« モノの言い方、モノの見方 Part2 | トップページ | もう少しモノの見方と橋下市長 »

2013年2月23日 (土)

春闘の話、インデックス

昨年夏に「自治労の話、2012年夏」を投稿し、記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。以前から時々、試みていた手法でしたが、昨年8月以降「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」という記事タイトルの投稿を続け、バックナンバーをカテゴリー別に整理する「○○の話、インデックス」というパターンを定着させていました。

今回の記事では時節柄、春闘に関するバックナンバーを並べてみようと考えました。Googleで「公務員のためいき 春闘」と検索するだけで、記事タイトルに春闘という言葉が入った記事をいくつか見つけられました。それだけでは物足りなさを感じたため、タイトルに春闘という言葉が付いていなくても、春闘期に投稿し、春闘に触れた内容の記事も探してみました。すると次のとおり思ったより多くの記事を掲げることができました。手作業でのザーッとした検索でしたので他に漏れている記事もあるかも知れませんが、それなりのインデックス代わりになり得たものと思っています。

さて、連合の2013春季生活闘争の闘争開始宣言では「働くすべての労働者の先頭に立ち、傷んだ雇用と労働条件の復元に全力で取り組み、デフレ脱却の突破口をきりひらく」と真っ先に記されています。まさしく今年のキーワードは「デフレ脱却」であり、非正規も含めた「すべての労働者」が春闘の成果を実感できるかどうか、連合や既存の労働組合の真価が問われていくものと受けとめています。

デフレ脱却は安倍政権が全力を注いでいる課題です。2月12日にはデフレ脱却に向けた経済界との意見交換会を官邸で開き、経団連の米倉弘昌会長ら経済3団体のトップに安倍首相が直接「労働者の賃金引き上げ」の協力を求めていました。このような動きに対し、雇用重視を訴えていた民主党は地団駄を踏んでいる、安倍首相の本当の狙いは民主党と連合の分断などという見られ方もされているようです。

安倍首相が賃金の引き上げを要請した話題は当ブログのコメント欄でも触れられていましたが、過去にも福田首相が経済団体に同様な要請を行なっていました。この話は上記に紹介した2008年3月15日の記事「追い風と逆風が交錯した春闘」の中で取り上げていました。そのため、私自身としては特に驚くことも、違和感を持つようなこともありませんでした。安倍首相が様々な思惑を抱いたパフォーマンスだったとしても、デフレ脱却のためには内需拡大が必要であり、賃金引き上げは欠かせないものと考えているからでした。

話が少し横道にそれますが、「モノの言い方、モノの見方」について「Part2」まで綴ってきました。二つの記事を通し、物事を性急に「○」か「×」か、二者択一ばかりで判断するような見方の危うさを問題提起してきたつもりです。念のため、誤解を受けないように繰り返しますが、場面によっては迅速に「○」か「×」か判断しなければなりません。賛否両論の激しい議論が平行線をたどった際、多数決なのか、トップの決断なのか、手法の選択も含めて最終的な結論を出さなければならない局面が無数にあることも当たり前だと思っています。

私が強調したかった点は、物事には必ず表と裏があり、見る角度によって「○」か「×」か評価が変わる可能性です。だからこそ、日頃から物事を多面的に見ようとする心構えが重要であり、多様な視点から寄せられる幅広い意見に耳を傾けることも、より良い結論を導き出すためには欠かせない手間隙だと考えています。よく「決められない政治」という批判的な言葉を耳にしますが、議論を尽くすこと自体が否定的にとらえられがちな風潮を危惧しています。

最も問題視すべきなのは誤った政治判断を強行することであり、その判断にブレーキをかけられるような議論であれば本来は歓迎すべきことだろうと考えています。今回の記事タイトルの内容から離れ気味となっていますが、もう少し付け加えれば「○」か「×」かを敵か味方かに置き換えてみます。敵だと見なせば、その敵の言葉や行動をすべて批判的に見てしまいがちです。一方で、味方だと見なせば、問題ある発言や行動も支持しがちな傾向があるように感じています。

つまり短絡的に敵か味方か判断してしまうと、理性的な評価から離れがちな傾向があることを懸念しています。「あいつ(あそこ)は○○だから、××だ」というような決め付けた属性批判に繋がりがちであり、評価すべき点や批判すべき点が混在していることを見落としてしまうように思えています。ちなみに人物評価が極端に枝分かれする事例として、阿久根市の竹原前市長や大阪市の橋下市長のことが思い浮かびます。このあたりを掘り下げていくと際限がなさそうですので、機会があれば別な記事本文の題材として扱ってみるつもりです。

ここで、安倍首相の話に戻ります。賃金引き上げの要請を自民党の安倍首相の行動だからと言って、先ほど述べたとおり批判するようなことは考えていません。その上で、問題視しなければならない点を最近の記事「地方公務員の給与削減問題」の中で訴えていました。デフレ脱却をめざす安倍政権の経済政策に照らした時、地方公務員給与の「削減要請」は真っ向から矛盾しています。さらに生活保護支給額が一部の低所得者層の収入を上回っているという理由から、保護費の引き下げを決めたことも問題視しなければなりません。

生活保護の基準額は他の多くの生活支援制度の目安にもなっているため、引き下げは受給者だけでなく、様々な制度の利用者の生活にも影響を及ぼします。このようなマイナスの波及効果は地方公務員の給与削減問題と同様であり、当事者以外にも広がった消費の冷え込みに繋がる恐れがあります。そもそも低所得者層の収入が生活保護基準以下になってしまったことのほうを問題視すべきであり、デフレ脱却を最大の目標としている現時点ではチグハグな政策判断だと言わざるを得ません。

気ままに書き進めてきたため、論点が拡散した内容になってしまったようです。いずれにしても春闘期、民間産別の労働組合は実質的な賃金改善を求め、連日交渉を重ねているはずです。たいへん残念で悩ましいことに私どもの組合をはじめ、地方公務員の組合は平均7.8%の給与削減を押しとどめられるかどうかが最大の焦点となっています。また、連合の闘争開始宣言に掲げられた柱の一つである非正規労働者の待遇改善も喫緊の課題です。

