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2011年5月 8日 (日)

浜岡原発への停止要請

このブログは週に1回、週末に新規記事を投稿しています。開設した当初は毎日のように投稿し、しばらくしてから週に複数回の更新間隔となり、2年目に入る頃には現在のペースが定着していました。あまり実生活に負担をかけないための一つの心得でしたが、週に1回は必ず更新するという動機付けや習慣化にもつながっていました。そのような目安が曖昧だった場合、もしかしたら「開店休業」状態のブログとなっていたかも知れません。

おかげ様で毎回、多くの皆さんが訪れてくださっていることも、そのペースを維持しながら長く続けられている大きな理由でした。前回記事「内閣官房参与が辞任」のコメント欄では、消防協さんからブログ「消防職員協議会の憂鬱」をご紹介いただきました。その記事の中で、公務員労働者で労働組合関係者に非常に有名な「公務員のためいき」という記述がありました。過分な評価だろうと思っていますが、このブログを続けていく上で励みになる一言であることも確かでした。

ちなみに週1回の投稿間隔であるため、新規記事の題材には事欠きません。日常の組合活動を補うためのテーマは数多くあります。機会があればブログで取り上げようと考えながら読み終えた書籍も複数あります。日々の雑感を綴ろうと試みれば、取りとめもなく字数は埋められるはずです。このような選択肢がある中、週の初めに次回記事の内容を考え始める時も少なくありません。それでも週末近くに接したニュースなどを受け、予定した内容をガラッと変えるのは、いつものことでした。

今回の記事も当初、別なテーマを考えていました。しかしながら金曜の夜、菅首相が浜岡原発の全面停止を中部電力へ要請したという報道に接し、少し迷いましたが、やはり当ブログの最新記事で取り上げるべき題材であるものと判断しました。私自身のスタンスは「原発議論と電力問題」で記したとおり原発への依存度を徐々に弱めていくべきというものですので、菅首相の決断を積極的に評価していくつもりです。緊急の記者会見を開き、菅首相が発表した要旨は次のとおりでした。

首相として海江田万里経済産業相を通じ、浜岡原発のすべての原子炉の運転停止を中部電力に要請した。国民の安全と安心を考えた結果の判断だ。浜岡原発で重大な事故が発生した場合に、日本社会全体に及ぶ甚大な影響も考慮した。文部科学省地震調査研究推進本部の評価では、これから30年以内に浜岡原発の所在地域を震源とするマグニチュード(M)8程度の東海地震が発生する可能性は87%と、極めて切迫している。特別な状況を考慮すれば、東海地震に十分耐えられるよう防潮堤の設置など中長期の対策を確実に実施することが必要だ。対策完成まで、定期検査中で停止中の3号機のみならずすべての原子炉を停止すべきだ。

浜岡原発は活断層の上に立地する危険性が指摘されてきた。先の震災と(東京電力福島第1)原発事故に直面しさまざまな意見を聞き、海江田経産相とともに熟慮を重ねて決定した。中部電力管内の電力需給バランスに大きな支障が生じないよう、政府として最大限の対策を講じる。電力不足のリスクは地域住民をはじめ全国民が一層、省電力の工夫をすることで必ず乗り越えられる。国民のご理解とご協力をお願いする。(停止は)基本的に要請だ。指示や命令は現在の法制度では決まっていない。(中部電力に)十分に理解いただけるように説得していきたい。【毎日新聞2011年5月6日

このブログは一つの「答え」を押し付けることを目的としていません。個々の事例に対して多様な見方があることを紹介しながら「私はこのように思っています」という論調を基本としています。そのような記事の発信内容を受け、読み手の皆さんがどのように感じるのかどうかという淡々とした関係性を重視しています。もちろん、私の考え方が一人でも多くの方から共感を得られるよう願いながら記事を綴っていますが、物事の見方が枝分かれしていくことは当たり前な話だろうと思っています。

