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2011年11月27日 (日)

競争の善し悪し

前回記事(「大阪秋の陣」の結末は?)のコメント欄で記したことですが、選挙結果こそ究極の民意の表れと結論付けられ、勝者の言い分が「正しい」という構図に繋がります。そのような点を頭から否定できないため、今夜、結果が明らかになる「大阪秋の陣」の行方は非常に重要でした。橋下前知事が「大きな方向性は有権者に決めてもらうしかない」とし、選挙戦の争点として掲げられた大阪都構想は、そもそも都市間競争に勝ち抜くための手段だと言われています。

大阪維新の会が提案し、物議をかもしている大阪府職員基本条例案大阪府教育基本条例案も、教職員間の競争、学校間の競争、児童生徒間の競争を重視した内容となっています。条例案それぞれの問題点は、リンクを張った先の大阪府総務部と大前治弁護士が詳しく指摘されています。それら条例案に対する個別の具体的な論評などはリンク先の資料をご覧いただければと考えています。今回の記事では競争の善し悪しに絞り、広い意味合いから自分なりの問題意識を綴らせていただくつもりです。

まず記事タイトルに掲げたとおり競争そのものに対し、善し悪しがあるという立場です。そもそも競争のない社会などあり得ず、競い合うことで、より高め合い、成長していくというプラス面は率直に評価しています。誰もがそのような点は否定されないものと思っていますので、各論への評価や競い合うことの度合いに対し、個々人の受けとめ方の枝分かれが始まっていくのではないでしょうか。

もう少し整理すれば、あらゆる事例に競争を取り入れるべきと考えるのかどうか、競争は絶対であり、競争は万能であると信じるのかどうか、競争のない閉鎖された空間は衰退し、既得権益に胡坐をかく勢力が跋扈するように見るのかどうかなど、様々な論点があり得るのかも知れません。単純な区分けは乱暴なのでしょうが、競争を重視される方々は市場主義や成果主義を信奉され、いわゆる新自由主義(ネオリベラリズム)の発想を支持されているものと考えています。

以前の記事(「いざなぎ超え」と新自由主義)で、小泉政権時代の「痛みを伴う構造改革」によって、ごく少数が「勝ち組」、圧倒多数が「負け組」となる格差社会を作り出したことについて触れました。小泉元首相と竹中元総務相は格差社会になることを躊躇せず、1980年代にサッチャー英首相やレーガン米大統領が推し進めた新自由主義の路線を踏襲していた点などを記していました。新自由主義とは、小さな政府、大幅な規制緩和、市場原理の重視などを特徴とし、富の再配分を基本とする自由主義(リベラリズム)や社会民主主義と対立する経済思想です。

新自由主義は「強い者を優遇し、もっともっと強くして、勝ち上がった一握りの大企業や大金持ちが日本経済を活性化させる」という考え方でした。「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する」というトリクルダウンと呼ばれる政治思想で、「金持ちを儲けさせれば、貧乏人もおこぼれにあずかれる」ことから「おこぼれ経済」とも称されています。つまり国が立ち直るために弱者は切り捨てられても仕方がない、競争力のない企業は倒産し、市場から即刻退場を迫られる冷酷さを抱えた路線でした。

この新自由主義によってイギリスやアメリカの経済が回復したと評価される一方、貧富の格差拡大が犯罪の多発など社会の不安定化を招いたとの批判も少なくありません。イギリスは新自由主義の誤りを認め、ブレア政権ではサッチャリズムの修復に力を注いできました。国際的には過去の遺物となりがちな新自由主義に日本は「周回遅れ」で突き進んでしまった訳ですが、経済成長のためには副作用も承知の上で荒療治を選ぶしかなかったという解釈もできました。

同時にアメリカ政府からの「年次改革要望書」の存在も注目しながら、当時の記事を綴っていました。その後、民主党は「国民の生活が第一」と訴え、政権交代を果たしました。国民一人ひとりの生活を大切にするというメッセージであり、新自由主義の路線とは対極に位置していくものと思っていました。ただ残念ながら、そのような基本的な理念が個々の政策判断に貫かれているのかどうか、正直なところ疑問視せざるを得ない現状が続いています。

TPP(環太平洋経済連携協定)参加問題も競争を「是」とした判断であり、アメリカの意向に配慮した結論の出し方などは小泉政権時代との違いも分かりづらくなっています。話が拡散しつつありますので、競争の善し悪しに戻りますが、一口で論評できない難しさを改めて感じています。結局のところ競争に対する評価はケースバイケースの判断が必要であり、生じる問題点も個々の事例に沿った手立てを講じるべきだろうと思っています。

市場競争のメリットは、効率的に様々な商品やサービスが人々の手に配分され、売れ残りや品不足という無駄がなくなることです。競争に参加している者同士で勝ち負けが分かれ、所得格差は大きくなりますが、社会全体では豊かになると言われています。貿易のグローバル化も国際的な競争の結果、産業によって日本国内で明暗が分かれ、所得格差は拡大します。一方で、やはり日本社会全体では豊かになり、それぞれの国が一番得意なものに集中するため、世界全体も豊かになっていく見方に繋がります。

所得格差の拡大という問題点を補うためには、国全体の豊かさを再分配政策で全員に行き渡させることが重要です。また、敗者や弱者に対するセーフティネットや再チャレンジの仕組みも欠かせないはずです。そのような手立てが不充分だった場合、市場競争や国際競争のデメリットだけが強調されていくのではないでしょうか。いずれにしても競争に伴う善し悪しを見極めた上で、デメリットを最小化する手立てが必ず欠かせないものと考えています。

競争の結果、優勝劣敗が明らかになります。個人的な問題意識として、勝者を称えることは当然ですが、単に敗者を切り捨てるだけの競争は避けるべきだと思っています。小学校では学力や運動会で順位を付けない風潮が広がっていました。それも極端な話であり、年齢を重ねれば競争が避けられないのであれば、負けた子を腐らせない視点での教育も大切だろうと考えていました。