大勢の非常勤職員の皆さんを直接組織化している私どもの組合にとって日常的に力を注いでいる課題ですが、一足飛びな成果を見出せない現状でもあります。常勤職員に関しては「守り」の交渉を強いられがちですが、非常勤職員の問題は積極的な「攻め」の姿勢をよりいっそう打ち出したいものと考えています。最後に、デフレ脱却のためには非正規雇用者の賃金引き上げを優先しなければならないと主張しているフリージャーナリストの前屋毅さんの記事(「賃上げ」騒ぎはデフレ脱却につながらない) を紹介し、取りとめのない記事内容の結びとさせていただきます。

■だいじょうぶか?米倉会長

違和感がある・・・。2月19日、公明党の山口那津男代表らが経団連(日本経済団体連合会)の米倉弘昌会長らと政策対話を行った。報道によれば、井上義久公明党幹事長が「国民生活を向上させるために可処分所得を増やし、労働分配率を高めていくことが大事だ」と述べて、「デフレ脱却のために賃上げが必要との考えを示した」(msn産経ニュース)そうだ。これに対して米倉会長は、「デフレから脱却すればそういうことになる」と応えたという。

デフレ脱却の施策として賃上げを求められたのに「デフレが終われば賃上げする」と、なんともとんちんかんな答えをしたことになる。その前から安倍晋三首相も賃上げを求める発言をしているので、井上幹事長の言わんとするところを米倉会長が理解できなかったはずはない

わかって、とんちんかんな答えをしたのだ。ことあるごとにデフレ脱却を政府に求める発言をしていながら、自ら協力するつもりは米倉会長にはないらしい。自分では何もしないで、ただ欲しい、欲しいと騒ぐ駄々っ子とかわりがない。こういう人が日本を代表する経済団体の長をしているのだから、日本経済がふらふらしているのも無理はない。

違和感をおぼえざるをえない米倉会長の発言、といわざるをえない。しかし、ほんとうの違和感は別のところにある。

■ずれてる論点

2月5日、安倍首相は経済財政諮問会議の場で、「業績が改善している企業には、賃金の引き上げを通じて所得の増加につながるよう協力をお願いしていく」と述べて、賃金引き上げを求めた。これに応えるように2月7日、政府の経済成長戦略を策定する産業競争力会議のメンバーでもある新浪剛史が社長を務めるローソンは、「デフレ脱却を目指して!」と銘打って、消費意欲の高い世代(20代後半~40代)の社員の年収を平均3%アップすると発表した。

ローソンでは「新浪社長のもともとの持論に基づく」として安倍首相の要請に応えたわけではないと説明するものの、絶妙すぎるタイミングで、「出来レース」と受け取られても仕方ないだろう。さらに2月8日の衆議院予算委員会で、ローソンの例をあげて「3ヶ月前に考えられたか。われわれの政策が経済を変えていく」と安倍首相が胸をはってみせたのだから、シナリオ臭くなる。

問題なのは、ローソンの「賃上げ」が正社員だけを対象にしているということだ。正社員とアルバイトなど非正規雇用者とを合わせると、ローソングループでは約20万人が働いている。しかし今回の「賃上げ」の対象となるのは、約3300人の正社員だけである。約18万5000人の非正規雇用者は対象外なのだ。賃金を上げることで消費を活発化させてデフレ脱却につなげるには、3000人の社員を対象にするより18万人の非正規雇用者を対象にするほうが効果が大きいことは誰が考えてもわかるそこを無視して、「デフレ脱却のための賃上げ」と誇れるのだろうか。「われわれの政策の成果」と胸をはるにいたっては、あきれるしかない。

ローソンにつづいて作業服店チェーンのワークマンも賃金を引き上げることが2月19日になって明らかになったが、こちらも対象は正社員である。とんちんかんな米倉会長発言となった公明党と経団連の政策対話でも、前提になっているのは「正社員の賃上げ」で、「非正規雇用者の賃上げ」はふくまれていない。それでデフレ脱却が狙いというのは、論点がずれすぎているというしかない。

■ここを無視してデフレ脱却にはつながらない

労働力調査によれば、非農林業雇用をのぞいた雇用における全雇用に占める非正規雇用者の比率は、2012年で35.1%となっている。1990年が20%なので、急速に増えてきているわけだ。

その背景には、企業が人件費を削減するために正社員を減らし、その分だけ非正規雇用を増やしたことがある。それに拍車をかけたのが、小泉純一郎政権による人材派遣の規制緩和だった。

そして収入の少ない非正規雇用者が激増し、デフレ傾向にも拍車がかかってきたのだ。だからこそ、「賃上げによるデフレ脱却」を謳うのであれば、非正規雇用者の賃上げこそ優先させなければならない。そこを改善しなければ、ほんとうの消費拡大につながっていくはずがない。

そこを無視し、正社員だけ賃上げして「デフレ脱却のための賃上げ」と叫んでいるのは、どうにも納得できない。違和感をおぼえざるをえないのだ。

|

« モノの言い方、モノの見方 Part2 | トップページ | もう少しモノの見方と橋下市長 »

コメント

おはようございます。

今週はOTSU氏から、なんらかの回答をいただけるものと期待していました。
私の例示が不明確だったので、あまのじゃく氏がまとめ直していただいたので
再掲します。

1:アメリカが戦争を連想、或いは誘発させる行動をとる。
2:中国が戦争を連想、或いは誘発させる行動をとる。

若し(組合あるいは平和フォーラム)「反戦組織」ならば「1と2」の両方に反応するだろう。

OTSU氏は以前、批判する場合は具体的にと言われました。よって具体的に
例示してみました。これでいかかがでしょうか。

以前から思っていたのですが、日頃、組合のことや政治活動について
明確に歯切れよく答えるのに、こと平和活動や平和フォーラムについては
口が重くなるようですが、これはOTSU氏の所属する組織、あるいはお立場ゆえに
答えがたいのでしょうか?ならば、平和活動や平和フォーラムについては
「答えられない」と言っていただければ、もう二度とOTSU氏にこのたぐいの
質問はしません。

回答が可能ならば、私が平和フォーラムが偏ってるように見えることに
対して、具体的な反論をお願いします。

ちなみに世界にある、反戦平和活動、死刑廃止運動、人権活動、自然保護活動を
している団体は、対象がアメリカ、中国、ロシア、日本、北朝鮮であれ
関係なく非難しています。立派な活動だと思います。

