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2011年4月24日 (日)

石原都知事の人気

金曜の夕方、連合三多摩による被災地支援の募金活動がターミナル駅のデッキ上で取り組まれ、私も呼びかけ側の一人として参加しました。三多摩地区トップの乗降客数を誇る駅ですので、たいへん多くの方々が行きかい、いつも混雑している駅前でした。この取り組みは毎週1回続けていましたが、さすがに皆さん、すでに何らかの機会に義援金をお寄せくださっているものと思われ、足を止められる方の数はそれほど多くありませんでした。

それでも小学生からの募金や、わざわざ千円札を複数の募金箱に分けて入れてくださった女性の方、「会社でもしたけど、ここでもやるよ」と話されていたサラリーマンの方など、心暖まる厚意の数々に触れることができました。翌日の土曜は、市長を先頭に私どもの市の職員150人ほどが市内にある主要な駅前で、雨が降る中、被災地支援のための募金活動に取り組みました。

私が所属する納税課は現年度の追い込みの時期に入り、休日訪問の日に当たっていたため、その取り組みには参加できませんでした。ちなみに土曜の朝、急に股関節が痛み、歩くことに苦労していました。自転車を利用できれば何とか頑張ろうと思いましたが、雨が降り続きそうな気配であり、すべて徒歩で回り切るのは難しいものと判断しました。留守番役だった係長と交代し、自分が庁内に残ることとなり、雨の中、ご苦労をおかけしました。おかげ様で、日曜の今は痛みも和らぎつつあります。

さて、少し前の記事「震災後、今、これから」で綴ったとおり徐々に以前のペースに戻ることも必要だろうと思い始めていました。そのため、前回記事「八方ふさがり菅首相」は、このブログのサブタイトルのとおり「雑談放談」的な内容でした。その記事の冒頭でマスコミの話に触れていましたが、菅首相の不人気ぶりと対比し、実は石原都知事への根強い人気に絡んだ内容を取り上げるつもりでした。例によって長い記事となってしまったため、途中から菅首相のみの話題に絞っていました。

改めて今回の記事で石原都知事について書き進めてみます。本日は統一自治体選挙の後半戦の投票日ですが、前半戦の目玉として東京都知事選挙が注目を集めていました。当初、石原都知事は引退の意向を示し、正式に出馬を表明したのは告示日直前の都議会最終日、巨大地震が東日本を襲った日でした。この地震や津波に際し、石原都知事は次のような配慮の欠いた発言を報道陣を前にして行なっていました。

石原慎太郎・東京都知事は14日、東日本大震災に関して、「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べた。都内で報道陣に、大震災への国民の対応について感想を問われて答えた。発言の中で石原知事は「アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等。日本はそんなものはない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と指摘した上で、「我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。それを(津波で)一気に押し流す必要がある。積年たまった日本人の心のあかを」と話した。一方で「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べた。石原知事は最近、日本人の「我欲」が横行しているとの批判を繰り返している。【asahi.com2011年3月14日

「津波は天罰」という発言は被災者の気持ちを慮れば、あまりにも非常識なものでした。今回は翌日に緊急の記者会見を開き、「発言を撤回し、深くお詫びします」と謝罪していましたが、これまでも石原都知事は、たびたび物議をかもす発言を行なっていました。重度障害者に対して「ああいう人ってのは人格あるのかね」、同性愛者には「どこかやっぱり足りない感じがする」などという発言があり、決して失言ではなく、石原都知事の資質から発せられる本音の言葉だったようです。

このような問題発言があった際、マスコミも一定の批判記事を掲げていましたが、あくまでも一過性だったように感じています。4年前には石原都知事の公私混同ぶりがマスコミから強い批判にさらされていました。それが今回、まったく耳にしていませんでした。批判に対して謙虚に反省し、それまでの行ないを改めていたのであれば、耳にしないのは当たり前な話だったのかも知れませんが…。

