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2011年6月11日 (土)

ベターをめざす人事制度

この時期、ほとんどの自治体で議会が開かれているはずです。地方自治法第102条の規定に基づく定例会は年4回、3月、6月、9月、12月に開かれるのが一般的です。かなり前の記事「12月議会始まる」の中で、「市長をはじめ部長以上の市幹部全員がひな壇に並び、出席しない課長らも自席で傍聴できる環境があり、多くの職員や市民が注目する中、テーマを限らない市政全般を質問できるのが一般質問です」と綴っていました。

私どもの組合が推薦している市議会議員の方とは、日頃から緊密な連携をはかっています。特に一般質問が組合の課題に絡む場合は事前に情報交換し、主張するポイントなどをすり合わせる場合があります。この6月議会の一般質問に向け、その推薦市議から職員の人事制度について触れる予定であるという話が持ちかけられました。推薦市議は管理職候補者試験に手をあげる受験者数が減少している現状に問題意識を持たれ、一般質問の中で人事任用制度を取り上げようと考えられていました。

言うまでもなく、労働組合は人事に関与できません。市当局側の責任事項であり、組合が口をはさむ場面はありません。一方で、給与面などにも反映され、職員の働き方に結びつく人事任用制度のあり方や枠組みに関しては労使協議の対象としています。加えて、職員一人ひとりの士気が高まった組織は、住民サービスの向上にも直結するものと考えています。2004年4月には足かけ5年間の労使協議を重ね、賃金人事任用制度を大幅に見直しました。その時、初めて管理職候補者選考などの試験制度を導入していました。

その管理職試験への受験者数が、ここ数年、減少傾向をたどっていました。そのため、管理職試験のあり方について、直近の労使協議課題の一つとしても浮上していました。したがって、推薦市議からの持ちかけは、私どもの組合側にとって「渡りに船」、もしくは「以心伝心」と呼べるタイミングでした。本来、労使協議中の事項を議会の場に持ち出すことは、あまり望ましい話でもありません。ただ今回は、推薦市議からの働きかけであったため、きめ細かい相談や連携をはからせていただきました。

前回記事「震災前に読んでいた『ドロボー公務員』」のコメント欄では、公務員の給与水準の問題などが話題になっていました。その議論の流れに直結する内容とはなり得ませんが、人事制度の課題は「働きぶり」の評価という面から「公務員」議論の大事な論点に繋がっていくものと思っています。これまで当ブログでは、人事や評価制度に関する記事をいくつか投稿していました。インデックス代わりに並べてみると、次のような内容がありました。

そもそも試験制度の長所は、意欲のある人に手をあげさせる点、恣意的な登用を払拭する意味合いなどがあります。当然、短所もあり、もともと人事制度はベストと言い切れるものを簡単に見出せません。いろいろ試行錯誤を繰り返しながらベターな選択を模索していくことになります。いずれにしても最も重要な点は、どのような役職や職種の職員も職務に対する誇りと責任を自覚でき、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせません。

全員が横並びとなるフラットな組織はあり得ないため、ピラミッド型の指揮命令系統も築かなければなりません。その際、ピラミッドの上下を問わず、士気を低下させない人事制度が理想であることは言うまでもありません。難しい話かも知れませんが、まず大事な点は、可能な限り公平・公正・納得性が担保された昇任制度の確立だろうと思います。合わせて、部長でも一職員でも担っている仕事の重さに大きな変わりがないという自負を持たせることも大事な点となります。

行政の行方を左右する判断を日々求められる部長の職責の重さも、子どもの命そのものを託されている保育士の責任の重さも、それぞれ優劣を付けられない重さがあります。市職員一人ひとり、そのような自覚と責任を持って務めているものと確信しています。実際、住民サービスの維持向上のためには、手を抜ける仕事など皆無です。したがって、そのような点が意識でき、積極的な動機付けとなる人事配置が非常に重要だろうと考えています。

逆に「評価されていない、左遷された」などとの印象を与える人事は、その職員の意欲を低下させる機会となりかねません。人のために役に立っている仕事であることを意識できた時、たいへんな苦労や困難な案件に対しても、誰もが前向きに立ち向かっていけるはずです。さらに他の人から評価の言葉などが投げかけられた場合、その労苦も軽減され、大きな励みにつながっていくものと思います。このような張り合いは、ポストや待遇面にかかわらず持つことができるもので、人事制度の要諦ではないでしょうか。

リンク先の記事で、ソニーの元上席常務である天外伺朗さんの言葉の数々を紹介していました。天外さんは工学博士の肩書もあり、CDやロボット犬AIBOなどを開発してきた方でした。無我夢中で何かを取り組んでいる時の精神状態を心理学で「フロー状態」と呼び、天外さんはその状態に社員が入った時こそ、困難な問題に直面しても根を上げずに打ち破り、独創的な仕事を可能とする「燃える集団」になり得るものと見ていました。天外さんは「フロー状態」に入れる条件として、最も重要な点が内発的動機だと述べられていました。

