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2012年7月22日 (日)

断定調の批判に対する「お願い」

ご存知の方が多いものと思いますが、右サイドバーの「最近のコメント」に並んでいる名前をクリックすると、そのコメントに飛ぶことができます。コメント欄を開いて、スクロールする手間が省け、コメント数が多い場合、たいへん便利な機能となっています。特に前回記事「大津市のいじめ自殺問題」は久しぶりに100件に迫る数のコメントが寄せられ、毎日、その機能を使って閲覧していました。

大津市のいじめ自殺の問題は日を追うごとに新たな事実が明らかになり、学校や教育委員会の不適切な対応は言い逃れができない様相を示していました。その中で、男子生徒が自殺した直後、学校側はいじめとの関連を指摘していた報道も耳にしていました。それに対し、加害者として告訴されている3人の保護者側が「うちの子は悪くない」「うちの息子がこの件で逆にいじめられたらどうしてくれるんや」と強く反発し、結局、いじめと自殺との因果関係は判断できないという結論に至っていた経緯も明らかになっていました。

今回の記事は、いじめの問題を直接掘り下げる内容ではありません。もちろん、前回記事のコメント欄で交わされている議論が新規記事の場に移されることも歓迎しています。その上で、議論の対象となるテーマを問わず、ご理解いただきたい「お願い」があります。すでに前回記事のコメント欄で触れた点ですが、改めて整理しながら書き進めてみます。いつもコメント欄までご覧くださっている方々にとっては繰り返しのような話となり恐縮ですが、お付き合いいただければ幸いです。

まず「教育の質向上のためには、学校現場から日教組教員を排除しないといけない」「組合がしっかりしているから隠蔽ができたんですよ」などいう意見が最近の記事のコメント欄で散見していました。つまり大津市のいじめ自殺の問題、学校や教育委員会の隠蔽体質は日教組の責任が大きいという書き込みでした。私自身、必ずしも他の組合のことを詳細に把握している訳ではありませんので、日教組の責任が皆無という説明は行なえません。しかし、日教組の責任が大きいという見方にも懐疑的だったため、断定調に批判されている方に対しては、その根拠を尋ねていました。

前回記事のコメント欄で、内田樹さんのブログ記事「いじめについて」も一つの見方として紹介していました。私自身の記事本文もその一つであり、大津市のいじめ問題から反省すべき点が多々あることは間違いありません。教育委員会のあり方、日教組や教職員の身分保障の問題が検証対象となり得ることも否定しません。したがって、多様な視点から発せられる意見は意見として基本的に尊重していかなければなりません。一方で、このブログの管理人として、違和感が残る箇所だけは指摘せざるを得ない立場でした。

そのため、たいへん難解な議論が交わされている中、些細な点にこだわっているように見られていたはずです。もともと日教組への評価は個々人、いろいろお持ちだろうと思いますが、そのような点について議論提起していた訳ではありませんでした。大津市のいじめや教育委員会の隠蔽は、日教組の責任が大きいという書き込みに対し、素朴な疑問を投げかけていました。日教組の責任を断定調に書かれていた方々が、あくまでも今回のいじめ問題の要因として、どのような根拠を把握して論じているのかをお尋ねしていました。

日教組への先入観から「今回の問題も日教組の責任」と想像されること自体を否定できません。しかし、断定調に書き込みされ、事実からかけ離れていた場合、そのような批判は誹謗中傷の類いとなります。さらに今後、適切な対策を検討していく際、憶測で物事を判断していくような話は決してプラスに働かないはずです。いずれにしても「●●だから、●●だ」という主張をされる時、思い込みや憶測で論じられていた場合、その説得力や発信力は極めて乏しくなります。このような点は各論ではなく、議論を進める上での総論的な話でもあり、あえてこだわり続けていました。

仮に日教組が問題だという推測で結論付け、対策を講じたとしても、見立てが誤っていれば抜本的な解決策に繋がりません。このように書くと責任の所在を曖昧にするような誤解を招きがちですが、前回記事でも綴ったとおり今回の問題で大津市の教育委員会や学校関係者に対する責任は免れないものと思っています。あくまでも再発防止に向けた諸々の課題に直面した際、様々な原因や見方を軽視しない一方で、思い込みや憶測で物事を断じないことの大切さを感じています。

一見すると、直前の言葉は矛盾しているように受けとめられてしまうのかも知れません。「様々な原因や見方を軽視しない」ということは、「●●だから、●●だ」という推測による可能性も自由に出し合うべきという考え方に繋がります。先ほど述べたとおり「●●だから、●●だ」という持論を主張されること自体否定していません。それこそ言論の自由、内心の自由の世界です。ただ具体的な相手が存在するケースで、ミスリードになりかねない断定調の書き方を行なえば誹謗中傷の類いとなる話でした。

さらに尊い命が亡くなっている事件において、断定調で批判される場合は、より慎重に論拠立てた説明責任が欠かせないものと考えていました。このような問題意識があったため、大津市のいじめ自殺の問題で「日教組の責任が大きい」というコメントに対しては、その根拠を繰り返し尋ねざるを得ませんでした。とりわけ日教組と自治労は様々な場面で並べて評されることが多く、そのような経緯からも傍観できず過敏に反応していました。今回の記事内容に対しても様々な受けとめ方があろうかと思いますが、このブログの管理人の立場からの「お願い」についてご理解いただければ幸いです。

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コメント

OTSUさん

質問しましたがスルーされたようですので再度お伺いします。
ネガティブな事例で組合の当局への関与が問題視されるなか、それらとは逆に組合の影響力が公益に資する可能性についてお尋ねしていますので、可能性のほどを知りたいと思います。

>市教委や学校側の責任者が一つの方向性を判断した際、一教職員の立場から「おかしい」と思ったとしても真正面から反対意見を訴えづらい組織上の関係があります。それに対し、労使関係においては使用者側と対等な立場になり得るため、組合員の声を代弁し、組合執行部は直接管理者側に意見具申できる役割を担えます。

このような認識をお持ちであれば、管理職のミスリードについて組合独自でも内部者通報制度のような作り周知すべきではないでしょか。
組合独自なら直ぐに採決できるでしょう。
投稿: L | 2012年7月20日 (金) 13時17分


ついでに、日教組が政治的に責任回避しようとしている疑惑について。


>“日教組のドン”輿石氏、トンデモ発言!いじめの責任追及を妨害か

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120720/plt1207201536002-n1.htm


日教組と北朝鮮の関係については槙枝元文の影響が大きいようですが、日教組はこの件について総括しているのでしょうか?