よろしくお願いします。

投稿: nagi | 2013年2月25日 (月) 08時50分

肝心な本記事にコメントしていませんでした。

非正規雇用の本質的な問題は、現在の正規職員の解雇問題があるのでは
ないでしょうか。同じ問題が、フランス、ギリシャ、イタリアなどでも
あります。正社員の解雇が行えないので、人員調整ができない。
これが元々の問題のスタートです。

私も他社の人事担当と会うと、よく人手が足りないから雇用したいとの
話になります。しかし正規で雇用すると、簡単に解雇できない。
さらに義務を果たさず権利意識が肥大した人物ほど、面接や試用期間は
おとなしくしている。やがて不良物件となりはてるわけです。

解雇権の乱用は禁止です。しかし問題職員を解雇するのに多大な
エネルギーを要することがわかっている以上、雇用問題は解決しないでしょう。
そして連合が非正規職員の組織化もしている以上、さらに警戒を
強めるでしょうね。すでに一部の組合もどきが弱者ビジネスを絶賛活動中
ですから。

投稿: nagi | 2013年2月25日 (月) 09時06分

日韓併合について、親日派の韓国人が書いたこんな本があります。

韓国の伽耶大学教授の著書『日韓併合の真実』
著 崔 基鎬

日本の失策まで持ち上げてる部分もありますが、歴史に必要なのは
やはり「公正」であると思います。

>OTSU氏
言わずにおこうと思ってたのですが、やはり勘違いを正しておきたいと思います。

>朝鮮総連の役割や過去の行為などと絡めながら、朝鮮学校の位置付けを注視すること自体は頭から否定できません。しかし、どうしても「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺を思い浮かべがちな理屈だと感じています。

どうも、私が韓国、朝鮮を嫌いだと思われてるのだと理解しています。
私は日本に対する無茶苦茶な反日行為は嫌悪していますし、断固として
論破しなくてはならないと思っています。そして安全保障にかかる
部分も万端備えなくていけないとも考えています。
しかし、私は両国に対していかなる怨みも憎しみもありません。
また、北朝鮮の核実験に対しても、安全保障に関する部分において
懸念してますし、そのようなことに浪費せず、国民の為に使い
人権弾圧を止めろとも思いますが、所詮は他国の問題です。
日本に影響がなければかまいません。パキスタンやイランが核実験を
しても、それぞれの国の問題です。
だから、無償化問題に反対するのは、北朝鮮の独裁政権に国民の税金を
投入する行為がおかしいと考えるからです。
子供には罪はないでしょう。しかし朝鮮学校を支配する大人達は
その罪のない子供を本国につれていき、独裁者を礼賛するような
行動をさせています。これでは独裁政権の工作員を養成していると
疑われてもしかたないでしょう。

もう一度申し上げておきます。

私は、朝鮮民主主義人民共和国が憎いことはございません。
私は、日本国に在住する朝鮮民主主義人民共和国民を父祖にもつ
二世、三世の子供に憎しみを持っておりません。

投稿: nagi | 2013年2月26日 (火) 18時55分

OTSUさんの、非正規雇用の賃上げ論も分からなくはないですが、これってデリケートな問題ですよね。

賃金をUPさせることで、経営が苦しくなる事業体も多々あるわけで。
今、正規・非正規共、最低賃金に一定の縛りをかけることは、現状無視の、あるべき論の強引な押し付けにも見えます。
そもそも、最低賃金のUPが、あらゆる業種で、あらゆる労働者に対して適用されるべきなのかも疑問なところです。
例えば、学生の小遣い稼ぎ。例えば、ボランティアに近いような活動。などなど。

いずれにしても、経営の圧迫は、正規雇用のパイも非正規雇用のパイも減らしかねません。そのあたりのバランスの中で、賃上げをどの程度どの範囲にまで及ぼすべきなのかが議論されねばならないと思います。

また、経営者に力をつけさせること、経営者が育ちやすい地盤を創ること、そういった視点も不可欠ではないでしょうか。単に、賃金の縛りだけを押し付けるのでは、経営が苦しくなるだけなのは、明らかだと思います。

投稿: かもめのJONA | 2013年2月27日 (水) 08時55分

>消費税率が、再来年10月から10%に引き上げられた場合、国の税収は、今年度に比べて14兆円近く増えるものの、社会保障費の増大や借金の返済に充てる費用がこれを相殺する形になるとした試算=試みの計算が明らかになり、財政の再建には歳出の抑制が欠かせないことが改めて明らかになりました。

雇用情勢が上向きになるまでは、官公労については賃上げより同一価値労働同一賃金を含む合理化が優先でしょうね。

投稿: L | 2013年2月28日 (木) 10時40分

「給料は労働の対価」・・これを無視した議論は無意味だ。

戦後の右肩上がりの時代は労働力確保の為に、「終身雇用」と「年功序列」を両輪とした「日本式労働慣行」を敷いた。
1980年代に経済が安定期になって、この労働慣行は実態と合わなくなった。
だから小泉は「労働力の流動化」を計って「派遣」を行った。避けて通れない道だ。

今求められているのは「労働」を評価し、それを如何に「給料」に反映させるかの仕組みであって、正社員だの派遣だのの議論では無い。

裏を返すと「労働と給料」がパラレルでない領域にお金が沢山流れているから日本は沈没しようとしているんだ。
その代表格が「公務員」だと皆考えているんだよ。

別に公務員にお金を使って貰わなくても、その分民間に流して民間人にお金を使ってもらえれば、景気に影響は無い。
公務員が給料を増やして貰いたいのなら勤務評価を行って、それに基づいて給料を決めることであり、その制度で懸命に働く事だ。

組合が「楽して給料増やせ!」と言っている限り、日本にとっては「邪魔な存在」でしかない。

本文記事のフリージャーナリストを一言で表現するなら「暗愚」。論評に値しない。

投稿: あまのじゃく | 2013年2月28日 (木) 11時33分

日本の雇用状況はフランス、イタリア、ギリシャなどと同様で
労働者の権利が強く、雇用に躊躇する状況が同じに見えます。

もちろんこれらの国よりは、日本人は勤勉でまっとうだと
私は思います。

以前に、OTSU氏が言及した、労使で適切に賃金を決める。
これは賛成しましょう。しかし「適切」と言うからには
上がるだけを想定はできません。下がることも想定しなければ
おかしくなります。