「自分の力でロボットを作りたい」という内側から自然にこみ上げてくる衝動であり、その反対が外発的動機とされ、「お金が欲しい」「出世したい」など外部からの報酬を求める心だと分析されています。「業務の成果と金銭的報酬を直接リンクさせれば、社員はより多くの報酬を求めて仕事に没頭するだろう」というのが成果主義ですが、目の前にニンジンをぶら下げられたとしても、人が必ずしも仕事をするものではないと天外さんは指摘していました。

アメリカの心理学者チクセントミハイ氏らの研究によって、外発的動機が強くなれば、内発的動機が抑圧されていくことが証明されています。つまり「一生懸命働けば給料を上げる」と言われ続けると仕事を楽しもうという内面の意識が抑圧され、仕事そのものに楽しさを感じることができなくなると言われています。人間は必ずしも合理的に行動する訳ではなく、無理やり型に押し込もうとすれば歪みが出てくるのは当然であり、天外さんは「いつの時代、どこの国であれ、企業は働く人間の内面から湧き出る動機を重視するべきだ」と語られていました。

以前の記事で綴った内容を焼き直し、ここまで掲げてきました。せっかくの機会でしたので、人事制度に対する総論的な問題意識や印象深かった天外さんの言葉を改めて紹介させていただきました。その上で今回、私どもの労使が直面している課題として、管理職試験の受験者数減少をどのように対処するのかという各論の問題がありました。課長以上が管理職となり、受験資格があるのは係長職の組合員の皆さんです。さらに今後も続く可能性の大きい制度の議論としては、若手職員の皆さんにも関わっていく問題でした。

試験制度を取りやめた自治体があることも耳にしています。今回、私どもの市当局側は試験制度の存続を前提とし、見直し案を示していました。ちなみに受験者の年齢層が40代に偏り、50代が減っている傾向が顕著でした。そのため、50歳以上の係長に限り、部長推薦による別枠試験制度の新設を提案していました。推薦イコール合格ではなく、あくまでも日常業務に対する人事考課も含めた試験制度の複線化という構想でした。

一見、本来の試験に臨む方々との公平性が欠け、試験制度そのものの形骸化に繋がるような印象を受けていました。また、内発的動機などの側面から検証した際、根本的な解決に至るのかどうかも疑問でした。一方で、経験豊富な係長が多数管理職に登用されることも重要であり、組織の持続した活性化のためには課長職の年齢構成の幅広さが欠かせないことも確かでした。労使協議中の課題ですので、これ以上詳しい内容は掲げられませんが、難しい選択肢であるため、あえて当ブログの題材として取り上げてみました。

最後に、閲覧されている皆さんの中には、人事制度の問題を労使協議事項としている点について違和感を持たれている方もいらっしゃるかも知れません。その位置付けなどは冒頭に述べたとおりですが、この問題に限らず、幅広い立場や視点から物事を検証できる機会は望ましい話であるはずです。そのため、「市民から喜ばれる仕事」「自分なりに満足いく充実した仕事」を内発的動機で全職員が取り組んでいる組織が理想であるという総論のもと、今後もベターをめざした人事制度に向け、組合の立場からも提言していければと考えています。

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コメント

国家公務員の給料削減を検索していたら間接的に辿り着きました。悪いですがこの内容はとても子供っぽい。全く違う職場もあります。職人なんかは徒弟制度で何代も続いてきたところあります。前提として仕事を楽しもうというところが現実的でありません。また、上層部に行きたいと思ってる人達は、給料や名誉だけでなく、自分のやりたいことをしたいと思っている人が多いのでは。自分の不得手な仕事を与えられてとても嫌で苦労して人事を恨んだりしても、その後その経験が役に立って住民のための仕事がさらにできるということもある。自分の好きなことばかりやっていては大きく伸びない。働く人間の内面から湧き出る動機というのは、いろんな経験を積んで苦労した人が言う言葉。可能な限り公平・公正・納得性が担保された昇任制度なんてあり得ない。人間そそれぞれ考えが違うし性格も違う。マイペースでやる人がいるから出生しようと頑張る人とかいるのであって、みんなが積極的に住民のためにやってたら息が詰まって逃げ出す人も出てくるかもしれない。やる気がある人はどんどんやらせればいい。仕事や人事を平等にとか民主的にとかやろうとするのは人間社会を理解してないからだと思う。ある学校で校長が決定するのは民主的でないので多数決で決めた組合があったそうだが、これは一見正しいようだが実は間違っている。本当にやる気があってリスクをかけて突き進む人は少数だから。資本家より労働者のほうが多いから必ず革命は成功する、という国があったが、その国ができたとたん、労働者が造った国だから反対はないはず、反対するやつは意識革命できていないやつだとして粛正した。理想を語る人は現実に生きている人を蔑む。

投稿: 名無し | 2011年6月12日 (日) 19時32分

名無しさん、コメントありがとうございました。

「とても子供っぽい」という印象を与える記事内容のつもりはありませんでしたので、少し意外なご指摘でした。また、述べられている趣旨について、ベストは見出せない人事制度という意味合いでの共通項はあるものと思っています。

