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2012年11月25日 (日)

多忙な日々、気ままに雑談放談

市職員の本務と組合役員の任務、二足の草鞋を履いているため、限られた時間を効率的に使うことを習慣化しています。平日の朝、7時半頃には組合事務所に顔を出し、組合関連の雑務をこなしています。さらに昼休みや夕方も組合業務に向かう貴重な時間に充てています。そのため、職場では夜間電話催告や休日訪問など係員一斉に従事する仕事以外、まず残業を行なうことはなく、所定の勤務時間内での集中力を高めています。

時間外勤務が2000時間」と並べる話ではありませんが、組合の任務にかかわる時間を合算すれば相当の長さに積み上がっているはずです。それでも気分的にオンとオフの切り替えがあるため、そのような忙しさから疲れやストレスが蓄積することはありません。そもそも長い間、組合役員を務めている絡みから体に染み付いた当たり前な日常になっていました。ちなみに疲れやストレスがたまるとしたら、不本意な交渉結果を強いられた時や組合員から「口先だけの組合はいらない」と批判された時などが思い浮かびます。

少し前から自分自身のコメント欄へのかかわり方を意識的に減らしています。今年4月、「コメント欄雑感、2012年春」に記したとおり「レスを最低1日に1回は行なう」というこだわりから離れていました。8月に「このコメント欄の限界と可能性」を投稿した頃からは徐々に平日夜のコメント投稿を控え始め、最近は記事本文を更新できる時間が作れた休日に限るようになっていました。どうしても平日の夜は時間的にも気持ちの上でも集中しづらいため、言葉が不足しがちなコメント欄ではなく、記事本文を通して様々な問いかけに対してお答えするという方針に改めていました。

冒頭に日常の忙しさを綴りましたが、そのことを理由に今さら長年こだわってきた大きな方針を変えた訳ではありません。このブログを開設した目的から考えれば、コメント欄で不特定多数の方々の意見や考え方を伺える機会は非常に貴重なことだと受けとめています。さらに私自身も積極的に参加したコメント欄での迅速な「Q&A」が望ましいものと考え、半年ほど前までは1日に複数回レスすることも珍しくありませんでした。その際、時間的な労力を惜しむ感覚はなく、私なりの考え方を表明できる貴重さのほうが勝っていました。

しかし、あまりにも分かり合うことの難しさを痛感するようになり、どれほど自分自身が懸命に努力したつもりでも、分かり合えない関係性が生じることを当たり前だと思うようになっていました。加えて、コメント欄での中途半端なレスは批判意見の火に油を注ぐケースもあり、指摘された点に触れなければ「スルーされた」という批判も招いていました。そのようなことが積み重なる中、実生活に過度な負担をかけず、このブログを今後も続けていくためには週末更新の記事本文に集中することが適切だろうと考え始め、現在に至っていました。

もちろん寄せられたコメントは毎日欠かさず閲覧しています。前回記事「衆議院解散、今、思うこと」に対しては懐かしい方からのコメントも含め、本当に多くの意見や指摘をいただきました。平日の夜は「一切レスしない」と決めている訳ではありませんが、結局、見送ることの負担の軽さを選ぶようになっています。今から振り返れば、頻繁にレスを重ねていた頃が遠い昔の話のようにも思え、ブログとの向き合い方において平日の解放感に浸れています。二足の草鞋を履いている日常のことも記しましたが、こちらの習慣も一度離れると二度と戻れない話に繋がるのかも知れません。

さて、分かり合えない顕著な例として、前回記事のコメント欄でも話題になっていた地方公務員の政治活動の問題があります。これまで数え切れないほど同じような質問や批判を受け、その都度、当該記事のコメント欄で私なりの言葉を尽くして答えてきました。いずれにしても私自身の「答え」は前回の記事本文の中で紹介した「地公法第36条と政治活動」や「あえて政治的な話題を」に集約していました。さらに後者の記事の中では次のような個人的な見解も添えていました。

誰が見ても、組合の進めていることには大きな問題があり、不当なものだと認定されるような場合、速やかに改めていく潔さを持ち合わせているつもりです。そもそも冒頭に例示された問題なども、産経新聞のような主張が大勢を占めていくのであれば、必然的に法律も改正されていくのではないでしょうか。法改正に至らない場合でも、そのような声を無視できない情勢であれば、大きな方針転換に迫られるものと思っています。

