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2012年7月29日 (日)

断定調の批判に対する「お願い」 Part2

「コメント欄、もう限界じゃないですか」

このブログを定期的に訪問されている組合員の方から投げかけられた一言でした。前回記事(断定調の批判に対する「お願い」)のコメント欄でも、思いがけない批判が寄せられていたことなどを心配した言葉でした。私自身が少しでも理解が進むことを願いながら努力を続けたとしても、分かり合えない方々とは絶対分かり合えないという見方から発せられていたようでした。同様な見方として、前回記事のコメント欄では次のような声も寄せられていました。

世の中、敵か味方かでしか、物事をとらえられない人が多いということですよ。しかも、それでいい、それが正義だ!と思ってるからOTSUさんが「その断定調は改めてみては?」とささやかに提案してみたところで、そういう人たちの態度が変わるわけがないですよ。

その直前には、 普段は傍観者さんから「コメントしないだけで想いは伝わってる人はいますよ。私はその一人です。夜も更けておりますので一言だけで失礼します」というコメントも寄せていただいていました。このようなコメントも頂戴できるため、長い間、週1回更新のペースを保ってこれたものと思っています。冒頭で紹介した組合員の方にも「確かに分かり合うのは難しいようですが、相互に意見交換できる場そのものが貴重なので、これからも無理しないペースで続けていくつもりです」と答えていました。

以上のような近況を書き連ねましたが、私の主張や文章を「分からない」、もしくは反発している方々からすれば、きっと強い違和感を持たれているのではないでしょうか。加えて、そのような方々は、私の言い分に理解を示している方は皆「公務員」という想像力を働かせているのかも知れません。傾向として公務員の方が多いのかも知れませんが、そのような分類はあまり意味がなく、あくまでも書かれている文章や意味合いがどのように評価されていくのかどうかだろうと思っています。

前回の記事内容に対し、あまのじゃくさんからは「何」を訴えたいのか分からないと駄目出しがあり、コメント欄で補足説明した後には「感性と目的が違う」という評価まで下されてしまいました。あまのじゃくさんは「OTSUさんは道具のチェックは上手だが、大工道具ばっかり吟味しても、良い家は建たない」と指摘され、前回記事のコメント欄で次のような「入口」と「出口」の話を展開されていました。

「批判」は「将来を改善する為」のものです。批判は「入口」で将来の改善が「出口」。大工仕事で言えば「良い大工道具を揃える」のが「入口」で「立派な家を建てる」のが「出口」。私は常に「出口」を見ている。将来良くする事が最も大事。その為の批判です。しかしOTSUさんは「入口の吟味に余念が無い」のです。

手段や過程よりも目的や結果が大事だという趣旨は、まったくその通りだと私も考えています。ただ前回記事を通して訴えた内容が、上記のような批判に繋げられてしまっていたことは不本意でしたので、新規記事の中で釈明するつもりでした。もともと前回の記事は大津市のいじめ自殺事件の「出口」を真正面から論じたものではありませんが、仮に日教組が問題だという推測で結論付け、対策を講じたとしても、見立てが誤っていれば抜本的な解決策に繋がらないという説明を加えていました。

要するに批判の対象となる「入口」や「大工道具」に問題があれば、適切な「出口」に至らず、「家を建てる」こともできないはずです。具体的な根拠がないまま断定調の批判を行なうことに対する問題意識として、まず以上のような側面が一つありました。もう一つ、前回記事のコメント欄で説明を重ねた「あいつは何するか分からない危ない奴だ」という比喩をもとに改めて整理してみます。

  1. 「あいつは何するか分からない危ない奴だ」と思うことは、完全にセーフです。何の罪に問われるものではありません。
  2. 「あいつは何するか分からない危ない奴だ」と言葉にすることは、名指しされた相手が不愉快に感じるかも知れませんがセーフです。侮辱罪で訴えられる可能性もありますが、必ずしも裁判で負けるとは限りません。
  3. 「あいつが人を殺した」と思うこと自体は、上記1と同様に完全にセーフです。
  4. 「あいつが人を殺したかも知れない」と言葉にすることは、相手から訴えられる可能性もありますが、ぎりぎりセーフです。
  5. 「あいつが人を殺した」と公衆の面前で断定調に発言し、その結果、事実でなかった場合は完全にアウトです。

大津市の問題で男子生徒を自殺に追い込んだのは「日教組の責任が大きいかも知れない」という言葉に比べ、「日教組の責任が大きい」と断定調でインターネット上に書き込むことは雲泥の差があるものと思っています。それでも断定調に書き込む場合は、しっかりとした根拠を示すべき類いの慎重さが必要だと考えています。いずれにしてもブログの管理人の立場からは一言注意を喚起しなければならない線引きがあることもご理解いただければ幸いです。

もう少し補足すれば、批判の対象が特定の人物や団体に限定しないケース、例示している批判内容が具体的なものではないケース(いじめ自殺事件などとの対比で)に関しては、これまでも細かい注文を付けてきていませんでした。根拠が示されていなくても、あまりにも飛躍した論理展開だったとしても、そのような記述の仕方なども含め、書かれている文章や意味合いが評価されていくのだろうと思っています。

したがって、「●●だから、●●だ」という断定調の批判を今後は控えて欲しいとお願いしている訳ではありません。特定の人物や団体に対する誹謗中傷の類いとならない限り、今までと同様、このブログのコメント欄で細かい注文を付ける予定もありません。言うまでもなく、それぞれの主張が思い込みや憶測で語られていた場合、その説得力や発信力が乏しくなり、閲覧されている皆さんからの評価も相応のものにとどまるだけの話だろうと考えています。

このような私自身の主張が、あまのじゃくさんからすれば「入口の吟味に余念が無い」という見方に繋げられてしまうことも仕方ありません。受け取られ方や評価が個々人で枝分かれしていくことを当たり前だと理解しています。今回の内容も拙く分かりづらい文章だったものと思います。それでも言葉を発していかなければ、立場や視点の異なる方々との相互理解が進む可能性はゼロとなります。そのため、前段で述べたとおり今後もマイペースを基本に当ブログを続けていくつもりですので、よろしくお願いします。

最後に、ロンドンオリンピックが開幕しました。土曜の夜、柔道や重量挙げなどを観戦し、各選手の活躍に明暗が分かれる姿を見届けながら、このブログの更新に至っていました。ちなみに「議論の3要素」の話まで広げる内容を考えていましたが、結局、前回記事のタイトルに「Part2」を付けるだけの題材に絞り込んでいました。できれば次回以降の記事の中で、そのような話も取り上げられればと考えています。

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コメント

大津市の教育長と同じ論旨。
「相当因果関係は、認めません。」

よって、大津市教委に対する批判をそのままOTSU氏にも適用します。

今後は、断定していても「かもしれない」を補って解釈してください。

>大津市の問題で男子生徒を自殺に追い込んだのは「日教組の責任が大きいかも知れない」という言葉に比べ、「日教組の責任が大きい」と断定調でインターネット上に書き込むことは雲泥の差があるものと思っています。


投稿: L | 2012年7月29日 (日) 07時57分

まだ、談合を自白したにもかかわらず
人を批判するような人が
コメント欄を荒らしていたのですね。

インターネットでは匿名性があるためか
発言に抑制がかかりませんが、
面と向かって口にできないようなことは
書き込むべきではないでしょう。

これが実社会なら
陰口をたたかれて、
周囲から避けられる可能性のあることを
しているわけですから、
管理人さんの指摘は当然でしょうね。

私も完全にできているわけではないので
こういうコメントをする人間を
「他山の石」として
自らを省みたいと思います。

投稿: anti-L | 2012年7月29日 (日) 10時12分

管理人さま、コメント引用恐縮です。

オリンピックですが、体操競技も見ものです。
昨日行われた男子団体予選では選手たち一様に演技が硬かったですが、決勝ではこれまでの努力をこの晴れ舞台で出し切って欲しいものです。

体調管理が厳しい時期になりましたが、ご自愛くださいませ。

投稿: 普段は傍観者 | 2012年7月29日 (日) 11時03分

anti-L さん

せっかくのお休みですので早めにお返事差し上げます。

談合については、さぞ嫌悪感をお持ちのようですが、これも根は虐めと同じで、公務員の怠慢なんですよ。
公務員は知っていながら知らんフリをしていたんです。(現在は、どうなっているか知らないが)
当時は、入札メンバーまでご用意することが行政担当の負担を軽減するサービス業務でした。
学校は治外法権だったので社会問題化するのが遅れただけです。
死人が出ても尚、口をつぐむ卑怯者とは違います。

>インターネットでは匿名性があるためか
発言に抑制がかかりませんが、
面と向かって口にできないようなことは
書き込むべきではないでしょう。

生憎と、行政には公聴システムを使って、議員や地区役員とは懇談の形でお話しています。
虐め情報の共有化については、これから指摘させていただく予定です。

>これが実社会なら
陰口をたたかれて、
周囲から避けられる可能性のあることを
しているわけですから、

さぞかし、他人の目を気にしなければならない窮屈な境遇であること、お見舞い申し上げます。

地方議会も委員会などは自由闊達な意見交換のために議事録は非公開のところが多いのですが、 せっかくネットという知の革命的ツールが利用できるのですから、anti-L さんも内省的ばかりではなく、もう少し俯瞰的に物事をお考えになればいかがかなと僭越ながら申し上げます。

しがらみを断ち切れず、善悪の基準も曖昧に見過ごす者が多いから同じ過ちを繰り返すんですよねェ~┐( ̄ヘ ̄)┌

投稿: L | 2012年7月29日 (日) 12時27分

20年ほども前の過去の組織の過ちを認めた人間に対して、
いつまでもそれを持ち出して叩くような人間って、普通に腐ってると思いますがね。

しかも、反省、是正がなされてても、なお叩き続けるってのは、常軌を逸してる。

あとネーミングね。

どんだけ陰湿な人物なんですかと。

投稿: かもめのじょな | 2012年7月29日 (日) 14時18分

Lさん

やはり、Lさんは断定口調ではないですか?

少なくとも、Lさんが管理人さんを断罪するには、誰もが納得する確実な事実が必要と思われます。

Lさんの考えはLさんの正義によって決定されているものであり、それはそれで個人の意見として自由であります。

しかし、その意見をこういった多くの人が見る場で断定するからには、誰が見ても納得するだけの筋立てが必要ではないですか。

もちろん、Lさんの持論を述べるのは、一つの意見として皆さん聞いてますし、管理人さんも受け止めていると思います。

しかし、断定口調で意見を述べるのは、ただ単に己の主張を押し通していると思われても仕方ないと思います。

色々な角度から見た幅広い意見をぶつけ合う場だからこそ、管理人さんは断定口調は慎みませんか?と問いかけているのではないですか。

現に、antiLさんから反論を断定されたことに対し、さらに真っ向から反論されているじゃないですか。

自分は断定しておきながら、反論されればまた言い返す。

そんなやり取りを見ていると、自己主張だけで自分が絶対であると見られてしまうかもしれませんよ。

そうならないように暗に自重を促している管理人さんの揚げ足を取るようなことはせず、当たりを柔らかく意見して欲しいと願います。

投稿: 下っ端 | 2012年7月29日 (日) 15時08分

こんばんは
OTSUさん、いつもお疲れ様です。
私は、オリンピックも始まり、日本選手の活躍に喜び、敗戦を悔しがっている日々ですが、OTSUさんは忙しい日々なのでしょうか?
もうすぐ、原爆の日や終戦記念日等もあり、脱原発等の運動もあるのかなと思います。
これらについては、私自身の考え方とは違うものもありますが、それはそれとして。
「公務員」であるが故に、誤解があったり、批判があったりするのでしょうし、それらのことについて、公務員として発信していく、そして多様な意見を求める、というのが、このブログの趣旨だと思っております。
なので、断定調についてのOTSUさんの「お願い」も十分に理解できるものです。

これからも、暑い日々が続きますが、恐らく節電のため、空調も控えめでしょうから、お身体にはご自愛ください。

投稿: 地球人 | 2012年7月29日 (日) 21時07分

Lさん、anti-Lさん、普段は傍観者さん、かもめのじょなさん、下っ端さん、地球人さん、コメントありがとうございました。

今回の記事も長々と綴りましたが、誹謗中傷や相手を攻撃すること自体を目的にしたような書き込みだけは慎んで欲しいという「お願い」でした。その基本線さえ留意いただければ、断定調の批判も拒絶するものではありません。その上でコメント一つ一つ、根拠の有無、論理展開、記述の仕方なども含め、書かれている文章や意味合いが閲覧されている方々の評価にさらされていくだけの話だと思っています。

このような「お願い」について、ご理解くださっている方々から早々にコメントを頂戴でき、たいへん心強く感じています。ところで、出身地の近さから柔道の中村美里選手を強く応援していましたが、予想外の初戦敗退、たいへん残念な結果に終わってしまいました。今回、ジュリーという主審副審以外の審判委員の存在を初めて知りましたが、今一つ不可解な判定の変更が続いている気がしています。

投稿: OTSU | 2012年7月29日 (日) 22時11分

下っ端 様

不愉快な思いを抱かせましたことについて、お詫び申し上げます。

以前にも申し上げたと思いますが、公務員の仕事ぶりを包括的に議論することなど、作業が膨大すぎて、OTSU氏を納得させるような法廷並みの立証に基づく議論など出来ないと思っています。
それならば、立川市の安否不明者放置事件の対処策を詳細に述べるなど、受身ではなく問題解決のための案を内実に明るい現場に身を置く立場からも出されてはどうかと思います。
個別具体的には、実態にそぐわない行政文書の不備を根拠に指摘していますが、OTSU氏に対しては、取り敢えずそれらを踏まえて意見表明するに留まっています。

OTSU氏が言いたいことは、特定の団体については慎重に評論して欲しい、と簡潔に述べることができます。
組織率が低下したとはいえ、尚、最大勢力であり、ゆとり教育や民主党のマニフェストにも影響力のある日教組や同様に左派系政党の実働部隊でもある自治労に関しては、問題の対応に関する不作為にも相当な責任があるとする立場ですが、OTSU氏は問題回避のための介入に言及しながら、介入の不作為についての指摘には黙殺されたままです。

労組だろうが当局だろうが権限のある公務員には違いないわけで、社保庁などは労組がかなり影響した前歴がありました。
労組って労働条件に関する交渉を具現化するための機関だと思っていましたが、特に官公労については、政治団体が具体的な活動をする部隊ではないかと思えますが、全くの的外れでもないでしょう。

公益を言い訳に税金で食いながら政治活動を行うのもいい加減にして貰いたいですね。

かもめのじょな様

談合ですが10年ちょっと前まではある業界には存在していましたよ。
設計と施工の落札状況を見れば一目瞭然ですが、今でも残っているかもしれない。
談合に関する自殺が少ないように、当事者にとっては上から言われた札を入れるだけで、行政も業者も納得している行為なんですよ。
捜査当局が建築設計偽装問題のように経済性を無視して摘発に乗り出していたのなら、状況は違っていたでしょうね。

個人的には、一番リスクのある調整役にはなれなかったと思いますが。

投稿: L | 2012年7月29日 (日) 22時21分

なんかまたえらい「ちっこい」議論になっちゃってる気が。

それより私が気になるのは、定期的に見られている組合員さんからの
「コメント欄、もう限界じゃないですか」という発言。

ごらんになっているとのことなので一言。
1~2ヶ月前ならともかく、以前に比べれば、よほどマシな状態じゃないですか?
(私があれで多少耐性が付いただけかもしれませんが・・)

それと、最近(でもないのか?)の公務員たたきの中で、関係者も多いみたいとはいえ、
理不尽なバッシングに対しては、結構まともな援護射撃があると思いますけど。

それでも足りないとお思いでしたら、読んで感じたことをここで書かれてはどうでしょうか?
もちろん、他者から見て説得力のあることをかかなければ、ボロボロに反論される可能性も
あると思いますが、それでもどんどん書いた方がいいんじゃないかと思います。
例えば、
「『日教組教員の給与は80%カットでいい!』なんてくだらないこと、仮にもどっかの省の
キャリアの人間が言うことか?公務員なんて公僕なんだから、生活保護で十分ってのと変わらないでしょ?
そんなこと言う前に、100万円と言わず自分の給料80%返上したら?!」とかでもありだと思います。

・・。やっぱりそういうコメントはスルーの方が荒れなくていいかもしれません。

投稿: とーる2号 | 2012年7月29日 (日) 23時28分

おはようございます

とーる2号氏に賛同します。

>「コメント欄、もう限界じゃないですか」

これ意味するところを是非聞きたいです。
もしコメント欄が意味不明な誹謗中傷が断定的に言われている
なら、断定して反論すれば良い。互いに論拠そ示し話が深まれば
少なくとも双方のコメントに目を通す人には良い判断基準に
なるでしょう。

先週から「日教組は悪だ」との発言に、どなたも「日教組は善だ」と
反論しない。管理人から断定調はやめようとの提案があっただけです。

OTSU氏と含めて組合の方に申し上げたい。
ここは中国でも北朝鮮でもシリアでもありません。
発言の自由が認められた日本です。官民問わずいろんな制度や
法律、組織にはなんらかの問題点はあります。それを発言する
ことは「悪」なのですか?
OTSU氏も立場はあると思いますが、組合はわずかな非難も
許されない組織なのでしょうか?それとも非難の余地などない
素晴らしい組織なのでしょうか?
まして直接関係ない組織にも意見は言えないのでしょう。

もし言えないのなら、それこそ歪極まりない組織の証左では
ないのでしょうか。

投稿: nagi | 2012年7月30日 (月) 09時35分

私の書き込みを引用しながら「批判へのお願い」を2回続けて記事にした所を見ると、思う所「大」なのでしょう。

私は「入口の吟味に余念が無い」事を批判しているのでは無くて「出口の探索を念頭に置いていない」事を批判しているのです。
立派な建物を建てる気概を持たない限り、どんな立派な大工道具を揃えてみても無駄だ。

お客さんが少ない「たこ焼き屋」がいる。様々な努力をしているがお客は増えない。このままでは廃業もやむを得ない。
彼は思っている「批判してくれ!」。お客は黙って去って行くからだ。

この時に「お前の接客態度が悪いからだ」「タコが小さい」「タレが甘すぎる」「何となく汚い」「値段が高い」

これらの批判に対してたこ焼き屋は「具体的じゃない」とか「不愉快な批判はよせ」とか「悪口だ」とか「根拠を示せ」なんて絶対に考えない。
何故なら「出口」・・つまり目的を達成する事を念頭に置いているからだ。

これらの批判の多くは外れている事が多い。失敗の原因は複合的である事が多く、成果を上げるのは簡単ではない。
つまり批判の多くは的外れだと言っても過言ではない。
しかし批判を直視し、出口を模索する事が最も大事なのだ。

OTSUさんをはじめとする何人かが「批判」に対して苦言を呈しているようだが、その苦言自体が「本当の意味で解決を求めているたこ焼き屋の姿勢」とは対極にある。
そしてその姿勢こそが「批判の真の原因」なのだよ。

投稿: あまのじゃく | 2012年7月30日 (月) 10時18分

大津市のいじめに対する見解をネット上で閲覧しておりましてこのページにたどり着きました。
ここ数年教育学について学んでいる者です。
教育は皆が経験するものであり、ともすれば自己の経験のみで語る羽目になってしまうので難しい分野だとつくづく感じています。
特に、他の学問に比べ表に現れない因子が多すぎるために、理科の実験のように再現性を期待しにくい部分があることは、
今回のいじめを含め実際の教育についての分析を困難にしている一因だと理解しています。

前回からの「断定調の批判」に関する管理人様の言及については、データと論理によって考えるべき「教育学」の立場からすれば当然のことと言えます。
事実と推論は「筆者によって」明確に分けられなければなりません。事実を述べる場合は、明快な根拠を提示することも必要です。

もちろん、この場が「実際の教育」を語る場であって「教育学」を語る場ではないことは重々承知の上ですが、それでもなお「断定調の批判」に対する今回の記事には賛同するものです。
というのは、この場がある意味で「解決策」を議論する場に思えるからです。「解決策」を見つけるには2つの方法があります。
一つは手当たり次第に解決策と思われるものを試し、それらの効果を調べること。要するに「数撃ちゃ当たる」作戦です。
もう一つは論理的にその効果を推論し、有効と思われる解決策を構成する、理論研究です。
言い換えれば前者は帰納的、後者は演繹的とも表現できるかと思います(実際には厳密に対応づけられるものでも無いですが)。

このネット上の文章によるやりとりで解決策を見いだそうとするならば、それは後者のやり方によらざるを得ません。
(加えて言うなら、日本においては前者のやり方は教育権保証の観点から現実世界においてもかなり困難です。)
であるならば、その論理展開はある程度研究の世界で採用されているようなルールに則らなくては実のあるものにはならないのではないでしょうか。

もちろん私の理解が誤っていてこの場が単なる雑談の場であるならば、互いを挑発したり断定的な批判をするようなやり取りも許容されうるのでしょうが、
管見の限りここでお話されている皆さんは色々な形で現場に深くコミットされているようで、しかも様々な立場の方が冷静な議論を交わされているように思えますので、若輩が差し出がましいと思いつつ書き込んでしまった次第です。

いじめの問題等についても是非お聞きしたいことなど多々ありますが、長々としたお目汚しで空間を無駄にしました。
今後もROMさせて頂いてお話を伺いたいと思っております。

