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2012年5月26日 (土)

いろいろな反応

前回の記事「ネットに繋がらない日々」で綴ったとおりの現況から抜け出せていません。毎日、復旧に向けて集中している訳ではありませんが、先週日曜の夜以降も様々な試みを続けています。ブログ記事を投稿した後の帰り道、自宅のパソコンをPC DEPOTに持ち込みました。すると本体内部のLANボードの不具合が見つかりました。

その場で、すぐ部品の取替や調整を依頼しました。しばらく待って、作業が終わり、店内でインターネットへの接続をテストしました。店員が操作する中、久しぶりに私のパソコンがネットに繋がった瞬間を見届けました。これで「ネットに繋がらない日々」から抜け出せるものと信じ、パソコンを家に持ち帰りました。

家に向かう途中、先ほど投稿した新規記事の内容は「少しタイミングが悪かったかな」と思うほど、トラブルが解決したことを疑っていませんでした。しかし、自宅でネットへの接続を試みたところ「送受信エラー」のメッセージが示されるなど、まったく状態は変わっていませんでした。それどころか、パソコン本体の調子も最悪なものとなりました。

購入してから6年以上も年数が経っているため、店頭で様々な指摘を受けました。そのため、合わせてメモリ増設等の処置も行なっていました。あくまでも応急処置的な対応であることの説明も受けていましたが、あまりにも状態が急激に悪化していたため、翌日、PC D EPOTに電話しました。強い口調で訴えた訳ではありませんでしたが、「必要であればメモリを戻し、代金を払い戻します」という意外な返事でした。

前回記事の「Part2」に位置付けるような報告が長くなって恐縮です。このような個人的な問題の悪戦苦闘ぶりが、仮にシリーズものとして続いた場合、ドン引きされる方も多いのだろうと思います(coldsweats01)。したがって、今回の内容は少し別な切り口から思うことを気ままに触れさせていただきます。とは言え、前回記事へのコメントを受け、感じたことが話の切っかけとなります。

特に前回の記事で、お伝えしたとおりコメント欄で逐次レスできなくなっている現状があります。その点を補う意味合いからも、いろいろな意見や指摘に対する私なりの答えや感想を綴らせていただくつもりです。まず前回記事を投稿した直後、とーる2号さんとYoshiさんからネットへの復旧に向けたアドバイスをいただきました。このような善意が前面に出たコメントは本当に有難く、たいへん感謝していました。

そのようなコメントも寄せられていたため、今回もパソコンの現況報告から入っていました。ちなみにLANケーブルやスプリッタを取り替えても駄目で、セキュリティソフトをオフにして試みても駄目でした。後はADSLのモデム本体の不具合を想定し、改めて@niftyのサービスセンターに問い合わせることを考えています。さらにパソコンの買い替えや、この機会に光への移行も選択肢としているところでした。

さて、前回記事のコメント欄を通し、本当に人によって様々な反応や受けとめ方があることを痛感しました。まず記事を投稿した翌朝、匿名の方から下記のようなコメントが寄せられていました。すぐにお答えしたい気持ちもありましたが、結局、週の合間のコメント投稿は見送り、今回の記事本文の中で答えさせていただくこととなりました。

いくら組合のパソコンとはいえ労働組合活動とは全く関係ない私的な個人的なサイトの運営に組合費で賄っている、電気代などを横領して良いのですか?地公法違反ではないのでしょうか?自分でも書いていますよね? http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2012/04/post-0970.html 全く同じだと思います。

組合活動と無関係と決め付けられていますが、前回の記事本文の中で「個人の責任で運営していますが、開設した目的や趣旨を踏まえ、組合員の皆さんには機関紙等を通してPRしていました。 そのような位置付けがあるため」という説明を加えていました。つまり純粋な私的な行為ではない旨を申し上げた上、組合事務所のパソコンを利用している話に繋げていたつもりでした。

したがって、ご心配をおかけしましたが、「横領」や「地公法違反」という指摘には、まったく当てはまらないものと考えています。参考までにコスト面の話を補足すれば、組合事務所のパソコンは常時接続の料金設定であり、利用している時間分の電気代のみ、かかるのだろうと思います。逆に言えば、その分以外、ココログ・プラスの料金はもちろん、組合から費用的な補助は一切受けていません。

組合の委員長という立場を常に意識しながら投稿していますが、個人の責任で運営している関係上、当たり前なことだろうと受けとめています。それでも組合運動の延長線でとらえているため、一人でも多くの組合員の皆さんに目を通してもらいたいと願っています。そのため、機関紙に自分の記名原稿を載せた際、時々、このブログのPRも行なっていました。