また、前回の記事の中では難解な法律用語は避け、「具体的に何をしたら問題であり、このような行為はまったく問題ない、そのような判断の積み重ねの中で日常生活が営まれています。地方公務員や自治労の政治活動も、そのような峻別を前提に取り組まれていることを以前の記事の中で詳しく綴っていました」という説明を加えていました。逆に抽象的で分かりづらいと言われるようであれば、紹介した以前の記事をご覧いただければと考えていました。

分かり合えない場合、論点がかみ合っていないという焦燥感や苛立ちも言葉に表れがちです。たいへん恐縮ながら、このような傾向は双方に当てはまる話だろうと思っています。ここで、いつも訴えていることですが、このブログが「答え」を一つに絞る場ではないという位置付けに繋がっていきます。異なる視点や考えをお持ちの方々に対しても「なるほど」と感じさせるような意見が交わせる場として、書かれている文章や意味合いが重視されていくことを望んでいます。そして、そのような場として、私自身は週1回更新する記事本文に集中していました。

ここまでで充分長い記事となっています。それでも今回の記事タイトルを付けた際、触れようと考えていた話題も少し書き進めてみます。本来、この題材だけで一つの記事内容とすべき賃金闘争が水曜夜に決着しました。その前の週、木曜夜から金曜朝にかけて徹夜で労使交渉を重ねながら最終的な合意に至らず、週を超えて協議を継続していました。最大の争点は住居手当の支給見直しの問題でした。12月から持ち家への支給はバッサリ打ち切るという提案に対し、労使交渉の結果、一定の激変緩和措置を引き出すことができました。

翌日、木曜の午後は有給休暇を取り、二つの会場に足を運びました。一つ目は地元の競輪労働組合の定期大会に来賓の一人として招かれていました。その組合が推薦している防衛副大臣の長島昭久さんも呼ばれていましたが、ちょうど私の隣に座られていました。長島さんが先に挨拶を終え、退席されようとした際、「もし次が私の順番でしたら、あと3分ぐらいお時間ありますか」と厚かましいお願いをしていました。残念ながら私の挨拶の順番は、もっと後だったため、長島さんには直接訴えることができませんでした。

二つ目は連合三多摩の定期大会にあたる委員会で、議長を依頼されていました。指定された打ち合わせの時間が気になりながらも、競輪労働組合の定期大会での自分自身の挨拶は簡潔さが不足していたことを反省しています。 連合三多摩の委員会では後半の議長を務めたため、退任する際、自分なりの思いを一言訴えることができました。それぞれの要旨は共通したものであり、前回記事の最後に触れていた次のような内容でした。

解散した日に行なわれた野田首相の記者会見の中で、三つの言葉が強く印象に残りました。一つは連合が力を注いできたテーマを表した「働くことを軸として、安心できる社会を作っていく」であり、あと二つは「2030年代に原発をゼロにする」「強い言葉で外交・安保を語る風潮が強まってきたが、極論の先に解決策はない」という言葉です。個人的な思いとして、この三つの言葉こそ他党との明確な対抗軸になっていくものと考えています。

もともと持ち時間はわずかだったため、こちらは簡潔に話すことができました。ただ脇役であるべき議長の退任の挨拶としては少し気負いすぎていたことを反省しています。この木曜午後のエピソードをブログに掲げることで、また様々な意見が寄せられるのかも知れません。基本的に私自身の考え方の表明にすぎない「多忙な日々」の一コマだったため、あまり躊躇わずに触れています。仮に禁止の範囲を限りなく広げていくと、公務員は一切政治的な話題を口にしてはいけない、政治家と会話してはいけないという話にまで広がってしまうのでしょうか。

昨日、土曜の午前中には連合地区協議会のクリーンキャンペーンが行なわれました。4年ぶりに私どもの市での開催であり、今回もファーレ立川内のパブリックアートの清掃に取り組みました。ファーレ倶楽部の会長にもご協力いただき、アート38点の水洗いなどを通し、全体で109点もある芸術作品を身近に感じる貴重な機会となりました。最後に蛇足ですが、若手職員らと4人で卓を囲む機会や、午後からドライバーが復調して53から42までスコアをアップさせるなど、それなりに硬軟織り交ぜた「多忙な日々」であることも付け加えさせていただきます。

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2012年11月18日 (日)

衆議院解散、今、思うこと

前回記事「定期大会の話、インデックス」のコメント欄で、東京都知事選に関して当ブログ内で言及されていない点のお尋ねがありました。以前は記事タイトルと無関係な時事の話題をよく記事本文の冒頭で触れていました。その中で、必然的に政治の動きを取り上げることが多かったブログでした。ただ本論ではなかった冒頭の箇所に思いがけない批判の声が上がる時もあり、人によって評価が大きく分かれる政治的な話題は極力慎重に扱うようになっていました。