投稿: 教育学勉強中 | 2012年7月30日 (月) 11時59分

すみません少しだけ追加です。

私の発言の
>OTSU氏も立場はあると思いますが、組合はわずかな非難も
>許されない組織なのでしょうか?それとも非難の余地などない
>素晴らしい組織なのでしょうか?
>まして直接関係ない組織にも意見は言えないのでしょう。

この部分は、外からの批判ではなく、内部の人、所属する人の
ことです。自治労や日教組に所属する人は、その組織の批判を
外部にしてはいけないのか?との意味です。
もしそれが出来ない許されなく感じるのであれば、中国共産党と
変わらないと思えます。

投稿: nagi | 2012年7月30日 (月) 12時16分

あまのじゃくさんの仰る出口ですが、このブログの趣旨としては、考える対象ではないようですよ。
OTSU氏が伝えたいのは等身大の組合活動。
公務員に対する批判の反証や政治活動が主なものです。
職務の存在意義やミッションなどに対しては、ほとんど熱が入っていないようです。

教育学勉強中 様

仰る通り教育は、皆が経験するものでありので、経験により語る能力があります。
翻って教育学がその経験以上に効果的だったことがあるのでしょうか?
経済学が貨幣現象しか説明できないように教育学も人間を単純化しないと成り立たないようにも感じます。

ここが解決策を議論しているとは思えませんが、学研の場から提示された2つの案により期限に目処をつけて解決できるのでしょうか?
一つ目の案は誰の教育権を保証しているのかも不明で、上位の者にとっては機械損失に陥る羽目になっているかもしれません。
二つ目も様々な知見がありながら、旧態依然とした教示法や生徒指導が行われている現実を見ると、理論自体が不毛のようにも思えます。

学者の研究よりも経験や実績のある現場の方が先を行っているのが教育であり、一律的な規制を無くすことが返って研究の成果を浸透させるかもしれません。

陰山英男氏は、脳科学ではそれなりの評価がされていますが教育学的にはどうなのでしょう?
また、彼は日教組の組織率の高い兵庫県で孤軍奮闘されていましたが、何故、兵庫県が彼を活かせなかったのか政治社会学的に検証していただきたいものです。

投稿: L | 2012年7月30日 (月) 12時42分

Lさん

こちらこそ、生意気なことを言いました。
すみません。

Lさんの主張、ホントによくわかっています。
身にしみて、読ませていただいています。

そのことには、すごく感謝しています。
中から見えないことの方が、絶対に多いのですから。

とーる2号さん、あまのじゃくさん、nagiさん、いつも貴重なご意見ありがとうございます。
決して後ろ向きにならず、出口を目指していきたいと思います。

これからも、時には厳しく、でもお手柔らかに(笑)お願いいたします。

投稿: 下っ端 | 2012年7月30日 (月) 18時26分

Lさん、とーる2号さん、nagiさん、あまのじゃくさん、教育学勉強中さん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

今夜、少し(?)酔って帰宅していますので、コメント欄に書き込むのは明日以降にしようかどうか迷いました。結局、一言レスするため、パソコンに向かっている訳ですが、言葉が滑らないように注意しなければなりません。したがって、いろいろお答えすべき点もあろうかと思いますが、「コメント欄、もう限界じゃないですか」という指摘を受けた話に絞って説明を加えさせていただきます。

その言葉を投げかけられた際、とーる2号さんの「以前に比べれば、よほどマシな状態じゃないですか」という見方のとおりであり、私からも同じような答えを返していました。ただ記事本文で紹介したようなコメントも同じタイミングで寄せられ、「分かり合えない方々とは絶対分かり合えない」という分厚い壁を私自身も感じがちだったため、冒頭のような入り方になっていました。誤解がないように強調しますが、「それでも言葉を発していかなければ、立場や視点の異なる方々との相互理解が進む可能性はゼロ」という問題意識が勝っていることも今回の記事本文で綴ったとおりでした。

本来、言葉足らずで誤解を招きがちなコメントは控えるべきなのかも知れませんが、最も気になった点を取り急ぎ説明させていただきました。nagiさんのお尋ねに対しても、改めて丁寧にお答えすべきものと思っていますが、前述したとおり今回は1点に絞ってレスしていることについてご容赦ください。

投稿: OTSU | 2012年7月31日 (火) 00時11分

>教育学勉強中さん

ROMを宣言されたにも関わらず、ご主張に対して論評する無礼をお許しください。


さて、私の言いたいところは、方向性としては、Lさんが提示された疑問と同じものです。

つまり、教育学への信頼は、余りないんです。
日本の場合、学者の方は、憚りながら閉鎖的な方が多い。
つまり、経験値が低い傾向にあろうかと感じています。
データと論理だけで1つの方向が示されていても、何か因果判断に違和感を感じることが多いんですね。

教育とは、人との関わりが大前提です。
データと論理での研究、そこに、「人」という不確定要素がどれだけ拾えているのか懸念しています。

また、人に興味を持ち、人をよく理解し、そして、人を好きでないと、適切な教育判断はできないと考えます。
「正論」を否定する人を毛嫌いするようでは、
また、論理とデータから出てきた結果を持ち出して、正誤二者対立的な判断をしているようでは、
およそ教育を語るに足りないでしょう。


教育学勉強中さんも、ぜひ、色んな社会や組織に関わって経験本位の思考をお持ちになって、(これまでの教育学を覆すような)オリジナリティに富んだ議論を投げかけるような方になって頂きたいですね。

投稿: かもめのじょな | 2012年7月31日 (火) 00時46分

今朝のニュースから、制度の根拠に不信感を抱かざるを得ないネタ。

>国家公務員の退職金は、月給や勤続年数などに、民間と支給水準を均衡をさせるため「調整率」を掛けて合わせて算定されています。
>政府は、現在は民間よりも支給水準が低いとして4%増やしている調整率を、退職理由や勤続年数にかかわらず、13%減らす基本方針案をまとめました。


プラス4%からいきなりマイナス13%ですか!
どれだけ放置していたんだ!?という印象ですね。

同時に45歳以上が早期退職制度の対象になるようで、天下りではなく再就職の支援は民間業者を活用するとのこと。
内閣府の国家戦略会議が40歳定年制を提唱していますが、その先鞭なんでしょうかねェ?

投稿: L | 2012年7月31日 (火) 08時17分

>正論を否定する人を毛嫌いしたり、正誤二者択一的な判断をしているようでは教育は語れない。

学問と言うものが「普遍性」或いは「無謬なるもの」を追い求める分野である以上、正論のみを追い求めたり「誤り」を正す事に熱中する事は避けられないが、確かにそれだけでは「教育学」は語れても、(人間)「教育」は語れないとの指摘は全くその通りだと思います。

元々「理論」とは過去の事実を説明する「仮説に過ぎない」と理解しておくべきでしょう。
過去の事実を説明出来なくなったにも関わらず、(意地になって)過去の「理論」にしがみ付く「愚」は避けるべきでしょう。

本文記事について言えば

1:理路整然と話し合う議論の場
2:悪口雑言が飛び交う誹謗中傷合戦の場

私から見て、1と2の両者に違いはありません。現状に不満があり、将来を見据えている限り。
しかし裃(かみしも)を着ている人達には「2」は許せないのでしょうね。きっと「議論とはこうあるべきだ!」との確固たる思いがあるのでしょう。

だからOTSUさんは「絶対に分かり合えない」との思いを持っている。OTSUさんが望まない以上、私はこの場で「2」をやろうとは思いませんが、「1も2も」同じ意味だ!との主張は発信しておきましょう。分かり合えないでしょうが(笑)。

投稿: あまのじゃく | 2012年7月31日 (火) 09時29分

余談ですが、断定した物の言い方は、たしかに合意形成には
困難かもしれません。しかし断定した言い方は、どちらかと
言えば労働組合側のほうが得意ですよね。
よくある「絶対反対」とのフレーズ。

この言葉は、本来譲歩の余地が無い。100%の意思表示
です。そのようなプラカードをよく労働組合関係では見ます。

掲示板より、より困難な現実の交渉ごとでは断定的表現が
さかんなわけです。まあこれも交渉スキルの一環だと思うの
ですが。

私などは「絶対反対」の文字を見たら、そこで交渉を打ち切ろう
と考えます。なぜなら譲歩の余地がないからです。

まあ、あくまでも余談です。余談。

OTSU氏も緊張する業務が多いでしょうから
リラックスすることは大切です。
私の最近の好みは、ラフロイグ12年をロックで飲む
ことですかね。しがないサラリーマンの楽しみです。

投稿: nagi | 2012年7月31日 (火) 11時46分

こんにちは。お久しぶりです。

あまのじゃくさまの入口、出口論ですが、褒め殺しでもなんでもなく、あまのじゃくさまは比喩を含めて文章がうまいなぁ、と、上から目線に読めたら恐縮なのですが、本当にそう思いました。

管理人さんは出口を見据えたうえで、入り口論をしているという反論をなさっている(?)のかもしれませんが、確かに、今までの文章をずっと読んでいるかぎり、あまのじゃくさまのいうとおり、出口の大切さよりも入口の規制の方に重点を置いた表現になっている、と思います。

それは、公務員出身の私にももしかしたら言える事かも知れなくて、実際、公務員(的な職業)に従事する人って、こういう発想するんじゃないかなぁ、と思うのです。先例優先だったり、失敗する結果を恐れて、本来、前にでるべきところを出なかったり。

でもそれはもしかしたら公務員だけでなくて、社会人全般に言えることかもしれませんが、公務員はそういう思考経路をたどりがちだ、と言う事は、今までの経験から推論できるような気がします。

で、あまのじゃくさんの前回記事でのコメントを読んで、実際、私も反省含めて感じたところでした。
それでは、また。

投稿: 通りすがりの元公務員 | 2012年7月31日 (火) 16時10分

Lさんへ

 コメント拝見させていただきました。公務員が政治活動をしてはならない。それはその通りなのですが、そもそも国民全体に政治活動が保障されている以上、公務員の政治活動の制限は限定的であるべきだ、というところについて、Lさんには違和感があるんだろうなぁ、と思いました。

 公務員は国民ではないのか、国民だけど公務員という職業を選択した以上、政治に対してはアンタッチャブルであるべきなのか、それはすぐれて立法上の問題ではありますが、公務員数が国民全体のかなりな部分を構成している以上、公務員という職業を選んだ者がどのような政治的意思を持つのか、それを無視して民主的政権の樹立というものが可能なのでしょうか。

 もちろん、公務員は権力装置(暴力装置)を持ちますから、その影響下にある部分については、影響を排除するために政治活動を制限することはある意味当然ですが、その影響下にない部分について政治的行為を行うことは、逆に国民だからあって当たり前かと。

 問題は公務員が労働組合を作って、当該自治体の範囲内で政治活動を行うことですが、それは今までさんざん議論があった部分ですから、前の議論を参照していただければと思います。

 要は、こうした公務員に対する政治活動の制限について「生ぬるい!」と思っていらっしゃる、という部分だと思いますが、それはあまのじゃくさまと私との間でさんざん交わされた議論ですが、法律解釈と主義主張をごっちゃにしたら分かりにくいですよ、ということをずっと言い続けてて、結局は平行線だったのですが(笑)、Lさんの場合は、あまのじゃくさまの表現とは異なり、主義主張に若干過激と受け取れるような表現が入ってて、それに反感なり違和感を持つ方から「アンチ」だのなんだの言われて、お互いにいやな気持になってしまうところかなぁと思います。

 管理人さんがおっしゃるのは、別に自治労を批判してもいいし、日教組批判してもいいし、連合なり批判してもいいけど、あまり思い込みでの発言や、不明な事実に基づく断定的な表現や、いわゆる「レッテル貼り」のためだけの議論は、結局は荒らしと取られかねないから、止めてもらえないか、という、すごい謙虚というか紳士的というか、コメント欄の管理人として至極真っ当なお願いをしているだけなのではないでしょうか。

 それを言論封殺とか、だから労組は非民主的だ、とか、極端な議論になってしまうところが、私にはイマイチ理解できないところではあるのですが、そういう過激な表現を取らずとも、楽しく、前向きな、建設的な議論にならんかなぁ、というのが管理人さんの主張だと私は理解しているので、楽しく、できるだけ分かりやすく、誰かへの反論であっても、お互いに感情的にならないような表現となることを目指して書いているところです。

 長い割にはぐだぐだですが、それでは、また。
 

投稿: 通りすがりの元公務員 | 2012年7月31日 (火) 16時52分

あともう一つ。

管理人さんは聖徳太子ではないのだから、コメント欄で提示された論点を一つ一つつぶすのは難しいし、人間ですから読み飛ばすことだってあると思いますよ。
それを「黙殺」と言ってしまうのは、さすがに管理人さんに気の毒というか可哀そうというか、これだけ叩かれても叩かれてもきちんと応対しているところに感謝や感心こそすれ、黙殺だ、すべての論点に回答せよ!とは私には言えませんです。

もちろん、書いた内容にノーリアクションだとがっかりする気持ちはわかります。私もここで書いた内容でスルーされたことはありますから。だけど「黙殺」とは思わないし、私たちは、管理人さんの「仕事」じゃなくて「趣味」に付き合ってるんですから(←言い過ぎか)、そこまで要求するのは酷だと思います。

ではでは。

投稿: 通りすがりの元公務員 | 2012年7月31日 (火) 17時03分

突然申し訳ありません。ベンガルと申します。

いつも拝見させていただき、多様なご意見が書き込まれ、非常に興味深く拝見させていただいています。(させていただいていましたとの表現が適切かも)
私は書き込みはせず、サイレントマジョリティ(大多数ではないかもしれませんが)でいようと思っていましたが、今回の議論においてはやっぱり「言わなければ」と思いコメントさせていただきます。

今回のテーマ『「断定調の批判に対する「お願い」』では、個人の意見(仮説)と、確認できる情報とが区別されていないために管理人さんは危惧されて「お願い」されているのではないかと思います。
例えば十分な根拠なしに「日本の教育はなっていない」と言うのはある意味仮説です。それは発言された方の意見でもありますが仮説にしか過ぎません。断定的な意見にするためには、確認できる情報が必要になります。それを説明する情報が「それは関係する組織がだめだからだ」と続けてしまうのは、個人の意見(仮説)を個人の意見(仮説)で説明していることにしかすぎず、聞き手としては違和感をおぼえてしまうのではないかと思います。
仮説を立てる場合は、「具体化」と「検証」が必要になるのではないかと思います。その理由は聞き手側に伝わらないからです。

あまのじゃく様が「たこ焼き屋」を例にして説明されていますので、申し訳ありませんが引用させていただきます。

>お客さんが少ない「たこ焼き屋」がいる。様々な努力をしているがお客は増えない。
>このままでは廃業もやむを得ない。
>彼は思っている「批判してくれ!」。お客は黙って去って行くからだ。

いまのこの掲示板の状況は、お客は黙って去っていかず、すでに「お前の接客態度が悪いからだ」「タコが小さい」「タレが甘すぎる」「何となく汚い」「値段が高い」との意見(仮説)をたてていらっしゃる状況だと思います。

「お前の接客態度が悪いからだ」という意見(仮説)に対しては、その店主の具体的な言動を羅列し検証し、改善する必要があります。
「タコが小さい」や「値段が高い」という意見(仮説)に対しては「タコ」の大きさや「値段」がどのくらいなら採算が合うのか、また他店との比較検討などの検証が必要になると思います。
「タレが甘すぎる」という意見は場合によってはその方の主観もあるかもしれませんので、顧客の意見(アンケートなど)を聞き、その上で仕込みの行程を変えたり、具材を変えたり、場合によっては他店の味を検証することも必要かもしれません。
「何となく汚い」は「お客が増えない」問題に直結しており、掃除するればるで解決するかもしれません。~というように…

私は、批判は良いと思います。また、批判を聞かない組織は良くなりません。ただ、今回の「大津市のいじめ問題」というひとつのケースについて、説明のない仮説を唱えることは、ただ単なる組織への批判ということですまされるかどうか、疑問を持たざるを得ません。私が例に出した「日本の教育は教育委員会制度や日教組が悪くした」というような批判はその人の主張として受け止められるかもしれませんが、「日教組がいじめを助長した」「日教組が事実を隠蔽させた」「日教組が人の命を奪った」とまで受け止められかねないような仮説には、事が事だけに具体化と検証を添えて説明しなければならないのではないかと感じています。

それともう一つ。
日教組もそうですが労働組合にも「人格」があります。その「人格」がある組織に対し何の説明もないまま「もともとおまえは悪いのだから、今回もおまえがやったのだろう」ということが「批判」なのでしょうか? これが人に対することだったら…
申し訳ありませんが、私はこういう風潮も「いじめ」を助長している原因の一つだと感じています。断定的な表現は避けます。私の感じていることです。
長々とくだらない意見を申し上げましたが、この掲示板をみて少し悲しくなりましたので意見させていただきました。

最後に「批判」とは、
1 物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を―する」「―力を養う」
2 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の― を受ける」「政府を―する」
3 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。

投稿: ベンガル | 2012年7月31日 (火) 19時05分

労組には全く先入観を持ち得なかったのですが、最近になって二つの仮説が頭に浮かびました。

日教組は教育に対して貢献しているのか?
官公労の一部には政治活動自体が目的になっている集団があるのではないか?

実証するには、なかなか骨の折れる思い問題だと思います。

OTSUさんの考え方については、回答を引き出していますが、制度そのものを大阪のように変えてしまえば案外解決するのではないかと考えています。

>先に申し上げたとおり、それぞれ自治労側や私自身の「答え」であり、Lさんの考えている「答え」と乖離があるはずです。今後、いくつかの問題は労働委員会や司法の場でも争われる論点が生じるのかも知れません。社会的な常識の範囲の動き方も含め、以上の「答え」が間違いだと認定されていくのであれば、その方向性に粛々と従っていくことになります。言うまでもなく、現時点で正しいと考えている「答え」ですので、自発的に改める話ではなく、逆に不特定多数の皆さんに対して理解を求めていく立場であることも付け加えさせていただきます。

投稿: OTSU | 2012年4月 1日 (日) 20時20分

「介入」については、先週来、何度か質問しているので見落としはないはずです。

公務は商取引と同じように安全性が保証されなければならないはずです。
公務員も期日と仕様くらいは守るように、信義則にのっとった仕事の進め方を義務教育の段階で検定化すべきですね。

投稿: L | 2012年7月31日 (火) 22時19分

Lさん

>官公労の一部には政治活動自体が目的になっている集団があるのではないか?

どうですかね。
個人的には、地域の市町村自治体の労組は結構普通な、いわゆる「組合」といった集まりだと感じてます。

上部の上部のその上部くらいだと、組織的にも巨大なわけですし・・・・・
政治色が出るのかもしれませんね。

ウチの組織に、そういう色を感じたことはないですよ。

投稿: 下っ端 | 2012年7月31日 (火) 22時58分

かもめのじょなさん、Lさん、あまのじゃくさん、nagiさん、通りすがりの元公務員さん、ベンガルさん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

少し前までは1日に1回以上、必ずコメント投稿することを心がけてきました。たいへん暖か味が感じられるコメントや貴重なご意見を頂戴したことに対し、取り急ぎ感謝の気持ち表す意味合いからも心がけてきた習慣でした。

通りすがりの元公務員さんから「コメント欄で提示された論点を一つ一つつぶすのは難しい」というお気遣いある言葉をいただきました。確かに時間的にも気持ちの上でも集中しづらい平日の夜は、たいへん恐縮ながらそのような実情が否めませんでした。ただ寄せられたコメント一つ一つ、必ず目を通していますので、決して問いかけられた点を見落とすようなことはありません。

以前は直接的な問いかけがあった際、平日の夜でも素早くレスすることを第一に考えていました。しかし、中途半端なレスだった場合、もしくは気ままに書きすぎた場合、想定外の批判が返されるケースも目立っていました。触れなければ触れないで、スルーしているという批判も受けがちでした。そのため、最近は謝意を表すことを目的としたレスであれば、あえて見送り、記事本文に全力を注いだほうが誤解を受けないものと考え始めていました。

と書きながら、今回、具体的な内容には踏み込まないコメントを投稿していますが、上記のような実情について改めてご理解いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2012年7月31日 (火) 23時23分

通りすがりの元公務員さんの書き込みに「誤解」があるようですので・・。

1:公務員に対する政治活動の制限が「甘すぎる」と考えた事は無い。

2:法令で制限を受けているならば、拡大解釈せずにしっかり「守れ」。法令遵守の姿勢が「甘すぎる」のだ。

3:1000兆円の借金を作り出した「現行法とその解釈」を私は否定して将来像を示しているのだから、その私に「現行法の解釈」をいくら説明しても「意味が無い」。

4:政治的制限に対して「思想の自由(権利)」を持ち出して議論してはならない。論点は「制限が合理的か否か」だ。
自由(権利)の視点で議論すると次の結論に至る。「職業選択の自由があるのだから、今日から私は国会議員だ」
当然「選挙に当選しないと国会議員になれない」との「制限」が「合理的で妥当か?」が議論すべき全てだ。

ある意味「平行線」だったのは確かでしょうね。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 1日 (水) 09時20分

おはようございます。

>ベンガル氏
サイレントマジョリティなどと言わず、これからもコメントして
下さい。参加することに意義があります。

コメントされている内容はよく理解できますし、OTSU氏の本分も
おおむね賛同できます。しかし「たこ焼き屋」の例を私も引用
しますが、仮説をじっくり吟味することの重要性は当然ながら
それにとらわれるあまり有効な打開策をいつまでも実行できなく
はないでしょうか。
日本ではこのような状態を「小田原評定」などと表現しますよね。

「たこ焼き屋」なら店主が、よし掃除を徹底して価格は100円下げると
即座に決断実行できます。まさに決め打ちですが。
問題点を十分に吟味してない為、この決断は失敗におわるかも
しれません。しかし経済のスピードは停滞を許さず即時決断する
しかないでしょう。

今回の元々の「大津市のいじめ」問題も、断定をさけるならば
十分に問題点を議論すれば良いでしょう。しかし次なる犠牲者を
防ぐことはできるのでしょうか。机上で論をもてあそんでる合間にも
ちゃくちゃくと次なる悲劇が迫ってるかもしれません。

我々はそのことを良く理解してるのではないのでしょうか。

投稿: nagi | 2012年8月 1日 (水) 10時39分

>だから労組は非民主的だ、とか、極端な議論になってしまうところが、私にはイマイチ理解できないところではあるのですが、


どんな労組でも非民主的だと、指摘した記憶はありません。具体的な箇所を示していただければ、検証できます。

先ず、懇談のつもりは毛頭ありません。

問題になるものに対してのアプローチは色々あるでしょうが、教育行政の隠蔽体質など、経験的に明らかなものについては、いわゆる出口に関心が集中します。
人の尊厳よりも組織内の配慮が優先されるこの手の事件については、いわゆる、反吐が出るほど嫌悪感を覚えるので、出口への欲求が強くなります。
結果、お役人的に慇懃無礼で焦点を意図的にぼかす作法よりは、週刊誌的に突っ込んだ情報の方が遥かに好ましい。
組合を擁護するエネルギーの一部でも口をつぐんでいる教員に向かわないことが不思議でなりません。

私は、nagi さんのように、議論で教育行政の隠蔽体質が解消されるとは考えていません。
学校は質問に対して文書で回答することは経験上ありません。
大津市の件は、2006年頃繰り返された自殺隠蔽を受けて監督官庁が設けたルールを公務員が無視していることが明らかにされました。
つまり、どんな施策を講じても閉鎖的な村の慣習に対しては無駄なことがハッキリ示されました。
また、ダラダラと議論している間に担当者が変わり、問題自体が意図的かどうかは別に、風化するでしょう。
公務員の任命時には宣誓書があるとかないとか、どっちなんでしょうか?

