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2013年7月27日 (土)

再び、分かり合えなくても

最近、お寄せいただくコメントの数が以前に比べれば少なくなっています。日々の訪問者数に大きな変化はありませんので、コメント投稿される方の数のみが減っていました。理由の一つとして、管理人である私自身がコメント欄から距離を置くようになったため、そのような点が徐々に影響を与えてきたものと思っています。ほぼ毎日、コメント欄に私自身が積極的に参加していた時は極力「一問一答」に努めながら投稿者の皆さんとの意見交換を重ねていました。

昨年春頃からコメント欄への参加を手控えるようになり、今では記事本文を更新する週末に限るようになっていました。管理人からのレスがない、もしくは反応が遅い中で、閲覧されている皆さんから多くのコメントを望むほうが厚かましいことだろうと考えています。それでも幅広い視点や立場からのご意見を伺える機会は貴重なことであり、これからもコメント欄は従来通りのスタイルで維持しながら、一つでも多くのコメントを歓迎し、一人でも多くの方からの投稿を心待ちしていくつもりです。

その上で、相互交流できるブログの利点も重視しているため、コメント欄に寄せられた疑問や意見に対し、私自身の考え方などを新規記事の本文を通してじっくりお答えするように心がけていきます。ただ意図的にスルーしているつもりはありませんが、すべて網羅できていた訳ではなく、結果的に「梨のつぶて」となっている場合も少なくありません。前回の記事「宮崎駿監督の『風立ちぬ』」に対し、久しぶりにnagiさんからコメントが寄せられましたが、たいへん恐縮ながらnagiさんとは「十問一答」ぐらいの関係にとどまっています。

加えて、もともと当ブログは「コメント欄の話、インデックス」などで記してきたとおり「答え」を一つに絞ることを目的としていません。そのため、シロかクロか徹底的に議論し、ご自身の「答え」の正しさを強調されたい方々にとっては物足りない場となっているはずです。それでも投稿したコメントは即座に反映され、明らかな商業目的やスパム以外、削除されることもありません。個々人の意見や主張を気ままに披露する場としては敷居が低いほうのブログだと言えます。基本的に制約の少ない場としていますが、批判意見と誹謗中傷の違いなどは再三訴え、主に次の3点についてご理解ご協力をお願いしています。

  1. コメント投稿の際、できる限り名前欄の記載を欠かさないようにお願いしています。意見交換をスムースに行なうためですが、匿名での投稿とは言え、その意見内容にある程度責任を持っていただくことも目的としています。したがって、繰り返し投稿される方の場合はハンドルネームを固定されるようお願いしています。 
  2. 相反する意見の対立は平行線をたどりがちです。このコメント欄では結論を出すことを目的としていません。いろいろな「答え」を認め合った場として、攻撃的な言葉を並べることよりも対立する意見の相手方に「なるほど」と思わせるような言葉の競い合いができるようお願いしています。 
  3. 特定の人物や団体を誹謗中傷するような書き込みは慎むようにお願いしています。例えば「あいつは犯罪者だ」「あの団体は反日組織だ」と断定調に発言することなどは認められません。「罪を犯していると思われる」「反日組織だと考えている」は許容範囲となりますが、決して言葉使いの問題ではなく、断定調であれば管理人の責任として警告しなければならない発言となります。

このような「お願い」の意図が充分伝え切れず、窮屈に感じられ、このブログから離れて行った方も多いのかも知れません。いずれにしても当ブログのコメント欄の雰囲気に嫌気が差されて去られた方、暖簾に腕押しのような徒労感や限界を感じて去られた方、度重なる「お願い」に馴染めずに去られた方、いろいろな理由からコメント投稿を控えるようになった方々が大勢いらっしゃることも確かです。「もうコメントすることはない」と宣言されて去られた方として、あまのじゃくさん、かもめのJONAさんがいらっしゃいました。

「対話は不可能」という三下り半を突き付けられた時もありましたが、「空論や詭弁ではぐらかしたり、論点をずらしたり」「異を唱える者を排除する」という考え方は一切ありません。そのような不本意な見られ方と自分自身の思いとのギャップが大きく、たいへん残念なことですが、最低限、こちらから特定の方を排除するような書き込みや姿勢を見せたことは微塵もありませんでした。ぜひとも、このブログは出入り自由な場として、多くの皆さんから気軽にお付き合い願えれば幸いなことだと考えています。