そのような経緯や関係性については「このブログを始めたイキサツ」などで明らかにしていました。いずれにしても私どもの組合員の方から同様な指摘があれば、同じようにお答えし、ご理解を求めていくつもりです。続いて、” ”さんからの一言も意外でした。

今回の記事のテーマでも、「そういえば小沢氏も入院してほとぼり冷めるのを待っていたなぁ」とか思ってしまいました。。。。 でも、そういう思いが広がらないためにも、いち早く復旧させて欲しいと思います。

堂々と答えられないことが多く、都合が悪くなったので、ネットへの接続不調を理由にコメント欄でのレスを避けている、このような受けとめ方をされてしまい、正直戸惑っています。コメント欄との向き合い方は少し前の記事「コメント欄雑感、2012年春」で綴ったとおりでした。何か「仮病」のような姑息さを疑われることは心外であり、ネットに繋がらない事態を「渡りに船」などとは毛頭考えていません。

このような指摘もあったため、今回の記事の中でも、あえてパソコンの復旧に向けた現状を書き連ねていました。直接何人かの方からアドバイスをいただいていますが、残念ながら今のところ復旧の目途は立っていません。引き続き努力していきますが、しばらく記事本文の投稿が中心となることを何卒ご理解ご容赦ください。

前回のコメント欄では記事本文の内容から離れ、他にも様々な話題や考え方が取り上げられていました。いつものことですが、同じ事象や言葉に触れながら人によって、いろいろな反応や受けとめ方に枝分かれしていくことを認識できる機会となっています。具体的な話には踏み込めずに恐縮ですが、それぞれのコメントをしっかり通読している日常に変わりないことは最後に強調させていただきます。

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2012年5月20日 (日)

ネットに繋がらない日々

それは突然のことでした。自宅のパソコン、朝は普通にインターネットに繋がっていました。先々週の木曜の夜、帰宅し、いつものようにパソコンの電源を入れ、まずメールのチェックを行ないました。すると「送受信エラー」のメッセージが画面右下に出ていました。その後、インターネットへの接続も試みましたが、まったくアクセス不能の状態となっていました。

何の前触れもなく、本当に突然、自宅のパソコンがインターネットに繋がらなくなりました。「ネットワークケーブルが接続されていない」というメッセージもあり、分からないなりに復旧に向け、いろいろ試してみました。パソコンのシャットダウン、ADSLモデムの再起動、各ケーブルの抜き差し、システム内の設定変更など、どれも効果はありませんでした。

自分の手には余り、@niftyのサービスセンターにも問い合わせ、2回ほど電話で相談しました。それでも残念ながら復旧に向けたサポートや明確なアドバイスを現時点では得られていません。何かと慌しい日常の中、パソコンの修復に向けて集中する時間を毎日取れるものでもなく、結局、1週間以上経ってもネットに繋がらないままでした。

このブログをはじめ、パソコンから多種多様なネット上のサービスが利用できるようになっていました。携帯電話もスマホではなく、自宅のパソコンがネットに繋がらないと、いろいろ不便な点が生じていました。とは言え、思ったよりも淡々と受けとめ、繋がらなければ繋がらないなりのペースで日々を過ごしていました。

確かに使い勝手は良くありませんが、携帯電話からもネットにアクセスできます。何よりもプライベートな時間であれば、組合事務所のパソコンから必要なサイトのチェックも可能でした。また、このブログは個人の責任で運営していますが、開設した目的や趣旨を踏まえ、組合員の皆さんには機関紙等を通してPRしていました。

そのような位置付けがあるため、組合事務所のパソコンを利用し、これまでもブログの記事更新やコメント投稿を行なっていました。このような代替策があったため、前回の記事「『鉄の骨」』と公契約条例」も何とか組合事務所のパソコンを使って仕上げていました。その際、前々回の記事「長い前置きから大阪市絡みのニュースへ」のコメント欄に次のような一言を残していました。

先ほど記事本文を更新しました。この記事でも途中からコメント投稿は見送り、ロムに専念させていただきました。新規記事においては、さらに事情があって当分コメント投稿ができそうにありません。何卒ご理解ご容赦ください。

具体的な理由をあげなかったため、「何があったのか」と心配された方もいらっしゃったようで、申し訳ありませんでした。その時は、すぐに復旧させ、何事もなかったかのように平常のペースに戻るつもりでした。そのため、あえて具体的な理由を省いていました。ただ前述したとおりネットに繋がらない日々は、まだ続きそうな気配であり、今回の記事を通して情けない「事情」を改めてお伝えさせていただきました。