一方で、ご存じのとおり当ブログは政治的な話題を頻繁に取り上げています。あくまでも中途半端な取り上げ方は避け、取り上げる時は記事本文で真正面から扱うように心がけていました。そのような考え方に改まっていた中、記事本文の更新は週1回であるため、結果的に都知事選のような大きな動きに触れないまま今に至っていました。今回、記事タイトルに示したとおり政治的な話題を真正面から取り上げていくつもりですが、合わせて前回記事のコメント欄に寄せられた声も意識しながら綴らせていただきます。

さて、11月16日に衆議院が解散され、12月4日公示、16日投開票の日程が決まっています。振り返れば、このブログを開設した時の最初の記事は「民主党と小泉自民党」で、いわゆる「郵政」解散の直後のことでした。3年前の解散直後には「5年目の夏、そして300回」という記事を投稿していました。つまりブログを始めてから3回目の衆議院議員選挙を迎えることになります。前回までと同様、「雑談放談」をサブタイトルに掲げたブログですので、今、自分なりに思うことを書きしるしていきます。

まず公務員の政治的な中立性を指摘し、自治労の方針や活動を批判される方が少なくありません。それに対し、「地公法第36条と政治活動」「あえて政治的な話題を」などの記事を通し、定められたルールの範囲内で政治的な活動に取り組んでいることを説明してきました。それでも「法律を自分に都合よく解釈し、違法行為を組合の基本方針に据えるなど、私から見たら正気の沙汰ではない」という意見が示される現状については、たいへん残念な話です。

具体的に何をしたら問題であり、このような行為はまったく問題ない、そのような判断の積み重ねの中で日常生活が営まれています。地方公務員や自治労の政治活動も、そのような峻別を前提に取り組まれていることを以前の記事の中で詳しく綴っていました。また、選挙の事前運動と日常的な政治活動の線引きに関しては、地方公務員に限った問題ではなく、ハードルを硬直的に変えるようであれば違反者が続出する現状だろうと思います。

個々人の考え方や価値観は千差万別あって当然です。しかしながら問題のない行為に対し、違法だと言い切られるコメントだけは避けていただけるよう願っています。このようなお願いに対しても様々な意見や批判が寄せられるのかも知れません。このブログを開設してから何年もの間、こちらから見れば「事実誤認」による批判だけは少なくできることを願いながら多くの言葉を尽くし、相互理解が進むよう努力を重ねていました。

ただ残念ながら、どうしても歩み寄れない「溝」があることを強く認識するようになり、その行き着いた先を「このコメント欄の限界と可能性」という記事に託していました。もともと当ブログのコメント欄では「答え」を一つに絞ることを目的としていません。このような位置付けを閲覧者の皆さんに改めて理解いただき、相反する考えをお持ちの方々に対しても「なるほど」と感じさせるような意見が交わせる場として、それ以上でもそれ以下でもない「限界と可能性」を訴えていました。

話が本筋からそれがちで恐縮ですが、このブログで政治的な話題を取り上げる行為もまったく問題ないという認識であることを改めて強調させていただきます。次に組合活動が「組合員のため」を目的にしていることは当たり前な話ですが、「市民のためではなく」という論理展開への違和感について補足しなければなりません。財源というパイの分配で考えた際、組合員の賃金水準を下げれば直接的な市民サービスに繋がる予算に回せることも確かです。

だからと言って、「組合員のため」を目的とした賃金交渉に臨む際、市民サービスの低下を「是」とするような考え方を抱いている訳がありません。限られた財源の中で間接的に影響し合っていることも頭から否定しませんが、組合は組合としての役割や責任を全うすることが第一に求められています。このような意義については「泥臭い民主主義」という記事の中で、「多元主義」的な民主主義の一つである労使交渉の重要性を訴えていました。

いずれにしても組合役員が「組合員のため」と述べた途端、市民のことを蔑ろにしているような言われ方には強い違和感があります。高齢者に対する施策を重視すれば、現役世代にしわ寄せが行くような構図に関しても、いたずらに高齢者対現役世代という対立構造をあおるような風潮は好ましくありません。労働組合の要求が非常識なものであれば実現できないだけの話であり、社会的富の公平分配のあり方も適切な水準やバランスを常に模索していくべき課題だろうと考えています。