対処策としては、
組織内の責任の所在を明確にするよう法令を改正する、
義務違反行為は些細なものでも公表することを法定化し可視化する、
調査、報告についても事件を埋もれさせず事後検証を可能にするなどの点から重要なものと位置づける、
義務違反者には手続き違反者でも懲戒処分にするなど厳重な処分を明文化する、

などを早急に施行することが適当だと考えます。

投稿: L | 2012年8月 1日 (水) 18時58分

L様、かもめのじょな様

わざわざご意見を頂きありがとうございます。
まず、L様の仰ったこの場が解決策を議論しているとは思えないとのこと、それでしたら私の発言は完全に誤解に基づくものですから、そもそも感情論すら飛び交う雑談の場ではまるで無力な意見です。議論の方向性を歪めてしまい申し訳ありません。

ただし、私の意図が正確に伝わっていなかった点もありますので、その点だけ尚お目汚しをお許しください。
私が述べているのは未来のことを考えた場合についてです(だからこそ解決策を議論する場と表現しました)。
経験からは未来を語れません。経験に基づく解決策は過去の事例に対する解決策です。その範囲でなら、経験に勝るものはないでしょうし、理論などほとんど意味がなくなるでしょう。
ですが、明日どのように教えるべきかは、経験を踏まえた理論によってしか説明できないのではないか、と思うのです。
確かに経験を無視した理論は存在意義などありませんが、経験のみにとどまる議論もまた無価値であることは自明なことかと思います。
ボールが落ちるのをいくら観察したところで、次にボールが落ちる動きは説明できないのと同じように。
経験から語る、経験本位と言えば良く聞こえますが、その限界を意図的に無視しているのではないでしょうか。戦後60年以上、教育は教師・保護者・社会の経験に基づいて行われてきて、そして今のこの歪みがあるのですから。

未来のことを述べていると申し上げました。正直なところ私もこれまでの教育学は学問とは呼べないと思っています。教育学が学問として信用されていないのも確かですし、それは結局のところ「経験にしか基づかない、なんの裏付けも無い教育」しか語って来なかったからで、自業自得だとも考えます。
ですがそれは過去のことです(だから許される、忘れて良いということではありません、念のため)。それをもって、これからの教育学も同じである、同じで良い、という結論にはなり得ません。
そして教育学がしょせんその程度であったことを理由にして、教育も経験にしか基づかないもので良い、ということにもならないと私は思うのです(あくまで一般論です。このサイトに適用されるものではないようですから)。
事実、近年ではこれまでの曖昧な分析を否定し、なんとかデータから適切な因果関係を見いだそうとする若手の研究が次第に増えつつあります。教育学も変わろうとしているのだと思います。

私の投稿に対するコメントがどれも過去の分析に対する教育学の役割しか見ておられないようでしたので、この意図が十分に伝わっていないと思い書かせて頂きました。

最後にLさんから頂いた2点の疑問について。
期限に目処をつけた解決に関しては、確かに保証しかねます。ですが、それを言ってしまえば現状の議論も何の意味もない(無理に結論したところで事態を悪化させる可能性だってあるのですから)と回答しておきます。
陰山さんの取組については、教育学でも相応の評価を受けていると理解しています。ただ私も直接研究分野に関わるところではないので、残念ながら具体的にフォローは出来ておりません。
陰山さんの孤軍奮闘とそれを上手く使えなかったということについては、そもそもそんな事実があったのかどうかすら存じ上げませんし、そのような因果関係があったのなら是非知りたいとも思いますが、私自身は分析の意義を見いだせないでおります。
科学の問題というのはそれを問題視する人によって証明されるのが当然ですので、陰山さんの例に関する分析をすべきと思われる方に是非考察して因果関係を示して頂ければと思います。

また長くなってしまい申し訳ありません。短く断定するのが苦手なものですから。ちゃんとROMしている証明とでも思って頂ければ(笑)

投稿: 教育学勉強中 | 2012年8月 1日 (水) 21時13分

教育学勉強中 様

レスをいただきありがとうございます。
虐めについては、内藤朝雄氏の知見についての所感をいただければ幸いです。
>http://www.youtube.com/watch?v=kxFDasp6tZI

また、近年の研究について参考になるHPがあればご教示ください。
>事実、近年ではこれまでの曖昧な分析を否定し、なんとかデータから適切な因果関係を見いだそうとする若手の研究が次第に増えつつあります。教育学も変わろうとしているのだと思います。

影山氏に限らず、教育現場においても様々な研究授業?なる実証研究が子供を標本として行われていますが、その結果が開示されることはありません。
また、学校長はじめ教員の思考は、かなり政治的で合理的な知見を成果を見据えてじっくりと取り入れようとする動きは乏しいことは確かです。

現場についてはもう少し踏み込まれたほうが、研究成果を活かせるかと存じます。

投稿: L | 2012年8月 1日 (水) 22時01分

教育学勉強中 様

追伸

義務教育レベルでは公文式が最適と考えますが、いかがでしょうか?
教育学的に批評できるようでしたらお願いします。

投稿: L | 2012年8月 1日 (水) 22時25分

>教育学勉強中さん

僕の言う経験本位とは、自らの体験だけで全てを語るという意味ではありません。
文章全体から、理論とデータ至上主義に対する疑義 を基軸にお話させて頂いたことからもお分かり頂けるように、理論のみではダメだという論法をとりました。
僕としては、そこを強調したのみであって、理論とデータは捨ててよいという論は採っていないつもりです。

また、経験とは、自ら経験したことから判断するということではなく、
さらに経験の幅を広げていくべきものであり、また他人の経験など広く情報収集をするべき、ということを前提に考えています。


さて、僕個人が、これからの教育学に望むことは、
理論ありきで、経験を理論に当てはめて考えるのではなく、
経験を基に理論を構築していくということです。

理論は人間が作り出した公式である一方、経験とは事実そのもの・有りのままの現象を体験することですね。
有りのままの現象をどう語るかが理論である以上、
現象が変われば、又、現象の捉え方が違っていたことが分かれば、理論も変わりますよね。

日本のインテリに感じるのは、そういった理論構築・理論採用の柔軟性の欠如です。
僕が、教育学に携わる人に求めるのは、正にそこです。


ところで、僕が抱く教育学への不信の最たるものは、輪切り思考とでも言いましょうか。競争否定論なんかに代表される考え方ですね。
また、教育って、あらゆる人間関係、組織関係で存在するものですよね。それに、学校教育の効果が、別のコミュニティで顕在化することも多々あります。
とすれば、教育の芯を語るには、輪切り的な視野で学校教育や若年者への教育だけに目を向けるのではなく、学校現場以外の人間関係等々にまで視野を広げるべきなんだろうと思うわけです。スポーツ・チーム、会社関係、芸術等の師弟関係・・・。

データを基に思考するというなら、この辺りまで拾わないとどこか欠落した議論になると思います。また、データの分析・評価として、例えば、発育阻害要因として取り上げられているものが、一方でどれだけ発育助長要因として機能しているのか、という考察・研究も不可欠でしょう(発育阻害要因→即除去っていう思考に映るケースもあります)。

推測ですが、特にマネジメントやコーチングに携わってきた人間の経験的思考と、教育学との剥離が起こるのは、
正に、こういった前提要素選択のミスマッチに起因するのではないかという気がしています。

投稿: かもめのじょな | 2012年8月 2日 (木) 13時05分

まあ、このブログの著者が甘すぎるんじゃないですかね? 公務員系ブログで「ネトウヨ」「荒らし」等の認定を受けて軒並み出入り禁止になっている私ですら、批判できないほど、「お人よし」なんですな。

>敵か味方かでしか、物事をとらえられない人が多いということですよ
敵か味方かの二元論がどうこうと言う話と、証拠がないのにレッテル張りで断罪することの問題は、全く別だと思う。
私は、「善悪二元論、勧善懲悪、何が悪い」と思ってます。理屈が先に来て、道徳的な善悪の価値観が無くなったら、人間おしまいだと思いますね。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 2日 (木) 17時28分

Lさんへ

 取り急ぎ。
 
 労組=非民主的の部分ですが、他の方が比ゆ的におっしゃったことをごっちゃにしちゃったかも知れません。
 大変申し訳ありませんでした。

 ただ、官公労の一部に政治活動が主になっているところがあるのではないか、という部分なのですが、労働組合が組合員(一歩進んで労働者全体)の利益(企業からの収入のみならず、いわゆる「可処分所得」を含む)の向上を求めていく中で、必ず政治の壁にぶち当たります。

 そこで労働組合がその壁をぶち破って、労働者の利益を極大化しようとするとどうしても政治活動を行うことになりますが、どなたかも言っているように、政治活動は小さな組織では不可能ですから、大きな組織が主に担うことになります。となると、小さな一単組では通常の労働組合活動を行い、いわゆる上部団体というところが、政治活動を主に担うことになります。

 それがはたから見ると、「政治活動ばかりやっている」というように見えるのですけれども、それは官公労だけではなく、民間産別(ゼンセン同盟とか自動車総連とかそういうところ)も政治活動をやってますよね。それの一番大きな活動が「連合」の活動ですよね。

 ただ、連合の執行部は、基本的には民間労組が主導している状況ですから、官公労がどんなに主張しても民間労組がそっぽ向けば、連合の方針とはならない状況じゃないかと思いますし、Lさんやnagiさんが「官公労天国」と、もし思っていらっしゃるなら、そのような状況じゃないんじゃないか、と思いますよ。

 民間含む「労働組合全体」の政治運動を批判されている向きもあるようなので、もしかしたらベクトル違いの話になってしまってたら、ごめんなさい。

 それでは、また。

投稿: 通りすがりの元公務員 | 2012年8月 2日 (木) 20時11分

>私もネットに書くときはいろいろとできる限りの調べをしてから記入するように心がけてます
> 労組=非民主的の部分ですが、他の方が比ゆ的におっしゃったことをごっちゃにしちゃったかも知れません。

なんじゃ、そりゃ?

連合の傘の下でどこが労働条件から乖離した闘争を繰り広げているかは知りませんが、春闘もない官公労の上部団体は、組織維持のためのお題目が必要なのか、工作員が工作資金を得るために公務員に紛れ込んでいるのか。(妄想の類です)

経験上、収益の範囲内で賃金交渉するだけで十分。下記もひとつの仮説ですね。
>労働組合が組合員(一歩進んで労働者全体)の利益(企業からの収入のみならず、いわゆる「可処分所得」を含む)の向上を求めていく中で、必ず政治の壁にぶち当たります。

原発や安保に反対など、労働条件に直接的に因果関係なし。

投稿: L | 2012年8月 2日 (木) 21時46分

>理屈が先に来て、道徳的な善悪の価値観が無くなったら、人間おしまいだと思いますね。

隠蔽体質の教育機関に当てはまります。

投稿: L | 2012年8月 2日 (木) 21時51分

>>Lさま 「彼は日教組の組織率の高い兵庫県で孤軍奮闘されていましたが、何故、兵庫県が彼を活かせなかったのか政治社会学的に検証していただきたいものです」

 とあります。

 小生が考えるに「日教組」の偏向教育の前に、労働組合的な年功序列的な教育慣行が邪魔をしたと考えます。
 
 例えば、若手の日本人体操コーチは、独自のトレーニングメニューを考え、日本国内でそれを実践しようとしましたが、「変わったこと」をする人材は日本では排除されるのです。
 特に実績のない若手コーチは、なおさらです。
 このコーチは、アメリカにわたり、女子体操選手の五輪強化に取り組み、見事成果をあげました。
 日本で実績のあるコーチは、不況な日本では満足に処遇されず、やりがいと職を求めて、優秀な人ほど海外に行ってしまっています。
 要は市場価値のある人は、海外マーケットで通用するのでしょう。

 陰山氏も自分の名を冠した教育方法を提唱するくらいですので、相当デキる教師だったと想像します。

 彼は、労働運動よりも子供たちを、より優秀にするためにはどうしたらよいのかを必死で考えた教師といえるでしょう。

 こういう価値の高い教員には、税金をつぎ込んでも国民は納得します。

 しかし、子供の教育そっちのけで、仕事もせず、労働運動、左翼活動、君が代・日の丸否定活動、中国・韓国・北朝鮮マンセー活動に勤しみ、国家の税金で反国家活動をしている狂員とは、陰山先生はそもそも教育に対するベクトルが違います。

 日教組が日本教育の諸悪の99%を占めていると言ってもいいでしょう。
 活動家狂員が怪しげに蠢く魔境で、まともな教員は、やってられませんよ。

投稿: 教育勅語復活支持教員 | 2012年8月 2日 (木) 22時03分

「労働者の権利防衛と特定の思想運動は違うじゃないか、もっと前者に力を入れろ」と内部の組合員が言うのは良いですが、外野から言われる筋合いはない。

そもそも、政治活動が悪いというなら、経団連・医師会・農協・神道政治連盟などは全部潰せと言わないと不公平。

労働組合が労働者の利益を死守するために政治活動を行うのはむしろ当然であり義務であるとさえ言える。

この政治を通した労働運動を、守っていくために、公務員の組合が勤務中に組合活動はやらない、などと言った一定の規律は当然守られるべきだ。ただし、休日・勤務時間外の運動をも禁止することは、許されない。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 2日 (木) 23時33分

>>革命烈士
 
  「労働者の権利防衛」・・・・>要は働かずに如何に給与をたくさん国家から搾取するかってこと?
  
  「外野から言われる筋合いはない」・・・・>給与の原資が国民から徴収した税金と考えると、厳密に外野など存在しない。そういう排外的な思想で労働組合の左翼・売国奴どもは、国民を蔑にしているんだね。
 
 こんな奴らに教育を任せておけるか?
 
 国民の税金を搾取することに何の疑問ももたず、働かず、自組織以外の国民の意見を無視し、左翼偏向教育にまい進する日教組と民主党。
 
 日教組などの政治活動の結果、民主党が国民を騙し、政権を奪取して、日本はどうなった?

 民主党政権前と後では、財政規律、領土領海防衛、円高、株価等、明らかに悪化している。

 教師は、エロ教師か、左翼教師か、事なかれ・いじめ隠蔽教師か、ろくなのがいない。

 公教育の悲惨な実態は目を覆うばかりだ。

投稿: 教育勅語復活支持教員 | 2012年8月 3日 (金) 20時45分

>教育勅語復活支持教員

私は公務員ではない。

>日教組などの政治活動の結果、民主党が国民を騙し、政権を奪取して、日本はどうなった?

自民党は、天下り官僚による税金強盗、談合土建屋バラマキ犯罪、規制による民業圧迫、財政悪化、国債1000兆円、
などの責任をどのようにとったのか。

『天下り官僚主権』という民主主義に反する血税搾取制度を作った自民党は、国民の敵だ。

われわれ労働者は、このような税金強盗の特権階級と、戦っていく必要がある。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 3日 (金) 20時57分

>日教組は関係ないでしょ。

>自分は、日教組の組織率1%以下の、栃木で小中高とすごしてたけど、教師の権威主義、教委の隠蔽体質、いじめへの見て見ぬふりのひどさは栃木でもあった。


教育勅語復活支持教員さんの言うことが正しければ日教組のない栃木県民はみんな聖人君子なってるなー…

投稿: 栃木県民 | 2012年8月 3日 (金) 21時44分

革命烈士さん
>「労働者の権利防衛と特定の思想運動は違うじゃないか、もっと前者に力を入れろ」と内部の組合員が言うのは良いですが、外野から言われる筋合いはない。

別にいいけど、少なくとも理解者は減るけどいいのかな?坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってのも真実ですから。

「特定の思想運動」を嫌いな人は、その「特定の思想運動」をしている人間も嫌いだし、関わりたくないのが自然だと思いますよ。
だから、「特定の思想運動」をしている人間が「労働者の権利防衛」を訴えていれば、むしろ「あーああいう奴らか」
という拒否反応をする人も一定割合存在するでしょう。でもそれって組合にとって得なの?という疑問を表明してるだけ。

あと、組合の力って組織率ってのが大きいと思うんですが、組合員以外のところに力を割いている組合は、いずれ弱体化しますよ。
共産党とか社民党などの労組に近い政党って、少数政党ですよね。つまり、肝心の労働者にも支持されてないんじゃないかな。
だとしたら、本当はそれらの政治活動には近寄らない方が、所属構成員に対しては誠実なんだと思いますけどね。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 3日 (金) 21時49分

革命烈士さんが、「善悪二元論、勧善懲悪、何が悪い」と言ったら、同じような「善悪二元論、勧善懲悪、何が悪い」的スタンスの教育勅語復活支持教員氏があらわれて、「結局わかりあえないこともある」ということが、よくわかった。

投稿: 栃木県民 | 2012年8月 3日 (金) 21時53分

教育勅語復活支持教員はどんな教育実践をされているのかってことが気になるところだ。

投稿: 栃木県民 | 2012年8月 3日 (金) 22時01分

>とーる2号さん
我々民主系労組は、そういう点(左右のイデオロギーに拘泥しない)には気を使っています。中道です。
だから思想的に何やかや言われるのは心外です。
そもそも、民主系労組が、極右勢力が誹謗するように”アカ”であるなら、消費税には反対してるでしょ。
我々は、公平な消費税に賛成。これはハッキリしておく必要がある。
「自分だけは負担しない。稼いでいるやつから毟り取れ」という考えは、我々は反対です。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 4日 (土) 00時07分

革命烈士さん

私の勘違いだったかもしれませんが、「特定の思想運動」については、いわゆる「サヨク的な何か」のことだと
理解してしまいました。大変失礼ながらそのネーミング(革命)にも方向のイメージがありまして・・
誤解なら失礼しました。

で、ちょっと確認させてください。

1.我々というのは、「民主党系労働組合」という理解で良いでしょうか。

2.原発問題について質問します。
 「原発さよなら運動」のような、明らかにコスト負担が重くなる方針に対して賛成であるにも関わらず、
 東電の値上げには猛反対されるような方々についてどう思われますか。また、あなた方はどのような立場ですか。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 4日 (土) 01時04分

革命烈士さんの「税金強盗の特権階級と戦っていく必要がある」には賛成ですが、往々にして「総論賛成、各論反対」になる事が多い(殆ど?)ですので、私からも質問を・・。次の提案に賛成しますか?

1:年金制度に税金を投入する事を止める。

2:生活保護は本当の意味の「最低の現物支給」に留める。

3:公務員の勤務評価を正確に行い、役に立たない者は「それに応じた給料」にするか、場合によっては解雇する。

「税金を正当に頂戴する者」と「税金を不当に搾取する者」を貴方は「峻別」しますか?