皆さんからのコメント投稿の数は一時期に比べ、少なくなっています。いずれにしても寄せられたコメントをすべて閲覧していることは今も変わりありません。少し前からコメントへのレスを意識的に抑えるようになっていましたが、ハード面の事情からも素早く対応しにくくなってしまいました。したがって、たいへん恐縮ながら今後もコメント投稿が抑え気味になるものと思いますが、ご理解ご容赦くださるようお願いします。

場合によって携帯電話や組合事務所のパソコンを利用し、コメントを投稿するかも知れませんが、できれば中途半端な参加は控えようと考えています。なお、先週は市役所の近くに出向く予定があったため、その帰りに組合事務所に立ち寄っていました。今週は出納閉鎖に向け、収納業務の追い込みの時期であるため、休日出勤していました。それが終わった後、組合事務所のパソコンに向かっていました。

自宅のパソコンがネットに繋がらないという中味のない内容にもかかわらず、長々と書き込んでしまいました。これまで毎週1回、記事本文を必ず更新してきました。今回の「事情」を理由に途絶えさせてしまうと「開店休業」状態のブログにしてしまう心配もありました。そのような訳で今回、「新規記事を投稿する」ということを第一の目的とし、皆さんへのお詫びと現状の報告を兼ねた内容を綴らせていただきました。しばらく管理人として、きめ細かい対応ができませんが、長い目で見てお付き合いいただければ幸いですので、よろしくお願いします。

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2012年5月12日 (土)

『鉄の骨』と公契約条例

通勤帰りに立ち寄る書店の入口近くのコーナーで、平積みされた池井戸潤さんの『鉄の骨』が目に留まりました。昨年、池井戸さんは『下町ロケット』で直木賞作家となっていました。その受賞作に興味を持ちながらも、ハードカバーの定価に少しためらい、結局、購入するまでには至っていませんでした。文庫本の『鉄の骨』は、そのようなハードル(?)が低く、すぐレジに持ち込んでいました。

『鉄の骨』はストーリー性の面白さをはじめ、いろいろな意味で引き込まれた作品でした。中堅ゼネコンの若手社員が主人公で、「談合課」と揶揄されている公共事業の受注を担当する業務課に主人公が配置転換されるところから物語は始まります。つまり『鉄の骨』は談合の舞台を生々しく描いた小説でした。あくまでもフィクションですが、過去にあった出来事を取材していることも確かだろうと想像しながら読み終えていました。

その著書の中では、談合を「必要悪」と語るゼネコン関係者の言葉が目立ちました。「コストダウンのいきつくところ、利益の削り合いだ。だが、削れる利益にはおのずと限りがある。企業には、決して譲れない最終ラインがある。だが、こうした競争は、往々にしてその最終ラインを脅かすことになる」という登場人物のセリフが談合を「必要悪」とする理由として綴られていました。

しかしながら決して物語は「だから談合もやむを得ない」という方向性に流れている訳ではありません。談合の不法性や「必要悪」という詭弁性などを鋭く批判する人物も何人か登場していました。特に意外な展開の結末には、読まれた方は必ず驚かれるものと思います。なかなか興味深い本でしたが、今回の記事、『鉄の骨』の書評ではありませんので、このあたりで公契約条例の話に繋げていきます。

実は先週火曜の夜、連合三多摩が開いた公契約条例に関する学習会に出席していました。かなり前の記事「公契約制度の改革って?」の中でも記しましたが、千葉県野田市が先鞭をつけ、徐々に広がりつつある公契約条例は談合の防止にも結び付きます。このことが頭に刻まれていたため、講師からの説明に耳を傾けながら、最近読んだばかりの『鉄の骨』の話も思い浮かべていました。

これまで厳しい財政状況を背景に公共サービスの効率化やコストダウンの要請が高まり、国や地方自治体から民間事業者への公共工事や委託事業等における低価格・低単価の契約・発注が増大していました。事業を受託している企業や事業体においても、契約を優先するあまり、一方的な価格の引き下げを受忍せざるを得ない状況に置かれていました。

このような実情や背景は受注先企業の経営悪化や労働者の賃金・労働条件の著しい低下を招き、「最終ラインを脅かす」という小説内の言葉と重なっていきました。もともと入札制度は価格が安ければ良いというものが中心で、特に労務提供型の委託契約は2002年まで「最低制限価格制度」さえありませんでした。

1999年に地方自治法施行令が改正され、価格とその他の要素を総合的に判断できる「総合評価方式」の導入が可能となりました。2001年に予算決算及び会計令、2002年に地方自治法施行令を改正して、「履行確保と公正取引」のために最低制限価格制度と低入札価格調査制度をサービスなどの請負にも適用することが決まっていきました。