具体的な事例を取り上げないと話が抽象的になりがちですので、最後に職場における競争、いわゆる成果主義について触れてみます。結論としては少し前の記事「ベターをめざす人事制度 Part2」のとおりですが、相対評価で下位にされた職員を排除する競争は論外だと思っています。百万歩譲って、絶対評価のもと職務を遂行できる能力が著しく欠けていると判断され、底上げをはかれる可能性や本人の意欲がない場合、定められた手順にそって退職を求めるケースが生じることはあり得るのかも知れません。

しかしながら官民問わず、20%や5%などという機械的な数字で線引きした人数を相対評価のもとで解雇するような制度など到底考えられません。そもそも民間企業でも能力不足からの解雇は限定され、裁判でも敗訴する確率が高い現状です。前回記事のコメント欄で、名無しさんから「切るべきものも守るべきものも一緒くたに倒れるまで放置する。そのことの方が何倍も残酷だという事に気が付いていますか?」という問いかけもありましたが、相対評価で職場の仲間を定期的に排除していく組織がチームワーク力を高めていけるのかどうか甚だ疑問です。

「自分が排除される側になったならば淡々と排除されれば良いと思っています。競争に敗れるとはそういうことです」という達観した意見も寄せられていましたが、自己評価と他者からの評価のギャップがあり得るのも人事制度の常です。もっと言えば、その時に配置されていた職場の上司との相性が悪く、好き嫌いの延長線で下位に評価されるケースも想定しなければなりません。それでも労働者にとって極刑に位置付く解雇を淡々と受け入れられるのかどうか、私自身は絶対納得できるものではありません。

最後と記しながら、長くなってしまいました。頑張っている職員、努力している職員が報われる制度も必要です。評価が下位となる職員の奮起を促す制度設計も重要です。しかし、競争そのものは目的ではなく、競い合うことは組織全体の底力を高めていくための一つの手段だと考えています。そのためにも競争の善し悪しを見極めることの大切さについて、今回の記事を通して訴えさせていただきました。長々と書き進めてきましたが、各論の話では言葉不足な点が多いようにも感じています。今後、コメント欄や次回記事で補っていければと考えています。

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コメント

 今回の条例案は、本当にひどい内容ですね。教育委員の陰山英男さんが、(最低ランクの割り当てが決められているため)誰かが貧乏くじをひくことになる。こうしたやりかたでよいのか疑問を呈していました。OTSUさんが指摘されるように法的にも問題があると私も思っています。
 
 

投稿: ためいきばかり | 2011年11月27日 (日) 20時29分

ためいきばかりさん、コメントありがとうございました。

「大阪秋の陣」の結末が示されました。予想以上の大差で、維新の会の両候補が勝利しています。職員基本条例案と教育基本条例案について、今回記事の冒頭に記した言葉通りの決意が橋下前知事から発せられていました。敗れた側は、このような結果を真摯に受けとめながらも問題点は問題点として、今後も指摘していって欲しいものと願っています。

投稿: OTSU | 2011年11月27日 (日) 21時39分

今回の選挙について冷静になって考えたのですが、やはり大阪の地位低下、景気低迷についてそれだけ深刻であることの裏返しなんですね。
その処方箋としてわかりやすい大阪都構想が評価されたのでしょう。
その有権者の思考は理解できるのですね。昭和40年代までの大阪が輝いた時代に戻りたい、と。

ただ、このような大がかりな自治体再編は、平成の大合併で示されたように、相当困難さがあります(それも大阪市の分割)。
自治体再編は住民合意が絶対条件で、今回のように「敵」を作りながらやってしまうと、市民の間に深刻な亀裂が生じると思います。

それに、税収が決定的に足りない状況で東京都のマネは不可能なんで、その結果は見えているので、それがいつ明白になるかがポイントなわけで。なんせ維新の会は、4年で実現しますと言い切ってますから。

また、教育基本条例などの問題がほぼほったらかしの状態ですが、維新の会は間違いなく原案のまま可決するでしょう(教育委員は全員辞任するだろうけど)。

間違いなく、大阪は沈みます。笛吹男とともに大阪湾にね。

田中康夫知事時代の長野県や阿久根市の例をみても、混乱は数年続くでしょう。残念ながら。

あとは大阪市議会だけが頼りです。

投稿: 地方の公務員 | 2011年11月27日 (日) 22時43分

管理人さん、記事更新お疲れさまでした。
また、明日以降に機会があればコメントしますが、この場では補足だけさせてください。
管理人さんの「自己評価と他者からの評価のギャップがあり得る」との問いには、私ならばその要因を分析し自分を変えるように努めますと回答します。それが社会の中で競争に曝されるということだと思います。
また「上司との相性が悪く好き嫌いの延長線で下位に評価される」との問いには、成果主義では一次評価・二次評価・場合によっては三次評価があるのが通常で、その全てで好き嫌いの延長線で下位に評価されるならば、自分が嫌われる何かをしているのです。だからこの場合も自分を変えるように努めるのが正解です。
そして、それでもなお下位に評価させて職を追われるならば、以前もコメントしたとおり自分にとっては辞めるのが一番自然な姿だと思います。それは自分と職種とのアンマッチから起こることでもありますので、早めに職を変えることで自分に適性のある職につけるチャンスが増えると考えています。
最初についた職が一生涯続き、適性が検証されない方が不自然だと、私は思っています。繰り返します、職を追われることは極刑ではありません、チャンスなんです。
引用元:http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2011/10/post-cdd9.html
追記で、地方の公務員さん
あなたの言われるように本当に「昭和40年代までの大阪が輝いた時代に戻りたい」という感情が要因ならば、出口調査で唯一70歳代のみが平松氏を支持していた方が多かったという結果に矛盾しています。要因は「職員基本条例」と「教育基本条例」が絶大に支持された結果だと思いますよ。
それと明日以降、自民党や民主党から続々と維新の会に趣旨替えする市議が必ず現れますし、公明党が相乗りする可能性も高いです。ですから市議会でも条例が成立するのに、そんなに時間が掛からないと予想します。

投稿: 名無し | 2011年11月27日 (日) 23時25分

>それでもなお下位に評価させて職を追われるならば、以前もコメントしたとおり自分にとっては辞めるのが一番自然な姿だと思います。

それ、おかしいやろ。
あなたの勤め先がブラックなんじゃない?
あなたがなぜ辞めなきゃなんないの?
会社があなたに配慮すべきじゃないの?