多種多様な意見を無視し踏みにじったおかげで素晴らしく閑散ですねえ それにしてもトピ主さんのジョークのセンスは一流だと思いますねえ わかりあえないから、認めあうこともなくいがみ合うのではないのですか?まさに小さな社会の縮図どおり組合論法を主張し続け、同じ組合系にしか相手にされません。本来、大切な労働運動をあなた方が駄目にした事実を認めることですね。多くの人がそれをここで指摘したのですが、まあいつもどおり踏みにじると思いますけどね。どうでもいいですが。民主党さようなら。ついでに自治労もさようなら。

上記は前回記事のコメント欄で、はぐれ猫さんから寄せられた意見です。このコメントの前にKさんから「宮崎はんのは個人の意見やし別にええと思う。賛成する団体があっても、反対する政党があってもかまへん」とし、「ただ、憲法をかえたい、あるいはかえとうないていう意見そのものを、頭から否定するような風潮を作るんは気に入らん。そもそも憲法にタブーなんかあらへんのやし、侃侃諤々と意見をぶつけあえる時代がくることを願ごうてるわ」という内容のコメントがあり、私から次のようにレスしていました。その内容に対し、はぐれ猫さんから上記のようなコメントが示されるという展開でした。

私自身も個々人で様々な見方や意見があって当たり前だと思っています。そして、それぞれの考え方を自由に発言できる社会が健全であることも言うまでもありません。少し前の当ブログの記事で「分かり合えなくても認め合い、いがみ合わない」という関係性の大切さを訴えさせていただきました。社会の小さな縮図の意味で、このコメント欄においても同様だと考えています。このような趣旨について、いつもKさんにはご理解いただき、たいへん感謝しています。私自身、あまりコメント欄に関われなくなっていますが、ぜひ、これからもよろしくお願いします。

ちなみに少し前の記事は「分かり合えなくても」というものであり、その中でも、はぐれ猫さんからのコメントを紹介していました。当たり前な話ですが、はぐれ猫さんが見て感じたことを私自身が否定できるものではありません。ただ「多種多様な意見を無視し踏みにじった」というように見られてしまうことは意外である一方、「素晴らしく閑散ですねえ」は実際その通りだったため、今回記事の冒頭で私自身の思いを改めて長々と書き進めたところでした。

そして、「わかりあえないから、認めあうこともなくいがみ合うのではないのですか?」という問いかけには、それこそ新規記事を通してお答えすべき大事な論点でした。したがって、少し前の記事の「続き」に位置付け、安直に「再び、分かり合えなくても」というタイトルを付けた新規記事の投稿に至りました。なお、以前の記事「分かり合えなくても」を通し、広く多くの方々から最も理解を求めたかった要旨は次のようなものでした。

自分自身が正しいと信じている「答え」とかけ離れた意見に対し、お互い分かり合えなくても認め合うことや、いがみ合わないように努力することはできるはずです。ひとまず正しさの峻別は横に置き、「そのような見方もあったのか」と許容する姿勢です。異質な「答え」を認め合う姿勢が薄かった場合、他者を見下し、トゲのある言葉を発しがちとなります。相手が「答え」を変えないことに苛立ち、蔑みや憎しみに繋がっていく場合もあります。社会の小さな縮図の意味で、このコメント欄においても同様です。他者に対して攻撃的な言葉をぶつけていくことよりも、相手に対して「なるほど」と思わせる言葉を投げかけていくことが「分かり合えなくても認め合い、いがみ合わない」という関係性だろうと考えています。

はぐれ猫さんの「組合論法を主張し続け、同じ組合系にしか相手にされません」や「大切な労働運動をあなた方が駄目にした事実を認めることですね」という指摘は、はぐれ猫さん自身の「答え」が絶対正しいという前提で発せられていることをご理解ください。「多くの人がそれをここで指摘した」という事実はその通りです。しかし、その指摘通りに私自身が変わらないからと言って苛立つような書き方も、はぐれ猫さん自身の「答え」が絶対正しいという前提であることをご理解ください。