しかし、最低制限価格制度、低入札価格調査制度は「できる」規定であるため、ダンピング防止策として実効あるものとはなっていませんでした。2006年に成立した「公共サービス改革法」でも、導入の主な狙いが委託コストの削減でした。サービスの質について法律に明記されたものはなく、それに従事する労働者の労働条件を保障するものがない現状でした。

このような中、先ほど紹介した野田市が2010年9月、独自に賃金等の最低額を定めた公契約条例を施行させました。この動きに続き、政令市である川崎市が2010年12月、三多摩地区の多摩市が今年4月から公契約条例を施行させていました。火曜日の学習会では主に多摩市の条例制定までの経過や課題についての報告や説明を受けました。その第1条に記されている「目的」は次のとおりでした。

第1条 この条例は、多摩市が締結する請負契約に基づく業務及び市が指定管理者に行わせる公の施設の管理業務において、当該業務に従事する者の適正な労働条件等を確保し、もって労働者等の生活の安定を図り、公共工事及び公共サービスの質の向上に資するとともに、地域経済及び地域社会の活性化に寄与することを目的とする。

私どもの市の隣の国分寺市でも、同様な趣旨を目的とした公共調達条例案の制定に向け、大詰めの局面を迎えていました。価格以外の最低賃金基準にとどまらない総合評価方式を積極的に取り入れていることも特筆すべき点となっていました。ところで、きっと当ブログを閲覧されている皆さんの中には、このような動きに対して懐疑的に見られる方もいらっしゃるかも知れません。

この間、連合の中でも自治労をはじめ、直接的な影響を受ける建設ユニオンの皆さんが公契約条例の普及に力を注いでいます。しかしながら決して労働者のためだけの条例ではなく、多摩市の「目的」の後段にあるとおり良質な公共サーピスの確保、地域経済の活性化などに繋がることも間違いありません。談合を撲滅させながら、「安さ」が中心となった過当な競争に歯止めをかける方策として、ぜひとも、全国に広げたい制度だと考えています。

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2012年5月 5日 (土)

長い前置きから大阪市絡みのニュースへ

このブログは個人の責任で運営しています。始めた経緯は以前の記事、文字通り「このブログを始めたイキサツ」などで綴っていました。公務員やその組合側の言い分も発信したいという仰々しい理由は、かなり気負った切り口上だったようです。福岡市職員の飲酒運転事故や社会保険庁の年金記録漏れの問題など、公務員に絡んだ不祥事が取り沙汰された際、このブログのコメント欄には様々な意見が寄せられていました。

たいへん手厳しい批判が続く中、その都度、私自身が答えられる言葉で対応してきたつもりです。しかしながら公務員やその組合全体の考え方を代弁できるような責任や能力がない中、私から答えられる言葉の範囲にも一定の限界がありました。当然、そのような点は分かり切った上で、不満のはけ口や憤りの矛先を当ブログのコメント欄に寄せられていた方々も少なくなかったものと思います。

それでも中には、ご自身の主張と私からの「答え」に温度差があった場合など、私自身に対する厳しい批判に繋がっていました。ご自身の「答え」に絶対的な自信を持たれ、そのモノサシから外れた考え方はあり得ないと思われる方々に見られる傾向でした。先ほど個人の責任と記しながらも、関係者の皆さんらに対しては必ずしも匿名の扱いとなっていません。そのため、「ブログでの発言の重さ」で綴ったような難しさや悩ましさも否めませんでした。

一方で、私的なブログであることも間違いなく、時事の話題や書評のような記事内容を通し、個人的な思いも率直に綴ってきていました。するとブログを通した主張や感想の内容以前の問題として、「中立であるべき公務員が!」という見方から批判を受ける時もありました。また、大阪市の話題を取り上げると「大阪のことにかまけていられないっしょ」、検察の体質に疑問を投げかけると「安否不明者を放置できる体質は、どのように変えるのでしょうか?」と指摘する声なども示されていました。

個人の責任による運営とは言え、前述したような位置付けを明確にし、コメント欄をフルオープンにしている関係上、様々な批判意見が寄せられることは覚悟しています。ただ感情を抑制することに人一倍長けている訳でもありませんので、トゲのあるコメントに対してはトゲを含んだコメントで返す時も少なくありませんでした。このような最近の問題意識を踏まえ、「迷った末の結論」であり、「コメント欄雑感、2012年春」という記事に繋がっていました。