>また北朝鮮の教育制度との比較の中で、「義務教育である高等中学校までは、専門的職業教育は一切行わず、もっぱら一般教養。技術教育の基礎的知識、革命思想教育などを主体とし、全児童・生徒が平等、機会均等の教育を受けている」と称賛すると共に、職業教育を軽視するとも受け取れる主張をしていた(wikipediaより)

外交とは別に実際の行政への彼の影響力は尾を引いているようです。
日本には寺子屋や藩校という慣習がありましたが、大量生産的な今の制度を改め日本人の伝統へ回帰するのも一つの案です。

日本人は第一級の創意工夫に長けた民族なので、教育分野では、国益も示せない官の影響力はない方が良いでしょうね。

投稿: L | 2012年7月22日 (日) 14時32分

Lさん、コメントありがとうございました。

内部通報制度について、すでに私どもの市では取り入れていますが、組合独自で作るべきものなのかどうかは意見が分かれるのかも知れません。いずれにしても導入されていない場合、組合が独自に作るのか、使用者側に働きかけるのか、前向きに検討していくことを否定する立場ではありません。

「日教組が政治的に責任回避」という指摘ですが、確かに輿石幹事長の発言内容は言葉が不足し、誤解を招くような受けとめ方をされかねません。ただ「“日教組のドン”輿石氏、トンデモ発言!いじめの責任追及を妨害か」という見出しも少し扇動的であるように思っています。要するに最も重視しなければならないのは、今後の再発防止である点を輿石幹事長は強調したかったというように読み取れていました。

日教組と北朝鮮との関係性についての総括の有無など、私自身が責任持って答えられる領域ではありません。その上で、今回の記事本文にも綴っているような問題意識を抱え、大津市の問題を考えていることを改めて補足させていただきます。

投稿: OTSU | 2012年7月22日 (日) 21時43分

これだけ後が無くなった(追い詰められた)時期のコメントならば、
どんな立場で意見を言うにせよ、2重否定は表現は辞めるべきでは?

「否定は出来ない」、この対として「(他者からの)批判が出ると思われる」
これって卑怯な表現だと思っています。

この場から、これらの表現が消えるだけで、もっと読みやすくなると思います。

投稿: ↑ | 2012年7月23日 (月) 07時58分

おはようございます。

日本語は優雅な使い回しにこそ言語の魅力があるのです
どのような表現でもかまわないでしょう。

アメリカ発の法律でPL法があります。
いわゆる製造物責任法ですが、これが大変なのは
被告側の企業が製品に欠点がないことを立証しなければ
ならず、アメリカの産業を失墜させた要因のひとつとまで
言われています。
この法律が逆に原告が製品の欠陥を立証するならば
全く違った様相になったでしょう。

前回から話題の日教組ですが、もちろん直接所属しない
OTSU氏がなんら発言する必要はありません。
しかし、私を含め「日教組」に対してよくないと考える
人が多く、それが先入観あるいは固定観念になってると
思います。
私は以前にも竹島や基地問題でOTSU氏に質問して回答を
いただいたり教えていただきました。
一度、なぜ「日教組」がこれほどの誤解を受けるのか
「日教組」はこのような団体であると、詳しく教えて
いただければ幸いです。

投稿: nagi | 2012年7月23日 (月) 10時10分

脱原発、反原発デモが毎日のように行われている昨今であるが、こちらは7月16日に代々木で行われた反原発デモの様子である。
このデモをjkl-furukawa氏が映像に収めていたのだが、この映像の中になんと滋賀県の教組が参加していたというのがバッチリ映っていたのだ。

この反原発デモでは「原発はいらなーい!」「再稼働をやめろ!」「脱原発を実現しよう!」「原発事故を忘れるなー!」といったシュプレヒコールが叫ばれていたが、
「命が大事!」「子どもを守れ!」といったことも同時に叫ばれていた。

そう、この「子どもを守れ!」というセリフを「滋賀県教組」とかかれたノボリを持った人が大声で叫んでいたのである。

画像
http://getnews.jp/img/archives/e382b9e382afe383aae383bce383b3e382b7e383a7e38383e38388efbc882012-07-22-184545efbc89.png

確かに原発の事故は忘れてはならない事故であるが、もっと身近に忘れてはならない事柄があるのではないだろうか? 
わざわざ代々木まで出向いてシュプレヒコールをあげる暇があるなら本来の職務を全うしてもらいたいものである。
http://getnews.jp/archives/235415

滋賀のセンセイ達は生徒と向き合う時間はなくても組合の政治活動

投稿: | 2012年7月23日 (月) 12時11分

慣れないスマホの操作ミスで誤送信してしまいました。
大変申し訳ありません。

投稿: 立川市民 | 2012年7月23日 (月) 12時16分

追加です。

>投稿: | 2012年7月23日 (月) 12時11分
上記の方、名前を入れたほうが良いですよ。

最近の反原発運動で思うのですが、この人々は理解されて
いるのでしょうか。原発が稼動してようと停止してようと
危険性に差がないことを。
それに廃炉するにしてもどこを最終処分地とするのか。
福島での問題も未解決なのに。

とりあえずテレビに出てるコメンテーターや報道する連中が
節電の為にテレビを消しましょうと言うまで無視だな。

投稿: nagi | 2012年7月23日 (月) 12時21分

>前向きに検討していくことを否定する立場ではありません。

安否不明者放置事件を受けてもう少し前向きになっているかと思ったのですが。
前向きを否定するどころか、前向きにしかできない状況のはずですが、相変わらずの日和見です。
法廷でクロじゃなければ永遠に様子見なんでしょうね、┐(´д`)┌ヤレヤレ


イデオロギーは東西冷戦しか知らない世代ですが、日本の保守派が共産党を憎悪する理由が少しは理解できそうです。

現場の教師がいくら善意でもマネジメントの段階で揉み消されるという話は、身近な実例がいくらでもあります。
有権者の見る目がなかったということで、早々に消え去って欲しいものです。

投稿: L | 2012年7月23日 (月) 12時55分

>滋賀のセンセイ達は生徒と向き合う時間はなくても組合の政治活動

彼たちは公務員を装った活動家だからです。

投稿: L | 2012年7月23日 (月) 12時58分

Lさんへ

 コメント読みました。管理人さんがおっしゃってるのはまさにLさんのような断定口調なのではないでしょうか。
 

>滋賀のセンセイ達は生徒と向き合う時間はなくても組合の政治活動

彼たちは公務員を装った活動家だからです。

 上記コメントの根拠は何なのでしょうか?情報源はどこにあるのでしょうか?
 それとも単なるギャグとか比喩ですか?