それと、

えーと、高齢者の平松さん支持が多いのは、維新の会は当初大阪市の市営地下鉄の70歳以上のパス(自己負担なし)を廃止すると言っていて、維新の会の上山信一顧問(優性思想まるだしのブログ記事が物議を醸した)も廃止すべしという主張だったんですね。

年金暮らしの人には今の経済苦境はあんまり関係ないからね。

でも選挙が始まると、敬老パスはなくしません、他の私鉄まで対象を広げます、なんちゃってな主張をしはじめたんですが、その廃止しないと方針転換はウソちゃうかと。平松陣営は、維新の会は敬老パスを廃止しますよと喧伝していたので。

ここで気が付いてくださいねー。
本当に既得権打破ならば、選挙でも敬老パス廃止しますとの主張を貫くべきなんじゃないですかねー。

ま、あそこは選挙に勝つためには何でもアリなんで・・・

投稿: 地方の公務員 | 2011年11月28日 (月) 00時04分

地方の公務員さん
「それ、おかしいやろ。」との問いには、全然おかしくありませんと答えます。労働の対価として報酬を頂く誇りがあり、それは必要とされてその場に居るという自負が不可欠ですから。
「あなたの勤め先がブラックなんじゃない?」との問いにはそれも全然違いますと答えます。一部上場のような企業並みとはいきませんが、しっかりとした就業規則があり福利厚生もありました。ただし他社との競争に勝つために従業員間でも競争が必要だったということでしょう。
「あなたがなぜ辞めなきゃなんないの?」の問いには、自分が甘ちゃんだったからでしょうと答えます。今思えば努力が十分でなかったし、他者へ非情にもなりきれませんでした。しかも他者へ非情になれないぶん、自分にも甘さがあったということです。恥ずかしいことです。
「会社があなたに配慮すべきじゃないの?」との問いには、会社は私に数年のチャンスをくれましたと答えます。それで十分です。でも、私はその間に上位の成績を残せなかった。一部の者から強烈に慕われたのは救いでしたが、それでも給与分の利益をギリギリあげるのが精いっぱいでした。退職を求められた時に、私は必要とされずにその場に留まりたくはないと思いました。
そして、今の所属先では十分必要とされて職場に居れますし、周りからある程度認められて感謝もされていると感じます。私はそれで十分満足しています。
「えーと」以降の後段に関しては、先ほど先週記事の方に書いたとおりです。以上です。

投稿: 名無し | 2011年11月28日 (月) 00時25分

なるほどなぁ。

でもその辞めざるを得なかった企業って、名無しさんを放り出すとは、もったいないことしたよね。
というか、名無しさんの能力開発を放棄するような会社は確かに辞めて当然かもしれんしね。


民間企業の知人とは、実は自動車業界で、某有名自動車会社なんか強烈な成果主義で、優秀な技術者がどんどん病んだり辞めたりして、だから中途採用ばっかりしているとのこと。
そうなれば、技術の蓄積もあったもんじゃないし、その会社の継続性も疑問やわね。

投稿: 地方の公務員 | 2011年11月28日 (月) 00時33分

連投失礼します。

>他者へ非情にもなりきれませんでした。しかも他者へ非情になれないぶん、自分にも甘さがあったということです。


名無しさんは優しい方なんでしょう。いいじゃないですか。そういう人が評価されなきゃだめなんですよ。他者への思いやりは大切です。

それと、このくだり、その自動車業界の知人が全く同じこというてたわ。他者(社)への思いやりは経済合理性とは無関係やから評価されへんけど、「オレは筋を通す」っていうてたなぁ。

投稿: 地方の公務員 | 2011年11月28日 (月) 00時41分

地方の公務員さん、名無しさん、おはようございます。前回記事へのコメントも合わせ、ありがとうございました。

有権者の皆さんにとって、職員基本条例案と教育基本条例案が大きな争点だったかどうかにかかわらず、橋下前知事が実現に向けて強力に推し進めてくることは間違いありません。ただ残念な現実として、その条例案に反対する理由が詳細に周知された結果ではない中で、白黒が示されていることも否めません。それはそれで現行の民主主義の仕組みであり、悩ましさを抱えながらも真摯に受けとめ、問題点は問題点として訴えていかなければなりません。

直近のコメントを通し、名無しさんの横顔が少しだけ垣間見れています。いろいろなご苦労や悩みがあったことを知りました。その実体験に基づき、成果主義などの主張に繋がっていることも分かりましたが、やはり恐縮ながら少し達観しすぎだろうと感じています。

そもそも完璧な人間はいないものと思っています。その時点で至らなさがあっても、その至らなさを伝えることで大きく改善できる余地を誰もが持っているはずです。さらに評価者となる上司も完璧ではなく、評価そのものが誤りだったり、理不尽なものとなる可能性が充分あり得ます。

通常2次評定や3次評定があることもその通りだと考えています。ただ直属の上司も部長や役員など職層が離れれば離れるほど、日常の働きぶりを間近に見れなくなるはずです。その結果、1次評定者の判断が重くなる傾向は否めません。

付け加えれば、上司の過ちを率直に意見具申していた結果、疎まれていくような上下関係も珍しくないものと見ています。このような現状も踏まえた時、成果主義の難点を認識し、これまでの記事のとおりの考え方を持ち続けています。

長々と記しましたが、やはり言葉が不足しているはずですので、機会があれば次回以降のコメントで補足させていただくつもりです。取り急ぎ、気になった点を書かせていただきました。

投稿: OTSU | 2011年11月28日 (月) 08時16分

>ま、あそこは選挙に勝つためには何でもアリなんで・・

自治労が応援する民主党のことですかね。

私の話の発端は、公務員の方なんですよねえ。
しかも教職員のおえらいさん。
本当に苦労してるんですよ。どうしようもない
使えない教員。で、どうしてるのかとたずねると
首にできないから学校で盥回しだとか。
それ以外にもまず反対しかいわない無能さんとか。

