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2011年11月27日 (日)

競争の善し悪し

前回記事(「大阪秋の陣」の結末は?)のコメント欄で記したことですが、選挙結果こそ究極の民意の表れと結論付けられ、勝者の言い分が「正しい」という構図に繋がります。そのような点を頭から否定できないため、今夜、結果が明らかになる「大阪秋の陣」の行方は非常に重要でした。橋下前知事が「大きな方向性は有権者に決めてもらうしかない」とし、選挙戦の争点として掲げられた大阪都構想は、そもそも都市間競争に勝ち抜くための手段だと言われています。

大阪維新の会が提案し、物議をかもしている大阪府職員基本条例案大阪府教育基本条例案も、教職員間の競争、学校間の競争、児童生徒間の競争を重視した内容となっています。条例案それぞれの問題点は、リンクを張った先の大阪府総務部と大前治弁護士が詳しく指摘されています。それら条例案に対する個別の具体的な論評などはリンク先の資料をご覧いただければと考えています。今回の記事では競争の善し悪しに絞り、広い意味合いから自分なりの問題意識を綴らせていただくつもりです。

まず記事タイトルに掲げたとおり競争そのものに対し、善し悪しがあるという立場です。そもそも競争のない社会などあり得ず、競い合うことで、より高め合い、成長していくというプラス面は率直に評価しています。誰もがそのような点は否定されないものと思っていますので、各論への評価や競い合うことの度合いに対し、個々人の受けとめ方の枝分かれが始まっていくのではないでしょうか。

もう少し整理すれば、あらゆる事例に競争を取り入れるべきと考えるのかどうか、競争は絶対であり、競争は万能であると信じるのかどうか、競争のない閉鎖された空間は衰退し、既得権益に胡坐をかく勢力が跋扈するように見るのかどうかなど、様々な論点があり得るのかも知れません。単純な区分けは乱暴なのでしょうが、競争を重視される方々は市場主義や成果主義を信奉され、いわゆる新自由主義(ネオリベラリズム)の発想を支持されているものと考えています。

以前の記事(「いざなぎ超え」と新自由主義)で、小泉政権時代の「痛みを伴う構造改革」によって、ごく少数が「勝ち組」、圧倒多数が「負け組」となる格差社会を作り出したことについて触れました。小泉元首相と竹中元総務相は格差社会になることを躊躇せず、1980年代にサッチャー英首相やレーガン米大統領が推し進めた新自由主義の路線を踏襲していた点などを記していました。新自由主義とは、小さな政府、大幅な規制緩和、市場原理の重視などを特徴とし、富の再配分を基本とする自由主義(リベラリズム)や社会民主主義と対立する経済思想です。

新自由主義は「強い者を優遇し、もっともっと強くして、勝ち上がった一握りの大企業や大金持ちが日本経済を活性化させる」という考え方でした。「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する」というトリクルダウンと呼ばれる政治思想で、「金持ちを儲けさせれば、貧乏人もおこぼれにあずかれる」ことから「おこぼれ経済」とも称されています。つまり国が立ち直るために弱者は切り捨てられても仕方がない、競争力のない企業は倒産し、市場から即刻退場を迫られる冷酷さを抱えた路線でした。

この新自由主義によってイギリスやアメリカの経済が回復したと評価される一方、貧富の格差拡大が犯罪の多発など社会の不安定化を招いたとの批判も少なくありません。イギリスは新自由主義の誤りを認め、ブレア政権ではサッチャリズムの修復に力を注いできました。国際的には過去の遺物となりがちな新自由主義に日本は「周回遅れ」で突き進んでしまった訳ですが、経済成長のためには副作用も承知の上で荒療治を選ぶしかなかったという解釈もできました。

同時にアメリカ政府からの「年次改革要望書」の存在も注目しながら、当時の記事を綴っていました。その後、民主党は「国民の生活が第一」と訴え、政権交代を果たしました。国民一人ひとりの生活を大切にするというメッセージであり、新自由主義の路線とは対極に位置していくものと思っていました。ただ残念ながら、そのような基本的な理念が個々の政策判断に貫かれているのかどうか、正直なところ疑問視せざるを得ない現状が続いています。