とりわけ原発の問題は個々人での評価が分かれがちであり、今回の内容も「このような見方がある」という一意見として受けとめていただければ幸いです。それでも福島第一原発の惨禍を目の当たりにしている今、浜岡原発を停止するという方向性に対しては大半の方が賛同されるのではないでしょうか。とは言え、この政府方針が示された以降、静岡県の川勝平太知事のように「英断に敬意」と高く評価する声がある一方、電力不足から生じる経済への影響、充分な根回しがない唐突な発表、支持率回復を狙った菅首相の「行き当たりばったりの行動」だと批判する山本一太参院議員のような意見も多く耳にしていました。

地元の御前崎市の石原茂雄市長は「危険だと、不安だと思うのであれば、浜岡原発だけ停めるのではなく、すべての原発を見直すべきではないのか」という見解を示していました。原子力委員会専門委員であり、独立総合研究所の青山繁晴社長は菅首相の決断を肯定しながらも「横須賀に第7艦隊の母港があるため、アメリカからの圧力に屈した結果」という話をテレビ朝日『ワイド!スクランブル』の中で暴露していました。その番組の出演者は揃って「方向性は正しい」と述べながらも、「全体的にはおかしい」「今まで菅さんはヘマばかりしていたから期待できない」というような否定的な発言ばかりでした。

結果的に偏ったメンバー構成となったのかも知れませんが、とにかく政府の足を引っ張ろうとしているようにしか思えない内容でした。その番組に比べれば、日曜の朝のフジテレビ『新報道2001』は海江田経産相を出演させ、バランスが取れていました。実は記者会見のニュースに接した時、私自身も最初、また菅首相が独断専行で判断したのではないかと心配していました。すぐに今回は、原発問題担当の細野首相補佐官や海江田経産相らと相談した結果であることが分かってきました。さらに『新報道2001』の中で、海江田経産相は経産省あげて浜岡原発を停める方向性で努力していることも語られていました。

「なぜ、浜岡原発だけなのか」という疑問は、そもそも菅首相が説明しているとおり東海地震の発生する可能性の高さからです。30年以内という言い方も、この瞬間から発生する可能性も示唆している話です。加えて、どのような地震や津波にも日本の原発は耐えられるという安全神話がありましたが、3月11日以降、もろくも崩れ去っていました。したがって、大津波への対策が充分とは言えない現状の中、活断層の上に建つ浜岡原発の全面停止という判断は必然であるものと思っています。

確かに浜岡原発に限らず、日本中のどこでも地震に襲われるリスクがあります。すべての原発を停められれば、それに越したことはないのでしょうが、それこそ電力供給の問題が深刻化します。今後、長期的な視点で電力政策を検討していく中で、他の原発の停止問題は判断していくべき事案だろうと考えています。このような現実的な側面と合わせ、危険性の度合いを勘案すれば、まず浜岡原発を停止するという判断に至ったことは充分理解できます。

数多い批判意見として、中部電力の夏に向けた電力供給力の問題が取り沙汰されています。すでに浜岡原発の1号機と2号機は廃炉となっています。3号機は定期検査のため休止中であり、今回、4号機と5号機の停止を中部電力は政府から要請されたことになります。浜岡原発を全面停止した場合、中部電力における2011年度の電力供給力の12%にあたる約360万キロワットが不足すると試算されています。

その結果、今夏想定している最大電力需要2560万キロワットに対し、供給力は2637万キロワットになるため、ほとんど余力がなくなるという見方でした。しかし、金曜夜の『NEWS23クロス』の中で、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長は「企業活動に影響を与えない節電と300万キロワットぐらいある揚水発電を織り込めば充分に余裕がある」と解説され、まったく心配ないという話でした。

いずれにしても「支持率アップのため」「アメリカから圧力を受けたため」などという声があり、そのことを全否定できないとしても「国民の安全と安心のため」という目的が最大の判断材料となっていることは間違いないはずです。「菅首相のやることだから駄目」という批判などは論外であり、評価すべき政治的な決断に対しては、特に国会議員の皆さんは様々な立場を超えて応援していって欲しいものと願っています。