一時話題になった、大阪市交通局の賃金を4割カットする。
組合関係からは非難の声が強く、OTSU氏も取り上げておられました。
手法はともかく、同様の運行形態をもつ民間の給与と比較して
平均賃金があきらかに高い。では、民間に交通局と同じ賃金に
是正しろと言って、本当にできるでしょうか?会社は維持できるのか?
もし維持できないのならば、やはり賃金は適正ではなく高いので
あろう。
ならば適性な見直しを行い「下げる」ことになります。
さて、組合は適切に対応できるのですか、例の調子で
絶対反対、断固反対と叫ぶのでしょうか。

それと同一価値労働同一賃金の理想には賛同するのですが
労働者の優劣にかかわらずこれを行うと誰も努力をしない状況が
目に浮かぶのですが。
また、これを正社員、派遣社員の待遇の違いを言ってるなら、
全体の人件費を変えずに行う為には、正社員と派遣社員をフラット化にして
調整する必要がある。実質下がる正社員側に不満はないのか。
派遣社員の待遇を正社員並にあげるならば、その財源はどこが
負担し捻出するのか。
私には上記の問題点があると思うのですが、連合は有効な解決策を
考えてるのでしょうか。教えて下さい。

投稿: nagi | 2013年2月28日 (木) 12時21分

組合が、組合員の条件改善の為に活動しなければ、存在意義が無くなってしまいます。

景気や情勢など関係ありません。
組合であるのならば、賃金闘争や労働条件闘争をいつでも行うべきです。

あくまでの労使で決めることですから、お互いの主張を元に景気や情勢を加味して締結すればいい。
結果には多くの要素が加味されますから、賃金が上がるとは限らない、これも当然な話です。

でも、交渉の前段の要求の時点から、組合の意義を放棄することは、労働者の敗北ではないのでしょうか。

そこに公務員も民間もありません。
「楽して給料を増やせ」
そもそもそんな話は過去にも聞いたことがないし、労働者を何だとお考えなんですかね。

勤務評価を行ったり、制度の改革をするのは当局側、政治側の責務です。
政治家を選んでいるのは、市民ではないのですか。

民意で選ばれたことを尊重すべき。橋下さんの時によく聞きました。
ならば、その政治家に変えるべきを変えてもらってはどうでしょうか。
その責任を組合になすりつけるのは、どうかと思いますけどね。

単純に、組合を批判するのは自分の首を絞めているだけと思い意見してみました。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 1日 (金) 07時15分

おはようございます。

>下っ端氏

組合の必要性や存在意義は当然としての前提で申し上げます。

>景気や情勢など関係ありません。
組合であるのならば、賃金闘争や労働条件闘争をいつでも行うべきです。

闘争という言葉が、平和活動に取り組む団体が使うのはおかしいと
思うので、私は「改定」と言わせていただきます。
賃金や労働条件の改定は、組合が常時取り組むのは当然とは言え
やはり景気や情勢を無視するのは無謀でしょう。母体が死ねば
みんな死んでしまいます。

>勤務評価を行ったり、制度の改革をするのは当局側、政治側の責務です。
労使で決めるべきといいながら、これらは政治側の責務なんですか
新しい制度を導入しようとすると組合が反対するシーンもよく見る
わけですが。

前提条件の部分で、組合が組合員や労働者の為に賃金や労働条件を
交渉するのは当然です。それによって多くの労働者に受益がありました。
しかし、現在においては組合は本質から外れ、政治活動や平和活動に
熱を上げて政治側と対立し、結果、労働者は不利益を受けています。

自治労などは特にその傾向がはっきりしてるのではないでしょうか。
政治のパワーゲームに参加した為に、多くの真面目な公務員の方々が
不利益を受けてると私は思いますよ。

投稿: nagi | 2013年3月 1日 (金) 08時59分

賃金闘争とは「楽して金よこせ!」と「安月給で働け!」の戦いの事です。

私は組合を「批判」しているのですよ。

特に公務員組合に対して次の2点を

1:政治的に中立の法律に違反している。ここまで露骨に政党と選挙に関与していながら違法ではないと良く言えたものです。
2:公金の使途について、私的な組合が「交渉できる」などと考えている。公金を一体何と考えているのやら・・。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 1日 (金) 09時40分

総務省では、公務員の人事評価について以下のように解説しています。
これをみると一応合理的な評価手法のようにもみえます。
ただ、何をもって「業績」とし、あらかじめ、定量的又は定性的な「目標」を定めるかが公務員の場合、難しい。
国税職員のように数字のある役所は、賦課又は徴収額で評価するということも可能ですがね。

コレ↓の要旨は、事務年度当初の「目標設定」→「業務処理」→「自己評価」←「評価者による評価・評価内容の本人への開示」っていう流れ。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jinji/jinji_d.html

高い目標を掲げて、達成できなくても、プロセスを評価することも可能。
低い目標を掲げて、達成しても、客観的な評価は低い。

いろいろ、国家公務員も試行錯誤しています。

個人的には、人が人を評価することは神でもないので、「不可能」と感じています。

例:田中耕一さん。島津製作所で、同期の多くが課長になっていたが、田中さんは主任。
  会社の評価は、必ずしも高くはなかった。ノーベル賞受賞時の会見なんかでの所作も「デキる」サラリーマンという感じではなかったし。
  しかしながら、世界のノーベル財団が「評価」して一躍世界の田中に。
  身近にいる島津製作所の人事当局の評価は、おそらく最低レベル。しかしながら、ノーベル財団の評価は、世界最高レベルの貢献度で、ノーベル賞。

  「評価」は難しい。

 なので地方公務員における昇進は、「試験」で成績優秀な職員を選びがち。
 しかし、これにも問題が。
 仕事もせずに勉強ばかりする奴が偉くなるという弊害が生じる。

 組織を活性化するために一生懸命働いて、ある程度結果を出している職員を管理職に引き上げるというルートも必要だし。

 まあ、トリプルクラウン(東大一番、司法試験一番、Ⅰ種試験一番・・昔はほとんど大蔵省に入省)でもない凡人は、国家・国民のために無定量に一生懸命働くしかないですな。

投稿: wassenaar | 2013年3月 1日 (金) 23時25分

nagiさん

私は単純な話をしただけです。
現実は、単純ではないことは十分承知。

この2点を踏まえた上での議論であれば、違和感を感じることはありません。
なので、nagiさんの返答にも特に反論はありません。

あまのじゃくさん

1:政治的に中立の法律に違反している。ここまで露骨に政党と選挙に関与していながら違法ではないと良く言えたものです。

この話は終わったのでは?
一方的な決めつけは控えた方がよろしいかと。

2:公金の使途について、私的な組合が「交渉できる」などと考えている。公金を一体何と考えているのやら・・。

正直、意味がわかりません。労働基本権を真っ向から否定されますか?
それに、組合は私的ではありません。法で登録することが認められた団体ですよ。

私的なご意見を述べることは自由でありますが、ただの個人的な感想にしか読めません。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 2日 (土) 00時42分

下っ端さん

1:政治的中立については終わったどころか、違法ではないと主張している人達が無視しているだけです。

政治的支援を決定して、内部に通達するまでは「違法ではない」とされているらしいが、当然「組織外に広報する行為」は違法。
どう見てもその行為を行っている。都合が悪くなると、突然誰もいなくなる。私からすると不誠実極まりない。もっと言えば「卑怯」。

更に言うと「違法ではありません」との主張は「一方的な決め付け」では無いのかね?