そのような話を聞いて、なぜ排除できないのか
不思議に思ったわけがスタートです。

それと地方の・・・方と理解しあえないのは
現在の官と民の理解を表してるのですかねえ
だから公務員バッシングが止まらないのでしょうか。
理解できないし、説明してくれないし、説明も
意味不明だし、なんでできないの? と言うのが
シンプルな気持ちでしょう。

シンプルでナイーブと言われても笑われても
大衆はそんなものなんですよ。

平松氏の敗因はあんな応援を受けたからじゃ
ないですかね。自民、民主、共産に北大教授に香山リカに
とどめは辻元清美なんて終わってるわ。
任期中に何をして、次の任期で何を行うかを前面に
出していたら違った結果やったかもね。

投稿: nagi | 2011年11月28日 (月) 09時09分

「OTSU」氏 久しぶりにコメントします。

今回の選挙結果を対岸の火事とせず、貴方は変わらなければならないと感じます。

会見で橋下氏は「政治に足を踏み込み過ぎたと思っている職員は潔く自主退職していただきたい」とコメントしていましたが、それに対し市職労幹部は「職員や労組への批判を繰り返してきたことには選挙戦術だったと思う。賢明な人なので今後は、こちらを敵とは見なさないのでは」と答えているようです。このやり取りを見て、私は何という平和ボケだと呆れてしまいます。

私は、橋下氏のコメントは武士の情け的な最後通牒と受け取るべきと感じます。彼ならば、平松氏を支持した市職労を絶対に許さないはずです。また、彼は本気の喧嘩慣れをしていて、さらにとどめを刺さない怖さも知っていると感じます。だから、今のうちならば退職金が出るよと言っているように聞こえてなりません。

ハシズムは、そう遠くないうちに貴方のところにも飛び火してくるはずです(ひょっとしたらカワズムかタケズムかも知れませんが・・・ぉぃぉぃ)。
その時に、貴方は自分の周りにいる職員までも巻き込んで、彼らに職を失わせないように、今のうちに政治を口にして個人や政党の支持をしたり推薦したりするのは封印すべきだし、特定の運動に参加したり派遣したりするのも止めるべきと思います。他の人には出来ないかも知れませんが貴方の立場なら出来るのですから、これらは先回りしてやっておくべきことと思います。

おそらく貴方の事だから元より対岸の火事とは見ていないといますが、老婆心で貴方は変わるべきだと言っておきます。


やっぱり、人は何かしらの出来事にぶつかったならば潔く変わるべきと思います。
私自身もつい先日まで原発肯定派でしたが、3月に従業員が被災した際に、持てるだけの物を持って車に入る限りを詰め込んで、翌日に駆けつけてから長々と入り浸っているうちに、すっかり脱原発派になってしまっています(とは言っても、比較的新しい原発はさっさと動かしてエネルギーを確保し、その間に次世代技術の開発に注力し、開発後にそれを使って脱原発をするべきという程度ですけれども・・)。

貴方の記事を時々は読んでいましたが、未だにほとんど帰らないためコメントすることは有りませんでした。そんな場所から見ていても、今回の選挙結果はちょっと衝撃的な出来事でしたので、私なりに感じたことを書かせてもらいました。


しばらく日常と隔絶した場所に居たため、頓珍漢な受け止め方になっているかも知れません。あとは、いつものように読み手の解釈にお任せします。正直、勘が鈍っており、自分の言っていることに自信はありません・・・・(苦笑


※ちょっとセコイですが、原発推進派と原発肯定派を使い分けています。いちおう肯定派でしたが、なにぶん原発に関しては反省すべき言動も多かったので・・・・。

投稿: mobileSE | 2011年11月28日 (月) 20時18分

nagiさん、mobileSEさん、コメントありがとうございました。

mobileSEさん、お久しぶりです。ご指摘のとおり対岸の火事とは、まったく思っていません。以前からお寄せいただいている問題提起ですが、今回の結果を受けて極端に掌を返すようなことは考えていません。ただ今まで以上に現状を見つめ直すための触覚を高めながら、その上で正しいと信じた方向性に関しては、より広範な支持を得られるような発信力も重視していくつもりです。

投稿: OTSU | 2011年11月28日 (月) 22時14分

橋下さんは、タレント票効果よりも嫌役人的なところが庶民(政治活動ではなく市場で飯を食っている権威とは無縁の普通の人達)の共感を読んだのでしょうね。阿久根や幕末の幕臣などが思い返されますが、大阪出身者は民主党や公明党で力がありますから今後が興味深いですね。

京都や奈良は言うに及ばず兵庫県も自治労セクターは質が悪いのでこの流れが波及してもらいたいものです。橋下さんには会見の冒頭に持ってくるくらい頭にきているお役所体質の一掃に力を振るって欲しいものですし世論も支えましょう。

先にどなたか記していらっしゃいますが、中堅以上は酷い。これを分限や退職勧奨もせずに放置しているから若手もそれに染まり役所体質は変わらないんですよ。行政セクターは大切ですが、地方行政のモラルが地方公務員法の服務規程に背いていることが常態化しています。それ故に法令を遵守した運営がなされるよう不純物は排出し絶えず人心の新陳代謝を行わなければなりません。

投稿: L | 2011年11月29日 (火) 12時14分

Lさん、コメントありがとうございます。

前回記事で綴ったとおり橋下前知事は本当に「手強い」候補者だと思っていました。Lさんが触れられた阿久根市の前市長とは比べることが失礼なほど、したたかで、さらにルールを無視するような「独裁」ではないため、今回記事の冒頭に記したような問題意識にも繋がっていました。

今後、大阪市における労使関係から目が離せません。広範な支持を得ているかどうかで見れば、組合側が圧倒的に出遅れた位置にいます。ぜひ、組合側は是々非々の立場で「襟を正す点は速やかに正し、主張すべき点は毅然と主張する」という姿勢を貫いていって欲しいものと願っています。なお、同じ自治労に属している立場として決して他人事ではありませんので、ささやかでも側面から応援できるような思いを当ブログの記事に託していくつもりです。