中部電力は「法的根拠がないが、重く受けとめざるを得ず、要請を断ることは困難」とし、全面停止を受け入れる方向で調整を進めていました。しかしながら土曜日に開いた臨時取締役会では結論を出せなかったようです。年間2500億円のコスト増となる試算もあり、一企業としては非常に難しい判断を迫られています。それでも最終的には安全最優先の判断が下されることを信じています。最後に、前回の記事に掲げた20ミリシーベルトの不安を払拭できるような説明責任や政策判断が示されれば、もう少し菅首相を支えていこうという気運も改めて高まっていくのではないでしょうか。

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コメント

福島第一原発の4号機は停止中にも係わらず、電源の喪失から冷却機能を失い結果として燃料プールから水素爆発に至っています。この場合、冷温停止どころか格納容器には燃料すら入っていませんでした。
燃料は運転に関係なく常時冷やし続けなければならないのは周知の事実で、停止させるだけの行為にはあまり意味はありません。だから、これでよしとするなら今回もお馴染みのパフォーマンスだったとされますね。もし、パフォーマンスでなく浜岡の停止に意味を持たせるならば、燃料の収納先を確保して搬出をしなければ、その安全性に大きな変化は無いのでは。
さて、表面は綺麗事を並べつつ本当はわが身のみ大事とする今の日本で搬出先があるのでしょうか。逆に、浜岡を止めるくらいなら首相権限で六ケ所の進捗を速めた方が安全への効果は高いかも知れないと思うくらいですが、論理も法も関係なく既成事実のみが力を持つ最近ですから、浜岡の停止はそのまま廃炉実現になるのでしょうね。
どっちもどっちでかける言葉がみつかりません。

投稿: | 2011年5月 8日 (日) 23時08分

2011年5月8日(日)23時08分に投稿された方、コメントありがとうございました。

ご指摘のとおり浜岡原発の停止が単なるパフォーマンスとならないように願っています。また、原子力の推進に偏重していた政策の転換に向け、貴重な一石となることも期待しているところです。

なお、次回以降も投稿される機会がある場合、名前欄の記入にご協力くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年5月 8日 (日) 23時22分

浜岡原発を停止するかどうかは方法論の1つだから興味は無いが、原発について偏重しているのはやはり「反対派」の方だ。
「反対」に考えが偏重しているという意味だ。賛成派は寧ろ「リスク分散」に近い。原発で50%を目指す事が適正かどうかは議論の余地があるだろうが、ダムによる自然破壊や限りある化石燃料を消費する火力に殊更依存するのは合理的では無い。
敗戦直後から原子力を計画していたのは、未だ当時の官僚が機能していた証左で称賛に値する。(しょうさでしょうさん・・上手い!)

確かに世界でも指折りだった太陽光発電の「後押し」が不十分であったのかもしれないが、瑣末な問題に見える。
世界が諦め・放棄してしまった「高速増殖炉」を日本だけが追い続けているのも、寧ろ特筆すべき事だ。
確かに高速増殖炉は成功しないだろう。しかし、それを笑う者は愚かで意気地無しの所業だ。

本当に必要なのは、文明の生みの親・・と言われるエネルギー政策の将来をどうするかの想像力豊かな議論だ。
原子力を捨て去る事に賛成しない。リスクから逃げてばかりの者に幸福はやってこないだろう。

投稿: あまのじゃく | 2011年5月 9日 (月) 09時43分

あまのじゃくさん、コメントありがとうございました。

今回の記事本文の中でも記したとおり個々人で評価が枝分かれする問題ですので、あまのじゃくさんのような考えをお持ちの方も、まだまだ大勢いらっしゃるのだろうと思っています。ただ「エネルギー政策の将来をどうするかの想像力豊かな議論」は、まったくその通りであり、原発に対する評価の違いにかかわらず共通しているのではないでしょうか。