2:公金の使途は、その決定過程が法律で厳格に定められている。

公金を預かる公務員がその事を知らぬ訳が無い。法律には何と書いていますか?「条例で定める」と書いていませんか?
それとも「当局と自治労との話し合いで決める」とでも書いているのかね?

世の中の多くの組織が法律の管轄下にある。つまり法律でその存在を定められている。その事と「公的な組織」とは全く別次元の話。
「公的な組織」とは「公金の使途」や「公務の執行」において「権限」を持っている組織の事だ。
公務員の給与については「当局」と「議会」だけが公的な組織だ。

おっと、皆さんには「釈迦に説法」でしたね。

最後に私の主張は「私的な意見」であり「個人的感想」ですよ。
「裁判官の判決文」や「行政が発行する白書」などの「公文書」では当然ありません。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 2日 (土) 09時11分

組織の人事評価ですが、それ自体は極めて簡単です。
社長が鉛筆片手に「この人は3、あの人は4」と評価していけば宜しい。その評価に沿ってその人の処遇を決めたら宜しい。

皆さんが「難しい」と言っているのは「最も良い人事評価法を探すのが難しい」との意味でしょう。
これは逆に見ると「人間は頑張れば最も良いものを見つける事が出来る」という発想をしている。
そんな事(何が最も良いか)は「神様」しか分からない。

国家公務員が試行錯誤をしているらしいから、地方公務員も(思考錯誤を)されたら如何?

因みに「島津製作所」の人事評価は決して悪くないと思いますよ。何故なら「田中」という世界的発見をする人物を(結果的に)育てたからです。
恐らく執行部は「田中は現場で力を発揮するから、決して管理職などにはせずに、彼に合うポジションに留めておこう」と考えたのかもしれませんね。
彼を専務などにしてしまえば、殆ど役に立たなかったでしょうから。・・尤もこれは私の個人的な印象です。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 2日 (土) 11時21分

今回のトピックに関して、コメントです。
私の考えたところでは、掲載いただいた記事は、信用するに足りないものではないか、と考えました。
理由は以下のとおりです。

○掲載記事は、事実誤認に基づいた報道であること。
 ・記事では、「小泉政権」の下で派遣が自由化されたとありますが、派遣の原則自由化は、平成11年の法改正であり、当時は「小渕政権」でした。
 ・仮に、いずれの政権であるかに拘わらず自民党政権下における派遣の自由化を問題視するとしても、現在の非正規労働者のうち、派遣労働者は5%でしかありません。
  (ちなみに、いわゆる非正規の5割はパート労働者、2割がアルバイト、2割が契約社員です。これらは、公の情報から確認可能です。)
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/date/index.html
 ・私自身も上記については、調べてみて初めて知りました。しかし、素人の私ですら、少しの手間をかけて調べれば公表情報から上記の事実は確認可能なわけです。
 ・報道に身を置く方が、このような事実を伝えないのは、少し不公正であると思いますし、そのような不公正な行いをする方の言説は聞く気になれません。
  (仮に、このような事実を知らなかったとしても、私が調べれば分かる程度のことを調べていないで報道していたとすれば、それはそれで問題です。)

○仮に、非正規労働者の賃金アップが「善」であったとしても、正規労働者の賃金アップを行う企業を責めるいわれはないこと。
 ・掲載記事の記者が主張するように、仮に非正規労働者の賃金アップの方が社会的な効果が大きいとしても、そのことで正規労働者の賃金アップを表明した企業を責める理屈はありません。
 ・正規労働者であろうとも賃金上昇は、社会的に意義のあることであり、それを公に宣言することの意義は大きいと考えます。
 ・自らは何らの対価も支払っておらず、努力もしていないにも拘わらず、社会的な意義のある行為をおとしめる言説を行う者については、上記の事実と相まって信用することができません。

※なお、これとは関係ありませんが、私に投げかけられていた「さび」さんのコメントに対する私見を全トピックのコメント欄に投稿しましたので、「さび」さんにおかれては御覧いただければ幸いです。

投稿: 一般庶民 | 2013年3月 2日 (土) 22時02分

連投ですいません。
念のため、建設的な提起をするとすれば、
○非正規労働者と一口に言っても、家計補助的な人もいれば、正規になりたいけどなれない人もいる、
という事実認識に立って、それらをごちゃまぜにしない議論が大切なのだと思います。

投稿: 一般庶民 | 2013年3月 2日 (土) 22時13分

あまのじゃくさん

違法かどうかの話は、以前散々やりましたよね。
違法の判決が無い以上、違法と決めつけることに同意はしません。

当然、一方的な決めつけではないです。
違法と思われる。というご意見であれば、主張として受け止めます。

公務員の給料は、条例で定めます。
条例を提出するのは首長。条例を可決させるのは議会。
決めるのはこの2者であることは間違いないでしょう。

その前段で交渉をすることが、どうして公金の私的な交渉になるのでしょうか。
どんな交渉をしようと、給料を決めて条例にする首長と、その条例を可決するのは議会です。
ただそれだけの話ではないのですか?

多くの要素を踏まえた上で、条例は常識の範囲内であれば可決されるでしょう。
色々とご意見があるならば、民意で選んだ首長や議員が、その「民意」を反映させればいいのではないですか?