TPP(環太平洋経済連携協定)参加問題も競争を「是」とした判断であり、アメリカの意向に配慮した結論の出し方などは小泉政権時代との違いも分かりづらくなっています。話が拡散しつつありますので、競争の善し悪しに戻りますが、一口で論評できない難しさを改めて感じています。結局のところ競争に対する評価はケースバイケースの判断が必要であり、生じる問題点も個々の事例に沿った手立てを講じるべきだろうと思っています。

市場競争のメリットは、効率的に様々な商品やサービスが人々の手に配分され、売れ残りや品不足という無駄がなくなることです。競争に参加している者同士で勝ち負けが分かれ、所得格差は大きくなりますが、社会全体では豊かになると言われています。貿易のグローバル化も国際的な競争の結果、産業によって日本国内で明暗が分かれ、所得格差は拡大します。一方で、やはり日本社会全体では豊かになり、それぞれの国が一番得意なものに集中するため、世界全体も豊かになっていく見方に繋がります。

所得格差の拡大という問題点を補うためには、国全体の豊かさを再分配政策で全員に行き渡させることが重要です。また、敗者や弱者に対するセーフティネットや再チャレンジの仕組みも欠かせないはずです。そのような手立てが不充分だった場合、市場競争や国際競争のデメリットだけが強調されていくのではないでしょうか。いずれにしても競争に伴う善し悪しを見極めた上で、デメリットを最小化する手立てが必ず欠かせないものと考えています。

競争の結果、優勝劣敗が明らかになります。個人的な問題意識として、勝者を称えることは当然ですが、単に敗者を切り捨てるだけの競争は避けるべきだと思っています。小学校では学力や運動会で順位を付けない風潮が広がっていました。それも極端な話であり、年齢を重ねれば競争が避けられないのであれば、負けた子を腐らせない視点での教育も大切だろうと考えていました。

具体的な事例を取り上げないと話が抽象的になりがちですので、最後に職場における競争、いわゆる成果主義について触れてみます。結論としては少し前の記事「ベターをめざす人事制度 Part2」のとおりですが、相対評価で下位にされた職員を排除する競争は論外だと思っています。百万歩譲って、絶対評価のもと職務を遂行できる能力が著しく欠けていると判断され、底上げをはかれる可能性や本人の意欲がない場合、定められた手順にそって退職を求めるケースが生じることはあり得るのかも知れません。

しかしながら官民問わず、20%や5%などという機械的な数字で線引きした人数を相対評価のもとで解雇するような制度など到底考えられません。そもそも民間企業でも能力不足からの解雇は限定され、裁判でも敗訴する確率が高い現状です。前回記事のコメント欄で、名無しさんから「切るべきものも守るべきものも一緒くたに倒れるまで放置する。そのことの方が何倍も残酷だという事に気が付いていますか?」という問いかけもありましたが、相対評価で職場の仲間を定期的に排除していく組織がチームワーク力を高めていけるのかどうか甚だ疑問です。

「自分が排除される側になったならば淡々と排除されれば良いと思っています。競争に敗れるとはそういうことです」という達観した意見も寄せられていましたが、自己評価と他者からの評価のギャップがあり得るのも人事制度の常です。もっと言えば、その時に配置されていた職場の上司との相性が悪く、好き嫌いの延長線で下位に評価されるケースも想定しなければなりません。それでも労働者にとって極刑に位置付く解雇を淡々と受け入れられるのかどうか、私自身は絶対納得できるものではありません。

最後と記しながら、長くなってしまいました。頑張っている職員、努力している職員が報われる制度も必要です。評価が下位となる職員の奮起を促す制度設計も重要です。しかし、競争そのものは目的ではなく、競い合うことは組織全体の底力を高めていくための一つの手段だと考えています。そのためにも競争の善し悪しを見極めることの大切さについて、今回の記事を通して訴えさせていただきました。長々と書き進めてきましたが、各論の話では言葉不足な点が多いようにも感じています。今後、コメント欄や次回記事で補っていければと考えています。

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2011年11月19日 (土)

「大阪秋の陣」の結末は?