それぞれの率直な声を吸い上げ、それぞれの立場を尊重し、より適切な「答え」を出していくことが「多元主義」的な民主主義のプロセスとなっています。ちなみに連合や自治労が応援している民主党政権は必ずしも「連合や自治労のため」の政策だけを進めている訳ではありません。例えば、このブログのコメント欄では、平均7.8%の給与削減を強いられている国家公務員の皆さんから民主党政権を批判する声が目立っていました。

このように支持協力関係があるからと言って、すべて連合の要求が通るものではありません。逆に一部の団体からの要望のみに応え過ぎていた場合、公平な政策運営に至らない恐れがあります。私自身、このような関係性は当たり前だと受けとめ、連合や自治労の政治方針と向き合っているつもりです。前回の記事で定期大会での私の挨拶内容を紹介し、「まな板の鯉」の比喩を持ち出していました。挨拶の内容は簡潔さを心がけているため、組合の機関誌『市職労報』の文章には次のような記述が付け加えられていたことも改めて紹介します。

今のような社会情勢の中で公務員組合は、政治的な活動を進めることで自分たちの待遇改善が大幅に進むとは考えていません。理不尽な改悪の動きが示される場合などに対し、最低限、当事者の切実な声が届けられる政治的なパイプの必要性について常に意識していました。

「民主党を応援すれば、自民党は利益を損なう」という構図も当たり前なことですが、「今度の選挙で民主党が敗北して自民党が政権を取ったら公然と公務員を締め付けることになるだろう。選挙でライバルを応援する団体を弱めることは当然の帰結である」という見方も否定できません。このようなリスクを回避するためにも、公務員組合が政治的な立場を鮮明にすべきではないという意見も耳にしています。そのような声に対する私なりの答えは上記のとおりであり、ライバルとならなければ手心を加えてもらえるとも思っていません。

虫がいい話に聞こえてしまうのでしょうが、対立構造や報復感情から物事を判断していく流れが強まることにも懐疑的です。選挙の結果、勝利した政党の掲げた政策が今後の国政の柱となり、総論各論、政権与党の政治家の判断が様々な方向性を決めていくことも当然です。そのような各論の一つとして、公務員やその組合に対して厳しい選択が迫られていくことも仕方ありません。それでも個々の判断が党利党略ではなく、理性的なスタンスで下されていくことを願っているところです。

いつものことながら、たいへん長い記事となっていますが、もう少しだけ続けます。民主党の中の大勢は「解散先送り」でしたが、党利党略を優先した発想だと感じていました。民主党を離れる議員も続出していますが、そのような行動も自分の選挙にとって有利なのかどうかという発想を優先しているように思えてしまいます。選挙に落ちてしまえば元も子もないため、やむを得ない話なのかも知れませんが、あまり歓迎できる動きではありませんでした。

最後に、解散した日に行なわれた野田首相の記者会見について触れてみます。前回記事の中で「大きな方向性が合致した上で、基本的な信頼関係を築けるかどうかが大事な時代になっている」と記していました。その意味で「働くことを軸として、安心できる社会を作っていく」「2030年代に原発をゼロにする」「強い言葉で外交・安保を語る風潮が強まってきたが、極論の先に解決策はない」という野田首相の言葉が印象深く、私自身の心に留まりました。

働くことを軸とする安心社会」という言葉は、それこそ連合が力を注いできたテーマを表したものでした。原発ゼロを最終目標に掲げることも、「戦争を辞さず」というような強い言葉に疑義を示されることも、いみじくも当ブログを通して訴えてきた方向性と一致していました。そして、それぞれ自民党の安倍総裁、日本維新の会の石原代表らとの明確な対抗軸になり得るはずです。民主党にとって政権への返り咲きは非常に険しい道のりなのでしょうが、このような対抗軸を地道に広めていくことが大切なのだろうと思っています。

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2012年11月11日 (日)

定期大会の話、インデックス

やはり記事のテーマが変わると、新しいハンドルネームの方々からもコメントをお寄せいただけるようになっていました。ただ誠に恐縮ながら前回記事「時間外勤務が2000時間」も平日夜のコメント欄への参加は控え、日曜の朝に一言二言感想を添えるパターンにとどめています。合わせて、寄せられたコメント一つ一つに対し、きめ細かく対応できていません。反論しないと「ボンクラな仕事ぶりを認めているんでしょうなあ」という指摘もありましたが、そのような書き方も含め、コメントの内容一つ一つが閲覧者の方々からどのように評価されていくのかどうかだろうと思っています。