もちろん、私自身が正しいと信じている「答え」が間違いで、はぐれ猫さんたちの「答え」が正しいという可能性を頭から否定するものではありません。言うまでもなく、現実の場面では「答え」を一つに絞らなければならない時が多々あります。しかしながら当ブログの場では前述したように「答え」を一つに絞ることを目的としていません。そのような場であるからこそ、多種多様な意見を認め合いながら「なるほど、そのような見方もあったのか」という気付きの機会に繋げられればと願っています。

相手を見下し、揶揄し、挑発するような書き方が目立てば、閲覧されている皆さんも含め、多くの方が不愉快な思いを抱くことになります。「民主党さようなら。ついでに自治労もさようなら」と考えること自体は個々人の自由で勝手な話ですが、はぐれ猫さんのコメントは他者を不快にさせる書きぶりが目に付いていました。それに対し、私自身が感情を表に出したコメントで対応した場合、いがみ合う関係性に繋がっていくのではないでしょうか。

はぐれ猫さんにとって、意図的なコメント投稿であり、そのような関係性をいとわないのかも知れません。しかし、罵詈雑言に近い応酬となった場合、見苦しく、決して建設的な時間を費やすことにはなり得ません。はぐれ猫さんと私自身の考え方は隔たりが大きく、簡単に分かり合うことはできません。しかし、はぐれ猫さんのコメント投稿を排除しません。そのような意見があることを認めた上で、投稿された内容に対し、私自身をはじめ、閲覧されている方々が、どのように感じ、共感するのか、反発するのか、個々人の判断や評価に委ねていくだけの問題だろうと考えています。

社会の小さな縮図として、せめて当ブログの場では分かり合えなくても、ヘイトスピーチが飛び交うような場にしたくない、そのような問題意識を強めています。今回、はぐれ猫さんの具体的なコメント内容を引用しながら、いろいろ自分なりの思いを綴らせていただきました。あくまでも総論的な意味合いで閲覧されている皆さん全体に訴えながら、このコメント欄の限界と可能性を提起しています。見限られた方は去られ、少しでも興味を持たれた方は再度訪れる、そのような関係性の中、これからも私自身はその時々で広く多くの方々に伝えたい内容をあまり気負わずに書き進めていくつもりです。

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コメント

めずらしく日曜日にコメントします。

>OTSU氏
望んでいた回答ではありませんでしたが、OTSU氏らしい答え方だと
思います。

ひょっとすると誤解されてるかもしれないので、なぜ質問するのかを
コメントします。
私の目的は白黒つけることではありません。ましてOTSU氏に私の主張を
通して勝ったと思うことなど完全にありえません。
議論とは、互いに理解できない点を質問し、さらに質問し理解を深くする
ものです。そこに共通の理解ができるかどうかはもとめません。
私はOTSU氏の主張を深く知りたいので、わからない点を質問してるに
すぎません。OTSU氏が例示する過去の本文を読んでも理解できない部分が
あるので、新たに質問を重ねるのです。

そして、重要な点ですが、私にとって勝ったという意味合いが存在するならば
どのようなことがOTSU氏は想像できますか?。OTSU氏が私の主張を全面的に
受け入れて認めることが私にとって勝利だと思いますか?残念ながら
それは私にとっての敗北です。私にとって勝利というものが存在するならば
私がOTSU氏の説明によりその主張を全て受け入れた瞬間が私の勝利になります。
私が今まで理解しえなかったことを理解し受け入れることができるならば
それは私の知識を深め人間性を深めることができるでしょう。

簡単な例えをすると、OTSU氏が鯛が美味いと主張し私がヒラメが美味いと
主張する。さんざんヒラメが美味いと主張していた私が、OTSU氏の説明に
より鯛の素晴らしさに気がついた。私はさっそく鯛の美味さを味わって
幸せな気分に浸れた。

つまり議論によって自分が知らなかった新しい素晴らしいものを得ることが
できます。

私はOTSU氏に元々勝敗など求めてはいません。私がOTUS氏に自分の主張を
受け入れさせて何かメリットはあるのでしょうか?何もありません。
今説明したとおりです。

私はただただ知りたいだけなのです。なぜそのような主張になるのか
その主張にある問題点はどのような解決方法があるのか、またその
主張と矛盾するこの考え方はどうなのか。

