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2011年9月25日 (日)

さようなら原発5万人集会

先日、名無しさん(ハンドルネーム)から「読売新聞をとっている自治労幹部も珍しい・・それくらい自治労御用達は朝日新聞と思っておりました」というコメントが寄せられました。自治労に所属している一単組の役員に過ぎず、「自治労幹部」という見られ方にも少し違和感がありましたが、それよりも「最近、朝日新聞が自治労御用達という見方は、あまり耳にしていませんでした」とお答えしたところでした。

政治的な立場を「右か左か」で分けた時、読売新聞は右で、朝日新聞は左という見方がありました。名無しさんの指摘は、左に位置する自治労の組合役員が右の読売新聞を購読していることへの疑問だったようです。そのような色分けが今でも適切なのかどうか分かりませんが、「ブックマークしているブログ」で記したような動機からも、発行部数トップの読売新聞を注目していました。つまり日頃から幅広い主張や情報に接することで、少しでも柔軟な思考回路が保てればと願っているからでした。

自分自身の立場や役職から得られる情報は、黙っていても容易に入手できますが、決して多面的な見方まで保障したものではありません。そのため、多種多様な情報や考え方に触れていくためのアンテナが重要だと思っています。と言うような難しい説明を加えましたが、実は高校時代の3年間、アルバイトで読売新聞の朝刊を配達していました。その販売所のスタッフが中心となった草野球チームに所属していた縁もあり、ずっと読売新聞だったという理由のほうが、より正しい答えだと言えました。

本題と異なる話が長く続いたように思われたかも知れませんが、つい最近、その読売新聞や朝日新聞などマスメディアの基本姿勢の差異を改めて知らされる機会を得ました。先週の月曜、祝日である敬老の日に「さようなら原発5万人集会」が明治公園で開かれました。目標の5万人を大きく上回る約6万人が主催者発表の参加者数でした。参加団体それぞれの報告数が切り上げながら集約されていきがちなため、一般的に主催者発表の人数は実数より多くなりがちでした。

それでも警視庁が発表した2万7千人は、逆に控え目すぎる印象を抱いていました。私も当日の参加者の一人でしたが、千駄ヶ谷駅で電車を降りてから会場まで人、人、人で埋め尽くされた中を向かう雰囲気を味わいました。私どもの組合のメンバーは何とか会場内に入れましたが、立錐の余地もないという言葉がピッタリ当てはまる参加者の多さを体感してきました。自治労全体では4500人だったようですが、労働組合など団体とは無関係な参加者が非常に多い集会だったことも間違いありません。

これほど大規模な集会は珍しくなっていたため、メディアからの注目も高く、その日のニュース番組の大半で取り上げられていました。参加者の数は主催者と警視庁の発表、それぞれを報告する番組が多かったのではないでしょうか。中には警視庁発表の2万7千人のみを伝える番組もありましたが、深い意図があったのかどうかは分かりません。ただ翌朝、組合事務所に届いている読売、朝日、毎日新聞の各紙面に目を通した際、それぞれの社の方針を反映した思惑を感じ取らざるを得ませんでした。

この集会を朝日新聞と毎日新聞は写真とともに一面で取り上げていました。一方で、読売新聞は社会面の小さなベタ記事扱いにとどめていました。久しぶりに新聞社の違いによって、伝え方に大きな差が出る事例に触れた機会となり得ました。このような取り上げ方の差異について、思い過ごしな面もあるのかも知れません。しかしながら、やはり脱原発の方向性に消極的な場合、「さようなら原発5万人集会」を大きく取り上げたくないという意思が働くのだろうと想像してしまいます。

このような事例に接したため、冒頭で紹介した名無しさんのコメントを思い出しながら、今回の記事に繋げていました。原発に依存しない社会をめざしたいという思いは、その集会に参加された皆さん一人ひとりに共通した願いだろうと考えています。言うまでもなく、原発事故は二度と起こさないという強い決意も同様であるはずです。ただ一気に全原発の停止をめざすのかどうか、この点に関しては個々人での温度差があるように見ていました。

野田首相は原発政策を「脱原発と推進という二項対立でとらえるのは不毛だ」と述べてきました。先日の国連の場で「原子力発電の安全性を世界最高水準に高める」と野田首相が強調したことで、読売新聞の社説では「原発の安全性を高め、引き続き活用する方向性に軸足を置いたものだ。具体的な展望のない、菅前首相の脱原発路線と一線を画した」と記し、現実的かつ妥当な判断だと評価していました。