加えて、新銀行東京の不振、賛否が分かれていた築地市場移転問題、都知事自身が入れ込んで失敗した五輪誘致など、政策面でも目立った成果がない現況でした。『AERA』(2011年4月18日号)の記事を通し、昨年末に自治体専門紙『都政新報』が都職員向けに実施したアンケートの結果を知りました。都職員による石原都政の通信簿は1期目71.1点、2期目58点、3期目48.2点と任期を重ねるごとに評価が下がっていました。

4期目の出馬については賛成6.6%に対し、反対が71%に及び、圧倒多数の部下に支持されていない首長であることが分かりました。それでも世間からの石原都知事に対する人気は根強く、4月10日の都知事選では260万票を獲得し、2位の東国原候補に100万票の差を付ける圧勝でした。今回、震災の影響で都知事選の注目度が薄まり、従来よりもマスコミの取り上げ方が少なく、そのことも現職の石原都知事に有利に働いたという見方が示されていました。

「選挙なんてしている場合じゃないよ」。震災後、石原氏はそう話し、公務に徹すると宣言した。浄水場視察などを通じて現職の強みを発揮。「高度防災都市」を謳うことで、政策面の準備不足を解消する離れ業を演じたわけだ。有権者の関心も防災にシフトし、新銀行の存廃などは些末な事象のように扱われて他の候補者同様にかすんでしまった。

上記は先ほど紹介した『AERA』の記事の一文ですが、福島第一原発から戻った東京消防庁ハイパーレスキュー隊員らを前にし、石原都知事が涙を流しながら感謝する場面も象徴的でした。その涙に偽りはないものと思っていますが、この時の様子がテレビ画面から繰り返し流されることで、ますます新人候補にとって不利な選挙戦につながったはずです。

今回、民主党が独自候補を擁立できず、現職の石原都知事が出馬を表明した段階で勝敗の行方は見えていました。それでも投票率が上がる中、石原都知事は前回より20万票ほど減らしていました。さらに2位と3位だった渡邉美樹候補の得票を合わせると、石原都知事の票数を上回っていました。とは言え、石原都知事の人気の高さは間違いなく、人気が高ければ高いほど、その人気を下支えするマスコミの習性も改めて感じていました。

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2011年4月16日 (土)

八方ふさがりの菅首相

政権交代した直後、「卵が先か、鶏が先か」という記事を投稿していました。マスコミの論調の移り気を表わしたタイトルで、「マスコミが世論を作るのか、世論がマスコミの論調を決めるのか」という意味合いをこめていました。個々人で見方の違いもあるのかも知れませんが、高い支持を得ている政治家に対しては、批判する際のマスコミの論調が及び腰となっているような印象を抱いています。

世論の潮目が変わり、批判を受けることが増えてくると、途端にマスコミの論調も厳しくなり、その政治家の一挙手一投足が執拗に責められていくように感じています。このブログではマスコミという言葉を頻繁に使っていますが、厳密に表現すれば、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスメディアのことを指しています。要するに幅広い層かつ大人数の読者や視聴者を対象にした情報媒体の特性を語ってきたつもりです。

それも基本的に商業ベースで成り立っているため、前述したような特性がつきまとうのだろうと思っています。どうしても多くの人に「見てもらう」「買ってもらう」ことが欠かせない目的となるため、世の中の雰囲気を意識した報道内容に落ち着きがちなのではないでしょうか。このような見方はマスコミ関係者にとって心外な話かも知れませんが、それぞれのメディアの伝え方一つで、物事に対する印象が左右されることは否めないはずです。

特に最も重要な役割と責任を持つリーダーである総理大臣は、注目の浴び方も桁違いであるため、支持率の高い時の持ち上げられ方と落ち目になった時の叩かれ方との落差の大きさが顕著でした。これまで国民からの高い支持率を維持したまま、退任できた首相は希少な存在となっていました。とは言え、その希少なリーダーの能力や胆力が際立ち、支持率を落とした歴代の首相は、もともと最高権力者に相応しい力量を持ち得ていなかったという話に過ぎないのかも知れません。