 ギャグや比喩にしてはキツイ表現だと思いますよ。私もネットに書くときはいろいろとできる限りの調べをしてから記入するように心がけてます(もちろん足らざるところもあるでしょうけど)。
 一般的に「ネトウヨ」とか「ネトサヨ」とかって揶揄されてしまうのは、こういうところにあるのでは、と思います。
 
 せっかく管理人さんが注意喚起してくださって、いい議論の方向性を模索していらっしゃるところですから、Lさんとの今までの議論も私にはとても参考になっているところですので、この点、よくよくお考えいただければ、と、僭越ながら書かせていただきました。

 よろしくお願いします。
 ではまた。

投稿: 通りすがりの元公務員 | 2012年7月23日 (月) 13時23分

OTSUさんは、今回の「お願い」で「何」を訴えたいのか読んでも良く分からない。

以前「思い込みによる批判」は遠慮してくれと書いていたので、次の批判をしました。

「権利」を最初に規定すると「矛盾と対立」だけが起こる。(各々の)権利自体が矛盾と対立関係にあるからだ。
日本人が自己中心的になった1つの原因である「権利教育」を殊更強調している日教組をはじめとする「労働組合」の責任は「大」である。

この批判をどう思いますか?

投稿: あまのじゃく | 2012年7月23日 (月) 16時35分

通りすがりの元公務員さんは、不祥事はレアケースと仰っていましたが、大津市教委の対応は私が経験したものと殆ど同一ののもので、自身の見方に自信を得る機会となりました。
そんな野次にこだわるより、ここまで醜い隠蔽を性懲りもなく繰り返す行政組織の膿みとその背景を、噂も排除せずに洗いざらい表沙汰にするほうが意義があると思われます。
当然、民主党の教育行政に多大な影響力を与えうる立場の日教組についてもです。
誹謗中傷論については自治労に飛び火することに避けるためのバリアでしょう。

>「様々な原因や見方を軽視しない」ということは、「●●だから、●●だ」という推測による可能性も自由に出し合うべきという考え方に繋がります。先ほど述べたとおり「●●だから、●●だ」という持論を主張されること自体否定していません。
>ミスリードになりかねない断定調の書き方を行なえば誹謗中傷の類いとなる話でした。
>とりわけ日教組と自治労は様々な場面で並べて評されることが多く、そのような経緯からも傍観できず過敏に反応していました。

民主党のマニフェスト2009のうち教育に関する具体策として次のものがあるのは当然ご承知のことと思いますが、この政策はどうなっているのでしょうか?

>○公立小中学校は、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する「学校理事会」が運営することにより、保護者と学校と地域の信頼関係を深める。
○現在の教育委員会制度を抜本的に見直し、教育行政全体を厳格に監視する「教育監査委員会」を設置する。

既に教育委員会制度にも言及していたのに、何故、今になって有耶無耶にするのでしょう?責任逃れと見られても仕方がありません。
輿石が理念より権力欲で動いていることは、あちこちのジャーナリストが述べている。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/22273?page=2

「滋賀県教組」が旗掲げて大津市教委へデモをすれば応援しますが。
自身の無責任体質が国民的非難にさらされているのに、国家に対する関心の方が強いようで。

官公労の政治活動が、どんどん目障りになってきました。

>大津・中2自殺 無回答生徒、学校に不信感
>「先生に言っても何もしてくれないから、言わないでおこう」とのムードが広まっていったという。
> 別のクラスだった男子も、同級生らが殴ったりズボンを下ろしたりするのを廊下などで目撃。学校側は通報を受けても真剣に対応しないと聞いており、アンケートに回答しなかった。ただ、「巻き込まれたくない」との意識から、注意しなかったことを後悔しており、「警察には全て話したい」と述べた。
>実態解明には「(無回答の生徒も含め)率直な意見を引き出す必要がある」(県警幹部)としている。
>学校と市教委はこれまで、いじめがあったことへの認識の有無を「疑いも含めてなかった」としている。

(2012年7月23日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120723-OYO1T00768.htm?from=top

教師の怠慢を洗いざらい証言することが、被害者の弔いになると大津市の中学生にはお伝えしたい。
最近も滋賀からの転任で酷い教師がいたが、滋賀は大分以上にコネが生きている(との疑いあり)。

投稿: L | 2012年7月23日 (月) 18時08分

↑さん、nagiさん、立川市民さん、Lさん、通りすがりの元公務員さん、あまのじゃくさん、コメントありがとうございました。

意図的に分かりづらい文章を書いている訳ではありませんが、意識的に婉曲な言い回しを多用していることも確かです。今回、内部通報制度について「前向きに検討していくことを否定する立場ではありません」という答え方に対し、たいへん厳しい批判を受けてしまいました。そもそも私どもの市では導入済みであり、「前向きに検討します」では正確な表現とならず、他の組織に向かって「積極的に導入すべきだ」という言葉を発することも適切ではありませんでした。

「必要ない」「どちらでも良い」という答えも当てはまらず、そのような言葉になった訳ですが、「これだけ後が無くなった(追い詰められた)時期のコメントならば、どんな立場で意見を言うにせよ、2重否定は表現は辞めるべきでは?」「前向きにしかできない状況のはずですが、相変わらずの日和見」という批判を受け、本当にいろいろな受けとめ方が示されることに正直戸惑っています。

今回の記事本文をはじめ、拙く分かりづらい文章かも知れませんが、ご理解いただける方々には私自身の思いが伝わっていることも信じています。Lさんやあまのじゃくさんらにはご理解いただけませんでしたが、そもそも閲覧者全員に対して意図を正確に伝えられる文章は非常に難しいものと思っています。それでも言葉を発していかなければ、永遠に相互理解は進まないものと考え、紆余曲折を経ながらも当ブログを続けてきています。