「二項対立は不毛」という前提がある中で、脱原発路線を捨て去ったと決め付ける読売新聞の論調は勇み足のように感じています。野田内閣も「原発の新増設はできない」という基本的な方針は言い切っていたはずです。その上で、ただちに原発すべてを停めることが困難だと考えるのであれば、「安全性を世界最高水準に高める」という言葉は適切なものだろうと思います。

このように書き進めると、誤解を招きがちなことも覚悟しています。それでも端的な思いとして、近い将来、脱原発社会を実現させるためには拙速に結果を求めず、代替電力の確保などを緻密に計画していくことが欠かせないものと考えています。稼動中の原発の安全対策に万全を期すことは当然ですが、定期点検で停止中の原発の運転再開に向けても地元の意思を尊重しながら慎重に判断しなければなりません。

停止中の原発の再稼動を一切認めないという声も上がりがちですが、そのようなスローガンは原発の即時廃止と同じ意味合いとなります。1年ほど運転した後、原発は必ず停止し、定期点検に入らなければなりません。現実的に対応できるのであれば、来年中に脱原発社会が築けることに反対する立場ではありません。しかし、あまりにも拙速な目標を現時点で立てることは結果的に高いハードルを掲げることに繋がり、脱原発への風向きが変わってしまうような懸念を抱いていました。

この集会に向けた記者会見が9月6日に開かれました。その時の声明の中には「停止している原発は、再稼働させない」という一文が掲げられていました。そのため、上記のような心配をしていましたが、基本的な集会趣旨の呼びかけの中にはその一文は外されていました。「新規原発建設計画の中止」「浜岡からはじまる既存原発の計画的廃止」「もっとも危険なプルトニウムを利用するもんじゅ、再処理工場の廃棄」 の3点のみが強調されていたため、少しホッとしていました。

最後に、大江健三郎さんや俳優の山本太郎さんらが登壇した集会そのものは午後1時30分に始まり、1時間ほどで終わりました。デモに出発できる自治労の順番は最後のほうだったため、会場から出られる時間が相当遅くなることを覚悟していました。とは言え、5時を回るとは思わず、人込みの中、ひたすら待ち続ける時間は本当に長く感じました。代々木公園までのデモ行進は1時間弱でしたが、参加された組合員の皆さん、たいへんお疲れ様でした。

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コメント

私なんか以前は産経新聞で、いまは読売新聞だったりする。

公務員=自治労=朝日新聞って、そりゃ考えすぎだわなー

ちなみに私の考え方は、天皇陛下万歳(君が代を聴いて涙流したりするぞ、オレは)・原発推進・核兵器保有(はちょっと行き過ぎ?)であるが、大きな政府志向である。

また、君が代賛成ったって某知事のような強権的なやり方(君が代条例)なんかには絶対反対だ。
しかし、労働組合(地公法では職員団体)の存在は大切であると思う。

と、いうように、公務員ったっていろいろな人間の集まりだからね。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月26日 (月) 23時48分

昨日、ETV特集 「シリーズ 原発事故への道程 後編 そして“安全”は神話になった」を視聴しましたが、野田首相の、「安全性を世界最高水準に高める」は事故前は「タブー」に近い言葉だということを改めて感じました。(絶対安全の立場で原子力政策を遂行している過程が番組のなかで描かれていました)
先日、武田邦彦中部大学教授(元原子力安全委員会専門委員)の講演を聴く機会があったのですが、「想定外」のことが起こったら放射線が出て周辺住民が被曝するという耐震指針が策定されショックを受けた(この部会の決定が閣議に送られて閣議決定する。)。1対19、反対したが通った。(なぜ、事故を防げなかったか、机の上に乗って抵抗する。議長を殴るとか、そこまでの確信はなかったが、危険なことは分かった。)警告して本を書いたが全く売れなかった。そして、原子力発電所は震度6の地震で壊れる。原子炉は震度7までだが、関連施設は震度4~5とのことでした。原発は「救命ボートのない船」の状態であり、水などが放射性物質に汚染されても「ペットボトルの水」などは電力会社は準備をしていないなど、原発が抱える問題について指摘されていました。
 今後、今回の「さようなら原発5万人集会」のような集会が催されるのでしょうが、私たちが今回の悲惨な事故を忘れることがないように
活動していくことが必要ではないかと考えています。

