再び、コメント欄雑感
ブログを始めた頃、国語辞典、カタカナ語辞典、慣用句辞典をパソコンの横に置き、誤字や誤用などに注意していました。それぞれインターネットからも調べられる便利な時代ですが、ブログの入力画面から別なサイトに切り替える手間よりも本をめくるほうが、ずっと手軽な作業でした。いっそ広辞苑でも必要かなと考えていた時、少し値段がはってもコンパクトな電子辞書のほうを購入していました。
その後、ずっとブログの投稿を重ねる上で電子辞書を愛用してきましたが、数日前に文字入力キーの不具合から使えなくなっていました。欠かせないアイテムとなっているため、さっそく購入した店舗に持ち込み、修理を依頼しているところです。そのため、今回の記事を書き始める際、以前使っていた辞書などを探しましたが、山積みされた書籍の中に埋もれているようでした。今回限りの対応であり、探すのをあきらめ、パソコンの横には辞書の類いがないまま新規記事に取り組んでいます。
まったく自信のない語句はネット検索で確認するつもりですが、いつもより誤字や誤用が目立っていましたらご容赦ください。ところで最近、改めて言葉の組み合わせ方一つで、読み手の皆さんに与える印象などが枝分かれし、投稿者の思いが適確に伝わらないことの難しさを痛感していました。直接会って話せれば、表情や仕草などからの予備的な情報も得られます。特に誤解されそうな点は、お互いが即座に確認しながら会話を進めることができます。
それに対し、インターネットを介した意見交換は当たり前なことですが、書き込まれた文章のみでお互いの考え方を理解し合わなければなりません。その際、表現方法や文字の並べ方一つで与える印象が大きく変わりがちです。また、その言葉に誤字や誤用がなくても、まったく違った意味合いで伝わる場合もあります。前回記事「ベターをめざす人事制度 Part2」のコメント欄で気になった点でしたが、「外発的動機よりも内発的動機を大事にしたい」という主張が、働かないことの言い訳や組合の都合による詭弁だというような印象を一部の方には与えていたようです。
なぜ、そのように受けとめられてしまうのか、もともと公務員はしっかり働いていない、さらに働かなくても良いという環境を守るために組合が存在している、このような先入観があるからだろうと推察しています。この言葉に対しても、共感される方々と「思い込みではなく、その通りの実態ではないか」と強く反発される方々に分かれることも覚悟しています。いずれにしても公務員の働き方の現状や今後について、いつでも当ブログは意見交換できる機会を設けています。
一方で、これまで雑談放談の場として、様々な話題を記事本文で取り上げてきました。このブログの位置付けやコメント欄の性格を綴った記事も数多く、「コメント欄雑感」「ネット議論への雑感」「2009年末、改めて当ブログについて」「もう少し当ブログについて」「微熱状態でのコメント欄雑感」などがありました。今回、久しぶりにコメント欄に関する個人的な思いを綴ろうと考え、安直な「再び、コメント欄雑感」というタイトルを付けさせていただきました。
この題材を取り上げようと考えた理由として、実は最近よく拝見している三つのブログの影響がありました。一つは「【小泉一真.net】一小役人のち作家」ですが、長野県職員だった小泉一真さんが実名で職員・組織の意識改革をめざし、長野県庁の「不都合な真実」を明らかにしていました。二つ目は「阿久根市議会へ行こう」というブログで、阿久根市の竹原信一前市長の妹であり、4月の阿久根市議選でトップ当選した竹原えみさんが運営されていました。
綴られている記事内容は、たいへん謙虚で、誠実さが表われている印象を受けていました。兄妹でも随分タイプが違っていたため、たいへん驚いていました。ただ最近、周囲からの助言が何かあったのかも知れませんが、「コツコツと勉強していきます。」という一言を最後に更新が止まっていました。もう一つは「あくね みどりの風」で、「さつま通信」というハンドルネームの方が管理されているブログでした。かなり前、阿久根市に絡む当ブログの記事に対し、さつま通信さんからコメントをお寄せいただいたこともありました。
さつま通信さんはネット上で非常に有名な方で、その名前を様々な場所で見かけることができます。ご自身が本名や住所などもネット上で明らかにしていたため、実名での投稿と変わらないスタイルとなっていました。そのため、「あくね みどりの風」と「阿久根市議会へ行こう」のコメント欄で、さつま通信さんが「匿名によるコメント投稿は無責任だ」というような持論を頻繁に展開されていました。小泉一真さんも同様な発想であり、実名での発信だからこそ、より説得力を持った提起となるというものでした。
このような発言に触れ、それぞれ実名で発信を続けるという信念を否定するつもりは毛頭ありません。その一方で、コメントを投稿される他の皆さんに対し、実名を明かさないのは「フェアではない」という切り返しには違和感を持っていました。この傾向は、さつま通信さんが顕著でしたが、私自身は次のように考えています。前掲した以前の記事の内容を紹介する形で、改めて閲覧されている皆さんにコメント投稿などに関する考え方をお伝えさせていただきます。
まず大多数の人たちが匿名によるコメント投稿となる「掲示板」的な場として、様々な議論に触れられることを歓迎しています。その匿名の利点は、飾らない本音の議論ができることだと思っています。遠慮のない言葉や誹謗中傷の応酬となるリスク、「諸刃の剣」的な側面がつきまといますが、おかげ様で殺伐とした雰囲気になることが極めて少なく、これまで続けてくることができました。
一方で、匿名で発信できるということは、立場などの成りすましや都合良く情報を操作することも可能となります。それはそれでモラルの問題となりますが、このようなネット上の私的な場では特に何か問われるものではありません。したがって、誰がどのような立場で書いたかは、それほど大きな問題ではなく、その人が書き込んでいる言葉、つまり内容がどのように他の閲覧者の皆さんの共感を呼ぶのか、真偽が判断されていくのかどうかだと考えています。
なお、このブログの管理人である私自身は、プロフィール欄に記しているような立場を明らかにしています。政治家やタレントなど著名人は自分の名前を売るのが本業であり、間違いなく実名で運営しています。一般の人たちが運営する場合は、実名を伏せてハンドルネームで発信していることが大半です。当ブログも後者であり、管理人名を「OTSU」としていますが、私どもの組合員の皆さんらに対しては実名での発信と変わらない位置付けとなっています。
勤めている自治体名も伏せていますが、記事の中に出てくる地名などから簡単に特定できてしまうはずです。必ずしも隠し通さなければならない訳ではありませんが、個人の責任によるブログ運営の一般的なセオリーにそったものでした。当たり前なことですが、個人情報など守秘義務にかかわる内容をブログに書き込んだり、自分の組織の信用を失墜させるような記事を投稿した場合、公務員でも民間会社でも許されるものではありません。したがって、ブログの中で具体的な主張を展開する時など、このような留意点を絶対失念しないように注意しています。
以上のような考えのもとで運営していますが、コメント投稿される際、必ず名前欄の記入にはご協力くださるようお願いしてきました。当然、ハンドルネームで結構ですが、あくまでも意見交換をスムースに行なうための理由からでした。加えて、できる限りのお願いとして、コメント投稿を継続的に行なっていただける場合などは、識別しやすい個性的なハンドルネームを付けられるようご協力ください。ちなみに「あまのじゃく」さんなどは、そのハンドルネームとともに当ブログの中で、強烈な存在感を発揮していただいていました。
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