その上で、今回の記事本文も長々と書きすぎて逆に分かりづらくなっていることも反省しています。改めて端的な文章に挑戦してみます。「あいつは何するか分からない危ない奴だ」と思うことも、言葉に発することもセーフです。「あいつが人を殺した」と公衆の面前で断定調に発言するのであれば、確かな根拠がない限り、アウトだろうと思っています。以上が端的な要旨となりますが、「誹謗中傷論については自治労に飛び火することに避けるためのバリアでしょう」という指摘もありました。バリアかどうかは別にして、前述した「あいつ」が自治労に置き換えられがちであることも間違いありません。そのような問題意識があり、今回の記事本文を投稿した経緯は最後の段落にも記したとおりでした。

投稿: OTSU | 2012年7月23日 (月) 22時30分

下手な比喩は誤解を生むだけなので端的に表すべきだと思います。

>他の組織に向かって「積極的に導入すべきだ」という言葉を発することも適切ではありませんでした。

公務員全般の地位向上のために他所の首長に口出しをするのなら、同じ目的で組合が日常的に行なっている管理者への介入を他の役所にも喚起し、自らは気を引き締めるためにも再度確認することに、何の躊躇いがあるのでしょう?
役所の施策など形骸化しているではないですか。
その躊躇が様々な不作為につながっているし、不作為についての質問が伝わらない。

大津市の件で警察が介入して以来、全国的にイジメに対する教育現場の動きが転換したそうです。
ヒラメと言われても仕方がないですね。

投稿: L | 2012年7月23日 (月) 23時20分

>通りすがりの元公務員さん
>Lさん

>>彼たちは公務員を装った活動家だからです。
>上記コメントの根拠は何なのでしょうか?

これは、23日 (月) 12時11分の投稿された方のリンクが根拠になると言えると思いますね。
根拠としての客観性、立証度はどの程度かは別にして。
「活動家」という表現は、いわば、「滋賀のセンセイ達は生徒と向き合う時間はなくても組合の政治活動」の言い換えに過ぎないと思います。

但し、責められるべきは、滋賀のセンセイ達ではなく、その政治活動参加者であり、また、生徒と向き合っていない先生に限られるべきでしょうね。
なので、先生みんな、というニュアンスは避けた方がいいと思います。

投稿: かもめのじょな | 2012年7月23日 (月) 23時25分

やっぱり、この役所は責任の所在を明確には出来ないな。

>「見解相違なし」強調=市長と教育長、議長会談で—大津いじめ自殺

投稿: ヤレヤレ | 2012年7月23日 (月) 23時30分

日教組は関係ないでしょ。

自分は、日教組の組織率1%以下の、栃木で小中高とすごしてたけど、教師の権威主義、教委の隠蔽体質、いじめへの見て見ぬふりのひどさは栃木でもあった。

このブログを読んだのですが
http://darkfuture.seesaa.net/article/282754906.html
「教育委員会制度を骨抜きにしている上意下達の行政システム、
上意下達の官僚組織では、絶対に行政は非を認めないし、誤りを正そうなどとはしない。
これだけ叩かれても当の現場からはなんひとつ真実が聞こえてこない。さぞかし教師の管理が行き届いた、
教師を管理統制しようという勢力から見れば理想の教育ではないのか。
子どものためでなく行政の保身のために働く「優秀教師」の正体がこれだ。」

こちらの意見のほうが私にはしっくりくる、本質をとらえていると思う。

投稿: 栃木県民 | 2012年7月23日 (月) 23時53分

滋賀の先生たちも仮にも教師を志したのだから「子供を守れ!」という強い気持ちがないわけがない。

それは、デモでも叫ぶべきだし、当然に現場でもいじめにさらされている子供を守ることも現場ですべきだし、それは同じ根っこから出ている行動なのだから、どちらも必要だと思う。

投稿: | 2012年7月24日 (火) 00時05分

コメントしないだけで想いは伝わってる人はいますよ。
私はその一人です。
夜も更けておりますので一言だけで失礼します。

投稿: 普段は傍観者 | 2012年7月24日 (火) 00時17分

世の中、敵か味方かでしか、物事をとらえられない人が多いということですよ。しかも、それでいい、それが正義だ!と思ってるから

OTSUさんが「その断定調は改めてみては?」とささやかに提案してみたところで、そういう人たちの態度が変わるわけがないですよ。

投稿: | 2012年7月24日 (火) 00時25分

>栃木県民さん
>原子力ムラのように内輪の真理のために何してもいいんだったら教育行政は今のようになっていない。もっと教師にとって望ましい姿になっている。

まず、土着的なムラでは、教員が権力者・実力者ではなく、彼らはむしろパラサイト又は奴隷に近い。
地方の実力者が中心になって、ズブズブの関係ができるわけで、教員にとって望ましい姿になってないのは当たり前です。

次に、いかに、ムラ社会化していようが、法律を守らないことには、さすがに自分たちの地位を危うくします。なので、文科省の締め付けには、少なくとも形の上だけでも従うことになるわけでしょう。

さらに、土着連合体(仮名称)が、教員にとって望ましい姿を追及するわけがない。彼らの最大の関心事は、実力者のエゴないしムラの利益を満たすことだからです。


従いまして、教育行政が教員にとって望ましい姿になっていないことは、何ら、ムラ化状態を否定する根拠にはなりえないと考えます。


>上意下達の官僚組織では、絶対に行政は非を認めないし、誤りを正そうなどとはしない。これだけ叩かれても当の現場からはなんひとつ真実が聞こえてこない。さぞかし教師の管理が行き届いた、

これは、多分に観念的だと思います。文科省の統制力なんてのは、たかが知れています。全国の現場の教員の言論を抹殺するだけの権限もなければ、力もありませんよ。
実際、今回の件以外で、現場教員の文科省批判の声はよく聞こえてきますしね。

何よりも、現状の上意下達システムが、実際に、今回の苛め対応に対してどのように影響したのか、何の論理的道筋も見えてきません。
例えば、文科省が、今回の苛め(不)対応を指南したとすれば、隠ぺいするように統制をかける動機はあります。しかし、現場の具体的ないじめ対応について、いちいち大津市教育関係者が文科省にお伺いを立てるわけがないですね。