ただ革命の話まで広がっている点などについては、たいへん申し訳ありませんが、正直なところ充分理解できていません。いずれにしても人事制度一つ取っても、様々な切り口から幅広いご意見を伺えることは貴重な機会だと考えています。

投稿: OTSU | 2011年6月12日 (日) 22時11分

あなたの言う「モチベーションを高める人事制度」とは、誰のモチベーションを指すのでしょうか。もう一人の名無しさんの言われるとおり、能力の有る者と無い者の双方に公平な制度はあり得ないです。この基本をハッキリさせずに書いているから、結局のところ組織議員を用いた自作自演の問題提起となっており、むしろ公務員から選挙権を剥奪せよとの言い分にさえ正当性を加味する結果になっている気がしています。
先ずは、全員に公平などが担保されることはあり得ないと認めた上で、誰の公平感を優先するのが正解か、職員全員に意識付をするべきと思います。そして優先されるべきは地域住民の公平感だと私は思います。当たり前の事ですけど、使える人間を重用するということは、同時に使えない人間を除去することです。それがされて初めて「市民から喜ばれる仕事」とか「自分なりに満足いく充実した仕事」などが成り立つし、住民の公平感も満たされると思いますね。
あなたの主張を数回分読むと、テーマによって結論への導き方が変わるように思います。自らの利益に直接関与する事にはベターな選択とするのに、自らの思想信条に関する事にはベストの押し付けをしています。この自分の都合で結論を急いだり引き延ばしたりするやり方は、嫌われこそすれ歓迎はされないと思います。また、事の重要性ではなく自分の都合で結論を急いだり引き延ばしたりするから、あなたは様々な矛盾を内包することになり、多くの住民からの信頼を失っています。
自分の力で生きる者に最も重要な事は瞬時に優先順位を判断することで、結論を先に延ばさないことではないでしょうか。これを無視して、手を抜ける仕事など皆無と言っても、全て適当に手を抜いているようにしか見られていません。だから、あなたの言い分の「部長の職責と保育士の責任に優劣を付けられない」は、業務を遂行する能力が無いとの自白ですよ。
結論を出さずに議論を引き延ばせば、助かる者も助かりません。これは公務員の悪い癖で、実害も多数出ています。先ずは他者から搾取せず自力で生きる者を多く残して、住民からの信頼を取り戻すことが最優先と思いますね。
最後に質問です。あなたにとって人事制度に最優先されるべきは誰の視点ですか。また、あなたはテーマによっては住民感情を特に重視していますが、それでは職員が生み出す公益に不満を持つ住民感情にはどう答えるのでしょうか。あなたの務める組織の成り立ちを第一に考えて、質問に答えて欲しいですね。

投稿: 名無し | 2011年6月13日 (月) 18時24分

名無しさん、コメントありがとうございます。

「もう一人の名無しさんの言われるとおり」という言葉がありますので、昨夜の名無しさんとは別人なのでしょうか。行間を空けない文章の書き方が少し似ていましたが、別人だった場合、ハンドルネームを使い分けて欲しかったものと思います。書かれている内容そのものを重視している場ですが、意見交換をスムースに行なうためには識別できる名前欄の入力にご協力ください。

常にモチベーションを高めていけるような人事制度とは、この場合、職員のモチベーションを指します。個々人の能力や資質など公務員に限らず、差があることは当たり前です。その上で、一人ひとりの持ち味や力を最大限発揮させる制度が理想だと考えています。一部の人材だけ重用し、多くの人材を腐らせるような制度は好ましくないものと思っています。

ベターな人事制度をめざす中で、記事本文でも書いたとおり職員一人ひとりの士気が高まった組織は、住民サービスの向上にも直結するものと考えています。「自らの利益に直接関与する事にはベターな選択とするのに、自らの思想信条に関する事にはベストの押し付けをしています」という具体例が今一つ分かりませんが、このブログの基本的な姿勢として「答え」の押し付けは避けているつもりです。

「私はこのように考えます」という訴えを軸とし、後は読み手の皆さんの判断に委ねています。その意味で、名無しさんが今回のコメントで記したような印象を持たれたこと自体、私自身が反論したり、何か論評すべきものではないものと弁えています。したがって、「業務を遂行する能力が無いとの自白ですよ」という指摘なども、たいへん申し訳ありませんが、今回の記事を読まれた方々の中で、そのように感じられた方もいらっしゃるという点について重く受けとめさせていただきます。

最後の質問ですが、先ほど述べたとおりベターな人事制度は住民サービスの向上にも繋がる問題だと見ています。その上で、組織を活性化させるための手段として人事制度があり、より良い制度とするためには職員側の視点も大事だと考えています。そのことをもって、職員の視点を最優先すべきと言うものではありません。評価する側の視点、住民から見た視点、それぞれ大事であり、多面的な見方の中で望ましい制度を判断していくべきものと考えています。