投稿: ためいきばかり | 2011年9月27日 (火) 00時03分

管理人さんのいう集会は1つめに引用した記事のものでしょうが、違う視点からでは2つめ引用のような評価もあるようです。
特に3つめ引用の論文や4つめ引用のグラフの存在を無視して、すべての要因を福島に求める姿は、この種の活動家特有の胡散臭さを感じてしまいます。おそらく意図的なのでしょう。
今春の事故後に検出された数値は5つめ引用の記事で0.41-1.3Bq/lとの事ですから、この数値は50年近くも昔からあったことであり、要因を福島原発事故だと断定するのは無理があると思います。6つめ引用のグラフにあるようにガンによる死因は、史上初めて核実験が行われた1945年から上昇しておりピタリ符合しますので、現在でも尿からのセシウム検出はフォールアウトの影響が大きいでしょうね。
今までに核兵器が2000回以上も地上で使用されていることを説明せずに、核分裂という基礎原理しか共通項のない原発批判に、フォールアウトの影響を利用するのは卑怯な行為と言われるべきものと思います。おそらく「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の心情なのでしょう。でも、その語源を考えると公務員たる管理人さんが書かれた今週号は強烈な皮肉に聞こえてしまいます。
それにしても、自分の主張を正当化する手段に子供を利用する真似をして、それで何の負い目を感じないのかと思います。人権を声高に叫ぶ団体ほど、人を性別や身体特徴によるステレオタイプ分類をしたがり、自己の主張に利用できるものは何でも利用するという姿を垣間見れるものですね。
事実や数字を都合よく無視あるいは引用して扇動活動する団体や個人は歴然と存在します。そういう団体や個人に力を与えるべきでないことは歴史が証明していますし、それらに付いて行っても利用はされても助けてはもらえないものです。なにより、このような団体や個人に、今春の震災や事故が扇動活動に利用されて欲しくはありませんね。
これらのことを理解して先々週の「T川市職員の皆さん、とく若いひとへ。目を覚ましてください。あなたたちはこういう人に利用されてるだけです。」とのコメントに対して、正しい指摘はどの部分か、また間違った指摘はどの部分か、管理人さんのところの人には自分で見聞きし自分で考えて判断して欲しいと思います。
1つめ引用元http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110922ddm013040009000c.html
2つめ引用元http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006
3つめ引用元http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-01-04-11
4つめ引用元http://www.rist.or.jp/atomica/data/fig_pict.php?Pict_No=09-01-04-11-03
5つめ引用元http://www.news24.jp/articles/2011/06/30/07185529.html
6つめ引用元http://www.fpcr.or.jp/pdf/statistics/fig10.pdf

投稿: 名無し | 2011年9月27日 (火) 00時14分

私が何故こんなコメントをするかというと、いま一番禁忌すべき福島への風評被害を扇動しているのは、こういう方々の活動からなのだろうと思うからです。
自己の主張のために何でも彼でも危険意識を煽るようなやり方は蔑むべきです。

投稿: 名無し | 2011年9月27日 (火) 00時30分

「福島県」を「フクシマ」とカタカナ呼ばわりしている者が風評被害・差別意識を巻き散らかす原因者であることは間違いない。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月27日 (火) 00時36分

地方の公務員さん、ためいきばかりさん、名無しさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

いろいろなご意見をいただき、今回の内容を通し、もう一言二言触れるべき点が多かったように省みています。ストレートな「Part2」とするのかどうか分かりませんが、皆さんからのご指摘などを踏まえ、このような「運動」に対する個人的な思いを改めて次回の記事で掘り下げてみるつもりです。

投稿: OTSU | 2011年9月27日 (火) 07時56分

カタカナ呼ばわりしている者とは下の引用のような方を指すのでしょうか。私などからは、正直ここの管理人さんとの違いが理解できませんけどね。
それでも、先日のデモでは1つ目の引用から色々な思惑が錯綜したことが見て取れました。2つ目の引用についてはトンデモ陰謀論そのものだし、3つ目の引用に至っては排除すべき職員像そのものと感じます。
こういう人を支持する職員が厳然と存在して、それを公平が最も重視されるべき行政の現場から退場させる規定が無いことを恐ろしくすら感じます。
1つめ引用元http://kokuga.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-ae07.html
2つめ引用元http://kokuga.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-e34f.html
3つめ引用元http://kokuga.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-e4de.html

投稿: 名無し | 2011年9月27日 (火) 22時01分

>名無し さん

どんな職業といえども、思想信条の自由は憲法で保障された、誰しも侵されない権利として有するものです。

従って、引用されている市議会議員を支持する者が役所にいるからといって排除することは、
「自由主義社会」としては許されないんじゃないでしょうか?