投稿: 下っ端 | 2013年3月 2日 (土) 22時26分

nagiさん、かもめのJONAさん、Lさん、あまのじゃくさん、下っ端さん、wassenaarさん、一般庶民さん、コメントありがとうございました。私自身がお答えすべき問いかけなども複数あったものと思いますが、取り急ぎ対応できる範囲にとどまることをご容赦ください。

いかなる国に対しても戦争を誘発するような行為には反対です。その上で、国内に基地等があるかないかで具体的な集会等の有無に繋がっているものと思っています。また、平和活動や平和フォーラムについて、特に口が重くなっていることはありません。自治労との関係性でも同様ですが、基本的に責任を持てる領域が自分の所属する市職員組合に限られるため、そのような距離感を弁えた主張に努めているだけです。

nagiさんは平和フォーラムを「反日」組織だと決め付けられていましたので「偏ってるように見えること」を記事本文を通して具体的に指摘したつもりです。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺について、特にnagiさんに対して述べたものではありませんでした。nagiさんが坊主と袈裟を峻別されていることは分かりましたので、たいへん失礼致しました。

その他、非正規雇用の問題をはじめ、私からもコメントすべき内容が多々あろうかと思いますが、今後、記事本文を重ねていく中で対応できればと考えています。なお、新規記事は今夜中に投稿する予定ですので、またご訪問いただければ幸いですので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2013年3月 2日 (土) 23時42分

>OTSUさん

1つ提案ですが、例えばですよ、業績のよい企業にターゲットを絞って雇用対価を増加させる、っていう主張を考えてみてはどうですか?

先のコメントでも述べたように、一律の賃上げでは確実に経営難を招く事業体も存在します。
それに、今は良くても業績が落ちた時に、賃下げは簡単にはできないわけで、そこがネックとなって、大規模リストラや倒産(=雇用ゼロ)に陥るケースも考えられます。経営側からすれば、賃上げも、後々のリスクヘッジの余地が残る程度に止めないといけないと思うんですね。

そこで、内部留保の計上に伴って、一定割合の雇用費用支出を義務付けることを、目指してみてはいかがでしょうか。
内部留保により、企業は体力を蓄えることができる=より潰れにくい。
従業員の給料総体が増える
これって、経営と労働者共にwin-winの成果をもたらすんじゃないでしょうか。

投稿: かもめのJONA | 2013年3月 3日 (日) 09時26分

下っ端さん

「違法だ」「違法と思われる」の表現の違いの話でしたか・・。

大変厳しい事を申し上げるが、この様な論点での議論はお断りしたいと思います。
恐らく何も生まないと思いますので。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 3日 (日) 11時55分

あまのじゃくさん

何も生まない、そうですか?

根拠のない断言は、場合によっては他人を不快にさせます。
それは、根拠のない一方的な批判や攻撃になりかねないので、お話させて頂きました。

イソップ童話の「北風と太陽」を参考にした、そんなご発言を頂きたいです。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 3日 (日) 13時42分

下っ端さん

根拠がない?このブログだけを見ても、明らかに政党支持を打ち出しているのに?

心あるものがそれを「不快」に思うとは思いませんか?自分達だけが「不快」ですか?

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 3日 (日) 15時31分

違法の判決がない以上、違法ということは受け入れません。
それは自分たちのことだからではありません。

職務が関係している、それは当てはまるかもしれません。
なぜなら、私達は感情で仕事をしてはいけない職種だからです。

私達が根拠にするのは、あくまでも法令であり条例であります。
そこに、個人的判断や感覚を入れてはいけません。

なので、自治労の政治的活動が司法の場で違法と判断されない限り、違法とは認めません。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 3日 (日) 21時43分

個人的な話をするのは、大いに結構です。
私も職のしがらみを捨てて、自由に発言し参加させていただきます。

であるからこそ、断定は根拠が必要です。
そうでないならば、断定は避けるべきではないのでしょうか?

投稿: 下っ端 | 2013年3月 3日 (日) 21時45分

かもめのJONAさん、あまのじゃくさん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

あまのじゃくさんのような疑念を持たれる方々を想定し、昨年12月に「再び、地公法第36条と政治活動」という記事を投稿していました。残念ながら、その記事を通しても疑念は晴らせなかったようですが、これまで断定調の批判に対する「お願い」も数多く繰り返してきました。今回記事のコメント欄での下っ端さんとの意見交換を見守らさせていただいた中、改めて新規記事の一部を引用し、あまのじゃくさんに対する私自身の思いを訴えさせていただきます。

>文章以前の問題として、一人ひとりの置かれた立場や個々人固有の視点の違いから同じ言葉や記述内容に接していても、理解度や評価などが大きく枝分かれしていくように受けとめています。このような思いは、このブログを長く続けている中で体感してきたことでした。昨年の春頃までは枝分かれした「溝」を少しでも埋めるため、コメント欄には積極的に関わり、自分なりの言葉を尽くして立場や視点の異なる方々と意見交換に努めてきました。昨年の途中から週1回更新する記事本文のみに集中しているため、コメントを投稿された方々に対して物足りなさを与えがちな点については申し訳なく思っています。ぜひとも「このコメント欄の限界と可能性」について改めてご理解ご容赦ください。

投稿: OTSU | 2013年3月 3日 (日) 21時45分

法の目的の一つとして、行政の中立性がある事を踏まえると、
下っ端さんは、前段の記述では

>違法の判決がない以上、違法ということは受け入れません。
>なぜなら、私達は感情で仕事をしてはいけない職種だからです。

と、法に違反するという判例が無い以上は、問題が無いと言い切り
現状の行政は、中立性が保たれていると保障されています。

さらに後段の記述では、

>私達が根拠にするのは、あくまでも法令であり条例であります。
>なので、自治労の政治的活動が司法の場で違法と判断されない限り、違法とは認めません。

と、現状の自治労の活動はまったく問題がないと言い切り
つまり、今後も行政の中立性は脅かされないとの結論に導いています。

しかし、私らの感覚では、
A 自治労(に属する単祖)は組合活動と称して政治活動をしている
B 自治労(に属する単祖)は団体交渉と称して行政の運営に注文を付ける
この①と②が決定的に矛盾しているように感じてしまいます。

そして、批判を受ける根本的な問題は、下っ端さんの様な職員各自が、
AとBの行為をする組織に属していて平気という感覚であるということです。
つまり、私らには十分に行政の中立性が脅かされていると感じているのです。


下っ端さんは、色々な理屈を使って中立だと標榜しつつですね、
自分に都合の良い中立の実現に奔走していると・・。
そんなものは、住民から見たら中立などではありませんわ。