むしろ、大津市の中で問題を丸く収めようとしたことが明らかになってるわけですから、文科省はこの件を把握していなかったと見るべきでしょう。そこに文科省の影響力が働く余地はなかったと言っていいと思います。

少なくとも、大津市教育現場の隠ぺいを指南する動機は、文科省にはありませんよ。

投稿: かもめのじょな | 2012年7月24日 (火) 00時55分

>23日 (月) 23時25分のコメントですが、訂正・撤回を。

良く見ると、デモ参加者は滋賀教組の人ですか。
教組は、別に、マネジメントに携わる人たちではないので、別にデモ参加はOKだと思います。
また、子供たちに向き合ってないのかどうかは分かりませんし。

教委、教委事務局、教組・・・言い訳がましいですが、ややこしいですね;;

投稿: かもめのじょな | 2012年7月24日 (火) 00時59分

「あいつは何をするか分からない危ない奴だ」の批判はOKだが「あいつが人を殺した」は控えるべき批判・・・との事。

両者の違いを全く理解ができない。何か特殊な感性を持っているか、全く別の目的を持っているかとしか思えない。

両方とも間違いなく「断定調」だから「断定調の批判は控えて欲しい」との文言は当たらないし、私から見ると「人を殺した」の方が明確に反論できる・・という点で「救いがある」のです。

寧ろ「何をするか分からない程危ない」・・の方が「思い込み」と「主観」が入っているから「性質が悪い」ように見える。

だから「思い込みによる批判は控えて欲しい」との文言も当たらない。

「断定調や思い込みによる批判は控えて欲しい」と書いているが、実際は全く反対の事を示しているから理解出来る筈がありません。

投稿: あまのじゃく | 2012年7月24日 (火) 08時56分

↑の方
該当部分をよく読みなさい。貴方が度のあってない色眼鏡でみてるのだよ?
と一人でつぶやいてみました。

投稿: | 2012年7月24日 (火) 12時17分

「日教組をはじめとする労働組合は閉鎖性が強く隠蔽体質を持っている」

これは「批判」としては成立するが、抽象的で反論がしにくい。このような(思い込みによる抽象的な)批判を控えるようにお願いされているものと理解して、次の具体的な批判を行った。

「日教組をはじめとする労働組合の考え方は、権利を最初に規定しているから罪が大きい」

当然組合が「人権」や「労働者の権利」を声高らかに謳っている事を指している。抽象的でも荒唐無稽でもない。

「具体的且つ論理的」に批判したのも関わらず、私の批判が「控えるべきもの」の範疇に入っているのならば、もう「批判自体」を控えろと言っていると理解するしかない。

投稿: あまのじゃく | 2012年7月24日 (火) 12時18分

ブログ主がこの中学の教師だったら、虐めにはに気づくこともなく長いものに巻かれるんだろうね。

投稿: びわこ | 2012年7月24日 (火) 13時14分

>びわこ氏

もしOTSU氏がこの中学の教師なら、一生懸命に生徒の話を
聞き、向き合っていじめから守ろうとしたでしょう。

この中学の担任のような方ならば、このプログはもっと
荒れてるか、閑散としてるでしょう。

>投稿: | 2012年7月24日 (火) 12時17分 にレスされた方

HNを書かれた方が意見交換し易いと思います。

投稿: nagi | 2012年7月24日 (火) 14時52分

>一生懸命に生徒の話を
聞き、向き合っていじめから守ろうとしたでしょう。

そうかな?
聞いたところで、因果関係が不明で、加害者の行為や心理的背景も調べられず、なんの評価もしないまま時が過ぎ、気が付けば事態はより悪化しており、でも人事考課に影響せず上ものらりくらりなので、取り敢えず放っておくか、という状況でしょ。

事が看過できない状況になって問い詰められると情緒的なところへ持っていく。

何も評価できず、そして何も前に進まない。

投稿: びわこ | 2012年7月24日 (火) 21時41分

Lさん、かもめのじょなさん、ヤレヤレさん、栃木県民さん、2012年7月24日(火)00時05分に投稿された方、普段は傍観者さん、2012年7月24日(火)00時25分に投稿された方、あまのじゃくさん、2012年7月24日(火)12時17分に投稿された方、びわこさん、nagiさん、コメントありがとうございました。

何人かの方からフォローとなるコメントをいただき、たいへん感謝しています。また、昨夜記したとおり拙く分かりづらい文章かも知れませんが、ご理解いただける方々には伝わっていることも感じ取れホッとしています。

一方で、あまのじゃくさんに対しては、ますます混乱させてしまったようで文章力や伝達能力の不足を改めて省みています。さらに説明を重ねてもご理解いただけるかどうか自信ありませんが、もう少し努力してみます。ご指摘のような混乱要素がありましたので、次のように整理してみました。

①「あいつは何するか分からない危ない奴だ」と思うことは、完全にセーフです。何の罪に問われるものではありません。
②「あいつは何するか分からない危ない奴だ」と言葉にすることは、名指しされた相手が不愉快に感じるかも知れませんがセーフです。名誉棄損で訴えられる可能性もありますが、必ずしも裁判で負けるとは限りません。
③「あいつが人を殺した」と思うこと自体は、上記①と同様に完全にセーフです。
④「あいつが人を殺したかも知れない」と言葉にすることは、相手から名誉棄損で訴えられる可能性もありますが、ぎりぎりセーフです。
⑤「あいつが人を殺した」と公衆の面前で断定調に発言し、その結果、事実でなかった場合は完全にアウトです。

以上のような説明も分かりづらく、ますます混乱させてしまったかも知れません。要するに大津市の問題で男子生徒を自殺に追い込んだのは「日教組の責任が大きいかも知れない」という言葉に比べ、「日教組の責任が大きい」と断定調でインターネット上に書き込むことは雲泥の差があるものと思っています。それでも断定調に書き込む場合は、しっかりとした根拠を示すべき類いの慎重さが必要だと考えています。

もう少し補足すれば、批判の対象が特定の人物や団体に限定しないケース、例示している批判内容が具体的なものではないケース(いじめ自殺事件などとの対比で)は、今回記事のような注文を付けるつもりもありません。したがって、あまのじゃくさんが「日教組をはじめとする労働組合の考え方は、権利を最初に規定しているから罪が大きい」と断定調に語られたとしても、その見方への評価は個々人で分かれるものと思いますが、特に自制を求める発言だとは考えていません。以上の点について、ぜひ、少しでもご理解いただけるようであれば幸いですので、よろしくお願いします。

なお、nagiさんからも一言ありましたが、お名前のなかった3人の方へのお願いです。意見交換をスムースに行なうためにも、ハンドルネームの記載についてはご協力くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2012年7月24日 (火) 22時04分

あまのじゃくさん

>「日教組をはじめとする労働組合の考え方は、権利を最初に規定しているから罪が大きい」
>当然組合が「人権」や「労働者の権利」を声高らかに謳っている事を指している。

組合が、労働者の権利を規定しないで、いったい何を規定するんですか?
あまのじゃくさんは、労働者に権利は必要ないとお考えですか?