憲法で保障された権利を(公務員だからといって)安易に制限するようなことはあってはいけないと思いますが。

なぜなら、名無しさんがここで自由にその思想信条を発露できているのも、その権利があなたにも保障されているからです。

それと、

制限なし(団結権も政治的活動も兼職もOKよ!)=給料安い
各種制限あり(そんなのだめだめ)=給料高い

が本来であって、

制限ありまくり→給料下げろ

は、論理的にはおかしいはずです。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月27日 (火) 22時48分

そうそう、行政における公平性とは、行政執行にあたって公平に取り扱うということであって、それと公務員個人の思想信条とはなーんの関係もありません。

もし、相手方が自分と思想信条が相容れないからといって、行政執行にあたって相手に不利益を与える、これは当然というかあたりまえというか、そんなんはあかんに決まってるわね。

従って、阿久根市の前市長の行為は行政に携わる者としては許されないんだわね。
(自分と対立する方が責任者の保育施設への補助金申請を放置した件)

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月27日 (火) 22時54分

名無しさん、地方の公務員さん、コメントありがとうございました。

記事本文でも記したとおり今回の集会へ参加した方々の中でも、いろいろな思惑の違いがあるものと見ています。さらに集会に足を運んでいない圧倒多数の皆さんの思いは千差万別であるはずです。

私の綴るブログ記事に触れた名無しさんからは、いつも辛辣な意見が寄せられています。特に公務員組合が脱原発などの政治的な運動にかかわっていることへの批判の多さを受けとめています。

このような見られ方は、私どもの組合員の皆さんの中にも大なり小なりのある得る可能性を感じ取っています。だからこそ、あえて当ブログを通し、そのような課題に関しても積極的に取り上げてきている経緯がありました。

確かに私の発信している主張が絶対正しいとは断言できないかも知れません。逆に名無しさんの見方が正しいのかどうかも分かりません。それぞれの言い分をオープンにしながら、皆さん一人ひとりが物事を多面的に見ていく機会に繋がることを願っています。

ただ名無しさんの引用された市議会議員の主張と「正直ここの管理人さんとの違いが理解できません」という一言には驚き、そのような見方もされてしまうことを非常に残念に思っています。

最後に、いつも地方の公務員さんには適確なフォローをいただいています。改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。

投稿: OTSU | 2011年9月28日 (水) 08時10分

自らを正しいと信ずるからこそ議論は美しく人を感動させる。強く疑うからこそ強く信じられる。何時ものように大上段から(笑)。

公務員として真っ当に業務をこなして、夜は社会主義革命活動に勤しんでも問題ありません。公私の区別はしっかりついている。
しかし公務員の給料を貰いながら組合活動に専念している者がいると噂されている。市民は公務員が一体となって不正をはたらいていると見做している。貴方達はその不埒な者を「公金横領」で「刑事告発」出来ますか?

それと地方の公務員さんの・・
>公務員は(労働の)制限がついているから高い給料を貰って当然である
という論理は正しくありません。

制限とは「強制的に自然では無い状態」の事ですから「規制」と同時に「保護」も入ります。(保護されているから高い給料・・は変でしょ)
公務員の制限については下記の解釈でしょう。

『例えば「人事院」のように公務員の給料を合理的に決める仕組みを持っているなら、公務員の労働権を制限しても憲法違反ではない』

その解釈の中に「高い給料を是認する」趣旨は入っていません。尤も人事院が「合理的」と(市民から)見做されているかは微妙ですが。

投稿: あまのじゃく | 2011年9月28日 (水) 10時12分

それと九州の某市では組合が庁舎を以前は「タダ」で、最近は若干の光熱費の支払いで使用していた。
公的な庁舎を私的な組合活動に使用してはならないと使用を禁止したら、なんと裁判を起こした。

公的な庁舎を私的な組合活動で使用する事をアタカモ「当然だ」と考えている精神構造を貴方達はどう考えていますか?
例えばトヨタの労働組合でも庁舎を「当然」使用できるんですね?

