脱原発依存の首相会見
前回の記事「上司としての菅首相」に対しては、土曜朝までコメントが1件も寄せられませんでした。訪問者の数は普段通りだったため、今さら菅首相のことを論評しても意味がないという一つの表われのようにも感じていました。とは言え、菅首相が現在、この国で最も重い責任を託されている最高権力者であることも間違いありません。その菅首相が水曜の夜、エネルギー政策の転換にかかわる重大な方針を発表しました。
菅直人首相は13日、首相官邸で記者会見し、今後のエネルギー政策に関し「原発に依存しない社会を目指すべきだと考えるに至った」と述べ、脱原発依存を進める考えを示した。その上で「計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもやっていける社会を実現する」とし、将来的には原発を全廃する「脱原発」の姿勢を鮮明にした。ただ、今後のスケジュールや政府内での議論の進め方など具体論についての言及はなかった。
首相は、3月11日の福島第1原発事故発生前は原発活用の立場だったとした上で「最終的な廃炉に長い期間を要するリスクの大きさを考え、これまでの安全確保という考え方だけでは律することができない技術だと痛感した」と政策転換の理由を説明した。停止中の原発の再稼働については、原子力安全委員会が関与するとした政府の統一見解に沿って、首相、枝野幸男官房長官、細野豪志原発事故担当相、海江田万里経済産業相の4人で判断すると説明。「専門的な立場の皆さんの提起があり、それが大丈夫となれば4人で合意して稼働を認めることは十分あり得る」と述べた。
当面の電力需給に関しては「必要な電力を供給することは政府の責務」と強調。今夏と年末については「必要な電力供給は可能との報告が耳に入っており、そう遠くない時期に計画を示す」とした。来年以降は「天然ガス活用なども含めて計画を立てていきたい」と述べるにとどめた。与野党内で臆測が出ている「脱原発解散」については「この問題で解散するとかしないとか、一切考えていない」とした。退陣時期では「(退陣表明した)6月2日の(民主党)代議士会、記者会見で真意を申し上げているので、それを参考にしていただきたい」と語った。また、原発再稼働を巡る政府内の混乱については「私の指示が遅れるなどしてご迷惑をかけた。申し訳ないと関係者におわびしたい」と改めて陳謝した。【毎日新聞2011年7月13日】
私自身も含め、大多数の国民が基本的な方向性については賛意を示す考え方だろうと思っています。確かに3月11日以降、福島第一原発事故の深刻かつ甚大な被害を突き付けられ、合わせて原発の安全神話や低コストという見方の欺瞞さなどが浮き彫りになる中、菅首相の脱原発依存の方針は歓迎すべきものでした。しかし、会見直後から内閣や民主党内から「あくまでも総理の個人的な思い」というような声が続出し、政府与党内での足並の乱れが明らかになっていました。
あげくの果てに翌々日の閣僚懇談会の中で菅首相自身も、脱原発は「政府見解ではなく、個人的な見解として決意を述べた」という釈明を加えるというお粗末さを露呈させていました。加えて、方向性自体を評価する閣僚も少数派にとどまり、与謝野経済財政相は「石油や天然ガスは(国際的に)取り合いになり、値段も高騰するし、安定供給にも懸念が出てくる。それでもいいという覚悟を決めるのか」と主張していました。
さらに企業の国際競争力へのマイナスが出る影響などを指摘し、「日本にとってあんまりいいことは起こらない。原子力がなくなったからと言って、生活のレベルが落ちていくだけだ」と公然と批判していました。野党や財界、マスメディアからも菅首相の稚拙な記者会見の内容が批判され、脱原発の難しさも強調され始めています。たいへん皮肉なことに菅首相の記者会見は、原発を推進すべきだと根強く考えている人たちに格好の攻撃材料を与えたような気がしています。
そもそも一足飛びに原発すべてを停めることの困難さを認めた上、よりいっそう安全対策に万全を期し、代替電力の確保など緻密に解決していかなければならないデリケートな問題が山積していました。それにもかかわらず、菅首相の大事な足元である内閣をはじめ、枝野官房長官や海江田経産相らとも事前に充分な意思疎通をはかっていなかったようです。そのため、「個人的な見解」を披露した記者会見に何の意味があったのか甚だ疑問です。
今年1月に投稿した記事「リーダーシップのあり方は?」の中で、自分一人で決めることが強いリーダーシップの発揮ではないという思いを綴っていました。菅首相の言動の数々に対し、発していた言葉ですが、まさしく今回もそのような忸怩たる思いを強めています。リーダーが一人で物事を判断し、その方針に部下が従うのは当たり前だという見方も一つの正論です。また、リーダーは大きな総論的な方向性を示し、具体的な各論を肉付けしていくのは部下の役割だという見方もあり得るのかも知れません。