労働組合は労働者の権利を守るために存在するものであり、それを真っ向から否定するということは労働基本権は必要ないという認識でよろしいですか。

投稿: 下っ端 | 2012年7月24日 (火) 22時24分

言葉刈りですね。
保護法益は当人の名誉感情なので日教組に聞いてみましょうよ。

労働者は権利だけではなく義務も課せられているんですよー

民法
(基本原則)
第一条 (略)
② 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

労働基準法
(労働条件の決定)
第二条 (略)
② 労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。

投稿: L | 2012年7月25日 (水) 06時16分

Lさん

言葉狩りと言いますが、そう言われるようなことを発言しているのも、事実ではないですか。
別に日教組の肩を持つ気はサラサラないですけどね。

ある意味極論なんでしょうが、そもそも業務内容については当局側や管理職が責任を負うべきであり、組合は労働条件に関する権利を
闘争する組織である以上、組織や業務について異論があるならば管理側を是正する意見や方法を論ずべきではないですか。

日教組や自治労がお嫌いなんでしょうが、労働組合を否定することに繋がるとは思えません。

投稿: 下っ端 | 2012年7月25日 (水) 07時17分

政治家も公務員も言葉に責任を持ちませんからね。

>、組織や業務について異論があるならば管理側を是正する意見や方法を論ずべきではないですか。

このような介入は、伝統のある労組では日常的に行われている機能のひとつであると、OTSUさんや元公務員さんは仰っていたはずです。

大津市教委ですが、これほどの社会的混乱を起こしても潰れないのだから、公務員の気が緩むのも仕方がありません。

投稿: L | 2012年7月25日 (水) 08時13分

OTSUさんへ
あなたの記事を見て「感性と目的が違うのではないのか?」と疑問を呈しましたがその通りでした。

「批判」は「将来を改善する為」のものです。批判は「入口」で将来の改善が「出口」。
大工仕事で言えば「良い大工道具を揃える」のが「入口」で「立派な家を建てる」のが「出口」。

私は常に「出口」を見ている。将来良くする事が最も大事。その為の批判です。
しかしOTSUさんは「入口の吟味に余念が無い」のです。

実はこれと同じ事が、今回のいじめ問題でも起こった。

生徒同士の対立が(自殺の前に)分かった時、教師と教育委員が話し合って「これはいじめではなく喧嘩と判断した」と(胸を張って)語っている。私から見ると馬鹿と言うしかない。余程「いじめを見逃した」と言われたくなかったのだろう。

では質問しよう、「喧嘩なら児童が自殺しても構わないのかね?」

貴方達は気付かないでしょうね、大事なのは「学校統治を滞りなく行う」事であって「いじめか喧嘩かを峻別する事」では無いのです。

いじめにも喧嘩にも「様子を見てて良い」ものと「介入すべきもの」がある事も理解していない。
おまけに良好な出口を探る為の「体罰」という道具を放棄してしまっている。

金八先生は「生徒を正す為なら暴力もふるう」・・つまり出口に拘っているから評判が良いが、今回のいじめの関係者は「入口」にばかり拘っている・・言い換えれば「体裁ばかり気にしている」から(一般社会から)批判されているんですよ。

「びわこ」さんが批判しているのは「そういう態度」でしょう。OTSUさんは道具のチェックは上手だが、大工道具ばっかり吟味しても、良い家は建たないよ・・と。

下っ端さん、権利についての質問ですが「前記事、7/20:10:01」の私の書き込みを参照してください。

投稿: あまのじゃく | 2012年7月25日 (水) 09時21分

>下っ端さん

あまのじゃくさんのおっしゃってるのは、権利不要論ではなくてですね、

意訳的に解説すると、
まずは権利の使い方を学ばせてから、権利を与えよ
ということなんでしょう。

いきなり頭から、「これ、あなたの権利で、自由に行使することが認められるんですよ」と刷り込まれれば、状況も考えずに、とにかく権利なんだから、自由に行使できるんだから認めろ!という姿勢につながる。
現に、労組の権利行使の仕方に対しては、一般の感覚からすれば、そういう姿勢に見えるわけです。

本来、権利ってのは義務が伴うものです。そして、自由ってのは責任が伴うものです。
自由に行使していいけど、そこから生じる、他人からの批判だとか、否定的評価だとかいったものも、当然受け入れてね、ということなわけで。
ところが、左系の人を見ていると、「自由だから、あんたに批判される筋合いはない」っていう姿勢の人が多いんですよね。

いやいや、自由の裏返しは、自己責任やでと。批判に晒されるような権利行使の仕方をしといて、何言うてんねん、と。
もちろん、批判が不当なケースもあるので、難しい問題ですが。

投稿: かもめのじょな | 2012年7月25日 (水) 23時42分

>かもめのじょなさん

もちろん、その通りだと思います。
それは前提の上での話しであることは当然なんですが・・・・・

その一方で、組合である以上どんな要求をすることも「アリ」なわけで、後は労使交渉で決まることになります。
逆を言えば、管理側はどんな過酷な条件であっても提案することは可能なわけで、「給料を半分にしま~す」と協議を持ちかけることも「アリ」です。

私はあまのじゃくさんの考え方は賛同できますし、かもめのじょなさんのおっしゃることもわかります。
でも、だからと言って一方的に極論のような話を持ち出すことに、違和感も感じます。