巨大地震に襲われた後、かつてない深刻な事態が続いています。普段以上に政府の役割への期待が高まっている中、とりわけ菅首相に対する失望感が広がっています。震災の直後は抑制されていた批判の声も、ここ最近、そのトーンは日増しに高まっていました。確かに次のような報道内容が漏れ聞こえてくれば、被災地の皆さんの憤りは当然であり、大概の方が「何だかなぁ」という思いを強めてしまうのも仕方ありません。

菅直人首相と松本健一内閣官房参与との会談で、福島第1原発周辺地域に「10年、20年住めない」とのやり取りがあったことを巡り、14日の参院内閣委員会で、野党議員が枝野幸男官房長官を追及した。町の一部が「計画的避難区域」に指定されている福島県川俣町の古川道郎町長も同日、官邸に菅首相を訪ね、「みんなが気にしている時にああいう発言は困る」と苦言を呈した。首相は「私は言ってない」と改めて発言を否定した。

小野次郎氏(みんな)は参院内閣委で「綸言(りんげん)汗のごとし、と言うように、トップの発言を後で訂正しても元には戻らない」と批判。岡田広氏(自民)も「国民の不安をさらに広げる。危機管理の視点が抜けている」と指摘した。枝野氏は「首相が何を考えているか、(間接的に)伝わった時に誤解され、国民に心配をかけないよう、十分留意しなければならない」と述べ、首相自身も言動に注意する必要があるとの認識を示した。【毎日新聞2011年4月14日

この件に関しては野党の言い分もその通りであり、実際に菅首相が発した言葉ではないのかも知れませんが、松本参与をはじめとした官邸の危機意識の乏しさを露呈したニュースだったと言えます。私自身、年明けに「リーダーシップのあり方は?」で記したとおり菅首相に対する注文も増えていました。それでも菅政権発足直後は期待感を高めていた経緯もあり、まだまだ激励の思いを託した記事だったことも確かでした。

今、どう思っているのかと問われた場合、しばらく熟考する時間も必要です(苦笑)。しかしながら結局のところ、ちまたに叫ばれているような「即刻退陣すべき」という声にも少なからず抵抗感が残ります。この未曾有の国難に際し、特定の誰かが首相を務めれば「劇的に事態が好転する」というような想像力も働かないからでした。それでも菅首相の存在そのものがマイナスとなっているため、辞めることで必ずプラスにつながるという残念な見られ方もありました。

既存の組織や官僚を使いこなせず、新たな会議やポストばかり増やしている点、民主党内からの反発も多く、野党との信頼関係が最悪な点、いつも苛立ちながら部下を叱咤し、国民からの「見られ方」を過剰に意識しているような点など、マスコミ報道から伝わる菅首相の至らなさは数多くあります。冒頭に述べたようなマスコミの特性を考慮した時、少し割り引いて見なければ気の毒な点もあるのかも知れません。

例えば、菅首相の被災地への視察に関しては「行くべきではない」という批判がある一方、「遅すぎる、今さら」という冷ややかな見方も常に加えられています。確かに震災直後の視察も含め、賛否が分かれる話かも知れませんが、行っても行かなくても批判されるのは菅首相の不人気ぶりの表われとなってしまっています。その中で、福島第一原発から約20キロの位置にある自衛隊や消防隊などの拠点を訪れ、感謝と激励の言葉を投げかけられた行為は素直に評価すべきものと私自身は考えていました。

今回の記事は、ことさら八方ふさがりとなっている菅首相を応援する意図で綴っている訳ではありません。菅首相の窮地が日本そのものの窮地であるのならば、よりいっそう奮起され、適切なリーダーシップを発揮していただけることを願っているところです。それに対し、首相の交代が日本の復興に向け、最適な選択肢となる可能性が見えてくるのであれば、そのことに強く反対する立場ではないことも付け加えさせていただきます。

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2011年4月10日 (日)

原発議論と電力問題

震災を特集した自治労の新聞を見ていた組合員から「この言葉は少し無責任なように感じますね」という問いかけがありました。徳永委員長の談話の中に「福島第一原発における事故によって、国民は深刻な不安にさらされています。この間原発の危険性を指摘し、原子力防災の重要性を訴えてきた自治労としては、極めて憂慮すべき重大な事態であると認識しており…」という箇所への苦言でした。