独自な人事委員会を持たない私どもの市の職員賃金は、東京都人事委員会の勧告内容を踏まえ、労使による改定交渉を行なっています。木曜夜、月例給で平均0.24%の引き下げ、年間一時金据え置きの3.95か月分という内容で基本合意しました。ちなみに「国家公務員給与削減へ」という記事を綴っていましたが、国家公務員の賃金は公務員連絡会と総務省との交渉を通し、平均7.8%の特例的な引き下げを合意していました。

そのため、平均0.23%の引き下げを柱とした人事院勧告は見送られる運びとなっていました。それに対し、自民党は人事院勧告を実施した上で、引き下げ幅を7.8%まで上積みする対案を臨時国会に提出する方針を固めていました。さらに地方公務員給与への波及をめざす内容の法案でした。自民党は「人勧は公務員の労働基本権を制約することの代償で、勧告無視は憲法違反だ」と批判していますが、かつて人勧を凍結した時は自民党の鈴木善幸内閣だったことを思い出しています。

この問題を掘り下げていけば、一つの記事本文が書き上がるものと思っています。ただ今回、賃金交渉の話はサワリだけにとどめさせていただき、白熱している「大阪秋の陣」について触れていこうと考えています。前回の記事「巨人軍のお家騒動」を通し、コメント欄の常連だった大阪在住のkさんと久しぶりに意見交換できました。他愛ないやり取りでしたが、その中で「大阪秋の陣」の話題に触れていました。

大阪市長選が13日に告示され、民主党府連が支援、自民党府連が支持する無所属現職の平松邦夫氏(63)と、大阪維新の会公認で前大阪府知事の橋下徹氏(42)の2人が立候補を届け出た。維新の会が掲げる大阪都構想の是非や橋下氏の政治手法などを争点に既成政党と地域政党が激突する構図で、10日告示の大阪府知事選とともに27日に投開票される。

再選を目指す平松氏は第一声で、「ひとつの関西に向かって、市民の皆さんと一緒に歩みを進めたい」と訴えた。大阪都構想を掲げる橋下氏を「大阪をバラバラにしようという人がいる」と厳しく批判。民主や自民の「相乗り」支援を得たことについては、「独裁に対抗するため、本当に強い人に立ち向かう力をみなさんから頂きたい」と説明した。

橋下氏は第一声で、大阪府市を再編する都構想について「大阪を世界に冠たる大都市にし、人、モノ、金を集めるのが目標だ」と意義を強調。民主、自民両党が支え、共産党も自主的支援する平松氏を「彼らが守りたいのは大阪市役所の組織そのものだ」と批判。「皆さんの一票で日本の政治が変わる」と訴えた。【asahi.com2011年11月14日

上記の報道のとおり11月27日、大阪府知事選と大阪市長選の投開票日を迎えます。このダブル選挙をマスコミは「大阪秋の陣」と名付けていました。もう冬の寒さが身にしみてきていますが、豊臣家が滅ぼされた「冬の陣」「夏の陣」と峻別するためのネーミングだろうと思っています。いずれにしても選挙戦の真っ只中ですので、淡々と書き進めていくつもりですが、このブログでは今まで「橋下知事の人件費削減案」「橋下知事絡みの二つのニュース」「橋下知事が批判職員を処分」という記事を綴っていました。

強引な手法を批判的に指摘せざるを得ない立場から記していましたが、阿久根市の竹原前市長に比べれば、橋下前知事の進め方などは段違いに「常識」的である点も付け加えていました。するとコメント欄では「論外なものと低レベルなものとを比較して、低レベルなものをまともと評価しているのでは?」という意見も寄せられていました。それでも橋下前知事は、庁内の政策決定の過程では部下とも議論を尽くしている話も耳にしていたため、やはり竹原前市長と比較すること自体、次元が違うのだろうと思っています。

インターネットから入手できる情報にはコストがかかりませんが、容量的には一定の限界があります。そのため、自分自身の視点や立場とは離れた内容の書籍にも積極的に目を通すようにしています。ちょうどkさんからコメントが寄せられた夜、ブックマークしている「Chikirinの日記」の最近の記事を拝見すると、橋下前知事と堺屋太一さんとの共著『体制維新―大阪都』が絶賛されていました。その批評に後押しされ、さっそく金曜日に購入し、一気に読み終えていました。

その書籍の内容を簡単に紹介すれば、堺屋さんは日本の現状を「第三の敗戦」と呼び、この苦境から抜け出すためには人を替えても(政権交代)、仕方を変更(政策転換)しても良くならず、救う道は体制(システム)を変えることだと訴えています。その上で、経済の低迷や莫大な負債など日本の縮図とも言える大阪を変えることが、日本国全体を変えるための先行例になるものと説かれていました。