そもそも当ブログは多面的な情報を提供するための一つのサイトとして開設していました。例えば橋下市長を支持する声が多かろうと、少なかろうと、問題だと思った点は指摘していくというスタンスで続けています。したがって、批判意見が殺到することを避けたければ、そのような恐れのある記事を投稿しなければ良いだけの話でした。しかし、それでは、このブログを続けていく意味合いが薄れていく発想であるため、今後も批判意見が多く寄せられるような記事の内容も投稿していくつもりです。

いつものことですが、前置きのような文章が長くなっています。これはこれで訴えたかった内容ですが、簡潔さからは遠ざかってしまいます。それでも引き続き、最近、気になった大阪市に絡む二つのニュースを紹介させていただきます。初めに申し上げますが、発端となった自分の入れ墨を見せ、子どもたちを恫喝していた児童福祉施設職員の行為は言語道断です。だからと言って、全職員3万8千人に対して次のようなアンケートを行なう必要性については非常に違和感があります。

大阪市の橋下徹市長は2日、全市職員を対象に始めた入れ墨の有無を尋ねる記名式のアンケートについて「人事管理として聞いておくのは問題ない。こういうことを聞かなければならないような組織自体がおかしいし、やらなくてもいい組織にならなくてはいけない」と述べ、調査の正当性、必要性を強調した。調査は市職員倫理規則を根拠として、1日に開始。首や腕、膝下など「業務中に市民の目に触れる可能性のある部分」は市長の業務命令で回答を義務づけ、その他の部分については任意回答だが「できる限り協力を願いたい」としている。

市によると、実施にあたっては複数の弁護士に妥当性を相談し、問題ないと判断したという。橋下市長は「勤務中に入れ墨が市民の目に触れることになれば、市民が不安感や威圧感を持ち、ひいては市の信用を失墜させることにつながるのは明らかだ」としている。市は「実態を把握した上で人事配置上の配慮を行う必要がある」としており、市民の目に触れる部位に入れ墨がある場合は、市民と接しない部署への配置転換なども検討するという。【産経新聞2012年5月2日

他のメディアの取材によると、独協大大学院の右崎正博教授(憲法)は「表現の自由やプライバシーに関する事項を申告させるには、よほどの必要性がなければいけない」と指摘し、「市民に威圧感を与えるというだけで大阪市が調査するのは認めにくいのではないか。職務能力には直接関係のない問題で、市が強制力をバックに申告させ、従わなければ処分というのは乱暴だ」と語っていました。

ルポライターの鎌田慧さんも「暴力団の構成員だったら問題だが、今はファッションで入れ墨をする人もいる。長袖を着るなど、本人が隠すように気を付ければいい」とコメント。「思想表現の自由に関わるだけに見逃せない。上からがんじがらめにされて萎縮した職員に柔軟で良質な市民サービスはできなくなるだろう」と批判していました。このアンケートに関しても積極的に賛同される方が多いのかも知れませんが、ぜひ、橋下市長には次の報道内容のほうも深刻に受けとめて欲しいものと考えています。

地域政党・大阪維新の会(代表・橋下徹大阪市長)の飯田哲史大阪市議(28)が、政務調査費で支払った事務所賃料の3割近くを、自らの後援会への政治献金として事務所オーナー側から受け取っていたことがわかった。賃料は高めに設定され、上乗せ分が献金として還流していた。事務所オーナーの父親で飯田氏の支援者だった会社社長によると、飯田氏は当選後の昨年5月、実際より3万円高い月額12万円で事務所の賃借契約を結んだ。昨年12月、8か月分の上乗せ額に相当する24万円を社長から受け取り、これを政治献金として処理した。

飯田氏は、賃料の9割にあたる月額10万8000円は政調費から支出。賃料は社長からの要請で決めたと主張している。飯田氏は3日、記者会見し「市民に疑念を抱かれないようにしたい」と述べ、献金24万円を全額返金したことを明らかにした。賃料に支出した政調費の一部を近く市に返還する意向も表明した。維新幹事長の松井一郎大阪府知事は読売新聞の取材に、「政調費を還流するようオーナー側に求めていれば問題で除名だ」と語った。社長は「『9万円でどうか』と示したら、飯田氏側から『契約書は12万円で』と言われた」と話している。【読売新聞2012年5月4日

ちなみに結局のところ大阪市の捏造リスト問題では当該の組合に対し、大阪維新の会の代表である橋下市長も、杉村幸太郎市議からも謝罪の言葉は発せられませんでした。今回の問題では、橋下市長が毅然とした処分を下すことは当たり前だろうと見ています。そうでなければ、自分の部下である職員は一貫して敵であり、その敵を攻撃することで支持率を上げる、一方で、維新の会の議員は守るべき味方という打算的な構図を想像してしまいがちです。

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