自分に都合のいい場面では「公私を分けてくれ」と言い、都合の悪い場面では「公私混同」を平気で主張する。
最後の一線で信用できない最大の理由です。

投稿: あまのじゃく | 2011年9月28日 (水) 11時01分

地方の公務員さん
憲法に保障された思想信条の自由とは、公私に跨って無制限に表現して良いことではありません。置かれた立場で法を超えた社会通念上の制限は当然にありますよね。昨日引用したブログと寄せられたコメントを見れば、私はそれが許される範囲を超えていると思っています。従いまして、権利権利と社会通念を超えて振りかざされるエゴを、民主主義のルールに則って排除するのは、逆に有権者の当然の権利といえますね。
また「制限ありまくり→給料下げろ」は理論的におかしいとのことですけど、今の公務員について「制限ありまくり」だと本気で言うとすれば、鼻で笑われますよ。少なくとも本来制限されて欲しいことを、何だかんだと理屈を捏ねて制限されていないと見抜かれていますし、それに加えて「各種制限あり=給料高い」と言うならば信用を一層失うことになるでしょう。
はっきり申し上げますと「行政における公平性とは、行政執行にあたって公平に取り扱うということであって、それと公務員個人の思想信条とはなーんの関係もありません。」と言われて、本当に思想信条と行政執行が切り離されていると信じる人は、ほとんど居りません。そのことは11月27日に判りやすく証明されるでしょうね。
先ずは、何だかんだと理屈を捏ねるのを止めて、批判をありのまま認めて非を改め、同時に成果主義を速やかにかつ徹底的に導入し職員を入れ替えることです。せいぜい2割の職員を入れ替えれば劇的に文化が変わるはずですね。
名古屋の現市長とか九州某市の前市長とかが当選されたのは支持されたことよりも、行政側の候補者が拒否された結果で、あれらの混乱は実は公務員が呼び込んだのでが、11月27日は支持の結果当選されるのか、拒否の結果当選されるのか、どちらなのでしょうね。

投稿: 名無し | 2011年9月28日 (水) 20時26分

うーん、どうなんだろう、労働組合(職員団体)は、従業員(職員)の地位向上や待遇改善を図るための団体なんで、それは公務員であろうとどっかの企業であろうと、その存在は否定されないし。

労働条件を変更したりする場合、経営者側と従業員側とは交渉するわけだが、経営者側(その場合は人事課・部)の人間は仕事としてその交渉に当たることになる。
しかし、労働組合を純粋な「私」的行為だとすると、従業員側の人間はみんなどういう状態で交渉にのぞむことになるのか?まさか有給休暇?

これっておかしいですよね。

ちょっと話がそれましたが、我が国の場合、企業別労働組合なので、その労働組合の事務局が会社内に存在することって、トヨタのような超大手は別にして、それって普通じゃーないのかなと思うが。
そうでないと、労働組合は従業員の趣味と同レベルの活動になってしまうんじゃないかな。
事実、私が研修で派遣された中小企業では労働組合の事務局は会社内にあったと思うけどなー。

トヨタは検索してみたが、すごい建物を本社前に持っていてビックリした(国際ホールまである!)
あそこは規模がでかいからね。

えー、あまのじゃくさんへの合理的な説明は、頭の中ではできているのですが、言葉にするにはちょっと脳みその働きが悪いようで、すんません。

そうそう、組合活動の専従者は、もちろん無給です。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月28日 (水) 20時32分

名無しさんとはなかなか合意点が見いだせないと思いますが、原発反対って叫ぶことが憲法の保障の埒外にあるとは到底思えないんですが。いや、私は推進派なんで、原発反対シュピレヒコールには拒否反応ありますけど。

11月27日って何の日かなと思いましたが、大阪市長選ですね。
名無しさんは維新の会を支持しておられるようですが、あの維新の会の条例案って、あれこそ思想信条を行政執行に持ち込もうとするように思えるのですけどねー。

この第10条第2項なんですが、

大阪府教育基本条例案
(保護者)
第10条 保護者は、学校の運営に主体的に参画し、より良い教育の実現に貢献するよう努めなければならない。
2 保護者は、教育委員会、学校、校長、副校長、教員及び職員に対し、社会通念上不当な態様で要求等をしてはならない。
3 保護者は、学校教育の前提として、家庭において、児童生徒に対し、生活のために必要な社会常識及び基本的生活習慣を身に付けさせる教育を行わなければならない。

いやー、さらっと読むとなんともないですが、この第2項なんて、私とか名無しさんとか、あまのじゃくさん(ごめんなさい)なんかモロに排除されるんじゃないですかねー。

名古屋の市長も、思いつきで病院建設事業にストップかけたのはいいけども、施工業者から違約金か遅延損害金だったかな、5億円請求されちゃってますけど。。。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月28日 (水) 22時33分