したがって、橋下前知事の掲げる大阪都構想が推進できるかどうか、日本の体制改革が実現するか否かの試金石だと堺屋さんは見られていました。その大阪都構想とは、世界レベルでの都市間競争に打ち勝つため、大阪府と大阪市の二重行政を解消した「強い広域自治体」としての大阪都を誕生させ、大阪市内の各地域を「やさしい基礎自治体」として、現行24ある区を8ないし9の特別自治区に再編するというものでした。

東京都と東京23区と基本的には同じ関係性となりますが、橋下前知事は中核市並みの権限と財源を有する特別自治区を設置する構想を描いていました。また、大阪都構想は政令指定都市のあり方を抜本的に見直す中味ですが、すべての政令指定都市に適用させるものではないと橋下前知事は述べられていました。あくまでも大阪の特性に合わせた構想であり、それぞれの地域の実情に応じた制度を模索していくのが地方分権の趣旨だと語られています。

確かに理想的な効果が発揮されれば、大阪都構想は閉塞感を打ち破るための起爆剤となるのかも知れません。ただ実現に向けては難問が山積し、大きなリスクがあることも間違いありません。例えば、特別自治区への転換は行政コストの増大を招く恐れもあります。それでも橋下前知事は「何もやらなければ決断力がない、実行力がないと批判され、実行すればもっと議論しろ、独裁だと批判される。どうせ批判されるなら、やって批判される方がいい。僕は大阪都に挑戦します」という言葉で、その書籍の最後を結んでいました。

いずれにしても橋下前知事の人気は高く、平松市長側は非常に苦しい展開を強いられているはずです。ここまでの内容で今回の記事をまとめてしまうと、逆にフェアでないように感じています。もう少しだけ書き進めれば、橋下前知事が立ち上げた地域政党「大阪維新の会」は府議会で単独過半数、市議会で第一党の議席を有しています。民意の結果とは言え、地方自治の二元代表制というチェック機能の形骸化を問題視する声も示されていました。「オール与党」化が多い地方議会では、珍しい話ではないという突っ込みが入るのかも知れませんが…。

その「大阪維新の会」が提出した教育基本条例案は、橋下前知事が任命した教育委員から「今まで作り上げたものを自らつぶすことになる。耐えられない」という憤りの声も寄せられていました。いろいろな意味で、賛否の分かれる言動が注目され続けています。このような多面的な情報を大阪の皆さんは冷静に受けとめ、一つの選択を11月27日に示されることになります。「大阪秋の陣」の結末がどうなるのか、その結果がどのように波及していくのかどうか、しっかり見守っていかなければなりません。

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2011年11月13日 (日)

巨人軍のお家騒動

前回の記事は「定期大会に向けて」でした。円滑に議事が進行し、すべての議案が承認されました。組合員全員に参加を呼びかけるスタイルであるため、毎年、出席者の数も大きな関心事でした。節目の記念大会ではありませんでしたが、最終的な出席者は422名という数に達しました。組合員数が100名ほど多かった一昨年まででも、出席者数は350名前後でした。

新庁舎への移転に伴い、本庁舎から会場が遠くなっていたのにもかかわらず、従来の実績を大きく上回る出席者数に喜ばしい驚きを得られました。昨年、予想した以上の来場者を数え、お弁当や記念品が足りなくなりました。同じ轍を踏まないため、今回、余裕を持って用意した数は450でした。何とか「うれしい悲鳴」をあげることは避けられながら、たいへん心強く感じた盛況ぶりでした。

さて、初めは今回の記事も定期大会に絡んだローカルな題材を考えていました。しかしながらタイトルに掲げた話題が非常に興味深く、記事の冒頭で簡単に触れるつもりだった内容をメインに差し替え、いろいろな切り口から掘り下げることとしました。金曜の夜は野田首相が「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に向けて、関係国との協議に入る」と表明した日でしたが、その日の午後、巨人軍の清武英利球団代表が緊急会見を開きました。

プロ野球・巨人の清武英利球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM)は11日、文部科学省内で会見し、巨人軍の渡辺恒雄球団会長(読売新聞グループ本社会長・主筆)が球団人事に介入し「球界で生きる選手、コーチ、監督の基本的人権をないがしろにした」として内部告発した。清武代表によると、岡崎郁1軍ヘッドコーチとの契約が内定しているにもかかわらず、今月9日、渡辺会長から「1軍ヘッドコーチは江川卓氏とし、岡崎コーチは降格させる」と告げられたという。清武氏は会見趣旨を説明する文書の中で「巨人にもコンプライアンス(法令順守)が要求される。それを破るのが、渡辺氏のような最高権力者であっては断じてならない」と痛烈に批判した。【毎日新聞2011年11月11日