投稿: OTSU | 2011年11月29日 (火) 22時09分

 大阪もこれからいろいろなことがあるのでしょうが、「出先機関廃止」の職場に勤務している私にとっては、大きな目標(大阪都構想)に向かって進んで行くことはうらやましいと感じることもあります。地方分権で県と政令市が同じ内容で受け皿を主張していますが、その場合、政令市以外の市町村のサービスがどうなるのかはっきりしていないため、少なくとも県単位での受け皿でないと厳しいのではないかと感じています。県と政令市の関係を整理する時期に確かにきているのではないかと感じています。
 OTSUさんの自治体の場合、23区との関係で悩ましいことなどもあるのではないかと推測しています。

投稿: ためいきばかり | 2011年11月29日 (火) 22時43分

「OTSU」氏

貴方が変わることは無いようですね。
こちらは、隔絶された生活から帰ってきたら数人から連絡をいただき、話をしてきたところです。その中で、相変わらず少しもブレないと聞きました。凄いものだと思います。

これからも、そのブレない世界観で生きていくならば、貴方は有権者の半数を超える人から悪と見られ、場合によっては敵とされることもあるでしょう。私ならば、そのような視線に耐えられずにブレると思います。おそらく十分な覚悟をもってされていることだと思いますが、強いなと感心します。


一つ指摘したいことがあります。数か月前の貴方のコメントで被災者に感謝されている自治労のネットワークがあると言われています。ひょっとしたら自治体の職員間で、そのような話があるのかも知れません。しかし、私も半年以上もそのような場所におりましたが、そんな話は一度も耳にしておりません。

もちろん多くの職員は感謝されており、その言葉の中に含まれていることになるのでしょう。しかし、労組に毒された職員はダメだねとの言葉も数回は聞こえてきました。
また、主観で話しをするなと貴方に怒らそうですが・・・。


さて明日から、またしばらく出てきますので、時々読んではいますがコメントする事は無いと思います。
後は、いつものように解釈は読み手の方にお任せします。

投稿: mobileSE | 2011年11月29日 (火) 23時48分

ためいきばかりさん、mobileSEさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

確かに都構想への評価も含め、国、都道府県、区市町村の役割分担について、現場の実態を適確に把握した冷静な議論が必要だろうと思っています。地方分権や地域主権など言葉が先行した中での「行革」という発想ではなく、地域実情や業務のあり方などを精査した上で、必要な再編成という視点を大事にしなければなりません。その議論の際、改めて国の出先機関で働く方々の声が政府中枢に届くよう連合の役割にも期待したいところです。

なお、私どもの自治体と東京23区との関係で悩む場面は、ほとんど聞いたことがありません。お互いが基礎自治体であり、二重行政となる問題は皆無です。その問題は東京都との関係で、図書館など社会教育施設が重なる場合もありました。それでも利用者にとっては市立や都立にかかわらず、ニーズがある限り、数が多いほうが便利だろうと受けとめています。

mobileSEさんからは以前のとおり手厳しい言葉をいただきました。組合がかかわる政治活動の問題へのご指摘ですが、このような例えを思い浮かべています。乱暴な例示でお叱りを受けるかも知れませんが、組合活動における政治活動は完全な違法となる「覚醒剤」ではありません。仮に違法だという認識があった場合、今回のような外的要因を重く受けとめ、キッパリやめるという決断が求められます。

しかし、「百害あって一利なし」と言われる「喫煙」でもなく、プラス面もある「飲酒」のレベルだと考えています。こちらの体をいたわってくださり、「この際、キッパリやめたほうが良い」というアドバイスは有難く思っています。ただ一利以上ある役割も認めているため、「体を壊さないように深酒はしません」という返事が現時点での私からの答えだと言えます。

最後に被災者からの感謝の言葉ですが、このような話を偽るつもりはありません。すぐ番組名などを思い出せませんが、メディアの一部で自治労の活動が取り上げられたこともありました。加えて、「労組に毒された職員はダメ」という指摘があったことも事実だろうと思いますが、だから「公務員は駄目」「自治労は駄目」という木を見て、森全体を決め付けるようなことは控えていただければ幸いです。

今後もお時間が取れる際、mobileSEさんから辛口なコメントをお寄せいただけることをお待ちしています。それでは、お体に留意された上、引き続き被災地でご奮闘くださるようお祈りしています。

投稿: OTSU | 2011年11月30日 (水) 08時24分

「労組」の主張って関心ある人いるんでしょうか?
30数年前までは鉄道ストが歳時記みたいなものでしたが、関心の程度はいかほどだったのでしょう?
官公労の下方硬直性が世の中の実態と乖離していることから目を背けていては誰の共感も得られないでしょう。
レガシーコストの解消は世代を越えるくらいのタイムラグがないと解消しないのはアメリカの自動車産業が教えていますが逃げ切れるのは定年まで10年以内の人でしょうか?
共済は他の年金制度と統合せずに独立してやってください。これ以上のお荷物はごめん被ります。

投稿: L | 2011年11月30日 (水) 08時51分

>だから「公務員は駄目」「自治労は駄目」という木を見て、森全体を決め付けるようなことは控えていただければ幸いです。

OTSU氏、そのお気持ちは理解できます。しかし大多数の一般人に
とってはそこまで深く知る気持ちはありません。だから木を見るか
遠くから森を見るかしかないでしょう。
その結果が現在の公務員バッシングの風潮です。

私が何度も言う「衿を正す」は、最終的に公務員を守る為の方法だと
理解してます。

市議会に一人、自治労が推薦する議員を当選させても
それに反発する議員が三人当選したら、マイナスではないでしょうか。
だから選挙闘争などはするべきでないと申し上げました。

それともう一つだけ。
例の教員の条例ですが、反対意見の政治による介入は許さない。
OTSU氏もそのようにお考えですか。
私もその通りに思います。ただし、現在の教職員が政治活動を
していない場合に限ります。

で、再び言います。現在の民主党の幹事長は誰でしょう?