その上で、「原子力を捨て去る事」が「リスクから逃げてばかり」という見方は、私自身は違和感があります。逆に脱原発という方針は現状を見直すことから始まり、リスクも伴う新たな領域への挑戦という見方ができます。あくまでも私自身の見方であり、浜岡原発の停止の問題なども含め、他の皆さんがどのように感じるのかどうかだろうと受けとめています。

投稿: OTSU | 2011年5月 9日 (月) 22時01分

日本人に短期的危機管理能力は無い。農耕民族の日本人に短期的危機とは「天変地異」の事であり、それは無力な人間にはどうにもならない。
だからひたすら「じっと我慢の子」が最高の短期的危機管理だ。

対して長期的危機管理において日本人ほど長じている民族も無い。長所と短所は表裏一体をなす。

産業育成において部品が無い場合、日本人は部品を作る機械から作り始める。対して欧米は「部品を買うか奪ってこい」。
従って短期的には欧米には敵わないが長期的には勝つ。

ロシアのジョークに次のようなものがある。
『経済を良くする方法を大臣たちが思案している。ある大臣が提案する。日本に宣戦布告し、即座に無条件降伏をしよう』
日本が統治した韓国や台湾が工業化に成功したのをしっかり見ているのだ。

短期的危機管理も重要だが、過大評価は厳禁。短期も長期も天才だったのは織田信長一人だけだ。
浜岡原発なんて、どっちでもいい。原発を廃止すべきとの意見も構わないが、そうなら廃止する「絵図」を示そう。それが議論だ。
「やれる所までやろう」なんて賢い日本人は決して言わない。

投稿: あまのじゃく | 2011年5月10日 (火) 12時25分

あまのじゃくさん、いつもコメントありがとうございます。

原発に依存していく場合のリスクが日本の社会全体で徐々に共有化していければ、現実的な「絵図」は充分描いていけるはずです。実際、ドイツは脱原発の道を歩み始めています。

なお、昨夜の私のレス「リスクも伴う新たな領域への挑戦」という言葉が「やれる所までやろう」という指摘に繋がっているものと思います。そのような解釈も否定できませんが、原発と向き合うことで逃れられないリスクよりも、代替エネルギーの開発は挑戦しがいのある未知数又は可能性というリスクでとらえているつもりです。

投稿: OTSU | 2011年5月10日 (火) 22時28分

名無しさんの「浜岡を止めるくらいなら首相権限で六ケ所の進捗を速めた方が安全への効果は高いかも知れないと思うくらいですが」については全く同感。
浜岡原発を止めるなら使用中・使用済み核燃料の移転先を確保しなければ安全とは言えません。
浜岡原発が危険な地域という以上、その原発の敷地内に放射性廃棄物が存在すること自体が許されるべきではありません。
更に言えば原発の一番の問題である「放射性廃棄物」の最終処分場を決定・あるいは事実上の候補地である六ヶ所村に要請をしてもらいたいものです。
これは普天間と同レベルの困難さを伴うものです。けれど、そこまで踏み込まないなら、やはり単なるパフォーマンスに過ぎないと思います。

投稿: とーる | 2011年5月11日 (水) 01時22分

とーるさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

ご指摘のとおり放射性廃棄物の問題が原発を推進していく上で、たいへん大きな課題となっています。国のエネルギー基本計画を白紙にする考えが菅首相から示されていますが、一から議論する中でその問題が改めて検証されていくことを期待しています。

浜岡原発の停止の件ですが、確かに停止中であっても厳重な管理下に置かなければなりません。それでも稼動中の原発が全電源停止などのトラブルに見舞われた場合に比べ、長期間停止中の原子炉に不測の事態が起こった時、そのリスクは雲泥の差があります。その意味で今回の浜岡原発の全面停止を決めた判断は記事本文で綴ったとおりの見解に繋がっていました。

