来の情宣方法に加えてインターネット利用が効果的だろうと考えていた。また、一方的な言われ方の公務員批判に対して、公務員やその組合側の言い分も発信する必要があるのではないだろうかと考え始めていた。

ただ組合の公式ホームページは不特定多数に発信する困難さや日常的な管理面などの問題が議論となり、すぐに開設できる見込みはなかった。そのような時、手にしたのが本書だった。目を通していくとタイトルのとおり簡単にブログが開設でき、日常的な更新も手軽なことが分かった。さっそく三日後には「公務員のためいき」という個人の責任によるブログをネット上に開設していた。

開設した当初、ほぼ毎日更新していた。一年ぐらい経って週一回の更新が定着し、現在に至っている。毎週一万件ほどのアクセスが得られ、これまで一日で二万件を超えた日もあった。コメント欄はフルオープンとしているため、本当に幅広い声に接することができる。耳の痛い話とも日常的に触れてきたが、それはそれで自分自身にとって貴重な一つの「財産」になっているものと思っている。

これまでも組合機関紙等に掲載した原稿内容をブログ記事の中で紹介してきたことが頻繁にありました。その逆にブログの記事として取り上げた内容を組合機関紙等に転載したことも数多くあります。このことは実生活での発言内容とネット上に発信している内容が基本的に同じである証しだと言えます。当たり前な話だろうと思いますが、不特定多数の方々への主張や情報の発信に際し、着飾ることのない等身大の姿をさらしています。

もちろんブログでの発言の重さを念頭に置きながら、慎重に言葉を選ぶことも習わしとしてきました。そのため、歯切れの悪い記述が目立つ時もありましたが、偽ったことを書き込まないという心得からの表れだとご理解いただければ幸いです。要するに実生活とブログでの発言内容を都合良く使い分けていないことだけは強調できます。ただ残念ながら、その等身大の姿は一部の方々から非常に厳しい批判の対象とされてきました。

特に自治労に所属する組合が政治的な活動を方針化していることなどに対し、たいへん強い批判が示されがちでした。今回、その是非などを直接的な題材にしたい訳ではありませんので、以前の記事「自治労の話、2012年夏」を参考までに紹介する程度にとどめさせていただきます。今回の記事を通し、私が訴えたい話は「私の一冊」の最後に記したとおりコメント欄で手厳しい意見や批判に数多く接してきたことを本当に貴重な「財産」だと思っているという点でした。

2009年末、改めて当ブログについて」の中で箇条書きにした2番目には「コメント欄を通し、様々な立場や視点からのご意見を伺えることを貴重な目的としています。厳しい批判意見があることを受けとめ、日常的な活動を進められる意義を大きなものと認識しています。そのような本音の声を把握できないまま、公務や組合活動を担うのは、街路灯のない夜道を歩くようなものだと考えています」という記述を残していました。

このようなことを書き連ねると「貴重な財産だと言っておきながら、批判意見を聞き流しているだけではないのか」という指摘が加えられるのかも知れません。確かに私自身の大きな軸足の置き所は一貫しているため、その軸足自体を否定的に見られている方々にとって「結局、変わらない」という印象を与えがちなのだろうと考えています。しかし、この場では事細かく記しませんが、ブログを開設した頃と比べれた際、自分自身の変化を感じる時は決して少なくありません。

また、ブログを続けることで組織の常識や行動原理を常に客観視できる機会を得られていたため、実際の行動を起こす際の判断指標や、私どもの組合員の中にも多様な意識が広がっていることを押さえるための羅針盤の一つを手に入れられたものと考えています。抽象的な言い方にとどまり、たいへん恐縮ですが、これまで執行委員会の中で「委員長、気にしすぎですよ」という言葉を投げかけられる場面も多々ありました。意識過剰な場合もあろうかと思いますが、物事を慎重に判断していくための「引き出し」が増えていることを前向きにとらえています。

最近、お寄せいただくコメントの数は減っています。とは言え、これまで積み上げられた1万件以上のコメントは、いつでも読み返すことができます。右サイドバーから投稿年月別に検索できますが、新規記事の本文中にも関連した内容のバックナンバーにすぐ飛べるようにリンクをはっています。昨年夏頃からテーマ別のインデックス代わりの記事をいくつか投稿し、2か月ほど前には500回という大きな節目を刻んでいました。お時間が許される際、ぜひ、バックナンバーを探索されながら多様なコメントの数々に触れていただければ幸いです。