このニュースに接した時、私自身も渡辺恒雄会長のワンマンぶりや日頃の発言内容などを批判的な目で見ていましたので、清武代表の内部からの反乱を応援する側の立場でした。そこまで追い込まれるほどの葛藤や義憤があったのだろうとも思っていました。その夜、巨人軍の桃井恒和オーナー兼社長が「代表取締役である私が知らないところで、(今日の記者会見を)やったというのは、とんでもないことだ」と述べ、渡辺会長を擁護した発言にはサラリーマン社長の悲哀を感じていました。

さらに巨人軍の内紛問題に絡み、批判を加えようと考えていたのが、日本テレビと読売新聞の報道姿勢でした。日本テレビ以外の夕方の報道番組では、このニュースを大きく取り上げていました。ずっと注意していた訳ではありませんでしたが、日本テレビの伝え方が他局と違っていたことは間違いありませんでした。続いて、翌朝の読売新聞の取り上げ方を興味津々見守っていましたが、清武代表の会見内容の記事を社会面で見つけることはできませんでした。

当初、まったく取り上げていないものと思っていましたので、日本で最も発行部数の多い大新聞が、ここまで極端な情報の選別を行なっていることに強い憤りを持ちました。同時にマスメディアのサジ加減一つで情報操作されてしまいがちな現状について、いつものことながらの危機意識を抱いていました。後から読売新聞も運動面の下のほうで小さく、桃井オーナーの発言と一緒に取り上げていたことを知りました。

日本テレビも午後6時10分過ぎから、わずか2分間、事実関係のみ淡々と伝えていたようでした。読売新聞と日本テレビが完全に黙殺していた訳ではなかったようですが、他のメディアに比べて力の入れ方に雲泥の差があったことは確かでした。このことは自社に都合の悪い報道を隠蔽しているような印象を与えがちだと批判されても、弁明に苦しむ他社との落差だったのではないでしょうか。

もし、土曜の午前中に記事を投稿した場合、以上のような論調で締めくくられていたのかも知れません。土曜の夕方、手にした東京スポーツは5面にわたって、この巨人軍のお家騒動を取り上げていました。それらの記事に目を通したことで、実は清武代表の「反乱」に対する見方や評価が大きく変わりました。一見正論を主張しているかのような告発でしたが、実態は「裸の王様の反乱」であり、選手も含めて清武代表をかばう人間は皆無だと書かれていました。

渡辺会長が「暴君」「独裁者」と称されがちですが、清武代表自身も球団内では同様な呼ばれ方をされていたようです。外国人選手の補強失敗などで、「渡辺会長に責任を求められた清武代表が自らの保身のために今回の騒動を起こしたのではないか。どうせ実権を奪われるのなら、一発逆転を狙って世論を味方に付けようと考えてもおかしくない」という某主力選手の発言も掲げられていました。

このような見方があることも知った上で、渡辺会長側の下記の反論を読んだ際、清武代表の軽率さや不当性にも思いを巡らすことができます。インターネット上やニュース番組の街頭インタビューなどでは「ナベツネが悪」で、清武代表の今回の行動にエールを送る声が多いように見受けられています。私自身も、もう一歩踏み込んだ情報を把握せず、適否を判断していた場合、同じような印象を抱いたままだったろうと思っています。

読売巨人軍の清武英利球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM)が、渡辺恒雄球団会長(読売新聞グループ本社会長・主筆)を批判する記者会見を行ったことについて、渡辺会長は12日、文書を発表した。 冒頭、「正確な事実を説明する」とし、清武代表が大王製紙やオリンパスの問題を例に挙げたことに、「刑事犯罪的事案であり、巨人軍の人事問題とは次元が異なる。同列に扱うのは、読売新聞社、巨人軍、私個人に対する著しい名誉毀損」として謝罪を求めた。

球団の桃井恒和オーナー兼社長に関し、「渡辺会長がオーナー職を突然剥奪した」とした点には、シーズン終了後、読売新聞グループ本社の白石興二郎社長や桃井オーナーらと相談の上、白石社長をオーナーに内定したとし、「功績を損なわないよう、代表取締役は桃井社長一人とする方針。降格では全くない」と述べた。問題となったヘッドコーチ人事について、「10月20日に清武代表から人事を示されたのは事実だが、クライマックスシリーズで惨敗した以上、多少の変更が必要になったのは当然」とその経緯を説明した。巨人OBの広岡達朗氏が12日付のサンケイスポーツで、「外国人獲りで失敗し、選手も獲りすぎ。米国でいえばGMはクビ」と指摘したことを、「もっともだ」とした。