自治労は脱原発を運動方針としながら、同時に原発事故対策を防災の観点からも万全を期すよう問題提起してきました。しかしながら福島原発の事故を未然に防げず、被災後のダメージを最小化させる手立てに対し、残念ながら貢献できていなかったことも確かです。直接的な責任を負う当事者ではありませんが、結果的に影響力を及ぼせなかったという責任の一端を考えた時、自治労が「第三者」的な立場で見解を表明することに違和感を抱かれたとしても仕方ありません。

その組合員は、特に電力を普通に使っていながら原発に反対する姿勢の矛盾を指摘していました。原発の是非を議論する際、持ち出されがちな話として、電力の充分な供給を受けながら便利な生活を送っている現状への問題提起がありました。原発から供給される電力の相当分を使わないライフスタイルに変え、脱原発を唱えるならば説得力があるという論調は、これまでも数多く耳にしてきました。このブログで原発の問題を取り上げた時も、やはり同じような趣旨のコメントが寄せられていました。

大災害の直後、このような原発議論は適切ではないものと考えていました。それでも前回記事「震災後、今、これから」で綴ったとおり社会全体が徐々に以前のペースに戻っていくことも必要であり、その時の組合員との受け答えもあまり時間が取れなかったため、時機を見ながらブログ記事の中で改めて掘り下げてみるつもりでした。とは言え、「原発事故の影響」でも記したとおり原発などに対して詳しい知識がある訳ではありませんので、素人なりの論点の提起という意味合いにとどまることをご容赦ください。

これまで原発に絡んだ記事として、「チェルノブイリの祈り」と「NO NUKES FESTA」がありました。前者は、ひとたび原発事故が起こると、その悲惨さや影響の大きさが途方もないことを綴っていました。後者は、原発がCO2削減の切り札として地球温暖化対策の柱に位置付けられがちな中、エネルギー政策を転換する必要性を訴えた内容でした。原発が火力に比べ、発電時にCO2の排出が少ないことは確かですが、ウランの採掘から放射性廃棄物の管理面までとらえれば必ずしも大幅削減につながりません。

そうであるならば、半永久的に厳重な管理が求められる放射性廃棄物の問題が残り、常に放射能汚染の脅威にさらされる原発という選択肢は外し、新しい政策への転換をめざすよう求めていました。この記事のコメント欄では「原発に取って代われるだけの電力を期待出来るんやろか」「対案を出すことなく意を唱えるという姿勢が疑問」という意見が寄せられ、多くの方々と幅広い視点からの議論を交わすことができていました。

日本のエネルギー政策は「原発推進ありき」だったため、自然エネルギーの開発利用を遅らせてきたという見方があります。いわゆる国策として原発は推進されてきた訳ですが、再生可能な自然エネルギーが高コストであることも確かでした。原発はクリーンなエネルギーであることが強調され、火力や水力に比べて発電コストを低く抑えられるメリットもありました。しかし、あくまでも短期的な見方であり、将来にわたる放射性廃棄物の管理面や今回のような事態を想定した場合、莫大なコストとリスクを抱えていることも見過ごせないはずです。

さらに残念な事実関係として、どのような地震や津波にも日本の原発は安全という前提に立ち過ぎた結果、福島第一原発における「想定外」の事故を招いていました。しかしながら一昨年、経済産業省の審議会で、約1100年前に起きた貞観地震の解析結果が取り上げられていました。その時と同じマグニチュード8以上の地震や津波が襲う危険性の指摘を受けながらも、「見解が定まっていない」と軽視した結果、貞観地震クラスの揺れを「想定内」にできなかったことが明らかになっています。