さらに「職員が生み出す公益に不満を持つ住民感情にはどう答えるのでしょうか」というお尋ねですが、正確に意味が理解できていませんので、曖昧な答えは控えさせていただきます。数多くの指摘や質問があった中、私自身の読解力がないため、全体を通して不充分なレスにとどまっていることをご容赦ください。追加でのお尋ねや補足があった際は改めて対応させていただきますので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年6月13日 (月) 21時53分

職員のモチベーションを指すのは当たり前です。でも、あなたが言うように職員一人ひとりの士気がもれなく高くなることもあり得ないはずです。上がる者がいれば下がる者も居るのは至極当たり前のことで、人事制度を語るならば避けて通れません。回答を外された感じなので具体例で質問しなおします。
あなたの組織に職員2名の部署があったとします。型通りのお役所仕事ならば大過なくサービスを提供できますが、それでは住民が満足しません。そこで時代に合ったサービスを提供しようとすると、今度はマンパワーが必要です。でも定員は2名です。2名の職員のうち、職員Ⅰは自ら創意工夫の出来る切れ者で、住民が求めるサービスを提供できますが1人では実現できません。職員Ⅱは保守的で凡庸な者なので、行政サービスは旧来のもので十分と変化を拒否します。
あなたの所に2名が交互に要望に来ます。Ⅰは適切に能力評価される人事制度があればⅡを入れ替えて2名でも十分な公益を提供できるようになると言い、Ⅱは行政に能力評価は馴染まないので、成果を競うようなⅠこそ排するべきだと言い続けます。今のままでは住民の不満を吸収するのに職員Ⅰの負担だけが増え続けるとして、あなたはどう応えるのでしょう。
前提として財政状況が厳しく人員増は望めないことと、住民は行政サービスに不満を持っているとします。意地悪な質問に聞こえるかも知れませんが、どこにでも普通にある光景だと思いますよ。
聞きたい事は、あなたの指すモチベーションは切れ者の職員Ⅰと凡庸な職員Ⅱのどちらのものですかということでした。やはり結論を出さずに引き延ばすのでしょうか。でも職員Ⅰは長くは持ちませんよ。
最後に、元より使っていた名なので名無しは名無しです。あしからず。

投稿: 名無し | 2011年6月13日 (月) 23時31分

名無しさん、おはようございます。元より使っていた名でしたか、それは失礼致しました。

具体例を示された質問に対して、私なりの考え方をお答えします。まず職員Ⅰの仕事ぶりが様々な意味合いで優れ、住民サービスを提供していく上で、そのレベルが求められているという設定は分かりました。この場合、職員Ⅱにも言い分はあるのかも知れませんが、職員Ⅱは職員Ⅰのレベルに近付く努力が必要であるものと思っています。しかし、職員Ⅱがその努力すら拒み、住民が望むサービス水準に至らない場合、職員Ⅱをどのように処遇するかどうかの設問だろうと理解しています。

①個々人の仕事ぶりが評価されない人事制度だった場合、職員Ⅰの不満は募り、職員Ⅰまでやる気を失せてしまう恐れもあります。そして、職員Ⅱはいわゆる「フリーライド」に位置付けられてしまいます。

②成果主義などの評価システムが確立されていた場合、職員Ⅰは給与やポスト面で優遇され、やる気は持続できるのかも知れません。ただし、①と②も望まれたサービス水準に至らない致命的な問題を抱えたままとなります。

③相対的な評価のもとで職員Ⅱを排除できるシステムがあり、職員Ⅰと同等なレベルの人材を後任に配置できれば、住民サービス面での問題は解消できます。適材適所という面から職員Ⅱが次の職場で活躍できれば、結果オーライの人事となります。

④しかしながら職員Ⅱの働きぶりが次の職場でも同様な問題の原因となった場合、組織全体を見渡した時の抜本的な解決には至らないことになります。言うまでもありませんが、官民問わず、相対的な評価が低いから即解雇という制度は論外であることを前提としています。

⑤今回の記事本文で示した総論的な考え方は次のとおりです。職員Ⅱに対して、職員Ⅰのレベルにどのように近付けさせるのかどうかが人事制度の要諦だろうと考えています。組織の力を高めていくことを重視するのならば、二人で徹底的に話し合うのか、上司や第三者も交えるのか、様々なアプローチを尽くし、職員Ⅱの意識改革を働きかけることが重要です。その際、外圧的なものではなく、職員Ⅱが内発的動機のもとで変われることを理想としています。

上記⑤が簡単ではなく、「結論を出さずに引き延ばす」という見られ方をされてしまうのかも知れません。しかし、①から④の難点を想定した場合、私自身は方向性の問題として、どのような制度設計をはかれば⑤が実現できるかという問題意識を抱えているところです。

投稿: OTSU | 2011年6月14日 (火) 08時19分

面白い人事の話ですね。

昔中国の帝がある男に女官の指揮を頼みます。一つ君指揮の腕を見せてくれ。
その男は女官100名に向かって「五列に並んで右を向け」と命じます。女官は笑って従いません。
男は続けます。「悪かった。説明が足りなかったようだ。命令に従わなかった場合は処罰する」と言って再度「右を向け」と命じます。