それを何度も質問しています。これからも質問することは変わりません。
ただ、迷惑ならばそのように言っていただければ止めます。

投稿: nagi | 2013年7月28日 (日) 15時58分

驚きました。今度は僕がターゲットですか。僕を攻撃する時間があるなら
他にすることがあるでしょう。
トピ主に対して不都合な発言をしたからと言って攻撃しないで下さい。
僕が言ったことは過去の他の方の発言をパクってコメントしただけです。
発言は邪魔しないと言いながらさらし者にする手口はお見事ですよ。
僕はこだわりはないのですぐに消えます。

投稿: はぐれ猫 | 2013年7月28日 (日) 18時58分

nagiさん、はぐれ猫さん、さっそくコメントありがとうございました。

お二人のコメントを拝見しましたが、こちらの意図が充分伝わらない中での反応が所々で見受けられています。まずシロクロの話ですが、nagiさんのことを想定したものではありません。その上で、改めてnagiさんのこだわりなどの説明を受け、「なるほど」と感じた点もありました。ただ誠に恐縮ながら現在、nagiさんからの期待や要望に充分応え切れていません。そのため、「十問一答」のような関係性はあまり好ましく思えず、たいへん申し訳ないことだと受けとめています。

今回の記事内容に繋がる話ですが、ブログを開設して長い間、じっくり意見を交わしていけば、ある程度分かり合えるものと考えていました。しかし、残念ながら基本的な視点や立場が異なる者同士、どれほど議論を尽くしても簡単に分かり合えない場合が多いことを体感してきました。そのような経緯のもとに今回の記事のような「分かり合えなくても」という一つの心構えに至っています。

また回りくどい言い方になっていますが、たいへん恐縮ながら時々、nagiさんに対してもそのように感じる時がありました。これまでも多数の質問を受けてきましたが、私自身からすれば、すでに過去の記事を通して答えている内容が大半だったように理解しがちでした。nagiさんにとってはそうではなく、過去の記事をご覧になった上での質問の数々であることを推察していながらも、そのような感覚に陥りがちでした。

そのため、つい新規記事の本文を通してお答えする機会を逃しがちとなり、結果的に「梨のつぶて」となっている場合も少なくありませんでした。念のため、質問して欲しくないと理解されるのは本意ではありません。特に今回、改めてnagiさんのこだわりが分かりましたので、今のようなテンポにとどまってしまうことをご理解いただきながら長い目で見たお付き合いを願えればと思っています。

続いて、はぐれ猫さんのコメントですが、私も驚きました。コメント欄での「一問一答」から離れ、記事本文を通してじっくりお答えするようになっています。さらに最後に書き添えましたが、その時々で広く多くの方々に伝えたい内容をあまり気負わずに書き進めています。したがって、「僕を攻撃する時間があるなら他にすることがあるでしょう」という指摘には違和感があり、そもそも「トピ主に対して不都合な発言をしたからと言って攻撃しないで下さい」という意見には本当に驚いています。

「さらし者」という言い方にも違和感があり、ネット上にコメント投稿するという行為は広く不特定多数の方々に自分の意見を発信するというものです。一度、コメント欄に投稿した文章が新規記事の中で紹介されることで「さらし者」という指摘はいかがでしょうか。とは言え、はぐれ猫さんを攻撃しているような印象について、他の皆さんからも多数指摘を受けるような場合は考え方を改めていくつもりです。

投稿: OTSU | 2013年7月28日 (日) 22時08分

はぐれ猫さん

ご自分はさんざん好き勝手に書いておきながら、このようなコメントですか。
随分と狭い了見をお持ちのようですね。

前回のコメントは、他人の私から見ても、実に不愉快と感じました。
ご自分の意見を書いただけなのでしょうが、相当に批判的で個人的な感覚だけの内容ですね。

コメント自体は自由でありますが、自分の書いたレベルに応じた返信がくるのは当然のこと。
つまり、今回の管理人さんの記事は、はぐれ猫さんのコメントレベルに合わせた内容であるのです。

そのことが理解できないなら、二度と実社会で意見など述べられない方がよろしいかと。
少しはnagiさんを見習ったらいかがでしょうか?