一頃に比べて知り合いや組合員の皆さんに対し、このブログをPRする機会は控え目になっていました。それでも正直な気持ちとして、やはり一人でも多くの方が当ブログを訪れてくださることを願っています。加えて、私自身が貴重な「財産」だと思っているコメントの数々に接していただけることも望んでいます。とりわけ多くの自治労組合員の皆さんにもご覧になって欲しかったため、私の一冊として『ブログでできる簡単ホームページ作り』という書籍を選んでいました。

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2013年8月10日 (土)

長崎市の平和宣言

先週木曜、人事院は2013年度の国家公務員一般職の月例給と一時金(期末・勤勉手当)の据え置きを決め、国会と内閣に報告しました。月例給と一時金ともに改定しないのは2年連続で、給与改定などの勧告がなく、報告のみとなったのは1960年に現行の官民比較が始まって以来初めてのことです。ちなみに「公務員のためいき」というタイトルのブログですので、これまで人事院勧告について取り上げた記事は数多くあります。昨年の今頃は「退職手当削減と人事院勧告」という記事を投稿していました。

一方で、人事院勧告の時期、必ずしも新規記事のメインの題材として取り上げてきた訳でもありません。週1回の更新ですので、その時々の流れの中で最も広く皆さんに伝えたい内容を選んできました。このあたりのことは前回記事「麻生財務相のナチス発言」の冒頭でも記していました。今年も記事タイトルのとおり長崎市の田上富久市長が読み上げた平和宣言について取り上げながら、少しだけ個人的な感想を添えていくつもりです。

なお、このブログでは他のサイトの内容を紹介する時が頻繁にあります。新聞記事をはじめ、他のブログやホームページの一部を紹介する際は必ずリンク先に飛べるようにしています。事実関係を伝えるのにはマスコミ報道の転載が手っ取り早く、他の方のブログ等の紹介は当該記事の補足的な意味合いを込めています。大半は私自身が基本的に共感している内容の紹介となっているはずですが、たいへん恐縮ながらそこに記された一字一句に責任を負える立場ではありません。

著しく不穏当な言葉が掲げられていた場合を除き、そのまま紹介し、読み手の皆さんの判断や評価に委ねていました。加えて、私自身にとっても違和感のある記述が含まれていたとしても、それはそれで紹介先サイトの筆者や編集者の責任の範疇だろうと認識しています。ネットサーフィンという言葉がありますが、インターネット上のサイトからサイトを巡って様々な情報を得られる方が多いのではないでしょうか。その際も多種多様な情報や内容をどのように評価するかどうかは、あくまでも読み手の皆さん一人ひとりの判断となります。

本題から外れた説明が長くなりましたが、このブログの記事本文をはじめ、紹介したサイトの内容に対し、反発や共感、「なるほど、そんな見方もあったのか」という感想など個々人によって受けとめ方は様々だろうと考えています。多面的な情報への思いを強めている中、このブログを通して今後も様々な問題提起に繋がる題材の投稿を重ねていくつもりです。そのような問題意識のもとに今回、長崎市の平和宣言について広く情報の拡散に努めさせていただきます。

被爆68年となる長崎原爆の日の9日、長崎市で平和祈念式典が開かれた。原爆投下時刻の午前11時2分、参列者は目を閉じて犠牲者を悼んだ。田上富久市長は平和宣言で、政府が核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかったことを「被爆国としての原点に反する」と強く批判。核廃絶にリーダーシップを発揮するよう求めた。

政府は4月、スイス・ジュネーブでの核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかった。田上市長は平和宣言で「世界の期待を裏切った」「核兵器の使用を状況によっては認める姿勢を示した」と指摘。政府に「被爆国としての原点に返ること」を求めた。原発の技術を輸出するため、NPT未加盟のインドと原子力協定の交渉を再開したことも、「NPTを形骸化し、NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与える」と批判した。