さて、今回の記事はローカルで地味な話題のため、過去の例からコメント欄が寂しくなることを予想しています。それでも私どもの組合員の皆さんに対しては、身近で大事な題材に位置付けられるため、毎年、必ず触れてきたカテゴリーでした。ちなみに今年8月、「平和の話、インデックス」という記事を投稿しました。このブログにも過去の記事をカテゴリー別に分類整理できる機能がありますが、充分理解しないまま相当数のバックナンバーを積み上げていました。

投稿済みの記事のカテゴリーを一つ一つ変更するのも非常に手間がかかり、途中から新規記事のみを分類していくのも中途半端に感じ、機能を把握した後もカテゴリー欄は「日記・コラム・つぶやき」に統一していました。したがって、せっかくの機能も有効に活用できず、右サイドバーには投稿した月別の「バックナンバー」欄のみとなっています。カテゴリー別に検索できる機能を備えられなかったため、時々、「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。

8月に初めて「平和の話」のインデックスを中心に据えた内容を投稿し、その後、「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」が続いていました。そして今回、定期大会を題材にした過去の記事をインデックス代わりに並べてみました。自治労中央本部や自治労東京都本部の定期大会を取り上げた記事もありましたが、あくまでも私どもの組合の定期大会に絞って掲げています。なお、組合役員の任期が定期大会から翌年の定期大会までとなっていますので、組合役員の担い手の問題も関連した記事内容に位置付けています。

定期大会とは一年間の組合活動を振り返り、新たな一年の運動方針案を議論する場です。今年の定期大会は先週金曜夜に開かれ、組合員1354名のうち366名の出席を得て、すべての議案が承認されました。代議員制ではなく、組合員全員に出席を呼びかけた大会の方式は珍しくなっています。そのため、毎年、出席者の数は大きな関心事でした。一昨年、用意した資料や出席記念品の数が足りなくなるという「うれしい悲鳴」をあげていました。

昨年も予想した数より多い422名でした。今回の366名も決して悲観する数字ではありませんが、直近2回の参加状況に比べると「少なかった」という印象に繋がってしまいました。いずれにしても来年以降も、全員参加型の定期大会を続ける予定です。来年の秋、いつも利用している市民会館の改修期間に重なるため、30数年ぶりに別な会場で開くことを決めています。

組合員の誰もが出席でき、自由に発言できる定期大会の場はたいへん重要だと思っています。欠席者からは委任状の提出をお願いしていますが、やはり一人でも多くの組合員の皆さんに会場まで足を運んでいただき、幅広い組合の活動方針を確立できることが何よりでした。出席者数を増やすための様々な工夫や心がけていることを過去の記事の中で綴ってきました。その一つとして、迅速な議事運営に努めていることがあげられます。

出席された組合員の方々の目線で考えれば、定期大会が早い時間に終わることを望まれているはずです。主要な議案は事前に配布していますが、当日、改めて丁寧に説明することも大事な議事のあり方なのかも知れません。それでも隅々まで丁寧に説明しようとすれば、一晩かけても終わらないほどの分量であることも確かでした。したがって、事前に目を通していただいていることを前提とし、より簡潔な説明や提案に心がけるほうが適切だろうと考えていました。

執行部側からの報告や提案はなるべく短くし、出席者からの質問や意見を受ける時間を充分保障するように努めていました。方針案を確認した後、屋上屋を架すような大会宣言もなくしていました。もともと他の組合に比べて来賓の方の数も少ないようです。さらに恐縮ながら3分以内での挨拶をお願いしていたため、率先垂範の意味合いからも冒頭の委員長挨拶を簡潔に終わらせることが欠かせませんでした。割り当てられた時間は5分ですが、話したい内容は数多くあります。

人前で挨拶する機会が多いため、檀上で緊張するようなことはありません。原稿がなくても大丈夫ですが、いろいろ話を広げてしまい、割り当てられた時間をオーバーしてしまう心配がありました。そのため、この定期大会だけは必ず挨拶する内容の原稿を用意するようにしていました。今回、挨拶を終えて執行部席に戻った際、書記長から「ぴったし5分」と告げられ一安心していました。参考までに自分自身の問題意識や心境を集約したその時の挨拶内容を紹介させていただきます。

組合役員選挙の広報でも触れたことですが、最近、「口先だけの組合はいらない」という厳しい一言を耳にしていました。確かに口先だけ勇ましく結果をまったく出せない組合、組合員の皆さんに対してまったく役に立てない組合であれば、私自身も「いらない」と思います。しかしながら毎年、組合役員の担い手の問題で悩んでいますが、やはり「組合は必要」「組合をつぶしてはいけない」という思いがあるからこその悩みでした。