投稿: 下っ端 | 2013年7月28日 (日) 23時50分

>結果的に「梨のつぶて」となっている場合も少なくありません。
わたしもそう感じている一人です。

脱原発も平和運動もついて、コメント欄を通じて、
本来目指す目的に対して、対応方法が結論ありきで視野が狭かったり、
非現実的ではないか。活動が偏っているのではないか。
=>隠された意図は日本の国力を削ぐことでは?
といった意見が寄せられていると思います。

たとえば一国平和主義(護憲)や一国脱原発(日本のみの原発廃止)。
それらを支持する意見は基本的には感情論と理解しており、
事実/メリット/デメリットをきちと考察した説得力が
ある意見はこれまで見聞きした記憶はないです。

投稿: たろう | 2013年7月29日 (月) 02時46分

たろうさん

そもそも、危険とか安全性の話をしているのに、メリット、デメリットは関係ないのでは?
逆に言えば、推進派はデメリット(経済面や他国との関係)を前面に出し、万が一の話を隠そうとする。

単純明快じゃないですか。

原子力は一度暴走してしまえば、人間の手に負えないからやめる。
選択肢から外れるので、経済云々以前の話である。
故に、火力、水力、自然エネルギーで発電すればいいのでは?
だいたいにして、これらの発電で電力は足りるんだから。

ただそれだけの話です。
これ以上の説明は必要ですか?

投稿: 下っ端 | 2013年7月29日 (月) 22時24分

たまには違う視点でコメントしてみようと思います。

下っ端氏には原発推進派と認定されている私ですがね。
電気を使う時に、発電産地を気にしたことはありません。

生活ゴミの問題が時々あります。ごみ焼却所の建設反対ですね。
そしてまず取り組むのがゴミを減らす運動です。
同じように発電の問題は二つの取り組みです。電気機器に頼り
すぎる生活の変換と節電でしょう。

長らく原子力への変換を進めてきたので既存の火力発電所は
非常に老朽化しています。すでに停止して廃止予定の発電所も
急遽整備してフル稼働です。このような状態で電力供給が
足りていると断言するのは少々危険ではないですか。

新規に火力発電所を設けるには環境アセスメントをクリアーし
建設予定地の地元同意ですね。それとはっきりと確定はして
ませんが、地球温暖化に影響がある二酸化炭素の排出が増える。

風力発電は、クリーンエネルギーの先進国と呼ばれるドイツでは
送電網の不足と発電の安定の為の火力増設で、20パーセントで
頭打ちの模様です。ちなみに送電網を反対してるのは環境保護運動の
方々だそうです。ちなみに日本でも稼動時の低周波音問題や同じく
送電網の整備が問題なようです。

太陽光発電、設置の初期費用が高い。そしてパネルを含む設備の
耐用年数が15~20年程度らしい。その後パネルを廃棄しなければ
ならないが、現在は一般廃棄物扱いですね。今後、爆発的に
この廃棄物が増えることが予測されますが、パネルには有害物質が
含まれており、今の内に不法廃棄などを未然に防ぐ方法や法律の
整備などをするべきでしょうねえ。資源エネルギー庁で検討は
してるらしいですが。

あと、日本で期待できる発電方法は地熱発電ですね。
これにはなかなか期待しています。問題はそれを可能にする
場所のほとんどが国定公園なので、まあなんとかしてほしいです。

投稿: nagi | 2013年7月30日 (火) 09時27分

nagiさん

どうも勝手に推進派にしてしまったようで(汗)
失礼しました。

私は「今すぐ全原発を廃止!!」といった、極論を言う気はありません。
現存する他の発電所を出来る限り稼働させ、その上でどうにも足りないのであれば再稼働もやむなし。

①要は、今後の方向性として原発は使わない、まずはこれをはっきりと決める。
②その上で、出来る限り他の発電で賄うよう努力をする。
③どうしても足りない時は、安全基準や避難指針を完全に満たした原発を、最低限だけ稼働させる。
④その間に、新規の発電所(原子力以外)の計画、建設を進め、原発の廃炉に向けた計画を立てる。
⑤火力等の発電所の新設が完了し電力の確保が可能になった時点で、稼働した原発があれば速やかに停止する。
⑥原発を廃止するまでの間に、核廃棄物の処理問題や廃炉に関するコストの費用算出方法をキッチリと決める。