一方、世界に1万7千発余りある核弾頭の9割以上が米ロ両国のものだと指摘し、両国の大統領に「大胆な削減」に取り組むよう求めた。そのうえで、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」という憲法前文を引用。そこには国民の決意がこめられているとして、平和を求める原点を忘れないよう、戦争や被爆の体験を語り継ぐことの大切さを訴えた。反核運動を引っ張った長崎の被爆者、山口仙二さんが7月に亡くなったことを挙げ、減り続ける被爆者の平均年齢が78歳を超えたと指摘。「ノーモア・ヒバクシャ」という山口さんの演説を引き、若い世代に「被爆者の声に耳を傾けて」と呼びかけた。

式典に出席した安倍晋三首相は「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶、世界恒久平和の実現に力を惜しまぬことを誓う」とあいさつした。式典には約5800人が参列し、初参加のインドを含め、過去最多に並ぶ44カ国の代表が集まった。米国は昨年に続いてジョン・ルース駐日大使が出席し、2011年の初参列から3年連続で代表が出席した。式典では、この1年間に死亡が確認された3404人の名簿が奉安され、長崎原爆による死者は計16万2083人になった。【朝日新聞2013年8月9日

後ほど長崎市の平和宣言の全文を掲げましたが、直接的な政府批判を避けていた広島市の平和宣言よりも踏み込んだ表現が随所に見られていました。 田上市長は平和宣言の中で、今年4月にジュネーブで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で日本政府が核兵器の非人道性を訴える共同声明の署名を拒否したことを強く批判しました。「人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します」と訴えていました。

80か国が賛同する中、被爆国である日本が署名を拒否するという事実には驚かされます。日本政府が共同声明を拒んだ理由は、アメリカが提供する「核の傘」への影響、軍事的挑発を続ける北朝鮮への抑止力低下に繋がりかねないというものが上げられていました。日本は昨年秋の国連総会で「核兵器を非合法化する努力」を促した共同声明への賛同に対しても、安全保障政策に合致しないとして拒んでいました。

したがって、安倍政権だからという批判は当たらないようです。いずれにしてもアメリカの核抑止力に依存する北大西洋条約機構(NATO)加盟国のノルウェーやデンマークなどは賛同しているにもかかわらず、被爆国の日本が拒むという構図は非常に残念な話です。 核兵器廃絶を掲げる一方、核抑止力に頼るという矛盾した安全保障政策を貫き、過剰なまでの対米配慮の日本政府に対し、田上市長ら被爆地の憤りや失望ははかり知れません。

長崎の平和宣言でも触れていますが、そもそもオバマ大統領は2009年4月にプラハで「核兵器のない世界」をめざす決意を示し、今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、いっそう核軍縮に取り組むことを明らかにしています。日本政府が「いかなる状況においても核兵器を使うべきではない」という原則的な方向性に対し、賛意を示したとしても決してアメリカから非難されるべきものではないはずです。

安倍首相も式典での挨拶の中で、非核三原則を堅持しつつ核兵器廃絶をめざすことを誓っています。その姿勢は評価できるものであり、ぜひとも、言行不一致とならない努力を尽くしていただければと願っています。核兵器による惨禍は二度と起こしたくないものと誰もが考えているはずです。一方で、「反核平和」を唱えていれば平和な世の中になるものではない、平和を維持するためには武力による抑止力や均衡が必要である、このような見方の是非が人によって大きく枝分かれしていくようです。

場合によって戦争も辞さない、核兵器の使用もやむを得ない、そのように考える方々が決して少数ではないことも感じています。しかし、戦争は起こしたくない、広島や長崎の悲劇は繰り返したくない、このような「出口」は誰もが共有している願いであることも信じています。そのための望ましい「入口」や「道筋」について、情緒的な言い方にとどまってしまいますが、現実の場面で問われていく選択肢の一つ一つの中から探り当てていければと切望しています。

68年前の今日、この街の上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていた街は一瞬で廃虚となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4000人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病や癌発病への不安、そして、深い心の傷を抱え続けています。

このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し、地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。

今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。

インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。

2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。しかし、世界には今も1万7000発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に、核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