下っ端さんの考えでは、行政が信用できないものになってしまう。・・というか既になっている。
だから、法律だとか条令だとか言ってみても、お手盛りと批判されてしまう。


私らの感覚では、公務員にあっては公的な私的な場面を問わず、
対外的には政治的意見を述べないし活動しない。それに達せずとも、
少なくともAとBを行う団体は完全に切り離されなければならない。

これが行政の中立を成すための最低限の条件だと思っています。


だからといって、
私は、自治労(に属する単祖)の活動が違法だとは言いません。
しかし、法の精神を踏みにじる行為だとは思っています。

行政を運営する職員が、進んで脱法行為をしているとも思えてしまう。
今の世相が、このようになったのも何となく納得ですわ。

投稿: シグ忘れ | 2013年3月 3日 (日) 22時35分

シグ忘れさん

個人的にどう思うか、その点については何も述べていないハズです。
シグ忘れさんのご意見、否定をするつもりもありません。

根拠のないことを肯定することは出来ないと言っているだけです。
自分達の都合がどうこう、ではないのですよ。

そうご理解されているのなら、それは全く違います。
なぜならば、私は法的根拠のある分限や給料削減に関して、反対を述べたことはありません。

何でも公務員の行動に結びつけるのは、如何と思いますが。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 4日 (月) 07時13分

下っ端さん

>自分達の都合がどうこう、ではないのですよ。
>そうご理解されているのなら、それは全く違います。
>なぜならば、私は法的根拠のある分限や給料削減に関して、反対を述べたことはありません。

あなたが、どう思って書いていたとしても、
それを開き直りの屁理屈と感じて、更には
法の精神を踏みにじる行為だと感じる者が凄く多いということです。

その事を理解して襟を正さなければ、
あなた方への批判の声は止まりません。それだけです。

投稿: シグ忘れ | 2013年3月 4日 (月) 08時14分

例えばOTSUさんはご自分のブログで政党支持や特定の政治勢力に対する批判記事をかいている。この情報は組織外部に対して向けられたものだ。
又、選挙での集会に来賓として出席し、挨拶する行為は著しく政治的偏向した行為と考えざるを得ない。

自治労の実態を知らない私ですら、ちょっと探してみると明らかに違法と思われる事をやっている。

こう私が主張すると違う角度から反論される人達がいるが、それは何も生まない。

何も生まないどころか、シグ忘れさんが直前に書いているような事が起こり、不信感が増大するだけだ。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 4日 (月) 09時16分

少しだけ私も参加します。

私がいつもここにコメントする時は、法律の解釈は無視してコメントします。
なぜなら、私は法律の専門家でもなく、また特に詳しいわけでもないからです。
だから、一般人としての感覚でコメントしております。

だから、下っ端氏の言われる、

>違法の判決がない以上、違法ということは受け入れません。

この部分には違和感というか、不思議な気持ちがします。
恐らく、下っ端氏やOTSU氏は日頃の公務も謹厳実直に遂行しておられる
ことでしょう。不真面目とは対極に位置する有能な方々だと推察します。
一方、特に目立つのが一部の教職員ですね。裁判で負けても「不当判決」と
叫びあくまでも主張を繰り返す。このような方々の存在が上記発言と
矛盾するのです。

また、あまのじゃく氏が指摘するように、違法判決がでてなくても
やはり違和感が拭えません。
かつて郵便局が民営化する前、全国特定郵便局長会がありました。
またOBを中心とする大樹の会がありました。大樹の会は政治活動が
盛んにありました。
この二つの総会は時間を続けて同じメンバーで開催することが合ったと
聞いています。前半が公務員としての活動、後半は時間外だから公務員と
しての活動ではない、との趣旨ですが、外から見れば全く理解できません。
これも司法で違法と判断しなければ違法ではないのでしょうが、
公務員の政治活動を批判する人には受け入れられることはないでしょう。

同じことをあまのじゃく氏やシグ忘れ氏が主張し、下っ端氏やOTSU氏は
違法ではないと言われてると理解しています。

簡単に言うならば、違法判決がでなければ、何をしても問題無い。
これでOKですかね?

投稿: nagi | 2013年3月 4日 (月) 11時28分

私が拘ることについて、なかなか伝わらないようです。
単純にお考えいただいていいです。

「違法」と判断がされていないから、「違法」と断言するのはやめてください。

どうも皆さんは、その先を踏まえてお話をされている。
その先、つまりは個人的見解や、道義的、掘り下げた中身まで話をしてはいません。
その話をするならば、個人的な話として自由な意見を交わしましょうと書かせていただきました。

今の自治労が行っている活動について、全てを肯定したことは無いはずです。
当然、社会人であり大人なのですから、違法と判決が出ない限り何をしてもいいなど、考えたこともありません。

私達は法の中で、全ての人を平等にしなくてはいけません。
それは、そこで働く職員も法や条例の元で平等な立場であることも意味します。 

ワンマン企業ならば、社長の腹積もり1つでそれこそクビにすることもあるでしょう。
アイツは生意気だから給料を上げないなど、実際にいくらでも実例がある話だと思います。

しかし、公務員はそこが平等故に法や条例に当てはまらない限り、そういうことは起き得ません。
そこを「緩い」とか「甘い」と言うのかもしれませんが、少なくとも私はそれこそが公務の特色の1つであり、民間との大きな違いであると思います。

成績主義を否定しませんし、能力に欠ける者は最後は去ってもらうしかないでしょう。
少なくとも、標準的な業務を基準とすれば、多少なりとも勤務評価は可能だと思います。
実際に当市でも勤務評価は取り入れられてますから。

あとは、政治判断ではないでしょうか?
民意を反映させるなら、民意で選ばれた政治家が、決めればいいことですから。

私個人は、そのことに反対しません。
根拠のある分限や賃金削減は、受け入れます。

ここでもう一つ。
ベースアップや勤務評価の件で、組合が要求したり反対することは、当たり前と考えます。
ご時世や世論は関係ないのです。
組合は組合員の福利厚生向上のために、その組織が存在するのですから。

その上で労使交渉を行い、最終的に妥結した内容を法や条例化すればいい。
そこを否定するのは、私個人としては労働者の権利を迫害する誤った判断と考えます。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 4日 (月) 13時06分