こうすれば、少なくとも10年程度で全ての原発が必要なくなるのではないでしょうか。
それまでの期間については、必要最低限の原発稼働は問題ないと思いますよ。

太陽光や風力、地熱などの次世代発電は、国が技術開発に積極的な投資を行っていきましょう。
地熱は有望らしいですから、国立公園の地下などにうまく作れないものですかね。

で、つまらない話をここで1つ・・・・・・

電気料金値上げの話が出てきておりますが、ココで東電社員の給料の話が出ないのはなぜでしょう?
公務員に対しては、それこそ「年収100万で十分だ」といった過激な発言も多かったですが、そういう発言をココでされてきた方は、東電社員に「電気料金を上げる前に、おまえ達の給料を年収100万にしろ」とは言わないのですか?

深い意味はなく、単純な「なんで?」でした。

投稿: 下っ端 | 2013年7月30日 (火) 22時28分

>OTSU氏
一般的な見方で、野田政権と安倍政権を比べて右傾化したとの意味だとの
コメントでしたが、野田政権が左に大きく傾いていたならば、中道に戻っただけと
表現することもできます。もちろん中道を越えて大きく右側に傾いてるのかも
しれません。だからこそ観測者や比較対象となる存在の位置をはっきりさせる
ことが重要なのです。
ミリメートル法の図面とヤードインチ法の図面では比較にならないでしょう。

だからこそ、この基準をはっきりさせるべく何度かコメントしたのですがね。
基準が不明確だと、都合のよいレトリックが氾濫します。
安倍政権の右傾化の話も、民主党政権が左に傾きすぎ中国に媚びていたのを
中立に戻しただけだと都合の良い反論ができます。
だれもが都合のよい反論が可能になり、まともな議論などできません。

まあ、もう判り合う必要はないようなので、くだらない愚痴レベルです。

>下っ端氏
米や肉や野菜なら原産地にこだわりがありますが、電気は興味ありません。
原子力が無くなるならそれでも私はかまいません。以前に述べたように
リスクとリターンだけの問題です。リターンよりリスクが増大するなら
速やかに捨てるべきでしょう。ただ、世界情勢や日本の状況を見る限り
今は利用できるものは利用すべきでしょう。

日本の未来の発電でもっとも有望なのはやはり地熱発電です。
環境問題や開発における法律が問題ですが、火山帯が多い日本では
有望なエネルギーです。しかも安定的で外的要因に左右されにくい。
ここに投資してほしいですね。

>電気料金値上げの話が出てきておりますが、ココで東電社員の給料の話が出ないのはなぜでしょう?
世間ではよく聞きますが、コメントではありませんね。知り合いに関電グループの方が
いるのですが、電気事業は無関係なのに賞与なしでした。本当に同情します。
電気会社の社員も労働者であるし、原発で働いてる人々の雇用も重要な問題なんですが
全て無視されてますね。

産経の記事なんで、話半分ですが、30代の労働組合で役員をしていた人の
話が連載されていました。その人いわく、「親や友人に組合に所属してると恥ずかしくていえない」
と記事にありました。組合の活動が外からどのように見えているかの話なんですがね。
あくまでも産経の記事ということは強調しておきます。

投稿: nagi | 2013年7月31日 (水) 12時50分

訪問者が減っていないなら、あまり気にされる必要はないかと思います。
常連さんで盛り上がっている飲み屋に一見で入るのは気が引ける人が多いのではと思います。(笑)
去る人がいれば来る人もいるでしょう。

投稿: WontBeLong | 2013年7月31日 (水) 19時51分

何というか、OTSUさんのブログより、コメント欄の方が面白いことがあるので(すいません)、
そういう意味では、コメントが少ないのは残念かもしれませんね。
一時期の炎上みたいな感じと比べてどっちがいいんだと言われると、コッチと言わざるを得ないのですが、

コメントする時はそれなりに説得力がありそうに思われたいので、本文で「ふーん」としか思わない時や
内容がよくわからない時、忙しくてコメントする時間のない時期はスルーしています。

あと、書いた内容を尊重してもらいたければ、トゲトゲはほどほどにって事でいいんじゃないですか。
叩いてるなぁ、叩かれてるなぁ、ってところに意識がこびりついて、お互いに相手の論破が目的に
なっって、nagiさんの言うような「相手の発言を納得して受け入れる」ことを「負け」と受け止めてしまうので。
(自己反省を含みます)