地方の公務員さん
私は維新の会を積極的に支持してはいませんが、常識を遥かに超えて権利権利とエゴを振り回す公務員と、それに支持される候補を選ぶよりは、少しだけ良いと感じています。
また、そういう選択の行きついた先に「思いつきで5億円請求される」のと同じ結果が待っていたとしても、それはトコトン信用を失った公務員が呼び込んだ結果だと思うことにしています。
なぜなら、民間の感覚ならば自社の商品が顧客に受け入れられない場合には、商品に原因があるのか営業に原因があるのか考察して、自分側を変えることで受け入れられるようにします。しかし、公務員の感覚は自分側を変えることは無く、顧客の見方が悪いとか顧客が間違った知識で誤解しているとして、相手側に変わることを求めるばかりです。ここのやり取りでも、この特性は明らかでしたよ。だから、強烈な毒をもって強制的に変わっていただくしかないと思うのです。
その過程で、指摘された第2項のような規定から自分が排除されたとしても、それは仕方がないことでしょう。民主主義ですから、その時選ばれた首長の考えは、その時点の社会通念を色濃く反映しているのですからね。
出鱈目だと言われるかも知れませんが、もしそう思うならば成果主義を導入し職員を入れ替えて、第一に信用を取り戻すことをすべきでしょうね。とにかく全体を見る前に、一部に問題がある職員が多すぎるのですよ。

投稿: 名無し | 2011年9月28日 (水) 23時07分

そうそう。行政における公平性とか中立とかは、職員個々の感覚での公平性とか中立ではありません。その時の民意で選択された首長の感覚が正しい公平性と中立です。地方の公務員は、その感覚を法律の枠内で住民サービスに反映させることこそが仕事ですよ。
ですから、維新の会の条例案が思想信条を行政執行に持ち込むという評価は間違いだと思います。民意が選んだ公平性と中立の実行を保証する条例と評価するべきでしょうね。
たぶん、これも出鱈目と言われるのでしょうが、自分らが選んだ首長の考えが何でもストレートに実現されるとなれば、住民は恐ろしくていい加減な首長を選ぶことは無くなると思いますよ。そうなる結果を導いてくることこそ、公務員が取り戻すべき信頼ですね。

投稿: 名無し | 2011年9月28日 (水) 23時20分

>名無し さん

成果主義はとうに私の職場に導入されています。実は。

結果は、、、なんだかなぁ、やっぱり行政に成果主義はあわない、というのが実感で。
首長ですね、成果主義がマッチするのは。選挙は究極の成果主義。


>民主主義ですから、その時選ばれた首長の考えは、その時点の社会通念を色濃く反映しているのですからね。

これは全く違うのではないかと。
民意といったって、100%の民意じゃないですよね。
多様な考え方があって、その多数決の結果の民意であって、だからといってそれに従え、はおかしいでしょう。
我が国は北朝鮮じゃないですから。多様な考え方を尊重するというのは、我が国の良いところではないでしょうかね。 (ここでの話は維新の会の条例は思想信条を行政執行に持ち込むという意味で)

それと、名古屋市の5億円の遅延損害金は、名古屋市の職員の責任ではありません。
あくまでも名古屋市長の政治判断の結果でございます。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月28日 (水) 23時37分

あまのじゃくさん、地方の公務員さん、名無しさん、コメントありがとうございました。

多岐にわたる論点が見受けられますが、時間が限られ、言葉が不足しがちなコメント欄では中途半端なレスを避けるようにしています。その分、皆さんの意見を拝見しながら、次回以降の記事本文で私なりの問題意識を示させていただくつもりです。すべての論点に対応できる記事に繋がらないかも知れませんが、長い目で見てご理解ご容赦ください。

なお、組合事務所の問題は次の記事以降の本文やコメント欄で詳細なやり取りをしています。お時間がある際、ご覧いただければ幸いです。

2009年6月7日(日) ブログで有名な阿久根市長
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2009/06/post-eaed.html

投稿: OTSU | 2011年9月29日 (木) 08時09分

「公」の世界に交渉などは存在しません。

公務員の待遇給料や庁舎の使用を(当局と自治労との)交渉事で決めてはなりません。
「公」を決められるのは「公的仕組み」だけです。
自治労が当局に対して行えるのは「交渉」ではなく「陳情」です。お間違えなきよう。