江川卓氏の起用構想は、原監督から提案されたことを明かした。「助監督として原監督のご意見番になってくれればとも考えた。しかし社内的に正式手続きは取っておらず、江川君と接触もしていない」とし、「構想段階の企業機密であるにもかかわらず、清武代表が公表してしまったため、直ちに実現することは困難になった」と批判した。渡辺会長は結びで、清武代表の行動を、会社法355条の「取締役の忠実義務」に違反するとの見解を示したが、「今後の対応は本人の反省次第。現時点では処分を求めるつもりはない」としている。【読売新聞2011年11月12日

今回、このブログで巨人軍のお家騒動を取り上げましたが、前述したとおりマスメディアの恣意的な取捨選択がある報道の実態、同時に多面的な情報を入手していく大切さを改めて感じ取る機会となっていました。最後に、このタイミングで、この騒動、ソフトバンクと中日との日本シリーズがかすんでしまい、ファンや関係者から怒りの声もあがっています。記者会見で清武代表が「巨人軍のため、プロ野球のため」と流した涙の意味も問われているようでした。

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2011年11月 6日 (日)

定期大会に向けて

このブログは不特定多数の方々へ多面的な情報の一つを発信する目的と合わせ、私どもの組合員の皆さんに対しては組合活動を身近に感じてもらえるよう願い、6年前から投稿を続けています。「秋、あれから2か月」という記事のとおり組合の公式ホームページの必要性を認識していましたが、すぐに開設できなかったため、個人の責任によるブログを始めたイキサツがありました。

労力や時間的な面をはじめ、もちろんココログ・プラスの料金負担なども私的な活動の範疇としています。ただ開設に至った経緯は執行委員会に報告し、その目的や趣旨を理解いただき、組合の機関紙などを通して当ブログのPRは行なっていました。専ら新年号の委員長挨拶など記名原稿の中で、このブログについても紹介させていただいていました。そのため、まったく私的なブログとは位置付けられない側面にも留意してきました。

個人的な思いを比較的自由に書き込んでいますが、最近の記事「ブログでの発言の重さ」の中で綴ったとおり組合の委員長という立場は常に意識し、どなたに閲覧されても責任を持てる情報発信に心がけてきています。このような二兎を追う目的がある中、組合員の皆さんを対象にした記事はローカルでマイナーな話題となり、外部の方々にとって退屈な内容となってしまうのだろうと思っています。

年に1回開かれる定期大会は組合員全員の参加を呼びかけ、組合活動の1年間を振り返り、新たな1年の方向性を議論する最も重要な会議の場でした。これまで毎年、ブログの記事として取り上げてきました。「金曜夜に定期大会」「全員参加型の組合大会」などがあり、今回の記事でも水曜夜に開かれる定期大会に絡んだ内容を綴らせていただきます。あえて述べるまでもなく、興味のない方は読み飛ばされるものと思いますが、議案書に掲げられている型通りな内容は避けながら個人的な思いを書き進めていくつもりです。

振り返れば、1年前の第65回定期大会は出席者536名という「うれしい悲鳴」をあげることができました。用意したお弁当や記念品の数が足りなくなり、たいへんご迷惑をおかけしました。節目の記念大会だったとは言え、新庁舎への移転に伴い、会場が本庁舎から遠くなったため、そこまでの人数を想定できていませんでした。組合活動への結集力が課題となっている中、組合員1400名のうち4割弱の方が会場に足を運んでいただいたことをたいへん心強く感じていました。

3月11日の東日本大震災の後、被災地へのボランティア派遣を募集しました。緊急な呼びかけにもかかわらず、多くの組合員の方が名乗りを上げていただき、その中から12名が南相馬市や新地町での任務に当たりました。被災地での活動報告や感想を掲載した機関紙の特集号を発行し、派遣された皆さんの貴重な体験を少しでも共有化できるように努めていました。ちなみに12名の中には入所してから数年の若手職員も複数含まれていました。