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 4日 (土) 09時31分

>とーる2号さん
>大変失礼ながらそのネーミング(革命)にも方向のイメージがありまして・・
元・左翼だったのでその名残となっております。

>々というのは、「民主党系労働組合」という理解で良いでしょうか。
そうですね。

>原発問題について
各組合で意見がバラバラなので統一見解だ出し得ないものと思います。おおむね、自治労は反対が多いようですが電力系の労組もありますので。

>コスト負担が重くなる方針に対して賛成であるにも関わらず、
 東電の値上げには猛反対されるような方々についてどう思われますか。また、あなた方はどのような立場ですか
このような意見を矛盾していると言う方がいますが、そもそも東電自身が「市場原理で競争しないで独占するけど値上げさせろ」「税金貰うけど株主責任を取ったり賃下げはやらない」という矛盾したスタンスなので、反対意見も矛盾したものになるのは当然です。
独占している以上、政治的要因も含めてコスト増の責任は独占者が負うべきなのです。

>あなた方はどのような立場
前述のように統一見解は出していません(一部組合では出してますが)
私個人の意見としては、原発は新規建設禁止で緩やかに全廃すべきと考えます。コスト増の負担は『市場競争を行ったうえで』適正に分配されるべきです。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 4日 (土) 12時44分

>あまのじゃくさん
>年金制度に税金を投入する事を止める。
反対です。賦課方式に於いては少子高齢化が進行するにしたがって、税投入無しでは必ず行き詰ります。
少子高齢化のコストは社会全体で負うべきであって『年金をたくさん払ってきた』実直な高齢者だけに押し付けるべきではありません。
また、年金を下げすぎると、生活保護問題で見れらるように、『年金は払ったほうが損だから生活保護でいい』という人が急増して不公平となります。

>2:生活保護は本当の意味の「最低の現物支給」に留める。
賛成です。

>3:公務員の勤務評価を正確に行い、役に立たない者は「それに応じた給料」にするか、場合によっては解雇する。
勤務態度が悪い者を場合によっては解雇するのは当然です。
ただ『評価』については、営業で何個契約を取った、などと数値で明白に評価できる手段がないのが現状です。
例えば、学校の先生で言えば、たまたまインテリの多い土地の学校に赴任すれば、成績は高いでしょうが、大阪の某地区のように残念ながらあまり学力が高くない場所もあります。それは教師の能力とは言えないでしょう。
だから公務員給与については、全ての民間労働者の平均時給によって求められるべきと考えます。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 4日 (土) 12時51分

なるほど、革命烈士さんは「税金強盗の既得権益と戦う」と主張していましたが、各論で質すと「年金泥棒」も「不労公務員税金泥棒」も認める・・との事。

「天下り官僚税金泥棒」は認めないが、「やる気のない公務員税金泥棒」は認める。

これは「固定観念型発想」「紋切り型発想」、或いはかもめのじょなさんの言う「輪切り思考」でしょう。
「高級官僚は悪、平の公務員は善」という・・。

「税金を正当に頂戴する者」と「税金を不当に搾取する者」を全く区別しようとしていない。
どのような考え方をしても結構だが「首尾一貫」して戴こう。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 4日 (土) 17時25分

あまのじゃくとかいう糞ウヨは、どうやら自民党工作員のようですね。

「税金で食ってる」のを批判するなら、開業医・農民・土建屋も税金で食ってるから糾弾すべきでしょう。

これ全部自民党支持層。自民党=税金泥棒。

増税して、土建屋バラマキ200兆円。ウハウハですね

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 4日 (土) 20時22分

税金に集る発想からして目糞鼻糞の議論だな。

投稿: L | 2012年8月 4日 (土) 20時45分

>このような意見を矛盾していると言う方がいますが、そもそも東電自身が「市場原理で競争しないで独占するけど値上げさせろ」

詭弁ですねぇ。
値上げと独占は関係ないですよ。それに独占だから勝手に値上げできるわけでもない。
競争が万能なら、プロパンガスの方が都市ガスより高いことや、銀行の金利が一律なのはおかしいですね。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 5日 (日) 08時21分

「税金泥棒と戦う!」と立派な事書いていたから聞いてみたが、税金の「不当な支出」と「正当な支出」の区別もついていない。区別付けなきゃ「泥棒」が確定せんだろ、阿呆君。

又「政治活動」と「組合活動」を混同して書いている。公務員が禁止されているのは「組合活動」じゃなくて「法律で制限されている政治活動」だ。

思想には拘泥しないが、政党には拘泥するのかね。みみっちい話だな。

どうも頭の中が全く整理されてないな。案の定時間の無駄だった。頑張れよ、(どんな馬鹿でも)ここは排除されんだろうから(笑)。

それと「資本家は敵だ!」とか「ブルジョアジーは敵だ!」なんて台詞は北朝鮮くらしか通用せんから向こうへ行ってやれ(笑)。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 5日 (日) 08時45分

連合のホームページみたけど、連合の方針と革命烈士さんの意見はそうとう隔たりがあるようだよ

投稿: ユニオニオンΒ | 2012年8月 5日 (日) 08時51分

ご参考

>ネットバンクは高金利
http://www.netbank-navi.com/knowledge/interest-rate.html

>ネット生保各社の生命保険料比較と保険料引き下げ競争
http://www.hoken-erabi.net/seihoshohin/goods/9234.htm

>プロパンガスは公共料金ではなく自由価格商品ですので、ガス会社毎、各家庭毎に料金はばらばらで最大2.5倍ほどの格差があります。
http://www.propane-npo.com/home/standard_price.shtml

投稿: 市場価格 | 2012年8月 5日 (日) 10時36分

釣られんなよ阿呆君w
なんだ、小物だったか…

投稿: 本日の釣果は1匹 | 2012年8月 5日 (日) 10時46分

荒らすなって。
とりあえず、主さんに謝っときや。

投稿: かもめのじょな | 2012年8月 5日 (日) 10時52分

革命烈士さん

>「労働者の権利防衛と特定の思想運動は違うじゃないか、もっと前者に力を入れろ」と内部の組合員が言うのは良いですが、外野から言われる筋合いはない。

えーと、公務員の労組の話ですよ。政治運動の問題は。
公務員の中の一組織が、選挙に強い影響力を及ぼすのが問題っていう(その意味では、例え勤務時間外であっても、組織的な政治運動は制限されるべきだと思いますし、身分を前面に押し出しての政治運動も控えるべきだろうと思います。)
有権者としては、当然口出しする筋合いのものでしょう。

民間労組の政治運動を否定している人は、ここでは見当たらないのでは?

投稿: かもめのじょな | 2012年8月 5日 (日) 11時03分

ごめんなさい。
過敏に反応して阿呆やら馬鹿やら宣う御大がいたもので…
本当に失礼しました。前コメントも含めて削除いただいて結構です。

投稿: 本日の釣果は1匹 | 2012年8月 5日 (日) 11時28分

>>栃木県民
  
  明治天皇はいいことを言っていますよ。
  こういう精神を公教育で実践すれば日本はもっとよくなります。
------------------------------------------------------------
教育勅語現代語訳

「私が思うには、我が皇室の先祖が国を始められたのは、はるかに遠い昔のことで、代々築かれてきた徳は深く厚いものでした。
 我が国民は忠義と孝行を尽くし、全国民が心を一つにして、世々にわたって立派な行いをしてきたことは、わが国のすぐれたところであり、教育の根源もまたそこにあります。
 あなたたち国民は、
     父母に孝行し、
     兄弟仲良くし、
     夫婦は仲むつまじく、
     友達とは互いに信じあい、
     行動は慎み深く、
     他人に博愛の手を差し伸べ、
     学問を修め、
     仕事を習い、
     それによって知能をさらに開き起こし、徳と才能を磨き上げ、
     進んで公共の利益や世間の務めに尽力し、いつも憲法を重んじ、法律に従いなさい。
 そしてもし危急の事態が生じたら、
     正義心から勇気を持って公のために奉仕し、
     それによって永遠に続く皇室の運命を助けるようにしなさい。
 これらのことは、単にあなた方が忠義心あつく善良な国民であるということだけではなく、あなた方の祖先が残した良い風習を褒め称えることでもあります。
 このような道は、実にわが皇室の祖先が残された教訓であり、その子孫と国民が共に守っていかねばならぬことで、昔も今も変わらず、国の内外をも問わず、間違いのない道理です。
 私はあなた方国民と共にこの教えを胸中に銘記して守り、皆一致して立派な行いをしてゆくことを切に願っています。
 明治二十三年十月三十日 御名御璽

投稿: 教育勅語復活支持教員 | 2012年8月 5日 (日) 12時06分

農民・土建屋・開業医も税金で食って政治活動やってるから公務員もこれを行うのは当然。

前者(自民党勢力)はスルーで民主支持改組合を批判するのは差別。

そもそも高級官僚も政治活動やってる。これに民衆の側から抵抗するには公務員労組の政治活動を認めるしかない。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 5日 (日) 13時29分

民衆が高級官僚や有資産層に抵抗するためには、中級以下の公務員にも政治活動が必須だと?
そんなところには大義はありませんな。


投稿: MC | 2012年8月 5日 (日) 14時28分

極論的に言えば、まっさらな状態で、市民・有権者の声を真摯に吸い上げて、行政に反映させるのが公務員の役割。

中立的な行政を施すべき公務員が、政治色に染まり、なおかつ、選挙に強い影響力を及ぼすのは、やはり民主主義としてはイビツ。
まず、一般市民の声を尊重せよ、という話。

だから、公務員も、一私人として政治活動をやるのはOK。しかし、例えば公務員組織の活動として、又、公務員としての影響力を発揮しつつ、政治活動はやるべきではない。

土建屋、開業医等々には、元々政治的中立性など求められてません。

投稿: かもめのじょな | 2012年8月 5日 (日) 15時36分

>かもめのじょな

だったら、公務員組合批判は専ら行政の権限を私的に用いたか(教師が生徒の保護者に投票を呼び掛ける等)で批判されるべきで、「税金で食ってるから云々」というネトウヨ諸氏の批判は間違ってますよね。

税金で食うのがダメというなら、高給官僚・土建屋・農民・開業医も悪の枢軸と認めたことになりますよ。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 5日 (日) 15時52分

>「税金で食ってるから云々」というネトウヨ諸氏の批判は間違ってますよね。

的外れでしょうね。
ま、それは、そう言ってる人に向けて言えばいい。

というか、ネトウヨにしても、ブサヨ?(って言うんですか?)にしても、んなもんは、相手にする価値はないと思いますが。
どちらも、社会で相手にされないような、極論ないし空論ばっかな印象ですし。

投稿: かもめのじょな | 2012年8月 5日 (日) 16時10分

あまのじゃくさん、nagiさん、Lさん、教育学勉強中さん、かもめのじょなさん、革命烈士さん、通りすがりの元公務員さん、教育勅語復活支持教員さん、栃木県民さん、とーる2号さん、市場価格さん、ユニオニオンΒさん、本日の釣果は1匹さん、MCさん、コメントありがとうございました。

この記事のコメント欄を通し、いろいろ感じたことを新規記事に綴りました。また「入口」にこだわった内容ですが、ご覧いただければ幸いです。なお、あまのじゃくさんの投稿手違いだったコメントの削除申出に関しては了解し、削除しました。

投稿: OTSU | 2012年8月 5日 (日) 17時12分

何か勘違いをしているようだな。1000兆円の借金をしたのは「税金泥棒」がいたからだ。不当に税金を搾取した者がいたからだ。

それは「高級官僚」であり「土建屋」であり「農民」であり「開業医」であるだろう。そして同時に「議員」であり「年金受給者」であり「生活保護者」であり「平のやる気のない公務員」なのだ。
しかしその業界の中にも正当に税金を頂戴した者もいた筈だ。

大事なのは社会全体を見渡して、実態を把握し、泥棒の正体を探し出し、これを是正する事だ。

三流週刊誌の如く「高級官僚が悪の枢軸だ!」とか「族議員が真犯人だ!」といった「勧善懲悪物語」を叫ぶ事じゃないんだよ。

第一「税金で食っているから税金泥棒だ!」なんてレベルの低い、論評にも値しない批判をしている者が「このブログ」にいるのかね?私は見たことが無い。
まあ出直す事だな。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 5日 (日) 18時15分

>教育勅語復活支持教員

ちゃうちゃう、教員としてそれを子供たちにどう教えてるかが聞きたかったの。

投稿: | 2012年8月 5日 (日) 19時00分

>教育勅語復活支持教員

ちゃうちゃう、教員としてそれを現場で子供たちにどう教えてるかが聞きたかったの。(名前入れるの忘れてた)

投稿: 栃木県民 | 2012年8月 5日 (日) 19時02分

市場価格さん
>プロパンガスは公共料金ではなく自由価格商品ですので、ガス会社毎、各家庭毎に料金はばらばらで最大2.5倍ほどの格差があります。
http://www.propane-npo.com/home/standard_price.shtml

同じLPガスでも自由価格のものと、料金が許認可より決められているものがありますよ。
ところが、自由価格料金の平均価格より、許認可が必要なLPガス料金の方が総じて安いんですよね。高いのはかなり例外的みたいです。
つまり、自由競争が万能な訳じゃないし、独占だから値上げし放題な訳でもない(許認可がある以上、値上げは厳しく審査されるでしょう)。

私が詭弁だと言ったのは、火力と原発では、コスト要因に対する燃料代の影響が全然異なることを無視して、
東電の値上げを「「市場原理で競争しないで独占するけど値上げさせろ」という論拠で批判している点です。
違いますよ。原発が止まればその分コストがかさむ(主に燃料代)以上、価格転嫁せざるを得ないだけですからね。
東北電力・東京電力はともかく、関西電力1000億、九州電力2000億の赤字がその証拠です。
要するに「電力会社の社員は高給取りだ、そこが値上げするのはけしからんって」ルサンチマンに過ぎないんですよ。

あと民間(どの電力会社も民間ですが・・)だから、コスト上昇を値上げに反映させないと思ってるなら大甘ですよ。
・消費税導入時に自動販売機の値段は100円から110円になったところまではともかく、5%に上がったら120円ですよ?
・ガソリン価格は原油高、円安になればすぐ上がるでしょう?
・小麦の輸入価格が上がった時に、いろんな商品の値段が上がったのもご存じない?

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 00時16分

清涼飲料水、店頭実勢販売価格は低い
ガソリン価格は、原油、為替に連動して下がる
輸入小麦価格の便乗値上げは、国内のデフレにより価格改定できなかったものをあげようとしたが、実勢販売価格が上がったわけではない。

投稿: 市場価格 | 2012年8月 6日 (月) 06時18分

ガソリン代のように、電気代も原価が下がれば下がります。
火力の原料代など短期的なもののコストの差額は原油価格と連動するし、
大きな原価は価格改定が数年単位になっているだけのことです。つまり、火力の比率を上げれば、
そのコストは電気代に反映されるのが当然な訳です。自由価格だから、認可価格だからということではなく、
単に「原価は価格に反映される」ということであり、価格転嫁自体は、批判の対象ではないはずです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 08時09分

ちなみに

・自動販売機の販売価格は自由競争にも関わらず価格競争の波にはほとんどさらされていない
・LPの販売価格も高いところが淘汰されていない、かつ自由価格の方が高いケースが多い

この2点で、「自由価格すなわち価格値下げには必ずしもつながらないし、独占だから値上げ自由でも、自由価格より高いわけでもない」
という証明は出来たと思うので、この点を否定されないかぎり、私にとってはこの話は終わりです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 08時17分

自動販売機はコインの管理やベンダーの償却など固定費が要因として考えられる。
LPガスについては、データーがない。

以上により、証明というよりは感覚的なものでした。

投稿: 市場価格 | 2012年8月 6日 (月) 08時57分

ガスの規制料金は公表されてるから、そのサイトに書かれてる「適正料金」とか、
LPガスの平均価格と比較できますよ。
また時間作って証明してあげましょう。お楽しみに。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 12時43分

東電についての議論は参加者が入り乱れて、少し分かり難いのですが、とーる2号さんの言い分は次の2点ですか?

1:材料価格と製品価格は(どのような経営方式でも)連動するから、電気料金の値上げは東電の批判の理由にはならない。

2:独占市場と自由競争市場では「材料価格が同じ」との前提条件で考えると、どちらが製品価格が安いかについては一定の傾向は認めない。

私の読解が間違っていたら無視して結構。
「1」については異論ありませんが、分からないのは「2」です。その理由に「自動販売機」と「LP」を挙げているが、正確に読みとれません。

尤も私から見た東電への批判はつぎの2つです。

1:民間会社は不祥事には経営者などは責任を取る。場合によっては「倒産」という全従業員が最悪の責任を取らされる。東電は充分に責任を取っていない。

2:材料費100円で製品価格(電気料)が200円だった。原発事故で材料費が150円に上がったのだから製品価格(電気料)が250円に上がった。
そもそも材料費が100円だった時に充分な経営努力を行えば製品価格(電気料)は150円で済んでいたのではないのか?

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 6日 (月) 15時33分

そもそも前提が公正ではない。
電力事業者は、放射性廃棄物の処理コストも隠していたし、そもそも、需給予測さえ原発を推進するためにタイトに計算していたことが明らかになろうとしており、批判にさらされている。

税金を投入するのだから、洗いざらい公表すべきとの批判にさらされるのは仕方がない。

投稿: 腹黒 | 2012年8月 6日 (月) 15時54分

とーる2号さんは、市場の役割が値下げだけだと思ってる?

競争した結果が高い価格であっても納得するが、競争せずに高い値段なら腹立つ。なぜなら、市場主義のわが国では、多くの企業が競争という努力をしているなかで、電力会社がその努力を免除され、社会主義の恩恵に浴しているからだ。

このような独占制度は社会主義国では当たり前だが、市場主義の国で「部分的な社会主義」が行われると、その制度の「外部」に負担が転嫁されることになる(誰かが競争の努力を怠った分を、別の人(消費者・納税者)が払ってるだけ)。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 6日 (月) 18時04分

ちょっとあちこちから質問をいただいているので返事は順番にさせて下さい。
但し、腹黒氏については論点が全く異なるため、私からは返事しません。

まず、市場価格氏への再反論。

1.自動販売機について
(前提)
東電の値上げ批判で「固定費云々以前に、賃下げ等一層の経営の合理化努力により対応すべき」
という論調については、別の議論をまぜこぜにしているから問題だと考えています。

(本題)
仮に自由競争である自販機で固定費云々が、価格転嫁以上の値上げ理由としてアリならば、
コスト未満の東電値上げに同じ理屈を適用できないはずがなく、値上げ批判は筋が通らない。
逆に、電力値上げ批判をするのであれば、自由競争である自販機の固定費云々については、
賃下げ等一層の経営の合理化努力により対応すべきであり、便乗値上げなど論外。
こういうのをダブルスタンダードっていうのです。

2.LPガス料金について
「LPガスについてはデーターがない」、という指摘について。
「ガス 料金 公表」で検索したら、色々出てきます。すなわち根拠の無い批判、デマです。
事実と異なることを述べられたのが、あなたが嘘をついていたのか、気がつかなかったのかは
存じません。断定調の批判は良くないでしょうから、気づかなかったということにしておきます。


「規制料金が自由料金より安い」が感覚的なものではなく証明である根拠について

まず、あなたの示したサイトにて、「適正」である料金計算をしましょう。
http://www.propane-npo.com/home/standard_price.shtml

基本料金が1,500円~2,000円、従量単価が300~480円なので、
平均をとって基本料金1,750円、従量単価は390円とします。

次に、このサイトで書かれている「石油情報センター」の「平均価格」を調べます。
http://oil-info.ieej.or.jp/price/price_ippan_lp_gusu.html

関東7,061円(10m3)、12,122円(20m3)とされています。

比較するために、このサイトの「適正価格」で計算します。
1,750+(390×10)=5,650円(10m3)・・・平均価格よりも1,411円安い。
1750+(390×20)=9,550円(20m3)・・・平均価格よりも2,572円安い。

このサイトが正しいならば、LPガスの料金というのは、自由料金なのにかなり高いですね。
さて、関東地域はLPガスの規制料金体系が公表されています(平成24年5月現在)。
http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/gas/marukan/20110414marukankaitei.html

この規制料金と適正価格、さらに自由料金のいずれが安いかについて確認します。
但しデータがものすごく数が多いので、「あ行」の簡易ガス事業者(最初のPDF)の確認とします。
http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/gas/marukan/data/marukan_a.pdf
(ガスの種類がLPGとCNGがあったので、LPGのものだけ比較)

ざっと250程度の料金体系のうち、10m3~20m3の部分の単価が390円を超しているものは
50件程度、すなわち適正料金よりさらに安い料金体系が、80%存在するということです。
ちなみに「適正料金」の上限480円を超えているのは、わずかに3件のみでした。
石油情報センターにLPガス平均価格の7,061円、12,122円を超えているものはありませんでした。


以上から、結論を述べます。

規制料金の方が、あなたが示すサイトが主張する「適正料金」よりほぼ安く、自由競争料金の平均より相当安い。

以上証明終了。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 20時29分

あまのじゃくさんへ

1.については、ご理解のとおりです。
私は、革命烈士氏の意見のような「コスト負担の方針に賛成に関わらず、全く別の議論を持
ち出してコスト負担を否定する」といったたぐいの詭弁にうんざりなのです。(失礼)

あまのじゃくさんならわかるでしょう?1000兆円の借金は、それだけ国民が
便益を得たということです。1000兆円の投資効果がどんなに悪かったにせよ、
それは全く別の議論であり、主権者としての株主責任のようなものでしょう。
にも関わらず、「コストダウンが先だ」という主張ばかりで、10年も借金を先送
りにしたことと、東電値上げ批判の本質は同じだと思いませんか。


2.については、ちょっと違います。

独占市場=独占価格を設定できる市場、であれば、まず間違いなく自由競争市場
の方が製品価格は安くなるでしょう。ですが、電力会社は、独占価格を設定する
ことが出来るのでしょうか?