とりまく情勢が非常に厳しい中、残念ながら組合員の皆さん一人ひとりの期待に応え切れていない現状があることも否めません。しかし、労働条件の問題は労使で交渉し、労使合意なく一方的に実施しない、この大原則だけは守り通すことができています。労使交渉があるからこそ、当局側だけの思惑で労働条件の問題が変更できない関係性を築いていました。私自身、組合役員を長く続ける中で、このような「組合は大事」という思いを強めてきました。本日、出席された皆さんも、大なり小なり同様な思いをお持ちだろうと思います。そのような組合の役割を維持していくためにも、組合役員の担い手の問題は深刻な悩みでした。

繰り返しになりますが、単に組合という組織を維持するため、担い手の問題に悩んでいる訳ではありません。組合員の皆さんにとって必要な組合だからこそ、幅広い職場や世代から組合役員の担い手を継承できる仕組みや工夫が求められているものと考えています。加えて、このように難しく、悩ましい局面だからこそ、日頃から職場組合員と組合役員の目線を一致させていかなければなりません。私どもの組合の長所や短所を認め合い、様々な難題や至らない点を組合員全体の力で補い合いながら乗り切っていける態勢づくりが欠かせず、今後の大きな課題だと認識しています。

続いて、先日発行した『市職労報』の中でも綴った話ですが、あらゆる組合活動は「組合員のため」になることを目的としています。その中で、政治的な活動に対して違和感を持たれる方が少なくないようです。言うまでもなく、労働組合が政治課題に力点を置き過ぎて、職場課題がおろそかになるようでは問題です。しかし、「組合員のため」を目的とした組合活動も、職場内の活動だけではその目的が達成できない恐れがあります。

さらに自分たちの職場だけ働きやすくても、社会全体が平和で豊かでなければ、暮らしやすい生活とは言えません。そのため、企業内の交渉だけでは到底解決できない社会的・政治的な問題に対し、多くの組合が集まって政府などに声を上げていくことも昔から重要な組合運動の領域となっていました。このような背景のもとに自治労や連合に結集し、組合は一定の政治的な活動にも取り組んでいました。その一つに選挙にかかわる取り組みもありました。

たいへん残念なことですが、公務員やその組合を叩くことで、その政党への支持が高まる傾向が強まっています。そのような政党が政権の中心を占めた場合、公務員組合の発言力は大幅に削がれ、待遇面などの問題に関しても「まな板の鯉」を強いられる懸念があります。一方で、現行の選挙制度や政治情勢のもとで、組合方針の大半が一致できる候補者は極めて限られています。そのため、大きな方向性が合致した上で、基本的な信頼関係を築けるかどうかが大事な時代になっているものと思っています。

そのような視点でとらえた場合、民主党の中には数多くの自治労協力国会議員が存在し、国政へのパイプが担保され、労働組合との信頼関係も維持できている政党であることも確かです。来年夏には参議院選挙があり、民主党参議院比例代表区から自治労組織内議員である相原久美子さんが立候補を予定しています。すでに職場委員会で提案し、今回の大会で「組合推薦」の取扱いをお諮りしています。ぜひとも、このような観点からも、ご理解いただければ幸いです。

組合員の誰もが出席でき、自由に発言できる定期大会は非常に重要な場です。ぜひ、率直な議論を交わした上で、力強い運動方針が確立できることを心から願っています。まだまだお話したいこと、取り上げるべき大事な課題が数多くあります。それでも皆さんからの発言の時間を充分保障するためにも、そろそろ閉めさせていただきます。最後に、これからも常に「組合員にとって、どうなのか」という判断基準を大事にし、組合運動の先頭に立ち、全力を尽くす決意です。これからも、どうぞよろしくお願いします。

当たり前なことですが、上記の言葉は私どもの組合員の皆さんに向けて発信しています。定期大会に欠席された方々にも取り急ぎ伝えられる機会と考え、ほぼ原稿の全文をそのまま掲げています。不特定多数の方々が閲覧できるインターネット上であることを意識していますが、決してコソコソ隠すような内容は皆無だと考えています。ただ立場や視点の異なる方々からは様々なご意見が寄せられることも覚悟しています。この記事の冒頭で「ローカルで地味な話題」と述べましたが、挨拶原稿を掲げたことで、いろいろな論点が含まれた内容に繋がっているのかも知れません…。

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2012年11月 4日 (日)

時間外勤務が2000時間

前回記事「現実の場面での選択肢として」のコメント欄で意外な指摘を受け、たいへん驚きました。肯定的なコメントには即座にレスし、耳の痛いコメント群にはダンマリという指摘でした。最近の記事の冒頭で毎回申し上げてきましたが、少し前から時間的にも気持ちの上でも集中しづらい平日の夜はコメント欄への参加を控えるようにしています。言葉が不足しがちなコメント欄ではなく、記事本文を通して様々な問いかけに対してお答えするように努めていました。