女官たちは笑って従わない。すると男は女官の責任者の首をはねます。
そうして再度「五列に並んで右を向け」と命じると、一糸乱れずに従ったそうな。

男は帝に一言「これが人事の要諦です」。

と言っても、優しいOTSUさんは賛同しないでしょうね。しかし実はこの優しさが残酷な結果を生むのです。

昔「15の春は泣かせない」と言った人達がいる。高校浪人はさせない・・という意味だ。
人は挫折を経験して大人になる。挫折のチャンスを逸した者は大人になって、どうしていいか分からずに自殺するのです。

内発的でも外発的でも良いが、信賞必罰を欠くと組織は崩壊し、結局は残酷な結果を生むだろう。
OTSUさんの⑥には「どうにもならん者は解雇する」を入れるべきでしょう。・・しかし「Yes」とは言わんでしょうね(笑)。

投稿: あまのじゃく | 2011年6月14日 (火) 15時53分

「元から名無し」さんが登場したので名前変えます。革命の話は余計だったかもしれませんが、皆が満足で平等というのは歴史的実験の結果難しいということを言いたかったのです。やりがいのある仕事というのもなかなか難しい。昔の役場というのは私のイメージでは給料が安くて仕事はつまらないという感じです。なので社会で自立できないような人達を雇ったりしてました。優秀な人は民間や会社造ったりするほうに行ってたと思います。高度成長が終わって石油ショックで役人が人気出ましが、不況ということだけでなくこの頃になると民間に給与がかなり追いついたと思います。バブルがはじけてからは諸手当含めると、特に地方では周りの企業よりも待遇が良くなってると思います。本当は役所の仕事も縮小するべきなのですが、役人の本能で拡大するほうに向かったと思われます。今はバッサリと仕事を減らすべだったのですが政府与党と結託して管理職を高い率で給与削減してお茶を濁した、というのが現政府与党とつるんでいるおかかえ組合がとった行動ではないかと思ってます。考え過ぎでしょうか。
なお、行間あけないのは、キーボードのenterキーが小さくて隣の7homeキー押してしまうからです。

投稿: 名無し改め | 2011年6月14日 (火) 20時37分

>女官たちは笑って従わない。すると男は女官の責任者の首をはねます。
この孫子勒姫兵の話は、罰することで命令を聞かせるという罰する側(管理者)に都合のよいことばかり(笑)が伝わっているようですが
①男は自分の命令が正しく伝わってないのかと考え繰り返し伝えた→まずは自らに問題が無いか考えた
②切られた女官は帝の寵姫だった→立場に構わず罰した(公平に罰した)
と、罰する側もそれなりのものが問われています

投稿: 凡人 | 2011年6月14日 (火) 21時29分

あまのじゃくさん、名無し改めさん、凡人さん、コメントありがとうございました。いろいろ勉強になっています。

信賞必罰がアメとムチ、外発的動機であり、その対極にある内発的動機をどのようにすれば高めていけるのか、このような問題意識を強めています。さらに個人の力に依存するのではなく、いかに組織として、チームとして力を発揮していけるのか、成果主義が民間企業でも見直されているポイントでした。

個々人の能力差や個性があるのが当たり前であり、確かに全員が満足する平等性もあり得ないものと思っています。その意味で、ベストな人事制度は難しく、常にベターを模索していく柔軟さが求められているように感じています。なお、「働かない」という見られ方を「是」とするために長々と書き込んでいるつもりもありません。

それでも言葉の使い方一つで、この人事制度の問題は受けとめ方が枝分かれするように思えています。逆に長く書き込むことで分かりづらくする場合もありますが、このテーマは次回の記事本文でも取り上げてみようと考え始めています。そのような点も踏まえ、言葉足らずなレスにとどまることをご理解ご容赦ください。

投稿: OTSU | 2011年6月14日 (火) 22時14分

お答えありがとうございます。
外から覗いて感じることですが、多くの公務職場は①になっており住民は満足していませんし、職員Ⅰにも不満が多く溜まっているように見受けられます。この解決には職員Ⅰの給与・ポストの優遇よりも、「相対的な評価が改善しないならば職員Ⅱを解雇」が有効だろうと感じています。
理想とする⑤は現実ではあり得ないと思っています。職員Ⅱからすれば「話を聞く振り」と「意識を変える振り」をして時間を稼げば、その分だけ現状の給与待遇を得られますから、あなたの言うようには人は変わってくれません。これ、実際に多くの職場で見かける光景になっておりませんか。
昨日の登場人物が3者しか居ない例で、あなたの組織の成り立ちを意識すると大事なのは何でしょう。一番は言うまでもなく住民で、彼らが居なければ行政組織はそもそも不要です。二番目は職員Ⅰで、彼が居なければ住人が求めるサービスは実現できません。最後に職員Ⅱで、彼は居なくても構わないという程度です。これが優先順位で、この順位を変えれば矛盾を内包してしまいます。1人を助けて全体が転ぶのでは「優しさが残酷な結果を生む」の実践となってしまいます。
どの人事制度が望ましいかといえば、この例ならば私は職員ⅠとⅡの待遇を同時に下げます。そして早急に職員Ⅰの給与・ポストの優遇を検討します。この時、下げ幅が大きければ大きいほど職員Ⅱの変化も期待できるでしょう。現状を維持して何が正解かと検討していては何も変わりません。とにかく変えてから適正を検討するのが正解へ辿り着く確実な方法と思っています。
もちろん、この例は問題を判りやすくするために極端に登場人物を単純化していますが、使用者側にもそれなりのものが問われるのは言うまでもないです。でも、この問題はどんな事にも当てはまることで、これも削れないあれも止められないと時間ばかりを浪費して、この国の借金は途方もない金額になってしまいました。現状から削る減点法でなく、すべて全部削ってからの加点法にしか正解はないと感じています。