独占とは「個人あるいは1つの企業が、他の競争者を排除し、市場を支配している
状態」独占価格とは「独占企業が自己に有利なように一方的に定める価格」(以上
大辞林より引用)です。

価格が許認可などの規制により制限されている市場については、前者はありえて
も、後者はありえないと思いませんか。独占が悪いのではなく、独占の結果、独占
価格により価格決定されることが問題なのではないでしょうか。

ちなみに、完全に競争に適している市場であるならば、そもそも規制する必要な
く、市場開放されるべきだと思います。これはいささか逆説的ではありますが、
「規制料金制度の市場では、自由競争が働きにくい、あるいはその結果が社会に
益をもたらさない」からだと考えています。

その根拠が、上で書いたLPガスの料金の話です。自動販売機については「自由
価格市場であるはずだが、限界費用に収斂しないあるいは独占価格市場に近い例」
としてあげたものです(だからスーパーでの飲料価格は無関係なのです)。

つまり、「規制料金市場では、自由競争を導入したとしても、材料価格が同じであ
る場合、」と置き換えてもらえるならば、
それで良いのではないかと思います。これは、電力価格についても同様だと思いま
す(完全自由市場はありえない)。


それから、あまのじゃくさんの東電への見解の1.については、特に異論はありません。
ただ、その理屈は、東電以外の「北海道から九州まで」の電力会社についても言える
のでしょうか?果たして1000億(関西電力)2000億(九州電力)の赤字を
生じさせるような経営責任、あるいは株主責任とは、一体何でしょうか?
この問いには、果たしてどのような回答がふさわしいのでしょうか。


また、東電への批判2.については、ちょっと別の議論だと思います。
材料費が上がったから経営努力を行えという性質のものではなく、本来経営努力は、
コストが上がるか上がらないかに関わらず常に行うべきではないのでしょうか。
(但し、どの株式会社でも、株主から見れば、社員の福利厚生や、多額の役員報酬などは
 「余分」なコストであると言えるでしょう。電力会社同様、黒字であれば問題にならな
 い、赤字になればカット要因になることも多いと思います。)
また、これについても、東電、原発を持たない沖縄電力以外の電力会社についても
果たして「経営責任」と言えるタイプのものなのか?というと疑問なのです。

電力の安定供給を抜きにして、経営の安定ということを最善に考えれば、電力会社は
事故だけではなく今回のような政治的リスクも存在する原発からは撤退すべきだと思います。
それは民間企業である電力会社の、株主に対する責任と言えるかもしれません。
むろん決して日本のためにはならないと思いますが、やるのであれば、国策として原発を推進
してきた以上、一民間企業の責任などと言わず、廃炉費用、処分費用すべて税金で負担、最終
処分場も強行突破で決定し、強制立ち退きなりなんなりすればよいのではないかとも思います。
そこまで考え、覚悟しての脱原発であれば、何も言いませんが・・。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 21時01分

革命烈士さん

>競争した結果が高い価格であっても納得するが、競争せずに高い値段なら腹立つ。

恐らく、競争した結果が高い価格であるよりも、競争せずに安い価格の方を選ぶ人は多いと思います。

ちなみに電力会社がコストダウン努力を免除されたり、安定供給という努力を免除された、という話は
聞いたことがありません。ヤードスティック査定って聞いたことないですか。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 6日 (月) 21時13分

とーる2号さんへ

富士山も海側からと山側からでは趣が違うそうな・・、同じ景色でも見方は様々、だからこそ議論が大事。
先ず「原発」というやや政治的な話も出てきますので最初に私の原発論を書いておきます。

「人間はrisk-takeして生きるべきだ。」

論点は原発が「忌避すべきリスクか否か」です。現状では「忌避すべきではない」と考えている。但し「忌避すべきリスク」・・つまり原発は廃止すべきだと考えている人を説得する程の確信は持っていない。

とーる2号さんの言い分は次の2点ですね。
1:電力は独占市場だが、価格は許認可だから独占価格ではなく、同時の特殊な市場であり自由競争が適さないので、自由競争の視点で論ずるべきではない。

2:電力会社に「安定供給」「安全」などを厳しく課しているのだから、そのに対する(電気料金などの)負担は負うべきである。

(若干の異論を省けば)概ね理屈はその通りだと思います。
しかし一般人は同じ景色を「こう」見ている。

電力会社の経営陣を含む「全社員」に対して「俺なら、もっと安定的に、もっと安全に、もっと安い電気料金で経営して見せるから、お前たち会社を去れ!」

この提案に対して胸を張って答えらるのか?今の東電の経営陣が「最大限努力したから、これ以上は無理だ。出来るものならやってみろ!」と言い返すほどの「善良なる努力」をしてきたか?・・恐らく答えは「No」だろう。

同じようなケースがJALで起こった。JALの場合はもっと厳しく政府から「仕事続けますか?人間やめますか?」の選択を迫られた。我に返ったJALは「仕事続けさせてください」と懇願し政府から融資を受けてやり直した。当然上場廃止。
ところが今季は2000億円の黒字。これには「税金で援助されたから(他社と)条件が違う」と批判が噴出した。

これに対してJALの経営陣は次のように答えている。

「2000億円の黒字と言っても、その内1600億円はリストラや給与削減など血のにじむ努力の賜物だ!」・・アタカモ「文句あっか?」とばかりの言い分。

私はこのセリフを「こう」聞いている。

「何だ、半独占を良い事に、今まで1600億円も搾取していただけじゃないか。偉そうに言っている血のにじむ努力とやらが、一般人の普通の努力なんだよ」

如何に甘えた精神構造なのかが良く分かる。・・で?東電は如何に?

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 7日 (火) 09時22分

あまのじゃくさん

>先ず「原発」というやや政治的な話も出てきますので最初に私の原発論を書いておきます。
正直、私も似たような意見です。であればこそ、「現実的に達成し得ないことを提示して騙し、
未来を選ばせるようなことはあってはならない」と考えているに過ぎないのです。

> 1:電力は独占市場だが、価格は許認可だから独占価格ではなく、同時の特殊な市場

ここまではそう考えています。「現時点では」自由競争市場にあまり適した形になって
いないが故の規制料金市場であり、だからどちらが善、悪というものではない、と。
但し、現時点でも大口需要市場については自由化されているように、これをさらに進めて
いくことを否定するものではありません。副作用もあるにせよ、やはり自由競争の方が
コストを下げるインセンティブは大きい訳ですから。

>2:電力会社に「安定供給」「安全」などを厳しく課しているのだから、そのに対する(電気料金などの)負担は負うべきである。

大きく言えばそうですね。ただ、今回私が言っていたのは、「脱原発にかかるコスト負担は本当に受け入れられるのか?」という
問題だったと思います。


>電力会社の経営陣を含む「全社員」に対して「俺なら、もっと安定的に、もっと安全に、もっと安い電気料金で経営して見せるから、お前たち会社を去れ!」

これは、果たして証明可能なのかどうかわからない命題ですね。「安定的です、安全です、安いです」と言って、実際に実現可能ならかまわないと思います。
でも、例えば電力会社同士の競争であればともかく、それ以外の場合にその命題が実現可能なのでしょうか。試しにやらせてって失敗する訳にはいかないのです。

1~2年前、中部電力のほんの0.1秒未満の電圧降下で東芝の半導体工場がストップし、多額の損害を出したのはご存じでしょうか。
そんなレベルで損害が生じるのですから、安定とか安全とかの求められる内容が一般家庭と事業レベルでは相当違うと思います。

ちなみに民主党も、「一度任せてくれませんか?」と言って政権交代しましたね。結果は惨憺たるものでしたが。

>同じようなケースがJALで起こった。
>ところが今季は2000億円の黒字。これには(略)批判が噴出した。
>これに対してJALの経営陣は「文句あっか?」とばかりの言い分。

>私はこのセリフを「こう」聞いている。
>「何だ、半独占を良い事に、今まで1600億円も搾取していただけじゃないか。血のにじむ努力とやらが、一般人の普通の努力なんだよ」

まあ、一番はコスト意識の改革、二番は破綻したからこそ、不採算路線の切り捨てが思い切って出来た、という面もあるでしょう。
おかげで最寄りの空港は、JALは確か4路線くらいあったのが、今では羽田便のみになって使いづらくなりました。
ただ、ANAはまだいくつか残っているので、飛行機で旅行するなら、ANAを選ぶことになると思います。

でも、JALの立て直しは賞賛すべきことですよ。すばらしいと思います。
あまのじゃくさんは1600億円の搾取っていいますけど、誰からの搾取なんでしょうか。また、誰に還元すべきなのでしょうか。
電力会社とは異なり、顧客には選択の自由があります。価格なりサービスが高すぎると思えば選ばれない訳です。
ざっくりと利益=売上-経費と考え、売上は顧客から、経費はメンテコスト・給与・役員報酬、利益は株式配当と考えます。
破綻前後で、航空運賃がそれほど変わったわけではありません。従って、顧客から搾取していた訳ではない。
株主のためには利益を最大化すべきであり、それを怠ってたとすれば株主から搾取していたとも言えます。
でも、株主としても、本来上場している株は自由に売り買いできる訳で、搾取とも言い難いのではないでしょうか。
(現在JALは非上場ですが)

むしろ、これだけ利益を上げられて、かつ国有化されているのであれば、何もわざわざ再上場してもらわなくても、
このまま国有化し続けて、その利益2000億円を国庫に納入してもらえば、財政再建の一助になる気がしますが、
どうなんでしょうね。


ところでANAの話が全然でてませんが、JALがこれだけ利益を上げられたのに、どうしてANAは同じだけ利益を上げられないんでしょうかね?
JALとANAの運賃は基本的に同額だと思うので、コストが同じであれば、同じだけ利益を出せてもいいと思うのです。
ところが、純利益で見ると300億円と1800億円とかなり差がついている。
なら、あまのじゃくさんの理屈では、ANAは努力が全然足りていないのではないでしょうか?

>東電は如何に?
こういう状態なのだから、コストは限界まで切り詰めるべきだと思います。但し、それは原発停止に伴うコスト増のためではなく、
原発事故によって生じた損害を賠償するために使うべきなのではないかと。つまり、コスト増分についてはそのまま料金に反映させ、
コスト削減分は賠償金に、ということですね。

最後に、元々は東電の問題というより、「脱原発などのようなコスト増要因を求めているにも関わらず、コスト転嫁を否定する
矛盾した姿勢」についてという論点だったと思います。

だからこそ「その理屈は、東電以外の「北海道から九州まで」の電力会社についても言えるのでしょうか?果たして1000億(関西電力)
2000億(九州電力)の赤字を生じさせるような経営責任、あるいは株主責任とは、一体何でしょうか?」という前の質問につながっているのです。
ですので、この問いについても、お考えを示していただければと思います。
ちなみに私は、脱原発を主張する限りそのコスト増は受忍せざるを得ない、民主党のような「埋蔵金があるから消費税は上げなくても
大丈夫」的主張には嘘が隠されている、と思っています。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 7日 (火) 21時27分

とーる2号さん、お互いの「相違点」を議論する事にしましょう。「そうでない部分」には返答に困りますから。

1:コストに見合う負担をすべきである・・との点では相違がありません。それどころか「1000兆円の借金は受益と負担の乖離によって起こっているから是正すべきだ」と最初から私は主張しております。
従って(前回書き込みの終盤で貴方が指摘していますが)この部分で貴方と議論しているとの認識はありません。ご確認ください。

・・というより寧ろこちらから質したいと思います。コストと負担は見合うべきだ。受益と負担は見合うべきだ。そうならば「能力が低く、仕事をしない公務員は給料を下げるか解雇すべきである」・・この言い分に勿論賛同戴けますね?

2:自由競争市場と独占市場では製品価格に「差が無い」との点に「反対」いました。しかし今回「自由競争の方がコストを下げるインセンティブが大きい」ととーる2号さんは書いているので、すでに「争点」ではありません。

3:私は独占或いは寡占市場では「経営努力」が足りないと主張し、JALを例に挙げました。そしてこれが東電への批判の正体だと主張しました。
これに対して(とーる2号さんから)多くの書き込み(反論?)がありますが、言いたい事がよくわかりません。

「JALが利益をあげたのは素晴らしい」と書いていますが「素晴らしくない」と私は思っていません。
ANAにも言及していますが、私は「ANAは努力しているがJALは努力していない」と書いた訳もありません。

「東電やJALやANAは今まで十二分に経営努力をしてきた」と考える時だけ、反論をお願いします。

最後の質問の「東電以外の電力会社の赤字」についてですが「コストが上昇したからです」。(実はこれを質問と認識していなかった)
何故なら「コストが上がっていない筈だ」とか「それを国民が負担すべきではない」とも私は主張していないからです。

しかし、赤字は電力会社の責任なのです。
たこ焼き屋が廃業した責任がたこ焼き屋(本人に)にあるように。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 8日 (水) 09時20分

とーる2号は天下り官僚擁護、東電擁護、自民党擁護と、およそ一般庶民の道徳とは真逆の思想だから対話不可能だ。

1000兆円が国民のために使われたというなら、そのうち毎年12兆円を2万人の天下り官僚にばら撒いていた、この12兆円×年数分を天下り官僚個人が返済するべきだ。主権者が株主に相当するなら、株主は役員や不正を働いた従業員に賠償責任を問うことができる。

投稿: 革命烈士 | 2012年8月 8日 (水) 12時53分

あまのじゃくさん

>「能力が低く、仕事をしない公務員は給料を下げるか解雇すべきである」・・この言い分に勿論賛同戴けますね?

そうですね。仕事をしないような公務員は、処分の対象とすべきだと思います。
能力が低い、というのは評価が難しいので恐らく各論では相違点が出てくると思いますが、私は恣意的な処分や
給料の引き下げでないなら、もちろんそうすべきだと思います。
理想としては、働いている人間のモチベーションを下げないこと、つまり目に見えやすい成果ではなく、それぞれの
持ち場で能力をきちんと発揮している人を公正に評価し、更にやる気の無い人や能力の足りていない人を平等に
扱わないことが大事だと思います。


>2:自由競争市場と独占市場では製品価格に「差が無い」との点に「反対」いました。
 しかし今回「自由競争の方がコストを下げるインセンティブが大きい」ととーる2号さんは書いているので、すでに「争点」ではありません。

・「市場によって自由競争の向き不向きがあるだけで、独占だから、規制に守られているから悪ではない」
・「インセンティブの有無と結果的にどちらがコスト削減されているかは必ずしも一致しない」という前提が共有できるなら異論ありません。


>3:私は独占或いは寡占市場では「経営努力」が足りないと主張し、JALを例に挙げました。そしてこれが東電への批判の正体だと主張しました。

 それらの市場で経営努力へのインセンティブが働きにくくなる分は、あらかじめコスト削減目標を設定し、強制的に織り込ませることが一つの
 解ではないかと考えています。それがヤードスティック査定などをはじめとする規制料金の査定だと思っています。
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/word/page/10011821/ (ヤードスティック査定の解説)


>「東電やJALやANAは今まで十二分に経営努力をしてきた」と考える時だけ、反論をお願いします。

「何を持って十二分な経営努力」とされているのかわからないので、「十二分な経営努力」の定義づけをお願いします。
JALにせよANAにせよ競合相手がいるわけで、お互い一生懸命競争してきたと思います。
ですが、経営努力というのは、一時のものではなく、常に続けていくものですから、コストダウンでも、同様に日々振り返って、
新たに行うものも出てくるでしょう。そういう「新たなコストダウン」を「今まで怠ってきたもの」と定義づけるのであれば、
すべての民間企業が「十二分な経営努力」は行っていないと考えます。


>最後の質問の「東電以外の電力会社の赤字」についてですが「コストが上昇したからです」。(実はこれを質問と認識していなかった)
>しかし、赤字は電力会社の責任なのです。

そのコストアップ分を電力会社が価格転嫁することについて、異論がなければ特にこれ以上の問題提起はありません。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 8日 (水) 21時25分

革命烈士さん

そういうコメントは、民主系労組の品位が落ちると思います。
もし仮に民主系労組の皆さんがあなたのような思想なり発言なりをされる方々でしたら、
私はそれに比べればはるかにマシだと思います。
OTSUさんのここでの紳士的態度を見る限り、そうは思えませんが、どっちがスタンダードなのでしょうね。


ちなみに、私にいろいろレッテルを貼って下さいましたが、
私の意見が
・天下り官僚擁護
・東電擁護
・自民党擁護
であるとされる根拠を、それぞれについて述べて下さい。

それから、一般庶民の道徳というものは、「支離滅裂な理屈で固められた幻想」ではないと
考えていますので、決して道徳から外れるようなことは無いと確信しています。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 8日 (水) 21時43分

それから、経営責任どんどん取らせればいいじゃないですか。従業員の不祥事なら、その従業員にも賠償させればいい。
でも、悲しいことに、経営陣はすべて株主が選挙で選んでるんですよね。

だからこそ、株主は見る目をもっと育てないといけない。
詭弁を弄するような、ただ害をなすだけの人間を役員に選んじゃいけないと思うんです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 8日 (水) 21時50分

とーる2号さん

>>東電が十二分な経営努力をしていると考えるなら反論してください。

>民間企業も十二分な経営努力をしていない。

大変厳しい事を申し上げますが、何故論点を変えるのですか?
民間企業が経営努力をしようがしまいが、どうでも良い事です。何故なら彼らは「市場原理」という厳しい掟に曝されているから、努力を怠れば淘汰されるのですから。

反論すべき時は「自由競争下では無く、独占且つ規制下にある東電経営が十二分の経営努力をしている」と考える時です。もう同じ事は言わないので宜しく。

>十二分の経営努力の定義は?

民間では「俺にやらせろ!」との不特定多数の挑戦者を退けるだけの努力。要は「存続する為の」努力だ。私の判断(定義)は「官業」もそれに準ずる。そして「公務員」もだ。

しかし法律的には「独占且つ規制下の企業」、或いは「公務員」に対しては「規制或いは法律を遵守」する事が十二分な努力になるのだが、一般人は「その程度」を十二分と考えている人はいない。だからJALを例に出したのだ。

最後に最も大事な事を言い添える。大事なのは「定義」ではなく「あなたの判断」です。
国会議員を選ぶのに、AさんにするかBさんにするか、「良い国会議員の定義」なんてものを私に聞いたりしないでしょ?

投稿: あまのじゃく | 2012年8月 9日 (木) 09時09分

あまのじゃくさん
>>民間企業も十二分な経営努力をしていない。
>大変厳しい事を申し上げますが、何故論点を変えるのですか?

違うんです。全く逆の読み方をしています。
「十二分な経営努力」=「「新たなコストダウン」を「今まで怠ってきたもの」と定義づけるのであれば」
ですよ。

経営努力は常にするものだから、新たなコストダウンが発生するのは当たり前。
その新たなコストダウンが発生したからと言って、それまでに十二分な経営努力していないとは言わない、
というのが本来の主張です。わかりづらかったなら申し訳なかったです。

それで、十二分の経営努力の定義が「存続の努力」とのことで、規制分野の企業に対しては
>「規制或いは法律を遵守」する事が十二分な努力になると考えている人はいない
というお考えは理解しました。確かに競合他社が少なければ、会社存続はしやすいでしょうね。

じゃあ、規制分野の企業は何をもって十二分な努力とするかってことが問題になりますね。
でなければ、規制分野の企業はどんな努力をしたとしても、足りないとしか扱えませんもの。

前回お答えいただけなかった質問ですが、
「JALに純利益でかなり差を付けられたANAは十二分な経営努力はしている?いない?」というものがありました。
あまのじゃくさんの考えでは、「存続していたくらいでは経営努力が足りているとは言えない」ということになりそうですが、
今のJALは十二分な経営努力をしてるということでいいですか?
あるいは、「『東電やJALやANAは今まで十二分に経営努力をしてきた』と考える時だけ、反論をお願いします」という話もされていますが、
この3者は十二分な経営努力はしていないとお考えですか?
そうすると、これらの企業にとって十二分な努力というのは、あまのじゃくさんのお考えでは、何が指標になるのでしょうか。

ちなみにこれは、「議論」をするための前提をすりあわせて、違う点を理解しないと、主張がかみ合わないからです。
1+1=10という二進法の人と、1+1=2という10進法の人では、同じ計算をしてても、答えが違ってきますからね。

一応私の考えで言えば、JALもANAも東電ですら、経営努力をしていると思います。規則や法律を守ることが経営努力とは思いません。
あくまでコストダウンなり、収益を伸ばすなり、そういうのが経営努力だと思います。それで、その中ではJALが一番努力していることは間違いないでしょう。
ANAと東電だと、現時点で言えば東電のコストダウン努力を相対的に評価します。但し、何が十分であるいは十二分とするか、については、正直「わからない」のですよ。
そもそも十分十二分って一体何なんだ、十分なら、十二分なら、それ以上努力の余地は無いのか、と考えると、そんな経営努力がこれ以上余地の無い
企業って本当にあるのか、と思いますし、努力の余地のある企業を、十分な、十二分な努力って言っちゃうの?という気もするんです。

なお公務員についてはよくわかりません。経営って概念はあまりなじまないかもしれませんが、それで国債や地方債などの借金は、
あくまで投資であることを前提に、現時点の投資が、投資効果により期間の利益を生むことをきちんと考えてから発行する程度の意識は必要だと思います。
それから費用対効果、自治体なら住民満足度、という物差しをきちんと持っていることが大事だと思います。
まあ、それが出来ていれば、十分な経営努力(?)と評価していいと思います。

投稿: とーる2号 | 2012年8月 9日 (木) 20時23分

とーる2号さん

経営努力が十二分かは「わからない」との事ですから、もう宜しいでしょう。「わかったら」うかがいましょう。

又私への質問が散見されますが、今までの書き込みで全て説明しておりますからご参照ください。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月10日 (金) 08時39分

いや、全然答えてもらってないので、ご説明下さい。

規制市場の企業の十二分な経営努力は、市場競争同様、市場に生き残っていればいいんですね?
あるいは、「規制や法を守っていれば」十二分な経営努力としていいんですね?
それ以外には示されてませんので、この2つのどちらかでOKなんでね?