組合未加入者が目立ち始めている現況、様々な取り組みへの参加者数の逓減傾向、組合役員の担い手不足の問題など、組合活動の今後に向けた懸念材料が少なくありません。その一方で、まだまだ組合員にとって組合が有意な組織として、活用いただける大きな可能性を残していることが前述したような事例から読み取れました。もともと職場アンケートを実施した際などは多岐にわたる職場課題の改善に向け、組合の役割に期待した要求や切実な声が数多く寄せられていました。

以上のように濃淡がある現状を受けとめながら、組合費の納めがいのある組合に繋げていくためにも、たいへん重要な局面を迎えているものと考えています。組合活動の潜在的な可能性を効果的に引き出せるのかどうか、組合員の皆さんからの期待にしっかり応えていけるのかどうか、今後の進め方一つで枝分かれしていくような気がしています。よりいっそう発展していく道に歩み出せるのかどうかは、組合活動は組合員全体で担っていくべきものという認識の一致が欠かせないはずです。

そのためにも組合員の誰もが出席でき、自由に発言できる定期大会の場は非常に重要です。同時に組合執行部側には、そこで示された意見や要望を適確に受けとめ、実現できるよう努力していく姿勢が求められていました。具体例の一つとして、昨年の定期大会で出席者から「組合費の引き下げができるのではないか」という質問が示されていました。それに対し、執行部側からは「中長期的な組合財政を見通した上で判断したい」と答えていました。

この答弁に基づき、組合財政の現状分析や今後の見通しについての検討に入りました。私どもの組合費は月額給料の1.5%で、上限が3500円(共済掛金300円は別途)でした。この3500円という額は他の組合に比べると格段に低く、大半の組合員がその上限額に達していました。そのため、応能負担の原則が実質的な一律徴収となっている現状に繋がっていました。このような従来からの問題意識も踏まえ、次の定期大会に向け、組合費のあり方について議論を重ねてきました。

職員数削減を主眼とした行革が進む中、組合員数の減少が続いています。少し前までの組合員数は1500名を超えていましたが、直近の数字は1371名となっています。組合員数の減少は組合費の減収に直結するため、今後の組合財政の見通しは決して楽観できない点を押さえました。しかしながら収入に見合った支出削減や積立金特別会計の積極的な活用を前提とし、上限額を据え置いたまま、率を0.2%下げる方向性の判断に至りました。

上限に達している組合員の皆さんにとって現状維持となる案ですが、若年層の組合費は月額給料の1.3%となり、少しだけ負担軽減をはかれる中味でした。この結論に至った経緯や考え方を掲げた特別議案と規約改正案は、すでに事前の職場委員会で示し、水曜夜の定期大会で議決を求める運びとなっていました。昨年の大会での発言者の意図は上限額も含めた引き下げの要望だったと理解していますが、そのような方向性までは導き出せなかった理由も特別議案の中で触れていました。

この組合費見直しの事例は、定期大会での議論の大切さの一つとして紹介しましたが、今回の目玉議案であることも間違いありません。他にも定期大会に向けて、公平委員会の登録問題など具体例を示しながら綴ろうと考えていた題材がありました。いつものように長い記事となってきましたので、次回以降、機会があれば改めて取り上げさせていただきます。最後に、組合役員の信任投票が定期大会に先がけて実施されました。組合にとって厳しい後退局面が続いていますが、おかげ様で昨年と同じ率となる91.5%、最上位で信任を得られました。なお、信任投票の選挙広報に掲げた内容は次のとおりでした。

週に1回、ブログ「公務員のためいき」を更新しています。最近の記事の中で「タイタニックにならないように…」というタイトルがあり、組合役員の担い手不足の問題を取り上げていました。組合役員の問題は組合ニュース第23号の裏面でもお伝えしていましたが、毎年、たいへん厳しい状況が続いていました。そのような中、様々な事情を乗り越え、改めて留任を決意された方々、新たに手をあげてくださった方々がいます。本当に心強く受けとめながら、今後に繋がる執行部体制が維持できたものと考えています。

私自身、組合役員を長く続ける中で「組合は大事」という思いを強めてきました。加えて、これまで党派性が前面に出るような運動とは一線を画し、常に「組合員にとって、どうなのか」という判断基準を大事にしてきました。今後もそのような視点のもと、市職労運動の先頭に立ち、大切な「バトン」を引き継げるように努力していきます。ぜひとも、引き続き、組合員の皆さんのご理解ご協力をよろしくお願いします。

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