投稿: 名無し | 2011年6月14日 (火) 23時56分

名無しさん、おはようございます。

名無しさんの考え方は改めてよく分かりました。ただ物事を大きく変えていく場合、現状からスタートしていくことの重要さを私自身は強く感じています。一方からの視点のみで結論を先に押し付けた事例が混乱を呼び、結果的にスピード感からも程遠い顛末をたどりがちです。なお、この問題は次回記事でも掘り下げる予定ですので、ぜひ、これからもよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年6月15日 (水) 07時12分

いや、みなさん「経営者目線」ですが、公務員も労働者です。

成果主義で即賃金切り下げ、という短絡的発想は危険だと思いませんか?


なぜなら、次はあなた自身(ここに書き込んでおられる方は民間企業従事者だと思います)が「働きが悪い」と見なされる対象となるやも・・・

そういった視点での考え方も大事だと思います。

労働者は労働力という商品を売ってはいますが、生身の人間です。

人間の尊厳って大事じゃないですか?

民間企業のすることすべてが正しいとは到底思いませんが・・・

某大手自動車会社のトップなど、リストラしまくった結果の報酬が8億円でしたっけ

株主(地方公共団体でたとえて言えば住民か)から見るとリストラという成果をもののみごとに達成したことには違いない。

正直違和感を感じます。


投稿: 地方の公務員 | 2011年6月15日 (水) 23時30分

お答えありがとうございます。
あなたの組織の成り立ちは、住民が居るから行政組織があり、組織があるから職員が存在すると思えます。住民とそれに向き合う職員Ⅰに不満が溜まっている中で、なぜ現状からスタートしていくことを重要とするのか、私には少し理解が理解出来ません。次回の記事には、なぜこの優先順位がひっくり返り職員Ⅱの待遇維持から始まるのか、その理由を書いて欲しいと思います。これ1つ目の要望です。
仕事って、楽しいことが1あれば辛いことは99あり、やりたいことが1あれば避けたいことが99あるのが普通で、それに対し真摯に取り組むから報酬があるのですが、そう思わない人も多いようですね。経営者目線とも言われていますが、そんなことは無くて、報酬を頂く際の人としての責任感の問題だと思っています。全員が内発的動機で責任感を持てれば良いのですが、人間はそのように出来ていません。だから外圧的動機が必要になります。やりたい事をして報酬を頂けている人などは1000人に1人も居ないと思いますけど、次回の記事では、内発的動機で責任感を維持させる方法を書いて欲しいと思います。これ2つ目の要望です。
ところで、あなたの主張を数回分読むと、例えば普天間の問題などでは海外移転ありきのベストの押し付けをしています。コメントで複数国の利害関係からなる防衛の観点を示されてもベターの模索を否定していますよね。しかし労働問題になると今度はベターを模索と言い出しています。あなたには政治問題と労働問題ではあきらかに取り組み方への温度差があるようです。いったいどちらが本当に取り組みたいことなのでしょう。隠れ蓑にされる職員が可哀そうですよ。
また別の方からのコメントで、民間企業従事者と一括りにされていますが、民間であっても報酬を頂く際の人としての責任感が足りないと思われる職場は多くあります。特に規制などで守られた業界で、その傾向が強いようで、労働貴族の集団などと揶揄されてもおりますね。しかし、今回の痛ましい震災と事故により、そのような業界はさらに減ると思っており、公務職場の感覚はますます孤立していくのではないでしょうか。
私は報酬を頂く際の人としての責任感を大切にしたいと思っています。責任感をもち問題発生を事前に防ぐように自発的に取り組むことも人としての尊厳だと思いますし、職場内で不要とされて居座るような厚顔無恥ではありたくないと思う事もまた、人としての尊厳だと思います。でも、そんな大げさなものではなくて、少し問題が出ていればこの時間でも解決に取り組むという程度のものですけどね。そして、この程度の責任感こそが労働の商品力ではないでしょうか、と思っています。
報酬って、その場に規定時間居れば他者と同じ額を頂けるものとは思いません。自分の価値にプライドをもって職務にあたりたいと思いますし、生身の人間であるからこそ、どこに向かっても恥ずかしくない自分を保っていたいとも思います。人しか資源が無い、この国の住民ですからね。私には、必要とされてこの場に居れると思えることも尊厳のひとつですが、何の定義もなく人間の尊厳を語る地方の公務員さんのコメントには、正直違和感があります。あなたの尊厳とはなんでしょうか。