ということは、あまのじゃくさんとしては、JALもANAも東電も、
十二分な経営努力を今も以前もしているとおっしゃるんですね?

ましてや1600億円も搾取していたなんてなんの根拠も無いと言うことになりますが、
それでいいですね?

もし、それ以外の部分が何かあるのでしたら、何月何日の何時何分の発言か、投稿欄の記録と内容を引用して
お示し下さい。

投稿: とーる2号 | 2012年8月10日 (金) 12時42分

とーる2号さん

8/7:9:22
>電力会社の経営陣を含む「全社員」に対して「俺ならもっと安定的に、もっと安全に、もっと安い電気料金で経営して見せるから、お前たち会社を去れ!」・・この提案に対して胸を張って答えられるのか?

8/8:9:20
>私は独占或いは寡占市場では「経営努力」が足りないと主張し、JALを例に挙げました。

公務員や独占企業は「存在を脅かす者がいない」ので、8/9:9:09に「官業もそれに準ずる」という表現にしたのです。
ANAは寡占市場企業ですから説明は終わっている筈です。

公務員も東電も「君たちでは全然ダメだ。俺なら君よりうまくやれる」という挑戦者に対して「胸を張って答えられるか」を問われているのですよ。

JALだけが実際に存在を脅かされた。巨大な赤字で上場廃止、民事再生。ここで失敗したら本当に存在が消える。この時初めて「我に返って」普通の経営努力をした。
倒産寸前の企業が大した環境の変化が無いのに「たった2年」で2000億円の「利益」?。今まで何してたの?って皆思っているんですよ。

あなたも質問ばかりでなく、架空の挑戦者に勝てると自信を持って答えられるのか「虚心坦懐」に見詰めたら如何でしょうか?
そして「わかったら」あらためてお聞きしましょう。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月10日 (金) 14時57分

あまのじゃくさん
独占或いは寡占市場では「経営努力」が足りないと言い切るのは早計だと思います。
規制分野でも、強制的に経営努力を生まされている例を示しましたよね。
(私は原理的に「コスト削減」「利益増加」へのインセンティブは高まりやすいとは
 思っていますが、競争環境が整っていなければ結果につながらないとか、深夜バス
 事故のように規模の小さな企業の場合には、質の悪さを生むことがあることも十分
 理解しています。)

それと
>「俺ならもっと安定的に、もっと安全に、もっと安い電気料金で経営して見せるから、お前たち会社を去れ!」
が十二分な経営努力なら、具体的に手を上げる企業が出て来るまでは、十二分な経営努力をしてるってことですね。

言うだけなら誰でも出来るんですから、当然そういうのは除外します。
そういう主張をしている人たちのほとんどすべてが自分たちなら出来る、って言わないんですもの。
一番声がでかいからと言って、何にもやらない奴の話なんて聞く必要もないと思います。
そんなの当事者が「俺らが一番に出来る、出来るというなら根拠を示せ!やってみろ!」で済んじゃいますもの。

あとは、外からいくら言っても、実際にやってみたら全然違ったって実例への対策ですね。
埋蔵金があるある言っていたのに、全然出て来なかった例をまさに今体験してるじゃないですか。
ただ、そういう「任せてみたらもっとひどかった」ということへの対策がしっかりできるなら、
規制市場のプレーヤーに交代してもらうことは、案外ありなんじゃないかと思いますね。


>倒産寸前の企業が大した環境の変化が無いのに「たった2年」で2000億円の「利益」?。今まで何してたの?
>って皆思っているんですよ
今が一般の企業と同じ努力、というなら、普通の企業は絶対にやらない「退職者の年金引き下げ」。
これ、普通の企業はやってますか。やってなければ、普通の企業以上の努力です。
それから、国内路線の3割減。これも当然赤字路線だけを撤退してる訳ですが、「政治的圧力が大きすぎて
出来なかった」ことです(実際、ANAはこの4年間ほとんど路線数の変更はありません)。
さらに、総額4000億円(9年間合計)とも言われる税額免除。この3つは、破綻したからこそ出来た環境の変化です。

===========================余談============================================
JALの破綻の原因は高コスト体質と言われることも多いですが、空港さえ作れば、そして圧力さえ
かければ路線は開設できる、「不採算路線撤退の自由が存在しない」というきわめて政治的な圧力、
こういうとんでもない航空行政(政治?)がまかり通っていなければ、善し悪しは別にJALが破綻
することは無かったと思います。

こういう政治的圧力というのは本来自由競争とはかけ離れた行為で、日本を駄目にしていると思います。
今自民党がJALに地方路線を再度増やさせようとしていますが、こういう政治の口出し自体大きな
問題だと思います。
===========================================================================

さて、ずいぶん長くなりましたね。そろそろまとめましょう。
あまのじゃくさんは、私に「十二分な経営努力をしているというならそう主張しなさい」
というご意見ですが、
私は「十二分な経営努力を客観的に示すことは無理だ」という考えです。
つまり、これが出来ない以上、十二分な経営努力をしているともしていない、
とも言えない、と思っているのです。

だからこそ、どうやったら「十二分な経営努力をしていない」と言えるんだ?という
疑問を持つのです。
あまのじゃくさんがそういうお立場のようなので、ずっと質問をしているのです。
これは理解されますか?私からすれば、答えなければいけないのは私ではなく、
あまのじゃくさん、あなた自身なのです。

でも、だいぶ「努力」の根拠が曖昧に過ぎるなあ、とは感じるものの、
ご主張は概ね理解できました。
大きなくくりでは自由競争の方が好ましい、というという点では一致していますし、
いくつかあまのじゃくさんのご主張にも納得する部分もあり、いつもに比べれば
だいぶ意見の差は小さいのかな、とは思いました。
価値観の差によるところは、しょうがないですね。

途中では、いつもと同じくあまのじゃくさんの意見を理解するのにかなり苦労しましたが、それでも、今回は論点が概ねきちんと整理出来たと思うので、良かったと思います。

投稿: とーる2号 | 2012年8月10日 (金) 21時40分

otsuさん
すでに次のコメントがあるのに、長々やっちゃってすみませんでした。
たぶんそろそろ終わると思いますのでご容赦下さい。

投稿: とーる2号 | 2012年8月10日 (金) 21時42分

とーる2号さんの一般人離れした総体的理論構築には、マクロ的な価格決定についていろいろとヒントをいただきました。
公共料金のガバナンスは社会保障など政策課題にも通じるものでしょうが、電力自由化と相まって一般人が広くこのような考えに触れられるよう、マスコミ等を通じて議論が公然と深まっていくことを期待します。

あまのじゃくさんの論ずる経営努力の根拠が曖昧とのご指摘ですが、単なる価格比較ではないので会計的なセンスや知識が必要になろうかと思います。それはリスク評価にも通じる深いものかもしれません。
通常のマーケットの判断は価格選好であり、機会損失の査定についてはステークホルダーの関心ごとであり、査定にもコストがかかる部分でもあります。
有権者を含めたガバナンスが、そこまで深い洞察力を持っていたのなら、財界や政府の失敗をさせなかったのかもしれません。

素人感覚で釈然としないのは、JALの再建過程において競争力のあったANAの方が不利になるようなことがあるのなら、モラルハザードや資本の効率的な配分などで、健全な成長が行われていないのではないか、という疑念を持つからだと思います。

電力事業者についても自然独占の前提が技術革新で崩れ始めており、電力価格の低下とは別に、原発に代わる発電方法を促進するためにもインセンティブの働く新電力を促進するよう、通信分野に前例のある規制緩和が望ましいでしょう。
それは、ドラスティックに主役が変わることではなく、技術革新などにより公平性や安定性を確保しつつ重心を変えることが、制度の方向性となっているようです。
四日市瞬時電圧低下事故は、このような大きな流れを変えるものではなく、個別のものとして対応すべきことと考えます。
原発の廃炉と廃棄物の処理については、国策の責任として最終的には国が責任を持つことになりますが、廃棄物に関しては技術革新が待てるのではないでしょうか。

投稿: ギャラリー | 2012年8月11日 (土) 08時27分

JALの赤字は悪徳政治家が原因だったの?では経営者は何をする人達なの?経営するには様々な障害は起こるが、その障害に責任を負わせるのですか?

「自分」がどの程度の努力をしているのかを「自分」で評価出来ないのですか?

「十二分の努力とはどの程度のものですか?」と他人に聞くのですか?

自分の努力の程度をなぜ主張する必要があるのですか?

とーる2号さんの書き込みを見ていると見事に「主体」が抜けている。私の考えが伝わったとは到底思えない。

理屈を並べる前に「自分」を見つめて自問自答されたら如何でしょうか?そして「自分」が分かったら改めて伺いましょう。
最後に「自分は分かりません」とのお答えはご免こうむりたいので宜しく。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月11日 (土) 10時54分

ギャラリーさん、こんにちは。

ご理解いただいているようでありがたいです。
価値判断はそれぞれですので、お互いの主張が合理的(矛盾がなく道理に乗っ取っている)であれば
あとは見ている人の判断だと思います。

JALの件については、「公的支援を受けている方が経営面で有利なのはおかしい、モラルハザードだ」
という批判は、JALだけが特別な扱いを受けているとか、経営努力がANAと同じなら正しいと思います。

JALの利益の特徴は3点あって、それは1.抜本的な人員整理や賃金カット、退職者の年金支払いの
カットなど人件費削減によるもの、2.不採算路線の縮小によるもの、3.繰延資産税制の恩恵だと
思います(機体共通化による整備コスト削減などは、ANAにも可能なので省きます)。
これだけ見れば、ANAからすれば確かに不公正な競争と主張することも納得できます。

とはいえ、同じ立場であれば、ANAもそうしたのではないでしょうか。

例えば時が流れてJALが再上場しその経営努力によってANAを追い詰め、ANAが経営破綻の
危機に貧したとき、ANAは1.2.3.の努力は放棄するのでしょうか?

もちろん、不公正だから破綻危機にあっても賃金カットも年金カットも認めない、税制の優遇措置も
廃止すべき、というなら別ですが、そうでないならば、ANAの批判はどうなんだろう・・とも思います。

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 11時32分

あまのじゃくさん

JALの赤字は悪徳政治家が原因だったの?では経営者は何をする人達なの?経営するには様々な障害は起こるが、その障害に責任を負わせるのですか
1.要因のひとつ2.経営3.ケースバイケース。障害にその責めを問える場合、損害賠償などを行ったり、障害を排除するのは当然。

・「見事に主体が抜けている」と言われても、そもそも主体ではないので当然。
・批判の根拠を問うこと=擁護=内部の人間という理屈は成り立ちません。
 東電擁護をしていた訳ではなく、論理の整合性に破綻を来しているにも関わらず、
 それを堂々と述べるたぐいの人間に対する批判をしていただけ。

 あと一方の理屈のみであったり、根拠無く断定的に人や企業を批判するなどは、私には耐えがたいことです。
 

・ある主張をされる人間に、意見が同一でない人間がその主張の根拠を訪ねるのは当然です。
 「1+1=10」とする人間に「1+1=2」と考える人間がその計算方法を尋ねるのと同じです。
  答えが違う理由が2進法なら、2進法あるいは10進法を前提に進め、そうでないなら計算が誤っていると
  指摘するためです。
 故に十二分の努力をしていないとの主張と見られるあなたに「十二分な努力の基準」「していないとする根拠」を
 尋ねたのですよ。

・理屈を並べる前に「自分」を見つめて自問自答されたら如何でしょうか?
 私はここで議論のやりとりをしているだけですので、これはそのままお返しします。
 私自身関係者ではありませんから、そんなことを言われてもどうにもなりません。

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 12時07分

面白い理屈だ。パナソニックが赤字になったのは「競合他社」が理由なのかね?
ANAとパナソニックの区別は付いているのかね?
大凡赤字で倒産した企業は山ほどあるが、彼らにどう説明するのかね?企業はJALとANAだけかね?

十二分の定義は?と問われたので「私の定義」を答えた。「挑戦者に対して胸を張れるのか」・・と。同時に「根拠」も答えた。但しこれはあくまで「私個人の定義」と「私の判断」なんだよ。
所が定義が曖昧だ云々と言いながら「あまのじゃくはまだ答えていない」と言い張っている。根拠を散々書いたが聞かないふりをしているとしか思えない。

巨額な赤字で倒産寸前で、経営環境が大差ないのに「2年」で2000億円の黒字。これで今まで「十二分」と言い張っているんだから恐れ入る。おっと「十二分」と言い張ってはいないよね。「十二分」が分からないんだから。

元々「十二分」とは「主体」と「客体」との関係で決めるべきものだ。

つまり「やっている本人」が「十二分」と考え、「お客」(或いは上司など)が「その通り」との関係で表れる。

だから私はとーる2号さんに問うたのだ「あなたは自分ではどう思うか?」と。つまりあなたの「主体」は?・・と。

答えは「分からない」。

相手の考えには注文を付けるが、自分は意見を持たない。まるで「コストに見合う負担を拒む者」と瓜二つだ。
十二分の努力とは何か?自分の定義が見つかるまで議論をしても意味が無いと言っているんだよ。

公務員は「自分が十二分に努力しているか」を自問自答すべきだが、「あなた」は「関係者」じゃないのかね?

最後になっていい加減な事を言ってると、恥をかくだけだよ。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月11日 (土) 13時22分

>だいぶ「努力」の根拠が曖昧に過ぎるなあ、とは感じるものの、
>ご主張は概ね理解できました。
のどこが「まだ答えてないと主張」なんですか。
理解したからこそ、後は価値観の差ですね、と言ってるのですが、
それとも私があまのじゃく氏の価値観と同一でなければならないですか?

私の考えも答えました。すでに述べたので、今までの文章を読んでくれ、
と言ってもいいのですが、一度答えてもらっているので、再度整理して述べます。

・そもそも規制市場は「市場競争がうまくいかない分野」
・規制市場では市場競争がうまく働かない以上、市場競争者の「市場確保をもって経営努力」
 とするならば、十分、十二分とはすることは確かに言えない。
・しかしその代わりの物差しは「競争者が交代を要求する」は物差しとして不十分。
 なぜなら「やっている本人」が「十二分」と考えるのは主観であり、検証が困難。
 一方客には選択の余地がない故に非選択による「不十分」の判定は出来ない。
 かつ客は「コストは少なければ少ないほど良い」と考えるものであり、満足も原理上ありえない。
 (あえて言うならば、「合理的な価格でサービスを提供出来ているか」が十二分な経営努力の推定になるかと)
===============================================================================
 市場競争の場合も、客は不満を持つが限界価格以上は競争者が現れないため、選択の余地がなくなるだけ。
 仮にエコカー補助金などのように、限界価格以上に価格を下げれば、当然それを選択するもの。
 納税とサービスの関係も同じであり、対価を少なく、サービスを多く提供する為政者が現れれば、
 それを選択するのが市場原理であるため、現在のような状況が生まれている。
================================================================================
 但し規制市場占有者の代替可能性(あまのじゃく氏の言う、「俺らがやるから出て行け」的競争者の存在)
 については、政策的要素によって工夫の余地はあるかもしれないし、それが出来なくても規制分野における
 経営努力については、料金認可の仕組みなどで補っていく部分を更に強化することは可能かもしれない。
 

「関係者」じゃないですよ。自衛官の家庭に生まれてます(兄も自衛官)し、大学で法律系サークルに
所属していたのでその同期に国家・地方公務員、弁護士、司法書士は複数います。
でも、自分自身がそうではないから、「自省を必要とするような関係者」とは思いません。

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 14時50分

ところで、パナソニック云々の話がなんで出てきたのか、全然わからないんですが、
何が言いたかったんですか?

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 14時53分

チラシの裏にでも書いておくべきことですが、ちょっと独り言。

「税金泥棒」って言われる気持ち、わからないでしょう。
阪神大震災の時に自衛隊が活躍したことで、それ以降の評価はかなり良いと思いますが、
それ以前は、「ただ飯ぐらいの税金泥棒」的評価が一般的だったと思います。

子どもの喧嘩で、相手が「憲法違反~」「戦争ハンターイ」「この税金泥棒、俺が払った税金返せ」って言うの。
ああ、俺は絶対公務員なんかなるものか、こんな理不尽な扱い絶対嫌だってそのとき心に誓ったんです。
兄貴は、親父の後を継ぐ、って自衛隊に行っちゃいましたけど。阪神大震災の時は半年間の野営、今回の震災は
所属との関係で1ヶ月ちょっとでしたが、テント暮らししてたみたいです。

まあ、どうでもいいことです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 15時05分

とーる2号さん

(とーる氏が)「まだ答えてない」と主張してる・・は誤解でした、申し訳ない。

あなたの「十二分の努力」に対する考えは、総じて「その定義では不十分だ・・」が論旨ではありませんか?

私は「白だ」と言っているのに対して「白では良くない」「黒とも言えない」「黄色とも思えない」・・では議論にならないし、良い結果も生まない(と思います)。

だから暫く(主体的に)答えが見つかるまでお預けにしましょうと再三再四申し上げてたのです。それが伝わらずに随分長くなりました。

関係者・・についても又誤解して伝わっていますね。

自分の仕事ぶりについては、「主体的に」自分の評価をすべきであると思います。
とーる氏の「仕事」に関しても、先ず自分が「主体的」に評価をすべきでしょう。その為には「十二分の努力」に自分なりの定義を設定しないと「自分の答え」は見つかりません。

自分の仕事に関して、自問自答して「十二分の努力」の定義を探したら如何でしょうか?議論はその先にしましょう・・と申し上げた。
「あなたの仕事」に対しては「関係者」で無い筈はありませんよね・・が私の言い分。公務員だと思っていましたが、そうでなくても「自分の仕事ぶり」の評価は「主体的」に行うべきと考えますから。

気が短い故に、詰問調になって申し訳ない。意見が違うから議論を打ち切ったのではなく、考え方をはっきりさせた後に話しましょうと提案したのです。

最後に規制市場の代替可能性の政策変更には大賛成です。小泉が「民で出来る事は民で」に賛成ですから。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月11日 (土) 15時32分

とーる2号氏からパナソニックの質問。私のは時々「起承転結」で「起」→「結」に飛ぶときがある。注意していながら知らず知らず・・。

あなたの話を基に「JALの経営者」の気分になって独り言を書きます。この独り言を「ANAの経営者」と「パナソニックの経営者」と「廃業したたこ焼き屋のおやじ」が納得して聞ける事が重要です。
その検証をしてみましょう。とーる氏の言い分を私が勘違いしているならばご勘弁を。尚、独り言はデフォルメしております。

『なんだ今まで寡占市場だったから、給料も高め、年金も潤沢、有給も贅沢に、ボーナスも何不自由なく戴いていた。まあ悪徳政治家の言い分さえ聞いていれば自由を謳歌出来た。しかし調子に乗った為に累積赤字が2兆円を超えて、民事再生を言い渡された。再上場できなければ倒産は間違いないし株主訴訟もあるだろう。しかしどうだい!!今は年金も給与も人員も減らして今や利益が2000億円、俺って偉いだろ!!』

ANAの経営者はいざ知らず、廃業したたこ焼き屋のおやじは「怒髪天を衝く」事必定だろう。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月11日 (土) 15時58分

あまのじゃくさん

>「十二分の努力」に対する考えは、総じて「その定義では不十分だ・・」が論旨ではありませんか?
2012年8月10日 (金) 21時40分に書いたコメントは、そういうことです。
白かどうかについては、「明かりが暗すぎてわからない、部屋を明るくするしかない」
(当事者から意見を聞くなりデータが元に説明してもらうしかない)が一番近いかと思います。

いずれにしても、議論の場と考えているここの場で、価値判断の部分に踏み込むつもりはあまり無く、
概ね論点が整理出来れば終了と思っています。

今回のあまのじゃく氏の主張は概ね理解できたし、自分の主張も添えたし、これで終わりかな、
と思っていたところ、思わぬ反論?を受け驚いた次第でした。

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 16時06分

経営努力の評価について、価値と時間の重き如何によってはハゲタカも役割があり様々だと思いました。
逆に利潤(営利団体以外は目的でしょうか)をあげられない者は、いくら努力しようが、それはもう経営ではないし努力を測ることに意味があるのでしょうか?
電力に関してはWikipediaが正しいのなら、その理論を踏まえて議論を見守りたいと思います。
(引用)
理論的背景