組合が業務内容や人事まで口出しをするなら、そのことを是正すればいいだけの話であり、組合は不要には繋がらないと思います。
また、そういった介入を許してきた管理側こそ、襟を正すべきではないでしょうか。

ここに書き込みをする方は、それなりの考えや意思をお持ちの方が多いと思うので、そういった中で組合に対して批判的な意見も多くなるのかなとは思います。
単純に、労働者が得ている絶対的な権利である組合というものを、もっと尊重したほうがいいのでは?と思ってしまいます。
(組合=自治労ではないですよ。全ての組合についてです)

投稿: 下っ端 | 2012年7月26日 (木) 07時21分

絶対的権利など「絶対に」存在しない。

Aさんの権利とBさんの権利はお互いに侵害する関係ですから、絶対的権利を規定した瞬間から「それと対立する人達の権利」が常に侵害され続けるのです。

権利を尊重するのではなく、理不尽な制限を撤廃すべきなのです。少なくともそう考えておかないと「権利」というものが独り歩きをし肥大化し、ひいては「権利」が「人権侵害」の最たるものになっている。

投稿: あまのじゃく | 2012年7月26日 (木) 10時41分

権力による究極の人権侵害である死刑や戦争を除いても、権利は相対的ですものね。

でも組合活動は本音のところではアウトサイダーなので、その時の力関係でどうにでもなる、と聞いたような。

本工主義(ムラ主義)よ、サヨウナラ。

投稿: L | 2012年7月26日 (木) 15時33分

>でも組合活動は本音のところではアウトサイダーなので、その時の力関係でどうにでもなる

そうですね、それも否定はしません。

故に、当然ながら組合側にも権利を主張すべく義務を果たす必要はあるのも当然です。
組合というより、組合に加入している一人一人が、与えられた職務を全うするという、社会人としての当然の義務を全うする。

これも、組合というよりは、一人の大人としてまずは個人が果たすべき義務だと思います。

その上で、組合というものは労働者の権利として認めるべきであり、権利の主張を抑制するようなことは自分たちに与えられた権利を放棄することに繋がることが怖いと感じます。

投稿: 下っ端 | 2012年7月26日 (木) 17時59分

>下っ端氏

ここにレスする方で組合に批判的な理由は、組合の本来の
目的である労働者の待遇改善等をおざなりにし、政治目的の
活動に血道をあげてるからです。

今日の記事で、最低賃金の引き上げ議論が厚生労働省であった
そうですが、結局7円アップの結論になったようです。
「国民の生活が台無し」の新キャッチフレーズの民主党は
最低賃金1000円を公約にしてましたが、過去の話のようです。

労働組合なら、オスプレイ搬入反対のデモをする前に、
最低賃金アップのデモをするほうが先でしょう。
しかし、組合にとってはそうでないようです。

だからこそ疑問に思うのです。
連合は、はたして労働者の味方であるのか?

みなさんも経験ないでしょうか。一人の劣悪な職員の為に
職場のモチベーションや効率がさがることが。
しかし他の社員がどれほど上司に訴え指導をもとめても
改善は難しい。またそのような劣悪な社員ほど権利意識が
肥大している。
特に公務員では免職も難しい。組合も動かない。
さて、労働者を守るものはなんでしょう。

投稿: nagi | 2012年7月26日 (木) 18時11分

僕もnagiさんの前段には同意見。

数は正義、数は力ってところがあるから、本来の目的と多少ずれてても、
呉越同舟的に手を組む結果、労働者の待遇改善に協力する代わりに、
ほかの部分で協力するってのも、一つの作戦だとは思います。

だけど、そういう組織行動ばっかり目立ってる気が。
で、本来の目的見失ってない?取り込まれてない?あるいは元々が
別の目的じゃないの?となど思うわけで。

だから、自分たちの構成員、あるいは同様に労働者の待遇改善への
取り組みへの協力くらいにしておかないと、自分たちの待遇改善の
訴えをしたときに、「どうせ左翼の連中だろ、苦しんでる?ざまぁ」くらいにしか
思ってもらえないとしたら、共闘すること自体が損なんじゃないんですかねぇ。

投稿: とーる2号 | 2012年7月26日 (木) 19時39分

下っ端さん、Lさん、あまのじゃくさん、かもめのじょなさん、nagiさん、とーる2号さん、コメントありがとうございました。

もう少し述べたいこと、述べなければならないことが多い展開ですが、木曜の夜を迎えています。どのような繋げ方になるか分かりませんが、新規記事の中で改めて思うところを綴らせていただくつもりです。議論の流れに素早く対応できず恐縮ですが、何卒ご理解ご容赦ください。

投稿: OTSU | 2012年7月26日 (木) 22時38分

法律で最低賃金を時給1000円に上げると何が起こるかと言うと、端的には「生活保護費を1.5倍」にした事と同じ現象が起こります。

1:生産性が時給500円しかない人達が職を追われる。
2:仮に職に留まった場合、市場原理は500円の価値の物は500円でしか売れないので、差額の500円(時給ー生産性)を「何か」で補填する事になる。

2の「補填の仕方」は2種類、「税金」か「生産性が5000円の人の給料を1500円に下げる」かの選択。

何故1000兆円の借金をしたかと言うと、「生活保護」や「年金受給者」・・つまり非生産者への給付を税金で補填してきたからなんですよ。
そしてこの中に「公務員」も入っているんじゃないのか?って事です。

要するに最低賃金を1000円に上げると、次の3つのどれかが起こる。
1:多くの人が職に就けない。
2:国の借金が増える。
3:高い能力を持った人の「やる気」を削ぐ。

まあ日本崩壊のシナリオですな。

労働組合が最低賃金の引き上げに賛成する筈がありません。
組合は労働者の中の「勝ち組」なんですよ。もっと言えば「搾取組」。派遣、パート、日雇い労働者、税金の犠牲の上に組合の利益が成り立っている。

だから組合の幹部はこう思っている「最低賃金なんて上げたら、俺たちの取り分が少なくなるじゃね~か」ってね。
何なら今の組合員で「時給1000円以下」の人達がどれ位いるか調べたら宜しい。自治労の中で「時給1000円以下」の人はどの程度いますか?