投稿: OTSU | 2011年5月11日 (水) 06時27分

もう多くは書かないけど、OTSUさんの話は「原発リスクを絶対化」する話で、エネルギー政策の話ではありません。

「自衛隊は不要だ」という主張が「では外国が攻めて来たらどうするのか?」に窮する点で「防衛政策では無い」のと同じ。

投稿: あまのじゃく | 2011年5月11日 (水) 15時10分

コメントを上手に逸らすことに感心しました。確かにここは原発リスクの絶対化が目的のように映ります。原発を止めれさえすれば使う理由は何でも良いと思わせてしまう姿勢には、非常に残念に感じます。
燃料は1~2年程度の冷却ならば使用中の燃料と大した差はありません。次にコメントされるならば「リスクは雲泥の差」について、停止中だった福島第一原発の4号機と他と、どこに雲泥の差があったのかを書いて欲しいと思います。
現状から安全安心への移行を語るならば、政治が最終処分場を強権的に完成させるのが一番近道と思います。検討と検証を積み重ねても結論は絶対に出ません。受け入れに賛成するところなどありません。仮に賛成があったならば相応の見返りがあったという証明であり、それはリスクを受け入れていたという証です。
そして重ねて残念に思うのは、ここの作者自身も作者が批判する対象も、論理も法も関係なく感情による既成事実のみを積み上げていくところです。同じ穴の貉にしか見えてきません。そういう方々が次のエネルギーを語っても無駄と思います。リスクは自分で受け止めるもので、人に押し付け利のみを奪うものではあり得ないと考えています。福島で東電役員に罵声を浴びせる姿には吐き気しかしませんでした。

投稿: | 2011年5月11日 (水) 20時07分

あまのじゃくさん、2011年5月11日(水)20時07分に投稿された方、コメントありがとうございます。

あまのじゃくさんが述べられたとおりテーマに限らず、基本的な視点や評価の出発点が異なる場合、かみ合った議論になりにくいようです。そのような壁を認識しながらも、私自身は多面的な見方に触れ合える機会も大事な点だろうと思っています。今後もお時間が許される時、お付き合いただければ幸いです。

2011年5月8日(日)23時08分に投稿された方が再び、コメントをお寄せくださったものと理解しています。「コメントを上手に逸らすことに感心しました」というご指摘ですが、あえて考え方の相違点などを際立たせるような挑発的な文章は避けるように心がけています。さらに自分自身の能力的、時間的な制約がある中で、コメントされた皆さんへの謝意を込めて対応していますので、そのような見られ方をされてしまうのかも知れません。適当にかわしているような意図は毛頭ありませんので、ぜひ、ご理解ください。

定期検査で停止中だった福島第一原発の4号機は水素爆発していないはずです。核燃料貯蔵プールからの出火だったという報道を耳にしています。第1から第3号機が稼動中で、自動停止しましたが、電源喪失のため、炉心露出や1号機原子炉建屋の水素爆発に至っていました。4号機からも火災を出してしまいましたが、停止中の4号機は「プールに水がある間は大丈夫」とし、第1号から第3号機とは明確な線引きした被災後の対応だったことは間違いありません。

このような事実をもって、稼動中と停止中のリスクを雲泥の差と考え、浜岡原発を全面停止することの評価に繋がっています。確かに最終処分場の問題は深刻です。しかし、将来的な全体像が描き切れていないからと言って、現状にとどまるのではなく、「今、やれること」を粛々と踏み出していくことも重要であるはずです。

なお、「仮に賛成があったならば相応の見返りがあったという証明であり、それはリスクを受け入れていたという証」という話ですが、「見返り」も何も賛否さえ問われていない地域の住民まで甚大な被害を与えるのが原子力事故となります。承知しながらのコメントだと思っていますが、念のため、一言付け加えさせていただきました。

「論理も法も関係なく感情による既成事実のみを積み上げていく」という最後のほうの指摘は、正直なところ充分解できません。2011年5月11日(水)20時07分に投稿された方が、そのように様々な事例に対して感じられていることは分かりますが…。

最後に再度のお願いです。このような意見交換をスムースに行なうためにも、ぜひ、投稿される際、名前欄の記入にはご協力くださるよう重ねてよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2011年5月11日 (水) 21時30分