それぞれ正しい見方だろうと思いますが、示した方針に対して結果を出すことがリーダーの最も重要な責任と役割だと言えます。そのためには、どのような指示を部下に与えるべきなのか、どのような手順を踏むべきなのか、どのように自分自身が振る舞えば良いのか、全体を見渡す中で最適な「答え」を洞察する能力がリーダーには求められているものと思っています。つまり脱原発依存を実現していくため、今回の記者会見にどのような意味合いを持たせていたのか、菅首相に問いかけたい気持ちを強めていました。
決して支持率アップや延命のための会見だったとは考えたくありませんが、あまりにも与えている影響のチグハグさに悩ましさを感じていました。実は今回の記事は、福島県の知事だった佐藤栄佐久さんの著書『福島原発の真実』について取り上げる予定でした。いつものことですが、前置きとして触れた菅首相の会見の話が膨らんでいったため、途中で記事タイトルを変えていました。この本の詳しい内容に関しては次回以降の記事で紹介するつもりですが、「原発推進ありき」だった国策の歪さを改めて思い知らされる機会となっていました。
ここから先は少し横道にそれてしまいますが、サッカー女子ワールドカップの決勝戦が日本時間の18日午前3時45分にキックオフされます。日本代表「なでしこジャパン」が世界ランク1位のアメリカに挑む大一番ですが、何とかリアルタイムで応援しようと考えています。その矢先、次のような報道を目にすると何とも力が抜けてしまいます。検討すること自体、あり得ない話だろうと思っていますが、ご本人や側近の皆さんは真剣に検討されたようであり、「何だかなぁ」という印象を抱いた報道内容でした。
ドイツで開催されているサッカー・女子ワールドカップ(W杯)の決勝戦について、菅首相が現地で応援する方向で首相周辺が一時検討したものの、断念していたことが15日わかった。政府関係者によると、初の決勝進出を果たした「なでしこジャパン」を首相が現地で観戦できるよう、17日朝に政府専用機で日本を出発し、19日朝に帰国する「強行日程」が秘密裏に検討された。
しかし、「東日本大震災の対応もあるのに、サッカー観戦している場合ではない」と慎重意見が出たほか、「政府専用機を使用すれば数千万円の経費がかかる」(防衛省)ことも考慮し、結局、“ドイツ外遊”は幻に終わった。政府は代わりに鈴木寛文部科学副大臣の派遣を検討している。民主党内からは「被災者への義援金が行き届かない中、数千万円を使ってサッカー観戦など、あきれる」と首相の姿勢を疑問視する声が出ている。【読売新聞2011年7月16日】
| 固定リンク
コメント
某大学長の発言のとおり、菅直人氏は首相としての能力はなく、普通の人以下の能力なんでしょう。
こういった人物だと分かるには首相にまでならないと分からない、ということがこれまで繰り返されてきています。
退任3条件には、社会保障と税の一体改革など、陰も形もありません。
思いつき=政治主導、政治判断だと思っているようで、その思いつきも素人以下。
「TPP」は語感がいいから推進しようと思ったようですし、「ストレステスト」も語感がよかったんでしょう。
原発に関しては、あまのじゃくさんが正鵠を得たご指摘をされていると思います。
それと、国全体について責任を取る術を持たない原発立地県の知事が原発の再稼働に対して拒否権を有することについて批判が一つも見あたらないことが不思議でなりません。
高齢者が節電の呼びかけに応じてエアコンを停めたがため熱中症で亡くなったりしたら、原発の再稼働を拒否し続けている知事はどう責任を取るつもりなのか、一度聞いてみたい。
投稿: 地方の公務員 | 2011年7月17日 (日) 23時05分
地方の公務員さん、おはようございます。コメントありがとうございました。
今回、私も菅首相に対する失望感を書き込みましたが、まだまだ脱原発依存という「結果」に向けては応援したい気持ちをなくしていません。また、記事本文の最後に記したとおり次回以降、原発立地県の知事だった佐藤さんの著書について触れる予定です。ぜひ、これからもご注目ください。
先ほど「なでしこジャパン」は粘りに粘って、PK戦の末、強豪アメリカに勝利しました。最後まで諦めなかった姿勢は、私たち日本人に勇気と希望を与えてくれました。地方の公務員さんのレスの場を借り、喜びの一言を添えさせていただきました。
投稿: OTSU | 2011年7月18日 (月) 06時44分
管氏は市民運動家と聞いている。市民運動の実態を知らないが、多分政治を市民の手で行おうとする運動の事でしょう。
という事は「反市民なるもの」や「非市民なるもの」が存在するという事です。
市民運動はどうも「アンチテーゼ」運動じゃないですかね?