結果、民意は条例の中身など知らなくても、現状がおかしいと
考え、賛成に向かうのです。

はたして「衿を正す」ことは可能でしょうか。

バッシングの根本を理解できなければ、この風潮は変わらず
政治屋はそれを利用するだけです。

投稿: nagi | 2011年11月30日 (水) 09時14分

Lさん、nagiさん、コメントありがとうございます。

>「労組」の主張って関心ある人いるんでしょうか?
>大多数の一般人にとってはそこまで深く知る気持ちはありません。

残念ながら現状はその通りだろうと思っています。しかし、それでは今日再審を決定した女子中学生殺人事件で、検察側に不利となる証拠が示されないまま、判決を下されるような理不尽さが残ってしまいます。先ほど前回記事のコメント欄でも記したことですが、せめて事実認識の相違や不足からの批判が少なくできるよう当ブログを通し、そのような情報発信に努めていければと改めて考えています。

投稿: OTSU | 2011年11月30日 (水) 22時19分

主様、こんばんは。

さて、くだんの条例案ですが、私も行き過ぎであって不適切と考えています。
何と言っても
相対評価で5%が最低評価+2年連続で解雇の対象とされる
この2点セットは論外だと思います。
部署によっては、「相対的には5%に入るが必要な人材だ」と言えるケースも出てくるはずであり、そのようなケースでも解雇につながるわけですから。
法律を専門的に学んだ経験からしても、恐らく、裁判では解雇無効とされるケースが多くなると考えられますし。

但し、維新の方針では、対案を求め議論を交わしてから、条例案提出という流れのようですので、恐らく相対評価+解雇対象のセットは、是正されると思います。


競争と非競争の議論については、やはり折衷的なものがベストなんだろうと思います。
経済は能力ある者に牽引させる一方で、福祉の充実をしっかりと図る。

ただ、人は裕福な環境では、安穏として成長、向上し難い生物だと思いますので、主様もご指摘されたように、余りな福祉の充実は社会全体から見てマイナスだと思いますね。

私は、むしろ、大事なのはモノの見方だと思います。

例えば、戦時中の人々が、貧しい生活を余儀なくされていながら、不平不満、閉塞感、絶望感に苛まれていたのかと言うと、必ずしもそうではないでしょう。
横に派手な「勝ち組」がいてるのを目の当たりにし、地味な自分の身と比べて劣等感を感じ絶望感を感じる・・・
それは「勝ち組」になれなかったことが不幸なのではなくて、そのような思考を持ってしまうことが不幸なんだろうと、私は確信しています。

言い換えれば、貧富の差で全てを判断しすぎている人間の側の問題ではないでしょうか。勝ち組にとっても、負け組にとっても。

ここ10年ほどでしょうか。子供たちのアンケートで、将来どうなりたいか?との質問に対して、「楽してお金持ちになりたい」というような回答が多いのは、本当に不幸なことだと思います。
子供たちを、貧富の物差し以外の視点を与えることができず、生き甲斐だとか、人生の素晴らしさ等々、しかるべき方向に導けなかった日本の学校教育は、極めて残念です。
(教員を叩く意図はありません。国の問題、国民の問題だと思っています。)

また、日本の学校教育では、子供を鍛えるという発想がなくなってしまいました。心のケアを過剰に発動させ過ぎたんだと思います。
結果、極めてセンシティブな大人が急増し、多少貧しくても逞しく生きる、多少地味でも強かに楽しく生きる、という姿が極めて減少したように思えます。いわば、不幸感を感じやすい大人を増やしてしまった。
もちろん、教育だけのせいではなく、情報過多の弊害も大きいでしょう。

さらには、フェミニズム台頭による家庭崩壊、地域社会崩壊、ネットによる孤立化などなど、日本の社会からコミュニティが猛スピードで減少してきた現実もあります。
人間って、自己が認められるコミュニティとか自分の居場所があれば、多少貧しくても幸福感を感じるはずだと思うんですよね。

以上の次第で、競争による弊害の議論は、必ずしも的を射ていないのではないかと感じます。
(傍から見てると、互いに相手を極論に仕立て上げて叩いてるのかなあ、という気もします。)
この辺りの社会情勢の急激な変化と、人間の思考等々のギャップを、いかに埋めるのか、
これの答えを出すのが先決なのではないかと思う次第です。

抽象論ばかりで申し訳ないです。
長々と誠に失礼いたしました。

投稿: かもめのじょな | 2011年11月30日 (水) 23時48分

かもめのじょなさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

このブログを通し、幅広い視点や立場から多様なご意見を伺える機会を本当に貴重なことだと考えています。記事本文の内容から横道にそれた話題でも、ご自身の思いを気軽に表明されること、もちろん長文も大歓迎です。サブタイトルにあるとおり「雑談放談」の場として、閲覧者の皆さんと気楽に意見交換できればと願っています。ぜひ、これからもお時間が許せる範囲で、コメント投稿くださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2011年12月 1日 (木) 08時15分

組合の要求と昨日の再審報道を同列で語ること自体バランス感覚を逸しているとしか言えません。

やはり身分保障は法に基づいて分限を厳格に運用するような政治状況にしなければならないと確信しました。

投稿: L | 2011年12月 1日 (木) 08時24分

Lさん、コメントありがとうございます。

>組合の要求と昨日の再審報道を同列で語ること自体バランス感覚を逸しているとしか言えません。

>やはり身分保障は法に基づいて分限を厳格に運用するような政治状況にしなければならないと確信しました。

申し訳ありません。なぜ、そのような結論に至るのか、よく理解できません。昨夜のコメントでは、正確な情報が把握されないまま、もしくは知ろうとする努力が放棄されたまま、イメージ先行で公務員やその組織が批判されがちな傾向について、「検察側に不利となる証拠が示されないまま、判決を下されるような理不尽さが残ってしまいます」という言葉で語りました。この表現が「バランス感覚を逸している」というお叱りを受けるとは思っていませんでした。私自身の理解力や非常識さの表れなのかも知れませんが、もう少し分かりやすく説明いただければ幸いです。よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年12月 1日 (木) 21時59分

webのおかげで法令に関してはアクセスしやすくなり、それらを根拠に国から基礎自治体までお話をさせていただいておりますが、地方行政は酷いものです。特に広域行政は伏魔殿ですね。いずれも市場の選択が届かないハードルの高いところにいらっしゃるのでバランスなど気にする必要も無く役所の論理に、内向きに、上向きに、後ろ向きに、従っていれば実態がどうであれ年功序列で大過なく過ごせるところだということを体験しております。お役人の欺瞞や怠慢に何故このようになるか、その仕事ぶり、考え方、トップの人格、職業的動機などを調べました。決してイメージでも先入観でもなく知れば知るほどとんでもない世界があるものだと感じる次第です。