投稿: 名無し | 2011年6月16日 (木) 02時44分

地方の公務員さん、名無しさん、おはようございます。

名無しさんの期待に沿う記事となるかどうか分かりませんが、次回も人事制度の問題について取り上げてみます。そのため、この場での詳しいレスは省かせていただきます。

ただ一点、先日も述べたとおり普天間基地の問題でも、今回の問題でも当ブログにおけるスタンスは変わりません。もし今回の記事タイトルが「ベターをめざす」としていることで誤解を与えていた場合、少し補足が必要だったのかも知れません。

「答え」を押し付けていないと記しましたが、確かに自分自身にとっては「ベスト」だと思われる案などをブログ記事で掲げています。それに対して人事制度に関しては、完璧な姿が簡単に見出せない難しさを認識しているため、あえて「ベター」という言葉に置き換えていました。

しかし、「ベター」としたから「ベターで良い、ベストをめざさなくて良い」という意味ではありません。「より良いものをめざす」という意味合いでした。このような解説はピント外れで、余計な話だったかも知れませんが、気になりましたので少し補足させていただきました。

投稿: OTSU | 2011年6月16日 (木) 08時10分

いろんな貴重な意見がありましたが丁寧に答えていまして感心しました。ただ、私の言わんとすることが伝わっていないようです。以下、私の意見分かるように極端な表現に表現します。公務員の仕事はどうあるべきか、住民サービスとは何か。今の公務員の組合というのはどういう経緯で組織されたか、なぜ、政治的な運動するのか。公務員というのは政治と直結しているので中立であるべき、給与の改善はトップと利害が同じ(大臣も公務員給与?)、業務の拡充も給与と同じく利害が同じ(仕事が減ると余剰人員となる)。窓口業務で特段のサービスはいらない。アルバイトでもかまわない。それよりも時間外に営業するほうがサービスとなる。行政サービスという言葉は間違いでサービスは付けなくてもいい。公務員に過度な期待はしていない。自分で率先して地域を良くする(というやりがい求める)なら公務員やめたほうがいいという状況が望ましい。住民を直接守る警察、消防と窓口業務(住民票など)以外の業務いらない。下水、廃棄物業務は重要だが今は公務員が直接やってない(下請け任せ)ので民間企業にやらせる。政治活動する組合いらない。給与は税金だから議員給与も含めて住民が決める。警察、消防が窓口業務も行えばいい。警察署や交番がいっぱいあるので役所に行くよりも便利。車庫証明のように住民票もやったらいい。警察署にアルバイト雇ってもいい。江戸時代の地方武士と同じ。公務員組合の成り立ちは、特に戦後、ある政治思想を持ったところが公務員、教職員、弁護士、学生などに的を絞って意識革命を行おうとしたもの。議員や裁判官と同じように公務員組合についても国民・住民の意見が反映されることが望ましい。以上。

投稿: 名無し改め | 2011年6月18日 (土) 06時19分

名無し改めさん、おはようございます。

このブログを続けていることで、名無し改めさんのような発想をお持ちの方が少なくないことを痛感しています。その上で、以前投稿した数多くの記事を通し、私なりの考え方を示してきていました。

今回、あまりにも多岐にわたる問題提起ですので、この場での即答をお求めではないのだろうと受けとめています。今後、改めてそのような疑念にお答えしていく記事を重ねていくつもりです。また、お時間が許される際、過去の記事もご覧いただければ幸いです。

ちなみにGoogleなどで「公務員のためいき 政治活動」「公務員のためいき 労働組合」と検索いただければ、関連記事がトップに並びます。ぜひ、ご活用ください。

投稿: OTSU | 2011年6月18日 (土) 08時42分

>住民を直接守る警察、消防と窓口業務(住民票など)以外の業務いらない


いわゆる「夜警国家」、ですね。
つまり戦前の世界恐慌以前の世界が理想であると。

いいんじゃないですか、国民がそれを望むのならば。
それで一番困るのは富裕層を除いた大多数の国民ですけどね~

小泉・竹中構造改革を熱烈に支持したのは国民ですが、それで生活が不安定になったのもそれを支持した国民自身でした。
皮肉なものですが。

投稿: 地方の公務員 | 2011年6月18日 (土) 22時05分

初めて書き込みます。
公務員ではないですが、公務員と一緒に市役所で働く某民間企業の支社社員です。
ちょっと気になるコメントがあったので、私もそれに思うことを書いてみます。