恐らく、原発の問題では「東電」という資本や「官僚」が「対象」だったりしているのではないのかと思います。
総理とは「テーゼ」を打ち出す立場の人ですから、最も困惑しているのは「アンチテーゼ」の発想を持っている管氏なのかもしれないですね。
だから「アンチ原発」の方針は容易に打ち出せたが、エネルギー政策の「テーゼ」は「さっぱり」です。
やはり管氏は課長としては優秀でも総理には不向きなのかもしれませんね。
投稿: あまのじゃく | 2011年7月20日 (水) 10時08分
あまのじゃくさん、コメントありがとうございます。
野党だった時代、相手を攻めていく場面では菅首相の持ち味が発揮されていたものと思っています。確かに現在のポジションは、菅首相にとって適材適所から程遠かったようです。ちなみに課長だった場合、前回の記事で綴ったとおり絶対部下になりたくないタイプの上司だとも言わざるを得ません(苦笑)。
投稿: OTSU | 2011年7月20日 (水) 21時54分
今、原発事故関連でもっとも優先すべきは被曝された地域住民の健康確保、放射能物質の除去、汚染された食品等の流通防止ではないかと思います。もはや統治能力のないこの政権(民主党政権)には期待していませんが、気になる点がこの会見でも感じられました。
「菅直人首相の13日の記者会見で、東日本大震災以降「ぶら下がりインタビュー」を拒否し、会見のタイミングも一方的に設定する首相に対し、記者側から「首相の都合のいいときだけ記者会見するという状況の改善をお願いしたい」との要望が出た。
被災地で問題発言をした松本龍前復興担当相が引責辞任した5日、内閣記者会は首相の会見を開くよう求めたが、首相は応じなかった。13日の会見では記者団がこうした経緯を指摘し、首相に改善を求めたが、これに関する首相の発言はなかった。」
松本前復興担当相の「今の部分はオフレコな。書いた社はこれで終わりだから。」(独立総合研究所青山 繁晴さんは「個人の問題だけではなく、菅政権が抱えている一番本質的な根深い点である」民主主義の基本的なルール、価値を菅政権はおろそかにしていることを指摘されていました。)また、飯舘村の計画避難の際、福山官房副長官が村長を福島市内にひそかに呼び出し、飯舘村村長が「計画というからにはどこに避難するのか、雇用の手当は、いつまでに村に帰れるのか」という質問に、こう言い放った「この計画は5月末までに避難してくれという意味です」。村長はこの時のことを振り返って「菅政権には心がない」、「被災者、被災地について本当に考える心が感じられない。」との発言をされたとのことです。)
今回の脱原発依存の首相会見で(上記の記者の質問に)「誠実に質問に答える」ことが必要だと感じました。
私自身は「電力が必要だから原発は安全」ではまた取り返しのつかない事故がくりかえされますので、地域住民を「想定外」(原発の耐震指針では「残余のリスク」)の事故で「被曝」させるということがない体制が整うまで「再稼働」はありえないと思っています。
投稿: ためいき | 2011年7月20日 (水) 23時05分
ためいきさん、おはようございます。コメントありがとうございました。
これまで大震災以降、菅首相に絡む記事をいくつか投稿してきました。少し前までは菅首相を代えることが最大の目的化されていた動きに対し、特定の誰かが首相を務めれば「劇的に事態が好転する」というような想像力も働かないという意見を述べてきました。
しかしながら最近、その考え方は変わっています。不信任案騒動の時、ご本人の言い分はあるようですが、近いうちに退任することを示唆したことは確かでした。そうであるのならば、課題とした法案の成立に全力を尽くし、すみやかなバトンタッチができるよう傾注して欲しいものと思っています。
脱原発依存に舵を切りたいという決意が高ければ高いほど、ご自身が退く道筋の中で、後継者がその路線を適確に引き継げるような菅首相のご努力を願っています。この局面で「自分が」という積極さよりも、「私心」を捨てているという見られ方に繋がる謙虚さが大事だろうと考えています。
投稿: OTSU | 2011年7月21日 (木) 08時14分
私個人は脱原発も、原発のリスクを負ってその恩恵に浴する生き方にも理解を示しているし、実はどちらでもいい。
しかし今報道されているような、金と欲に目がくらんだ三流御用学者の愚劣さには怒りさえ覚える。三流学者と三流政治家はこう叫んでる
「ストレステストの結果を充分に分かりやすく説明して、国民に安全性を理解して貰いたい」
四流学者と四流政治家(怒りの為に格下げ)は流石にクズのカスだ。
今必要なのはストレステストの説明じゃ無く、安全基準をどこまで上げるかの議論だよ。
今の安全基準が東北地震に耐えられなかったからメルトダウンしたんだよ。そんなに安全なら手前が福島原発の隣に家立てて暮らしてみろ。
事実を虚心坦懐に見る事の出来ない五流学者と五流政治家(更に格下げ)など北朝鮮に売り飛ばせ。日本の邪魔だ。
『20年未満の原子炉は安全ストレスに余裕があると見做して暫定的に運転を認めるが、2~3年を目途に新たな安全基準を見直し、それに沿うように改築を施す』
この程度の政治主導が出来んのかね。
最後に付け加えるが、1000兆円の借金を虚心坦懐に見られない六流人間も北朝鮮送りだな。
投稿: あまのじゃく | 2011年7月21日 (木) 10時15分