そんなお役人のぬるま湯体質の言い訳に自由の剥奪という根源的な権利侵害を引き合いに出す性根が知れません。

投稿: L | 2011年12月 1日 (木) 22時44分

先週記事のコメントで私のことが書かれていましたが、競争に関する所感なのでこちらに投稿します。
ここで競争を忌避する人は、少しでも企業内で競争を求められたらブラックだと非難し、その結果退職を求めるような事態にでもなればナチスだと切り捨てるような傾向がありますね。私には、こういうことを言う人の感覚は理解できないし、しっかりと実情を見て、そして自分で調べてから言っているのかなと逆に心配になります。まして、当の本人が問題ない、むしろ自分を知るために良い経験だったと感じているのだから、実情を見もしない地方の公務員さんに、それを間違ってると言われてもねえ。
競争って勝っているときは感じにくいのですが、負けているときは本当に勉強になるし、何より自分を知る良いチャンスになるのですよ。
競争の中では、自分にまだ挽回の可能性がある間は、業務のやり方を修正したり能力そのものを引き上げることを試行錯誤してみます。また、勝負の大勢が決して退職がチラついてくると、今度は自分の適性を調べて、どんな職種ならば次の競争に勝てるのかを必死で考えます。この様なことを続けることが自分を知ることになります。
今は、自分を知らない人が多いですね。また自分のことも周囲の事も自力で調べようとしない人もとても多い。これは、とても残念なことです。
例えば、今年の大卒の就職内定率は史上最低などと報道されています。確かに従業員1000人以上の企業に限れば、求人倍率は確か0.65倍くらいだったと思います。でも、中小企業も加えれば、その倍率は2倍を軽く超えることを知っていますか?
自分を知っていれば、或いは求人企業に興味をもって自分で調べていれば、今のような内定率はあり得ないことは明らかなのですよ。
維新の会の教育基本条例では、子供の躾は家庭の役割とハッキリ謳われています。これはとても良いことですね。そもそも学校とは本来、就学前に学ぶ準備をしっかり終えて姿勢を整えて臨むところですよ。それなのに、いつしか躾は学校の役割となり、逆に学業は家庭や塾の役割になった。
その結果、学生は自分で見もせず調べもせずに周囲の言われるままに盲目的に大企業を志向し、さらには、いい大人が少しの競争を見るとブラックだナチスだと画一的に批判する。もう呆れ返るしかありませんよ。
でもね、競争に曝されるのも、中小企業で獅子奮迅するのも、経験すると意外とどちらも人の生き方の理にかなっていて良いものですよ。
ほんと、教育の現場に政治が届かないようにして、自分を知ることの出来ない人を育てる教育をさせてきたのは、いったい何処の誰なのでしょうね。

投稿: 名無し | 2011年12月 1日 (木) 22時56分

Lさん、名無しさん、コメントありがとうございます。

Lさん自身、いろいろな体験上、導き出している「公務員観」をお持ちであることは分かりました。しかし、先ほどの私からの質問に対する答えにはなっていないように受けとめています。もしかしたらお答えいただいているのかも知れませんが、私自身の頭の中では読み取ることができません。いずれにしても本質的な論点ではありませんので、もうお手間を煩わす訳にはいきませんので、自分自身で答えを見つけていこうと考えています。最後に、さっそくレスいただいことは心から感謝しています。ありがとうございました。

名無しさんのお考えも、実際の体験から導き出した「人生観」であり、たいへん重いものがあります。ただ、そのような考え方のみが絶対的な「正解」なのかどうか、他の方々の感想も伺ってみたいものと思っています。念のため、名無しさんの「人生観」は名無しさんのものであり、決して否定できるものではありません。一方で、その価値観のみで、他者を見ていくと確かに苛立つことが多くなるのだろうとも感じています。余計な一言だったかも知れません。失礼致しました。

投稿: OTSU | 2011年12月 1日 (木) 23時17分

思うところがあり追記です。
例えば大手自動車会社のト○タは、製品も人も徹底的に評価し競わせます。そして、そこで勤めるのは気の休まる時間が無く、とても大変だと聞き及んでいます。しかし、だからこそ超円高になった今でも国内生産に拘れるのですよ。
その他の大手企業を見れば、自動車に限らず多くの分野で日本に見切りをつけて海外へのシフトを加速させています。何せ東日本大震災の時よりもタイの洪水のときの方が国内であっても各種の生産が滞ったくらいです。思っている以上に日本の産業は海外に逃げており、ちょうど今日も○芝の工場撤退の報道があったばかりですが、それは日本国内の雇用の純減を意味しているのですよ。
また、小売り大手のイ○ンなどは求人を要望すると「30歳以上の日本人は当社には必要ありません」と言い切るようになってすらいるとのことです。
世界中で(相対評価の)競争が激化する中で、社員にも当然のように競争を求めて、ふるいにかけてでも国内での雇用を維持するのと、競争を控えてある日突然に日本国内の拠点を閉鎖して海外へシフトするのと、どっちが人に優しい会社だと思いますか?
私ならば何度ふるいにかけられても前者を選ぶし、それが自然だと思いますけどね。
昔の日本人は目の前に問題があれば解決するのが当たり前の行為でした。その行為は本能だったとも言えます。だから、それこそ寝食を忘れて取り組んだという逸話は数多くありますよね。もちろん、その中には残業代が出ないから帰ったなどという話はありません。そんなもん、それこそ出ればラッキーという位のものです。
だからこそ昔の日本は這い上がることが出来たと思っています。そして今のままでは、まもなく日本は再び沈みます。その時はどうやって這い上がるのでしょうね。日本の商品は人しかないのにね。
沈むのが嫌なら今日からでも待遇を削って、さらに競争の中でしっかり働くしかありません。沈んでからは、やはり最低限の待遇で死ぬ気で働くしかありません。そして、どちらも嫌だとは言えません。なぜなら世界中が(相対評価の)競争の真っ只中に曝されているのですからね。
だから、公務員が激しい競争の中で磨かれて、再び日本をけん引するような存在になるように、そんな政治の片りんを見せるところを、私は支持します。今の公務組織は、最低限、定年退職以外で職員2割の入れ替えは疑いなく必要と確信します。