そのため、記事本文を更新した休日の夜はコメント投稿していましたが、平日夜は基本的にきめ細かいレスに至っていませんでした。特に記事本文の本筋にかかわる難しい質問に対しては、ここ数週間、記事本文でお答えするというパターンが続いていました。いずれにしても以上のような線引きの中での対応であり、耳の痛いコメント群にはダンマリという考えは一切ありませんので、ぜひとも、改めてご理解くださるようよろしくお願いします。

もう一点、付け加えさせていただきます。ここ数週間、コメント欄に寄せられた主な質問に対し、新規記事を通して私なりの言葉を尽くして答えていました。とは言え、すべて網羅し、一問一答のような対応をはかれていません。また、回りくどく、分かりづらい文章なのかも知れません。さらに私が書き込む内容に対し、閲覧者一人ひとりの受けとめ方や評価が分かれていくことも当たり前だと思っています。それでも決して「質問」の大前提を破壊し、うやむやにしようとする意図など毛頭ないことだけは強調させていただきます。

さて、「記事本文を通してお答えする」というサイクルを続けていると、どうしても話題が偏りがちとなります。幅広い題材の投稿を望まれる声もありますので、今回、さいたま市や埼玉県庁で1年間の時間外勤務が極端に多かった話を取り上げてみます。ちなみに前々回の記事「荒地よりもお花畑 Part2」のコメント欄で、この話題が飛び出た際、見るべきものから目を逸らす存在、それが組合。 さんから「ここの管理人さんも、そういう現場では唾棄される存在にされていると思いますねぇ。まぁ、最低限現場を見てからものを言えくらいは言われてると思います」という非常に不本意な指摘を受けていました。

そのため、時間外勤務に関する問題は必ず記事本文の中で取り上げようと考えていました。一方で、まだまだ「お花畑」に絡む内容ではお答えすべき点も多いようですが、記事本文を通した掘り下げは一区切りさせていただき、また機会があれば自分なりの問題意識を訴えていければと考えています。なお、このブログは記事本文の内容から外れた意見や情報提供も受け付けていましたので、「原発の話、インデックス」のコメント欄でも「さいたま市では残業が年間1000時間を超えた職員が79人もいた」というニュースが貼り付けられていました。

さいたま市職員の残業代が「高額すぎる!」と話題になっている。昨年度、最も多いケースで、年783万円もの時間外勤務手当を得た職員がいたというから仰天だ。先週の定例市議会で、市総務局長が明らかにしたもので、地元紙が報じてネットで怒りの声が相次いだ。この職員は課長補佐級の40代男性。時間外に1873時間も働いていた。年間給与額は791万円というから、残業代と合わせた年収はなんと1574万円!給料とほとんど同額の残業代なんて、ムチャクチャだ。さいたま市では残業が年間1000時間を超えた職員が79人もいたというが、一体、なぜこんなことが起きるのか。市町村は全国で1700以上あるが、ほかの自治体も似たり寄ったりではないのか。

ジャーナリストの若林亜紀氏が言う。 「民間企業ではコスト管理のため、できるだけ残業を減らそうとするし、それを超えた分はサービス残業とされ、社会問題になっています。一方、役所の場合は、そもそも予算を多めに見積もって組んでいる上、残業代が足りなくなると他の予算から人件費に回すこともあり、ことに残業代は青天井になりがちです。役所の管理職の多くは、部下の勤務時間管理をするような面倒は避けるし、サービス残業を強いて部下に恨まれることは嫌います。人事課もそうです。それで、予算を流用してでも残業代は多めに払うのです。ちなみに、役所では課長以上になると残業手当がつかなくなるため、課長補佐は残業代を稼げる最後のポストとして人気です」

民間と違って、上司の決裁なく、本人の意思で残業ができるところも多い。これも残業が減らない要因だ。「多くの役所で、正職員にはタイムカードによる出退勤の管理がなく、残業代は自己申告でもらえます。上司が残業命令簿に事後にハンコを押すだけ。これでは残業は減りません。10年近く前、長妻昭元厚労相が霞が関でのタイムカード導入を求めましたが、いまだに実現していません」(若林氏)やっぱり、この国は役人天国だ。 【日刊ゲンダイ2012年9月25日】