ちなみに民主党のマニフェストは「安全を第一として、国民の理解と信頼を得ながら、原子力利用について着実に取り組む」とする一方、「エネルギーの安定確保、新エネルギーの開発・普及、省エネルギーの推進等に一元的に取り組む」と記されていました。自治労の方針も「持続可能な地域分散型エネルギー政策の推進」を掲げ、太陽光、風力、バイオマスなどの新エネルギーや燃料電池などガスコージェネレーションシステム、中小水力発電などの再生可能エネルギーの積極的な導入を国や自治体に求めていくというものでした。

その上で、自治労は連合の「現状の原発は維持する」という方針のもとで、原発の新増設に関しては「安全確保と住民の合意が得られない以上進めるべきではない」という意見を発していました。このような考え方は、基本的に私自身も同様でした。原発に対する評価が国民の中で分かれている現状、日常生活や経済活動への影響を考慮した場合、ただちに原発すべてを停めるという主張は現実的なものではなく、幅広い支持も得られない考え方だろうと思っています。

なお、既存の原発が老朽化していく中、新増設に反対することも将来的な電力の供給量に影響を与える話であり、いっそう節電を重視した生活スタイルへの転換が求められていきます。合わせて、自然エネルギーの本格的な開発や実用化に向け、それに見合ったコスト負担も覚悟すべき点だろうと考えています。以上のような問題意識も一個人の思いに過ぎませんが、今後のエネルギー政策の行方は私たち国民一人ひとりの意思が左右していくことも間違いありません。ちなみに遠くドイツでは、福島原発の事故が政界の勢力図を塗り替えつつあるようでした。

ドイツ南部バーデン・ビュルテンベルク州議会選挙が27日、投開票された。福島第1原発の事故を受け反原発世論が高まる中、環境政党・緑の党が得票率24・2%で第2党に躍進した。06年の前回選挙での同党の得票率は11・7%だった。緑の党は第3党の社会民主党との左派連立を表明、ドイツ史上初の環境政党出身の州首相が誕生することがほぼ確実となった。

ドイツのメディアは「日本が独政界に激変をもたらした」(第2公共テレビ)などと、こぞって福島の事故を緑の党躍進の原因と論評した。メルケル首相が選挙前に打ち出した原発稼働の延長計画の3カ月凍結は、凍結が暫定的なものだったため、世論の支持を十分には得られなかった模様だ。地方分権の強いドイツでは州選挙が連邦政治に及ぼす影響が強く、今回の選挙結果はメルケル政権にとっても原発政策見直しの大きな圧力になると予想される。毎日新聞2011年3月28日

最後に、原発の是非は政治的な立場などを越え、より望ましい「答え」を探し出す議論が必要であるものと思っています。原発推進派が圧倒多数を占める自民党の中で、河野太郎代議士は以前から原発に対しては異色の存在感を示していました。最近のブログでは「再生可能エネルギー100%を目指す」という記事を投稿し、「日本の外では、再生可能エネルギーが驚くべき勢いで伸びている。原発タリバンによる反再生可能エネルギープロパガンダから日本を解き放たなければならない」という言葉で結んでいるほどでした。

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2011年4月 3日 (日)

震災後、今、これから

東日本巨大地震の後、この間、日本全体で様々な催しが自粛されていました。被災された皆さんの苦難を慮り、お亡くなりになった方々に哀悼の意を表するためにも、欠かせない姿勢や申し合わせだったものと思っています。プロ野球やJリーグの開幕が延期され、東日本でのJRAの開催も見送られていました。一部のスタジアムなどが実際に被災していた事情もありましたが、セ・リーグの場合は迷走の末、自粛という意味合いでの大幅延期に落ち着いたようでした。

私どもの役所では退職者の送別会などが取りやめられ、3月末に予定していた組合主催の家族向けの行事も中止していました。自粛する理由にはもう一つ、計画停電の影響もありました。催しの時間帯に停電が実施されていなくても、節電という観点から取りやめる判断はやむを得ない現状でした。このような中、花見の自粛を呼びかける公園が全国的に相次いでいました。節電のためのライトアップの中止にとどまらず、宴会そのものを自粛するよう求めた看板が上野公園や井の頭公園には立てられていました。