下っ端さん
私の言い分こそ伝わっていないようですね。

私の発言は「私的な意見」であり「個人的感想」でしかありません。
だから「違法だ!」と「違法と思われる!」の間に「差」がありません。差を付けるつもりもありません。

だから「言葉使いの議論は何も生まないからお断りします」と書いた。

そうしたら「不快だ」と新たな趣旨の話になったので、「不快はお互い様ですよ」と答えた。

そうしたら「根拠が無い」になった。だから(私なりの)根拠を示した。

そうしたら「最初に戻った」。以前もこれの繰り返しだった。

最後にnagiさんの『判決が出た後も「不当判決」と断定的に主張している人達がいるが、これをどう思うか?』の質問も目に入っていないようですね。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 4日 (月) 14時49分

>下っ端氏

言われてる内容は改めて理解しました。

>「違法」と判断がされていないから、「違法」と断言するのはやめてください。

なかなかこの部分だけを切り取り論ずるのは難しく思えるのですが
下っ端氏の主張は完全に理解できました。少し言葉を置き換えると
こう言えます。

「違法」と判断されたら、「違法」と断言できる。
「適法」と判断されたら、「適法」と断言できる。

これでOKですか?

それと、くれぐれも申し上げます。
私は以前にも言及してますが、日本が歴史上、国体を維持できたのは
優秀な官僚機構によるものだと理解しています。支配体制が変わっても
その時代ごとのシステムにより機能してきた。よって、日本には
官僚機構がもっとも適している。
だから有能な公務員を守ることが必要。有能な公務員には賃金も含め
手厚く遇する。また、有能な公務員を毒する劣悪な職員は速やかに
排除したい。そして、政治のような不安定で危険なパワーゲームから
システムを守る為にも政治的に完全な中立を維持してほしい。

ただただ、それだけです。

投稿: nagi | 2013年3月 4日 (月) 17時22分

あまのじゃくさん

それは違うのではないでしょうか?

そこまで「断定」するなら、その言葉に責任を持ってください。
それは言葉使いの議論でも何でもなく、人と人の接する基本的マナーです。

①あまのじゃくさんは頑固で一方的な考えしか出来ない、極めて危険な人物だ。

②あまのじゃくさんの意見は固定観念に囚われているように感じるし、その一方的な考え方を怖いと思うことがあります。

個人の考え方や好き嫌い、それは千差万別であり自由でもあります。
そうだからといって、①のようにいきなり他人をナイフで刺すような発言は、自由として許される領域を超えませんか?

nagiさん

おっしゃる内容で問題ありません。
個人的には、否定より同意です。

不当判決については、控訴の問題もありますが・・・・・・
決定は決定であり、日本国民であれば従うべきだと考えます。

言われてしまうようなことは確実に存在する。
個人的な思いです。
最小の労力で最大の効果を発揮する。
組織としてこの目標を達成できればいいと、己も少しでもそうなりたいと、ここに来るたびにそう思っております。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 4日 (月) 22時05分

下っ端さん

私は自分の発言に責任を持っている。時々言い放しで、都合が悪くなると逃げて行く御仁が居るが、私はそんなことはしない。
私は様々な根拠を付して「違法だ」と主張しており、いきなりナイフで刺したりしない。
私は基本的マナーを侵しているとも思っていない。

人は様々な感性で動く。それをあなたの感性で縛れば、議論は偏狭なものになるだろう。

もう一度繰り返します。「言葉の使い方についての議論は何も生まないからお断りする」

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 5日 (火) 09時19分

下っ端氏との意見交換は非常に興味深いものでした。
ありがとうございました。一部の醜悪な公務員の為に
大多数の公務員が風評を受けるこの状況は憂慮すべきでしょう。

「違法」と判断されたことは、「違法」と断言できる。

しかし、一部のお花畑教職員はどうしてもそれが理解できない。
個人の思想信条は自由であるが、職務には従わなければならない。
だが、この連中は労働者を保護する法律を利用し、職務に拒否し
論点を逸らせて世情を騒がせることを繰り返す。
このような醜悪な連中も同じように人権で保護しなければならない
のが民主主義の最大の弱点だと思いますね。

話は変わりますが、桜宮高校の元教士(師ではなく合えて士)が
なぜかNHKでインタビューを受けたそうですが。
かつての秘書給与を流用し有罪判決を受けた後、反省せず自分は無罪と
いいながら、社民党を捨て民主党に移った、前科者の辻元清美衆議院議員と
同じ匂いがしますねえ。とてつもなく醜悪な臭いが・・・。

投稿: nagi | 2013年3月 5日 (火) 15時51分

桜宮高校の教師は、自分の教育方針が正しいと信じて行っていた印象を受けます。

寧ろ私が懸念しているのは「体罰悪玉論」を徹底しようとしている事です。

「躾」と「暴力」を区別しようとする姿勢が見えない。タダタダ「体罰はいけません!」。

中には「体罰ではスポーツは上手くならない」って理屈がまかり通っている。
裏を返すと「体罰でスポーツが上手くなるなら、体罰を容認しよう」って話しです。

何が論点なのか、何が問題なのかすら理解していないし把握していない。
だから結論が付和雷同的、且つヒステリックに流されていく。

丁度、アメリカと戦っても勝ち目は無いと多くの人が理解していながら、いつの間にか真珠湾を攻撃したように。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 6日 (水) 11時24分

あまのじゃくさん

>中には「体罰ではスポーツは上手くならない」って理屈がまかり通っている。
裏を返すと「体罰でスポーツが上手くなるなら、体罰を容認しよう」って話しです。

本気でこのようなことをお考えですか?
どこをどう返すと、こういう裏になるのか・・・・・・

「躾」と「暴力」の区別に、暴力は関係ありません。

投稿: 下っ端 | 2013年3月 6日 (水) 21時55分

本来議論すべきは「体罰を躾の一環として認めるか」或いは「体罰を教育の一環として認めるか」です。

私の印象は現場ほど体罰を容認しているように感じる。私も容認している。

「体罰はスポーツの向上に役に立たない無駄なものだから止めるべきだ」とは「体罰がスポーツの向上に役に立つのならば、やりましょう」と同じ事です。これは冒頭の論点から外れている。

投稿: あまのじゃく | 2013年3月 7日 (木) 08時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/130697/56812555

この記事へのトラックバック一覧です: 春闘の話、インデックス:

« モノの言い方、モノの見方 Part2 | トップページ | もう少しモノの見方と橋下市長 »