核兵器のない世界の実現を国のリーダーだけに任せるのではなく、市民社会を構成する私たちひとりひとりにもできることがあります。「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意が込められています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さないという平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です

若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウオー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか、考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。

地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は、今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとする時は、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われた上、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して、核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

2013年(平成25年)8月9日  長崎市長 田上富久

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2013年8月 3日 (土)

麻生財務相のナチス発言

このブログは週1回、土曜か日曜日に時間を作って更新しています。前回記事「再び、分かり合えなくても」の冒頭に記したとおり平日はコメント欄からも距離を置き、寄せられた問いかけやご意見に対しては記事本文を通してお答えするように努めています。そのため、新規記事の題材探しに苦労するようなことは滅多にありません。逆に週の半ばまで取り上げようと考えていた話題を直前になって差し替えるケースのほうが多いくらいです。

今回も別な題材での投稿を考えていましたが、週末に近付く中で標記タイトルの内容に変えていました。ここ数日、物議を醸している麻生財務相のナチスに絡んだ発言問題について、このブログなりの取り上げ方に努めてみます。ちなみに前回記事の最後には「これからも私自身はその時々で広く多くの方々に伝えたい内容をあまり気負わずに書き進めていくつもりです」と記していましたが、そのような気ままさも個人的なブログを長く続けていくための心得の一つだろうと思っています。

さて、麻生財務相が先週月曜、東京都内でのシンポジウムで「ドイツではある日気づいたらワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口、学んだらどうかね」という発言を行なっていました。ドイツやアメリカのユダヤ人人権団体をはじめ、内外から強い批判の声が高まり、木曜になって麻生財務相は「私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾だ。ナチス政権を例示として挙げたことは撤回したい」というコメントを発表し、この問題の幕引きをはかろうとしています。

先ほど「このブログなりの取り上げ方」と記しましたが、私自身の「答え」を押し付けるような書き方は控え目にして、閲覧されている皆さんがそれぞれどのように感じるかという問題提起型の内容に心がけていくつもりです。なお、このスタイルは当ブログにおける一貫した方針であるため、意識的に「思っています」「考えています」という言葉を多用しています。今回の問題に際しても私自身の思うことはありますが、まず麻生財務相がシンポジウムで発言した内容のほぼ全文を紹介した上で、いくつか感想を添えさせていただきます。

僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。

そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持であったり、そうしたものが最終的に決めていく。

私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。しかし、そうじゃない。しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。

そのときに喧々諤々、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。

靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。 何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。 僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪のなかで決めてほしくない。【朝日新聞2013年8月1日

少し前に「暴言や失言と本音の発言」という記事を投稿し、「暴言や失言の大半は本音の発言が表面化したに過ぎないものと考えています」と記していました。口を滑らせたという不用意な「うっかり」もあれば、暴言という認識がないまま発言し、強い批判にさらされているケースがあるものと思っています。今回、ナチスの手口を学べという言葉は完全な失言であり、暴言であることは間違いありません。したがって、麻生財務相はそれらの言葉を撤回しています。

合わせてナチスの手法を肯定した意図はなく、真意が誤解されているという釈明も加えています。さらに「狂騒の中で、いつの間にか、ナチスが出てきた。悪しき例で、我々は学ばないといけないと申し上げた」と説明しています。しかし、私自身が上記の文章を読む限り、そのように理解することは困難です。じっくり議論して決めた自民党の改憲草案だから、あまり騒がれずに変えたい、その手法はナチスから学ぶべき、このように理解せざるを得ません。

確かに全体の文脈を通して考えれば、麻生財務相の主たる問題提起が「ナチスから学べ」ではなかったことも伝わってきます。加えて、後から説明があったとおり麻生財務相の頭の中には、初めから「ナチスは悪しき例」として組み込まれていたのかも知れません。結果的に真意とは真逆のスピーチに至ってしまったようですが、きっと事前に原稿を用意せず、思いつくままに言葉を発していたのではないでしょうか。

原稿を用意する政治家のほうが稀ですので、あまりにも本人の真意とかけ離れた内容のスピーチを行なってしまったことに対し、国会議員としての資質や能力の問題も問われかねません。そのような意味合いでは、これまで麻生財務相の失言問題は数多くあり、「またか」と思われた方も多いのではないでしょうか。端的に考えれば、今回、「憲法を変えたい」は本音、「ナチスから学べ」は真意ではなく、明らかな失言、そのように個人的には分析しているところです。