多くを書くつもりもなかったけど、事実誤認(らしいもの)があるようですので・・。

今回の問題の本質は「ウラン及びMOX燃料を冷却出来たか否か」です。
4号機の「水がある間は大丈夫」とは「冷却されている間は大丈夫」ですね。

逆に冷却機能を喪失した場合は、圧力容器や格納容器がどんな厚い鋼鉄で覆われていても、原子力の前では「無力」という事です。
「厚い丈夫な殻」とは、単に「冷却機能」「制御機能」を外的圧力から保護する為と若干の「放射性物質拡散防止」の1手段に過ぎない。

水素爆発をもって「雲泥の差」との事ですが、同意できません。

別にOTSUさんの意見をあげつらうつもりはありませんが、事態を正確に認識しないと方針なんて決まりませんよ。

投稿: あまのじゃく | 2011年5月12日 (木) 12時16分

あまのじゃくさん、いつも当ブログをご注目いただき、本当にありがとうございます。

原発が稼動しているかどうかにかかわらず、放射性物質の管理の重要性は共通しているものと理解しています。その上で、稼動中か、停止中かどうかが雲泥の差と表現したのは次のように考えているからです。例えばガソリン満タンの車が出火した場合に比べ、空の車が出火した場合では、爆発の危険性の度合いなどは段違いとなります。

さらに万が一、放射能漏れの事態に陥った場合でも、稼動中の時に比べ、炉内の水温100度未満の「冷温停止」状態から放射性物質が流出した場合では、放射能の強さを表すベクレルという数値には大きな差があります。原発が稼動中か、停止中かどうかでの危険性の差について、このような見方は何か間違っているのでしょうか。

(追記)原発に対し、冷却することの重要性は衆目の一致している点です。福島第一原発が全電源喪失という事態となりましたが、仮に全ての原子炉が停止中だった場合、町ぐるみでの住民非難などという深刻な事態には至らなかったはずです。もし、このような見方が間違っているようでしたら、詳しい方からご助言いただければ非常に幸いです。

投稿: OTSU | 2011年5月12日 (木) 22時12分

専門家の助言を待つとの事ですから終わりますが、OTSUさんの言っている事が間違っているとは思いません。

最初から言っている事は「リスクを絶対化してはいけません」です。
何故いけないかというと、リスクは相対的なものだから、絶対化すると必ず「矛盾」が起こるからです。

そして「矛盾」が起こった瞬間「更なる理屈」を作る場合が往々にして多い。事態を正確に認識しないから、矛盾が拡大する。
「原発の安全性を絶対化する事」も「危険性を絶対化する事」も愚かだ。

投稿: あまのじゃく | 2011年5月13日 (金) 10時30分

あまのじゃくさん、おはようございます。

昨夜は自粛等の理由から延期されていた歓送迎会で、帰宅してからパソコンに向かえませんでした。朝、あまのじゃくさんのコメントを読ませていただきましたが、また私が何か具体的なことを書き込めば、話は堂々巡りとなるのだろうと思っています。そのため、かみ合っていないままですが、この場では特に言葉を付け加えないことをご容赦ください。

投稿: OTSU | 2011年5月14日 (土) 08時48分

いまさらですが、下の記事はわりとバランスよく書かれていると感じています。
http://news.livedoor.com/article/detail/5590441/
そして今週の記事の給与削減に対する組合の対応も同じ類だと思いますね。幹部の人達は結果が読めていたのに後で知らなかったとして、何があっても「だまされた」言い切るのだと思っていますけどね。

投稿: 名無し | 2011年5月31日 (火) 07時57分

名無しさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

ご紹介いただいた『カマトトぶる日本人』は確かに興味深い見方です。一方で、給与削減の問題も含め、様々な事例を結び付けて考えられるかどうかは、やはりケースバイケースだろうと思っています。

投稿: OTSU | 2011年5月31日 (火) 08時21分

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