電力産業には規模の経済があると考えられてきたため、多くの国で電力会社に地域独占を認め、その代わり料金を規制してきた。ところが、2つの環境変化が地域独占の必要性をなくした。
発電に関しての規模の経済が重要でなくなった。現在では個々の発電所の発電能力に比べて需要規模が十分大きいため、発電に関しては規模の経済がなくなっている。その一つの原因は、ガスタービン発電などによって小規模でも安く発電ができる技術進歩が起きたことであり、もう一つの原因は、多くの国で単に電力需要が増加し続けたため、個々の発電所の生産規模に比べて電力市場が大きくなったことによる。このため多くの発電事業者が競争的に電力供給に参加できることになった。
情報通信技術の発達により分散的な発電が可能になった。発電に関する競争が導入されると、多くの需要家と供給家による需要供給を瞬時に調整する必要がある。このため、以前は、電力会社内の閉じた世界で発電をしなければ能率的に給電指令を行えなかった。しかし、情報通信技術の発達によって、分散的な市場参加者間の需給調整が可能になった。(スマートグリッドも参照)
このような環境変化によって、発電に関する競争が導入できるようになった。これが電力の自由化である。なお送電配網に関しては規模の経済があるため、発電事業の自由化後にも、送電網提供サービスは独占のまま残し、送電配料金は従来通り規制することになる。[1]
自由化は、2つのルートで電気料金を引き下げる。
従来の総括原価主義の規制下のように、無駄なコストまで料金に上乗せすることができなくなる。反面、コストを引き下げた企業はその分利潤を増大することができる。このため、競争によって発電コストが下がる。
電力料金が需給のバランスで決まるようになると、夏のピーク時間帯の電力料金は高くなる。夏が蒸し暑い日本では、夏の冷房電力需要量が大きく、このピーク時間帯の需要に備えて過大な送電や発電の設備が作られてきた。ピーク時の高い電力料金によって、この時間帯の需要量が抑えられると、これまでのような過大な施設は不用になり、ピーク時以外の時間帯の電力料金は大幅に引き下げられる。(引用終わり)

また無茶な行政指導に対する異議申し立ても理屈としては有りかなと思いました。(政権与党に楯突くことになるのでしょうが)

JALに関しては、組合の強さから様々なリストラという経営努力を成し得ることは期待されていなかったようです。再生の環境を整えるために支援が過剰では?との疑義がANAから申し立てられていたと思います。

JALがなくなればメジャーはANAしかなく、寡占を阻止するためには再生させるべきだったでしょうが、JALについては、リストラ効果、財産評定、繰延損失による法人税の減免(年間500億円)などの利益を膨らませている状態が剥離した後で真価が問われるのでしょう。
配当を出すよりも損失を繰延させずに繰上償還させるのが税収面でも公平かと思います。
今となってはJALの支援策の変更もできないのでしょうが、今のスキームの完了が間近になるまでは、優れた企業文化を持っていたANAが業界の牽引役になるための投資が萎縮し、これがどういう影響を産業界の空気に及ぼすか関心のあるところです。

自衛隊に関しては、阪神淡路大震災以前は、そのような空気でしたね。
その原因がGHQか、戦争に懲りた国民全般か、歴史的に反国家権力的だった労働組合の影響か、割合はともかくそれらが相乗的に主権の前提となる安全保障の概念から国民を遠ざけたのでしょう。

投稿: L | 2012年8月11日 (土) 16時12分

私の言い分は、
たこやき屋が、「じゃあ俺にやらせて見ろ!」といったところで、「おまえがやったら飛行機落ちるだろ」。
やれる能力がない相手の言い分はあまり聞く必要は無いと思うのです。

それは例えば心臓外科医が高給を取っていたとしても、素人の「俺がやる」に任せられないのと同じってことです。

但し、例えば海外の航空会社が「俺がやる!」には、チャンスを与えてもいいだろうと思っている。
それは、「きちんと成果を出す能力をもっている」と考えるから。それこそが聞く価値のある
「俺らにやらせろ!」じゃないかな、と思います。

だから、LCCの新規参入は、今のチャンスできちんと実績を上げられるならば、どんどん路線拡大を認めてもいい。
そういう感じです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 16時14分

Lさん

>自衛隊に関しては、阪神淡路大震災以前は、そのような空気でしたね。

こういう「一般人」の価値観によって親や自分を否定されてきた経験があるから、
「一般人の感覚は…庶民感覚では…」って言葉を聞くと、
もっと論理的で説得力のある言葉を使えないから、使っちゃうんだろうなって。
条件反射で鼻で笑ってしまう、少し(?)ひねくれた大人になってしまいました。


投稿: とーる2号 | 2012年8月11日 (土) 17時16分

ははは、中々言いたい事は伝わらないものです。

たこ焼き屋の怒りは「なぜ俺に飛行機を飛ばさせないんだ!」ではなく、「経営環境と取り扱いが違いすぎる!」です。

航空会社とたこ焼き屋に収入を始めとする「違い」はあるのでしょうが、high-risk-high-return、low-risk-low-returnなどの整合性が成り立っていないじゃないか!っていう怒り。

確か「雪印」は不祥事で廃業に追いやられませんでしたか?
恐らくパナソニックも同じ程度の巨額債務なら「倒産」でしょう。この業界は経営環境が厳しく、「それなりの努力」程度では再生が難しい上に政府の援助は期待出来ないでしょうから。

貴方の言い方を借りれば「不合理な差別」があるじゃないか!!。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月11日 (土) 17時58分

あまのじゃくさん
申し訳ないけど、言われることがよくわからない。
あなたの主張は、「俺にやらせろ!に対抗できること」じゃなかったのですか?
だから、「『飛行機を飛ばせない』たこ焼きやの批判は聞く必要がない」と思ってる。

そうじゃないなら、自由競争市場でも、たこ焼きやの批判を聞くべきでしょうね。

投稿: とーる2号 | 2012年8月12日 (日) 08時20分

流れが伝わっていなかったですね。

パナソニックの話は、ギャラリーさんの「航空業界の中でモラルハザードが起こっている」との指摘からです。
かいつまんで言うと「競争力のあったANAの方が、破綻しかけたJALより悪い条件に晒されている」というものです。

通常の市場は強い者に良い条件が与えられる・・というものです。

それに対してのあなたの答えは・・大変申し訳ないが・・論理が迷走している。
あなたは「ANAも失敗したら、良い条件を与えられるから問題ない」・・これはギャラリーさんへの反論になってどころか「モラルハザード」を推奨しているとさえ言える。

貴方の理屈が如く「失敗した方が良い条件を与えられるなら」、それ自体が「モラルハザード」だから。

私はこの話を更に「全ての業界・業種」に拡大したのです。

廃業したたこ焼き屋は失敗しましたが、その後良い条件を与えられましたか?与えられていません。なぜ良い条件を与えられなかったかというと、たこ焼き屋業界ではモラルハザードを起こしていないからです。
パナソニックも床屋も小売りも「失敗した者に、失敗しなかった者より良い条件を授ける事はありません」

このままではモラルを守った人達が「怒りますよ」・・と。

今回の東電の問題もこれを基本に考えると又違った結論に至るでしょうね。JALより東電の方がモラルハザードが酷いですから。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月12日 (日) 13時25分

迷走?してないですよ。そう思われるのは、何か誤解されているのだと思います。

昔明徳が星稜高校の松井を5打席連続敬遠したことがありましたね。
私は「ルールの範囲なのだから明徳には批判される謂れはない、
それを問題とするならば、ルール自体を変える必要がある」という立場です。
ルール内の行動がモラルハザードが起こすなら、起こらないようルールを変えればいい。

だいたい批判するとすれば制度であってJALではない筈です。

ですが繰越欠損金の制度は多くの国にあり、日本では繰越は9年間が上限とされている一方
ドイツ、イギリスでは期間の制限はないなど、損失を出した企業への措置としては、
決して日本独自などというものではありません。

因みに繰越欠損金がある場合、税制上はたこ焼き屋であっても、その赤字と
黒字を相殺しその分の法人税減免を受けることが出来ますので、この制度を
批判すると、かなり多くの敵を作ることになります。
だから、ANAが繰越欠損金制度自体を批判したことはないと思います。

しかも、JALが不当廉売をしかけているわけでも無く、JALの路線数縮小なども、
旅行客がANAを選択するきっかけに繋がるわけで、実害は何もないのです。
つまり、批判は、別の目的(高利益路線拡充の条件闘争に使うとか)と考えるべきもの。

ANAの批判を素直に受け取り過ぎだと思いますよ。

投稿: とーる2号 | 2012年8月12日 (日) 17時30分

あまのじゃくさん、こちらを参考になさってください。
とーる2号さんからもっと知識を引き出してください。

>湧き上がるJAL批判は的を射ているか?
http://diamond.jp/articles/print/22438

投稿: 野次野 | 2012年8月12日 (日) 18時03分

ははは、野次馬さんの参考資料を読ませていただきました。そして「ANA」の言い分を「初めて」聞きました。

確かにANAの言い分はアホらしいですな。私はANAの言い分などで発言している訳ではありません。第一今まで知りませんでしたから。
私の言い分は

1:なぜJALだけが税金で助けられたのか?
2:税金で助けられたのならば、相応の「制約」を課されるべきではないのか?つまりJALは税金で助けられた分、厳しい経営環境で運営しなければ不公平であり「モラルハザード」を起こすのではありませんか?
3:JALに税金を投入した分、何らかの「差」を付けて欲しいとANAが要求するのならば、それは道理に適っている。

なぜとーる2号さんが「繰越欠損金」の話をしたか、今分かりましたが、「JALは税金で助けられたが、ANAも税金で助けられるから良いではないか」自体が「モラルハザード」だと申し上げたのです。
そうであるならば「パナソニック」も「床屋も」「焼き鳥や」も税金で助けるべきでしょ?

かって銀行に資本注入を行いましたが、これも当然「モラルハザード」です。

但しギャラリー氏と私の言い分は違うかもしれないので、私の言い分に異論がなければ、ギャラリー氏と「ANA云々」の議論をしてください。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月12日 (日) 19時23分

野次野リンク先は私の思っていることを、私以上にわかりやすく書かれていますね。
是非読んでもらいたいです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月12日 (日) 19時28分

繰越欠損金という制度は、JALもANAもパナソニックも焼き鳥屋も全てに適用されます。
この点で平等です。

唯一異なるのは、「国の出資を受けた」という点です。
これも、バブル崩壊以降幾つもの例があります。

全て適用基準は「too big to fail」のような考慮を行った結果の出資であって、
破綻させるより国民にメリットがあると判断した結果でしょう。

JALよりの方が分かりやすいですね。東電を破綻処理すれば、どうなるかってことは。

投稿: とーる2号 | 2012年8月12日 (日) 19時42分

>JALが税金で救われた分、厳しい経営環境

意味がわからない。税金でも民間融資でも銭は銭に過ぎない。
借りた金は金で返せばいい。

投稿: とーる2号 | 2012年8月12日 (日) 19時53分

乱文お詫びします。
>JALよりの方が分かりやすいですね。東電を破綻処理すれば、どうなるかってことは。
JALより東電の方が分かりやすいですね。東電を破綻処理すれば、どうなるかってことです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月12日 (日) 20時27分

モラル(道徳)の話をしているのに「メリットでの判断の結果でしょう」・・で終わり?

終には「税金補填も民間融資も返せば同じ?」。

そろそろ終わりましょうか。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月12日 (日) 20時32分

そうです。
それは「モラルハザード原理主義(あるいは絶対主義)」として、すべての国の関与を否定するかどうかの問題です。
あまのじゃくさんは東電も破綻あるいは消滅させ、住民からの損害賠償は東電の資産の範囲で解消すればいいと
思われているのでしょうが、私は、それ以上の利益があるならば、政府出資なりの形での関与はやむを得ないと
考えています。チッソのように、公害訴訟の時点で賠償をさせれば即破綻のような企業であっても、住民への
賠償のために存在させるというのも、ひとつのやり方だと思います。
ですがそれは価値観の違いであり、論点は整理されたと思うので、これ以上申し上げることはありません。

もちろん、このようなケースでの税金補填であっても、それ以上の返済が出来るのであれば、国民負担も一切ないので
問題なしと考えます。あまのじゃくさんがなぜそう考えないのかについては、どのようにお考えなのか、またその理由の
ご説明も無いからわかりませんが、私もこれで終わらせることに異議はありません。

投稿: | 2012年8月12日 (日) 21時41分

本当に終わりたいのですが、「私の言い分と違う事」が書かれており、放置すると「あまのじゃくはそんな原理主義者だったのか」と思われると困るので・・。

1:>あまのじゃくは東電も破綻或いは消滅させ、東電の資産の範囲内で解決すべきと考えてるのでしょうが・・

私、そんな事言いました?私の書き込みを「よ~く」読んでください。

>税金で助けるなら、相応の制約を課すべきだ・・(私の書き込み)

税金で助ける事を前提に話しているじゃないですか。先ず税金で助けるのなら「公益性」が必要です。更に本来なら「倒産」して全員解雇の状態を「公金」で助けるのですから、「モラルハザード」を起こさない為の「ルール」が必要なんですよ。
例えば従業員の給与を例外なく「半額」にするとか、就航路線に制限を付けるとか、少なくとも(市場ルールから逸脱した)税金で恩恵を受けた分の制約が必要。そしてその条件を「飲んでもらう」のが税金補填の条件なのです。

2:税金とは「公益」にしか支出できません。逆に公益性さえあれば「返金」の必要もありません。
税金で道路を作りますが、かかった費用を返金せよ・・なんて話はないでしょ?道路が公益の為だけに利用されるからです。

返金されるのなら民間融資と同じ・・との発想は「公私混同」。

決して「価値観の違い」ではありませんよ。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月12日 (日) 22時30分

公金で救済するのはあくまで政府側にメリットがあるから。再生する必要があるから。

従業員の給料半額でも残るのは「サラリー半額」に見合った能力のある従業員。優秀な人間から出ていくし、
それを止めることは不可能。優秀な人間が出て行ってしまえば、二次破綻のリスクは格段に高まり、貴重な
税金が失われる危険性が高まる。従業員のコストダウンが必要なのは、経営に必要な人件費の見合ったレベルに
シェイプアップすることが必要なためであり、それはリスクとベネフィットと比較考慮すべきもの。
それによらない人件費ダウンは経営には害にしかならない。

路線に制限をするなど経営に制約をつけるのも同じ。

「モラルハザード絶対主義」は不適切だったので「モラルハザード回避優先主義」と言い直します。

でも私は「再生が必要だから」という事が主と考えるから「銭は銭で返せばいい」
(甘々な再生計画などはもっての他であり、もちろんそのために人件費も切り込む、
路線も再生を重視し不採算路線は要請があろうがバッサリ切る)という私の考えとは
相入れません。
私は「モラルハザードを回避する」という部分の価値観が「従」であるからです。

もう一度言います。それは「モラル優先か再生優先か」も価値観の違いです。

因みに税金で作った道路だって、高速道路は料金を求めてますね。
公金を返済しなくていいなんて主張に使うには例えが悪いと思います。

投稿: とーる2号 | 2012年8月13日 (月) 04時46分

「モラル優先か再生優先か」も
の「も」を「の」と訂正します。
失礼しました。

投稿: とーる2号 | 2012年8月13日 (月) 04時49分

とーる2号さんは「松井選手」を例に挙げて「敬遠はルール範囲内だから批判すべきではない」と述べていますね。これはルールを逸脱すれば批判すべきだという事であり「ルール優先」の考え方だ。

市場のルールは「自前の資金で運営をしなさい」だ。一般的にはそれを犯せば「倒産」です。
しかし、JALも東電も「税金投入」という市場ルール違反を行った。違反すれば何らかの処罰と規制が必要だ。

「人のお金を盗むな」という法律と道徳がある。犯すと逮捕されて処罰される。

この様にして「ルール」「「モラル」「法律」を犯すと「処罰」「規制」するのが普通だ。それを怠ると「モラルハザード」が起こります。
何かしら(私に対して)「モラルハザード絶対主義」とか「モラルハザード回避優先主義」などと銘打っているようですが、寧ろ私以外の人を「モラル軽視主義」と呼ぶべきだろう。

今回とーる2号さんは「企業再生が第一で、モラルは二の次だ」、言い方を変えれば「お金の為には盗んでも構わない」と公言し「価値観の違い」と結論付けている。確かに価値観が徹底していればその通りだろう。
しかし「松井選手の例」に見るように、場合場合によって論旨が変わっているんです。

私が公益は返金を求めないと説明し「道路」を例に挙げたが「高速道路では料金を徴収する」と反論している。
「高速道路」は公益では無く「人より早く目的地に着きたいという私的な我儘」と位置づけられているから料金を徴収できる事になっているんです。
「一般道路」では料金を徴収しないが、この事実は軽視して話を進めている。実はこんな事が繰り返されたように思います。
少なくとも「一般道路」と「高速道路」の違いを深く考えた形跡が無い。

なぜか「部分部分」であなたの優先順位が決まっていて、それを支持する理論が用意されており、それに反する意見には恐ろしいほど無頓着。「反する意見」こそ議論の対象なのに・・です。

以前質問を受けて「以前に説明したから見直してください」と言ったら「イヤイヤ全く答えて貰っていない」と言われましたね。仕方が無いので「書いた期日と時間まで添えて説明したら」納得しました。
更には「相違点だけを話す事にしませんか?」と提案したが、その返事が又的外れなものでした。

貴方の「結論」とそれを支持する「理論」以外の物に全く注意を払っていないか、自己の理屈でスグサマ否定し頭の中から除外してるからでは?

相手の言い分を充分吟味していないのではありませんか?

投稿: あまのじゃく | 2012年8月13日 (月) 09時31分

言いたいことは山ほどありますが簡潔に。
「理論以外に注意を払っていない」「自己の理屈ですぐさま否定」「相手の言い分を十分吟味していない」

どの口でおっしゃるのでしょうか。
「お金を盗んでもいい」がルールの範囲?

いいかげんにして下さい。

反論は多々ありますし何故議論が食い違うか、公金を入れる目的、
そういうことについて一旦コメントしようかと思いました。
ですが、こんな批判や中傷をする貴方に、自分の時間をこれ以上割く価値はありません。

投稿: とーる2号 | 2012年8月13日 (月) 13時03分

「モラルハザード絶対主義者」は撤回されましたが、今度は「中傷者」ですか・・。

この僅かな間でも私の言い分を理解してませんね?

「企業再生が主でモラルが従」・・この意味が分かってますか?「生活が苦しければ、お金を盗んでも構わない」という意味なんですよ。
貴方がこの様な価値観の持ち主ならば、確かに議論は終了です。「ああそうですか」で終わり。

しかし松井選手の話では「ルール(モラル)が主」と言っているから、そのような価値観を持ってる訳ではない。
第一、東電の問題で「必要なコストは払え!」と主張しているのは「100円の物が欲しいなら100円を払う」という「ルール(モラル)」を守れ!と言っているんでしょ?

ある所では「ルールを守れ!」と言い、ある所では「ルールは従」と言っている。価値観の統一など見られない。だから価値観の問題ではない。

又、私に「公金入れる理由」を説明しようとしていますが、意味があるのですか?全く意味が無いんですよ。意味があるのは私が「公金を入れてはならない」と主張してる時だけなんですよ。
私が「公金を入れる場合は・・」と入れる前提で話をしており、かつその事を伝えたにも関わらず、意味の無い説明をマタモヤしようとしている。

私が「相違点」だけ話す事にしませんか?と提案した後でも同じ事を繰り返しているいるんですよ。これは「相違点」を理解していないと考えるしかありません。

私が議論を終了しにくい理由は、あなたが「あまのじゃくの考えを理解するのに苦労したが・・」と前置きした後の書き込みを見ても「理解したとは言い難い」からです。
だから仕方なく「そうではありませんよ」と言わざるを得なかった。実は「いい加減にして欲しい」のは「私」です。
厳しい事は書きたくなかったけど、仕方が無い。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月14日 (火) 14時26分

これまでの幾度と無いコメントからもわかると思うが、
私は、すでに決まったルールがあればルールを守るのが当然と考え、一方で
そのルールに問題があり変更する必要があるのであれば、ルール変更の手続きをとればよいと考える。
但しルールが決まっていないものについては、好ましいかどうかは別に、他のルールに触れない限り、
基本的には問題は無いと考えている。
そして、「モラル」とは、「法律などのルールに明確に定まったものではないが、守ることが望ましいと
考えられている一般通念」と言うべきものだろう。

ところで、あまのじゃく氏の主張する、
>「企業再生が主でモラルが従」・・この意味が分かってますか?「生活が苦しければ、お金を盗んでも構わない」という意味なんですよ。
という文脈からは、全く同一の定義にたっているとは到底思えない。あなたは、「ルール」と「モラル」を完全に混同しているのだろう。
だからこれ以上議論する気はない。

何をどう間違っているのか、あなたには理解しがたいだろうから、1回だけ書くことにします。
「生活が苦しければ、お金を盗んでもかまわない」が「モラル」の意味だとするならば、
それは、「モラル」=「法律により定められたルール」と理解している、ということだ。
お金を盗む行為が法律違反であることは、例えば刑法第235条以下に定められているとおりだ。
では、「公金投入による企業再生」を主とし、「市場競争にをゆがめないことによるモラル遵守」を従と
したとして、これは何の法律に違反することになるのだろうか?