さてさて。
安全かどうかの議論にメリットデメリットの議論はおかしい、という下っ端さんの原発に関する意見、
確かに気持ちはわかります。
でも、それは日本が豊かであるから成り立つ話。
中国で「安全な有機野菜を食えばいいじゃん。」は無理ですよね。
今のまま原油やガスが高騰を続ければ、今の貿易赤字では済まなくなります。

安全な日本を残すことは大事ですが、だからと言って日本の財産や世界のエネルギー資源を次の世代に
残さずに今の世代で食いつぶしてもいいのでしょうか。私はそれはちょっと違うと思うのです。

今の年金を受け取っている世代にも「我々の子どもの時代は本当に貧乏で食うものがなかった、そして
大人になってからは当たり前に親を扶養していた、今の世代はそんなこともしていないのに年金が少ないと
不満を言っている。甘すぎる。」などと言い分はあるように、

今度は今の世代が「あの時あの世代が原発ゼロにしたから、世界のエネルギー資源が枯渇し、我々は貧乏に
なり貴重すぎて手に入らなくなった、まさに最悪の世代だ」と後ろ指をさされてもおかしくはないですよ。

再生可能エネルギーは重要ですし今後も期待していますが、アメリカでは風力発電が増えすぎてかえって
火力発電の発電量を増やさないといけなくなった州があったり、運用がまだまだ完全ではないのです。
一番安定的に期待できるのはnagiさんのいうように地熱だと思いますが、有力地はたいてい温泉の源泉と
近いので反対運動ばかりですし、結局は利害得失には敏感な部分を、どうやって納得してもらうか、
だと思います。

投稿: とーる2号 | 2013年8月 1日 (木) 10時47分

>OTSU氏
いつもながら質問です。
現在、中国が東シナ海で、新たなガス田を開発しています。
日本政府は反発してますが、平和運動を推進するOTSU氏は
中国のこの動きに対して、賛成ですか反対ですか。

賛成ならば、日本の中国に対する抗議を止めさせますか。

反対ならば、ナショナリズムを刺激せず、かつ毅然とした
対応とは具体的にどのような方法で中国に対処しますか。


肝心の記事に関する意見を述べていませんでした。
主たる内容に意見はありませんが、役所に行って「貴重な意見を
伺いました。ありがとうございます」と言われ何も変わらない結果を
しった時に感じる気持ちと同じだなあと思ったことぐらいです。

それと、はぐれ猫氏の主張する「さらし者」発言ですが、内容は
ともかく「さらし者」であるのは事実でしょう。なぜならOTSU氏は
コメント欄からは基本的に身をひくスタンスです。コメントに対し
本文で反論を受けても、再反論はコメント欄でしかできません。
しかしその再反論に対してはおそらくなにもコメントはないでしょう。
本文しか見ない方にとっては、主張は一方だけのものになります。
裁判における公平性の観点でいえば、一方的なものであり
つまり「さらし者」と言えます。
まあスルーするのが一番よいのではないでしょうか。

投稿: nagi | 2013年8月 2日 (金) 11時51分

 言葉というのは面白いもので、限られた単語などを組み合わせることで、無限の表現を生み出すことができます。
 それは、とりもなおさず、単語の一つ一つ、文節などの一つ一つを大きな表現(文章)から取り出した時点で、また別の表現の部品ともなるということです。

 ネット上で、文章だけでのコミュニケーションをする際は、相手が、どのようなことを表現するために、部品を組み立てているのか、ということを読み取る努力や、その意図を尊重しようという気持ちがなければ、立ち位置が違う者同士のやり取りは、ただの部品を丸めて投げつけ合うかのごとく、互いの間で空しく行われるだけ、ということになってしまうでしょう。

 OTSUさんの思いは、多くの人には正しく伝わっているのではないかと思います。
 むしろ、普通に読めば簡単に読み取れるようなことが曲解されたり、執拗に攻撃されたりといったことが続いていたがために、それらの人たちと有益なコミュニケーションをすることはできそうもない、と思って、沈黙してしまっている方もいらっしゃるのではないかと思います。