当然自治労が陳情するかは自由、当局が陳情を斟酌するかも自由。

(行政において)成果主義が上手くいかない場合は「何が成果なのか?」という哲学が「未完」だからでしょう。

投稿: あまのじゃく | 2011年9月29日 (木) 11時05分

地方の公務員さん
行政で多様な考え方を尊重するのは、舵を取る首長と議決する議員の方々の仕事です。だから公務員は首長の考えを議決に基づき尊重するだけで良いのですよ。
このとき、公務員は自分の考えを表現することも公私に跨って制限されるべきです。これくらいの制限ならば「各種制限あり=給料高い」と言っても皆が納得するでしょう。
でも今は、最近の投票率が低い理由として「誰がやっても同じだから」というものがありますが、職員一人一人が勝手に多様な考え方を尊重して、誰の施策でも同じ結果に導いてるからではないのかと疑ってしまうくらいです。
これが劇的に変わって、住民が選んだ首長の考えが何でもストレートに実現されるとなれば、住民は恐ろしくて誰でも良いとは言えなくなるのです。だから今の状態で漠然と選ばれた首長が、無茶なことをして被害を発生させたならば、公務員の責任は大きいのです。
これらのことから職員を入れ替えなければ何も始まらないのですね。

投稿: 名無し | 2011年9月29日 (木) 20時55分

>あまのじゃく さん

現状はお説のとおりそのまま。
「交渉」は実は「陳情」に過ぎないのが実情、実態。
そう考えると公務員の立場は弱いでしょ。

>名無し さん

>行政で多様な考え方を尊重するのは、舵を取る首長と議決する議員の方々の仕事です。だから公務員は首長の考えを議決に基づき尊重するだけで良いのですよ。

ええ、ですから、仕事の上では首長の意向どおりの行政を執行しています。昔から。
逆らうものは更迭・昇進できません。

>これが劇的に変わって、住民が選んだ首長の考えが何でもストレートに実現されるとなれば、住民は恐ろしくて誰でも良いとは言えなくなるのです。だから今の状態で漠然と選ばれた首長が、無茶なことをして被害を発生させたならば、公務員の責任は大きいのです。

えー、ですから「今の状態で漠然と選ばれた首長」の施策を「何でもストレートに実現」しているので、既に。
たぶん勘違いされておられると思いますが、地方自治体の首長は、想像以上に強いですよ。
特に組織内に向けては絶大です。
また、労働組合も、職員の待遇改善などは要求しますが、施策について容喙することはありません。

>最近の投票率が低い理由として「誰がやっても同じだから」というものがありますが

誰が首長になっても課題とその処方箋は同じだからですよ。
行政の問題解決に発明品はありません。
地道なことの繰り返しです。

投稿: 地方の公務員 | 2011年9月29日 (木) 22時33分

あまのじゃくさん、名無しさん、地方の公務員さん、いつもコメントありがとうございます。

この場での私からのレスは昨日までのとおりですが、一点だけ添えさせていただきます。地方の公務員さんは法的な位置付けを承知の上で、労働基本権の制約がある中、「交渉」は実は「陳情」に過ぎないのが実情と記されたものと思っています。

確かに協約締結権などがなく、法的な名称も「職員団体」ですが、公務員の組合も「労働組合」であることは間違いありません。このあたりの内容についても、昨日紹介した以前の記事などに詳しく書き込んであります。

このような前提が共通認識されていないため、これまで議論がうまくかみ合わない場面が多々ありました。そのような背景は承知され、持論を展開される場合もあろうかと思います。ただその際は、どうしても同じ土俵の上に立った議論とは言えないため、論点のかみ合わなさは簡単に解消されないのだろうと受けとめています。

投稿: OTSU | 2011年9月30日 (金) 08時11分

もう書くのを止めようと思ったが最後に・・。

家計は夫婦で使い方を決めます。夫婦で稼いだお金だからです。民間の会社は役員及び従業員で使い方を決めます。従業員全てで稼いだお金だからだ。だから労使交渉というものが成立する。では行政は・・・?