このコメントに対し、私からは労働政策に詳しい濱口桂一郎さんのブログ記事(「権利過剰論者」にとって問題であること、問題でないこと)を紹介させていただきました。濱口さんは「法律に基づいた正当な時間外手当を払ったことがケシカランケシカラン」と騒がれている現状を憂慮されながら「こういうブラック全開の人々に向かって、いや、問題は長時間労働なのだ、残業代さえ払えば長時間労働させても良いというのはおかしいのだ、なんてまっとうな話をしても、ただの一ワードすら通じないのではないか、と絶望感にうちひしがれる思いです」と記されていました。

言うまでもありませんが、残業しなくても済む仕事に対し、手当を稼ぎたいために時間外勤務を重ねているのであれば絶対に許されない問題です。そもそも地方自治体においてはタイムカードのない職場のほうが少なく、私どもの市ではICカードによる出退勤管理となっています。昨年6月には「震災前に読んでいた『ドロボー公務員』」という記事を投稿していましたが、若林亜紀さんは木を見て森全体を語る傾向の強い方でした。取材の仕方にも緻密さがないように思われ、そのような方がマスコミによく顔を出すことの悩ましさもあります。

県職員の昨年度の時間外勤務で2千時間を超える「残業」をしていた職員がいたことについて、上田清司知事は30日の定例会見で「時間外勤務を減らす努力を全庁挙げてやってきた。私に言わせると『ばかな』というぐらいの過度な超過勤務。なぜ時間配分を考えながら、人員確保などの体制づくりができなかったのか。職員が悪いのではなく、管理職が悪い」と叱責(しっせき)し、人事管理を徹底することを強調した。

人事課によると、県職員1人当たりの平均時間外勤務は年間135時間なのに対し、税務システムの変更に伴い、税務課の男性主査が最長2017時間、別の男性主査が1916時間の時間外勤務をこなしていた。知事は「特殊事情があったとはいえ、県民から見ると異常(な勤務形態)。許されるものではない。年度途中でも必要なところには人事配置を行ってきた。そういうことが可能でありながら、やらなかった」と問題点を指摘した。【
埼玉新聞2012年10月30日

『日刊ゲンダイ』の記事に比べ、上記のような上田知事の認識は真っ当なものだと思います。個人差があるのかも知れませんが、普通に考えれば長時間勤務を好む職員のほうが圧倒的に少数だろうと見ています。本来、問題にすべき点は過剰な長時間労働であり、法律違反となるサービス残業を容認するような風潮も論外であるはずです。ちなみに労働安全衛生法では、時間外勤務が月100時間を超えた場合、その労働者を医師による面接指導を受けさせることが事業者に義務付けられていました。

続いて、見るべきものから目を逸らす存在、それが組合。 さんのコメントにお答えします。私どもの市では、まず安全衛生委員会の中で職場ごとの時間外勤務の状況をチェックしています。昨年度の職員一人あたりの平均は161時間でした。経年変化や突出した職場の把握に努めていますが、さいたま市や埼玉県庁のような時間外勤務の極端な実態は見られていません。サービス残業は労使ともに生じさせないことを大前提とし、「財政が厳しいから時間外勤務手当を認めない」という姿勢は微塵もありません。

また、組合として毎年、各係・施設単位の「人員確保・職場改善に関するアンケート」を実施し、新年度に向けた要求書をまとめています。その要求書に基づき、人事及び教育委員会当局と団体交渉を重ねながら増員の適否などを判断しています。増員が得られれば、当然、時間外勤務の縮減に繋がります。合わせて、その職場アンケートの中で時間外勤務命令の申請を行なわずに残業しているケースの有無を尋ねています。

サービス残業を撲滅するための実態把握とともに、時間外に勤務する際は必ず事前に申請手続きを行なう必要性の意識啓発にも繋げていました。それでも時間外勤務命令を事前に申請せず、残業しているケースも見受けられています。「少しの時間だから」「自分は仕事が遅いから」というような理由が示されがちでした。私自身が直接把握できた場合、特に自分の職場の皆さんに対しては「残業が見込まれる時は必ず事前に時間外勤務命令の手続きを行なう」必要性を周知しています。

万が一、「予算がないから残業はするな」と強要する一方で、夕方に「この仕事を明日の朝までにやっておいてくれ」、もしくは仕事の進み具合の遅さを叱責するような管理職がいた場合、組合として即座に抗議していくつもりです。1360人の組合員の皆さんの状況をきめ細かく把握できているとは言い切れませんが、「見るべきものから目を逸らす存在、それが組合」というような姿勢では一切ないことを最後に強く訴えさせていただきます。

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