>窓口業務で特段のサービスはいらない。アルバイトでもかまわない。
同感ですね。窓口はアルバイトでいい。っていうか、すでに8割以上がアルバイトです。

>時間外に営業するほうがサービスとなる。
同感ですね。っていうか、すでにやっていますが。私も関係しています。

>住民を直接守る警察、消防と窓口業務(住民票など)以外の業務いらない。
同感ですが、窓口業務のバックにはそのデータを管理する部門や、苦情処理、料金の徴収、様々な部門がります。
教育は不要ですか?道路管理・水道とかは?
観光、文化、自治促進、全て不要ですね。みんな自分でやればいいのです。

>下水、廃棄物業務は重要だが今は公務員が直接やってない(下請け任せ)ので民間企業にやらせる。
同感ですね。民間がやって、採算に合わなければサービス下げるか料金あげればいいんです。
ゴミが町にあふれようが、民間の責任で何とかすればいいんです。

>政治活動する組合いらない。
うちの組合も政治活動してるなー。民間だからOK?

>給与は税金だから議員給与も含めて住民が決める。
うちの部門の仕事も支払い原資は税金ですが・・・私の給料も住民が決めるのでしょうか?
うちの上司や本社も?
っていうか、税金が原資の民間の仕事って山ほどありそう。

>警察、消防が窓口業務も行えばいい。警察署や交番がいっぱいあるので役所に行くよりも便利。
いっぱいあるならその分、管理が大変だと思う。
人もいるし、データを一元管理するネットワークとそのセキュリティと・・・
効率性重視なら民間がやったほうがマシです。
田舎のほうでは不便になると思うけど、田舎は税収少ないからしょうがないですよね。

ちなみに、うちの会社は人事評価してますが、基本、年功序列です。
人事こそ、外部を入れたらいいのにと、職場の役所の方が言っておられました。

投稿: 出入り業者 | 2011年6月19日 (日) 11時39分

地方公務員さんの発言は、なんだかやけのやんぱちみたいでちょっとなぁ、と思います。
言ってることは判りますけど、公務員の給料が下がったら民間が下がるから、とか、
リストラしたら困るよと言われても、簡単に同意する人はごく少数でしょう。
今なら東電がリストラしすぎたら電力運用出来ませんよと言っても、しるかボケ、
おまえらの給料なんて生活保護レベルでいい、という人が多いだろうと思いますが、
それと似たような感じ、と言うと失礼すぎるかなぁ。でも東電の人だって、事故に
無関係な人は多いでしょうしね。。。

考えてみれば、どういう結果に繋がるのかが判らずに行動するのはよくある話ですね。
民主党しかり、原発しかり。ヒトラーも大多数の支持を得ていた。ローマ時代にも民衆の
支持は演説一つですぐに移り変わるものだったようですし、要は人間てそんなに賢いもの
じゃないってことです。

ちょっと切り口は違いますが、原発事故に関して池田信夫氏が結構似たようなことを言ってます。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51717092.html

横道にそれすぎたかな。すみません。

投稿: とーる | 2011年6月19日 (日) 12時41分

地方の公務員さん、出入り業者さん、とーるさん、コメントありがとうございました。

個別に論評できませんが、ご容赦ください。なお、この記事の「Part2」を後ほど投稿します。ぜひ、またご訪問いただけますようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年6月19日 (日) 17時03分

part2に移る前に極端に言ったことと、出入り業者さんが誤解していることを訂正します。
私は外部委託推進派ではないのです。むしろ、単純な窓口業務とか3Kの下水道とか廃棄物とかは重要な公務の仕事であって、それが民間に委託された経緯は組合が頑張り過ぎて待遇を良くした(給与、手当、下請け依存)ため今民間にやらせるようになったのではと思っているのです。元々住民がやりたくない仕事を公務員に託したとも言える(税金払って)。今は何を重要な仕事にしているかというと、政策立案、政策実行部門だと思われる。私は、政策実行部門こそ一般の住民、団体とか入れるべきだと思ってます。ただし、議会は住民の選んだところなので大きな方向は守るというのをして、実行については役人の意向だけでなく、出入り業者さんのような組織も入ってもらう。そしてその実行がとてもうまく行って住民に評価されたら、出入り業者さんの組合も指示されて、次の選挙で選ばれるかもしれない。私は出入り業者さんとは思想が違うかもしれませんが税金というのは住民の出資金と考えることもできる訳です。出資した人達の意向に従って行動し、さらに実績を上げれば出資した人達に還元される。このことが今の役人が自覚できなくなってるのではないか、というのが私の考えていることです。
地方の公務員さんの戦前は暗黒社会だったというのはそう思いません。戦中警察が独断でやったのではなく、その上の組織(政治家、官僚)の意向に従ったのではないですか。政治家は国民が選べるが官僚(公務員)は選べません。だから中立と言ってるのです。

投稿: 名無し改め | 2011年6月21日 (火) 19時06分

名無し改めさん、コメントありがとうございました。

前回のレスや最新記事の冒頭に書かせていただきましたが、きめ細かい対応ができずに申し訳ありません。ただ寄せられたコメントは必ず熟読し、いろいろ思いを巡らす機会としています。ぜひ、長い目で見たお付き合いをよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年6月21日 (火) 22時46分

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