 多くの読者は、OTSUさんが組合の役員という肩書きを明らかにしながらも、基本的には個人のブログでもあるという立場からの自己抑制もよく分かっていると思います。
 はっきり言ってしまえば、そこが分かる人は言われなくても分かるし、分からない人はどれだけ説明しても、分からないか、もしくは認めない、ということになってしまうのではないでしょうか。

 それはもう、仕方のないことなんだと思います^^;

投稿: 野次馬 | 2013年8月 2日 (金) 22時20分

下っ端さん、たろうさん、nagiさん、Wontbelongさん、とーる2号さん、野次馬さん、コメントありがとうございました。

はぐれ猫さんからの「素晴らしく閑散ですねえ」という一言を受け、今回の記事本文の冒頭でコメント投稿数に対する思いを触れさせていただきました。そこに記したとおりの見方ですが、特に現状が「閑散」だと思っていませんし、とにかくコメントの数が多ければ良いとも考えていません。淡々とした思いで、皆さんからの貴重なご意見や感想をいつも心待ちにしているところです。なお、野次馬さんから「多くの人には正しく伝わっているのではないか」という言葉をお寄せいただきました。そのようなコメントも頂戴できるため、たいへん勇気付けられ、淡々とした思いで続けられているものと思っています。

nagiさん、右と左の問題など、うまく伝え切れていませんが、この場では補足しません。とは言え、「十問一答」の関係性を少しでも埋めるためにも、それ以外の質問等に対していくつかお答えします。東シナ海の問題ですが、国際ルールに則って中国が違反しているのであれば、外交ルートで厳重に抗議すべき問題です。しかし、簡単に解決できない問題であることも確かですが、とにかく武力衝突は絶対避けるように努力し、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所に中国を引っ張り出すことなどに傾注すべきだろうと考えています。続いて、はぐれ猫さんの「さらし者」発言に関わるnagiさんからの次のコメントには強い違和感があります。

>内容はともかく「さらし者」であるのは事実でしょう。なぜならOTSU氏はコメント欄からは基本的に身をひくスタンスです。コメントに対し本文で反論を受けても、再反論はコメント欄でしかできません。しかしその再反論に対してはおそらくなにもコメントはないでしょう。本文しか見ない方にとっては、主張は一方だけのものになります。裁判における公平性の観点でいえば、一方的なものでありつまり「さらし者」と言えます。まあスルーするのが一番よいのではないでしょうか。

そもそもコメント欄ではなく、記事本文を通してじっくり皆さんからの問いかけやご意見に対応していく方針としています。したがって、はぐれ猫さんはコメント欄で意見を述べ、私の意見は記事本文となる関係性が不公平だと言われても困ります。確かに記事本文を訪れた方が全員コメント欄まで閲覧している訳ではありません。しかし、だからこそ題材として取り上げたコメントに対しては、これまでも投稿された内容全文を掲げるようにしています。私のほうで恣意的な切り取り方をしているような見られ方を避けるためでした。新規記事に対する再反論についての指摘だと思いますが、はぐれ猫さんのコメントを取り上げた記事内容においては公平な関係性だろうと考えています。さらに繰り返しの話となりますが、はぐれ猫さんのようなコメントを例示しながら閲覧者全体に訴えている内容であったことも改めて強調させていただきます。

投稿: OTSU | 2013年8月 3日 (土) 22時07分

>OTSU氏

え~、あくまでも第三者的な意見を述べたにすぎないのですが
まさかの反論でいささかおどろいております。
強い違和感を覚えさせたのなら、申し訳ありません。本文になにか
意見を述べないとまずいと考えたしだいです。

削除していただいて結構です。

投稿: nagi | 2013年8月 5日 (月) 08時49分

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» 【アニメ】「戦争美化だ」→「あの時代を懸命に生きただけで断罪されるのか」…宮崎駿監督、韓国の「風立ちぬ」批判に反論[07/27] [韓国ファンのための2ちゃんねるまとめ]
◆宮崎駿監督、韓国の「風立ちぬ」批判に反論アニメーション監督の宮崎駿氏が26日、東京都内で韓国メディアと会見、戦闘機設計者が主人公の新作映画「風立ちぬ」に対し韓国のネット上で「戦争を美化している...... [続きを読む]

受信: 2013年7月27日 (土) 21時06分

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