「公金投入」が「法律違反」というのであれば、どのように定まっているのか明示すべきだ。

「詭弁」ではない。これはあなたが「モラルが従」を「理由さえあれば金を盗んでも問題ない」と
主張されることの論理的帰結に過ぎない。
しかも私はそのような主張さえしていない。「お金を盗む」ことはいかなる場合でも
(仮に情状酌量による減刑はあったとしても)許されない行為だからだ。
だからこそ、そのようなしてもいない主張をしているなどという発言は「中傷」なのだ。

もう一度言う。「ルール」と「モラル」は完全に異なるものだ。こういう理解もできず混同をしたまま私を非難するあなたと、
いくらこの問題で意見を交わしても、私には得るものがない。時間の無駄なのです。

だいたい、「市場競争をゆがめないこと」というモラルが「法律などで決まったルール」なのであれば、そもそも公金投入をすべきではない。
但し、「法律などで決まったルール」ではなく、「モラル」なのだとすれば、破ったとしても「法令違反」にはならない。
あくまで、「企業再生とどちらを優先すべきか」というように、優先順位を選択できる価値観に過ぎない。

例えば、ネオリベラリズムの立場であれば、「市場介入」を断固として否定するだろう。
価値観として、「自由競争」というものを極めて高く評価するからだ。

その企業再生手段としての「公金介入」自体を「モラルハザードたり得るが故に全否定」する、という価値観はわかる。
破綻した企業として整理すれば「モラルハザード」は起こらないからだ。
むろん、表裏一体の論理的帰結としてその上で生じる「国民の不利益」など甘んじて受け入れる、という価値観も存在する。
これはこれで筋が通っているし、ある面で、美しいとさえ思う。
これらは「モラルハザード(防止)絶対主義」あるいは「モラルハザード防止優先主義」として良いと思う。
絶対主義、という表現は誤解を招きかねないので、後に訂正はしたが、これは別に批判ではなく、
価値観の問題を端的に表現したにすぎない。

しかし、その「公金を投入しない」を選択せず、「公金投入」を選択した時点で、「企業再生が主でモラルが従」になるのだ。
公金投入した企業に罰や制限を与えるからモラル違反にならない、という性質のものではない。
「公金を投入する破綻企業には、市場ルールから外れた罰・制約を与える」という考え方自体根本的に間違っている。
いくつか理由はあるが、最も大きなものは「アクセルを踏みながらブレーキを同時にかけるようなもの」だからだ。゜

もっとも、あなたは「モラル」と「ルール」を混同しているようだから、この時点ですでに私が何を言っているのか恐らく
あなたは全く理解できず、「価値観の統一が見られない」などのくだらない否定をしているに過ぎないのだろう。

もう一度書く。公金を投入した時点で、「市場競争を守るというモラル」よりも「企業再生」を優先した、と考えているに過ぎない。
JALのようなケースの場合は、「市場競争を守りつつ、企業再生も」と言えるかもしれないが、通常はレアケースと言えるから。

いずれにしても、市場では破綻した企業が再生のために努力しどんなにシェアや利益を拡大しようが、むしろ努力をすればするほど、
競合企業は不利になる。それも「公金介入をした結果」の「市場競争モラルハザードにつながる」と非難するのであれば、
最初から破綻させた方がいい。
努力が足りなければ、当然の帰結としてもう一度破綻し、公金は無駄になるのだから。

投稿: とーる2号 | 2012年8月14日 (火) 21時16分

追伸
ルールは「松井の敬遠四球」に示したとおり法律に限らないので、
>「公金投入」が「法律違反」というのであれば、どのように定まっているのか明示すべきだ。
の部分は、そのような「当事者間に強制力のあるもの」として、明文化されているものであればよい。

投稿: とーる2号 | 2012年8月14日 (火) 21時20分

とーる2号さんの論理の破綻が酷くなったので終わりも近いようだ。君の言っている事、全部見えてるよ。

社会生活では「守るべきもの」がある。否「守るべき価値観」がある。「法律」「条例」「ルール」「道徳」「モラル」「倫理」。厳守さや処罰の有無などに違いはあるが「守るべき価値観」という意味では同じだ。
そして「頻繁に守らない事」や「守らない者を処罰しない」とモラルハザードを起こす。

1:「企業再生を主、モラルは従」と「生活が苦しければ、お金を盗んでも良い」は同じ意味です。「守るべきもの価値観」を放棄するという点で。

しかし「前者」には同意し、「後者」は認めないと言っている。少なくとも、そう結論付けた。結論が出た以上「理屈」を付けねばならない。
そして「法律は絶対守るべきだが、その他はそうでもない」という理屈を生み出した。その証拠に「(法律で決まった)ルールとモラルは完全に異なる」と断言している。

ところが投稿した後の矛盾に気づいた。法律に限定すると、かって自分が主張した「野球のルールに従え」が矛盾するのだ。
そしてここで「理屈を変える」。「明文化したものは守るべきだが、不文律はそうでもない」に。
最初に「結論」を決めて、その後に理屈を考える見本だ。私がかって「指摘」したようにね。

法律もモラルも守られない時が結構あるが、「守るべき価値観」という意味では揺るがないんだよ。

2:Aを選択するかBを選択するかは「価値観」の問題。こう表現すると「A]でも良し、「B」でも良し・・言い換えれば「Aを破棄しても」良し、「Bを破棄しても」良しという意味だ。
モラルは「守るべき価値観」であって「破棄して良い価値観」では無い。

企業再生が主、モラルが従なら「パナソニック」も「たこ焼き屋」も(倒産すれば)税金を投入すべきとの価値観を持っている・・と言う事だ。

3:では実際に何が起こっているかというと「公益性の維持」と「モラルの順守」を「天秤」にかけて「判断」しているのです。
本来「公益」と「モラル」は同じ意味なのだが、個別の案件ではベクトルが違う場合があるのだろう。
JALの場合は「公益性の維持」の方が勝る・・と判断したのだろう。これには「それほど」異論は無い。

しかし「モラルは守れ」との価値観を放棄した訳ではないので、JALは処罰すべきなのだ。ではどこまで「処罰」が許させるか?・・というと「処罰が重すぎて、公益とモラルの天秤が反対に傾かない範囲で」処罰するのです。

それで公益の話をしたら「お金を返せば、税金も民間融資も同じ」と聞いて腰が抜けた。思考がモラルハザードしている。

4:ではとーる2号さんは何を言っているかというと

「銭勘定とモラルを同じ土俵で考え、しかもそれを価値観の違い」として論じているのです。

これには「大間違い」が2つある。
○銭勘定とモラルを同じ土俵で考えてはいけない。法律(モラル)が自由を制限するが如く。必ず「モラル」が上位。同じにすると「公私混同」。
○価値観の違いなどで論ずるものではない。常に「モラルを守れ」の価値観が優勢なら実害は無いが、一旦逆になると「銭が儲かるなら、人を騙してもよい」が正当な「価値観」を持つからだ。

まあ1000兆円の借金を作った理由は「銭儲けに税金を使ってよい」が「正当な価値観」を持ったからだから、ある意味借金の原因の一部を垣間見れたという意味で、意義深い議論ではあった。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月15日 (水) 09時17分

余計なお世話ですが、そろそろ水入りにされてはどうでしょうか。

お二人は、議論を交え、意見交換し、合意形成をされたいのか
自分の論を押したて、相手を論破したいのか。
どちらにシフトがあるのか既に見えません。

当初の美しい議論が、すっかり相手のほころびをあげへつらう
ことの応酬に残念至極です。

私ごとき若輩が先達方に意見を申し上げ、失礼千万と思いますが

これにて これにて これにて ・・・・。

投稿: nagi | 2012年8月16日 (木) 11時09分

私は議論を通して日本の問題点を顕わにしたいだけで、合意形成などを目的にしておりません。

(とーる2号氏の言い分の一部に)どうしても許容出来ない部分があり、詰問調になったのは申し訳なく思います。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月16日 (木) 12時27分

・元々規制市場の十二分な経営努力とは何か、というところで、
「俺らにやらせろ」に対抗できること、というコンセンサスが
出そうなときに、今度は「救済させたのが問題だ」と言い出した。

「規制市場は十二分な経営努力している」という結論に至るのを
よほど認めたくなかったのでしょう。


いずれにしても、自身の「俺らにやらせろ」に対抗できている、
規制競争市場でも十二分な経営努力がなされているということ
には反論は無かったので、ここの結論は付いたと思われる。


・次の話題は「JALの赤字」の議論だった。

ANAが不利になるなら、モラルハザードだ、という議論が出てきた。
私の「経営破綻における制度(=ルール)の適用は
平等で問題ない」との意見は
それこそ「モラルハザードだ」という。

この批判には2点の大きな問題点があった。

(1)当初から事実と異なる仮定を前提とした批判であったこと。
実際のところ、「失敗で良い条件を与えられる」部分は「税制の恩恵」のみ。
(人件費削減はJALの努力。公金については後ほど。)
これはルールで決まっていることにも関わらず「モラルハザード」と主張する
こと自体、「ルール≠モラル」をあなた自身が認めていることの証拠。

もっとも、私のように「ルールとモラルは異なるものだ」と理解すれば、
ここは本来問題はないのだ。ルールとモラルを同一視するかにおかしくなる。
同一であれば、ここでは「ルール(モラル)通りだから問題ない」に
「モラルハザード」というなどと批判のできようはずはないのだ。
あまのじゃく氏は時々こういうような、論理破綻を生じさせる。
「結論」を決めて、その後に理屈を考えるからと言ってもいいだろう(笑)
「ルール」と「モラル」の違いは、後で述べる。

(2)本当にモラルハザードと言えるのか。
それは、経営破綻を他者が喜んで選択すればモラルハザードと言えるだろう。
しかしJALは破綻の崖っぷちからの復活のために塗炭の苦しみを味わった。
むろん経営陣は責任を取り交代し、給料もOBの年金も非常に大きく減った。
そして、失われた信頼を取り戻す必要もあった。このこと自体「破綻に対する
罰」と言えるだろう。一般的な企業と同じ、いや蜘蛛の糸が降りてきたぶん、十分マシだが。

しかしこれらは「経営破綻すれば、より良い競争条件が与えられる」といった
ような「決してANAより楽な道」ではない。だからこそ私はそれ自体で
罰たり得るが故に十分だと考えるし、「それ以上の罰は必要ない」と考えるのだ。
実際のところANAはわざと破綻を選択するような行動をとることはあり得ないし、
ということは必ずモラルハザードを生じさせるようなものでもない。


ところで前回私は「ルールとモラルは違う」と言い、あまのじゃく氏は
「それこそ論理破綻」とした。

・「モラル」と「ルール」の違いとは何か。
「ルールとモラルは手段と目的の関係」。モラルを「道徳や倫理感など守る
べき価値観」だとするならば、「ルール」は、それを「守らせるための手段
あるいは手順」に過ぎない。だから「法律(モラル)」などありえないのだ。

一方で、「モラル」は価値観が全く異なる相手には通用しないが、
「ルール」は価値観に無関係に適用される、という特徴がある。

「モラルを守らせよう」とするが故に「ルールを定める」という関係性は
確かに存在する。しかし「ルールが定められた」ならば、「好むと好まざ
るに関わらず、守らなければならない」のだ。

「悪法でも法」であり、そのルールが定められた以降では、「ルール」に
変更が無い限り、「モラル」よりも「ルール」が優先する。これは、「ルールを
守ることが、ルールが守ろうとしているものを守る」ことになるためだ。
(但し上位のルールに反するルールは取り消されることもある)

だからこそ「誰にでも理解できる」形、即ち明文化が必要。誰でも守らなければ
ならないが故に、「あらかじめ定められていなければならない」のがルール。
「ルールを運用した結果ルールのに目的と齟齬を来す場合は、ルール変更ルール
(ややこしい)に従い、そのルールを変更すべき」なのだ。
むろん、「ルール」を「誰かの価値観によってねじ曲げる」ことは許されない。

あなたの頭では、こういう関係性は恐らく理解していないのだろう。だから、
ちょくちょくあなたと議論するととんでもないところでかみ合わなくなる。

・「公金投入」の部分について。
ここは、JALは焼き鳥屋やパナソニックと異なる、と見えるかもしれない。
しかし、自由市場競争に公金を投入することは、本当にモラルに反するのか。
「罰」を与えなければモラルハザードを引き起こすのか。

「「税金投入」という市場ルール違反」とあなたは言った。
だがそもそもここをルール違反と考えるならば、次のことも
市場ルール違反に当たる。

パナソニックをはじめとする家電業界・小売業界はテレビ・エアコン・冷蔵庫の
エコポイント制度約7000億円という補助金制度の恩恵を大きく受けた。
自動車業界も総額9000億円のエコカー補助金という補助金制度の恩恵を大きく
受けた(残念ながら私は両方とも1円も恩恵にあずかれなかったが・・)。
これも補助金という名目の市場介入・公的支援である。しかもお金を返す必要もない。

つまり、我々の税金で「テレビや車」に補助金を入れて「トヨタやパナソニック」
の社員の給料を払ったのです。

もし「公金投入がモラルハザード云々」というのであれば、きちんと再生できれば
投資への配当として返ってくるJALよりむしろこちらの方が根が深いとも言える。

少なくとも、エコポイントもエコカー補助金も「公金投入すべき公益」があったから
投入したのであり、JALも同様である。JALは通常の企業より遙かにつらい、
塗炭の苦しみを味わった。「破綻に対する罰」だ。十分じゃないか。

JALへの公金投入、その公益は経営維持あるいは市場競争が出来る状態に
あるのだから、「その公益を守る=企業再生」が市場介入より価値が大きいと
判断したことについては、「モラルより銭儲けが大事」と非難されるようなものではないと思う。
それから、公金を入れるか入れないかは、「企業価値」の問題。
価値が無ければ、破綻させるのは当たり前。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
もっとも、「おまえはモラルより銭儲けが大事なのか!」と非難されても別にかまわない。
「銭儲けには銭儲けのルールがある」とは思うが、「モラルで食えればそれにこしたことがない」と思うからだ。
実際のところ民間企業で銭儲けよりモラルが大事と心の底から信じているところが何割あるのだろうか。
だったら下請けいじめって何だ。リストラって何だ。サービス残業ってなんだ。どれも見たことが無いというのは、
極めて幸せな人だと思う。
民間企業にとって「何より生き残ることが一番大事」「生き残るためには銭儲けが大事」この2つは共通認識だと思う。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------


・最後に
あなたは、JALのケースにおいて「税金で救う公益性」を認めた。これは、「アクセル」だ。
結果「モラル」を破ろうとしている。
「そのモラルを破ることを認めたくない」が故に、
「罰を与えればモラル破りではないのだ」という奇妙な理屈を持ち出した。
そして、その罰も「市場競争への復帰」を妨げるようなものばかり。
「破綻企業を再度破綻させる結果に繋げようとする努力」即ち「ブレーキ」だ。

要は、「目的と手段」の一致が無い。葉っぱばかり見て、木を見ていないのだ。
「モラルを守るためには罰を与えなければいけないのだ」という考えに
とらわれてしまったのだろうが、そもそも当初の「税金で救う公益性」の
部分が完全に吹っ飛んでしまった。

むろん、「ルール」に基づいて「公金投入時に制限を付けましょう、
罰を与えましょう」とすることは可能か?という論点で言えば「可能」だ。
それは、「市場介入なり企業再生のための公金投入がモラル違反だ」という
コンセンサスが必要。しかし、これまで述べたように、パナもトヨタも
「公金投入による介入」を受けている状態で、「公金投入には罰を」という
規制を作るというのはなかなか難しいだろう。
少なくとも私の価値観では、「公金投入に罰を伴わせる」というのはあり得ない。

正直、逃げたと取られるのが一番嫌なのでここまでコメントは続けて来たが、
あなたとのやりとりで冷静さを維持するには多大な努力が必要なので、
恐らく今後は反応しないと思う。

nagiさん
見苦しいところを見せて申し訳ないが、
出来るだけの努力はしているつもりです。

投稿: とーる2号 | 2012年8月16日 (木) 20時57分

JALは潰すにはもったいないが、当時のJALは労組など政治まみれで民間が手を挙げるような状態とはみなされていなかった。
エコポイントは景気対策という政策だったし、繰延損失よりも即効性があり呼び水として乗数効果が見込めるでしょ。
大概の人はこれだけの語彙で必要十分。
論破にこだわりすぎると労多くして功少なしですよ。

投稿: ギャラリー | 2012年8月16日 (木) 23時00分

ギャラリーさん

それは「公的支援が必要か」が論点の場合の話。

公的支援に罰は必要か、の論点だから、それじゃ何の説明にもならんですよ。

長い、3行でまとめろ、という意見については、文章力がないのですいません。

投稿: とーる2号 | 2012年8月17日 (金) 08時20分

>もっとも「おまえはモラルより銭儲けが大事なのか!」と非難されても別に構わない。

ハイ!これで議論終了。この様な価値観の人とは「あぁ、そうですか」で終わり・・と最初に書いた筈だ。

今からは真っ当な価値観の人への説明

JALが倒産しかけた。政府が考える事は「公益性の維持」と「モラルの遵守」。

この場合の「公益性の維持」とは「運航便数が激減して、日常生活に支障をきたす事を防ぐ」という意味だ。
だからJALが再生するかどうかなんて話はどうでもいい事なんだ。ANAが補って頑張ります!ならそれでもいい。
JALが小さな会社なら、公益性は維持されるからルール通りに倒産させるのが筋だ。

「公益=JALの再生」なんて理解をしているから、「アクセルだのブレーキ」なんて話が出てくる。

「桜の木」を見て「柳の木」と言う者は、「桜」を知らないばかりか「柳」も知らない事が分かる。
話を拡大するに従って、(次々と)全く基本的理解を欠いている事が分かったので、議論を中止できなかったのだ。

「公益」も「公金」も理解していない、つまり「モラルを無視して銭儲けして何が悪い!」って価値観が1000兆円の借金を抱え込んだのだから。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月17日 (金) 10時14分

理解力のなさはしかたがないが、
礼儀くらいは持ちなさい。

どっちが正しいかなんて他人が決めること。
貴方の価値観がすべてではない。
でも礼儀知らずはその時点で論外だ。

投稿: とーる2号 | 2012年8月17日 (金) 11時24分

まあ一般論だが

1:守るべき最高の礼儀を「モラル」って言うんだ。乱暴な物言い位は私は許容するが、道徳心を欠いた者を私は許容しない。

2:「モラル」は「私」の価値観では無く「歴史的な社会」の価値観だ。「モラルを守るか」「モラルを守らないか」は「価値観の問題」じゃないんだよ。

理解力の無さは許容するが・・(笑)

投稿: あまのじゃく | 2012年8月17日 (金) 13時47分

もはや独り言です。

私はいちおう仏教徒なので、そこからの言葉です。

「機に因りて法を説け」

私も自戒したいと思います。

投稿: nagi | 2012年8月17日 (金) 17時52分

お名前を一人ひとり上げられませんが、この記事へ多くのコメントをいただき、ありがとうございました。

その中で、あまのじゃくさん、とーる2号さん、たいへんお疲れ様です。最後のほうでは少々感情の高まりが見られるようになっていましたが、全体を通して自制心を保たれた議論が続いていたものと思っていました。いわゆる罵り合いが前面に出た議論ではなかったため、特に私からは何も注文を付けず、ずっとロムさせていただいていました。お互いが消化不良とならないよう気の済むまで、この場を利用いただければとも考えていました。

私自身、新規記事のコメント欄で記したとおり「たいへん勉強になり、頭の体操」にもなっていました。いずれにしても最近の記事「このコメント欄の限界と可能性」の中で綴った内容がオーバーラップした顛末をたどられていたように感じています。その上で、この場では結局のところ記述の仕方なども含め、書かれている文章や意味合いが閲覧されている皆さんからの評価にさらされるだけの話であり、「答え」を一つに絞ることの難しさを改めて実感しています。

その意味合いから考えた時、とーる2号さんの「どっちが正しいかなんて他人が決めること」という言葉は私自身もその通りだと理解しています。具体的な論点に対する私自身の評価は、あえて添えませんが、以上のような感想について述べさせていただきました。

投稿: OTSU | 2012年8月17日 (金) 22時50分

OTSUさんやnagiさんは我々の議論を聞いていて「得るもの」はありましたか?

私は「問題点を明らかにして、将来を是正する」ことしか考えていないので、「口調」も「賛同の有無」も興味がありませんが、若し「論調や雰囲気」に気を取られて内容に対する吟味が疎かになれば、大変残念な事ですし、私の行為は「徒労」でしょうね。

私が薄々感じるのは皆さんの多くが「合意形成」を意識している事です。これは決して悪い事でもないし、疎かにすべき事でもありません。
コメント欄の限界を意識しているのは「合意形成」をゴールにしているからだと推測しております。
私はそんな事を無視しているから、議論の可能性は無限大です(笑)。

今の日本の現状はその程度(合意形成)の「手順」だけで解決できないと私が思っている事も確かですね。
もっと根本的・基本的なことに言及しないと、1000兆円の解決は出来ないでしょうね。

投稿: あまのじゃく | 2012年8月18日 (土) 08時54分

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