投稿: 名無し | 2011年12月 1日 (木) 23時33分

>名無し さん

先週記事で名無しさんに言及した部分で、私の思いがやや一方的であったことをお詫びいたします。


>維新の会の教育基本条例では、子供の躾は家庭の役割とハッキリ謳われています。


大阪はそれどころじゃないんですよ。
子どもに満足な家庭教育を施すことが出来ないくらい、経済的困窮度が高い家庭が多い。故に、教員の負担が更に増している。
教員シバキ条例を作っている場合じゃない。

>その結果、学生は自分で見もせず調べもせずに周囲の言われるままに盲目的に大企業を志向し


なぜ、どうしてそうなるのか、なぜだと思います?
これに関して深い考察が必要やね。
このことを突き詰めていくと、今の政府のやっていることがいかに真逆なのかがよく分かる。世間の論調も。


競争ねぇ。自分は一応公務員採用試験という競争(倍率30倍超だったか)をくぐり抜けているんだけど、っていっても、採用されてから競争がないと批判されているわけだが(笑)

投稿: 地方の公務員 | 2011年12月 1日 (木) 23時49分

おおっ、追記が。

うーん、サービス残業あたりまえ、寝食忘れて仕事に没頭・・・このような情景があたりまえのかつての日本企業、これは「ブラック」企業ではなかったんですよ。かつてはね。
(公務員も一緒だけどね)

今は本当に「ブラック」企業になっちゃったんですよ。なんでだと思います?

投稿: 地方の公務員 | 2011年12月 2日 (金) 00時03分

地方の公務員さん
>その結果、学生は自分で見もせず調べもせずに周囲の言われるままに盲目的に大企業を志向し
>>なぜ、どうしてそうなるのか、なぜだと思います?
仰るとおり、色々な角度からの考察は必要でしょうけど、最低限これだけはハッキリと言えます。
学ぶという事の意義、つまり自分から学びたい対象に興味を持ち、それを自分で調べる方法を知り、そして収集した情報を読み解き、正しく理解して自分の血肉とする。これは「学ぶ喜び」という人の基本的な欲求なのですけど、これが全然足りていないのが原因の一つです。
そして、この意義(喜び)をしっかり教えることこそが教員の仕事なのではないですか。
でも、今は興味を持つことすら教えられない教員が多すぎると感じています。それこそ試験に出る問題のみを機械的に身に付ければ良いんだという風に。なのに、それを自慢されては言葉もありません。残念です。

投稿: 名無し | 2011年12月 2日 (金) 00時15分

こちらにも追記があったようです。
>今は本当に「ブラック」企業になっちゃったんですよ。なんでだと思います?
そもそも地方の公務員さんが繰り返し言われるほどブラック企業は多くないと思っています。それでも実際にあることは事実ですので質問にお答えしますが、正確なことは判りません。それを的確に説明できる人は居ないのではないでしょうか。でも、この答えだと卑怯ですので一つ無理やり理由を考えてみます。
これは個人的な思いですし不適切な例えですが、喧嘩の経験が無い者が喧嘩に巻き込まれて、運よく勝ってしまったら相手はどうなってると思います? それは相手を殺してしまうことが多いそうです。また、殺さないまでも加減が判らずにやり過ぎることが圧倒的に多いそうです。
同じように、競争の経験が無い者が競争に曝されて運よく勝ってしまったら、相手をどうするのでしょう。また敗者をどう扱うのでしょう。
私は、これが質問の答えの一つになるのではないかと思っています。
相手に大きな怪我をさせる心配の少ない幼年期に喧嘩を多く経験させると、力が強くなってからの喧嘩でも、相手の痛みが理解できるから手加減が出来るそうです。
同じように子供の時に十分な競争を経験させて、負ける悔しさや辛さ、逆に勝った時の喜びを知ることが出来れば、勝った時には負けた者への多少の配慮が出来るようになり、負けた時には次は勝つという強さが身に付くと思ういますし、それらは身に付けさせる必要があることと思います。これも教育の一環じゃないのかなあ。
とにかく勝つ方も負ける方も経験が全然足りていない。そして勝てば舞い上がって自分を見失うし、負ければ簡単に折れる、私はそんな人が多すぎると痛感しています。

投稿: 名無し | 2011年12月 2日 (金) 00時49分

先週記事のコメントでOTSU氏とあまのじゃく氏の意見は
現状の問題点をきれいに説明されているし、OTSU氏も
理解されている。

やはり巨大な組織は変われない。だから外側から
変えるしかないのでしょうか。

しかしOTSU氏がどれほど冷静にコメントしようとも
地方の揶揄氏のように、質問に答えない、説明しない
バカにした態度に終始する方もいれば、結局のところ
やはり公務員って、論調になります。

変わるのか変えるのか、あるいは変わらないのか
これに過ぎないと思います。

投稿: nagi | 2011年12月 2日 (金) 12時20分

名無しさん、地方の公務員さん、nagiさん、コメントありがとうございました。

先ほど前回記事のコメント欄に記した内容と重なり、たいへん恐縮ですが、今、考えていることは次のとおりです。公務員の待遇面など本当に改めなければならない点は、速やかに改めるべきことは当然だと思っています。そして、その是非の判断に向けては、内向きの発想に陥ることなく、とりまく情勢や外側からの声を適確につかんでいく必要があります。そのためにも公務員やその組織は、日頃から感度の高いアンテナを立て、様々な情報を積極的に受けとめていく姿勢が重要だろうと考えています。

合わせて誤解や先入観による批判だけは、できる限り少なくできるよう適切な情報発信と情報公開が欠かせないものと思っています。今回、抽象的な答えにとどまりますが、具体的な話は、これまでの記事本文やコメント欄で、不充分ながらも自分なりの言葉で綴ってきたつもりです。さらに今後も当ブログを続けていく中で、公務員やその組織を批判的な目で見られている方々との「距離」が少しでも縮められれば、本当に幸いなことです。そのような点について、ぜひ、ご理解いただけるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年12月 3日 (土) 09時10分

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