続いて、責任の問題ですが、対立する陣営の閣僚だから厳しく追及するというような構図は避けて欲しいものと願っています。過ちとその処分のあり方は慎重に判断されるべきものであり、ことさら政争の具や「言葉狩り」的な見られ方が強まることを危惧しています。正直なところ与野党の政権交代を経験したことで、そのような思いを深めていました。失言や暴言は問題視しなければなりませんが、閣僚辞任に直結するかどうかはケースバイケースの問題だろうと考えています。

その上で、今回の麻生財務相のナチス発言ですが、本人の釈明通りであれば失言という問題です。これが国内だけで取り沙汰されている問題であれば、発言の撤回という幕引きで逃げ切れるケースなのかも知れません。しかし、国際的には想像以上に大きな問題となっているようです。ビジネス・ブレークスルー大学の田代秀敏教授は「欧米は日本の財務大臣がバカでも問題にしないが、ナチスは絶対に許さない。あんな発言をしたら、政治家はもちろん、社会生活も送れなくなりますよ。それほどの大暴言です」と述べられています

「しかも、世界の金融市場はユダヤ人が握っている。どんな顔をしてG20などの国際会議に出るつもりでしょうか。麻生さんが発言したら、席を立つ閣僚やスタッフがいてもおかしくない。もう国際社会で仕事はできないのです。それでなくても、安倍政権は慰安婦問題で世界から奇異の目で見られている。麻生発言で奇異から忌避に変わると思う。もうこの政権には関わりたくない。そう見られると思いますよ」とまで田代教授は言い切られていました。

したがって、この問題で野党が結束して麻生財務相の辞任を求めていくことは妥当な動きだろうと思います。ただ自民党に対する支持率が依然高い中、やみくもに抵抗するだけの野党だと見られないような攻め方に留意して欲しいものです。余談ですが、ワイマール憲法が形骸化されただけで、「ナチス憲法」というものは存在していません。また、怒鳴り合いもなく、議論を尽くして改憲草案を決めたという自民党の部会のあり方は率直に学ぶべきことだと思っています。

最後に、橋下市長は「(ナチスを)正当化した発言でないのは国語力があればすぐ分かる」と擁護していました。このニュースにも接していたため、上記に紹介した麻生財務相の発言の全文に目を通してみましたが、普通の国語力があれば、逆にすぐ分からないような気がしています。「政治家だとこういった批判は出るが」とも述べられていますが、政治家だから批判の矢面に立たされているのではないでしょうか。ご自身の「慰安婦」発言でのマスコミに対する不信感が念頭にあったのかも知れませんが、下記の報道のとおり麻生財務相とともに批判を受ける立場となってしまったようです。

日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は1日、麻生太郎副総理のナチス政権に関する発言について「行き過ぎたブラックジョークだったのではないか。正当化した発言でないのは国語力があればすぐ分かる」と擁護した。市役所で記者団の質問に答えた。橋下氏は「憲法がある中でナチスドイツが生まれた経緯もあるので、改憲論議を心してやらないといけないという趣旨だったのでは」と述べた。ナチス政権を例えに使うこと自体が国際社会では問題になるとの質問には「政治家だとこういった批判は出るが、エンターテインメントの世界ならいくらでもある」と持論を述べた。【共同通信2013年8月1日

憲法改正で戦前のドイツ・ナチス政権を引き合いにした麻生太郎副総理兼財務相の発言について、ユダヤ系団体幹部は1日、「ブラックジョークだった」と擁護した日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長について、「ブラックジョークとして扱ってはならない事柄がある」と批判した。「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)幹部のエーブラムス・クーパー氏は、共同通信の電話取材に「私は30回以上、日本を訪問したが、原爆を投下された広島と長崎の人々の苦しみが冗談にされているのを聞いたことがない」と指摘。第2次大戦中、ナチス政権下のユダヤ人の他にも、世界中で多くの人々が理不尽に殺されたと述べた。【共同通信2013年8月2日

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