石原都知事が「桜が咲いたからと言って、一杯飲んで歓談するような状況ではない。同胞の痛みを分かち合うことで連帯感が出てくる」と発言していたため、都内の花見スポットでの宴会自粛の流れが強まっていたようです。都知事選挙の真っ最中ですが、対立候補からは揃って「何でも自粛すると経済が萎縮し、自粛不況につながる」というような反論が加えられていました。蓮舫節電啓発担当大臣からは「権力によって自由な行動、社会活動を制限するのは最低限にとどめるべき」という発言も示されていました。

石原都知事と蓮舫大臣とのバトルは「どっちもどっち」という周囲の見方がありますが、対立候補からの「自粛不況につながる」という言葉は留意しなければならないはずです。いずれにしても祭りやイベントを中止する動きが広まる中、「行き過ぎた自粛は、沈んだムードに拍車をかける」「日本全体が落ち込むことを被災者も望んでいないのではないか」「経済の活力が損なわれると復興も難しくなる」という声が上がっていますが、私自身もそのように考え始めています。

被災した火力発電所の復旧があり、さらに最近は暖かい日が続くようになり、計画停電も連続して見送られていました。このような状況の変化や前述した自粛に対する見方が加わることで、これから徐々に以前のペースに戻っていくような気がしています。しかし、簡単に以前のような生活に戻れない被災された方々が大勢いらっしゃることは絶対忘れてはなりません。合わせて、節電する努力は継続しなければならず、燃料や物資を大切にする姿勢も持ち続けなければならないはずです。

政府は先週金曜、復興構想会議の設置や震災担当大臣など閣僚3人の増員を発表しました。菅首相は記者会見で「従来(の姿)に戻すという復旧を超えて、素晴らしい東北、日本を作っていくという大きな復興計画を進めたい」と強調されていました。その発想自体に異論は示されないのかも知れませんが、非日常の避難所生活を強いられている皆さんからすれば、まず「復旧を急いでくれ」という思いが先立つのではないでしょうか。その意味で、中長期的なビジョンと当面する手立てについて、バランス良く提示していく丁寧さも求められています。

なお、取り急ぎ私たちができることとして、まず義援金への取り組みがありました。3月末には行政と自治労を通し、被災地に支援要員を派遣する要請が入りました。それぞれ独自に募ることになりますが、自治労都本部としては4月10日から5月末にかけて、毎週15人、延べ150人を派遣する計画です。このブログをご覧になっている自治労組合員の方で、被災地での支援に力を貸していただける場合、ぜひ、当該の組合にご相談ください。

一方で、思いは現地に飛べても、多くの皆さんは実際に足を運べない現状を抱えているはずです。そのような方々の思いを広く、かつ継続的に受けとめていくためには、やはり義援金の取り組みが欠かせません。私どもの組合では震災直後、市長と委員長名による共同の呼びかけとしましたが、今後は組合事務所でも常時カンパを受け付けていきます。「給料日だから」「時間外勤務手当が多かったから」というようなサイクルや動機付けを踏まえながら、息が長い支援活動につながるよう努めていくつもりです。

イチロー選手の1億円や石川遼プロの賞金全額のような桁違いの義援金に比べると本当にささやかな額だったとしても、身の丈に合った気持ちを一人ひとりが末長く寄せ合っていく取り組みも大事なことだろうと思っています。また、余った年賀状や書き損じハガキを組合が回収し、換金後、義援金として送る活動も進めます。このように被災者支援の取り組みは、組合としても、個人的にも長期にわたって対応していく予定です。

最後に、自分の仕事で実際にあった話を紹介します。先日、月々の分納を約束している方から電話がありました。宮城県に転出されていた方で、「家が流されてしまい、3月分が納められそうにありません」という連絡でした。そのような状況の中でも連絡くださった誠実さに頭が下がりながら「生活再建を優先してください」とお答えしていました。本来、どのような事情があっても、いったんは期限を区切った約束を交わすことが基本ですが、街全体が大津波に流されていく映像を思い浮べた時、とても「いつまでに改めてご連絡ください」という言葉は投げかけられませんでした。

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