当然原資は税金ですから納税者全てでお金の使い方を決めます。これを私は「公的仕組み」と表現した。
法律にちゃんと書いてあるじゃないですか、「公務員の待遇給与は条例で定める」って。

当局と自治労との交渉で決められる筈が無いんです。

だから「公的仕組み」に対して「陳情」すれば宜しいのです。民間人は皆そうやっていますよ。まさか公務員だけ「特別」と思っている訳ではないでしょう。

投稿: あまのじゃく | 2011年9月30日 (金) 15時50分

国家公務員給与は人事院勧告で決まるのですよね
地方は国を準用してるんですよね
私は消防署だから組合がないのだけれど
人事院が給与を下げればそれに従わざるを得ないし
条例で減給が決まれば(地方公務員給が下がるなら)また従います。
でも、自治労は、少なくとも違法ではないし
公務員の代表なので…。自ら給与をどんどん下げてください
とも言えないでしょう。
そもそも、行政職は法・令・規則・条例の書物に従って
一言一句、書き物に従って粛々と業務を行っているわけで…
自分勝手はないと思っています。
法令を決めるのは議会であり、行政じゃない訳で
国民・県民・市長村民の皆さんから選挙で選ばれた
国・県・市町村の首長さんと議員さんが決めたことだから
公務員はその決まりごとのお書物通りに仕事してるんだと思います。
だからこそ、国民・県民・市町村民の皆様方には立法方の国・県・市町村
の議員の先生方に思いとか気持ちとかをおっしゃって・訴えて、いただきたい
と思います。
だって、法令は国民の皆さんが選んだ首長さん・議員さんが決めたのだから
すなわち、国民・県民・市町村民さん方の意思だと承っております。
地方公務員が自分勝手に行政の内容を決めることなど出来ないと思うのですが
違うのかな?
ま、中には公務員としてどうよ?と思われる方も居なくはないのですが。

OTSUさん、おひさしぶりです。2回目の投稿です。
組合のことを知らないくせに偉そうにに書き込んでしまいました。
書き込み途中で「地方公務員」を「地方請う務員」と誤変換されて
あまのじゃくさんならそうおっしゃるのだろうな
などと感じたことでした。
長文、大変失礼いたしました。

投稿: 田舎の消防士 | 2011年9月30日 (金) 23時37分

減給受け入れと申しましたが、
お手柔らかにお願いします。
従うしかないので。

投稿: 田舎の消防士 | 2011年10月 1日 (土) 00時00分

>田舎の消防士 さん

日々お勤めご苦労さまでございます。
日頃の消防士さんのご活躍、頼もしく思います(消防士さんの出番があることは本来少ない方がいいですが)

消防士も団結権は認めるべきですね。

ILOからは消防士への団結権付与は勧告されているんじゃなかったでしたっけ。

投稿: 地方の公務員 | 2011年10月 1日 (土) 01時28分

あまのじゃくさん、田舎の消防士さん、地方の公務員さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

明日予定している新規記事は、今、思うことを徒然と書かせていただくつもりです。ぜひ、またご訪問いただければ幸いです。

田舎の消防士さん、お久しぶりです。お時間が許せる際、これからも気軽にコメントをお寄せくださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年10月 1日 (土) 06時20分

田舎の消防士さん
公務員の方からのコメントは尤もなことが書かれているのですが、反面必ず「ま、中には公務員としてどうよ?と思われる方も居なくはないのですが」というよな一文が入ります。これが最優先の問題だって気が付きませんかね。この問題が無くならない限り、いくら尤もなコメントでも通りませんよ。
これらを解決する唯一の方法は、成果主義を徹底的に導入して職員を入れ替えることしかあり得ません。一旦、すべて成果に応じて契約を更新する非正規職員にしてから、正規職員をピックアップし直しても良いくらいです。
今も競争力を保っている企業は、この段階はすでに終了していますし、心配しなくても通常の人と同等の感覚で働いていれば正規職員として残れますよ。

投稿: 名無し | 2011年10月 1日 (土) 08時56分

地方の公務員さん
あなたのコメントも尤もだと思いますよ。でも一般的な有権者からみるとどう感じ取れるのでしょうね。私は襟の正し方が足りないと感じています。
当面の間どうなっていくのか、その結果もまもなく出るでしょう。少し橋下知事も雲行きが怪しくなって来ていますから、独裁のようなことを避けれたら良いですね。
しかし、デモだの何だのと限度を超えて意思表明をする限り、この流れは変わらないと思いますよ。事実が評価されるのではなく、有権者が感じることが即ち評価なのですからね。

投稿: 名無し | 2011年10月 1日 (土) 09時08分

名無しさん、いつもご訪問いただき、ありがとうございます。

先ほど新規記事を投稿しました。また名無しさんからのコメントの一部を引用させていただきました。また、最後の段落に私自身の思いを託しています。ぜひ、ご覧いただければ幸いですので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年10月 2日 (日) 00時01分

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