投稿: あまのじゃく | 2012年7月27日 (金) 09時57分

う~~~ん。(汗

あまのじゃく氏が言われることは真実と思いますが、

>労働組合が最低賃金の引き上げに賛成する筈がありません。
組合は労働者の中の「勝ち組」なんですよ。もっと言えば「搾取組」。派遣、パート、日雇い労働者、税金の犠牲の上に組合の利益が成り立っている。

だから組合の幹部はこう思っている「最低賃金なんて上げたら、俺たちの取り分が少なくなるじゃね~か」ってね。
何なら今の組合員で「時給1000円以下」の人達がどれ位いるか調べたら宜しい。自治労の中で「時給1000円以下」の人はどの程度いますか?

非常に強烈ですね。

投稿: nagi | 2012年7月27日 (金) 15時42分

財務省よ!
教員予算をもっとカットせよ!
反日教育を続ける日教組教員の給与は80%カットでいい!
国家・国旗・国歌を否定する輩は公金で給与を得る資格はない!

http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings_fs/material/zaiseib190521/02_c.pdf

もっと削減だ!教員給与削減で世直しだ!

投稿: 年収百万円減公務員 | 2012年7月27日 (金) 20時23分

>組合は労働者の中の「勝ち組」なんですよ。もっと言えば「搾取組」。

付加価値があればイイんですけどね。
吏員とか教師とか資格任用とされる(現業は比較が容易)に付加価値っていう概念はあるんでしょうか?
身分保障と同じように賠償責任は行政が負い、直接的に個人では負いませんよね?
これは、公正さを担保する(萎縮しない)ためのものらしいですが、教育行政などは身内に萎縮しっ放しですよね。
虐めを例に挙げれば、犯罪を構成するものについて加害者から訴えられるほど加害者を追求するのが筋というものですが、楽な方に流れて知らぬ存ぜぬの無作為に挙句の果ては違法な隠蔽(断定)。
今の公務員って法が予定するものではないのが明らかです(断定)
こんな奴らに身分保障などおこがましい。

最低賃金を上げれば国際的に価格競争にさらされるものはアウトになる可能性があります。
日本語が参入障壁になっているものは北部ヨーロッパ等のように人件費が高く物価も高い状況にすればいいのでしょうが、それ以外の産業を切り捨てることになるのでしょうね。

投稿: L | 2012年7月27日 (金) 20時24分

尾木ママの見方もそうですが、日本が競争力を持つためには、意欲のある子供たちを学校という檻から解放することが必要でしょう。
公立校は給食までに縮小、後はバウチャーで個性に応じた学びを行う。
教師も兼業により生計を立てる。
組合で政治活動などしている暇はない。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120727/dms1207271225014-n1.htm
>「学校そのものが、いじめを助長するような体質を持っている。給食を15分以内で食べ終えなきゃならなかったり、みんなと同じことができなければさらし者にされる。学校という秩序から外れた者は疎外される。そのシステムを変えていかない限り、同じような問題は出てきます」

 教師の対応がいじめを生むきっかけになることもある。

 「教師にとっては指導でも、生徒にとっては、さらし者にされたような気になることがある。そうした指導が、(生徒間の)いじめの引き金になることがあることをどれだけの教師が理解しているか」と尾木氏。

 大津のケースでは、生徒のいじめを、担任の教師が見て見ぬふりをしていたとされるが、こうした職務放棄は論外だ。

 このまま日本の教育は沈んでいくだけなのか。

 「ひとつの教室に40人近い生徒を詰め込んで行うこれまでのような集団教育ではもう限界。生徒の個性を尊重できないいまの教育体制だと、学校は北朝鮮化していくだけ」。少人数制への移行-。再生へのカギはここにあるとみている。

投稿: L | 2012年7月27日 (金) 20時42分

>下っ端さん
>組合は不要には繋がらないと思います。

ええと。私の先のコメント中の
>>あまのじゃくさんのおっしゃってるのは、権利不要論ではなくて

についても、
>その通りだと思います
と返して頂いたんですよね?

組合・権利不要ではない、という前提は互いに一致してると思いますが。

投稿: かもめのじょな | 2012年7月27日 (金) 21時37分

私は公務員だし、この場だとどうしても組合=自治労や日教組というイメージがあり、それらを擁護しているように思われているかもしれませんが・・・・・
ただ単に、労働者の権利を軽視するようなことは、避けたいなと感じているだけです。

確かに、組合を結成できること自体、今の時代は勝ち組なのかもしれません。
それでも、この権利は労働者の大切な武器として、大事にしていくべきものであると思うのです。

大津市の色々な対応、もちろんとんでもないと思いますよ。
義務を果たさず、権利だけを主張するのも良くないですよね。

そういう具体的な内容というようり、もっと前段のところを言いたかっただけです。
なので、皆さんの意見に反論する意味では書いていません。むしろ、同調しています。

投稿: 下っ端 | 2012年7月28日 (土) 00時21分

労働運動が胡散臭いものに堕落してしまった現在において、労働組合の理念と本質(実態)との乖離を埋めることは、公共の理念と公務員の本質(実態)の関係のように内部者自身では不可能であり、(橋下のように壊し屋によって)既存のものの継承ではなく、経緯もろとも(ゼロベースで)ぶち壊さないと解決しません。

戦前の労働運動と国の関係、及び博徒(アウトロー)の取り扱いも興味深い。
違法性のある公務員にはアウトサイダーではなくアウトローを宣告したい。
今や博徒(暴力団)は、必要悪ではないと国も排除し始めたのだから。

(wikipediaより日本の労働運動史)
>現場レベルでは、組合役員の出世と引き換えに、現場の要求がなかなか取り上げられないことになった。また、バブル期に入社した組合役員の子弟による役員の世襲化が進んだ事により、一般組合員との意識のずれも垣間見られた。

>失われた10年と言われる不況下にあって、正社員はサービス残業・成果主義の荒波に見舞われ、心身ともに疲弊した労働者のうつ病・過労死・過労自殺が増えたが、企業内労使協調路線の組合は、会社との友好関係を重視したため黙殺。さらに信頼を失った。

投稿: L | 2012年7月28日 (土) 09時43分

あまのじゃくさん、nagiさん、年収百万円減公務員さん、Lさん、かもめのじょなさん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

新規記事は今回記事(断定調の批判に対する「お願い」)の「Part2」としました。議論の流れをすべて受けとめられませんが、ご覧いただければ幸いです。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2012年7月29日 (日) 02時29分

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